<復讐するっていけない?>の巻

アキ(以下A)「いらっしゃ〜〜〜いい!」

孝ちゃん(以下T)「今晩は。」

A「何しよっ?」

T「今日は、ローゼズ・スパークリングをジンジャエールでお願いします。」

A「あいよっ! ・・・はい、お待たせ。」

T「いただきま〜す。」

A「今日は遅いわね、平日だっていうのに。仕事忙しいのかしらん?」

T「いや〜、そうじゃないんですけどね。今、芝居の帰りなんですよ。」

伴君(以下B)「もしかして君泣いたでしょ。」

T「やだなぁ〜、伴さん、何で分かるんですか?」

B「目が腫れぼったいしさ、ね、あきちゃん、そう思わない?」

A「そう言えばそうかもね。いったいどんな芝居で泣いてきたのよ、孝ちゃんたら。」

T「ちょっと待って下さいよ。泣いたなんて言ってないですから、本当にイヤになっちゃうな、 アキさん、伴さんたら。」

B「な〜んだ、違うんだ。たまには孝ちゃんの目から涙でも見たいと思ったんだけどね。 そりゃ残念。」

A「何言ってんのよ。伴ちゃんたらね、この前一緒に行った芝居で大泣きでさ、 鬼の目にも涙って、きっとこの事だろうな、って感じだったのよ。」

T「え〜〜〜!そうなんだぁ〜。意外ですね、伴さんが大泣きするなんて。僕、 見たかったです。」

B「うるさ〜〜い!アキちゃんも余計な事言わないで、手動かせてね。ジントお替わり。」

A「ちゃんと動かせてます。はい、ジントニックですね、お客様。はいはいはいはい。」

B「はいは一回だよぉ〜!」

T「でも、そのぉ〜、あのぉ〜・・・」

B「はっきりしなよ、はっきり。」

T「本当にういいんですか?はっきり聞いて。」

B「勿論じゃん。」

T「あのですね、伴さんが大泣きした芝居って、何かなぁ〜って。」

A「伴ちゃんが大泣きしたのはね、野田地図(ノダ・マップ)の<オイル>なのよ。」

T「え〜〜〜!じゃあ、僕と一緒です。」

A「あら、やっぱり孝ちゃんも泣いてたんだ。」

T「あっ!いけない。バレちゃいましたね。でも、とっても良かった。ですよね、伴さん。」

B「ん〜ん、まあな。」

A「何格好つけてんだか、いいじゃないよ、アッシだって、久しぶりに涙がこぼれたんだからさ。」

T「アキさんもですか?じゃあ、みんな一緒だ。はははは。」

A「アッシはさ、最後の方まで、そんな大した事ないな、って思ってたんだけど、最後で、 <ヤラレタ!>って言うの?これね、野田の芝居では、<赤鬼>以来の事だったのよ。」

T「話がとてもタイムリー過ぎちゃって。僕なんか、野田さんが、 予言師みたいに思えちゃいましたけどね。」

B「いやぁ〜、本当にタイムリーだったよね。俺とアキちゃんが観に行ったのが、 バグダットが陥落した日だったから、余計にそう思ったよ。」

A「でも、まだ戦争は終わってないのよ。アッシはね、今回の芝居って、 野田のメッセージが痛いほど良く解ったのよ。彼は長崎出身じゃない。歳も多分アッシと同じ。 聞かなきゃ、言わなきゃいけないと思っていたり、感じていたりする事や物に共通する所があるのね。 だから、それが解った時、感動がうねりの様に襲ってきて、自分の中で爆発しちゃうん じゃないか、って思っているのよね。」

T「今回の<オイル>は、正にそうだったんですね。」

A「そうだったと思うわよ。」

B「俺はさ、あの芝居を観ていて、今のイラクの事を思い浮かべちゃったんだよな。 ここ数日のテレビ報道を見ていると、さらに思うんだよ。」

T「どんな事ですか?伴さんも、ちゃんと考えるんですね。」

B「馬鹿言っているんじゃないよっ!俺だって一端の社会人だよ。ノホホンと暮らしている様に見えて、 実はちゃんと考えてるんだよ。」

T「で、何思ったんですか?」

B「人間は簡単に変わっちゃうんだよな、って事。」

T「でも、変わらない時もありますよね。例えば、日本なんていい例だと思うんですよ。」

B「孝ちゃん、結構議論好き?」

T「まあ、そうでもないんですけどね。日本てさぁ、変わらせたいな、と思っても変えないじゃないですか? この世の中を変えたいって、皆思っているのに、いざ選挙が終わるとあまり変わっていないんですよ。 ねえ、変ですよね、日本人って。」

