6月〜紅白戦〜
東京コーヤクランドの別名で知られる東京湾埋立地にある、御台場の地に設けられた私立バスキア学園高等学校。そこはかつて東京都市博が某いじわるばあさんによって中止とされたときに、残された膨大な開発予定地域の一部を第三セクターごと買い上げた、その地に作り上げられた学校法人です。その学園は千葉県我孫子市の手賀沼周辺にあるホワイト・デーモン・ファクトリー社から寄せられている潤沢な資金によって、最先端の設備と優秀な講師陣が整えられていました。
しかしこの学園を特色づけていたのはそんな設立の経緯でもなければ整った設備や講師陣でもなく、絶対実力主義を唱える謎の校長ミスター・ホワイトが設けた有名なサバイバル修学制度に他なりません。今日も学生たちは、単位と生命と平常心を賭けて過酷な日々を過ごしているのです。
「紅白戦ルール・・・あったあった、これだな」
学生広場にある掲示板に貼り出されている、学園行事の案内文を前に龍波吹雪(たつなみ・ふぶき)は腕を組んでいました。今月の行事は紅白戦、新入生である彼らにとっては初めてとなる競技大会めいたイベントです。
春の遠足も終わって季節は梅雨に入った、やや空気にも湿り気が多くなっている六月の一日。ちょっと軽薄な空手青年であった吹雪を始めとする新入生たちもそのほとんどが、私立バスキア学園高等学校の生徒として、珍妙な日々にも慣れてきていました。遠足までもがタフでセクシーなサバイバルゲームにされてしまうこの学園で、紅白戦ともなればいったどうなることやらと思う不安の中にも、今度はどんな無茶なできごとが待ちかまえているのだろうという小さな期待が入るようになってきたことを彼らも認めないわけにはいきません。たとえそれが本意であっても、人によっては不本意であったとしても。
「えーと、まず参加者は希望の単位を選んで争い、勝者には希望単位が与えられる。ただし負けた者には敗者復活の再試合が認められ、そこで勝利すればやはり一単位が与えられる、と。
紅白戦は全三回戦で男女の総取得単位数が多かった側には、チームでの勝利として更に各個人に一単位が与えられる、か」
「つまり男同士や女同士で同じ単位を選ぶと潰しあいになって不利ということだよ、ボーイ」
愛馬メイ%ョウドトウの鞍上にまたがり、手には手綱を握りながら、藤野牧男(ふじの・まきお)は吹雪の頭上から声をかけました。いつものお気に入りのポンチョを着たカウボーイスタイル、馬と西部をこよなく愛する青年ですが、当人は乗馬クラブではなく確率研究会に所属しており、特にお馬さんがレース場でいっぱい走るような競技のファンであることを公言してはばかりません。
バスキア学園紅白戦のルールは基本的に競い合うだけのいつもの内容のようにも見えて、男女で分かれる以上はそれぞれの協調や作戦を必要とするところがいつもとは多少異なるところと言えるでしょう。この時期に紅白戦を行う真意がある、それを戦略に活かすのも仲間の大切さを知るきっかけとするのも、きっと生徒の糧になります。
ですがそんなもっともらしい理屈づけをしたところで、それを頭から信じる素朴な人間はこの学園にはいませんでした。つづけて書かれている細かいルールや反則やらの内容を声を出して読み上げると、彼らはきたるべき戦いに備えて身体を動かしておこうと学生広場を後にします。貼り出されている案内文の最後には、こんな文面が書かれていました。
『三回戦目には特別試合が用意されています。楽しみにしてネ(ミスター・ホワイト)』
紅白戦はバスキア学園敷地内の競技用グラウンドに設けられた、柵で仕切られた専用のフィールド内で行われます。丸木を組み合わせて作った柵は人の背よりも少し高いくらいで、等間隔に地面を掘って、しっかり立てられている木には横木が縄で頑丈に結びつけられています。柵の周囲には木製のベンチが何列か並べられていて、前半分のベンチは低く、後ろは高くつくられていました。
すでに上級生を中心とした無責任な観客が、少しでもよい場所を取ろうと周囲を占拠しはじめています。トラック一周分程度の長さがある柵の中にはフィールドを示すらしい三つの輪が地面に描かれており、それぞれの輪の中では古代の剣闘士よろしく、紅白戦に選ばれた生徒たちが半ば見せ物になった気分で周囲を見回していました。
