9月〜球技大会〜
それはサマースクールを終えた後の一幕。白い誰かのさしがねとしか思えない、謎の男の襲撃を受けていた服足半蔵(はったり・はんぞう)はそのままばたりと倒れて意識を失うと、白く塗られた壁が目にまぶしい、高原の建物に設けられた医務室にかつぎ込まれていました。
荒れ果てた荒野に、果てしなく続く爆音と燃え上がる炎。焼ける熱さと激痛にのたうちまわる、何千何万の影。生き物らしいが、その姿は人類が宇宙進出以来に得たどのデータにも存在していない、一目で目を背けたくなるおぞましいフォルム。中途半端に巨大な、虫のような軟体動物のような。
数十分前まではこの荒野に雲霞のように群がっていた彼らも、地表を埋め尽くして燃える地獄の火の中で命尽きておとなしくなっている。火の手は彼にも襲いかかるが、意に介した様子は全くない。死の熱気にも汗一つかかず、さらさらとなびく質のよい髪。燃えも焦げもせず、彼は楽しげに踊るようにまわりながら周囲に手をかざす。その舞いは果てしなく続いていた・・・。
「虫が・・・虫が迫ってくるでござる・・・」
大分うなされていた半蔵の様子を思い出して、藤原マヤ(ふじわら・まや)は医務室へと足を向けていました。倒れた少年を見つけて介抱したのは彼女でしたし、とりあえずほっといてバスキア学園名物ハゲタカの群れに任せるという手もないわけではありませんが、それも夢見の悪い話ではあったでしょう。
がらがらがらと、学園ものコントのセットのように横にすべるドアを開けたマヤはそこに見知った友人の姿を探します。ブラインド越しに差し込む外の赤い光に目を細めた少女は、せまくなった視界を動かしますが白いシーツが敷かれているベッドの上には誰の姿もありません。その代わりに光を避けるように部屋の隅に立っている、一人のハンサムな少年の横顔を見つけると遠慮がちに声をかけました。
「あのお・・・ここに寝ていた人を知りませんか?」
「おお、マヤ殿ではないか。その節はかたじけない」
軽く振り向きながら言う、その声に聞き覚えのあるテニス少女は驚きの表情を隠しきれませんでした。不審そうな顔をしている半蔵は入学以来、伊賀忍者として黒装束の覆面を脱いだことはなく考えてみればこれまでその素顔を目にしたことはありません。数ヶ月もすぎてそのことに気づかなかったマヤもたいしたものかもしれませんが、細く差し込む光を横顔に受けた少年の端正にひきしまった顔は、少女を含めたたいていの女性の審美眼にかなうものでした。
とりあえず曖昧な返事と、元気になったみたいでよかったねといったありきたりな労いの言葉をかけるとテニス少女は早々に医務室を去ることにします。なにやらこのままここにいるとストーリーがまずい方向に発展しそうでしたし、それが彼女の本意であるのか、彼女自身も分かってはいません。ただ、今日見たことは忘れないことと誰にも話さないことだけをマヤは心に誓いました。
かつてアオシマユキオー(芦毛・牡)も走ったといわれる馬場があるかもしれない東京コーヤクランドの埋立地、御台場の地に設けられた私立バスキア学園高等学校。サマースクールから帰った学生たちはめいめいの夏を過ごして暦が変わった9月、残暑の厳しさも和らいだ新学期の時節を迎えています。謎の校長ミスター・ホワイトによって定められている、学園のカレンダーにはその月はチーム対抗の球技大会の予定が寺西化学工業製のマジックインキで太く書き込まれていました。
「競技は三人一組のチーム制、つまりこれは素敵な殿方と組む絶好のチャンスでござるよ!」
ひと夏を過ぎてももちろん、アバンチュールをあきらめていない葵若葉(あおい・わかば)は忍者修行は脇において、彼女の素敵な生活への努力に余念がありません。彼女が持っている若葉ファイルによれば、バスキア学園でも女子生徒に人気が高いのは甘いマスクに気持ちのいいサービスが魅力の床屋さんと、ジャニーズ系の爽やかな顔立ちと気の利いた接客が素敵な珈琲屋さんの二人でした。この二人は確実に競争率が高いだろうとあたりをつけた忍者プリンセス(c)SEGAは、ひとあし先にツバをつけるべく自慢の快速で廊下を走っていましたが基本的に廊下を走ってはいけません。
ですがおそらくは彼らがいるであろう、床屋部の部室に一直線に走る若葉の耳に、テニス少女のマヤが半蔵兄様とチームを組むらしいという話が飛び込んできたのはまさに彼女が部室長屋に続くトタン屋根の上を走っているときのことでした。足だけではなくアンテナにも自信がある若葉は、先のサマースクールで一敗地にまみれたマヤをライバル視していましたが、実は格好よい半蔵兄様を狙うかのごとき動きは座視できるものではなかったでしょう。彼女は屋根の上で直角に向きを変えると、はげしくドリフトして大きなすり傷をこしらえてから慌てて二人のもとへと向かいます。
その若葉が向かう途中であった、学園もの娯楽作品には欠かせない部室長屋にて。バスキア学園伝統の床屋部の部室ではカミソリ斬七朗(かみそり・ざんしちろう)と星裏香陽(ほしうら・こうひ)の二人が大会に向けたサービスの内容について、早々と激論を戦わせています。日本で二番目を自認する床屋にも本格派珈琲店流接客術を磨く少年にも、彼らが思うサービスへの高い理想があり、互いに力を合わせることを決めたとはいえ理想を譲る訳にはいきませんでした。
「ここでおしぼりは熱いのに決まってやすぜ」
「いや、冷水でしぼったものにするべきです」
彼らが決めたテーマは夏の記憶を思い出させる南国リゾートの快さ。暑さを逃れて訪れた店内で、不快に残る汗を消してひとときのやすらぎを得るあの感覚を再現することでした。
