ブリタンニアの中央部を占めているマーシアは王国を名乗ってはいるが内実は小さな部族の集合体で、もとをたどればサクソンと同じく海峡を越えてやってきたアングル人の後裔である。マーシアとは古い帝国の言葉で辺境を意味していて、かつてブリタンニアを治めていた帝国に異民族と呼ばれた人々が今ではブリタンニア最大の勢力として根を下ろしている。
帝国が最後の戦いに敗れた後、アングルやサクソンのほとんどは残された都市や陣営地にそのまま定住して今に至っている。彼らの中には帝国の協力者として帝国の文化の中で暮らした者もいたから、自分たちで都市を築く技術はなかったが古いものを使い続けて無意味に壊そうともしなかった。
「かくて帝国は遠くなりにけりってことね」
「でも誰かが使わなければ、とうに失われていたわ。誰も訪れない街道はすぐに土と草に埋もれてしまうもの」
ブリトンの追手を辛うじて振り切ったマデリンとユーニスはそのまま馬車を進めていたが、やがて街道の向こうに関所が見えてくると背後から人も馬も来る気配がないことにようやく安堵する。まさか異国の関所で騒動を起こすわけにもいかないから、追手をつかわしたペンドラゴン卿もあきらめて国に帰ったらしい。
関所を越えれば町までは半刻もかからず、まばらだった街道の人通りも気がつけばずいぶん多くなっている。大立ち回りをした挙げ句、戸が蹴り破られた馬車は多少人目を引いたがそれで騒動にはならなかった。
マーシアの町は古くは帝国の陣営地として築かれた堅牢な城砦都市が始まりで、ほとんどの建物が石造りでできていた。下水も上水も敷かれているのはもちろんだが、帝国が見つけた温泉もまだ生きていて大衆向けの浴場に供せられている。主街道からは離れているはずの辺地がマーシアの中心たりえたのもこの温泉があるからだともっぱらの評判だった。右を見て左を見て、マデリンが感心したように呟いている。
「確かにマーシアの領主は寛大な人みたいね。門を見れば家が分かるというけれど、関所を抜けるのがずいぶん楽だったもの」
小ブリトンを発つ以前から聞いていた話だが、マーシアの若い頭首エオメルは同門の王や族長たちを力ずくでまとめようとはせず、自領を栄えさせて発言権を強めながら味方を増やす人物だという評判だった。マーシアの人々は元来、気が長い性質ではないが争えば隣人がどのような横槍を入れてくるか分からないから大抵は調停に従っている。
古くからアングルやサクソンには対立を解消するために両者の代表が決闘を行う風習があり、ジョストという馬上槍試合もこうした決闘に起因して生まれている。マーシアでは年に一度、ジョストの競技会が催されて多くの貴族や戦士が名誉を賭けて競い合っていた。いざこざが起こらないように貴族は貴族と、平民は平民と打ち合うが勝者に分け隔てのない喝采が送られることは同じだった。
競技会を前にして、マーシアには普段の数倍は人が訪れていたに違いないが、数刻ほど遅れてユーニスの愛馬を引いた兵士Aや、はぐれていたフランシスも町にたどりつく。アングル人とは文化も服装も違う旅姿が人目をひくが、こういう場では便利でたいした苦労もなく互いを見つけることができる。
会場への道はあちこちに据えられている立札で案内されていて、ユーニスがブリトンの貴族だと知れると客人向けの宿に衛士が自ら先導してくれた。周囲の人々も道を空けながら品定めの視線を向けてきて、いささか居心地が悪くなるがそれも長くは続かなかった。
「さあマーシアの弱虫ども!今年はサクソンのクレオ様がお前たちの冠を受け取りに来てやったぞ!」
振り向いた広場の中央で、一斉に耳目が集まるのを待ってから堂々とサクソンの衣装をひるがえしたクレオが彼の愛馬をひけらかしている。当然のように観衆が罵声と怒声を投げてくるのを平然と聞き流してから、ユーニスたちの姿を見つけて陽気に手を振ってみせた。お知り合いですか、と尋ねる衛士にまるで知らない人だと答えたのはユーニスではなくマデリンである。