「・・・ってなんで同じ単位を選んでるんだよ!」
「それも確率の問題さ、ボーイ」
「やれやれ、また旦那たちが相手ですかい」
一回戦芸術科目のフィールドで言い争っているのは吹雪と牧男、それにカミソリ斬七朗こと三崎斬七朗(みさき・ざんしちろう)の三人。くしくも先の遠足で苫ヶ岳山頂を目指して争った組み合わせになっていますが、男女で対抗する紅白戦の視点から見れば、それは男子生徒同士の星の潰しあいとなる組み合わせでしかありませんでした。
ただでさえ女子に比べて人数で劣る男子生徒としては頭の痛い彼らでしたが、それでもいざ単位を賭けて戦場に立てば、バスキアの勇者たちは互いの名誉を守るためにも刃を抜くことにためらいはありません。
先の苫ヶ岳では吹雪が牧男と斬七朗を倒して山頂に立つ栄誉を手にしている、そのことを覚えている彼らはどうせなら観衆の見守るこの場で不名誉をすすぎ雪辱を果たしたいところだったでしょう。ちらりと視線を交わした瞬間に彼らの戦意は最高に達して、三人は同時に動き出しました。
「旦那方ァ!かゆい所はございやせんか!」
ニッポンで二番目の床屋を自称する渡世人、斬七朗愛用のカミソリ「耳無し」が鋭い軌跡に陽光を反射して閃きます。牧男の愛馬メイショウド%ウはそのきらめきに驚いたのか、後足で勢いよく立ち上がると馬上でミスター・ロデオに変身した騎手をあっさりと振り落としました。暴れまわる名馬はそのまま牧男の上に飛び乗ると、何度も飛び跳ねてその下ではぽきぽきと音を立てながら赤い飛沫が飛び散ります(死んでません)。
その惨劇をよそに吹雪はぐっと構えると逆光を背負いながら地味なローキックの連打、そして地味なハイキックを斬七朗の側頭部に叩き込みました。ですが斬七朗は身体をひねって衝撃を流すと、カミソリを持つ手首をくるりと返して会心の回転切り揃え!吹雪の頭髪が宙に舞いますが、空手青年は意に介したふうもありません。
光を背負うことが格好いいと思ってさんざ特訓したという吹雪は、逆光を背負いながら斬七朗を相手に重たいキックで襲いかかっていましたが、おもむろに仁王立ちになると両手を開いて自分の顔の左右にかざして叫びました。
「技を借りるぜ、天津飯!」
叫ぶと同時にカツラをはずした吹雪の頭が、光を反射して激しく照り返して輝きます。この技を編み出した人に敬意を表してわざわざ髪の毛を剃ったという、吹雪のシャイニングの直撃を受けた斬七朗はそのまま吹き飛ばされていました。
「どうせ技を借りるなら、かめはめ波にした方が良かったでござるよ」
多少不満げに、葵若葉(あおい・わかば)が呟きます。伊賀の里から出奔して都会に出てきた彼女としては、多少は都会らしいロマンスとやらを期待する思いがないとはいえません。それがいささか軽薄とはいえ、せっかくの強くて格好よさそうな青年がパゲではどうにもしまらないでしょう。
やはり一回戦の数学科目、こちらも希望教科を選んだ生徒が多く、若葉の他にも女子生徒が二人に男子生徒が一人で計四人が参加することになっています。なっているはずなのですが、一人登録されているはずの男子生徒の姿が柵の中には見えませんでした。試合開始時間も近くなり、同級らしい、男子生徒が慌てて探しまわっている様子がそこらに見えています。
「薔薇小路、どこにいる!紅白戦だから頭数は多いほうがいいんだ」
「なんだって?もうそんな時間なのかい!?」
呼び出された薔薇小路綺羅(ばらこうじ・きら)は勢いよく返事を返すと、シャワールームから全裸で飛び出します。外見だけは美しい金髪に白い肌のポエマーは、一糸まとわぬ自分の姿が人々の注目を一身に集めている様子に気がつきました。
「み・・・見ないで。いや、見て!美しいこのボクを見て!」
こうして若葉のロマンスからはほど遠いバカが柵の中に放り込まれます。
