7月〜期末試験〜
 東京コーヤクランドの別名で知られる東京湾埋立地に設けられた、御台場の地に建てられている私立バスキア学園高等学校。中止された東京都市博覧会開発予定地の一部を買い上げた、千葉県は我孫子市にあるホワイトデーモン・ファクトリー社の潤沢な資金によって運営されている、最先端の設備を誇るマンモス西ばりのマンモス学園です。
 そしてこの学園を最も特色づけているのがサバイバル修学制度と呼ばれる生徒同士による単位争奪戦であり、人としての本当の強さを目指すという絶対実力主義の戦いでした。
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「うわぁ・・・」

 日差しを手で避けながら、小さなザックを担いで校舎を見上げているのは星裏香陽(ほしうら・こうひ)。先頃大阪からやって来たばかりの転入生であり、実家の喫茶店が不況の煽りでつぶれたためにアルバイトに勤しんでいる苦学生です。ジャニーズ系と呼ばれそうな外見に人好きのする表情をして、陽光をはじく校舎にやや気圧されたような顔を見せていました。
 ですが、香陽が気圧されていたとすればそれは校舎に対してではなく、学内の雰囲気がその原因だったでしょう。給仕として人の様子を見ることに慣れていた香陽の目には、周囲にただよう緊張感をはらんだ活気はまるで戦場に赴く人々のようにも映っていました。

 学期末を迎えてバスキア学園は沸き返っています。期末試験のシーズン、とはいえこの学園の中で、書生ッポが目の下にクマを作って机にかじりつくような試験が行われる筈もありません。すでに試験の代わりと称して、スパークリングカーニバルという二人一組での総当たり戦が開催されるとともに、優勝者には学園から望むものが与えられるという通達が流されていました。
 当初は二リーグによる開催の予定でしたが、登録者数の都合もあって一リーグ制に変更され、最終日に上位の二チームが優勝戦を行うこととなっています。すでに登録受付は開始されており、学生たちは各々がパートナーを探すために校舎内を奔走していました。

「半蔵兄様ぁー!」
「うぬ?若葉ではないか、どうしたのだ」
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 同郷の伊賀忍者である葵若葉(あおい・わかば)に呼び止められて、服足半蔵(はったり・はんぞう)は考えごとを中断させられることになりました。日々真面目に修行と鍛錬に明け暮れている半蔵に比べて、日々の学生生活を存分に満喫したがっている若葉ですが、両者ともに一学期の成績は抜群であり半蔵も同郷の娘の実力を認めています。夏仕様なのか、袖のない軽装の着物姿をした若葉は短い裾から健康的な素足を伸ばしていました。

「決まってるではないですか!兄様と一緒にカーニバルに出るでござるよ!」
「お主とか・・・拙者はマヤ殿が良いかと考えていたのだが」
「えーっ!?それはないでござるよ兄様!」

 どうやら先の紅白戦で自分を撃破した相手と組むことを考えていたらしい半蔵に、意外な驚きと嫉妬まじりの羨望を覚えた若葉としては兄様の説得を試みなければなりません。伊賀忍術の力を見せてその実力を世に知らしめるためという、忍者としてはあまり忍んでいない理由を出したり同郷の二人で組めば連携もやりやすいというもっともな理由なども並べ立てますが、決め手になったのは若葉の次の言葉でした。

「優勝して風にたなびくマフラーを制服にするでござるよ!」
「それは・・・うぬ!マフラーは良いでござるな!」

 こうして優勝候補筆頭の伊賀忍者二人による、四次元殺法コンビが先陣を切って参加登録されることになります。出場するからには勝利を望むべきであり、勝利するためにはパートナーは強い方がいいに決まっていました。

 そんな生徒たちが思い思いに声をかけている、にぎやかな廊下を歩いてようやく校長室を見つけた香陽は、扉の横にかけてある看板に「校長室兼苦情異義等申立受付所−ノックしてね」と達筆で記してある様子を見て、頑丈そうな扉をノックすると丁寧な挨拶をしてから部屋に入ります。
 やや心して足を踏み入れた香陽でしたが、転入の手続きは簡潔なもので謎の校長ミスター・ホワイトと呼ばれる長身の人物の言葉もとおりいっぺんのものでした。ふと心づいて、香陽は表の看板と学内のにぎやかな様子について尋ねます。謎の校長はスパークリングカーニバルの開催とそのパートナー選びを生徒たちが行っていること、それがコミュニケーション教育の一貫であることや問題があれば校長室に直接意見を申し立てることができるようにもしていることを伝えました。更に優勝者には望むものが与えられる、との内容が説明されると香陽は表情を改めます。

「それでは優勝したらエイヴリー奨学金を頂くことはできますでしょうか!?」

 何故エイヴリー奨学金なのかは分かりませんが、苦学生らしい真摯な望みにミスター・ホワイトは鷹揚な表情になると重々しく頷きました。新しい学園生活に俄然、やる気を見せる香陽の後ろでノックの音が聞こえると、遠慮がちに一人の女生徒が姿を現します。
 桐生美和(きりゅう・みわ)はたいへん不健全な学園の中で数少ない健全だと信じる生徒の一人でしたが、それは単に彼女が不憫であるという証明でしかありません。その不憫さのためか、彼女は今回のカーニバルのパートナー候補でも一番人気のある生徒となっていて、何人かの学生が彼女を相棒にしてのカーニバル参戦を希望していました。それはけっこうなことの筈なのですが、彼女は浮かぬ顔で異義というよりも相談か願いごとを申し立てるかのように、おずおずと謎の校長に切り出します。