そして夏の名残りを思い出させる、店内の装飾には夏の花がふさわしかろうと一致した二人に手を合わせていたのが広野紫苑(ひろの・しおん)です。純和風を思わせる少女は花生けを得意としていましたが、求められるテーマに従って自分の知識と技を用いることは決してかんたんではありません。そしてだからこそ彼らは磨いた技に自信を持ち、それを用いることができるのでしょう。大会の時期に間に合う花を選び、その中から更に彼女が思う絵を描き出すものを選ぶ。にわかに床屋部の部室は多くの植物に彩られて窓からは炒られた豆の香りがただよい、付近を歩く学生に快い興味を抱かせていました。
「うーん。星裏くんは無理かな・・・」
流れてくる香りを一息吸い込むと、部室長屋の外からその様子を眺めていた桐生美和(きりゅう・みわ)は多少残念そうに呟きます。学園でも数少ない常識人だと思われている彼女はなんとなくまともそうな香陽に期待するむきがなくもありませんでしたが、だからといって無理に押しかけて大会のパートナーを願い出るには気恥ずかしさがあったでしょう。
いつものように腕にぶら下がっているナンジャさん(なんじゃさん)はよいとして、三人一組のチームで参加するためにはあと一人、パートナーを探さなければなりません。さてどうしようかと考えを巡らせていた美和の目の前に、勢いよく一人の少年が駆け寄ってきました。
「こないだはすまなかったぁー、先輩!」
「龍波くん!?だから先輩じゃないって言ってるでしょ!」
いきなり現れると額を激しく地面にたたきつけはじめた龍波吹雪(たつなみ・ふぶき)の様子に、面を食らった美和は頭突きの練習のように血をにじませている空手少年の顔を上げさせます。先のサマースクールで美和をまっぷたつにしてしまったことを、ナンパ師を自認する吹雪としてはさすがにやりすぎたと思っているらしく、促されてようやく立ち上がると殊勝な態度のまま改めて頭を下げました。
「俺だけじゃない。ジュンペイもおとなしい生き物になって反省している」
「おとなしい生き物・・・?」
「そうだ、ヒツジだ」
吹雪の更に後ろに控えて、くちゃくちゃと紙を食んでいる新庄ジュンペイ(しんじょう・ずんぺい)が横に長い目をじろりと向けています。その目が反省の色をあらわしているのかどうか、目を合わせれば襲いかかってきそうなので確認するのは止めておいたほうが賢明でしょう。
今回の球技大会に登録されたチームは計5チーム。半蔵若葉にマヤのムナカタ流サムライ&忍者トリオに斬七朗と香陽に紫苑のさわやか系が三名。そして美和とナンジャに吹雪を加えた先輩チームの三人と、更に今帰仁シュリ(なきじん・しゅり)と佐藤愛(さとう・あい)に薔薇小路綺羅(ばらこうじ・きら)が組んで4チームまでが決まったところで、孤高のカウボーイこと藤野牧男(ふじの・まきお)はふと自分がパートナー選びから漏れてしまったことに気がつきました。他人と競うべくライバルを選んでいるうちにパートナー希望を特に指名していなかったことが原因ですが、より大きな原因は単にその方がおもしろいからです。
(ど、どうしよう。俺様)
エースのジョーのように焚き火で肉を焼きながら、荒野に生きている孤高のカウボーイとしては、今更仲間に入れてもらうのはみそっかすのようで気分のよいものではありません。とはいえ、よい思案も浮かばないうちにちょっと隠れてめそめそしていたところに、地球を守る光の戦士エルドランばりに白い助けの手が伸ばされました。
「少年よ、どうしたのかね」
「いや、俺様泣いてなんかいないもん」
そんなことは誰も聞いてはいませんが、牧男が振り返った目の前には仮面をかぶった謎の白い男が立っています。男は悠然とした調子で、迷えるカウボーイに導きの言葉を与えました。
「儂はとおりすがりの謎の男、ホワイト仮面。君の窮状はよく知っている。そこで以下の中から君の助けを選ぶのだ。選ぶのだァァァァ」
そう言うとホワイト仮面と名乗る男は一昔前のバラエティ番組のようなプラカードを取り出して、寺西化学工業製のマジックインキで太く書き込まれている四つの選択肢を示します。
A 男の格闘技、ランダン流を食らえ
B 男の握り拳、ドラパンチを食らえ
C 神の左手、悪魔の右手
D 地球破壊爆弾
どれもろくなものには見えませんし、選んだところで何が変わるとも思えませんがとりあえずAだけは選んではいけないと、カウボーイの本能が全力で危険の存在を告げていました。しばらく右手に持った赤エンピツで手元の新聞にマルをつけながら悩んだあげく、やや控えめに意を決すると四つならんだ選択肢の中からCを選びます。
「なんという頭の悪い子だろう!」
絵本の世界に連れていかれてしまった牧男の叫びがむなしく響きました。
球技大会で行われる競技は三人制のハンドボールとでもいうべきもので、ルールは互いのゴールにボールを押し込んだら得点となりますが、三人の中で一人だけキーパーとなる人を選び、キーパーだけは自分のゴールエリアの中に入ることができるようになっています。ただし、ゴールエリアは地上だけなのでジャンプして空中にいる間に、地面につく前にボールを投げてシュートする行為は認められています。律動感のあるスピードとテクニック、何よりチームワークが求められるルールであると簡潔かつ丁寧に、しかも劇的で音楽的な律動さえ感じさせるミスター・ホワイト校長じきじきの説明を聞いて、
「でも人数以外はハンドボールと変わらないんですよね?」
「いや、違うところもある」
「何ですか?」
「あらゆる攻撃や武器の使用が認められることだ」
それはもう球技とは言わないのではないか、とは聞くだけ無駄というものでしょう。あらゆる勝ちは2点、引き分けは1点、負けは0点。二日間の日程で5チームによるリーグ戦全10試合を行い、上位2チームによる優勝者決定戦が行われます。ルール説明に続けて、人と助けあう、人と協力しあう、人と補いあう力もまたバスキア学園にふさわしい強さの一つですなどともっともらしい演説で締められてはいましたが、うんうんと頷いてそれを聞いているのは根がまじめな半蔵くらいのものでしょうか。