あらためて柵内を見ると若葉とポエマーの他には看護婦姿をしたアメリカ人ハーフの今帰仁シュリ(なきじん・しゅり)と、にこやかな顔で可愛いペットたちとたわむれている佐藤愛(さとう・あい)がそれぞれ用意をして控えていました。黒髪黒目でおとなしやかな愛は、外見だけなら上級生男子生徒の一番人気と称される程度の美少女でしたが、彼女には危険なボディガードがついているとはもっぱらの評判となっています。
「みんな仲良くしてるのよ。わかった?」
そう言うと鋭い爪を鳴らしている猫のミーコにくちばしの先が鉤のように曲がったカラスのジョン、よだれを垂らした黒犬レオンにおなじみ毒蛇リリーはそろって頭を下げました。前回野獣に襲われて半死半生となっていたシュリなどから見れば、危険なのは彼女のペットではなくよほど飼い主だろうと思うのですが、外見に騙される男というのはいつの時代でも絶えないようです。
看護婦風味なシュリのなけなしの知識によれば、どうもあの呼吸を荒げてだらだらとよだれを垂らした犬はいけないものを持っているように見えてしかたがなく、先の苫ヶ岳で散々な目にあったことがトラウマになっていることもあって野獣の群れと争うのはできれば他人に任せたいところでした。
するとあの弱っちそうな優男を相手にした方がいいだろうか、外見に似合わず怪力自慢のシュリは象用の巨大注射器を軽々と持ち上げると、空気がたっぷり入った針先を水もしたたる綺羅におもむろに突き立てます(良い子は真似しないでください)。
「静脈注射デス!」
必殺と書いて必ず殺す一撃を受けた綺羅はあまりの衝撃に顔面を蒼白にしながらも、顔面が蒼白になっている自分の儚げな美しさを思うと恍惚の表情に変わりました。
美しいバカはしなやかな指を伸ばしてシュリの手を取り、耳元にそっと唇をよせると囁きます。
おお すばらしい 自然のひかり
太陽はかがやく 野は笑う
枝々に花はひらき しげみには鳥のさえずり
あふれ出る胸のよろこび
大地よ 太陽よ 幸福よ 歓喜よ!
愛よ!愛よ!あの山々の
朝の雲のような 金色のうつくしさ
そのすばらしい恵みは さわやかな野に
花にけぶる まどかな地に
少女よ!少女よ!ぼくはきみを愛する
おお!きみの目はかがやく!きみはぼくを愛している
ひばりが歌と微風を 朝の花が
空の香りを愛するように
ぼくはきみを愛する あつい血をたぎらせて
きみはぼくに青春と よろこびと勇気を与え
あたらしい歌に 舞踏にぼくをかりたてる
きみよ!永遠に幸福であれ ぼくへの愛とともに
その強力な一撃で二人ともが倒れてしまうと、二度と起きあがることはできませんでした。壮絶な相打ちを見た若葉は、これは絶好の好機であると同時にとんでもない危機のようにも思えましたが、恐れず怯まず元気よく、愛の背後にまわるとがっしと羽交い締めにとらえて高くジャンプします。
「必殺!飯綱落としでござる!」
それは半蔵の技を見よう見まねで学んだ、若葉の新必殺技でした。尊敬する兄様のように相手を背後からつかまえて飛び上がり、頭から落ちる!ごつんとにぶい音がして、砂煙があがると数秒、両者の身体は逆さまに立っていましたがしばらくするとゆらりと揺れてからどうと倒れます。ですが頭に巨大なこぶを作ってぴくりとも動かなくなったのは当たりどころが悪かったらしい若葉の方でした。
ふらふらとしながら立ち上がると勝ち名乗りを受ける愛。その後ろではジョンにミーコやレオンが新鮮なエサにがつがつとありついていました。
「ううむ、若葉もまだまだでござるな」
若葉と同郷の伊賀の里の出身である、服足半蔵(はったり・はんぞう)は腕を組んだまま軽く首を振りました。里にいた頃の若葉ははっきりいえば落ちこぼれであり、気にも止めていない存在だったのですが、今では半蔵は彼女の才能を充分に認めています。ただ、才能があってもそれを活かすには別のものが必要なことも確かでした。
とはいえ、半蔵もいつまでも他人の戦いに気を取られている余裕はありません。彼も紅白戦に出場する一人であり、ラケットを手に対峙している藤原マヤ(ふじわら・まや)の殺気を全身で感じている身なのですから。
「その構え・・・この世に宗方庭球の裏流の使い手がまだ残っていたとは知らなかったでござるよ」
「とくにPRはしてないからね」