「いいの?マデリン」
「その質問は、あれを見てからにしたほうがいいわ」
マデリンが指さした先にはすでに剣呑な様子の人々に囲まれたクレオの姿がある。当人は最初からそのつもりでいるらしく、挑発と罵り合いが殴り合いになるまでさほど時間はかからなかった。
クレオは多彩な悪口雑言だけではなく腕っぷしも大したもので、一人で数人を相手に立ち回りを演じてまるで危なげな様子がない。すばやく彼の愛馬を逃がした従者たちも主人を信頼しているらしく、人ごみの輪から絶妙に離れて成り行きを見守っていた。
喧嘩と祭りはブリタンニアの華というばかり、次々と野次馬が集まってきて囃し立てるともはや誰が誰と殴り合っているのか分からなくなってくる。ようやく官憲と衛士が駆けつけて、暴れていた人々を引っ立てていくが一番の加害者たるクレオの姿はなく何もなかったかのように騒動の渦中から姿を消していた。見事な手並みというしかなく、しばし呆然としていたユーニスが呟く。
「あれって私たちに興味が向くのを防いでくれたのかしら」
「いえ、単にあいつの趣味だと思うわよ」
マデリンが無慈悲に言い放つ。とはいえ少なくとも騒動のおかげで彼女たちに注目する者はいなくなって、無事に宿に部屋をとることもできたらしい。
ユーニスたちはまがりなりにもブリトンの貴族様ご一行だから、それなりの部屋があてがわれて町の有力者と称する人たちが数人宿を訪ねてくる。中でも高名なエオムンドは積み重ねた年齢と経験に裏付けられた自然な振る舞いが風格すら感じさせる人物だった。悠然と辞した老騎士を評したのはフランシスである。
「僕が言うものではないが、彼のような人物がいるだけでマーシアは野蛮でも惰弱でもない。そう断言できるだろう」
競技会にはユーニスだけではなく、フランシスやクレオも参加するつもりでいる。マデリンは最初から観戦を決め込んでいたし、キルバートはどうかといえば俺は馬と女は決まった相手にしか乗らないんだと放言して白い眼で見られていた。
もともと小ブリトンで馬に乗るのは貴族の道楽がせいぜいで、アングル人やサクソン人のように馬を自在に扱える者は珍しい。ユーニスはその競技会に参加するつもりでいるのであり、つまるところ彼女が深窓の令嬢にほど遠いことは魔法使いに断言してもらうまでもなかった。
町はずれにある練兵場の跡地には競技用の柵や杭が打ち込まれていて、周りを囲うように何列もの観客席が据えられている。それなりに裕福な者は軽食を携えて観客席に腰を下ろし、そうでない多くの者は縄で仕切られた一画に詰め込まれると盃を手に声を張り上げている。平民の中には自分で自分に大金を賭けて出場した者もいるらしく、勝てば金も名誉も手に入るが負けるか死ねばそこで終わってしまう。
貴族の大会ではペグと呼ばれる予選が行われて、地面に突き立てた短い杭を馬上から槍で抜いていく速さと本数が競われる。ジョストは大怪我で済まなくなることもあり、平民はそれで盛り上がるが貴族があまり怪我をされては厄介ごとになりかねない。名誉を賭ける以上は死んでも文句は言えないが、あまり大勢が死なれても困るからこのような予選は必要だった。
「ええい!我ながら未熟ぶりが腹立たしいではないか。志があり言葉があれど、我が腕は我が馬を満足させるあたわず無念に唇を咬むばかり」
「それだけ舌が回れば立派なものよ」
マデリンにかわかわれるフランシスは早々に悪態をつく結果に終わっていた。いざ競技が始まると、杭の一端についた輪を馬上から槍先でひっかけるのは見た目以上に難しく、ただ馬に乗れるだけの貴族ではまるで歯がたたなかった。ブリトン人のくせに馬の扱いはまずまずだと、観客が感心してくれてかえって悔しがるしかない。
「いざ!」
一方で河原毛に乗る姿が様になっているユーニスはといえば、人馬一体とまではいかずとも軽妙に馬を乗りこなして次々と杭を抜いていき、八本を数えたところで観客席から驚きと賞讃の声が上がる。古くから馬の民であるアングル人にとって、馬に親しむ者は敬愛に値した。
