第三章 賽は投げられた


 ブリタンニア西岸にある、内海に面した街道を娘たちを乗せた一台の馬車とそれに従う男たちの一行が進んでいる。あまり整備されていない石畳を暖かい風が吹き抜けて、ユーニスの濃い褐色に見える髪を撫でていくと曇に覆われた空もどこか優しげで心地よく思えていた。
 ブリトンを出立して北に向かう娘たちを追いかけてきたバーン家の馬車は屋敷には引き返さず、ユーニスたちを乗せてそのまま街道に轍を転がしている。ことを決めたのは水鳥を思わせる不思議な色の髪に奇妙なつば広の帽子を乗せた娘、マデリンが重々しく述べた一言だった。

「だって歩くよりも楽じゃない」

 数百年を風にさらされている街道の石畳はあちこちが草や土で盛り上がって歪んでいたが、古い帝国の工事はしっかりとしたものだったから、だく足の馬車に揺られても舌を咬まずにすむ程度には平らかだった。馬車を引いてきたバース家の家人たちは主人を置いてブリトンまで歩いて帰る羽目になったが、街道の周辺は国境を越えても治安はそれほど悪くないから彼らには休暇を兼ねた小旅行になったことだろう。

 馬車は小さくて幌もついておらず、小ぶりな御者台に二人も座れば満員になってしまうが、二頭立てで車も頑丈だからいざとなれば早駆けもできる代物だった。マデリンが御者をして、ユーニスが後ろに乗っているがときおり交替して互いに手綱を握っている。
 男たちはといえば姫君の馬車に従って地面を歩く栄誉に浴しており、本来の馬車の主人であり豊かな金髪を波打たせているフランシスも、河原毛と呼ばれるユーニスの愛馬を引いている兵士Aも荷物を担ぐ街道の旅を苦にした様子はない。フランシスの馬はユーニスとマデリンが乗る馬車を曳きながら薄墨毛の身をブリタンニアの風になぶらせて小気味よく蹄の音を鳴らしていた。

「かつて帝国の時代には娘や老人が街道を歩いて旅をすることができた。今は娘たちが街道を馬車に揺られて旅をすることができるというわけね」
「マデリン、歩いているみんなに悪いわよ」

 冗談めかして御者台で演説ぶっている友人をたしなめる。小ブリトンからマーシアに至るまでの街道は、左手に内海を臨みながら進んでいくと時おり行き過ぎる里程標を見て道のりを知ることができた。
 ブリタンニア特有の小高い丘の連なりも海岸沿いの街道までは及んでいないから、視界は開けていて見晴らしがよく舗装された敷石の上をはねる轍の音もからからと響いて耳に心地よい。関所を越えたこの一帯は国境もあいまいで、隣接する小ブリトンもマーシアもサクソンもどこの領土だとは主張せず人や物が往来するに任せていた。

 馬車の歩みは本来、徒歩と比べてもそれほど里程に違いはない。マーシアの馬上競技会が開かれるまでは日があって、旅を急ぐ理由がない娘たちは右手にブリタンニアの丘陵を、左手にはあたたかな内海を臨みながら、数刻も過ぎると街道沿いに置かれている宿駅の跡地で腰を落ち着けることができた。
 宿駅は石造りの建物がところどころ崩れてはいたが、壁も屋根も床もしっかりして、外には馬を繋ぐための場所も火をおこすための最低限の設備も据えられている。昔は水道も引き込まれていたのだろうが、帝国が衰退して宿駅も放置されると不潔だからと埋められてしまったらしい。建物の向こうにある丘と木々の様子を見てマデリンが口を開く。

「あの向こうに水道跡があるはずよね。埋められたのは支線だけだから、森に入ればまだ水源が残っているはずよ」
「では馬に飲ませるついでにまとめて汲んできましょうか。なに、ご心配なく。このような仕事に麗しきご婦人方のお手をわずらわせることはありますまい」
「ええ。殿方にお任せいたしますとも」