「あの・・・なるべくなら普通の人と組みたいんですが」
「それはできない」

 明快な回答にうなだれると、不幸な女生徒は校長室を後にします。続いて入れ替わるように現れたのは体格のいい、いかにも体育会系という印象の少年でした。龍波吹雪(たつなみ・ふぶき)はその印象に相応しい空手少年で、力強い拳を握って勢い込みながら、なぜか肩には釣り竿と手網を担いでミスター・ホワイトに直訴します。

pic 「校長!俺のパートナーを連れてきたぜ!」

 そう言った吹雪に続いて現れたのは、口からごぽごぽと水音を立てている魚顔の生き物でした。新庄ジュンペイ(しんじょう・ずんぺい)というその生徒は口から釣り糸らしきものを垂らしながら、ぬらぬらと光って地面には濡れたような跡をひいています。その様子に先ほどから校長室の隅に立っていた香陽は、なにか自分がたいへんな過ちを犯した瞬間に立ち会ってしまったのではないかという思いを拭うことができませんでした。
 スパークリングカーニバルの日程は全四日間。登録された七チームが一日およそ二試合を行い、上位となった二チームが優勝決定戦を行います。優勝チームには好きな望みを言う権利が与えられることと、各チームにはリーグ戦の勝ち数が単位として与えられることが決められました。

 そして香陽と組んで参戦することを承諾したのは三崎斬七朗ことカミソリ斬七朗(かみそり・ざんしちろう)。愛用の剃刀「耳なし」を操る床屋道一直線の男ですが、喫茶店で働く香陽にとっては同じ客商売を生業とする者でした。校長の趣味なのか、今回カーニバルに登録する生徒にはチーム名が与えられることになり、彼らにはニューマシンガンズという名前が用意されます。香陽はもちろんですが斬七朗も意外に容貌が整った生徒であり、女生徒には受けのよいチームとなっていました。
 その接客コンビとオープニングマッチで対戦するのは吹雪とジュンペイによるはぐれ悪魔超人コンビ、一説によればどちらがはぐれでどちらが悪魔か早速もめることになったとも言われており、連携に不安なしとはしません。ですが急造チームの事情は双方とも変わらず、まずは個人の実力が試されることになるのでしょう。

「ドラゴンの盾は最強の防御力を誇る!」

pic  崇拝する声優、鈴置洋孝への追悼の意を込めて、吹雪はWDF社謹製、聖闘士☆矢めいた鋼鉄の鎧に全身を包んでいました。紅白戦と同様に校庭に設けられた木の柵に囲われている闘技場で、拳を握って先制攻撃をしかけたのは鎧姿のドラゴン飛龍です。
 斬七朗と香陽に歓迎の挨拶を言う暇も与えず、無粋な客は龍波荒神流の最強っぽい盾と最強っぽい矛から必殺の廬山(著作権侵害)昇龍覇を放つと、学園の流儀に慣れていない香陽に襲いかかってたちまちこれを打ち倒しました。転入生にも美形にも厳しい一撃に観客席からはブーイングが飛び交いますが、威圧的にごぽごぽと首を巡らせるジュンペイに気圧されると周囲は静まり返ります。吹雪組が幸先のよい勝利を手にしました。

 続いてはパートナー選びに悩んだ挙げ句、けっきょくは最近なつかれているナンジャ(なんじゃさん)と組むことに決めたらしい、桐生先輩こと美和とナンジャによる超人師弟コンビが登場。対するは動物好きな佐藤愛(さとう・あい)と生け花をたしなむ広野紫苑(ひろの・しおん)のモストデンジャラスコンビ、生き物を愛する二人の少女に与えられるにしてはちと物騒な名前かもしれません。

「ミーコ、ジョン、レオン、リリー?あらあらおとなしくしてないと駄目よお」

 そう言って黒髪黒目の美少女とじゃれあっていた猫のミーコにカラスのジョン、そしてよだれを垂らした黒犬レオンは奔放に解き放たれると娘たちと遊ぶべく駆け出しました。
 牙をむきだして走る動物たち、ですが走るのであればパンジャーベ流カバディ使いであるナンジャも負けてはいません。右手には最近お気に入りのグリコのパナップグレープ味を握り、カバディ使いらしく姿勢を低くすると軽快に走り出しました。

「カバディパナップパナップパナップパナップパナップパナップパナップパナップパナップパナップ!なのだーっ!」

 そう叫びながらパナップを猫の口に突っ込むナンジャに続いて、美和も手にしていた握りごこちのよい棒を振り回すと重たい一撃でカラスを叩き落とします。前回の紅白戦で手に入れていた棒というよりこん棒は一月の間に彼女の手によくなじんでおり、兇悪な凹凸もなめらかになっていました。
 ナンジャの機動力と美和の連携技で序盤からたたみかける師弟コンビですが、愛と紫苑もこれを耐えると反撃開始。切っ先するどい紫苑の投げ生け花が飛び交い、美和の棒というよりこん棒に次々と突き立つとその動きを止めて、空いた隙間に愛の黒犬レオンが跳躍、ナンジャを組み伏せるとがうがうとおいしい食事の時間(!)が始まります。よだれを垂らしたレオンの一咬みで急遽保健室のお世話になる必要ができたナンジャが後退、美和に担がれて退場すると愛と紫苑が薄氷の勝利を飾りました。

 そして三試合目は優勝候補の若葉と半蔵、伊賀忍者コンビが登場します。相手はカウボーイ藤野牧男(ふじの・まきお)と宗方流庭球の裏流を使う藤原マヤ(ふじわら・まや)のコンビ、名づけてビッグボンバーズ。
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「その名前は弱そうじゃない?」
「名前で勝てるなら競馬は苦労しないのさ、バンビーナ」

 いつものように愛馬ツイ%ターボの馬上でカウボーイスタイルの牧男、この姿で本人は確率研究会に所属してお馬さんレースに没頭しているのもいつもの話です。
 やや変わった組み合わせながら、騎馬姿のカウボーイと射撃戦が得意なテニス選手であれば案外面白い連携ができるのかもしれません。ですが開始早々いきり立ったツイン%ーボは得意の逃げ足を見せるべくいななくと後足立ちます。気性の激しすぎるこの馬を制御するのは並大抵の苦労ではありませんでした。

