10月〜体育祭〜
東京コーヤクランド。そこは東京都の埋立地に位置するフロンティアであり、野心ある多くの者たちが夢を追いつづけた挙げ句荒野に屍をさらしても、なお成功を目指して足跡を広げ続けた歴史を持つ希望と挫折に覆われた大地、フロンティア・スピリットの息づく大地です。
長い開拓時代の歴史において、凶猛な未開の現地人の襲撃だけではなく、それ以上に勇猛な友邦の策略によってどれだけ多くの血が流されてきたことでしょうか。一つの成功は多くの嫉視と反感を生み出し、それでも人は残されたわずかな成功への道を諦めずにこのサボテンと岩石に覆われた地表を走っていたのです。蹄ある馬のいななきと滑空するコンドルの鳴き声、そして吹き抜ける風の音だけが彼らの慣れ親しんだ子守歌でした。
「そんな俺様、格好よすぎるぜ・・・」
愛馬メイ%ョウドトウにまたがって、藤野牧男(ふじの・まきお)はカウボーイにふさわしい感慨に浸っています。確率研究会に所属する競馬好きな牧男にとって、この御台場の地に設けられた私立バスキア学園高等学校での生活は荒野を行くに等しい苛烈な人生そのものでした。
サバイバル修学制度と通称されるバスキア学園独特の教育方針、「強くあれ」をモットーに学生同士による切磋琢磨を必要以上に推奨しているこの学園で、一つの授業や一つの行事、一つの生活で生き残ることは他人が思う以上の苦難とスリルを生み出しています。そして牧男のように、スリルを求めて生きる者にとってこの学園はフロンティア・スピリットが息づく彼らの魂の聖地でした。
「Rollin’Rollin’Rollin’・・・」
ローハイドのテーマを口ずさみながら、牧男はふさ飾りのついたテンガロンハットを被りなおすと、革手袋で愛馬の首筋をぽんと叩いてから彼のフロンティアへと足を踏み入れます。始業ベルの響く音を聞いて、カウボーイはさっそうと馬を疾駆させました。
前東京都知事アオシオ・マユキによって放棄されたフロンティア。埋立地に設けられた広大な敷地である、中止された都市博の跡地を買い取った謎の私企業WDF社と謎の校長ミスター・ホワイトによって建設された、私立バスキア学園高等学校の巨大な施設群。
その中でも中央広場を臨むフラヴィウス競技場は校長が自ら石材を担いで建てたとも言われる勇壮な建築物であり、大理石貼りのコンクリートの建物は周囲をぐるりと囲うアーチとそれぞれを飾る彫像によって彩られた、収容人員五万人超の巨大な建造物でした。黄金宮殿に面する人造湖跡に構えられた、地上四階建てに地下室まで設けられた競技場の内部は手動とはいえエレベータや開閉式ドーム天井までを備え、市内から猛獣を直接搬入できる地下通路を設けており、地下水路を利用して競技場に水を満たした模擬海戦までできたという冗談のような代物です。
「それはコロッセオでござるよ!」
秋だどっこい体育祭だ、とばかりに気合いを入れている葵若葉(あおい・わかば)は伊賀の忍者の里出身。もともといつだって気合いを入れるのにやぶさかではない忍者娘ですが、里では落ちこぼれでも逃げ足だけは取り柄だと言われた若葉は走ることにかけては彼女なりに自信がありました。体育祭ともなれば彼女の快速を活かす格好の舞台になる筈であり、そんな若葉の気合いはこの日に向けて行われた数々の特訓にも現れていたでしょう。
「思い出すでござるよ、先週土曜日の特訓の日々!」
「あー、えーと。そーだな」
若葉の後ろに立っている、土曜日の特訓とやらのパートナーをしていたらしい龍波吹雪(たつなみ・ふぶき)が指先で頭をかいています。二人でともに転がる大岩に追い立てられて逃げた日々、丸木に捕まって滝壷に落ちた日々、海岸で棒の上に立って鶴のポーズを決めた日々。
そんな特訓をしたらどうだろうかとマヤクド%ルド東京コーヤクランド支店でフィレオフィッシュバーガーセットを吹雪に奢らせた、そんな土曜日の情景が若葉の脳裏には浮かんでいます。
「あー、なんだ若葉。それなんだけど・・・」
「どうしたでござるか?吹雪殿」
多少、美化された記憶を反芻しながら来る体育祭へと思いを馳せていた若葉に、やや気が咎めるふうに吹雪が声をかけています。特訓の記憶と思い出に感謝をされるか、体育祭に向けてともに気合いを入れるか、そのどちらでもない吹雪の煮えきらない様子に若葉が怪訝な顔を見せると、忍者娘の疑問に龍波荒神流の跡取りであるカラテボーイは答えました。
「いや、俺達体育祭ではクラスが違うみたいなんだ」
「ええーでござるーっ!?」
大袈裟に驚いてみせる若葉。私立バスキア学園ではサバイバル修学制度に象徴される、徹底した個人主義が存在する一方で行事があるごとにチームや組み合わせといったものが適当に編成されていました。今回の体育祭は赤組と星条旗組の2クラスに分かれての対抗戦を行うということで若葉は赤組、吹雪は星条旗組に所属。つまり若葉は敵と一緒に特訓を行っていたことになるのです!