不敵に笑うと歩幅を広げてやや低く構えるマヤの様子に、半蔵は覆面の下で舌打ちを禁じえません。宗方流庭球といえば離れた間合いからの迎撃術には並ぶものがない古流球術の一派とされており、互いに対峙するこの距離は完全に相手の間合いでした。相手は得意の間合いで存分な攻めを狙っている、どうにかして懐に飛び込むことができなければ、おそらく半蔵に勝ち目はないでしょう。
呼吸を小さくしてじりじりと距離をはかる黒覆面の半蔵。狙うは相手が攻めに転じようとする一瞬、マヤが右手に持ったボールを頭上に投げ上げた、その一瞬を狙って半蔵は覆面をずらすと小さな筒をくわえます。その先からしびれ薬をふくんだ毒吹き矢がぷっと吹き出されますが、マヤは怯む色も見せずに踏み込みながらこれを避けると強烈なフルスイングとともに弾丸のようなサーブ!打ち出されたボールが半蔵の鳩尾に着弾しました。
重い一撃に崩れかかる体勢から毒手裏剣を放る半蔵、ですがこれにも完璧にあわせたマヤは渾身のフルスイング。多弾頭のミサイルのように全身にボールを打ち込まれた半蔵はそれでも執念で飛び込むと、ついに接近戦の距離に入って腰に差した毒忍剣に手をかけました。ですがこれで得意の距離を封じられたはずのマヤは動じる様子もなく、ラケットを正位置に構えるとグリップを固く握りなおします。
「これが居合いの心得・・・」
ひゅん、と空を切る音がすると、一瞬で最速の軌跡を描いたラケットが半蔵のアゴを正確に捕らえてごきりという音を立てました。重く鋭い一撃に首と意識を吹き飛ばされた半蔵は「見事・・・」の一言を残すと糸の切れた人形のように地面にくずおれます。難敵を堂々と自信の技でしとめたマヤは、拳を握ると今度は飛び上がって、力強いガッツポーズを決めました。
「ゲーム!マッチ・ウォン・バイ・あたし!」
元気に勝ち誇るマヤの様子を見て、桐生美和(きりゅう・みわ)はひと息をつきます。友人とは反対にどうにも元気のない様子でいるのは梅雨どきのせいか親しらず歯が痛みだしたせいらしく、どうにも集中力が続きません。
それでもとりあえず知り合いが勝っているらしいのはめでたいことだと考えながら、さてそういえば自分もその紅白戦とやらに出ているはずだったとあたりに首をめぐらせました。
「桐生センパイなのだー!」
と美和の視界の外から、タックルとしかいいようのない勢いで抱きついてきたのはナンジャ・スルーン・ディスーカことナンジャさん(なんじゃ)。そのまま両者倒れるとよほど歯痛にひびいたのか、頬をおさえてぽろぽろと涙をこぼしながら美和が立ち上がります。
「むー!むー!?」
「えー?せっかくだから日本の挨拶をインド流にアレンジしてみたのだ?」
果たしてタックルのどのあたりが日本流でどのへんがインド流なのかは、おそらくナンジャ本人にも分からなかったことでしょう。それでも歯の痛みでようやく自分がいる場所を思い出したのか、愛用の竹刀を出そうとした美和でしたがそれまでぼんやりしていたせいか、自分が素手のままで何も得物を持たずにこの場に来てしまったことに気がつきます。
「あれ?・・・えーと、仕方ないな・・・もう」
剣道の腕には自信がある彼女ですが、さすがに素手で戦うわけにはいかず、とりあえずとばかりにまわりを囲っていた丸木の柵に手を伸ばすと、握りごこちのよさそうな一本の棒を掴みます。棒というよりこん棒というにふさわしい、兇悪な得物は常識家の女子高生にはどうもふさわしくないかもしれません。
棒というかこん棒を構える美和に、なぜか楽しい遊びがはじまると思ったらしいナンジャは、インド風に大きく息を吸うと元気よくカバりだします。
「カバディカバディカバディカバディカバディなのだカバディカバディカバディカバディ・・・」
流れるような剣さばきで打ち込まれる逆手突きから返し突きを避けながら、ばたばたとそこらじゅうを走り回るナンジャ。カバディのかけ声とともに呼吸のつづく限りひたすら動き回る、無尽蔵のタフネスぶりはカバディ選手ならではです。
これだけ動き回って避けつづける、であれば当然こちらの隙を探して攻撃に転じてくるだろうと考えた美和は、それを見越して迎撃しようとこん棒を握りなおして構えを変えます。