「ちょっと!?どこ行くのよ!」
「それは風だけが知・・・」

 その先を続ける前に、牧男を乗せた愛馬ツ%ンターボはうわああぁという叫び声を後に引きながら障害レースのように柵を飛び越えると闘技場を駆け去ります。幸いかまたは不幸だったのは、こっそり近寄って奇襲の猫だましを狙っていた若葉が馬の暴走に巻き込まれて仲良く退場していたことでしょう。
 砂埃の後に残されたのはマヤと半蔵の二人、思わぬ一対一の状況に両者は構えるとゆっくりと対峙します。口を開いたのは半蔵でした。

「マヤ殿とは組んでみたかった思いもあったが・・・この状況にむしろ拙者は感謝したい」
「ふーん?そういう真面目なのは嫌いじゃないよ、ボクも容赦はしないからね」
「望むところ!このスパーリングカーニバルに備えて春から鍛えていた、拙者の技を見て頂こう!」

 そう叫ぶと両手を天に広げる半蔵、すかさずマヤは高く伸び上がるとその天に向かってこちらはボールを高く投げ上げます。宗方流庭球の高く深い弾道を受ける者は、一瞬の力と鋭さを持たねばこれを防ぐことはできません。まさに鍛え上げた技と技の攻防、覚悟を決める半蔵に宗方流裏流の弾道が襲いかかろうとします。

「エースを・・・食らえー!」
「かーみーかーぜぇーの、術ーっ!」

 ファンファーレとともに巻き起こる疾風、吹きすさぶ風がピンポイントショットの弾道をわずかにそらせるとその動きを一瞬で見切った半蔵は身体をひねって跳躍します。そして赤い稲妻と旋風を身にまとい、激しく回転すると突撃。カーニバルのために半蔵が開発していた、これこそが回転超電磁神風の術でした。
 空中で高速回転する半蔵は衝撃550トンのすさまじい勢いでマヤを吹き飛ばすと、ゴッドハンドの一撃のようにそのまま宙へと消えていきます。優勝候補に相応しい必殺の技を見せた半蔵が、初戦でライバルを下して勝利を収めました。これで初日に予定されている六試合のうち半分の三試合が終了します。

「納得できないのデース!」

 不平の叫びを上げているのは素敵に不敵な金髪碧眼娘の今帰仁シュリ(なきじん・しゅり)。過酷なカーニバルのリーグ戦を勝ち進むべく、一位通過しそうな若葉と組むことを希望していましたがそれも伊賀忍者同士によるコンビ結成で叶わぬ夢となってしまいました。ですがシュリが不平を述べている理由はそこにはありません、何故、その替わりに組む相手がコレでなければいけないのか。

「・・・ああっ!」

 何やら彼だけにしか分からない理由で恍惚に達しているのは、もちろん薔薇小路綺羅(ばらこうじ・きら)、そして対戦相手は早くも二試合目となる斬七朗と香陽。シュリにしてみれば周囲を美形三人に囲まれているなかなか魅力的なシチュエーションかもしれませんが、落ちついて周囲を見渡すにはポエマーのナルシス男はあまりにデンジャラスな存在でした。
 その間も綺羅は何やらくねくねとポーズを変えては衆目に投影されているであろう自分の姿を想像することに忙しく、その度に一人で盛り上がっては不可解な悶え声を上げています。ですが接客業を営む香陽と斬七朗にしてみれば、どれほど珍妙な客であろうとそれを理由にひるむわけにはいきません。息のあった連携で不気味なポエマーを出迎えます。

「いらっしゃいませっ!!」
「そこの美しい旦那!かゆいところはございやせんかァ!」

 本格派珈琲店流接客術を操る香陽と、ニッポンで二番目の床屋を自認する斬七朗。並べてみると二試合目にして早くも自然な連携を見せており、堂に入ったサービスを展開しようとしていました。それでもサービス精神旺盛ということであれば、美しい綺羅ももちろん負けてはいられません。美化委員会所属のポエマーは美しい自分を好意的に出迎えてくれた、香陽の手を優しくとると周囲に花を散らせながら、耳元に口をよせてそっと囁きました。

pic  わたくし あなたのことを思い出しますの
 太陽のかすかなひかりが 海からかがやいてまいりますと
 わたくし あなたのことを思い出しますの
 いずみの水に そのかげをうつしますと

 わたくし あなたのおすがたが目に見えますの
 とおい道に ほこりがあがりますと
 夜がふけて せまい道のうえで
 旅びとが おののいていますと

 わたくし あなたのお声がきこえますの
 むこうでにぶい音をたてて 波がたかくなりますと
 わたくし しずかな公園をあるきながら
 よく耳をかたむけますの すべてがしずまりかえりますと

 わたくし あなたのおそばにおりますの!
 どんなにとおく離れていても
 あなたは わたくしのそばにいらっしゃいます!

 太陽がしずみ まもなく星がかがやきます
 ああ!あなたがここにおいででしたら・・・


 はじめての薔薇小路綺羅を体感した香陽は銀の盆を取り落とすと、からからと乾いた音をあたりに響かせてからどうと倒れます。それを見たシュリは「これは売れる」と思いましたが、いったい何が売れるのかは彼女にもよくわかりません。
 ジャニーズ系美少年がポエマーに浸食されている間に巨大な電極を取り出した死神看護婦は、火花を散らす必殺ぷらずまふらっしゅを斬七朗に突き立てます。2000万パワーズと名づけられた彼らに相応しいパワフルな戦いぶりで、見事に初戦の勝利を手に入れました。

 新しい世界を後にして再び吹雪とジュンペイのはぐれ悪魔超人コンビが登場、これを相手どった伊賀忍者コンビは双方が力強い攻めを見せる好勝負となりましたが、堂々とした正面からの激突となればやはり優勝候補の半蔵と若葉が実力上位でしょう。
 ドラゴン吹雪の最強っぽい矛とジュンペイの頭上からの飛び込みによる連携攻撃をしっかり受けきると、先の試合で活躍の場を奪われていた若葉が身軽さを活かした分身の術から猫だましで撹乱します。更に吹雪の背後に回ると今回持参していたカラクリナギナタを高く振って棒高跳びの要領で飛び上がり、そこから逆さに落下して激突する下り飛龍もどき。これが見事に決まると鋼鉄の鎧を着た聖闘士はなぜか派手に吹き飛ばされて顔からどしゃあと地面に落下すると動かなくなりました。