「さては吹雪殿!貴様敵のスパイでござるな!」
敵陣に潜り込んで様子を探ろうとしていたにちがいない姑息なスパイに、すかさず若葉は苦無手裏剣を放つと貫通弾が縦一列に並んで吹雪に突き立てます。友人を襲った突然の不幸がカラテボーイを仰向けにどうと倒してしまうと、忍者娘は特訓の日々と楽しい思い出を無駄にしないためにも、来る体育祭での勝利を今は亡き吹雪(死んでません)に誓うのでした。赤い夕陽がせつなげな光で、若葉の頬を染めています。
芝生に照り返す秋の日差しと肌に暖かい風。剣道部の練習を終えて少し汗ばんだ身体にいつものように竹刀袋を肩に担ぎ、胴着の入っている布袋とナンジャさん(なんじゃさん)をぶら下げた桐生美和(きりゅう・みわ)が学園の武道場から出てきました。
所属していた日舞部が部員不足で休部になってしまったため、剣道部に仮入部をしていた美和はどうも彼女の天分っぽい実力を発揮して一年生にして早くも部内屈指の腕前を発揮しているようです。最近剣以外の何かを振り回しすぎていると、一から剣の道をやりなおそうとしていた彼女としては、この際だからと真面目に剣道部に打ち込んでみるのも悪くないかと考えていました。
「ほらナンジャ、竹刀が曲がっちゃうでしょ」
「えー、大丈夫なのだー」
ぶらぶらとポニーテールを揺らしながら、不満そうに口を尖らせているナンジャですが、美和の言葉に逆らうべくもなく素直に地面に下りると、ある種の小動物のようにとことことその後を追いかけます。
印度出身のカバディ娘は最近メンバーが増えたらしいカバディ同好会に所属しており、そちらの練習も忙しい筈でしたがもちろんナンジャが敬愛する桐生先輩のお帰りを待たない訳にはいきません。無尽蔵の体力でただひたすら走り回ることと、先輩の回りをぐるぐる回ることにかけてはナンジャもまた学園屈指の快速娘でした。
体育祭では美和はナンジャと揃って星条旗組に所属。すでに発表されているメンバーの名前を頭に浮かべながら、とはいえどんな競技やルールが用意されているかも分からぬ体育祭ではたいした作戦が立てられるとも思えません。
であればいっそ、普通の高校生らしくあまり深いことを考えずに、素直にナンジャと体育祭を楽しむのもいいかと美和は考えていました。学内でも数少ない常識人を自認している彼女としては、可能であれば普通の学園生活を送れないものだろうかと未だに無駄で無益で無用な望みを心に抱いているのです。
「あれ?あの人・・・」
視線を向けた先、ちらりと見えた女生徒の後ろ姿に足を止める美和。そういえば最近学園に転入生が来たらしく、何でもフランスからの帰国子女でたいへんな才女であるという評判を聞いた覚えがあり、体育祭の名簿にも初めて見る名が記されていたことを彼女は思い出しました。名字はたしか四条、下の名前は何といったでしょうか。
自分に向けられている興味の視線には気付かず、時計のように正確な足取りを校舎に向けている四条此花(しじょう・このはな)は迷いのない歩みで謎の校長室へと向かっています。農業大国フランスから最近、日本に戻ってきたばかりの此花は海の向こうでは広報部に所属、学内新聞をすべて暗号に変えてそれと解析した生徒たちとの熾烈な攻防を繰り広げたという経歴を持っていました。最先端の情報分野を生きる彼女に、巷間の下馬評では生徒会広報部の地位を用意されることが確実視されています。
「四条此花、参りました」
「時間に正確だな。入りたまえ」
招かれて校長室に入る此花に、謎の校長ミスター・ホワイトは用意していた椅子と珈琲を指し示すと鷹揚な歓迎の意を表します。直前まで会っていたらしい面会者か、彼女と入れ違いに部屋を出ていった不思議な動物の姿に一瞬、此花は眼鏡越しに奇異な視線を向けますがすぐに校長へと向き直りました。転入生の視線を理解したミスター・ホワイトはあれはたいしたものではないと前置きをした上で、バスキア学園に入学するにあたってのお定まりの期待と激励の言葉を与えます。国際化、情報化が進む社会の流れの中で此花のような生徒は期待の存在であるに違いありません。
謎の校長は続けて彼女の留学先での活動と成績を評価して生徒会広報部への所属を認めること、同時に内国安全保障局長の肩書きを与えることが告げられました。此花は軽く頭を下げてそれを受けながら、しごく冷静な声でもっともな問いを発します。
「なぜ生徒会広報部なのに内国安全保障局長なんですか?」
「秘密だ」
明快な回答を得ると、フランス帰りの才女はもう一度深い礼をしてから校長室を後にします。広報部として来る体育祭への準備をしなければならない、と思う彼女は生徒会の中にいくつかの非公式な名称がつけられた複数の部局が存在するということを、この時はまだ知らなかったのです。
秋晴れの空の下、東京湾を吹き抜ける風は潮風というよりも暖かみを含んだ空気となって若い肌に心地よく、戦いに備える学生たちを包んでいます。
好天に恵まれた私立バスキア学園秋の体育祭、共産的な弱者救済をうたう赤組とフリーダムな自由競争を奨励する星条旗組の2クラスに分けられての対抗戦は、いくつかの個人種目を含む競技が行われていく中で、全体のプログラム中でクラス対抗競技として大きな位置を占めているのが午前中の二種目である玉入れとリレー、そして午後の二種目である応援合戦に棒倒しとなっていました。
「そこで今回は体育祭に相応しいジュンペイを用意してみた」
星条旗組の生徒が集まる一角、紹介する吹雪が引っ張っている縄の先につながれた新庄ジュンペイ(しんじょう・ずんぺい)は、首の長いダチョウによく似た生き物でした。
地上で最も速いトリは輸送のストレスもあったのでしょうか、両手をばさばさと動かしてバランスをとりながら、長い首をめぐらせてあたりを警戒しています。
ぐえぐえとノドを鳴らしている、そんな新庄ジュンペイの姿にナンジャは遠くインドのサバンナを思い出して、今でも肌に感じられそうな故郷の風を懐かしんでいました。彼女がまだ幼かった頃、親戚のジープに乗せられて連れられた自然保護区にはサイやゾウ、ガゼルやキリンといった生き物がキリマンジャロの遠景を背に見渡すばかりの地平線に囲まれて走り回っていたものです。
「フラミンゴが一斉に飛ぶと空が暗くなったのだー」
「ナンジャ、そこはインドなの・・・?」