ですがナンジャはあたりを埋めつくす勢いでカバディ走りつづけるとカバディ、美和の狙いや思惑カバディなどお構いカバディなしにカバディ、カバディただひたすらカバディ走りカバディまわってカバディカバディカバディカバディカバディ・・・
「なのだーッ!」
もう一度飛びかったナンジャの身体が美和の頭上に落ちてくると、親しらず歯のいいところに直撃したのか絶叫すらあげることができずにどさりと倒れました。
ここまで紅白戦一回戦の戦績は女子が三勝に男子が一勝と圧倒的に女子が優勢。つづけては単位取得の救済策も兼ねているらしい、これまでの敗者を集めた総当たりで行う敗者復活戦。男子生徒としてはここで一矢を報いて戦績を近づけておきたいところです。
その敗者復活戦に参加するメンバーは綺羅、シュリ、若葉、半蔵、牧男と愛馬メイ%ョウドトウ、それにカミソリ斬七朗と桐生先輩の七人。
「ここは伊賀忍者の力を見せるでござるよ!兄様!?」
「承知!」
大きなモーションから若葉が拍手一発、猫だましで注目を集めたところに、半蔵が無差別に毒吹き矢を連射します。未だ一回戦相打ちのダメージが残っていた綺羅とシュリの二人がこれであっさり沈みますが、すかさず若葉は半蔵の後ろも取って兄様譲りの飯綱落としで跳躍。こんなときにかぎって見事に決まった一撃によって兄弟子半蔵も倒れます。
敬愛する兄様をどさくさまぎれに撃破した若葉ですが、殊勲に喜んでいたところを斬七朗がきれいに切り揃えてしまうと戦意喪失、残るは桐生先輩と名馬メイショウド%ウにまたがる牧男、そしてカミソリ斬七朗の三人となりました。
「カウボーイはワイド狙いもいけるんだぜ!」
かけ声一閃、馬上から投げつけられるマークシートが美和のこん棒と交叉、重たい棒の一撃は名馬メ%ショウドトウの眉間に叩きこまれてこれをどうと倒しますが、避けそびれた美和はそのまま倒れる名馬の下敷きになると牧男はあざやかにひらりと飛び降ります。
ですがその瞬間、斬七朗は愛用のカミソリ「耳無し」を閃かせると牧男に襲いかかってカウボーイを一瞬で切り揃えられたカウボーイにしてしまいました。馬の下敷きになっていた美和は、重そうにあえぎながら芸術的な姿と化した牧男の姿を見て呟きます。
「私でなくて良かった・・・」
こうして一回戦が終了して紅白戦の状況は女子が三勝に男子が二勝、二回戦目は多少の希望単位の変更こそありますが、その組み合わせはほとんど一回戦と変わりません。それは一回戦で負けた生徒にとって雪辱の機会が与えられたと同時に、勝った生徒にとっては返り討ちにすることで一挙に二単位を手に入れる好機でもありました。
「忍たるもの、同じ相手に二度不覚をとる訳にはいかぬ」
「悪いけどマッチポイントはこちらにあるんだ。一気に押し切らせてもらうよ」
再び服足半蔵と藤原マヤの一騎打ち、ですが先の不利を受けたにも関わらず、半蔵は敢えてマヤの得意な遠距離間合いで対峙しています。不利な間合いから飛び込んで負けた、その雪辱を果たすためには同じ条件から始めないことには、半蔵の中にある忍者の誇りが納得しないのでしょう。
離れた距離から毒吹き矢を放つ半蔵と、これを恐れずにフルスイングでボールを打ち込むマヤ。小細工抜きで正面から打ち合う真っ向勝負を挑みますが、手裏剣とボールの軌跡が最後まで交叉すると両者の鳩尾に同時に命中してダウン、短い時間の激しい打ち合いには両者引き分けという思わぬ結末となりました。
雪辱ならずと無念に唇を咬む半蔵に続いて桐生美和とナンジャの再戦は、こちらも一回戦の再現を狙うかのように無尽蔵のスタミナで走り回るナンジャと、握りごこちのいいこん棒を固く握ってやはり迎撃の構えをとっている美和の一騎打ち。痛み止めの薬を飲んで、親しらずの痛みもどうやら気にならなくなった彼女にはいつもの集中力が戻っているようでした。
「桐生先輩にカバディなのだー!」