「俺はドラゴン(ピー)がお気に入りなんだよ・・・」

 そして初日最後となる対戦はナンジャと美和の超人師弟コンビがビッグボンバーズと対戦。開始早々、牧男が投げた切っ先するどいマークシートをナンジャがパナップ入りカバディでつぎつぎと打ち落とします。
 一方でマヤは旧知の美和にピンポイントショットからサイドワインダーという必殺の連携を打ち込みますが、こん棒を構えた娘は無拍子から手首をひねるように本手打ち、万物一空とつなげて弾丸を見事に弾き、これもきれいに受け切りました。攻め手を封じられたかに見えるマヤですが、それでもその表情にあせりの色は見えません。

「先輩!?これでも受け切れるなら受けてみなよっ!」
「だから先輩じゃ・・・」

 ないと言おうとしつつ、続けてボールを投げ上げるマヤに美和はこん棒を構えますが、重い弾丸は芯で捕らえても腕をきしらせて手首はしびれはじめています。昔からの付き合いとはいえいったいこの娘はどんな練習をしているのだろうかと感心せずにはいられませんが、このまま近づけずに次のラッシュが来ればとても耐える自信はありませんでした。
 庭球少女が伸び上がり、覚悟を決めた美和が構えた一瞬、力と力の激突を予想する両者の間を抜けて疾風のように駆ける影が現れました。

「なのだー!」

 飛び上がるとマヤの頭上から飛来したナンジャはRRと書かれた秘密のラケットではたき落とされますが、こぼれたボールごと頭上に落ちかかると重なり合って潰れます。印度娘の捨て身の攻撃で辛くもナンジャ美和組が勝利を収めましたが、打ちどころが悪かったのか目を回しているナンジャとマヤを助け起こすと常識人の桐生先輩はかいがいしく担架に揺られる二人に付き添って、もう一度保健室に行くことになりました。

pic  こうして初日が終了して二日目となりますが、ここまで優勝候補筆頭の伊賀忍者コンビ、若葉と半蔵が無傷の二連勝。一方で斬七朗と香陽のニューマシンガンズにマヤと牧男のビッグボンバーズは初日から連敗となってリーグ戦通過に黄信号が灯っています。
 得点よりも失点が大きく影響する総当たり戦で、上位二チーム通過のためには失点のボーダーはおそらく二敗までであり、三敗すれば通過は不可能ではないとしてもほぼ絶望的となるでしょう。

「ここでトップを追撃するデース!」

 二日目最初の激突は初戦で好発進をしている二チームである、動物植物大好き少女たちと死神ポエマーズが激突。シュリにすれば相手は強敵とはなりますが、1000万ボルトの電撃と1000種類のナルシスポーズが組み合わされば恐れるものなどありません。何より彼女が望外の幸運だと思っていたのは、この変態が相棒であれば少なくとも自分はこの男の犠牲にならずに済むのです。

「頑丈な壁がかよわい少女を守るのデース」

 更に目の前で愛の連れている可愛いペットたちもシュリにはたいへんなトラウマとなっていましたが、できればこれを美しい壁で防ごうというのが策士を自認する彼女の本日の作戦でした。この辺りは彼女なりに、冷徹なつもりの計算が働いているようです。

 いよいよ二日目第一戦が始まるとさっそく、看護婦さんとなかよく遊ぼうと愛の手から解き放たれる動物たち。爪を出しっぱなしの猫のミーコに頭頂部へ急降下するカラスのジョン、そして激しくよだれを垂らしている黒犬レオン。
 そんな楽しげな風景を花々で飾るべく、紫苑は切り口をするどく尖らせたルピナスの花、花言葉は「多くの仲間たち」を投げつけました。種族を越えて自分に集まってくる動物と植物たちの姿に、美しいポエマーは一層の恍惚にひたります。

「みんなボクのところへおいで!ボクのところへ!」

 たちまち全身に食い込む爪やくちばし、そして牙。更に突き刺さった彩り鮮やかなルピナスの花々に飾られた綺羅はなにか新しい生き物のようになっていますが、機を逃さずにすかさず駆け寄ったシュリは手にしていた巨大な電極をその綺羅の身体に突き立ててはげしいプラズマを流しました。

「合体奥義!シャイニング・インパクト・デースッ!」

 ばちばちと全身から火花を散らせて、まばゆいばかりに輝く綺羅。その姿はデュオニソスのように、ある意味神々しくきらめきながらあらゆる生き物を巻き込んで更に輝きを増していきます。そして過負荷状態になったプラズマが破裂した瞬間、何故か着ていた服がダチョウ倶楽部のように弾け飛び、全裸姿となったシャイニング綺羅は身体をのけぞらせながら全身から轟音をともなう火花をほとばしらせ、愛のかわいいペットや紫苑のルピナスごと光に包み込んでいきます。それは、光らせてはいけない光でした。

 全てが消え去ったとき、一面の荒れ果てた大地に立っていたのは柏の葉っぱを一枚身につけた彫像へと変貌を遂げている綺羅が一人いるだけでした。周囲には動く者の姿はなく、自らも巻き添えとなったシュリは他の者たちと同様に地面に倒れ伏していましたが、遠のく意識の中でわずかに身を起こすと最後の力を振り絞ってただ呟きます。

「これは・・・国際レベル、デース」

 そう呟いてこときれるシュリ(死んでません)。いくつもの屍が保険室に送られると会場の興奮も冷めやまないまま、改めて大会が再会されますがさすがにやりにくそうな様子で生徒たちが入場します。斬七朗と香陽、そしてナンジャと美和の四人は次の試合の用意を始めました。
 全チーム総当たり戦である以上、全員がまんべんなく全ての相手と対戦することになるのはしごく当然のことです。先の2000万パワーズは昨日の試合でも斬七朗と香陽を犠牲の祭壇に捧げており、戦いの惨状に近い将来の不幸を感じて気を重くしたからといって、誰を責めることができるでしょうか。