 馬具を外していたフランシスに、ことさら慇懃な態度でマデリンが頭を下げてみせる。冗談に冗談を返されたフランシスが拾い上げた桶を片手に、もう一方の手で馬を引くと、ユーニスの護衛である兵士Aも無言で河原毛を従えて桶を手に青年の後に続いて行った。
 ユーニスの求婚者を自称するフランシス・バーンは言動がいちいち大仰で、特にマデリンにはたびたびからかわれているが、本人は解放的な旅を楽しんでいるらしく不満げな素振りすら見せなかった。

 青年貴族と護衛の兵士が水場を探しに行くあいだに、娘たちが火をおこす支度をする。長髪に長衣の剣士キルバートは宿場についた早々にマデリンと何やら話をすると、狩りにでも行ってくると言ってそのまま姿を消していた。国境を離れる前に出会っていた、サクソンの若頭クレオも彼の自慢の愛馬を連れてくると言ったきり街道を引き返してから戻ってきていない。
 英雄アルトリウスが小ブリトンを率いて、マーシアとサクソンを十二回もの戦いで退けてからまだ一世代すら経てはいない。戦いが終わり、小ブリトンが隣国と親しくすることをユーニスは望んでいるがそれをよしとしない者も決して少なくないだろう。ようやくひと心地をつくと、マデリンがグリーンバンブーの筒に入れた飲みさしの水をユーニスの前に差し出した。

「進めば悲惨で戻れば破滅。かつてルビコンを前にした英雄はそう言って兵士に問いかけたのよね、ユーニス?」
「まったく、マデリンはなんでもお見通しみたいね」

 いささか演技くさいマデリンの口ぶりにユーニスは感心したような呆れたような顔を見せるが、それで動じていない様子に彼女の決意が固いことが分かる。ルビコンとは数百年の昔、内乱を始める前のシーザーが逡巡した国境の川辺のことで、彼が闘争を決意した場所のことであった。
 ブリトンが帝国の正当な後継者であると信じている者にとってブリトンとアングロサクソンは明確に区別されるべきだが、ブリトンがブリタンニアにある国々の一つであると考えるユーニスにはこの小さな島が国境でばらばらに割れている現状が理解しがたく思える。どちらが正しいという話ではないが、小ブリトンでは前者は強硬派と呼ばれて後者は穏健派と呼ばれていた。

 ぬるい水でのどをうるおすと、しばらくしてから水場で馬を休めていたフランシスらも戻ってくる。桶に汲まれている水を壺や水筒に移してから、ひと息をついたら出立するつもりでいたが姿を消したキルバートは一向に戻ってくる様子がない。マデリンは連れの男のことなど気にしたふうもなく、馬車に繋ぎ直されている馬の耳に頭巾のような厚手の布を被せていてユーニスを訝らせた。

「何をしているの?マデリン」
「いえね。考えてみればクレオは大した肝っ玉だと思うのよ」

 マデリンの返答は何の脈絡もないが、サクソンの若頭クレオの姿はなく国に帰ってから現れる様子はなかった。国境を越えたユーニスを堂々と見逃した上に、自分もアングル人の馬上競技会に出るというのだからユーニスに劣らず破天荒というしかない。

「ブリトンの貴族がマーシアに行こうとするのをサクソンが気にしないわけがないわね。でも王子様が自ら国境を出ておきながらユーニスを見逃して自分もマーシアに行くというんだから、自分の立場を考えたらなかなかできる芸当ではないわ。もっとも、あの性格じゃ大人しく家で留守番ができないだけという可能性もあるけどね」

 ほめているのかけなしているのかわからない評価にユーニスは思わず笑みを浮かべるが、マデリンの言葉はたびたび未来を見通して彼女の目は余人に見えないものを目にしているように思える。はっとして、ユーニスはマデリンの言葉を継ぐように尋ねた。

「つまり、私だけではなく彼が国境を越えることもよく思わない人がいるかもしれないということ?」

 友人の言葉にうなずくと、庵の魔法使いは先ほどまで自分たちが歩いてきた街道に首をめぐらせる。はたして小ブリトンに繋がる街道の向こうからいくつもの蹄と轍の音が聞こえてくると、十騎ほどもいるように見える馬の集団が現れた。見通しのよい街道をだく足で駆けている馬は鼻息も荒く物々しく見えて、衣装や装備を見るにサクソンでもマーシアでもなくユーニスと同じブリトン人であることが知れた。
 馬を馬車に繋ぎ、荷物も下してはいないから急いで出立すれば追いつかれずに済むかもしれないが、ユーニスには相手を避けるつもりはなく用事があるなら迎えるのが礼儀だと思っている。馬群の一団は宿駅の周囲を囲うようにぐるりと広がり、どう見ても友好的には思えないがユーニスは怯む色も見せず堂々としていた。

