ユーニスは夢を見ていた。幼いユーニスにとって世界とはブリタンニアの一隅で海を臨む、風が吹きぬけるヒースの丘から見渡す景色のことだった。小ブリトンと呼ばれるほど狭く小さな所領の更に一部だけしか有していないとは言え、由緒あるローザラインの家に生まれた彼女は幼いころから友人に恵まれていたとはいえず、起伏のある丘の上で風に髪をさらしているのでなければ多くの時間を屋敷で過ごしていた記憶が強かった。
屋敷は帝国が滅びた後に建てられたものだが古くからの伝統や面影をあちこちに残していて、梁や柱に凝らされている彫刻や祖先らの肖像が描かれている絵画は拙いながらも伝統的な手法に則ったものだったし、燭台で揺れている灯火や暖炉で爆ぜている火の色が当時と今で変わるものではない。
古く伝統的な品々に囲われて育ったユーニスはこうした古いものの価値をごく自然に認めていたが、幼かった彼女がやがて成長するにつれて没頭するようになったのは父の書棚に収められていた古い写本や日記の数々だった。それは二度と取り戻されることがない帝国の歴史であり衰退して滅びゆく世界を人々が惜しんだ記録である。
帝国最後の戦いは決して華々しいものではなく、寄せ集めの軍団がブリタンニアの蛮族と海を越えて訪れた蛮族を相手にして血を流しているあいだに、年寄りや女や子供は由緒ある都を捨ててこの小さな島の一隅に逃げ延びたというものである。戦場に赴いた男たちはただの一人も生き残ることはできず、文字通り最後の一兵まで戦うと全員が立て篭もった砦で討ち取られて死んでいた。
戦いは悲惨なもので、帝国の男たちは全員が死に絶えたが彼らは多くの蛮族を道連れにもしたから今でも残されている伝承で彼らは悪鬼の如く例えられている。だがあまりにも多くの人が死んで辟易とした人々は蛮族も帝国もなく互いに手を結ぶことを選んだ。女子供と老人しかいない帝国の生き残りを率いたローザラインの女当主が、どのような交渉の末に蛮族と和を結ぶことができたのかは今となっては知る由もないが、彼らは融和してブリトン人と名乗るとそれから幾世代もの時が流れていた。
(決して忘れることができない思いは置いてきた、私はローザラインの務めを果たそう)
ユーニスの家には消失を逃れた記録が持ち寄られて、それは帝国時代に書かれた書簡や記録、議場や裁判の写しや家々の系図であったり大陸に伝わる物語や古い宗派の教えもあったが、そうした中で彼女の目を引いたのがローザラインの残した手記だった。
皇帝と軍団がブリタンニアを去り、蛮族に追いやられた帝国の人々はそれでも辛うじて生き延びると彼らと融和する道を選ぶ。帝国最後の戦いで男たちのほとんどが死ぬと、生き延びた女たちは家族を殺した連中の手を握ることを選んだ。過去を知るブリトンの貴族にはローザラインの所業を売国として忌む者もあるが、彼らは帝国が滅びた後のブリトンの歴史を知らない。
蛮族が支配するブリタンニアは長く続かなかった。彼らは帝国を駆逐したがブリタンニアを治めていたのは帝国だったから、海峡を越えて続々と訪れるアングル人やサクソン人を相手にしてブリタンニアを守ることができなかった。瓦解した蛮族はほとんどが新しい侵入者に隷属させられたが、帝国と手を結ぶことを選んだ者たちはブリトン人としてこれに抵抗した。ローザラインの一族が帝国の後裔としてアルトリウスを生んだように、蛮族の家からは後に魔術師メルディンの系譜が生まれることになる。
「どうしてこんなことをしたか、あんたに聞いても仕方ないわ。ただあんたは決して許されないことをした、それを理解しているなら何も言うことはない」
血まみれで横たわっている兵士は自分が犯した罪に似つかわしくない、穏やかな表情をして二度と動かない。彼は与えられた役割を果たしてユーニスを誘い出すとよく磨かれた刃で彼女の背を刺し貫いたが、それでユーニスが生き延びたのは彼女の運が良かっただけで彼の落ち度ではなかった。