ともあれ、第一試合はその半蔵と若葉、マヤが組んだトリオに対するは斬七朗と香陽と紫苑の三人。これまでバスキア学園でのこうした戦いはより激しいバトルが中心となっていましたが、今回はいちおうルールのある球技であり勝手が異なるむきはあるかもしれません。それでも、どんな戦いであっても強くあるべきなのがバスキア学園の生徒なのです。
「ひさびさに連携で行くでござるよ、兄様!」
「うぬ!」
早くもボールを抱えると必殺、超電磁神風の体勢でぐるぐると回りはじめる半蔵に、若葉は忍法写し身の術で半蔵と似ていなくもない姿に変装するとこれもぐるぐると回り出します。そのままテイクオフ、飛び上がる半蔵と編隊飛行で追う若葉が二つの回転する雷となり、ボールを抱えたまま先制のゴールに突き刺さりました。自軍のゴールを守っているマヤにライバル心を燃やす若葉としては、ここで半蔵兄様との格好いい連携を見せつけておきたい思惑もあったでしょうか。
スピードを活かした先制攻撃で得点した忍者コンビですが、はりきりすぎた若葉は兄様の回転についていったせいで目を回しており、急ぎ戻る半蔵についていこうとする足がもつれて派手に地面を転がりまわっています。斬七朗としてはカウンターによる反撃の好機であり、愛用のカミソリ「耳なし」を抜くと研ぎすまされた刃が陽光を返しました。
「世界はこのカミソリの前に道を開くんでさぁ!」
そう言うと、ボールを破くことなくぽんぽんと刃先でリフティングを始める斬七朗。前から頭上を越えて背後、いったんバウンドさせて足の下をくぐらせると立てたカミソリの上で回転させる、その妙技にチームメイトの香陽や紫苑も感嘆の声を上げます。
「すごいなあ」
「さすがですねえ」
普通に手で取れよという声もあるかもしれませんが、走り出すと絶妙なパスワークでボールを運ぶ斬七朗。パートナーにあやかった香陽も両手に持った珈琲セットで同じことを試みていますが、さすがにぎこちなさは拭えません。速攻をかける接客ブラザーズに守るマヤは仕込みラケットを腰だめに構えると、深く息を吸って宗方流庭球術の陰の間合いを測り、踏み込みの足を揃えます。
「居合いの心得・・・『朧構』!」
全身の力を抜いた構えから、俊速のラケットが閃くとばぁんと音がしてボールが破裂しました。すさまじい一撃と、何より肝心のボールがなくなってしまったことにより試合は一時中断。白い審判がディフェンス有効の裁定を下すと斬七朗たちの攻撃は無効となり、忍者&サムライテニスが幸先よく初戦を飾りました。
続いては第二戦、自称策士のシュリが佐藤愛と彼女の可愛いペットたち、そして薔薇小路変態を連れた恐怖の三人組が登場します。
「今のでルールは充分把握できたデース」
試合順まで自分たちを祝福しているようだとばかり、自信たっぷりに断言するシュリ。魔除けとばかりに最強の盾として美しいポエマーを、そして強力な武器として愛のペットたちを用意した完璧な布陣です。もちろんその愛は彼女のかわいいペットたちを従えながら、綱をひきちぎろうとしたり、よだれを垂らしてがうがうと駆け出そうとしている獣たちをやさしくなだめていました。
「今日の球技大会はペットも参加できるんだって。頑張ろうね。ミーコ、ジョン、レオン、リリー?それにマックもよ!」
なごやかな愛の言葉に応えて、ミーコはいつものように爪をむき出してジョンは濡れたように黒く光るくちばしを持ち上げ、ジョンは機嫌よさそうにだらだらとよだれを垂れ流して毒蛇リリーはいつものようにどこかに遊びに行って姿が見えません。巨牛のマックは蹄でがしがしと地面を掘りながら、つながれた杭を今にも引き抜こうとしていました。
対するは先輩チーム、ナンジャと吹雪が攻めて美和が守るという布陣はやや変則的で、先輩と一緒でないことにナンジャが多少不平を鳴らしたもののこの組み合わせでディフェンスができそうな人と言えば残念なことに美和くらいしかいなかったでしょう。まあ何とかなるかなとフィールドに入ろうとする美和ですが、ふと、前回手にしていた杭打ち用のハンマーを吹雪にまっぷたつにされて手持ちの得物がなくなっていることに気がつきました。
「しまったな、どうしよう・・・」
きょろきょろとあたりを見回すと、やや色白のボストロールがどこからともなく現れると、ちょいちょいと自分の手にしているこぶだらけのこん棒を指し示しているのが目に入ります。何となく受け取ったそれは先がふくらんだ、重いこん棒でバランスはたいそう悪いものの、ぶんぶんと振り回す威力はなかなかのものでした。やはり剣を志す者としては得物がないと困るので、ずしりと重いボストロールのこん棒を持った美和は、何度か素振りをして手になじませます。色白のボストロールは舌をたらしたままで、軽く手をあげると関係者席に帰っていきました。
そして試合開始、まずは無尽蔵の体力を誇るカバディ使いのナンジャとカラテマンの吹雪がボールを手に前進します。これを迎え撃つのはゴールの前に設置された薔薇小路綺羅。くねくねと身体を動かしながら彼だけの恍惚に早くも浸っています。
「ああっ」(ばき)
「なんて」(ぼこ)
「ボクは」(ポキ)
知恵の輪のように複雑な姿にされてしまう綺羅。誰もがゴールを置いて美しいポエマーを狙いたくなってしまう、シュリの計算通りの特殊能力が発動されています。そして彼女のもう一つの計算である愛のペットたちに目をやると、さあ行きなさーいという愛の呑気な声を受けて、巨牛のマックを先頭にどどどと砂ぼこりを立てながら敵陣のゴールに向けて突進を始めている姿が目に入りました。
完璧な防御と強力すぎる攻撃を備えた、最強の布陣に自分は悠々とジューススタンドでルートビアーを飲んでいればいいだろうかと、余裕を見せているシュリの耳にどごぉというすさまじい音が届きます。
「やれやれ、もう決まりデースか」
軽く肩を上げて首を振るシュリ。前線に目を転じた一瞬の後に、ぐらりと巨体が揺れて地に倒れたのが巨牛のマックであることを知ると彼女の顔を驚愕が支配します。縦に振り下ろした美和のこん棒を眉間に受けたマックが一撃のもとに倒れると、その戦慄に他のペットたちに到るまで皆が呆然としているところに、ボールを抱えたナンジャがとことこと走ると軽くジャンプしてゴールに飛び込みます。
