11月〜文化祭〜
東京コーヤクランド。2016年のオリンピック招聘も目指しているという、東京湾に設けられたフロンティアはバブル時代より時を経てようやく歩道やインフラが整備されるようになっており、今ではかつてここで作業工事を急遽キャンセルされた多くの小企業主たちの怨念が深く埋まって大規模な地鎮祭が行われたという事実はどこにも存在していませんよ。
そのコーヤクランド、御台場の地にとある私企業の出資によって設けられた広大な国際学園、私立バスキア学園高等学校は秋の文化祭の季節を迎えようとしていました。
「あら。紫苑さん・・・ですね?」
「つづりにはeがつくんですよ」
にこやかに言うその意味が理解できたのでしょうか、四条此花(しじょう・このはな)が眼鏡ごしに笑みを見せると、瞳に小さな光がめぐったように見えました。転入生でフランス帰りの帰国子女である、バスキア学園生徒会広報部にして内国安全保障局長に就任した此花は相手の冗談に乗せられたように、広野紫苑(ひろの・しおん)に笑いかけます。
「それでは、厳かに『swear』をしなければいけません」
すまして言う此花に、冗談が通じたことがよほど嬉しかったのか紫苑はころころと笑うと他愛のない世間話がはじまりました。ごく最近までフランスで暮らしていた此花にとって日本の文化は馴染みがないものであって、そんな彼女にとって文化祭と、そして新しい友人の存在は日本を知るよい機会に思えたことでしょう。足元に咲く日日草の花言葉が「生涯の友情」であることを彼女は知っていました。
此花がバスキア学園に来て、さっそく立ち上げていた学園裏サイトにも文化祭にまつわる多くの書き込みや情報が送られており、中には無責任な誹謗めいたものもありましたが、概して情報の共有や有効な利用は文化祭の準備にも役に立っていたようです。そうした情報のうち、内国安全保安局のとある支援者から得られた情報の一つに「強者」と呼ばれる人物にまつわる話があり、彼女の興味をひいていました。
古池や 強者どもが 夢のあと
服足半蔵(はったり・はんぞう)は世が世であれば清爽な好青年として、平穏な学園生活を営むこともできたかもしれません。ですが彼は伊賀の忍びの里に生まれた忍者であり、今は私立バスキア学園高等学校で己を磨いている、修行中の身でありました。自主性が重んじられるバスキア学園では文化祭であっても、自ら主催する企画は個人で選ばなければなりません。掲示されているいくつかの文字を追っていた半蔵の目が、その一つである「武者漬け喫茶」という文字の上で止まりました。
「はて。このような現代にあって武者とは古風な・・・だが武者漬けとは茶漬けでも出すのだろうか。茶店であれば意味は通るでござるか」
古武術研究会に所属している半蔵だけに、おそらく武者の文字に目が止められたのでしょうが喫茶といえば珈琲を出すところではないのだろうか、と彼なりに里を下りてから得た知識を真面目にたぐります。
茶漬け、茶漬けと呟きつつ首をかしげながら、半蔵は学内にある喫茶コーナーに向かうと一杯の珈琲を注文し、そういえば腹がすいたでござると安物のスツールに腰かけるとカウンターに置かれた紙コップを満たしている黒い液体に視線をそそぎます。しばらくして、黒覆面の忍者は懐からおもむろににぎり飯を取り出すと、それを珈琲に漬けて食べはじめました。確かにこれを食せる心意気は武者の心意気であろうか、と考えている半蔵に背後から興味深げな声がかけられます。
「いかがなさいましたか、お客様?」
丁寧な、それでいて気軽さを思わせる絶妙な口調は今回ゲスト出演となる星裏香陽(ほしうら・こうひ)のものでした。丁寧さは顧客をもてなす店員として、気軽さは知らぬ仲ではない友人としてのものですが、本格派珈琲店流の接客術を扱う香陽としては半蔵の所行は奇態なものに見えていたかもしれません。今度の文化祭で催される武者漬け喫茶なるものに話題が及ぶと、香陽はジャニーズ系と評される瑞々しい顔に考え込む表情を浮かべます。
「聞いたことがないなあ・・・そうだ、半蔵くん喫茶店をやるなら珈琲の入れかたを教えてあげようか?」
「おお、それはかたじけない。是非ご教示いただこう」
こうして本格派珈琲店流の技を授かることになった半蔵は武者漬けのことをとんと忘れてしまいます。それが幾人かの生命を救うことになろうとは、このときは誰も気がついてはいませんでした。
私立バスキア学園高等学校。二日間の日程で開催される文化祭は国籍不問、能力主義、新進気鋭をうたう国際的な学園だけあって内外にも評判が高く、まるで万国博覧会とファヴェーラの丘を足して足しっぱなしにしたようなにぎやかな喧噪に満ちています。私立学校らしく多くのスポンサー企業やその人々の出入りもあり、近隣の住民や学生たちもおとずれてはゴミナリエならぬルミナリエばりの人ごみに呑み込まれています。