 ともあれこれ以上の失点を避けたい両チームの対決、ことに早くも連敗を喫している香陽と斬七朗には後がありません。興味深い対決である一方では、男性同士と女性同士のコンビによる激突となっている点でも注目が集まっています。
 まずはアルバイト先のチェーン系珈琲店の制服である、半袖シャツに蝶ネクタイ、黒スラックスにエプロンを着た香陽が笑顔もさわやかに応対を始めました。

「いらっしゃいませ!御注文は如何なさいますか?」
「えーと?じゃあ、グリコのパナップをお願いするのだー!」

 無邪気な印度娘の返答に、ワン・トゥ・ワンのコミュニケーションには何よりもまず常識が前提となることを思い知らされる香陽ですが、この学園での経験は彼に必要以上に優れた接客経験を積ませることになることでしょう。だだっ子のようにパナップを連呼するナンジャをあやすように宥めている香陽、その間に戦いは愛用の得物を手にした両者の対決へと移っていました。剃刀「耳なし」を構える斬七朗と、棒というよりこん棒を握った美和はゆっくりと間合いを探りながら、互いにじりじりと間合いを詰めていきます。

「お嬢ちゃん!整えてあげまさァ!」

 必殺の間合いに入ると同時に陽光に刃が閃くと、斬七朗の剃刀が得意の二連眉落としの軌跡を描きますが、美和としては自らのアンデンティティを守るためにもこれを受ける訳にはいきません。無拍子から手首を返して本手打ち、予備動作を行わずに万物一空へと繋げます。ですがプレッシャーに躊躇したのかわずかに踏み込みの浅い一撃は斬七朗の鼻先をかすめると、ニッポンで二番目を誇る床屋は剃刀の刃側を持って目線も変えずにそれを右隅へと放り投げました。

pic  ありえない動きに一瞬、気をとられる美和。あさっての方向に投げられた筈の「耳なし」は回転しながら飛んでいくと、周囲の柵に跳ね返って向きを転じて襲いかかります。兆弾を利用して前後左右から相手を散髪する荒業、兆弾剃刀撃が美和の背後を狙いますが、彼女の反射神経は刹那の瞬間に所有者の意思に従い彼女のこん棒を動かしていました。
 かつんと高い音がして、こん棒の表面に鋭い刃先を突き立てる剃刀。その反応は斬七朗も敵ながら感心するところでしたが、すでにマヤの弾丸ラッシュを受けてきしみの悲鳴を上げていたこん棒はついに酷使に耐えることができなくなり、小さなひびが入ると水晶が砕けるような音を立てて粉微塵になりました。足元にちらばる破片を見て、美和は小さく呪いの言葉を呟いてから顔を上げると、首を振って敗北の言葉を口にします。

「仕方がないわ・・・降参します」

 技に生きる者にとって、それを封じられることは競技や試合の勝敗以上に厳格な勝ち負けを意味します。彼女の武器を砕いた斬七朗の技は彼女を打ち倒したも同然であり、それを潔く認めることは美和の剣士としての誇りでした。

 刹那の技を競い合う激闘を受けて、続いて登場したのは覇王と呼ぶに相応しいパワーを誇る吹雪とジュンペイ、相手は連敗して後がない牧男とマヤの二人。飛び道具による遠距離戦を得意とする牧男とマヤの連携は本来、決して愛称が悪くはない筈なのですが、お互いの動きが何故か安定せずにこれまで思うような戦果が上がっていません。

「優勝したら焼き肉食べ放題だーっ!」

 即物的に気合いを入れ直した、マヤのピンポイントショットが先制の弾道を描くと重い衝撃となってジュンペイの腹部に突き刺さります。内臓を突き上げる衝撃に口からごぷりと水と泡を吐き出す魚男の傍らを抜けて、吹雪が最強っぽい盾を構えて接近しますが、タイミングを合わせた牧男が馬連マークシートを投げつけると鎧の隙間を抜けて聖闘士吹雪の前進を止めました。奇襲攻撃からコンビネーションによる絶好の勝機を見て、マジシャンのように両手に持ったカードを広げるカウボーイ・ダービー・ザ・ギャンブラー。

「ところでこいつはわたしの猫さッ!」

 単勝カードが一閃、ジュンペイの眉間に突き刺さるのを見て牧男は勝利を確信します。陸上でもがく魚男の動きが激しくなり、それは断末魔のあがきを思わせましたがバタ足からドルフィンキックで暴れるジュンペイの動きはますます激しく、口から吹き出す水と泡の量は増えていくばかりでした。
 尋常ではないその様子にカウボーイがひるんだ瞬間、あの力が解き放たれたジュンペイはうじゃあと一哭きすると高く伸び上がるように跳躍して頭上から襲いかかります。牧男が未知の恐怖を覚えたのは彼の人生でも初めてのことであり、城塞都市カーレの北門を守るサルファ・ゴーストのように頭上から落下した魚男は必殺の人工呼吸で哀れな牧男を組み伏せると全てが暗転しました。

 その後、意識を失ったカウボーイは一時脳波が止まりますが数秒で回復し、暴れまわる魚男は捕らえられると回収されて周囲には戦慄だけが残されたのです。このときばかりは勇敢なマヤも相棒が食われていく様にただ恐怖にふるえているだけでした。

 まさかの惨劇によって早々に脱落するチームが出てしまいましたが、大会は当然のように続きここまで無傷の二連勝を続けている二チーム、半蔵と若葉の伊賀忍者コンビに綺羅とシュリの2000万パワーズが登場します。ここで勢いに乗るのはどちらかを決するべく両雄が対峙しました。一陣の風が吹き抜けると、若葉は右手に持った忍者マフラーを差し出します。