「トライなのだー」
ちょっとだけ勘違いがあるかもしれませんが、先輩チームが脅威のディフェンスからカウンターによる速攻を見せて貴重な勝利を手に入れます。
そして三戦目、どこかに連れていかれていた孤高のカウボーイがいよいよ登場します。彼の後ろには少年ジャンプ定番の、フードつきマントをかぶったシルエット姿の男が二人。相手は初陣に勝利を収めているサムライ忍者チームであり、油断をすることはできないでしょう。忍者プリンセス風の衣装に身を包んだ若葉は、これで謎の男たちがハンサムだったら楽しいだろうにと思わなくもありませんでしたが、これまでのこの学園での例を見ても期待をするだけ無駄という程度のことはさすがに理解しています。そんな若葉の思いや、観客の期待に応えるつもりか牧男はさっと手を上げると、謎の助っ人たちに威勢よく号令をかけました。
「さあ行け!カサンドラの衛視ライガ&フウガよ!」
マントを宙に捨てて駆け出したのは巨体に筋肉質な双子の兄弟、来駕太郎(らいが・たろう)と風雅太郎(ふうが・たろう)。明らかに一発ネタなので名前を覚えても意味はありませんが、マッチョな双子は参加者の人数が3で割れなかった穴を登場のインパクトだけで埋めるべく勢い込んで走るとゴールを守るマヤに襲いかかります。
「二神ッ風雷拳!」
左右を駆け抜けた間にはさまれた、マヤを鋭い斬撃が襲いますが居合いラケットの達人はしっかりと初撃を受けるとRRの仕込みラケットで弾き返し、すかさず駆け出した半蔵と若葉が速攻による反撃に移ります。
「ジトーくんはいないでござるか!?」
ふたたび写し身の術で半蔵に似ていなくもない姿にせっせと着替えると、スカイラブハリケーンで編隊飛行。ですが牧男も両手にずらりとマークシートを構えるととっておきの散在奥義、馬連全枠の乱舞を見せて忍者編隊の視界をふさぎます。激しい攻防が続きますが、両者技の出し合いをしている間にボールの存在を忘れていたことに気づいて無念のタイムアップ。痛みわけとなりました。
続いて斬七朗と香陽に紫苑のサービス満点なトリオに美和とナンジャに吹雪が対戦。剣を志している美和にとって、斬七朗のカミソリさばきは意外な脅威と敬意を覚えるに値する相手でした。剣士は剣士を識るとばかりに、こぶだらけのこん棒をゆっくりと構えて自分を指し示している美和の姿に、その意をくみ取った斬七朗も愛用の「耳なし」をすらりと抜き放ちます。香陽や紫苑も、ナンジャや吹雪でさえもこれから起こる戦いに他人の干渉が無用であることを感じさせずにはいられませんでした。ゆっくりと歩きながら、二人の剣士はフィールドの中央へと間合いを近づけていきます。
互いにさばき合う、達人同士の技は一撃で決まるものではなく斬七朗のカミソリは二連眉落としを横から仕掛けておいて円舞切り揃え六連へとつなげて必殺の雷光回し切り・改を落とす。対する美和は骨くだきで相手の初撃を押し返してから小転(こまろばし)に返して石砕無尽へとつなぎ、一刀両断にしとめる。表面上はただ近づいていくだけの二人が、互いの剣先が触れ合う前にどれほどの読み合いを展開しているか心得のない者には決して知ることはできないでしょう。
間合いを測り、動き出せばその攻防は一瞬。ゆっくりと剣先を近づけながら呼吸すら止めて、両者の射程距離を認識した瞬間に閃光が閃きました。ぎぃんと音がして、一拍を置いて一陣の風が吹くとこぶだらけのこん棒が美和の手から弾かれて、くるくると宙と回りながら背後の地面に突き立ちます。斬七朗は背筋を伸ばすと顔を上げて、ちっちっちと指をゆっくり振りました。
「お嬢さん。その腕じゃあニッポンで三番目ですぜ」
自分を親指で指し示して勝ち誇る斬七朗に、うなだれる美和。先鋒の星を失った先輩チームでは今度は自分が行かねばなるまいと、奮起した吹雪が頼りになる男の拳をかたく握りしめてから走り出しました。とはいえ倒すべき相手のゴールにはおとなしやかな紫苑がにこにこしながら首をかしげており、ナンパ師を自認している上に先のサマースクールでの戦いをやりすぎたと後悔していなくもない吹雪としては、やりにくさを感じずにはいられません。女性に手を上げるなど、ナンパ師でなくともやはり男たる者がやるべきことではないでしょう。
「そこでカラテボーイの蹴りを食らえ!」
空手家の重い足蹴りをくりだす吹雪の回し蹴りがのほほんとゴール前に立っている紫苑に襲いかかりますが、その足先が少女の横腹に突き刺さると見えた瞬間、地面からにょきにょきと蔓が伸びると何だかすごい花が姿を現して、不幸なカラテボーイを一口でぱくりと呑み込んでしまいました。
もぐもぐ動きながら花は左右に揺れて、やがて静かになるとよく冷えた珈琲とケーキセットの用意を始めていた香陽が、奇態にうごめく観葉植物の様子に感心しています。
「これがダンシングフラワーという奴だね」
「でも音楽が聞こえなくても動くんですよ」
ころころと笑う紫苑に香陽も¥0の爽やかな笑みを返します。もう一人、残っていたナンジャはアイスケーキのとりこになっていたので、とっくに使いものになりませんでした。三人とも完璧に撃破された先輩チームが痛い黒星を喫します。
そして一日目最後の試合は、思わぬ黒星スタートとなってしまったシュリに愛と可愛い&美しい獣たち、相手はカウボーイが率いるカサンドラの衛視たちとなりました。初日で失点が重なれば当然リーグ戦の厳しさは増すことになりますから、シュリとしてはより気合いを入れて、パワーアップをしたメンバーによる力を見せつけたいところです。
「・・・ああっ!」