体育祭最初の競技である玉入れは金属製の高いポールの上についたカゴに向けて、あちこちに散らばったボールを投げ入れて数を競うというしごくまっとうなもの。星条旗組からは縄を解かれたダチョウに加えてカミソリ斬七朗(かみそり・ざんしちろう)と今帰仁シュリ(なきじん・しゅり)のトリオが参戦、対する赤組からは愛馬メイショウド%ウを駆るカウボーイに加えてサムライテニス娘の藤原マヤ(ふじわら・まや)にお花大好き和風娘の広野紫苑(ひろの・しおん)が登場します。
サラブレッドを駆る、当然のように馬上姿の牧男は人に比べて頭二つは背が高く、高さを要求されるだろうこの手の競技には格好の人選に違いありません。ほんのちょぴっとだけ卑怯に思えなくもありませんが、カウボーイにとって馬は自分の足も同然なのです。
両軍が構えた短い静寂をへて、ぱぁんと秋空に響いた開始の号砲とともに走り出すと、フィールドに散らばるボールを一斉に拾い集める生徒たち。ですがここで赤組と星条旗組、両チームとも大きな誤算があったことに気が付きました。
ばたばたと走り回るダチョウは走ることには向いていても玉入れにはあまり向いていない生き物であること、そして馬上のカウボーイは高いところにいても地面に転がるボールを拾うのにはやはり適していません。仕方ないのでカゴのまわりをぐるぐると駆け回っている馬とダチョウは体育祭に相応しい勇壮な場面を見せている一方で、二人とも何一つ、石より役に立っていませんでした。
「でも球技ならこっちが本職だからね」
「やっぱり玉入れも球技なんですか?」
「もっちろん!」
二人ほど役に立たないので、残る四人で行われることになった玉入れ。おっとりとした声で尋ねる紫苑に答えて、テニス部で嫌になるほど球ひろいに慣れているマヤは転がるボールを器用にラケットで跳ね上げるとぽんぽん弾いてから驚くほど正確にカゴに放り込んでいます。ギャラリーから歓声が上がるほどの技は彼女の部活動での様子を窺わせるもので、その声を自分に向けられたものだと信じているカウボーイも満足そうに走りながら馬上で手を振っています。
「まあ。すごいですねぇ」
マヤほどの量産はできないまでも、紫苑もひろったボールの一つ一つに丁寧に活け花を突き立ててから、器用にカゴにボールを投げ入れていました。玉入れよりもカゴをお花で飾ることが目的になっているように見えなくもありませんが、彼女にとっては「強く正しく美しく」の広野家家訓を守っての行為なのでしょう。もしも玉入れにも芸術点があるならば、紫苑が飾る赤組のカゴは確かに艶やかで美しい姿を見せていました。
強敵の思わぬ連携に対抗して、自分には星条旗組を率いる権利とそれにふさわしい力量があると確信している自称策士の今帰仁シュリは、メリケン人らしい分担作業を思い立つと走り回るダチョウを縄で捕まえてから殊更にボールの間に飛び込ませます。これで跳ね上がったボールを斬七朗のカミソリさばきで弾いて、カゴに放り入れようというのが彼女の作戦でした。
「後は任せたデース!」
「おおよ、こいつが職人の技でさぁ!」
無数の閃光が走る華麗なカミソリが、無数に舞い上がるボールを次々に宙へと放り上げています。ただ投げるだけではなく、ボールの表面に塗られたシェービングクリームまできれいに剃られているのはかつて「殺しの床屋」とさえ呼ばれた斬七朗の技の冴えでした。空気を張ったゴム風船に傷一つつけぬカミソリさばきにとって、宙を舞うボールの一つがどれほどのものであったでしょうか。
「見なせぇ!雷光、回し斬りィ!」
「これが心眼の太刀筋、『暁雲断刃』!」
終了間際の最後の一閃、斬七朗のカミソリと同時に、マヤのラケットからも放たれた剣技が閃くと、ぽんと軽い音を立てて放物線を描いたボールが頭上のカゴに同時に放り込まれます。すばらしい技術の攻防に沸き上がった、周囲の歓声を全身で受ける馬上姿のカウボーイですが両チームの集計はシュリ率いる星条旗組がボール68個に、カウボーイwith赤組のそれが63個。
どう考えても接戦でついた差は役に立たなかったカウボーイが原因だったので、牧男は切っ先鋭い活け花をたくさん活けられるときれいにカゴに飾られてしまいました。
そして午前中、もう一つの得点競技となるリレーが始まります。赤組は若葉に服足半蔵(はったり・はんぞう)の伊賀忍者コンビと転入生の四条此花、それに玉入れから連続で出場となる藤野牧男の四人が登場。対する星条旗組はナンジャと桐生先輩のコンビに佐藤愛(さとう・あい)と新庄ジュンペイの四人がチームを組んでこれを迎え討ちます。
「さあマック、楽しいかけっこの時間よ」
「ンモォォォォォォッ!」
たいせつなバトンを手に、体操着姿もまぶしい愛は長い黒髪を風に揺らすとごく当然のように巨牛マックの背に乗ってスタートラインに並びました。その隣りに立つのは愛馬メイショ%ドトウ騎乗のカウボーイ、陸上競技のトラックに並んでいる馬と牛の姿はもはや、これが何の競技であったのかすら忘れさせる情景となっています。
位置について用意、の号令に続いて鳴らされる号砲に後足だった馬がいななくと、ピストルの音よりもむしろその声を合図にしたように二頭の動物が砂煙を立てて突進を始めました。
一周目のスタンド前、大歓声の中を走る馬と牛による先行争い。普通に考えれば牛よりも馬が有利に思えなくもありませんが、競り合って走る巨大な牛に巻き込まれればサラブレッドとてただでは済みません。
更にレースに興奮した愛の忠実なペットたちが、主人を助けるべく一斉にフィールドになだれ込むとカラスのジョンが急降下攻撃を試みてカウボーイの視界を塞ぎます。頭上に気を取られた馬の足元で黒犬レオンが吠えたてると、いつものようにカウボーイ改めロデオの騎手に変身した牧男は馬の首にしがみつくのが精一杯でした。
ベン・ハーを想起させる騎乗戦を経てトラックを一周すると赤組は此花へ、星条旗組は美和に交替。手にした得物が武器ではなくリレーのバトンであることに奇妙に安心した美和はしごくまっとうに快速を飛ばし、わずかに遅れて追いすがる此花と競り合います。常識人につられてスポーツマンシップに則った走りを見せた両者がトラックを一周、リレーらしい展開から美和が呼吸もぴったりのバトンをナンジャに引き継ぐと、やや遅れて此花も若葉と交替、快速娘同士の激突となりました。