「全裸はよくないでござる。正義マフラーをあげるから更生するでござるよ」
「うむ!マフラーは良いでござるぞ!」

 若葉の言葉に深く相槌をうつ半蔵。風にたなびくマフラーによほどの誇りを持っているのか、若葉が差し出したマフラーは綺羅に渡されますが美しいポエマーは自分に薦められた新たなアンデンティティを理解しようとしているのか、外見だけは思慮深げに首をかしげています。問題はこの美しいポエマーに思慮が存在するのかどうかですが、ある意味でこの状態は綺羅を無力化していると言えるのかもしれず忍者コンビには絶好の好機となりました。象をも殴り倒す検温パンチの大力が恐ろしいシュリですが、機動力に優れる若葉と半蔵が連携して二対一ともなれば勝利は決まったも同然でしょう。
 マフラーを手に六十秒の長考に入ったらしい綺羅に、思わぬハンデ戦を強いられてしまったシュリは死神看護婦の拳を振りまわしますが、俊敏な若葉が猫だましから分身の術で撹乱すると半蔵がその背後を取って稲妻落とし。完璧なコンビネーションに翻弄されて大ピンチに陥るシュリを後目に思索に耽っていた綺羅ですが、名人は時間切れまぎわで次の一手を見つけ出したようでした。

「・・・こうだね!?」

 何がこうなのかは分かりませんが、おもむろにビキニタイツ一つの全裸姿になると、ふんどしのようにタイツの前からマフラーをぶら下げてポーズを取る綺羅。何か重要なことを間違えている姿に気をとられた隙に、巨大な電極を手にしたシュリのぷらずまふらっしゅが炸裂して伊賀忍者の二人を撃破、逆転勝利で無傷の三連勝を果たしました。

 ここで蘇生して集中治療室を出たカウボーイと、心に深い傷を負ったマヤがようやく戻りますがすでに三敗を喫しており決勝進出は絶望的、相手の香陽と斬七朗も二敗と後がなくここで足を取られる訳にはいきません。幸い相手はゲシュタルト崩壊の状態であり香陽や斬七朗にとっては格好の好機ともなっています。
 こういう場面でこそ人は重圧に心を乱すものですが、楽しげに¥0の笑顔を見せている香陽にとってはこういう時こそいつも以上にさわやかに振る舞うべき場面でした。そして本格派珈琲店流接客術の真髄に共鳴している斬七朗は、ニッポンで二番目の床屋術の粋を香陽に同調させたのです。

pic 「いらっしゃいませ!!御注文は如何なさいますか?」
「お二方!かゆいところはございやせんか?」

 明るく丁寧で、かつ礼儀正しく案内されたマヤと牧男は斬七朗のすばやい指の動きでたちまち快適にされると、手練の技で美しく眉毛を整えられてしまいます。更に高速回転する「耳なし」が四方を飛び回ってカウボーイの髪を切りそろえている間にも客人の好みに合わせてコクのきいた珈琲がふるまわれ、至高の剃刀が光の速さでマヤのえり足までを仕上げました。

「ありがとうございました!またお越し下さいませ!!」

 完璧な仕事によって戦意どころかさわやかな満足感まで与えられたマヤと牧男の二人は、熟達の技に心から屈服することを選びます。ことに何かが壊れかかっていたマヤは救われた思いで彼らの虜になってしまい、女性人気の高いニューマシンガンズが二敗のボーダーを堅持しました。

 そして二日目最後の試合、先ほど捕獲回収されていたジュンペイはまだ神経がたかぶっているのか、吹雪に縄で引きずられながらびちびちと水揚げされてその様子には愛のペットたちですらおびえの色を隠せません。野生は本当の危険を知るということでしょうか、いつでも見境いなく元気な黒犬レオンすら尻尾を垂らして腰を引いているのは愛でさえも初めて目にする姿でした。
 地面でバタ足をしているジュンペイが愛のペットたちを牽制し、戦力半減している隙を狙ってドラゴンの最強っぽい盾を構えた聖闘士吹雪が突進します。紫苑の投げるルピナスの切っ先では吹雪の鎧を貫けず、得意の空手の構えで接近した吹雪は伏龍の一撃。吹雪の家に伝わる龍波荒神流の技が周囲に花びらを散らしました。

「ドラゴンの拳の前では防御は役に立たぬぅ!」
「花言葉は、遊び心ですっ」

 聖闘士吹雪の最強っぽい矛の一撃で、どしゃあと吹き飛ばされるかに見えた紫苑ですがとっさにオンシジュームの花を乱舞すると、身を隠すように相手の目を眩ませます。すかさず愛が動物たちを叱咤すると、吹雪の足元をミーコの爪とレオンの牙が襲い宙を舞う花びらに隠れてカラスのジョンが急降下、脳天にくちばしを突き刺しました。
 みるみるうちに赤く染め上がっていく吹雪の姿にぷすぷすとオレンジュームを挿すと立派な生け花ができあがり、会心の仕上がりに気をよくした紫苑は生けられた作品に広野家の家訓を捧げます。

「強く、正しく、美しく。です」

 二日目が終わってシュリとポエマーが無傷の三連勝、これを追って若葉と半蔵の伊賀忍者コンビに愛と紫苑のモストデンジャラスコンビが続きます。
 そして三日目の第一試合はトップを走るシュリと綺羅が登場、ここで勝利すれば四連勝となって残りを連敗したとしてもほぼ決勝進出が確定するでしょう。シュリにしてみれば思わぬ誤算が破竹の快進撃を生み出しているのであり、多少の因業値こそ増えるものの気分が悪かろう筈もありませんでした。

「自分の無意識の先見の明にもはや脱帽デースね」

 そんな明が存在するのかどうかはともかく、自信のままに気を大きくしている無敵のコンビに対するはナンジャと美和の師弟コンビ。人なつこい印度娘との連携もそれなりになじんだ風もあり、ここで負ければリーグ戦脱落が確定することもあって気合いを入れる美和でしたが、昨日の対戦で愛用の棒というよりこん棒が砕けて無くなっていたことに遅まきながら気がつきます。先輩が困っている様子を敏感に感じとったナンジャはカバディ使いにふさわしいステップで、軽快に走り出すと手近な得物を探しました。