そのゴミというか人がゴミの様子をきょろきょろと見渡しながら、龍波吹雪(たつなみ・ふぶき)がこじんまりとした喫茶店の扉を開くとからからという涼やかな音が店内に響きます。
「ハロー・ナマーステなのだー!」
「いらっしゃいませ!印度喫茶へようこそ!」
あやしげな挨拶で元気よく出迎える、サリー姿の似合う二人はナンジャさん(なんじゃさん)と桐生美和(きりゅう・みわ)。先の体育祭でふと、故郷のインドを思い出していたナンジャが文化祭であればどの国の文化であってもいいのだーと発案した印度風喫茶の企画。なるほど確かにその通りねと、賛成した美和が協力した異国情緒あふれる飾り付けが店内を落ちついた雰囲気で満たしていました。
先輩の指示でくるくると立ち働いているナンジャは、最近パンジャーベ流師範代に格上げしたというカバディのステップで店内を縦横無尽にかけまわりながら上機嫌な様子を見せています。香のただよう店内にはすでに紫苑や此花が先客として訪れており、チャイを満たした小さなカップを手に談笑している少女たちの姿に、自他ともに認めるプレイボーイを任じたいカラテボーイの吹雪は不必要なほどにあらたまって、学生服の襟元をなおしてからなぜか短髪をなでつけるような仕草をすると斜め四十五度のポーズを取って、ことさらに気取ったポーズを決めました。
「ああ。それでは先輩、茶を一杯所望しようかね」
「だから先輩じゃありません」
接客らしい丁寧な応対で否定する、美和の様子に自分は今このとき印度喫茶にふさわしい英国紳士になっていると信じる吹雪は、顔の筋肉が弛緩しっぱなしの状態で差し出されたチャイのカップをずるずるとすすっています。その姿に、友人との談笑を離れて近寄ってきたのは此花でした。プレイボーイの英国紳士としては、自分の周囲に女性が集まってくる状況にここは紳士的に対さなければなりません。
「なにか用かね、レディ」
はえてもいない口ひげをしごく素振りをして、実に紳士的な挨拶をする吹雪に答えた此花は生徒会広報部として、吹雪に協力をお願いしたいのですがと申し出ます。どうやら彼女の考える学内治安組織には実働部隊なるものが不可欠らしく、そのためには吹雪のような人物が適任であるということでした。
レディの頼みであれば断るわけにはいかないと、いかにも紳士的な返答をする吹雪に此花は感謝の言葉とともに、唐草模様のふろしきに包まれているバケツほどの大きさの物体を差し出します。
「詳しくは言えませんが、これはとある筋の校長から頂いたもので古来から伝わる格闘技の真髄が収められているそうです。協力と感謝の証にこれを貸与いたしましょう」
こうしてたのもしい戦士の協力を取り付けている此花の背に、紫苑が声をかけました。近くにある別の喫茶店では半蔵が働いているらしく、じきじきに招待券を渡されていた紫苑は友人を誘うと印度喫茶を後にします。吹雪も紳士からカラテボーイに戻るとあわててカップをテーブルに置き、唐草模様のふろしき包みを手に後を追うようにして席を立ち上がりました。その様子に壁にかけられていた時計を見て、美和がナンジャに声をかけます。
「そうか。そろそろナンジャも休憩の時間じゃないの?」
「えー?先輩と一緒なら構わないのだー」
印度喫茶ではお茶を主体にしていたこともあり、軽食でもいいからちゃんと食事をしてきなさいと指を立てて言う美和にナンジャも渋々ながら了解すると、そそくさと上着を羽織ります。もしもこのとき、彼女たちに未来を予見する能力があったのであればこういうべきだったでしょう。食事をしてきなさい、ではなく、食事だけをしてきなさい、と。
ハートフルな印度喫茶を出たナンジャは、とことこと歩くと軽い空腹感を満たすべく近くに設けられていた茶店に迷わず向かいます。一足先に紫苑や此花、それに吹雪たちも足を向けていた和風飾りの店には「武者漬け有り舛」やら「(c)まりゅろぐ」やらと書き込まれた幟が上がっていました。
季節外れの風鈴の音色が響き、簡素な店内に足を踏み入れた吹雪の姿を見て低音に響く声がかけられます。カウンターの向こうでは、ラフな服装をした男が豪快で親しげな笑みを浮かべていました。
「よお、吹雪じゃねえか。丁度いい、手伝っていきな」
「従兄さん!?どうしてここに」
驚いている吹雪を目に一段と豪快に笑う、龍波遠雷(たつなみ・くらい)は長野県の出身であり、かつて若い頃には「強者」として広く知られ、多くの戦歴を残した吹雪の遠縁の従兄でした。今では地元に小さな店を持っているという従兄は特に学園から頼まれて今回、スポンサーとして出店協力をすることになったということです。吹雪の後ろにいる紫苑や此花、少し遅れて入ってきたナンジャの姿を見た遠雷は空いている席を太い指先で示しました。