ポニーテールを風になびかせて走る、黒い肌に白い体操着がまぶしい印度娘を忍者服の短い裾から素足を伸ばした若葉が追いかけます。カバディvsニンジャの戦い、逃げるナンジャはカバディの誇りにかけて負けるわけにはいきません。
「忍法カバディの術!なのだー!」
逃げながらカバカバ言うナンジャの姿がぞろぞろと分かれると、若葉のお株を奪う五人に分身した印度娘が一団となってトラックを走ります。思わぬ術に対抗心を燃やす若葉は負けじと本家分身の術、忍者姿の若葉だけでなく体育祭らしく体操着に制服姿にチャイナ服、マフラーの色が違う裏若葉も姿を現して、五人の若葉が五人のナンジャを追いました。
「本家または元祖または秘伝の技を見せるでござるよー!」
勢い込む五人の若葉、ですが問題があったとすれば五人いる忍者娘のそそっかしさもまた五倍になることだったかもしれません。ヒールの高い靴を履いて走りにくそうなチャイナ若葉がつまづくと、派手に転げまわって巻き込まれた他の若葉たちもつぎつぎと姿を消してしまいます。
消える前に裏若葉が不満げに本家若葉の頭をこづくと、顔面から地面に抱擁した忍者若葉が一人トラックに残りました。逃げ切ったナンジャはアンカーで待つ、ぐえぐえと鳴いているダチョウの姿を見ると故郷インドを思い出してその背にまたがります。
「ダチョウさん、ゴーなのだー!」
「ぐええええええっ!」
バトンで尻を叩かれると走るために生まれたトリにふさわしいスピードで、印度娘を背に乗せたまま疾駆する新庄ジュンペイ。追う赤組アンカーの半蔵は全身をすり傷だらけにした若葉のバトンを待ちますが、相手はとうに離れていてとても追いつける距離ではありません。
「だが若葉たちが託してくれたバトン、無駄にはできん!」
基本的に真面目で義理に厚い半蔵は前回の球技大会、優勝決定戦で若葉のフォローができなかったことを忘れておらず、たとえ勝負の見えた戦いであっても仲間の努力やすり傷に応えるのは友誼を超えた義務ですらありました。
手を伸ばしてバトンを待つ、半蔵の足元にはすでに高速の足さばきによって起こされた静電気による電磁界が発生しています。この局面、この状況で彼は自分が持てる最大の力を見せるつもりでいました。
「兄様!タッチでござるー!」
「うぬ!奥義、軌道超電磁・神風の術を見るがよい!」
バトンを受け取ると同時に、半蔵の足元から赤桃色の電磁の軌道が伸び上がると弧を描きながらトラック上をめぐり、一直線にゴールへと突き立ちます。続けて回転、飛び上がった半蔵の身体はぐるぐると高速回転して電磁の嵐を巻き起こしつつ、すさまじい勢いで突進しました。
赤桃色の弾丸のように、激しい嵐と雷鳴を伴って背後から迫り来る半蔵。その轟音にダチョウとナンジャはサバンナの遠雷を思い返すと、自然の脅威から逃げるために野生の全力をふりしぼってゴールへと駆け込みます。
わずか数秒の差、ゴールを駆け抜けたダチョウとナンジャが止まることなく危険地域から逃げ出すと、遅れて到達した超電磁の嵐がゴールに突き刺さって巨大な轟音と爆発が上がり周囲を土煙が覆いました。ゴール周辺には巨大な穴が穿たれ、クレーターの中央で無念そうに立つ半蔵は駆け寄ってきた若葉たちに目を向けると、すまなそうな顔で深々と頭を下げます。
「すまぬ若葉・・・拙者の力が及ばなかったようだ」
「いえ、兄様格好よすぎるでござるよ・・・」
勝ち負けを超えた半蔵の心意気に、仲間たちの感謝と観衆からの万雷の拍手が送られます。とりあえず馬上姿のカウボーイが俺様やはり大人気と思いながら、手を上げると大歓声を一身に受けていました。
午前中の競技を終えてここまで星条旗組が連勝、理想主義に毒された赤どもを引き離してリードしています。自由競争を口実に貧富の格差を生み出す、拡大する資本主義の波に呑まれぬためにも赤組としてはここで踏みとどまる必要がありましたし、星条旗組もこのままフリーダムの名のもとにダブルスタンダードも辞さない貿易の自由化と資本投下を続けたいところだったでしょう。
「そこでいよいよ俺の出番だぜ!」
口もとについた昼食のご飯つぶを拭う暇も惜しく、午後の競技の初めとなる応援合戦。男らしく名乗りを上げた吹雪はさすらいのギターマン姿で登場しています。龍波荒神流の跡取りでもあるカラテボーイの気取った姿に、美和やナンジャは奇異な視線を隠せません。
「えーと。龍波くん、それは?」
「そうだな・・・たまには俺も力技とかじゃなくて相手のハートに、こう、なんて言うんだろ」
どうやらあまり難しいことを言わせようとしてはいけないのでしょう。前回の球技大会ではおとなしくしているつもりでいたにも関わらず、熱したり凍らせたり暴れてしまったりした吹雪としては、今回は平和的な暖かい歌声で皆の心を温めるつもりでいました。そして暖かい歌声にはギターを欠かすことができません。
カラテボーイの意外な一面を見せることに成功したに違いない吹雪にとって、最近の桐生先輩は道路標識を持つ姿を想像するだけで心臓を止めることができる思いになるほど気になる存在でした。そんなフェタリティ&フレンドシップにあふれる吹雪は仲間たちを応援すべく、自前のギターを構えます。
応援合戦のルールは単純、双方から三名の代表者を出し合って一人ずつ順番に一対一の応援合戦を行って相手を撃破、二勝した方が勝ちとなります。先鋒は四条此花とカミソリ斬七朗、このまま一気に決めたい星条旗組では必要以上に斬七朗を応援するシュリの声援が響いています。
「K・A・M・I・S・O・R・I!ファイト一発デース!」
チアリーディングの衣装を着て足を上げる、メリケン娘の姿はもしかすると誰よりも応援合戦らしいかもしれませんが、自称バスキア一の策士であり世が世なら万の軍勢を操るとラオウに言わしめるシュリとしてはこの際なので、はだけた詩人に続く手駒を手に入れたいと思っているようにも見えました。担いだAEDの電極からはばちばちと火花が散っており、華やかなチアに彩りを添えています。
白衣の天使にして今はチアリーダーであるシュリの応援を受けて、斬七朗は刀身が濡れたように光る愛用のカミソリ「耳なし」をすらりと抜きました。一閃、シュリの周囲に舞う火花をカミソリで受けると空気に帯電させたカミソリの刃を華麗に閃かせながら、周囲を輝く彩りで飾り立てます。斬七朗の思わぬ洒落た技に、周囲からおおという声が上がりました。
「これが雷光、ジャグリングでさぁ」