「先輩!これなんていいと思うのだー」
「ん?えーと・・・まあ、仕方ないか。ありがとうね」

 相手の純粋な好意と努力を無碍にできない美和は、ナンジャが手にしていた地ならし用のトンボを受け取ると空いた左手で彼女の頭をよしよしとなでました。金属製のつるはしのような長柄を何度かぶんぶんと振り、手になじませてから軽く構えます。多少長さと重さに難があるものの、使いこなせば一撃必殺の威力は充分以上にあるでしょう。何しろ相手は兇悪な実力で勝ち進んでいる強敵なのです。
 そして両者対峙して先手必勝を図ったのは先輩に頭をなでられて上機嫌のナンジャ、カバディにしてパナップな印度娘は無尽蔵のスタミナを思わせる動きでカバディカバディカバディカバディパナップカバディカバディを狙ってやみくもに走り出しました。

pic 「なのだーっ!」

 目をくらますナンジャの動きに続けて、予備動作のない動きで地ならし用のトンボを振り下ろす美和。どかんと地を砕く一撃は命中すれば一瞬でコメディスケッチをスプラッタムービーに変える力があり、危険を察したシュリは呑気に詩を朗読している綺羅を大力検温パンチで突き飛ばすと辛うじてこれを避けさせました。更に美和が連続攻撃、先ほどまで振りまわしていたこん棒と変わらぬ動きとスピードで人の背丈ほどもあるトンボが襲いかかり、その度にシュリは標的となった綺羅を殴りとばしてこれを回避させます。
 見事なディフェンシブ・コンビネーションを繰り出す2000万パワーズですが、時間とともに変形していく綺羅の姿を見ればいずれ限界がくるものと思われました。クワが大地を打つように美和のトンボがあちこちを掘り返し、そろそろ殴る箇所がなくなるほど変形した綺羅の姿にもはやこれまでかと思われたとき、

「カバディカバディカバディカバーっ!?」

 どうして予想できなかったのか、あまりに掘り返しすぎた地面に駆けまわっていたナンジャが足をとられると派手につまづいて転がります。これがただ一度の勝機とばかり、シュリは巨大な電極を取り出すとこれを突き出しました。多量の電池を食う彼女の必殺ぷらずまふらっしゅは多用できないのが欠点であり、使う以上は確実においしい場面で決める必要があるのです。

「これで、フィニッシュ、デース!」

 激しく火花が飛び散り、死神看護婦が印度娘をしびれさせると無傷の四連勝。残り二試合にしてほぼ決勝戦進出を確定させました。残る枠は一つ、そして続いての対戦は愛と紫苑の動物植物大好き少女と若葉に半蔵の伊賀忍者コンビによる一敗同士の直接対決であり、大会三日目にして早くも天王山を迎えます。リーグ戦では勝ち数が単位に考慮されることも発表されており、大会が期末試験を兼ねていることを思えば生徒にとって残り試合の結果も重要なものになりますが、やはり成績とは別の栄誉を求めるのは若い学生の野心ならではでしょう。

pic 「猫だましでござるー!」

 奇襲の猫だましを猫のミーコに放った若葉はすかさず分身の術。素早い動きで五人に分かれる忍者娘ですが、なぜか色の違うマフラーをつけている、五人目の分身若葉の目つきが悪いのは連戦と激しい技の疲労ででもあるのでしょうか。愛のペットたちが飛びかかりますが人数の増えた若葉ズも負けてはおらず、カラクリナギナタを振りまわして爪や牙の一撃を防いでいます。そしてカラスのジョンが急降下。

 どすっ。

 連戦と激しい技の疲労で不平を感じていたらしい五人目の分身若葉が一人目の本体若葉を差し出すと、ジョンのするどいくちばしが脳天に突き立ちました。ゆらりと倒れる若葉に思わぬ不利を強いられることになった半蔵ですが、紫苑の投げる生け花を手裏剣で落としながら防戦しつつ、両手を広げて構えると必殺の回転超電磁神風を放ちます。

「かーみーかーぜぇーっ!」

 ファンファーレとともに赤い稲妻と旋風が巻き起こり、激しく回転した半蔵は550トンの衝撃を伴って突撃します。宙を飛ぶ半蔵に紫苑も切っ先するどい生け花をつぎつぎと投げつけますが、大回転忍者は飛び交う花などものともしません。風に巻き込まれる花びらすら身にまとい、超電磁にスピンする半蔵は突進するとその勢いで正面から紫苑に激突します。

 どすっ。

 生け花ではなく、剪定用のハサミをおもむろに取り出した紫苑に回転しながら突進した半蔵は、丁度脳天にするどいハサミを突き立てられました。そのままくるくると回るとタイガー・ジェット・シンに額を切られたテリー・ファンクのように鮮血を吹き出してからどさりと地面に落下します。これで若葉と半蔵は無念の後退、残り全勝で上位二チームが星を落とすことを待つ状態となってしまいます。

 そして残る試合では吹雪とジュンペイが無敗の綺羅とシュリのコンビに挑みますが、昨日から様子のおかしいジュンペイはときどき全身を痙攣させて口からはごぼごぼと水を吐き出しつつ、四つん這いになってうなり声を上げています。試合が始まってシュリの電極を受けるとよけいに活性化してしまったのか、ぐぱぁと口腔を開くと襲いかかってポエマーズを圧倒、その隙に必殺の廬山(著作権侵害)昇龍覇を決めた吹雪が勝負を決めました。
 続いて再登場した愛と紫苑は香陽に斬七朗と対決、息の合った連携で完璧な接客術をものにした美形コンビはよだれを垂らした黒犬レオンすら飼い犬のようにおとなしくさせてしまいますが、店内を美しい花で満たした紫苑の手腕が勝って粘り勝ち。直接対決で伊賀忍者コンビを下していることもあってこれで決勝進出を確定させます。

「無念でござる・・・」

 これで気が抜けてしまったのか、伊賀忍者コンビは動きが振るわずに、師弟コンビとの対戦ではあいかわらずはりきって走りまわるナンジャに機動力の優位を封じられてまさかの敗北。完全に後退してしまいました。

 翌日は最終日となる四日目、ツインタ%ボを駆る牧男と立ち直ったマヤは決勝進出を決めている愛と紫苑を相手にマークシートと弾丸サービスの手数で勝負し、愛のペットたちを蹴ちらして待望の初勝利を獲得します。
 そして斬七朗と香陽の美形接客コンビは息のあったコンビネーションで若葉をいたく満足させると伊賀忍者コンビを相手に連携で勝利を収めました。まさかの失速に無念のほぞを咬む半蔵ですが、若葉としては最終戦で半蔵兄様ほかかっこいい男の人たちに囲まれたことで存分に満足したことでしょう。

(お持ち帰りはできないでござるか!?)