やがて目を覚ましたユーニスはマデリンの治療がすばやく適切に行われたことには気がついても、彼女を刺した刃がきわめて正確に急所を避けていたことなど知るよしもないだろう。ユーニスが信頼して護衛を託すほど彼の腕は確かだったし、確実に殺すのであれば刺した刃をひねるなりかきまわすなりすれば良かった。
「あんたはただの兵士Aでしかないし、不名誉な名前が人に知られることもない。あんたの息子だって父親がどうして死んだのかなんて知らされずに済むでしょうよ」
マデリンの言葉は冷えきった東の風を思わせるが、それは横たわって物言わぬ男に向けられたものではない。彼女は彼女らしくもなく言い訳をしているのだ。これですべてはうまくいく、敵も味方をも恐れさせたロジック・ユーザーの予見に間違いはないのだから。決して許されないことをしたのは物言わぬ彼ではなかった。
ユーニスが目を覚ましたとき、彼女は固い寝台の上に寝かされていて身体のふしぶしに痛みを覚えたが、意識を失う寸前に感じた身を貫かれる痛みは和らいでいて自分に何が起きたのかを思い出すと同時に自分が助かったのだということを知らされる。視線を動かすと被せられていた厚手の織り布がずれて、中庭に見える景色はそこがローザラインの旧邸であることを彼女に教えていた。
屋敷を手配したマーシアの頭首エオメルが遣わせてくれたのだろう、中年の女婦人がユーニスの様子に気がつくと声を上げて帳の向こうに呼びかける。すぐに人影が駆けつけるとそこにはフランシスとサクソンの若頭クレオ、それにキルバートの姿があるがマデリンの姿はない。三人はそれぞれの言葉でユーニスの無事を祝うと表情を選ぶのに苦労するような様子を見せていたが、ユーニスは彼らが思っていたよりもずっと力強い声で礼を言うと男たちに問いかけた。
「マデリンは近くにいるのよね。彼女を呼んで頂戴、二人で話をさせてもらいたいの」
男たちはユーニスの言葉を予想していたように視線を交わすとクレオとキルバートは仕方なく、フランシスは不安そうに頷いて寝台の前から姿を消した。
しばらくして中庭を背に現れたマデリンはいかにも居心地が悪いと行ったふうで、例えるなら叱られることを覚悟した少年の顔をしているが表情はそれよりもずっと深刻に見える。ロジック・ユーザーと称された魔術師にも分からないことは存在する。ユーニスの言動はその最たるものだが、彼女の言葉は簡潔で何の裏も感じさせないものだった。
「有難う、マデリン。貴女が助けてくれたのよね?」
「御免なさい、ユーニス」
マデリンの返答は奇妙にも思えるが彼女はユーニスに何が起きるのかを知っていて、ユーニスは自分に何が起きたのかを理解していた。ブリトンの中にサクソンとマーシアとの友誼が結ばれることを望まない者がいて、彼らは隣国に赴いたユーニスが害されることがあれば三国の関係に影を落とすことができると考えた。はかりごとというには底が浅いが、彼らは一人の兵士を唆した。
マデリンはこれらの事情に気がついた上でユーニスが襲われることを選んだ。襲撃は失敗して駆けつけたマデリンたちがユーニスを助ける。不名誉な刺客はブリトンの者だから彼に陰謀をそそのかした者は大いに立場を損ねることになるだろう。
小ブリトンには隣国との友好を求める穏健派と、英雄アルトリウスを継いで戦いを求める強硬派がいてこれまでは強硬派の声を無視することができずにいたが、ユーニスが自ら隣国に赴いてサクソンとマーシアとの間に修好を取りつけたことで事情が変わる。平和主義が必ずしも正しいとは限らないが成果を上げたならそれは正しいに決まっている。
これでユーニスを支持する者たちは声を大きくすることになり、まして彼女が強硬派に唆された刺客に襲われたとなればブリトンにおける彼らの立場は逆転するだろう。ユーニスがあえて何も言わなくても、誰が彼女を襲わせたのか誰でも想像する。座を外していたクレオが同行者たちに言葉を漏らす。