「マーシアの人々に受け入れられるために、ここまでできるようになったのであればユーニスは賞讃を受けるに値するわ」
「あら、マデリンにはそう見えたのかしら」
「訂正。マーシアの人々に受け入れられるほど、馬に乗っていたユーニスは両親を慨嘆させるに値するわ」
マデリンの正確な論評にユーニスは笑ってしまう。これがクレオの出番になると周囲は地鳴りのような怒号と罵声に包まれたが、それで競技の邪魔をするような不心得者はおらず、生意気なサクソンの若頭も八本の杭を抜いてみせたが残念なことに彼に向けられる罵声の量は変わらなかった。
「マーシアの連中は度量が狭い。今のうちに俺に喝采を送っておけば後で恥をかかずに済むというのに」
悪役としては嫌われがいがあると、うそぶいてみせるクレオだが罵声をかき消す歓声が上がるといよいよ老騎士エオムンドが馬に乗る。大型の黒鹿毛を軽やかに進ませると羽根のように跳び、大きく槍を振り回して輪を貫いていく様が舞踏のように美しい。余裕をもって八本の杭を抜き、それで済ませたのはジョストでの決着を観客に期待させるためだろう。
「老体であまりはりきると後に堪えますでな」
そう言ってみせる表情には汗のひと粒も浮いていない。さらにもう一人、エオムンドに並ぶ歓声と腕前を披露したのは今大会の優勝候補、マーシアで伝説のアルトリウスに勝てるのはこの男だとすらいわれる疾風のゲイルという男だった。
長い銀髪をたなびかせて、合図の喇叭と同時に矢のように躍り出ると全力で駆けて全力で振り回した槍先が正確に輪の中心を貫いて杭ごと吹き飛ばしてしまう。一騎駆けの勢いで十三本もの杭を抜いてしまい、派手な勝ちどきを上げるとブリトンとサクソンの客人らに啖呵を切ってみせた。
「わが名はしっぷうげいる!ぶりたんにあいしのきちだ!」
どこか文章を読み上げるような口調で舌先がまわっていない上に単語まで間違っているが、この男はこういう男らしく誰も気にせずに歓声を送っていた。この頭蓋骨の中身まで馬が詰まっていそうな男を倒せる者がいるものか、マーシア人が自信を持つのも当然でさしものマデリンも毒気を抜かれていた。
「ユーニス。あたし、あなた以外で何を考えてるか分からない人間を初めて見たわ」
「ブリタンニアはとても広いらしいわね」
結局本戦にはこの四人が進むことになり、ユーニスがエオムンドと、クレオがゲイルと戦って勝った者が互いに一騎打ちを行うことに決まる。ジョストはお互いが馬に乗り、馬上からすれ違いざまに長槍で相手を突き落せば勝ちになる単純な競技である。槍は刃先がついていない長柄の棒で、馬を攻撃するのは騎士の礼節にもとるから許されていなかった。
本戦は競技会の主催者でマーシアの若い頭首であるエオメルも観戦することになっていて、ユーニスとしては会談を呼びかけるだけの面目は立ったといえるがこれで名誉あるジョストを辞退することもできなくなった。疾風ゲイルをクレオに押し付けることができただけよほど幸運かもしれず、観覧席に現れたエオメルが観衆に向けて手を振ると、仰々しい挨拶を省いて競技会への期待を述べた。
「マーシアは隣人を理由もなく退けたりはしない。サクソンとブリトンの友人が優れた技を持っているなら、我々は彼らを尊敬することができるだろう。だがマーシアの英雄たちがさらに優れた技を持っていることを、どうか彼らには許してもらいたいと思うのだ」
そういうと歓声がひときわ大きくなってマーシアに古くから伝わっている勲歌を唄う者まで現れる。客人にはいささか腰が引けてしまいそうな雰囲気だが、ユーニスはむしろ嬉しげでマデリンの視線に気づくと笑顔まで見せていた。
「だってみなさんが楽しそうにしていると嬉しいじゃないですか」
「ユーニスらしい言葉を頂いたわ。期待しているから頑張ってきなさいな」
ユーニスもマデリンも心からそう思っている。小さなブリトンでは馬に乗った人が剣を振り回して襲ってきたが、マーシアでは馬に乗った人を応援して皆が声援と罵声を飛ばしていた。
