<溺れてみたい>の巻

イチママ(以下I)「あら、アキちゃんいらっしゃい!」

あき(以下A)「こんばんは。ご無沙汰しちゃってすいません。」

I 「本当に久し振りよねぇ〜。今日は?何処か行って来たのかしら?」

A 「芝居だったんですよ、PARCO劇場で。」

I 「あ〜、あれね、麻実れいの・・・何だっけ?」

A 「<ストーン夫人のローマの春>です。こちらの康(こう)ちゃんと一緒にね。」

康ちゃん(以下K) 「こんばんは。初めまして、康です。宜しくお願いします。」

I 「あら、紳士じゃないの。アキちゃんの彼・・・な訳ないわよね、若い子好きなんだから。」

K 「実は、・・・全く違います。ははは・・・。たまたま同じ日に観劇したものですから。」

I 「そうよねぇ〜・・・。はい、こちらにどうぞ。」

K 「お邪魔します。」

I 「オシボリどうぞ。で、今日は何にしましょうか?」

A 「アッシはバーボンの水割りで。」

K 「僕は最初にビールがいいかな。」

I 「スーパー・ドライとヱビスが有りますけど。」

K 「それじゃ、ヱビスで。」

A 「イチママも何かどうぞ。」

I 「あら、そ〜ぅお。有難うございます。はい、アキちゃん、バーボンの水割りね。 康さんはヱビスですね。はい、そうぞ。アタシもヱビス頂こうかしら。」

A 「やだ、ママ、新しいの出してよ。」

I 「あら、そ〜ぅお。それじゃ、抜かしてもらいますね。」

K 「はい、どうぞ。」

I 「あら、すいません。康さんに注いでもらうなんてぇ〜し・あ・わ・せ!」

A 「もう相変わらずねぇ〜、ははは・・・。」

I 「で、どうだったの?お芝居は。」

K 「もう僕は凄く良かったですねぇ。麻美れいも良かったんだけど、江波杏子さんがね。 儲け役っていうか、凄くよかったよね。」

A 「そうよね、あの役はいいわよぉ。」

I 「どんな話なの?そのストーン夫人の何チャラカンチャラって。」

K 「<ストーン夫人のローマの春>ねぇ。まあ、何て言うか、一人の女優の没落の話かねぇ、 ひと言で言ったら。」

A 「そうね。没落って言うか、精神的な転落かなぁ〜。」

I 「へ〜。面白そうじゃないの。詳しく話してよ。」

K 「カレンと言う大女優がいるんですよ。麻美れいが演るんですけど、そのカレンが <ロミオとジュリエット>の舞台に主演しているんですよ。」

A 「あれは笑ったわよね。だってあまりにもチープ過ぎちゃって。あれじゃ、 批評家に叩かれるのは当然と言えば当然よねぇ〜。」

K 「そうだよね。アレはちょっとねぇ。」

A 「まあ、実際にはもう美貌が衰えちゃってジュリエットどころじゃない事を本人も知っている訳よ。」

I 「でも、周りは囃子たてるのよね。アタシもそうだったもの。」

K 「え〜?それじゃ、イチママも昔は美貌の持ち主だったんですね。」

A 「やだ、康ちゃん。今でも美貌の持ち主じゃないの!」

K 「あっ、いけね。そうだよねぇ〜、今でも十分にお綺麗ですよ。」

I 「遅い!って言うの。ははは・・・・。まあ、いいんだけど。でもさぁ、 昔の栄光に浸っていると後が大変なのよぉ。 アタシもこの美貌だけでお客様が集まってくれているんだと思っていたのよ。でもね、 新しい若いママが現れるとねぇ〜。どこの世界でも厳しいわよぉ〜。」

K 「で、話は戻りますけど、芝居が終わって旦那と二人でローマに旅するんですよ。」

A 「その頃、ブロードウェイでの芝居、さっき言った<ロミオとジュリエット>の批評は散々。で、 ローマに着いてから夫が病死しちゃうのね。」

I 「あら、そりゃ大変じゃない。で?」

K 「そこで彼女はアメリカに帰らないでローマに残る決心をするんですよ。」

I 「心の癒しをローマに求めたのね。」

A 「そうかもね。で、 そこに現れるのがコンテッサっていう金だけを目当てに富裕層の女性に男を宛がう女なのよ。 その役を江波杏子がやっているんだけど、これが本当に良くってね。正に適役。 麻美れいのカレンとの対比がしやすくて、儲け役よね。」