「何が恐ろしいって、ロジック・ユーザーの目が最も優れた回答を求めることの恐ろしさよ。これでブリトンの穏健派は強硬派と肩を並べることができた。それどころか十年以上も昔の勝利を誇る強硬派は、たったいま三国の修好を遂げた嬢ちゃんを陰謀で除くという失策をしでかしちまった。誰が正しいというなら両方が正しかった筈なのに、連中は自分で自分の足を射抜いたのさ」
「穏健派はユーニスを旗頭にサクソンとマーシアとの友好を主張するだろう。貴殿とエオメル殿と、国を代表する若者たちが互いに手を結ぶのだ。それは三国にしばらくの安寧が保障されることを意味している」
「かつて帝国と蛮族が手を結んでブリトン人となり、いまブリトンがサクソンとマーシアと手を結ぶ。十二回もの戦いは終わった。十三回目の戦いは起こらないかもしれない」
だが彼らの主張はしょせんユーニスを見殺しにしようとした言い訳に過ぎない。犠牲は仕方ないが最初から犠牲を承知の上で選ばれる手段などそれこそ陰謀に過ぎない。ユーニスを殺そうとした強硬派とユーニスが傷つくのを見過ごした彼らの間に道義的な差はあるのか、マデリンの思考は最も優れた解法を彼らの目の前に突き出したが、これはただ一つの正解がある魔術師の難題ではない。ただユーニスとマデリンがそれを認めるか否か、娘たちの感情だけに正解が委ねられている。
それを理解しているからこそマデリンはユーニスに頭を下げるしかない。彼女は友人を危機に晒すという最低の行為を選択した。どんな断罪も彼女は受け入れるだろうがユーニスが呟いた言葉はロジック・ユーザーの想像にはなかった。
「とても残念な結果だけど、マデリンは彼を助ける方法がないと考えてそれでも彼を守ろうとしたのでしょう?私たちは彼の命を救うことができなかった、後悔はしてもよいけれど少なくともマデリンは自分が全知全能でないことを恥じてはいけないわ」
「ユーニス、ユーニス、あんたって人は!」
マデリンはユーニスに抱きつくと細い首に腕をまわす。この期に及んでこの娘は自分が害されたことへの不満など微塵もなく、ただ救えなかった兵士への謝意とマデリンを労わる言葉だけを考えている。彼女はもう少し自分自身のために怒るべきだ、そうでなければマデリンは自分の罪悪感をどこへ向ければいいというのか。
しばらく子供のように泣きじゃくる娘の声が続いたが、帝国の建物は石壁が厚く声が響いても遠くへ届くことがないのは幸いだった。ユーニスは少しだけ困った顔で水鳥の髪を撫でていたが、やがて落ち着くとおどけたような目を向ける。
「そうね。よければまたマデリンの庵でおいしいお茶をいただきましょう。あれは大陸の飲み物なのよね」
「わかった。わかったわよ。でもユーニスのお願いは私たちがブリトンに帰ってひと騒動終えてからになりそうだわ」
魔法使いの庵でふるまわれた、茶葉を煮て蜂蜜を入れた味と会話を思い出す。それは彼女たちが出会った旅の始まりの記憶だった。
ブリタンニアの歴史を語ろう。時は紀元五世紀、海峡を越えてアングロサクソンが訪れるようになって以来、ブリトン人を率いてこれを迎え撃つとベイドンヒルに代表される十二回の戦いにすべて勝利した英雄アルトリウスの物語は今も人に語り伝えられている。
だが勝利した彼らがブリタンニアを取り戻すことはなくアルトリウスも姿を消すとその後の行方は知られていない。当時、彼らは幼い魔法使いマデリンの助言に従って十二回の戦いにすべて勝利したが、英雄アルトリウスが病に倒れて動揺すると「ブリトンはベイドンヒルで行われる屈辱的な十三回目の戦いに敗れてすべてを失うだろう」という予言を聞いてそれ以上の戦いをやめてしまった。