 右に左に広がった馬群の中央から、ひときわ目立つ装束を着た壮年の貴族がさっそうと馬を下りる。気圧されたふうもなくユーニスが丁寧に頭を下げるが、黒髪に口髭をたくわえた男は表情からも態度からも威圧的な素振りを隠そうともしなかった。

「これはペンドラゴン卿。このような場所までどのような御用向きでしょうか」
「わざとらしい挨拶は止めてもらおう。売国奴の婢女よ、これ以上貴様の家名に泥を塗りたくなければただちに引き返せ。これは要望でも命令でもない、ブリトンの意思だ」

 ペンドラゴン卿は立派な風体をした壮年の紳士めいていて、家柄ではユーニスにも劣らないブリトンの名士だが、若い娘を糾弾する言葉は非礼を通り越して野卑にすら思えてくる。
 彼自身がかつて若い当時に英雄アルトリウスに従い、伝説の戦いの半分に参与してアングル人やサクソン人と矛を交えた戦士であり、名誉にも威厳にも欠くことがない人物だがユーニスは勇者に糾弾されたところで顔色ひとつ変えなかった。

「たかだか昔の戦争に勝ったというだけの理由で、小さなブリトンが争いを続ければいずれ傷つきやせ細っていくだけです。勝者の寛容は帝国以来の伝統でした。ブリトンはマーシアともサクソンとも手を結ぶことができるのに、どうしてそのことがおわかりいただけないのですか」

 それはこれまでに何度も繰り返された問答なのであろう。卿にはユーニスの言葉に耳を傾けようとする素振りもない。

「確かにブリトンが今のままではいずれやせ細っていくだろう。ではマーシアもサクソンも滅べば争いは終わり、ブリトンは帝国の繁栄を取り戻すことができるではないか。我らはあの蛮族どもと十二回も戦ってただの一度も負けることがなかった。気をつけるべきは強者が力におぼれて自らを失うこと、その程度は私もわきまえている。ならば手を緩めることなく万事を解決すればよいのだ」

 十二回の勝利の後、英雄アルトリウスは姿を消していたがブリトンがアングル人とサクソン人を相手にして勝ち続けたという事実は残された。その勝者たる小ブリトンがブリタンニアの一隅に押し込められているという現実をよしとしない人々は、卿を押し出して過去の栄光を取り戻すことを望んでいるが、ユーニスのような者にとっては平地にいらぬ穴を穿とうとしているだけに思えてしまう。
 そもそも十二回も勝ったブリトンの領土が広がってもいないのなら、輝かしい勝利もしょせんは一時の戦いの結果でしかないという証明ではないか。ユーニスはそう思っているが勝ち続けた人々は自分たちが負けることなど考えたこともなかった。

 ペンドラゴン卿の野心とユーニスの理想のどちらが正しいかを比べても意味はない。卿はただ彼らにとって正当な権利を取り戻すことを主張しているだけだったし、彼らの感覚ではユーニスは確かにブリトンを売り渡そうとする売国奴に過ぎない。だが彼らの傍らにいるマデリンには少なくともわかっていることがある。相手を侮辱する人間と相手を説得しようとする人間、マデリンがどちらを友人として好むかということだった。

「話をまるで聞くつもりがない相手に話すのは、犬に対してお前は犬だと言うほど無駄な振る舞いよ。でも、無駄と承知で話をすることは決して無駄ではないのよね」

 そう言うと空になった水筒を火に放り込み、いかにもわざとらしい素振りで長衣の裾を払ってからつば広の帽子を被りなおす。卿とユーニスの間を悠然と横切るようにして馬車に向かい、ごく当たり前の動作で御者台に座ると友人に手を伸ばした。うなずいたユーニスは礼をしてから馬車に乗ろうとするが、ペンドラゴン卿はまだ話は終わっておらぬと部下たちに命じて道を遮ろうとする。
 ぱぁん、と、とたんに焚き火ではぜた竹筒から大きな音がして驚いた馬たちが一斉に暴れ出した。ユーニスの馬たちの耳には布が被せられていたから、御者台のマデリンが大きく手綱を振ると怯えている卿の馬たちを後目にいっさんに走り出す。