サービス業を志す者として、人を喜ばせる演出も忘れてはいない斬七朗がルミナリエよりも華麗な光と技の乱舞を披露します。くるくると回した刃が鞘に収まる、ぱちんという音が合図となって周囲に歓声が響きました。
強敵のすばらしい演技を受けて登場する此花、今回から採点方式が変わったこの競技で斬七朗に追いつくには15点以上を狙いたいところですが、その為にはE難度の技を連続で決める必要があったでしょう。留学生としてこの学園の流儀が分かっているのかいないのか未だ未知数な彼女は携帯用の多層パーセプトロンを手に持つと、伸ばしたケーブルをコネクタに差し込みます。
「パーセプ、ってのは何ですかいそりゃ」
「知らないの?単層式パーセプトロンの拡張としての多層式パーセプトロンは誤差逆伝搬学習法と呼ばれるネットワーク上のパラメータを指定するためのアルゴリズムを提案して以来パターン認識や制御等の様々な問題に適応されるようになり幾つかの問題では実際に役立つ事も証明されている上に理論的にはネットワークの能力や学習アルゴリズムの高速化多変量データの解析との関係に汎用能力の高いネットワークを構成するための方法等に関する多くの知見も得られているのよ」
唐突に始まった講義にひるむ斬七朗。どうしてこんな当たり前のことを知らないのかしらという顔を浮かべながらも、指先で眼鏡の位置を直しながら此花は親切丁寧に説明を続けます。
「中でも多層パーセプトロンは単純なパーセプトロンを層状に繋ぎ合わせたネットワークで例えば中間層が一層のネットワークであれば入力信号に対する出力信号の計算でaijははi番目の入力から中間層のj番目にあるユニットへの結合荷重でbjkは中間層のj番目のユニットからk番目のユニットへの結合荷重となるし中間層のユニットの入出力関数としては普通ロジスティック関数が使われるけど関数近似のためにネットワークを利用する場合には線形関数が使われパターン認識に利用する場合にはロジスティック関数とすることが多くこのような多層パーセプトロンの能力つまりどのような関数が表現可能かについては・・・」
「うああああ!止めて、止めておくんなせぇ!」
脳味噌が負荷限界を超えた斬七朗が叫び声をあげるとそのままどさりと倒れますが、残念なことに観客も此花の応援を理解できずにどさどさと倒れてしまったために、判定でカミソリ斬七朗が薄氷の勝利を収めます。早くも先制されて後がなくなった赤組の続く次鋒は若葉、そして大将には薔薇小路綺羅(ばらこうじ・きら)が控えています。この二人で連勝しなければ、赤組の敗勢はほぼ決まってしまうでしょう。
「でも変態さんは最近全裸ばかりでござるよ!」
「裸?違うね、ボクは『美しさ』を身にまとっているのさ」
これを迎え討つ、星条旗組は大将に吹雪を残して乙女のチアリーダー、大力メリケン娘のシュリが登場。若葉も先ほどの分身術で使用したチアリーダー姿になっており、一見すればもっとも応援合戦らしい対決となりました。
両者の激突に特別審査員として名乗りを上げたのが自称プロフェッショナルな馬券師である牧男。景気のいいリズムに乗って躍動的なダンスを披露するシュリの姿を見て、耳に挿した赤エンピツもまぶしく井崎脩五郎ばりの解説を披露します。
「テキサスの熱い風を思い出す見事な応援だな。だが俺様としてはそこからひねりが欲しい」
「こんな風にデスか?(ゴキリ)」
「そうだ!それがひねりだ」
大力で首をあらぬ方向に曲げられたカウボーイは、続いて若葉の総評へ。すでに五人分身を終えているチア若葉たちの姿は確かに壮観ですが、これだけではやはりディープなインパクトには欠けると言わざるを得ません。どうするかと円陣を組んで話し合った若葉たちは思い切ってむつかしい組体操にチャレンジすることにしました。
「秘技!扇でござるぅー!」
五人が手をつないで扇状に広がり立つ、チープな組体操に周囲が静まり返ります。しばしの静寂、ですがカウボーイは味吉陽一の料理にショックを受けた味皇のような顔になると、迷わぬ動作で若葉の名を勝者として上げました。
理解できぬ判定結果に観客からも不満の声が上がる中で、カウボーイは皆を鎮めさせるとぷるぷると震えながら扇を組んでいる若葉たちに向けて、鋭い指先を指し示します。
「お前たちには見えないのか!彼女たちは左右の手を地面につけずに『扇』を完成させているッ!」
牧男の指摘に、一拍の間を置いて上がる大歓声。技の難度と美しさに加えて、制止の力を加点された若葉たちが見事に勝利、応援合戦を一対一のイーブンに引き戻します。
そしていよいよ大将戦、フェタリティ&フレンドシップのギターマン吹雪に対するは現代の吟遊詩人薔薇小路綺羅。美しさを身にまとった吟遊詩人はさっそく挨拶代わりに吹雪の耳元に近付くと悲哀のよろこびを囁きました。
かわくな かわくな 尽きぬ愛のなみだよ
ああ なみだが なまじ かわけば
世界はすさんで 虚ろに 見えるのだ
かわくな!かわくな!
かなしい!愛のなみだよ
余韻を残して、恍惚とした表情にひたっている綺羅の愛のなみだを魂に受けとめた吹雪は、愛には愛の返歌とばかりに松崎しげるばりにギターをかき鳴らすと、心に響くソウルシャウトで「愛のメモリー」を熱唱します。
愛の甘いなごりに あなたはまどろむ
天使のようなその微笑みに 時は立ち止まる
窓に朝の光が やさしくゆれ動き
あなたの髪を ためらいがちに染めてゆく
美しい人生よ かぎりないよろこびよ
この胸のときめきを あなたに
この世に大切なのは 愛し合うことだけと
あなたはおしえてくれる
心も身体も揺さぶる吹雪の歌声を受けて、綺羅も身を乗り出すと二人の魂に松崎しげるが降り立ちました。漢の歌声と詩人の感性が力強くも美しい調和を導き、旋律が世界を烈しく揺さぶります。その瞬間、空の天蓋の下でバスキア学園のすべてが松崎しげるでした。
愛は風のささやき あなたは目覚める
子供のような瞳を向けて 指をからめるよ
そっと肌をよせれば 水仙の花のような
やさしい香りが はじらうようにゆれている
美しい人生は 言葉さえ置き忘れ
満ち足りた二人を つつむよ
この世に大切なのは 愛し合うことだけと
あなたはおしえてくれる
美しい人生よ かぎりないよろこびよ
この胸のときめきを あなたに
二人に死がおとずれて 星になる日がきても
あなたと離れはしない
Ah・・・AhAAAAh・・・!