K 「で、色々カレンに宛がうんだけど、これ、っていう相手がいないわけですよ。 カレンもお金が目当てだって薄々気付いているのね。」

A 「一方で、彼女を遠くから付きまとっている浮浪者がいるの。この子が可愛くって、ねぇ。」

K 「まあ、アキちゃんはね。でも、あの役もいいよね。何も台詞がないんだよね。 舞台の何処かにいるんですよ、何時も。」

I 「なんか、気持ち悪いわよねぇ。所謂ストーカーでしょ、その子。」

A 「まあ、そうなんでしょうね。」

I 「そう言えばアキちゃん、昔ストーカー紛いの事したって言ってなかったっけ?」

A 「もういいじゃないの、その話は。」

K 「何?そんな事してたの?アキちゃん。」

A 「まあ、大昔の話よ。もう25年以上前ね。銭湯に行った時の話よ。ちょっとタイプの子がいてさ、 じっと見つめちゃうじゃない。で、気が付くとその子もこっちを見てるのよ。で、 銭湯を出てからその子の後を付いて行ってその子のアパートを突き止めたのよね。で、その後、 毎日の様にその子のアパートの前でその子を待ち伏せしちゃってさぁ。あ〜、もう恥ずかし〜〜〜い。」

I 「で、成就したのかしら?その子とは。」

A 「う〜ん、全くダメだったわね。で、お店やって何年かしてお客さんが連れてきたのよ、その子。」

I 「あらぁ〜〜〜。ビックリだったでしょ。アキちゃんもそうだけど、その子がねぇ。」

K 「それがそうでも無かったんだよね。」

A 「そうなの。まあ、こっちはさ、焦っちゃって。どうしような〜んて思ってたんだけど、 意外に彼は冷静でね。お久し振りですぅ〜、な〜んて。でも、ちょっと太ってたけど、 やっぱり可愛かったわね。」

I 「で、今も来てるの?その子。」

A 「今はね、幸せらしくて全く出てないみたいよ。」

I 「あら、そう。でも、時々見たいわよね、彼の顔を。」

A 「まあ、そりゃそうだけどさ。アッシ、結構諦めも早いからね。元気で幸せなら、って。」

K 「まあ、そこがアキちゃんが恋に溺れない秘訣なんだろうね。」

A 「溺れたいのよ、本当は。ははは・・・。」

K 「で、話、戻っていいですか?」

I 「あ〜、そうそう。で、付き纏ってる子の話だったわよね。」

K 「あの役もいい役だったよね。何しろ台詞がひと言もないんだから。」

A 「って言うか、はっきりとは分からなかったけど、もしかしたら不自由だったのかもね。」

K 「あ〜、そうかぁ。そう言う考えもあるよなぁ〜。まあ、それは置いといて、コンテッサがこれは、 っていう男、パオロをカレンに近づけるんだよね。」

I 「これは、って言う事は、相当な美男子なのね。」

A 「多分、小説の設定はね。でも、パク・ソヒじゃあ、ちょっと物足りないわよね。そう思わなかった? 康ちゃん。」

K 「そう。彼は綺麗なんだろうけど、これは、と言った美男子じゃないよね。」

A 「そうよねぇ〜。でも、逆にカレンが性に溺れていったのが分かるわよね。」

I 「そんなに良かったのかしら、その子。」

K 「まあ、それには前があるんですよ。」

I 「って言うと?」

A 「カレンのローマで亡くなった旦那って性的不能者だったのよ。でも、カレンは、 それ以外で満足してたのよね。」

I 「それ以外?」

K 「お金を含めた精神的な支え、ってとこかな。ね、アキちゃん、そうだよね。」

A 「そうそう。で、パオロにカレンはどんどん溺れていくのよ。」

I 「っじゃ、コンテッサだっけ?江波杏子の役。彼女はウハウハじゃないの。シメタ!ってとこね。」

K 「それがそうでもないんですよ。」

I 「えっ?どう言う事?」

A 「さっきも言ったけど、薄々気が付いてるのよ、お金目的だって。」

K 「でも、そこが哀しいんですよ。気が付いているし、 クリストファーっていうカレンを理解している作家が新しい芝居を ニュー・ヨークで用意しているっていう話まであるのに、それも断ってセックスに溺れていくんだよね。」