 あやうくとんでもないことを口走りそうになった若葉ですがそれはそれとして。続いて吹雪にジュンペイとナンジャに美和の対決は開始前からすでにゾアン・ト・ビイが始まっているジュンペイが周囲を威嚇しながら、うじゅるうじゅると無差別に襲いかかりました。やはり使うのが早すぎたらしく、粘液を飛ばしながら一瞬で相棒の吹雪を含む全員をなぎ倒すと大会運営委員会御用達の多量の麻酔銃が打ち込まれて、千葉県我孫子市にあるWDF社の研究所へと搬送されていきます。

pic  そして最終戦は先ほど待望の初勝利を飾ったマヤと牧男が登場。一位進出を決めている死神ポエマーズと対決しますが、スタミナ不足を露呈した牧男の愛馬ツイ%ターボがいきなり逃げ損ねて失速してしまい大ピンチに陥りました。二対一の圧倒的に不利な状況、それでもマヤはあきらめることを拒否します。

「いっけーっ!」

 高く伸び上がるサービスからのピンポイントショットで綺羅のこめかみを正確に撃ち抜くと、大力の拳を振りまわして接近格闘戦を挑むシュリに対してもテニス部らしい無尽蔵のスタミナで走りまわって距離を取ります。隙を狙ってサイドワインダーを放ち、足元に着弾させて突進を防ぐと地を這う低さで踏み込んでフルスイングによる居合い抜き。完璧なリターンを決めて死神看護婦を地に伏し、最後に意地を見せつけました。

「必要なものは、あきらめない勇気だよ!」

pic  こうして総当たり戦が終了し、決勝戦を争う二チームが決定します。終盤こそブレーキがかかったものの驚愕の強さを発揮した薔薇小路綺羅と今帰仁シュリの2000万パワーズに、対するは安定した強さでなみいる強豪をペットの胃袋におさめてきた佐藤愛と広野紫苑によるモストデンジャラスコンビ。

「愛さんはほんとうに動物に好かれていますのね?」
「人間だけではなく、他のたくさんの動物たちと共存して世界は成り立っているんですもの」

 紫苑の賛嘆の言葉に、愛はかたわらにいる黒犬レオンの頭を撫でながらころころと笑います。よだれを垂らした黒犬は嬉しげに牙をがちがちと鳴らしながら唸り声を上げていました。心優しい彼女は対戦相手となるシュリが動物を苦手そうにしている様子を見て、たくさん触れ合えばきっと慣れてくれるだろうと思っています。

 そしていよいよ優勝戦、これに勝てば優勝者には望むものが与えられるということで、栄誉だけではなく現実的な願いも得ることが叶うのです。校庭に設けられている、丸木を組んだ柵と観客席に囲まれた闘技場で衆目はザ・ファイナリストたちに集まっていました。

「・・・ああっ!ボクを!ボクをっ!」

 自分が衆目を一身に集めているということにもう恍惚を感じている綺羅。身体をかけめぐるプラズマが残っているのか、帯電してうすぼんやりと光る姿は何かよその星の生き物のように見えています。さしもの動物たちもひるむ美しさに、シュリは先手必勝とばかりに拳を鳴らしました。彼女にとっては公式戦で一度下している相手であり、恐れることは何もありません。

「パンチは握ったコブシの固さで勝負するのデース!」
「ミーコ、ジョン、レオン、リリー?看護婦さんと一緒に楽しく遊んであげなさーい」

 するどい爪でじゃれつくミーコに鉤爪とくちばしで頭上からついばむジョン、がうがうとのしかかるレオンに牙をむく毒蛇リリー。たちまち動物たちに埋もれたシュリは恐ろしい阿鼻叫喚の世界へと連れて行かれました。絶叫の中で白い看護衣がみるみるうちに赤く染まって赤と白でこりゃめでたいね(死んでません)。

 その間もくねくねとポーズをとりながら恍惚に浸りつづけている綺羅。あまりに問題のありまくるこのチームに問題があるとすれば、互いに強力な力を持つ一方で協力して連携することなどまるで考えてもいないことでしょうか。
 パートナーのいない状態で隙だらけとなっている隙を狙って、すかさず紫苑は切っ先するどい生け花を何本も投げつけると綺羅の全身を飾り立てました。シュリに続いて全身を赤く染めていくポエマーは、しばらくはポーズをとっていましたがついにふっと断末魔の声を囁くと少女漫画に登場する青年貴族が銃口の餌食になった瞬間のようにゆっくりと傾いてから倒れます。こうして動物と植物を愛する二人の少女、佐藤愛と広野紫苑の二人がスパークリングカーニバルの優勝を手に入れました。

「リンドウの花言葉・・・正義をともにして勝利を確信する」

pic  四日間に渡る激戦も終わり、優勝は佐藤愛と広野紫苑に与えられることになりました。優勝者は望むものを与えられる、もちろんわくわくボールとは違って何でも願いが叶うとまではいかないでしょうが、絶対実力主義をうたうほどの学園での勝利であれば多少の無茶であれば学園がそれを果たしてくれようとするでしょう。ただ、愛の望みは彼女らしく慎ましくささやかなものでした。
 闘技場の中央に式典用の壇が設けられると謎の校長ミスター・ホワイトが現れて、二人の少女に優勝を祝う盾とメダルが渡されます。願いがあれば言ってみるがよいという言葉に、紫苑は心の準備ができておらず後ほどその願いは叶えられようとのことになりましたが、続けて謎の校長は愛に向きなおると、神龍を思わせる重々しい口調で語りかけました。

「何が欲しいか、言ってみるがよい」
「はい。紅白戦に出ていた牛さんをペットに欲しいです」

† つづく †



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