A「まあ、確かに日本人って世界の中でも特殊かもしれないわよね。それに、 平和な国だって分かっていない人も多い。」

B「それはあるよな。テレビで連日報道されるイラク情報。湾岸戦争の時もそうだったけど、 まるで対岸の火事。自分の所には、火の粉が降りかからないと思ってる。 自分もその一人かも知れないけど、平和ボケなんだよな、きっと。」

T「そうですね、平和ボケ。本当の平和ってなんだろうと考えたら、僕には分からないんです。」

A「難しいわよね。本当の平和。考えれば考えるほど難しくなるわよね。」

B「ほら、イラクでさ、フセインの銅像が倒されたろ。その時の民衆の騒ぎったら。見た?孝ちゃん。 平和を勝ち取ったって感じしたろ?あの時の気持ちなんじゃないか?平和を感じる時って。」

A「あら、そうかしらん。アッシはね、あの映像に写っていない人たちがどんなに多くいて、 その人達がどんなに悲しいんでいるだろうか、って事を考えたわよ。」

T「鋭い!そうかも知れませんね。僕も、イラクにこれから平和が訪れるんだろうな、 としか考えていなかったけど、彼らにとっては、本当の平和がどこにあるのか、 まだ手探りの状態なんですよね。」

A「集団、って恐ろしいのよ。自分では何も出来ないくせに、集団になると、 自分が考えもしなかった行動がとれる。後になって考えたらどうでしょ?アメリカは世界の平和の為に、 なんて言っているけど、結局は利権の為なんじゃない?って思っちゃうのよ。」

T「芝居の中に出てきますよね。<原爆二つも落として、ひとつも謝ってない>って。」

B「それが戦争を終わらせる為だったんだから。」

T「そうですかね?<したいな、アメリカに。復讐。>っていう台詞が頭から離れないんですよ。」

B「でも、見てたろ、孝ちゃんも。勝てっこないって、アメリカには。復讐なんてと〜んでもない。 あっと言う間に、<ハイ、サヨナラ>だぞ。」

T「イヤ〜、そうじゃないんですよ。分かってもらえないですかね。」

A「分かるわよ。つまりさ、孝ちゃんが言っているのは、そういう気持ち、 気持ちを持っていちゃいけないのかな?みたいな事なんでしょ。」

T「そうです、そうです。そう言う事なんですよ。」

B「気持ちを持ってちゃって、結構危険人物なんだな、孝ちゃんってさ。」

T「危険人物?何ですか、それ。そんなんじゃないです!」

A「松たか子演ずる富士が、弟の藤原竜也演じるヤマトに問いかける最後のシーンは、 本当に印象に残ったわね。<ヤマト、もう一度教えて。復讐は愚かな事?>って。」

T「その後に言いますよね。<たった一日で何十万人もの人が殺された。その恨みは、 簡単に消えるのか?>って。」

B「そして、最後にこうだよ。<一ヶ月しか経っていないのに、どうして、コーラが飲めるのか?>ってさ。」

A「復讐する事が悪いか、良いかは別にして、野田が富士に言わせた最後の台詞を、 アッシ達はチャンと考えて行かなきゃいけないんじゃない?ね、どおうかしらん。」

B「その後のあの音楽。俺達に考える時間を作ってくれている様だったよな。あの時だよ、 俺の脳裏に今のイラクの映像が浮かんだのは。」

T「素敵な曲でしたね。」

A「マーラーの交響曲第5番の第4楽章よ。アッシ、あの場面で、虚脱感に襲われちゃって、 こぶしを握り締めたまま、ただボーッとして、涙が止まらなかったのよ。 このテープが終わったら聴きましょうか?マラ5。」

B「いいね。それじゃ、もう一杯もらおうかな。ジント。」

T「それじゃ、僕も。今度はソーダで、ローゼズ・スパークリングを。」

A「あいよっ!」

おわり


*登場人物は全て仮名です。
*今回紹介したお芝居は、
   野田地図第9回公演<オイル>
   上演中〜5/25 シアター・コクーン
   5/30〜6/15 大阪近鉄劇場

どうぞ足をお運び下さいね。


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