その罵声を飛ばされていたクレオはユーニスのように英雄の胸中には遠かった。彼は馬の腕にも槍の腕にも事実にふさわしい自信を持っていたが、相手がぶりたんにあいしのきちとあっては事情も違ってくる。古く闘技場で動物の檻に放り込まれた戦士はこのような心中であったろうかと思うが疾風ゲイルは動物ではなく頭蓋骨の中身が動物なのだ。
ジョストは右と左を柵で挟まれた中で打ち合うから、逃げ回ったり隙をついて相手の後ろを狙うことは難しい。だが相手を誘ってすれ違い様に避けることができれば、体勢の崩れたところを突き返すことができるかもしれない。
「嫌だねえ。色々考えてるのは俺だけってわけだ」
両者正面に対峙すると馬上で思案するクレオだが、疾風ゲイルはそのような駆け引きも何も考えているはずがなく、牛のような勢いで馬を突進させてくる。
「ゲイル・ソード!」
叫びながら突いてくるがもちろん槍はソードではない。ブリタンニア最強の剣士を自称するキルバート以外にもこういう輩がいるのかとも思ったが、つまり変人は厄介だということである。
偶然の神様に半分祈りながら、馬上で身体をひねると重い槍先をかわしたクレオはしてやったりと会心の突きを繰り出すが、疾風ゲイルはあろうことか銀髪を振り回して自分の額を突きだすと兜の面当てで槍先を弾いてみせた。呆気にとられたクレオに再びゲイル・ソードが襲いかかると正面から突き落とされてしまい勝ちどきと歓声が一緒に上がる。
「いくぞー!」
すでに勝利したあとでどこへ行くつもりなのかさっぱり分からないが、この珍獣を倒すことが人間にできるものか不安になってくる強さではある。マーシアの英雄がサクソンの王子を倒すと観衆は大喜びで、次に現れた歴戦の騎士エオムンドを更なる歓声が出迎える。柵の向こうで河原毛を曳いているユーニスは彼の娘どころか孫のような年齢に見えるが、どちらもごく自然にふるまって気負った様子はない。
「この歓声の中で馬が怯える様子もなく貴女の手綱に従っている。それだけで貴女が敬愛に値する乗り手であることが知れますな」
「光栄です。来訪の身で名高きマーシアの騎士エオムンド様にお手合わせ頂けることが私には過分の栄誉ですわ」
ゲイルとクレオの馬がそれぞれ下がるとユーニスとエオムンドがそれぞれ鐙に足をかける。はるか東方から鐙が伝わったのは帝国が滅びた後のことで、これのおかげでブリタンニアの騎士は馬に乗って自由に武器を振るうことができるようになっていた。
柵に挟まれた端と端でそれぞれの馬が対峙すると観衆が息を呑む。喇叭の合図とともに両者が駆け出すと、エオムンドの黒鹿毛が背に誰も載せていないかのように軽やかに跳んでみせた。観客席で、見物を決め込んでいるマデリンもさすがに無心ではいられないらしく、更に無責任そうなキルバートがからかうような声をかけてくる。
「どう思うね。魔法使いとしては友人の勝利に賭けるか」
「ユーニスが絶対に勝てない、とは思わないわ。でも勝っても次のアレは大変そうだけどね」
一合目、互いの馬がすれ違うが、突き出された槍は双方が身をひるがえして当たらず、両者が歓声を背に駆け抜けるとゆっくりと振り返ってから槍を構え直す。もう一度駆け出してすれ違い、今度は槍と槍がぶつかって大きな音が鳴るが乗り手は体勢を崩しただけでやはり踏みとどまることができた。どちらも馬の扱いが丁寧だから、多少ぐらついても馬が助けてくれているようにすら見える。
さらに歓声が大きくなって三合目の打ち合い、これも槍と槍がぶつかるが弾かれた勢いでエオムンドが馬首を上げると右下から突き上げるような一撃を狙う。これは決まったと誰もが思ったが、ユーニスが思いきり手綱を引くと河原毛が後足立って馬ごと避けた頭上から槍を振り下ろす。たたきつけた一撃に、受け止めたエオムンドもたまらず落馬すると若い娘の派手な技に喝采が上がった。
「大丈夫ですか!」
「いや、これは参った。若者はやはり思い切りがよい」