ダイブするかのように飛びかかる、ナンジャを相手に逆手突きと返し突きで牽制しながらさばいていた美和はタイミングを図って逆手上段から巻き落とし、力いっぱい胴払い打ちにつなぐ必殺の天地二段を打ち込みます。完璧に決まったコンビネーションにもしも問題があるとすれば、彼女が手にしていたのがいつもの竹製ものさしでも竹刀でもなく、固くて重い「こん棒」だったということでしょうか。
「うげぇー・・・なのだぁ」
「ご、ごめんナンジャ大丈夫?」
そして吹雪とカウボーイと斬七朗による因縁の三つどもえ戦は、馬を駆ったカウボーイが黒王号のようなひづめの一撃で吹雪に襲いかかると太陽拳を出す暇も与えずに踏みつぶしますが、満を持して狙っていたカミソリ斬七朗の必殺閃剃七斬が閃くと一瞬の間に七度の刃が光の軌跡を描きました。
いうなれば先ほどまでの牧男は馬に乗る切り揃えられたカウボーイでしたが、今の牧男は切り揃えられた馬に乗る切り揃えられたカウボーイと言えるでしょうか。あざやかな変貌を遂げた自らの姿に、牧男と馬は感動のあまり揃って戦意を失うとどうと倒れました。
二回戦残る数学科目は薔薇小路綺羅と葵若葉、佐藤愛に今帰仁シュリの四人の激突、
「なんでまたシャワールームから出てくるんデスかー!」
先ほどの登場がクセになったのか、全身びしょぬれで華麗に参戦しようとした綺羅にシュリが空気をいっぱい詰めた静脈注射の一撃(重ねて良い子は真似しないでください)。やはりこのショックで両者共倒れとなりますが、若葉は先ほどの失敗を繰り返さず作戦を変更します。
「ほーらみんな、エサでござるよニンニン」
そういうと倒れている綺羅やシュリのまわりをぱたぱたと駆けまわる若葉。おなかをすかせていた愛のペットたちはよだれを垂らして駆け出すと、がうがうと新鮮なエサ(!)にありつきました。そしてあらよかったわねえとにこやかにしている愛の背後をがっしと捕まえると、再び飛び上がっての飯綱落とし。これが見事に決まって、若葉が貴重な数学の単位を手に入れます。
こうして二回戦も順調に進んで最後は敗者復活戦となる社会科科目。参加者は二回戦の各単位で勝つことができなかった綺羅とシュリ、吹雪にナンジャ、それにカウボーイ&馬と愛とお伴のペットたちという六人で、人間と動物の入り交じる風景は遠目に見ればどこのコロセウムだろうという風情でした。
まずはさっそくカバろうとしたナンジャを綺羅がそっと捕まえると、欧州と印度の間に甘いセクシーボイスとカバディの叫びが飛び交います。互いの脳にインプットしようもない言葉の奔流はゲーテとカバディの代理対決ともなりましたが、両者ともに耐えることができず脳味噌が破壊されるとぱたりと倒れます。
そこにすかさず飛び出した愛のペットたち、柵の中で歓声をあびてたいへん気性が荒くなっていた動物たちは猫のミーコが吹雪の蹴り足に深々と爪を立て、よだれを垂らした黒犬レオンはシュリの注射をかわして飛びかかり、カラスのジョンは急降下すると馬に乗っている牧男の頭上から激しくついばみました。一瞬で展開された阿鼻叫喚に最後まで抵抗していたのは死神ナースことシュリですが、
かぷ。
毒蛇リリーのひと咬みでとどめをさされました。
「紅白戦実行委員会からお知らせです、紅白戦実行委員会からお知らせです・・・」
ここまで対戦が終わった時点で、双方の戦績は引き分けを含めて男子が四勝に女子が七勝。どうやら紅白戦の趨勢自体は決したようですが、放送の内容は特別試合の案内に関するものでした。
三回戦に指定科目を挙げていたナンジャと美和の二人に対しては自動的に勝利となりその単位を取得が決定、他の九人の勇者には謎の校長ミスター・ホワイトの粋なはからいによって、全員が特別試合への参加を許されます。
「あら?紫苑、今日はお休みじゃなかったの?」
「さっき東京に戻ってきたばかりなんです。ちょっと実家に不幸がありまして」
今回、個人的な都合によって紅白戦への参加が間に合わなかった広野紫苑(ひろの・しおん)は、お土産の富山名産鱒寿司を手にすると美和とナンジャと並んで三人、観客席に場所を見つけて陣取ります。お茶を用意する間も惜しいと、ナンジャはさっそく寿司に手をつけはじめており、満足げに口に放り込むとぱくぱくと頬張っていました。
その様子を微笑ましく見やりながら、紫苑は田舎の土産話をする前に今日の紅白戦の様子を美和に尋ねます。