パワーアップを図るべく先のサマースクールで商品となっていた、旭%成のサ%ンラップを全身にきつく巻きつけた綺羅が登場すると早くも一人フィーバーしています。くねくねと動くごとに締めつけるラップが美しいポエマーを責めたてると、しばらくしてぱたりと倒れてからぴくぴくと痙攣が始まりました。ヒフ呼吸ができないのが、ラップ男の弱点のようです。
「まあカエルさんみたいに泡を吹いてますわ」
「キラの油として高く売れないデースかね」
呑気に話している愛とシュリの二人ですが、かんじんのディフェンス役が倒れて変色していく状況は相手にすれば絶好の好機でしかありません。めざとく牧男が指示をすると、筋肉質な双子の兄弟がゴールエリアに飛び込んでから組んずほぐれつ美しいポエマーに襲いかかりました。
「ミツー!」
思ったよりも強力な助っ人が敵陣というか敵ポエマーを蹂躙している状況に、ちょっと得意になりかけるカウボーイ。初戦こそ引き分けとなっているものの、この勢いなら俺様もしかして行けるかもと思った瞬間、彼の目の前には不自然によだれを垂らして、全身に血管まで浮かび上がらせていきり立っている巨牛マックの姿が迫りつつありました。その遥か後方、象用の巨大な注射器を肩に担いだシュリがいまだ針の先から液体をしたたり落としながら叫びます。
「スーパーファイティングウエポノイド御用達、ケミカルサプリメントデース!」
「さあマック、カウボーイさんと遊んでらっしゃあーい」
暴走する牛の突進に牧男は砂にされてしまうと、両チームともに不幸なディフェンスの二人だけが粉みじんになって双方痛みわけに終わりました。
一日目の日程が終わって半蔵若葉マヤのサムライ忍者トリオが一歩リード、これを接客チームと先輩チームが追走するといった様子になっています。もっとも全5チームによるリーグ戦では1チームあたりの試合は四試合しかなく、いまだどのチームにも優勝戦に駒を進める可能性は残されていました。
「この試合で勝てば、ほぼ進出が確定するでござるよ!」
意気上がっているのは若葉です。これまで失点はわずかに1、残りは二試合でここを勝てば次を負けても失点3であり、よほどのことがない限りは優勝戦進出をほぼ決めることができそうです。相手は美和とナンジャに吹雪の三人、格闘者がそろったチームであり、しかも得点二位で追走されている相手でもあって侮ることはできないでしょう。
「でも吹雪殿はもっと元気を出して、どばーで、がおーでないといかんでござる」
若葉が見て吹雪に元気がない理由とやらが、先のサマースクールが原因なのか昨日の何だかすごい花にもぐもぐされたのが原因かはいまひとつ分かりません。でもとりあえず勝負は勝負なので一気に攻めきるべく、開始と同時にジャンプ一番、若葉がボールを掴むとこれを大きく空中に放り投げました。
宙に投げ上がったボールを見て、すかさずゴール前にいたマヤもカゴに詰め込んだ多量のテニスボールを一斉に宙に放り上げて、ストライクスマッシュの連弾を打ち放って援護を行います。更に空中に飛び上がった半蔵が回転しながらボールの間をかいくぐって飛行、ついでに先ほどボールを投げていた若葉も手近にあったヤカンや缶詰、バラコウジキラを手当たり次第に投げつけます。空中をわけの分からないもので満たして、ディフェンスを撹乱する名づけてペガサス流星群攻撃、単純な発想ではあるものの、確かにこれだけ視界を塞がれては美和といえどもどれを打ち返せばよいのか分かりません。
「いや待ちなあーっ!ここは因縁的に俺の宇宙空手を見せてやるぜッ!」
そう言うと美和の守るゴールを遮るかのように、虹村億泰ばりに画面横からスライドして現れた吹雪がぶん、ぶんと空手の型を披露します。ふつうに突き、へいぼんな蹴り、ありがちな投げの型まで充分に見せるとしっかりと身体があたたまったところで、ズボンの後ろポケットから取り出したマイクを手にしておもむろに唄い始めました。
もやせもやせ真っ赤にもやせ 怒る心に火をつけろ
たおせたおせ力のかぎり お前の空手を見せてやれ
あかね色の 朝焼け
陽をあびて きらめく巨体
まなざしは未来をみつめ やがてくる平和をいのる
呼んでる 呼んでる
ダイモスダイモス闘将ダイモス
みんながお前を 呼んでる
歌詞が終わると同時に、どこからともなくWDF社謹製巨大ロボットが現れるとフリーザーストーム(冷凍光線)で飛んでくるボールやヤカンや若葉や半蔵兄様やついでにバラコウジキラを凍りつかせた後、ファイヤーブリザード(炎の竜巻)で空高くへと舞い上げます。そして落ちてきたところに吹雪が必殺の正拳突きを食らわせる、これがアイザムの超弾性金属をも破壊する必殺烈風正拳突きでした。
ぼこっ
落ちてきたボールをとどめの正拳が打つと、累々と屍の並ぶフィールド上をぽんぽん転がったボールがゴールへと向かいますが、足元まで来たところでマヤががっちりとセーブ。両者決め手がないままにタイムアップとなり惜しくも引き分けとなりました。
競技フィールドが凍ったり炎に包まれたりとたいへんなことになったところで一時中断、続いては斬七朗と香陽に紫苑、対するはカウボーイ&ブラザーズが登場します。どちらも優勝戦に進むためには、ここで白星を手に入れて優位に立っておきたいところでしょう。8時だよ全員集合のコントが終わった直後のようにてきぱきとしたスピードで、競技フィールドを直すべく地面がならされてラインがひき直されるとゴールの位置も合わせて、座席とカウンターを揃えてから南国風の観葉植物まで並べられると適度に効かされた冷房がかかり、玄関マットまできちんと敷かれたところで試合は再開となります。
「いらっしゃいませー!」
「どうぞ、冷たいお水とおしぼりでございます」
「旦那方、さっぱりと切り揃えてあげやすぜ!」
爽やかな挨拶でお客様を出迎える香陽の声が店内にひびき、ウェイトレスっぽく冷水とおしぼりを出しながら夏向けのメニューを差し出す紫苑、そして斬七朗が清潔な布をひるがえすとさっそく毛足から仕上げにかかりました。手早くカウボーイたちを切り揃えると同時に、しっかりと煮出してからよく冷やした珈琲と美味しいアイスケーキのセットを手にした香陽が、流れるような仕草でソーサーやカップを並べていきます。