長く絶叫、絶唱が続き最後の弦の音が消えたとき、ギターマンと吟遊詩人の頬は大量の熱い流れに濡れひたっています。やがて一つになった彼らの魂が弾け、力を使い果たした吹雪が前のめりにどうと倒れました。
彼らの魂を解き放ったたいせつなギターを抱え、満足げな顔をしたギターマンの屍(死んでません)に美しい吟遊詩人は彼らの愛を捧げたのです。生き残った綺羅に哀しみを帯びた勝利が告げられた後になっても、彼らの魂は永遠に不滅でした。
どん、と響く太鼓の音を受けて。午後の競技である棒倒しの用意が始められています。数ある体育祭の競技の中でも最も勇壮なひとつとされている棒倒し、両陣営が入り乱れて先に相手の棒を倒せば勝利という単純だが危険なルール。
出場する選手は赤組が半蔵にマヤ、紫苑に綺羅の四人で星条旗組が吹雪とナンジャに美和と愛の四人が激突する組み合わせとなっています。だがわずか四人ずつ、計八人でいったいどうやって棒倒しをするのであろうかと、疑問を抱いていた吹雪はフィールドに足を踏み入れた瞬間、目を向いて驚愕の声を上げました。
「これが、これが棒か!?」
唖然として見上げる、フィールドの両端にそびえ立つ棒の姿に選手たちも場内も驚愕の声を上げるか、あるいは声そのものを失います。
それは棒というにはあまりにも大きすぎた。
大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。
それは正に円柱だった。
支えもなく建てられている石造りの棒は斬っても叩いてもかんたんに倒れそうな代物には見えず、果たしてこれが倒せるものだろうかと吹雪は一瞬、自問しますが考えてみれば周囲には巨牛やサムライやニンジャやらが居並んでおり、これらから棒を守らねばならぬという棒倒し本来の競技目的は充分に果たされそうにも思えます。
そしてあらゆる武器や道具、ペットの使用を可とするバスキア学園お定まりの棒倒し追加ルールが告げられると、驚愕から覚めて奇妙に納得している吹雪の横で、いつもの竹刀を部室に置いてきてしまったことに気が付いた美和は困った顔を見せていました。
「せめてバトンでも持ってくればよかったかな」
「先輩ぃー、これならたぶん使えるのだー」
呟く美和にずるずるとナンジャが引きずってきたのは、走り高跳び用のバーを乗せるために使う台座がついたポールでした。
どうしてポールを持ってくるなら高跳びのバーの方を持って来なかったんだろうかと一瞬、美和は思いますが可愛い友人の好意を無にするようなことが彼女にできる筈もありません。ありがとうねと頭を撫でるとポールの先を両手で持ってからぶんぶんと振り回し、握り心地を確かめます。
四人対四人の戦い、半蔵とマヤがそれぞれ飛び道具を持っていることを思えば、星条旗組は必ず防御役を残しておかねばなりません。巨牛マックに乗る愛の攻撃参加はすぐに決まりましたが、敵の猛攻に耐える円柱の守りを誰にするべきか。
「大丈夫だ。後詰めは俺に任せておきな!」
未だにギターを抱えているギターマン吹雪が頼もしくも守りを受け持つと残る三人が敵陣へと向かいます。対する赤組陣営ではたくましくそそり立つ円柱に薔薇小路綺羅があえぎながら身体をすりつけており、早くも公序良俗に反しまくった姿を見せていました。
「やめてっ!そんな激しくされたら・・・はしたなくなっちゃう!はしたないボクを見られちゃう!」
とりあえずコレはここに置いていくことに決めると、半蔵とマヤに紫苑の三人が前に出ます。一陣の風が吹き、号砲が鳴る前の緊張と静寂の時間、半蔵はマヤと紫苑に申し訳なさそうに呟きました。
「マヤ殿、そして紫苑殿。拙者は今日の体育祭が決まってよりこれあるを期して奥義を磨いていたが、あろうことか先のリレーで己が手の内を明かしてしまった。誠に申し訳が立たぬ思いで一杯でござる」
「なーにいってるの。戦いは全力を尽くす、半蔵クンはいつもそうしてるんでしょ?」
「先程のリレーは素晴らしかったです。今度は勝ちましょう」
少女二人の激励を受けて、半蔵は顔を前に向けました。それは彼の表情を娘たちから隠すためであったのかもしれませんが、どのみち半蔵の顔は覆面に隠れて見えません。
先程の応援合戦で取り返したとはいえ、未だ得点では星条旗組がリードしておりここで勝たねば赤組の敗北が決定してしまいます。彼らが狙うは円柱の破壊、後詰めをしている吹雪の壁をかいくぐることができれば、マヤか半蔵のいずれかの技で勝利を決めることができるでしょう。
「いくよ!サァイド・ワインダー!」
開始の号砲が鳴ると同時に、頭上に投げ上げたボールをマヤが打ち放って先制攻撃。互いの円柱の傍らでは吹雪がギターをかき鳴らしており綺羅はくねくねと絡みつくように柱に取りすがっています。
遠距離から放たれる、マヤの無数のボールが鎌首をもたげる蛇のように軌道を変えながら、分身して走り回るナンジャの群れを各個に撃破していきますが、虹村形兆率いるバッド・カンパニーのように迫り来る印度娘も未だその数を減らしてはいません。
「ミーコ、ジョン、レオン、リリー?みんなと仲良く遊んでいらっしゃーい」
「えーと・・・スイカズラの、花言葉は」
砂塵舞うナンジャの合間をぬって、愛の言葉を受けた猫のミーコにカラスのジョン、黒犬レオンと毒蛇リリーがいつものように前進する様子に、細い指先を唇に当てながら紫苑が呟きます。途端にフィールドのあちこちから根を伸ばした、奇妙な植物が愛の動物たちを捕まえてしまいました。
よだれを垂らして暴れまわる黒犬レオンの四肢に頑丈な根が絡み付き、咬み裂こうと試みますが地を這う根と蔦が次々と伸びてくると、更に釣り鐘状の花を伸ばして愛の可愛いペットたちに色とりどりの花弁が吸い付きます。黒犬の吠える声がきゃいんきゃいんという弱々しい声に変わってやがて静かになると(死んでません)、悪戯っ気のある顔で首をかしげた紫苑が小さな笑みを浮かべました。