「あんたは広野さん、かね?半蔵から聞いてるぜ」
「え?ご存知なんですか」
「これでも本職だからな。予約客の名前くらい分かるさ」
「あー来た来た。こっちだよー」
「おお。よく来てくれたでござる」
予約席、と書かれた札が置かれている小さなテーブル席に案内された紫苑と此花は、先客としてすでに席を陣取っていた藤原マヤ(ふじわら・まや)に招かれます。マヤと紫苑に此花と、小さな席が三人の少女に占められるとナンジャがカウンター席に飛び乗り、吹雪は従兄にせっつかれて渋々としながらもエプロンを腰に巻いています。黒服面にウエイター姿の半蔵がマヤたちを迎えると、ややぎこちない手つきで珈琲を差し出しました。
「これは先の体育祭の礼でござる、是非ともご賞味下され」
「あいかわらず義理固いんだから。半蔵クンらしいねえ」
「うぬ、やはり感謝は自分の手で伝えたいでござるからな」
半蔵が入れた珈琲はちょっと薄めで珈琲というよりお茶のような風味が心地よく、サービスにと出された汁粉と合わせて意外な好評を博しているようです。
ところで半蔵兄様が喫茶店なるものを開き、娘たちに珈琲なるものをふるまっているらしいという危険な情報を聞いて、葵若葉(あおい・わかば)が黙っている筈はありません。半蔵とは同郷の伊賀忍者娘である若葉は尊敬する兄様が存外に器用で存外に気がきくところがある上に、存外にダサかっこいいことも知っているのです。
いつものように全身にすり傷をつくりながら、華麗な走りで学園の壁や屋根を走っていた若葉は目指す喫茶店に向かっている、サイドカーをつけた一頭の馬の姿を視界に認めました。
「牧男殿!カミソリ殿もここにござったか!」
「ああ。これから酒場に行くところだぜ、バンビーナ」
一陣の風が吹いて土埃と長髪を舞い上げると、愛馬マチ%ネタンホイザを駆る藤野牧男(ふじの・まきお)はカウボーイハットのひさしを上げてまぶしそうに頭上の若葉に目を向けます。疾駆する馬がやがて減速すると、サイドカーに同乗していたカミソリ斬七朗(かみそり・ざんしちろう)がひらりと降り立ち、カウボーイも店の入り口に馬をつなぐと西部劇風にマントを羽織った若葉と三人、横一列に並んでぎいと鳴る扉を開けると入り口に足を踏み入れました。
「こちとら飲みもんにはうるせえですぜ」
斬七朗がゆっくりと足を踏み入れる、店内では丁度半蔵のもてなしを受けていた紫苑やマヤの談笑が聞こえており、カウンターでは軽食のつもりでS&Bカレーの王子様をぱくぱくと食べているナンジャにお茶が出されようとしているところでした。もしもこれが西部劇かまたは宇宙海賊コブラのワンシーンであれば、カウンターで酒を飲んでいる悪漢が酒を飲みながら「よそものらしいぜ」「ああ、気に入らないな」とでもささやき交わしたことでしょう。
抜け駆けはずるいでござるよと、ぷんぷんしながらテーブル席に座る若葉に斬七朗や牧男が相席すると、急な繁盛に手際よく茶をいれた遠雷は黒っぽい液体をなみなみと満たしたカップを四つ、吹雪に渡すとカウンターのナンジャと座席にいる三人の前に並べていきます。厚みのある、手作りらしい器は無骨ですが頑丈で大きく、いかにも豪快な男にふさわしい器に見えました。
いつもとは異なりもてなす側からもてなされる側に回った斬七朗は、すらりとした長身を椅子の背にぎいともたせかけながら店主に声をかけます。
「ところでマスター、表の武者漬けってのは何ですかい?」
「あれかい?栄養を満たすために蜂蜜をベースにキャラメルやプロテインを入れた、男の茶漬けだ」
さらりと言うその回答に思わず、目の前の茶に手を伸ばしかけていた若葉たちの手が止まりますが遠雷はがははと声を上げると、若い頃はそんな無茶をしたもんだ、話題になるからメニューには置いているがいくらなんでもあれは食えないと笑います。
近くで印度喫茶をやってるらしいし、今日はちょっと趣向を凝らしてロシアンティーにしている、という吹雪の従兄は蜂蜜が入っていることだけは武者漬けと同じだなと言ってもう一度豪快に笑うと若葉たちも安堵の息をつきました。
走ってきたこともあり、飲みやすいようにぬるめにしておいたぞという遠雷の声に、若葉や牧男も安心したように器を口に運びます。その様子を見やりながら、若い頃の旅暮らしで茶にも珈琲にも一家言があると自負している、斬七朗は器に満たされた茶をのどごしから味わうべく一息にぐいと流し込みました。
(゜▽、゜)…
(゜▽、。)・∵.