すっかり機嫌をよくした牧男はまるで偉くなったような気分で、耳に挿していた赤えんぴつを手に取ると新聞を広げて予想を始めます。もちろん、この試合の予想でした。
接客トリオもカウボーイ&ブラザーズも末脚勝負の爆発力があるコンビネーションに対してはなかなか優れたものがある一方で、気性難が出ればそれらの負担はすべてディフェンスにかかることになります。例えば攻勢の得意なチームは相手の攻めを攻めで返すこともできるでしょうし、守勢に強いチームであればしっかり受け切ったところで少ない機会の反撃を確実に狙うこともできるでしょう。ですが彼らの場合は攻撃には守りで対することが常であり、ある意味ではもっともオーソドックスな戦法を得意としていると言えなくもありません。
「それだけに相手のペースで攻められているときにこそ、ディフェンスには最大の負担がかかる。つまり今の状況では俺様ひとたまりもないということだ」
そこまで言ったところで、はっとして今が試合中であることを思い出したカウボーイがスツールから腰を浮かせます。せっかく隙をついてライガとフウガがボールをゴールに押し込んでいるところでしたが、もっと隙だらけの牧男は思いきりゴールを空にしていましたから、あわてて戻ろうとしたところに斬七朗の雷光回し切り・改が閃くとカウボーイをこんがりローストカウボーイに変えてしまいました。両チームともディフェンスの負荷を支えきることができず、両者にとって厳しい引き分けとなります。
残るは三試合、先の試合で引き分けを喫したサムライ忍者トリオもここで引き分け以上なら優勝戦か、または進出決定戦への出場がほぼ確定します。もちろん勝利であればリーグ突破が決まることもあり、ここは自力で一抜けを決めたいところでしょう。相手となるシュリに愛、そして美獣の三人は二試合を残した状態ですでに失点は3と後がない状態であり、残り二連勝が絶対条件となっています。なりふり構ってなどいられず勝ちにこだわりたいところですが、もともと死神ナースことシュリは勝つためになりふりを構うような性格はしていません。
「そこで新兵器デース!」
シュリが披露したのは全身にくくりつけた電極から、ばちばちと火花を飛び散らせて放電している巨牛マックでした。
「この『戦車』で敵はひきにくになってしまうのデース」
「まあ。ひきにくはきっとレオンもよろこびますわ」
がうがうとよだれを垂らして尾を振っている、黒犬レオンを後にして愛と一緒に巨牛の背にまたがると、背に担いだシュリ専用AED(違法改造自動体外式除細動器)の目盛りをかちかちと回して電圧を上げる死神看護婦。青白い火花を散らし、突進を始める巨大な牛を前にして、ゴール前に立ちはだかるのは宗方流庭球の陰を使いこなすマヤの仕込みラケットが一本あるのみです。ここは任せてとばかり、ずしりと重さのあるラケットを腰だめに構えると、数弾のストライクスマッシュを打ち放ちますが蒼い流星のように光をまとって突進する巨牛にはテニスボールなど弾かれてしまい効果がある筈もありません。
であればチャンスはただ一度、ラケットの間合いに入る一瞬における一撃のみ。マヤは昨日、同じマックを美和がこん棒の一撃で伏せていた剣筋を脳裏に思い描いていました。その軌跡も技も間合いも違えど、呼吸においてのみ達人の技はこれを等しくするならん也。
「心眼の太刀筋・・・『暁雲断刃』!」
心眼はまやかしや超能力にあらず、目で見ずとも技の軌跡を身体が識るが故の閃きを指しています。ただ一つの間合いにおいて、あらゆる一刃に勝る一刃こそが宗方流に伝わる心眼の太刀筋でした。額から縦一文字に斬られた巨牛の赤いしぶきが舞い、今回災難が続いている愛の可愛いマックはふたたびずしんと音を立てて倒れると二度と動きません(死んでません)。
「よし!服足クン、若葉、カウンター!」
見事な技を見せた、テニス少女の声を受けて伊賀忍者コンビもすでに駆け出しています。ボールを抱えた半蔵が回転していつもの二倍のジャンプ、その半蔵を背後から抱えた若葉がいつもの三倍の回転を加えてバッファローマンを上回る1200万パワーのスクリュードライバーが一直線にゴールを目指して飛びました。これを受けるのは美しいポエマー、誰もがくちゃくちゃにされた元ポエマーの残骸を思い浮かべていましたが、先ほどの吹雪の熱唱に触発されていた綺羅のインスピレーションもここで爆発します。
奥さま まあ 何をつぶやいていらっしゃいますの
どうしてお口が かすかに動くのでしょう
いつもひとりごとをおっしゃいます
ぶどう酒をすするときにもまして 愛らしく
奥さまはあなたの上唇や下唇にもうひと組の唇を
ひきよせようと思っていらっしゃいますの
わたくし接吻したいのよ キス と口で言ったの
ごらんあそばせ あやしい暗闇のなかで
枝という枝は花をつけてきらきらひかり
星が空からつぎつぎにまたたき
いま 月の無数の紅玉の光が 木の繁みをとおして
エメラルドのようにきらめいています それなのに
奥さまのお心はすべてから離れていらっしゃいます
わたくし接吻したいのよ キス と口で言ったの
奥さまのいとしい方も 遠く離れて
甘酸っぱいお気持ちを 同じように経験され
不幸なご幸福を感じておいでですわ
満月にはおたがいにことばを交わそうと
おふたりは固くきよらかにお誓いになりました
さあ いまがその時でございますよ
わたくし接吻したいのよ キス と口で言ったの
そのあまりのインスピレーションに綺羅の卑猥なアップが近づいてくる様を想像してしまった若葉は、思わず空中でバランスを崩すと半蔵を抱えたまま切りもみ回転、必殺飯綱落とし・改の一撃がサイドキン肉バスターのように壁面に突き刺さりました。ばたばたともがいてから、ようやく抜けるとそのまま地面に落下、せっかくなので今度は正調飯綱落としで半蔵兄様を地面に叩きつけてしまいます。今度こそぴくりとも動かなくなった半蔵に、若葉はどこか遠くを見る目になってからぽつりとつぶやきます。