「それじゃあユーニス、賽を投げるとしましょうか!」

 街道を駆け出した馬車をペンドラゴン卿の部下たちが慌てて追いかけようとするが、暴れる馬に驚いた馬が更に暴れ出す体たらくでそれどころではない。
 自分たちがブリトンの裏切り者であると名指しされたフランシスは、これは面白いと舞台に立つ大根役者の気分になると馬追いの鞭を振り回して大立ち回りに飛び込んだ。大きく振り回した一打がペンドラゴン卿の愛馬の鼻面に当たるといきり立った馬が立ち上がって名のある貴族様が尻もちをつかされる。

「これは滑稽!喜劇の端役をお望みであれば役は空いておりますぞ!」

 挑発的に振る舞ってみせるが周囲は暴れまわる馬たちに囲われており、喜劇というには命がけである。フランシスは街道を離れた森中に行方をくらませてしまい、兵士Aもユーニスの馬を曳いてその場を離れることができた。ペンドラゴン卿は不名誉な恰好になりながらも彼の愛馬にしがみついて離れず、ようやくなだめたところで三騎ほどが馬車を追いかけて行ったことが知れた。

 マデリンとユーニスを乗せて、街道を駆ける馬車は石畳を上下に揺れてともすれば舌を咬みそうになる。追手はずいぶん引き離したからすぐに追いつかれそうな素振りはないが、見晴らしのよい街道を駆けているから隠れることはできそうにないし、マデリンもユーニスも御者の達人ではないから逃げ切るのも難しそうだった。
 街道をこのまま進んでマーシアの関所が見えてくれば、ブリトンの貴族が異国で騒ぎを起こすのは剣呑だから手を出しづらくなるだろうが、戦車競争をしながら関所をくぐらせてくれる国などありはしないだろう。ユーニスが馬車の後ろに目を向けると、はるか向こうに三騎ほどの馬が駆けているのが見えて先方にもこちらが見えているのが分かる。

「なんとか引き離せないものかしら」
「大丈夫よ。これまで楽をしていた奴に働いてもらうから」

 そう言いながら手綱を握っているマデリンの視線の先に、街道脇に立っている男の姿が見えてくる。長髪に長衣を着て長柄を手にした男、キルバートが駆けすぎていく馬車を見送るとそのまま街道の真ん中に立ち、追ってくる馬たちを正面に待ち構えて独りごちた。

「おやおや皆とはぐれていた間に、ようやく狩りの獲物を見つけたらしい」

 わざとらしく呟きながら、長柄を水車のように振り回すと水平に構える様子が馬車からも窺える。みるみる近づいてくる三頭の馬を相手にしてブリタンニア最強の剣士を自称する男には動じた様子もないが、馬上の男たちも馬を相手に一人で何ができるものかと勢いを落とす素振りもない。
 構えを水平から脇に持ち替えるとキルバートは平然として三頭の正面に立ちはだかりながら、駆けてくる馬を避けようともせず長柄を一頭の鼻面に突き出した。馬というものは元来臆病な上に目が両側についているから顔の正面は見えづらく、そこを叩かれた一頭が怯えて後足で立つと右に左に暴れ回って二人の男が転げ落ちた。一人は背中から落ちると動けなくなり、もう一人は目の前に長柄を突きつけられて両手を挙げる。落馬しなかった一人はそのまま駆け抜けると馬車を追っていき、キルバートは長柄を軽く担ぐ。