十二回の戦いを勝利に導いた魔術師の言葉に恐れを持つ者はいても疑いを持つ者はいなかった。アルトリウスに従った若い剣士の一人がマデリンを連れて出奔してしまうと英雄と魔術師の双方を失ったブリトンは瓦解した。人の理解を超越して未来を予見することができるロジック・ユーザーの能力、幼いマデリンがどのように扱われるか知れたものではなかったから、彼女を利用した者の一人として剣士は彼女に従うことに決めていた。アルトリウスが手にしていた長剣キルブライトが彼の名になった。
「たかが英雄の徒弟がブリタンニア最強の剣士を名乗るのはおこがましいと思わないかね」
「そんなことはない。俺の大言壮語には事実が伴っているからな」
クレオに挑発されたキルバートが平然と言い放つ。確かに彼の尊大さは稀有に違いないが、豪語する通りこの男は大言にふさわしい剣士でもあった。ユーニスが目を覚ましたことを伝えられて、部屋には男たちが集まっている。怪我をした娘に負担をかけないように口調を抑えながらマーシアの若き頭首エオメルが穏やかに口を開く。
「我々がこれからどうすべきか、私はそれを大した問題だとは考えていません。ただ貴女がどうなさりたいか、それを教えて頂きたい」
それはマーシアが全面的にユーニスに従うとの表明で、エオメルがよほど彼女を気に入ったのであろうことが分かる。これまでブリタンニアは小国が互いに争いながら対立するだけの歴史が続いており、情けないことに現状でもブリトンやサクソン、マーシアの他にもこの島には国とも呼べぬ小さな国々がひしめき合っていた。
こんなものは大国から見ればただの集落に過ぎず、いずれ力を持った国が大陸から海峡を越えて訪れればまとめて駆逐されてしまうだろう。それまでにブリタンニアは一つにまとまらねばならず、ユーニスの来訪はその契機になるかもしれない。
客人が害されたとあればマーシアは看過できず、ユーニスを彼らが助ける理由は充分にあった。必要とあれば手勢を連れて国境を越えることも辞さぬ思いでいるが、エオメルの言葉にサクソンの若頭クレオも同調する。
「うちも血の気が多い連中には事欠かない。嬢ちゃんにその気があれば俺もサクソンもあんたに従うだろう」
もともとクレオが国境を越えたのはユーニスがマーシアを訪れた後にサクソンに招くつもりでいたからであり、彼らにとってもユーニスは客人で隣国を歴訪中に襲われて平静でいられないのは当然だった。
だがマーシアとサクソンが手を組んでブリトンに兵を向ければ争いは免れないし、戦いになればブリトンが耐えられるはずがなく彼らの不用意な決断が国を滅ぼす結末にもなりかねない。エオメルもクレオも国の体面よりも友人が害されたことへの怒りが勝っていたが、だからこそ友人が望まない結末を望むなどあり得なかった。
ローザラインの旧邸はブリタンニアの気候に合わせた帝国の古い様式で建てられていて、人を迎えるのに適したつくりだったから各々がユーニスを囲んでもあまり狭苦しさは感じない。部屋にはマデリンとキルバートとフランシス、サクソンの若頭クレオとマーシアの頭首エオメルに伯父のエオムンドの姿がある。彼らが友誼を示しているのは無敵の英雄アルトリウスではなくいささか奔放だが生真面目な貴族の娘ユーニスだった。彼女はアルトリウスと同じようにブリトンの未来を憂いていたかもしれないが、アルトリウスよりもはるかに呑気で単純だった。
「あの、皆さん私のことをずいぶん買い被っていらっしゃるのではないかと思います。私は今さらブリタンニアの人々が争う理由がないと思っていますが、だからといってそれで大それたことをするつもりもないのです」
その彼女が国境を越えて二つの隣国と友誼を結ぼうとしているのだからよほど破天荒な娘である。ブリトンの貴族に譲らず、サクソンの若頭に堂々と啖呵を切り、マーシアの競技会で馬に乗る娘が大それたことをしていないなら人はよほど大人しい生き物に違いない。
この状況でユーニスが国に戻れば騒動は避けられない。強硬派の領袖たるペンドラゴン卿は三国の修好に異を唱えるだろうし、ユーニスが襲われたことも対立の火種になるだろう。マデリンが促すように言葉を継ぐ。