「兄様・・・尊敬できる格好いい人でした(死んでません)」
こうして両者の対決は引き分け、シュリや愛は脱落となって優勝戦進出の望みを絶たれてしまいますが、サムライ忍者たちも残り試合の結果によっては決定戦が必要になるかもしれません。残るは二試合、失点3同士で並んでいる先輩チームとカウボーイ&ブラザーズの激突です。どちらも勝利すれば失点3のまま、サムライ忍者と点数が並ぶことになりました。
「さあ行け!俺様の忠実な僕たちよ!」
牧男の声に駆け出すライガ&フウガを迎え撃つべく、吹雪とナンジャも駆け出します。場面は遠景から、両雄がフィールドの丁度中央にさしかかったところで激突すると激しい衝撃音が聞こえてラグビーのスクラムのように力比べ。圧倒的な体格差のあるナンジャがどう考えても不利ですが、そこはカラテボーイが力比べをしながらもがしがしと蹴たぐりを入れることでちょっと卑怯なサポートを見せていました。ですが巨漢男にげしげし蹴りを入れる吹雪の様子に、ナンジャもなるほどという顔を見せています。
苦手なカレーから逃れるために印度から渡航してきたナンジャは野球のルールといえばキャプテン翼のアクセルキャノンシュートくらいしか知りませんでしたが、いずれにしてもひたすら走り回るのが好きで足を使うことだけは得意だったので、これは面白そうだと吹雪のまねをしてみることにしました。
げし、げし、げし。
げし、げし、げし。
げし、げし、げし、なのだー!
足元への思わぬ集中攻撃に、双子の動きが鈍ります。このままではトキの牢獄に向かうただ一つの道が閉ざされてしまうかもしれません。
「ふ、塞いではならぬ!この通路はあの男への希望、そして恐怖に支配されている者たちの明日への希望!」
「ああ!あの男に賭けた以上、俺たちもこのくらいの血は流さねばならん!」
わけの分からないことを口走りながら、巨漢の双子は厳しさを増す攻撃に耐え続けています。このまま長期戦になって時間切れに終われば、両者ともに得失点差で大きく後退することは避けられないでしょう。ですが組み合ってひたすらげしげしと足を蹴っているナンジャもだんだん飽きてきてしまい、今度はえいっと足をまっすぐ上に蹴り上げました。
インド娘の蹴り足がナットショットに命中すると、おおぅという声が上がって力の抜ける巨漢。均衡が崩れた瞬間、一瞬早く駆け出したナンジャがボールを抱えて快速で走り出すと、ただ一度の機会とばかりにゴールを守る牧男に向かいます。ここは俺様大ピンチとばかりに構えるカウボーイですが、これまで引き分けを続けても負けのなかった彼らのゴールを守り続けていたのは牧男でした。ここで華麗なファイナルセーブを見せることで、こちらも最後のカウンターを狙う機会が生まれるかもしれません。ずらりと構えたマークシートがばらまかれ、乱舞する紙片がナンジャの視界を塞ぎました。
「それでも突撃なのだーっ!」
いっそ目をつぶって突進するナンジャですが、もとからあまりまわりを見て突進する性格でもないでしょうからあまり変わりはないのかもしれません。そのままためらうこともなく牧男と正面から激突すると、両者こんがらがるようにして一緒にゴールに飛び込んでしまいます。それでも抱えたままであったナンジャのボールが殊勲の得点となり、カウボーイズは無念の脱落となりました。でも本当はもしかするとゴール上の攻防が反則プレイになるかもしれませんが、どちらにしても乱舞するマークシートでよく見えなかったので関係ないですね!
こうしてリーグ戦は最後の一試合を残すのみ。ここまでサムライ忍者と先輩チームが失点3で並んでいますが、斬七朗香陽紫苑の接客トリオが勝つことができれば、3チームが同点で並ぶことになります。相手となるシュリに愛、ポエマーの三人はすでに優勝決定戦進出の望みは絶たれていましたが、策士らしくいやがらせをしようというのであればここで引き分け以上に持ち込むことができれば上位2チームが決定します。
「いやがらせの趣味はありませんけど、どうせならいい目にはあいたいデースね」
そこで策士を自認するシュリは、こっそりと紫苑にかけあうと試合開始と同時に先ほど使われていた座席やカウンターといった珈琲店セットを組み上げ始めます。冷房が適度に効いた空調とゆったりできる南国リゾートテイストの客席を並べてから、まずは薔薇小路綺羅をつれてくると血圧測定器の太いチューブを首に巻きつけて(良い子はまねをしないでください)しゅこしゅこと空気を送り込みはじめました。
「悩殺・血圧測定デース!」
だんだんと綺羅の顔色が赤くなって青くなり、白くなってから血圧がきわめて低めに安定したことを確認すると、香陽がカウンターに入ってシュリと愛に紫苑の三人は時ならぬお茶会に参加します。斬七朗も愛のペットたちのトリミングを始めて両者和やかな雰囲気のままでタイムアップ。マヤや若葉に美和といった、優勝決定戦進出を決めたチームの女子生徒たちにとってはどこか納得のしがたい内容となりました。
こうしてリーグ戦のすべての試合を終えて、半蔵に若葉とマヤのサムライ忍者トリオ、そして美和とナンジャに吹雪の先輩チームがともに勝ち点を5に伸ばして優勝決定戦へと駒を進めます。リーグ中の直接対決では、吹雪が必殺の烈風正拳突きを放ち周囲を地獄絵図に変えたものの双方の守りを破ることはできずに、引き分けとなった試合の再戦ともなりました。
伊賀忍者コンビのコンビネーションによる、高い攻撃力が売りのサムライ忍者ですが戦績としては一勝三引き分けと敗戦がなく、ゴールを守るマヤの安定感を感じさせずにはいられません。一方で先輩チームは斬七朗に撃破された黒星を入れて二勝一敗一引き分けとなっており、戦法としては美和がしのぎ切ったところで吹雪かナンジャのどちらかが単独で決めるという守りを重視してのカウンター攻撃が主体となっています。