「愛のきずなっていうんですよ」
地上戦は紫苑に制されつつありましたが、増殖するナンジャがうごめくスイカズラ?の群れに襲われながらも円柱の周囲への侵攻を辛うじて食い止めています。状況は赤組に圧倒的に有利、と思われますが肝心の円柱の側ではそろそろ薔薇小路綺羅がイキつつあっておそらく物の役にも立ちそうになく、一度突破されれば柱ごと粉みじんにされてしまうことでしょう。
ペットたちが足止めされている中で、横座りをしている愛を背中に乗せた巨牛マックは力強い走りで戦線突破を試みます。動物とお花たちが楽しそうに戯れている、お花畑が似合う可憐な黒髪の少女を乗せた牛は砂埃を蹴立てながら一直線に走りますが、その正面に立っているのはRRと書かれた愛用の仕込みラケットを低く構えたマヤでした。
「危険な間合い、『虹蛇』の一閃!」
鋭く弧を描くように振り下ろされた一閃がマックの眉間を掠めると、殺気を感じとった巨牛もこの時は足を止めて堪えます。惜しいと呟くマヤですが、互いに攻め手を封じ合っている中、後方でギターをかき鳴らしながら戦局を見守っていた吹雪はそこに半蔵の姿が見えないことに気が付きました。
「ここでござる!」
「・・・しまった!」
見上げる頭上、円柱のてっぺんに立って太陽を背に腕を組むと、マフラーを風になびかせている半蔵。その瞬間、吹雪は自分が絶好の決めシーンを半蔵に奪われたことを悟ったのです。
そして半蔵は先の球技大会の優勝決定戦で、自信の攻めを吹雪に止められた雪辱を果たす機会を得ることができたことを知っていました。こだわりのギターを構えながらも、頭上に立つライバルを見上げる吹雪は鳥羽砂高校の週番ばりの勢いで叫びます。
「だが!男と男の勝負は一対一だ!」
「おお!その通りでござる!」
彼らにしか通じないであろう呼び声と同時に、円柱を駆け上がる吹雪と頭上から落下する半蔵の姿が交錯。一瞬のすれ違いざまに組み付いて稲妻落としの体勢に変わった半蔵がそのまま回転して頭上から落下、どしゃあと聖闘士☆矢のように吹雪の顔面を地面に叩きつけました。
無防備になる円柱、ほぼ同時に両陣を突破していた美和とマヤの二人が互いの柱に駆け寄っており、美和が手にしている台座がついたポールもマヤが手にする仕込みラケットもすでに大きく振りかぶられています。技の後で大きく体勢を崩していた半蔵は信頼する友人の技を遮らぬためにも吹雪を抱えて身を外し、両者の俊速の太刀のどちらが早く、円柱を破壊するかを見定めます。次の瞬間、二本の剣筋が二本の柱に襲いかかりました。
「心眼の太刀筋・・・『暁雲断刃』!」
「行くわよ!イットー・リョーダン!」
ぎぃん、という音が響くとそびえ立つ二本の円柱が娘たちの一撃によって根元から砕けて同時に傾ぎ、ゆっくりと倒れ込みはじめます。
石造りの巨大な円柱は重力と引力に導かれて地面との距離を近しくしていきますが、それが激突すると思われた一瞬、美和が倒した柱はその傍らであえいでいた薔薇小路綺羅を押しつぶしてバウンドするとわずかに遅れて地面に落ちました。長い笛が鳴ってマヤに吹雪に紫苑、そして潰れたもと吟遊詩人の残骸(死んでません?)の四人に勝利が告げられます。
「いよぉーっし!」
双方が得点を奪い合い、午前中の競技でリードを許していた赤いプーチン王朝組も午後の競技を終えた得点で星条旗セーフガード組に追いつき両クラスが並んだ状況となりました。両者の健闘を称えて双方を優勝とする、ようなジュテーム国風の平等と博愛の精神はここ私立バスキア学園高等学校には無縁のものでしたから、勝者を決めるべく最後の決戦を行わなければいけません。
演壇に上がる謎の校長、ミスター・ホワイトが告げる最終種目は全員が参加しての棒倒しの再戦。崩れた円柱はどこからともなく現れたローマ軍団兵の手によって瞬く間に組み上げられてしまうと、一方の表面にはダキア戦役の浮き彫りが彫り込まれててっぺんには皇帝トライアヌスの彫像が、もう一方には哲人皇帝マルクスの像が置かれた記念柱として建て直されました。ルールは先ほどと同様に相手の円柱を倒せば勝利、一切の武器や技、ペットの使用も自由となります。
赤組のメンバーは半蔵若葉マヤのサムライニンジャを中心にして紫苑と此花、そしてカウボーイと吟遊詩人を加えた七名。転入生の此花に紫苑が親しげに話しかけています。
「学園には慣れましたか?」
「秘密です」
対する星条旗組はナンジャと先輩にギターマン&カミソリマン、大力シュリに愛と可愛いペットたち、オマケで新庄ジュンペイを加えた一団。棒というか円柱がかんたんに倒れる代物ではないだけに、相手を撃破して如何に円柱にたどりつくかが勝負の分かれ目となるでしょう。両陣営の間をこころよい緊張が流れると、和装の似合わないミスター・ホワイト自ら右手を高く振り上げました。
「それでは決斗勝負・・・はじめぃ!」
ぱぁんと鳴る号砲に続いて、両軍の戦士たちが阿鼻叫喚の声を背にして駆け出します。秋の日差しはやや傾きはじめてわずかに赤みを帯びており、横から指しはじめた陽光が生徒たちの足元の影を長く伸ばしました。
早くも一歩を抜け出して、互いの陣営から先行して走り迫るのは名馬に乗るカウボーイと巨牛に乗る黒髪娘の二人。牧男はいつもの投げマークシートではなくカウボーイばりの投げ縄を振り回し、ローハイドの曲を口ずさみながらすれ違いざまにロープを巨牛の角に引っかけます。
「捕らえたぜ!」
「ンモォーッ!」
西部劇よろしく牛を捕まえると、牧男は馬の背から器用な動きで縄を引いたり伸ばしたりしてマックの疲れを誘います。巨牛の背で振り回される愛を助けるべくカラスのジョンが飛来しますが、荒野に生きるカウボーイにとってコンドルはまだしもカラスにそう何度も遅れをとるわけにはいきません。
いなしながら中央で暴れ回る、二頭の獣をつなぐ一本のロープに駆け寄るとそれを大力でがっしりつかんだのは死神ナースのシュリでした。