「どうするつもり?ユーニス」
決断を誤れば救いようのない戦乱が待っている。だからこそマデリンがユーニスの言葉を求めたのは彼女の判断力を信頼しているからではなく、彼女が望むことであればここにいる者はどのような結末でも受け入れることができるからである。英雄に従う者は彼の言葉ではなく彼自身に従う、おおげさだがユーニスにはその資質があるらしい。
ユーニスは長座に腰を下ろしているその姿勢でも背筋が伸びていて育ちのよさを窺わせる。部屋に集まっている友人たち一人一人に視線を向けてから口を開いたが、口調も内容も深刻さには縁がなくただ友人と気楽な話をしているだけに思わせる。だがこの常識はずれの娘はこの口調でとんでもないことを言い出すのだろう、楽しみにしているかに見えるマデリンの様子にユーニスは気づいていないらしい。
「そうですね。ブリトンでも馬上競技会を開きましょうか」
その言葉に頓狂な声を上げたのは男たちの中の誰であったろうか。だが隣国との間に修好を築いた彼女が帰国して、サクソンの若頭とマーシアの頭首を招いた競技会を催せば三国の友好を示すよい機会になるだろう。穏健派の声望は増して強硬派は声をひそめるに違いない。
強硬派がユーニスを陰謀で除こうとしたことは何の証拠もなく、追求しても対立を煽るだけだろうが、隣国への歴訪を成功させたユーニスの大義名分に強硬派は追い詰められていたから、いっそすべてをうやむやにして競技会で名望を手に入れることで穏健派に対抗しようと考えてくれるかもしれない。だがそううまくことが運ぶだろうかと口を開いたのはエオメルである。
「面白いかもしれませんが、先方がこちらの思惑通り競技会に出てくれるものでしょうか」
「ええ。だって競技会はとても面白かったのですもの」
真面目に言ってのけるユーニスに男たちが呆気にとられると、とうとう堪えきれなくなったマデリンが吹き出してから腹を抱えて笑い出す。結局のところこの娘は心からの好意でブリトンと隣国の友好を祝いたいだけなのだ。
仮にブリトンの強硬派が競技会に参加して、優勝すればユーニスは大いに面目を失うかもしれないが、もしそうなったとしても彼女は心から彼らを讃えて平然としているのであろう。小賢しい策謀も深遠な思惑も彼女にはまるで意味がない、誰よりもそれを知っているのが彼女の友人たるマデリンだった。
「みんな難しく考えすぎるのよ。大抵はかんたんなのが正しいんだから」
友人の言葉の意味を察してユーニスが気分を害した顔になると、男たちも力が抜けたように笑い出す。たかが小さな国同士が互いに争った、今も続いている対立を笑い飛ばすことができるならばそのときようやくブリタンニアは戦乱を過去のものにして手を結ぶことができるかもしれない。
「確かに気を使って祭りをするのは莫迦らしい。俺が勝ちどきを上げてマーシアで負けた憂さを晴らすのがよほど楽しそうだ」
「マーシアの戦士が馬上競技で引けをとるわけには行きませぬな。エオメルが良ければ儂も鞍に跨らせてもらおうか」
クレオとエオムンドがすかさず名乗りを上げると、マデリンは彼女の傍らにいる長髪の剣士に振り返りながら仰ぐような目を向けた。彼女を守ることだけを自らに課しているこの男も、そのようなつまらないことよりももう少し自分のために剣を振るってよいのではないか。
「そういえば、ブリタンニア最強の剣士様は馬には乗れるのかしら」
「心外だな。俺は剣にも馬にも女にも強い、ただ疾風ゲイルが相手だったらさしもの俺も一歩を譲るかもしれない」
どこまで本気か分からないが、これで彼らの興味は三国の行く末でもブリタンニアの未来でもなく、純粋に馬上競技会への楽しみになったのだ。舞台は風が吹くベイドンの丘、魔術師の予言に従いこの戦いでブリトンは決定的な敗北を喫するが、おそらくは別のブリトンが代え難い勝利を手にする記念碑ともなるであろう。