「先輩の剣さばき、ひさびさに見せてもらうからね!」
「だから先輩じゃないって」
二人の少女剣士たちはそれぞれが互いの得物である、仕込みラケットとこぶだらけのこん棒を構えました。マヤは居合いによる俊速の一撃を旨としており、美和はコンビネーションを絡めた連続攻撃を得意としています。そして攻撃にまわるメンバーは彼女たちを破らねばゴールを手に入れることは叶いません。優勝決定戦では引き分けはなし、決斗勝負は決着がつくまで続けられるのです。
「妙技、蜘蛛の巣でござるー!」
試合開始と同時に、空中に投げ上げられたボールに向けて若葉が分銅つきの投げ縄を飛ばします。網のように広がった投げ縄がボールを捕らえると高くジャンプ、しっかりとボールを抱えたところで、快速で走る半蔵の頭の上に着地するとその上にすくりと立ちました。今度は空中戦ではなく、地上戦から立体的な攻めを狙うつもりでいるのは明白です。オフェンスを置いて、これを迎撃に出たのはナンジャでした。
「カバディカバディカバディカバディシュートカバディカバディカバディホームランカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ!」
相手が高さを見せるならばこちらは広さで勝負とばかりに、ナンジャは息の続くかぎりカバディを連呼しながら無尽蔵の体力で走り回って一人防衛線を構築します。周囲には足の踏み場もないくらいにナンジャが入り乱れており、このままでは地上側の半蔵の動きが封じられることは時間の問題でしたが、これを援護すべく背後から数弾のテニスボールが飛来すると一体ずつナンジャたちを撃破していきました。
「服足クン、攻めてー!」
マヤが空けた透き間に飛び込むように走り込む半蔵に、続けて男の拳を構えた吹雪が立ちはだかります。テニスボールが空けた谷間を塞ぐ番人のように立つ吹雪ですが、若葉と半蔵が上下に分かれた二対一の体勢にあることを思えば、有利な状況にあるのは忍者コンビの方でした。この状況ならおそらく半蔵を狙って打ちかかってくるであろうカラテマンの攻撃に、頭上から若葉が飛んでゴールを狙えるにちがいありません。しかし半蔵は吹雪がこの時、首に長いマフラーを巻いて気合いを入れていることに気がつかなかったのです。
「とうっ!」
かけ声とともに両手を伸ばし、回転しながら高くジャンプ、吹雪の思わぬ積極的な攻めに先手を取られた半蔵は若葉を離陸させることができず、ライダーばりの飛び蹴りで頭上の若葉が打ち落とされるとこぼれたボールが地面に転がりました。そしてこれあるを予期して、吹雪の背後から俊速で駆け出していた美和がこぶだらけのこん棒をフルスイングするナイスショット、山なりに上がったボールはまっすぐにマヤが待っているゴール前へと飛んでいきます。美和の意図を正確に読みとったのはマヤだけではなく、二人の剣士がボールの落下予測地点まで駆け出すと他の者たちはそれを囲うように少し離れた場所に立ち止まりました。
「へーえ。先輩から仕掛けて来るなんてめずらしいね」
「だから先輩じゃないんだけど・・・まあ、たまにはいいんじゃない?」
ぶんとひと振り、こぶだらけの重いこん棒が空を切ると正面に構える美和。対するマヤは腰に差しているラケットの柄を握って腰を落とした、ただ一閃によって相手を切り伏せる構えを見せます。
両者対峙、皆が固唾を呑んで見守る中で、二人の少女がゆっくりと間合いを詰めていきますがその時間は決して長いものではありません。頭上から落ちてくる、ボールの軌跡が彼女たちが立つ丁度中間の一点に下りてこようとしていました。
「居合いの心得・・・」
「一刀、両断!」
ぎぃん、と音がして両者の剣撃が交錯しますが、それは相手ではなく同時にボールを打ったものでした。左右からの衝撃に挟まれたボールはもう一度、両者の力の均衡を示しているかのように垂直に飛び上がるとどちらのゴールにも寄らずまっすぐ彼女たちの間に落ちてきます。完全に互角の打ち合い、ですが落ちてくるボールの動きに、片方の少女は会心の笑みを浮かべました。
「・・・よしっ!」
美和が軽く拳を握り、地面に落ちると同時にすさまじい回転のかかっていたボールは弾かれるとまっすぐに無人のゴールエリアへとバウンドして、吸い込まれるようにネットに突き刺さります。おそらくは、すぐに反応することでそれを阻止することもできたのでしょうがマヤも若葉も半蔵も、剣士たちの勝負に水を差そうとはしなかったのです。勝負を決める笛が高らかに鳴る音を聞くと、マヤは小さく首を振ってから素直に敗北を認めました。
「やれやれ。まさか、あの状態で回転をかけることまで考えるとはね。残念だけどボクの負けだよ」
「ありがと。また打ち合いましょうね」
軽くウインクする美和。こうして、球技大会は美和とナンジャに吹雪の三人が優勝を決めました。
その日の帰り道、優勝を決めてご機嫌のナンジャをいつものようにぶら下げながら歩いていた美和ですが、借りていたボストロールのこん棒はマヤとの打ち合いのせいか、ひびが入っており直しておかないと長く持ちそうにはありません。
後ろに従うように歩いていた吹雪としては、先のサマースクールに続いての優勝で多少は面目を躍如できたのではないかと安堵の思いがありましたが、しばらく先輩には頭が上がりそうにない点では変わらなかったでしょう。
「あれ?あっちの道って一方通行になってたかしら?」
ふと、差し込んだ夕陽に目を細めた美和が視線を伸ばした先の道端にある、DIO様が首を切り落とすのにぴったりの先の丸い道路標識が目に入ります。その様子になぜだか理由は分かりませんが、背筋に冷たい汗がしたたり落ちるのを吹雪は止めることができずにいました。
(まさか・・・なぁ)
† つづく †
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