「実は脱ぐと凄いんデース!」
意味不明の気合いを入れて、力任せに引かれるロープが牧男の愛馬メ%ショウドトウと愛がまたがるマックの双方を引き戻して動きを止めました。怪獣大決戦じみたパワーの暴走を止めるべく、穏やかな顔で近付いた紫苑が彼らの足元に何かの種をばらまくと不思議な蔓がぐんぐん伸びて馬や牛や獣や死神看護婦、ついでにその辺であえいでいた薔薇小路綺羅までをからめとって自然の牢獄が周囲を囲い込みます。
「これがイバラだったらビューティホーな眠り姫デース!」
ずいぶん余裕のある冗談を考えついたシュリを囲う無数の蔦を、閃く無数の刃が解き放ちました。斬七朗の愛用するカミソリ「耳なし」がわずかのすき間を開くとそれでも伸び続ける蔓を大力で引きちぎりながらシュリが脱出。その美しさに植物も怯む裸体の吟遊詩人もヒッピーばりに生まれたままの姿を解き放たれていましたが、囚われた他の者たちはもがくばかりでこれを助ける余裕はありません。
多くのモティーフを巻き込みながら、二本の円柱に挟まれて育つ菜園はことのほか紫苑のお気に召したらしく、うごめきながら花を咲かせていくストラングラー・バインが自然と人工物が一体となった古代ギリシア芸術を想起させています。理性的な此花ですら思わずこの地を散策して、詩のひとつも吟じたい気持ちが浮かんできました。
「かわいい釣鐘草が地面からたちまち芽をふいて、というのは誰の詩でしたっけね?」
「それじゃあ、後はお願いします」
「まーかせて!」
芸術作品に専念する紫苑に答えて、力強く拳を握ったマヤが半蔵とペアを組んで出撃。相手には美和と吹雪が待ちかまえており再びライバル同士が対峙しますが、互いの力量を知る双方ともに相手を警戒して突破することができません。先制して振り下ろされる、台座がついたポールを紙一重で避けて、仕込みラケットの居合いを抜くマヤですが美和が振り下ろした台座も地面を穿ちながら小手返しから巻き打ちに巻き込んでぐんと上昇、必殺の間合いを弾き返します。
達人の技量がせめぎ合う、熾烈な攻防の横で半蔵も至近距離から小さな電磁の軌道を起こすとそれを階段のように踏み台にしてジャンプ、前回のお返しとばかりライダーキックのように空中で二度回転してから超電磁神風を吹雪に落とします。これを堂々と待ちかまえる吹雪が持つ、ギターを握る手に力がこもりました。
「それでも俺の歌を聞けぇーッ!」
サイドスローで振り回したギターが半蔵を横凪ぎに殴りつけると、アンダーグラウンドなインディーズ系バンドのようにネックがクラッシュして弦が弾け飛びました。すかさず吹雪の右拳がライトハンド奏法で伸びますが、半蔵もこれを受けると空中で更に回転、両者一歩も譲りません。前線で繰り広げられる高度な攻防を臨みつつ、後ろに控えていた若葉に此花が指示を送ります。
「今よ!俯角42度、ポイントは円柱の右2メートル!」
「兄様!今週の貫通弾行くでござるよー!」
赤青ミド黄桃の五色に分身した若葉がトゲだらけのサッカーボールに似たボールを持ち出すと、これを蹴り上げてシュートします。此花が計算した軌道に沿って正確に飛来するボールに向けて、それまで空中回転を続けていた半蔵が飛び上がると旋回してオーバーヘッドキック、ニンジャブラザーズの連携弾が円柱めがけて襲いかかりました。これはピンチだと円柱とボールの間に立ちふさがる死神看護婦、今帰仁シュリ。
「メリケン伝統のベースボールを食らえデスーッ!」
手近に落ちていた薔薇小路綺羅を手にしたシュリが、大リーグボールに挑む花形満のように吟遊詩人を大力で振り回すと、トゲだらけのボールをかきんと打ち返してホームラン。ぐんぐん伸びるボールに向かって、大のホームラン好きであるナンジャが記念ボールを拾うべく快速で疾駆します。
「ナガシマボールなのだー!」
五色の若葉と此花が守る円柱に向かって飛来するボールと地を走るナンジャ、その弾道を止めるべくゴレンワカバが立ちはだかろうとしますが、青い裏若葉がぽつりと呟きます。
「でもあのボールって『爆弾』でござるよ?」
その声に、蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げる五色の若葉と此花。ボールについている、ちりちりと火花を散らしている導火線の長さはもはや数ミリもなく落ちてくると無邪気な印度娘と円柱を巻き込んで、超魔術合体ロボギンガイザーの最終回ばりにセルアニメーションが何度も繰り返される巨大な爆発が巻き起こると、空にはキ%コ雲が立ち上りました。
「ナンジャー!」
さようならナンジャさん。
僕らは君の勇姿を決して忘れない(死んでませんから)。
こうして最後のホームランで円柱を破壊した星条旗組が逆転勝利、不幸にも爆発に巻き込まれた数名の生徒が全身をミイラ男のような包帯姿にされてしまって窮屈そうな帰り道に、沈みかけた夕陽の最後の光が濃く深い影を投げ落としています。
分身していた若葉は五人の中でも当然のように転んで逃げ遅れていた本体若葉が一人だけ被弾して、他の四人にもとに戻ることを拒否されていました。ナンジャはちょうど居合わせていた死神看護婦のナイチンゲールハートでアバウトな看護を受けてミイラ男というかミイラ娘にされています。包帯を巻いた女の子が好きな人にはこれでいいんだろと言いたいばかりの姿に違いありません。
「ナンジャ!走り回ったらせっかくの包帯が汚れるでしょ!」
「もごもごもごー!」
楽しげな娘たちの時間、もしもライジング・サンがスクールウォーズの精神であるのならば、世界を赤く染める夕陽の残光はノーサイドの象徴なのでしょう。埋立地の平坦な地面に、彼女たちの影はどこまでも長く長く伸びていました。
† つづく †
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