「ところで何ですか?特別試合って」
「さあ・・・よく分からないんだけど、指名された九人の生徒で協力してこれから出る相手を倒すことができたら、その全員に単位をくれるらしいわよ」
競争だけではなく時には協調も大切である、それは確かに今回の紅白戦の目的として最初に校長から告げられている言葉でした。この学園で行事がまっとうな思惑で行われるとは誰も考えず、その時は皆が冗談としか受け取ってはいませんでしたが、案外本気で仲間同士が協力することの大切さとやらを学ばせるつもりでいるのかもしれません。
それでも、これだけ常軌を逸した生徒たちが協力できるかどうかは別としても、個人の実力だけならそこらの学生など比較にもならぬバスキア学園生徒を九人も揃えて倒そうという相手は誰だというのでしょう。上級生にチームでも組ませるつもりでいるのか、それとも誰かスポーツなり格闘技の選手でも呼ぶつもりなのか。
「プロレスラーでも呼ぶつもりですかね?」
冗談めいて笑う紫苑に笑顔を返す美和。ナンジャはといえば鱒寿司にようやく満足したのか、呑気な観客としてわくわくした目を柵の中に向けています。殆どの生徒が特別試合に出る権利があるように教科を選択した中で、欠席した紫苑を除けばそれを避けたのは常識人の美和と、そしてナンジャの二人だけでした。その理由を問われてもナンジャにはなんとなくとしか言うことができませんが、あるいはこれが野生の勘というものなのかもしれません。
観客席と頑丈な丸木の柵に囲まれた中には、勇敢な九人の生徒たちが思い思いに立っています。中でもひときわ目を引いているのが半裸で水を滴らせている綺羅と、馬上にあるカウボーイ、それに忍者姿をした男女といったところでしょうか。
「まさか、お主とこうして共闘することになるとは思いもしなかったでござるな」
「兄様の足を引っ張らないように頑張るでござるよ」
言いながら、若葉はダサくてかっこいい半蔵兄様と必殺技の共演をしている自分の姿を思い浮かべていました。あるいはどんな強敵が相手かもしれず、苦戦する自分を助けるためにさっそうと兄様が立ちまわってくれるかもしれない。
年頃の娘らしい想像を無邪気にふくらませている若葉の耳に、ぴしゃりと何かをたたく音に続いて大きな歓声、そして丸木の柵が開けられる音が聞こえました。
「ンモォーッ!」
「うしーっ!?」
私立バスキア学園名物死の赤フン踊り。バスキア百年の歴史の中でも、初代校長ミスター・ホワイト以外に誰もなしえたことがないという、猛り狂う牛を相手の真剣勝負です。突進する牛は勢いのままに真正面に立っている、濡れそぼる金髪のポエマーに最初の狙いを定めました。
「ああ・・・牛すらもボクの美しさに惹かれるというのか!」
次の瞬間、先ほどまで薔薇小路綺羅であったものはくちゃくちゃの残骸と化して、激しい牛の突進に吹き飛ばされています。
圧倒的なパワー、しかしパワーであれば死神看護婦にして注射フェチのシュリもきっと負けてはいません。彼女自慢の象用注射器さえあれば、象より小さい牛などはコンビーフの材料でしかないのですから。
「静脈注射で・・・悩殺デース!」
ですが脳も脊髄も元気な国産牛はメリケンの一撃も軽く弾き返すと、注射器の針はポキリと折れてしまいました。こうして至近距離から勇敢に挑んだシュリの姿も牛の足元に消えていきます。
やはり人間が一対一で牛に勝つのは難しいか、ここは連携して相手を倒すコンビネーションプレイが必要となるでしょう。注射針を突き立てられたせいか、先ほどよりも更に怒り狂って暴れている牛の周囲にいくつものテニスボールが飛来すると、次々に着弾して砂埃をあげました。マヤが得意のフルスイングからの弾丸サーブで牛の足元を揺るがし、隙をつくることができればどこかで勝機が生まれるかもしれません。
「馬がいて牛がいれば、カウボーイの出番だぜ!」
「義によって助太刀するでござるよ、ニンニン!」
愛馬メイショウ%トウを華麗に走らせた牧男は、馬の後ろにひらりと立ち乗りした若葉と疾駆して牛の真横に併走します。そこからブルース・ウィルスもかくやとばかりにジャンプ、二人は華麗に牛の背に飛び移りました。その見事な動きに、若葉たちを助けて援護の機会を窺うべく、俊速で走っていた半蔵も惜しみない拍手を送ります。