A 「そうなのよ。哀しいわよね。で、結局捨てられる訳だし。」

I 「え〜〜っ!捨てられちゃうわけぇ〜?」

K 「金の切れ目が縁の切れ目、っていう事かなぁ〜。」

I 「まあ、よくある事だわよねぇ〜。アタシもあったわよ、そんな事。」

A 「あるわよね、お店やってるとさ。アッシらの哀しい性よね。」

K 「アキちゃんはないでしょ、そんな事。」

A 「あら、アッシだって泣いてるのよ、涙は出ないけど。」

K 「でしょ。涙出ないよねぇ〜、ははは・・・。」

A 「康ちゃん、そんな事言っていいのぉ〜?」

K 「あぁ、いけねえ。ちゃんとしてないと壊されちゃうからね。」

I 「あら、康さん、何か握られてるのね、アキちゃんに。」

K 「まあ、ちょっとですけど。」

I 「ははは・・・。で、全体としてはどうだったの?」

K 「初めにも言いましたけど、僕は良かったなぁ〜。」

I 「アキちゃんは?」

A 「アッシはね、悪くはなかったけどぉ〜。ちょっと不満もね。」

I 「どんな所が?」

A 「まず、場面が目まぐるしく変わるのよ。その変わり方が早すぎるのね。 映画のカット割の様な感じなのよ。だから、観客がついていけないのね。 特に一幕はそうだった印象が拭えないわね。それに音楽。」

K 「良かったじゃない。僕はそう思ったけどなぁ〜。」

A 「アッシも音楽は良かったの。でもさ、あの音楽は舞台の音楽かしら?って。 聴いてると映画音楽のようなのよ。」

I 「これも映画みたいなのね。」

A 「そう。それから作家のクリストファー。彼の存在は原作にはなくて、 この戯曲で登場させたらしいんだけど、原作のテネシー・ウィリアムズがモデルらしいのね。」

K 「そうなの。へ〜。」

A 「そうなのよ。それだったらストーリーテーラーとして、 もっと舞台に登場させてカレンの行方を語った方が効果あると思ったんだけどね。」

K 「なるほどね。そしたらクリストファー自身の事も観客には良く分かるよね。」

A 「そうでしょ。二幕でクリストファーがカレンに勧めるブロードウェイの復帰作って、 きっと<欲望と言う名の電車>だろうしね。」

K 「あ〜、そうかぁ〜。だから、その後の彼の台詞に、ブロードウェイで凄く評判とって、 トニー賞も獲った、ってのがあるんだね。良く観てるし、聞いてるねぇ〜、アキちゃんは。」

A 「まあ、集中できた舞台だったしね。それから、最後。あの余韻はもっと長く続けて欲しかったわね。 ちょっと短かったわよ。」

K 「僕もそれは感じたな。」

I 「最後はどうなっちゃうの?」

K 「最後はね、カレンが付き纏っていた子にパオロが返していった鍵をバルコニーから投げるんだよね。」

A 「で、それを拾った彼が彼女の部屋のドアへと歩いて行く所で幕となるのよ。」

I 「それって、最初と最後が結びついてるわよね。」

K 「イチママ、流石ですね。そうなんですよ。バルコニーね。」

A 「話としては良く出来てるわよね。でも、やっぱり最後のシーンは、 これこそ映画のようにもう少し長めにやって欲しかったわ。」

K 「イチママ、僕にビールお代わりお願いできますぅ?」

I 「勿論じゃないの。遠慮しないでね。ヱビスでよろしいのかしら。」

K 「はい、ヱビスで。」

I 「はい、お待たせしました。どうぞ。」

K 「イチママもどうぞ。」

I 「ありがとうございます。でも、溺れてみたいわね、アタシも。」

A 「そんなのみ〜んな一緒よぉ〜。まあ、溺れちゃってる人もここにいますけど、ははは・・・。」

K 「またぁ〜、アキちゃ〜ん。」

A 「ははは・・・。ママ、アッシにもお代わり。ママも新しいの抜いてね。」

I 「は〜い。お言葉に甘えます。・・・はい、お待たせしました。それじゃ、康さんとのお近づきの印に、 乾杯しましょうよ。」

K 「そうだねぇ〜。イチママ、これから宜しくお願いします。」

A 「アッシもね。」

I 「かんぱ〜い!」

一同 「かんぱ〜〜い!」

おわり


 *今回紹介したお芝居は、

 1)<ストーン夫人のローマの春> PARCO劇場
    上演中〜3/22まで
    大阪公演は3/28・29 シアター・ドラマシティー
 以上です。どうぞ足をお運び下さいね。
2009.3.16


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