「やれやれ、一人逃がしたか。これでは働いたとは言えんだろうな。俺が楽をしているとかマデリンに好き勝手言われてしまう」

 すかさず斑毛の一頭を奪うと颯爽とまたがって街道を駆け出した。立ち回りに落とされなかった一人がキルバートのしばらく先を走り、その向こうには馬車が見えている。キルバートの乗馬は堂に入ったもので、斑毛は石畳を軽やかに駆けているがそれでも追いつくには時間がかかりそうだった。
 仲間が二人馬から落とされて、一人残った卿の忠実な部下は主人の命令に従って馬車に追いすがっている。小さな馬車には幌もついておらず、御者台にはユーニスが乗っていて奇妙な帽子の娘が手綱を握っていた。若い娘を傷つけることに躊躇いがないわけではないが、ブリトンを野蛮人から守るためにも裏切り者を見逃すことはできなかった。

 早駆けの速度を上げて、馬車に並ぶと腰に吊っていた剣を抜き放つ。帝国伝来の短い剣ではなく、戦士が馬上で扱うのに向いたまっすぐで長い剣だった。脅すように声を上げると一度、大きく振り回して風を切る音を確かめる。
 ブリトンの名家の一人娘であるユーニスよりも、御者台にいる生意気な娘であれば切っても突いても構わない。手綱を叩き切るつもりで、はずれて腕を切ったとしても馬車を止めることはできるだろう。両手で剣の柄を握るとことさら見せつけるように大上段に振り上げようとした、男の耳に蹄の音と轍の音とユーニスの激昂した声が響く。

「私の友人に、何をするつもりですか!」

 言いながらユーニスの足が伸びて、厚い靴底で馬車の横板を蹴り開ける。板きれ越しに、わき腹を思いきり蹴られた男が馬上から転げ落ちると勢い余ったユーニスもそのまま落ちそうになるが、壊れた枠に捕まってなんとかぶら下がることができた。
 背中で起きた大立ち回りに、御者台で唖然としたマデリンは彼女らしくもなくしばらく我を忘れていたが、思い出したように手綱を引くとゆっくりと馬車が止まったところでしがみついている恩人に手を伸ばす。剣を振り上げた相手に、馬車の上から飛び蹴りをかます貴族のお嬢様など聞いたこともない。

「無茶するわねえ」
「ああ、あの人大丈夫かしら。でもマデリンが危ないのを見過ごせないわ」
「嬉しい話だけど、扉がない馬車もよっぽど危ないわよ」

 何でもお見通しのはずのマデリンがユーニスの行動は理解できずにいる。だが魔法使いを唖然とさせたのは深淵な知識ではなく裏も表もない心からの行動で、ユーニスがそのような娘であるからこそマデリンは庵を出るつもりになったのだ。
 止まっている馬車の後ろから、蹄が鳴る音と鼻をふるわせる声が聞こえてくると斑毛の一頭を拝借したキルバートが悠然と馬を近づけてくる。マデリンに頼まれていた街道の狩りは二頭ほどの獲物をとらえることができたが、長身長髪の男は魔法使いの予言が外れたことに心から驚いていた。

「おかしいな。予定では俺が三人とも恰好よく退治してみせるはずだったんだが、どうやら魔法使いよりも正しい答えが世の中にはあるらしい」
「そうね。ひとつだけはっきりしているのは、あんたが大して働きもせずに楽をしていたということだわ」

 日没にはまだ遠く、これだけ馬で駆ければマーシアの関所までずいぶん早くたどり着くことができるだろう。  ペンドラゴン卿は引き下がったらしく街道を追ってくる姿もないが、小ブリトンに帰ればユーニスの横暴を訴えることだろう。それで人々がどう考えて、ユーニスをどのように出迎えるかはそれこそ人々に任せるしかない。彼女は誰にどう思われるかを考えて行動しているのではなく、彼女が心から正しいと思うことをやっているだけに過ぎなかった。

「サクソンの王子はあのような人間だった。ブリトンの貴族はあのような人間だった。さてマーシアではどのような人間に出会えることかしらね」
「なにか言った?マデリン」

 ユーニスの言葉に水鳥の髪の魔法使いは笑うだけで、その視線の先にはマーシアの関所が小さな姿を見せている。庵を出た彼女はごくわずかの間になんと多くの人間に出会ったことだろうか。だがマデリンの目にもっとも興味深く映っているのは今のところ、濃い褐色に見える赤毛の友人で間違いないようだった。


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