「うむ!見事でござるぞ若葉!」
「兄様!見ててください!」
するとなにを思ったのか、若葉はここで尊敬する兄様を真似て編み出した技を披露すべく、牛の背中で牧男をがっしと羽交い締めにするとそのまま飛び上がって飯綱落とし。二人で頭頂部から地面に落下するとごつりとにぶい音がしてどちらも動かなくなりました。
突然のまぬけな光景に半蔵はしばらく斜めに傾いでいましたが、仲間の尊い犠牲を無駄にしないためにも首をひと振り、気をとりなおして駆け出します。走り続ける牛はそのままの勢いで一度柵に激突、何本もの丸木をへし折りますがその衝撃は燃え盛る火に油をそそいだだけで、せわしなく足をかきながら巨体を向けなおした牛は、新たな獲物を認めるとまた走り出しました。
わずかひと駆けするあいだにすでに四人の犠牲を出している死の赤フン踊り、ふたたびマヤはテニスボールを高く投げ上げると、身体をひねるように伸び上がって弾頭を打ち出します。
「食らえ!サァイド・ワインダーッ!」
宗方流のボールは打ち下ろす軌道で牛のやや頭上から飛来すると、鎌首をもたげた蛇のように突然軌道を変えてこめかみからまぶたの周辺に着弾しました。驚いた牛が大きく伸び上がった瞬間、残った生徒たちが生き残るべく全力で総攻撃をはじめます。
「逆光・ハイキィーク!」
「芸術は散髪ですぜ!」
「ミーコ、ジョン、レオン、リリー。牛さんと仲良くしてあげなさぁーい♪」
まずは逆光を背負った吹雪が空手青年らしく、しなやかで力強い上段蹴りを牛の側頭部に叩き込みます。カラテマスターもかくやの蹴りで目の前の巨獣を沈めることができれば、彼こそが伝説の牛殺しの称号を得ることが叶うでしょう。更に斬七朗のカミソリ「耳無し」の刃が閃き、巨大な牛を切り揃えるべく華麗な軌跡を描きました。そして愛が彼女のペットたちに声をかけると、猫のミーコやカラスのジョンに毒蛇リリーが襲いかかり、黒犬レオンは牛ののどくびに咬みつくとぶら下がります。
今こそ全員の尊い協力と犠牲を越えて、最大の勝機が訪れていました。黒い影のごとく低い位置から駆け出した半蔵は腰だめから抜いた毒忍剣の刃をぎりぎりまで水平に寝かして構え、そのままの姿勢で走りよります。直接刃を突き立てても牛の分厚い皮を貫くことができないことはシュリが教えてくれました。そしてマヤや吹雪や若葉たちが牛の注意を上下にひいてくれた、草食獣の牛は意外に至近距離の攻撃には対応ができず、一度柵に激突して最高速を失っている今ならそのふところに飛び込んで、表面の皮膚を切るようにして毒の刃をたたき込めるだろう!
「もらった!必殺・・・」
「ンモォーッ!」
ああ 誰がとりかえしてくれよう あの美しい日々を
初恋のあの日々を
ああ 誰がとりかえしてくれよう いとしいあの頃の
僅かなひとときを!
わたしは痛手をわびしくやしないながら
哀しみをいつまでも新たにして
失った幸福を嘆いている
ああ 誰がとりかえしてくれよう あの美しい日々を
いとしいあの頃を!(薔薇小路綺羅・談)
結局紅白戦の結果は男子が四勝、女子が七勝となり女生徒には希望単位が更にひとつずつ与えられることになりました。
特別試合の結果については一部からやりすぎとの批判もあったものの、これがバスキア学園の伝統であると言われては返す言葉もたぶんありません。伝説によればその後、校長自らが柵に入ると素手で牛をしとめていく様子を見て、生徒たちは改めてこの学園を支配する謎の校長に対する畏怖の念を新たにしたということです。
とりあえず確かなことは、半蔵兄様がさっそうと立ちまわるのではなく、はねとばされてくるくるとまわっていたということと、なかよく保健室送りになった九人の生徒の姿を見て、三人の女生徒が自分の選択の正しさに胸をなでおろしながらコロセウムを後にしたということだけでした。
† つづく †
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