砂まみれの身で堂々と立ち上がると、まず馬が無事であることを確認してから勝者に礼をする。ブリタンニアの誰よりも紳士的な振る舞いにユーニスも河原毛を降りると答礼した。競技場の端まで引き上げたところで、決勝戦の相手となる疾風のゲイルが大げさに腕を組んでいる。
「さくそん人とぶりとん人が出るのはこの競技会をみんな見ている。君はつよいがわたしはとてもつよくて優勝できるのがとてもうれしい」
どうやら悪い人間ではなさそうだが、どこか足りていないところがあるようだ。勝者を迎えて皆が駆けよってくるがマデリンが困った顔をしているのに気づく。ユーニスがエオムンドに使った技が彼女のとっておきだったことにマデリンは気づいていて、次はあの技は使えないだろう。
「もったいないわね。あの技、最後まで隠しておけば奇襲もできたのに」
「奇襲はよくないわ。堂々と戦わないといけないもの」
「ああ、ユーニスならそう考えるわよね」
この競技会でもそれ以前でも、マデリンは無責任な傍観者を決め込んでいたがそもそもユーニスも彼女に助言や助けを求めることはしていない。彼女は単なるユーニスの友人であり、彼女をそのように扱った者はこれまで一人もいなかった。
「どうしたの、マデリン?」
「えーと、あのね。いえ、頑張りなさいね」
「ありがとう!」
それこそマデリンがかけるべき言葉である。ジョストの決勝戦は多少の式典らしきものが花を添えていたが、それは馬と乗り手を休ませるためのもので観客の誰もが馬と槍による打ち合いを待っていた。
マーシアの英雄、疾風のゲイルとブリトンの来訪者である若い娘のユーニスであればどちらも応援のしがいがある。仮にこれがエオムンドとクレオの対決なら観衆は一方を勝たせるために度を超して熱狂しすぎたかもしれない。正直、マーシア人が見てもゲイルはとても頼もしいが彼を自分たちの代表と見なすにはちょっと彼は動物にすぎる。
「ほいっ!」
観衆の不安は開始早々、奇妙なかけ声とともにゲイルが馬ごと立ち上がったことで実現した。馬が後足だったのではなく、後足だった馬の背で更に乗り手が立ち上がってみせたのである。彼が小さな頭脳を駆使した末にユーニスに対抗してみせたことは明らかで、見事な曲乗りだが技としてはまるで意味がない。誰もが唖然としたところでゲイルが頭上から槍先を棍棒のように振り下ろす。確かにこんな体勢では他に何もしようもない。
「ゲイル・ストライクゥ!」
「ユーニス!避け・・・」
マデリンが叫ぶがユーニスは莫迦正直にこれを受け止めると身体ごと落ちてきたゲイルと一緒に落ちてしまう。競技では先に地面に着いたほうが負けになり、体勢の差でゲイルの勝利が告げられた。面目を保ったマーシア人だがむしろこれの相手をしたユーニスに心からの拍手と喝采を贈る。
あと一歩で及ばず残念な結果には違いないが、汗で光っている河原毛の首筋を撫でながら、馬場を離れるユーニスはいかにも楽しんだという顔をして出迎えたマデリンも呆れたような楽しそうな顔になる。
「避ければ勝てたのに、なんて今更言わないわよ。それにしても負けたにしては笑いすぎじゃないのかしら」
「だって、だってあの人、あの体勢で技の名前を叫んでいたのよ!」
それで堪えきれなくなるとユーニスもマデリンも腹を抱えて笑い出す。ひとしきり笑い声が続いて、とうとう息が苦しくなってきたところでエオムンドが近くに来ていたことに気がつくと慌てて非礼を詫びる。老騎士は気軽そうな様子で客人の健闘を讃えるように片手を上げた。
「今年はなんと楽しい大会だったことか。皆も喜んでいたようだし、儂からも礼を言わせてもらおう。貴殿がわざわざ小ブリトンから来た理由も心得ておる、どうかエオメルにも会っていくといい」
その言葉にユーニスとマデリン以外の面々が奇妙な顔をするが、エオムンドはすぐに語を継いだ。
「これは皆様には言っておらなんだか。儂はエオメルの伯父エオムンド。もともと馬に乗るのが好きだったのでな、とうに引退してマーシアは甥に任せておるのだよ」