テーブル席を背にカウンターで、もくもくとカレーの王子様を平らげていたナンジャも満足げな顔をすると、早く先輩のところに戻ろうとばかり食後の一杯をぐいと飲み干します。
(゚д゚)
(゚д゚)・∵.
たちまち地面にころがる四つの骸。談笑する此花が学園裏サイトで得ていた情報によれば、遠雷が長野で経営している店ではコラーゲンやDHAをたっぷり含んでいるとても健康的な原材料をしぼり汁にして弱火でじっくり煮つめたという健康飲料、龍波流漢茶(おとこちゃ)は県内でも有名な逸品として特に強者愛好家たちの人気が高いとされています。
此花にしてみれば情報とは知っていてごく当然のものなので、みんなチャレンジするのが好きねと呑気に考えていましたが、口から緑紫色のあぶくを吹いている斬七朗はすでに意識を失っておりナンジャの肉体はひくひくとけいれんが始まっていました。
漢茶の臭気は裏手にある厨房を満たして周囲にあふれでようとしていましたが、その厨房で働いていた筈の半蔵がそれまで気にも留めなかったのはおそらく彼が覆面をしていたからでしょうか。失われる寸前の最後の意識をふりしぼって、若葉が呟きます。
「兄様・・・無念でござる」
若葉が意識を取り戻したとき、彼女は自分が雄牛の背に揺られてのっし、のっしと運ばれていることに気が付きました。首をめぐらせる、隣には自分と同じように馬の背に荷物のようにぐったりとうつ伏せている牧男の姿が視界に入ります。転がり落ちないようにゆっくりと身を起こした若葉の耳に、呑気な声が聞こえてきました。
「あら、お目覚めですねえ」
「まったくもう。早いとこ準備しないといけないんだから、いつまでも寝てないでよね」
のんびりとした佐藤愛(さとう・あい)の声に、マヤが続きます。原因不明の身体のしびれはどうやらおさまりつつあるようでしたが、もちろんマヤは半蔵の珈琲を飲んでいただけですから、若葉が三途の川の向こうからおばあちゃんが自分を呼ぶ声を聞いたことを知りません。
愛馬マチカネタン%イザの背でようやく目を覚ました牧男もママン、ママンと呟いてからようやく悪夢を振り払うと現実への生還を果たしたようです。今は荷役用に使われている牛と馬の後ろには幾つかのオリや箱が引かれていて、お化け屋敷に使う大道具や小道具が詰め込まれています。
「お化け屋敷、か。ずいぶんしっかり作るものねえ」
リアルお化け屋敷と題している、不気味に飾られた入り口を前にして美和は腕を組んでいました。傍らにはめずらしくナンジャの姿がありませんでしたが、印度娘がもっか生死の境をさまよっている最中であることを彼女は知りません。いずれ戻ってくるだろうと思いながらも、さてどうやって空いた時間をつぶそうかと考えていた折り、美和が見つけたのは半蔵と此花の姿でした。
「あら、半蔵くんどうしたの?確かナンジャがそっちの喫茶店に行くって言ってんだたけど」
「ぬう。実は武者漬け喫茶が『てーれ』なるものをすることになったらしく暇ができてしまったのだ。ナンジャ殿は店でカレーを食しておったが、その後どうなったかは知らぬのう」
半蔵は決して嘘をついている訳ではなく、確かにその後ナンジャの様態がどうなったかを彼は知りません。早く帰ってくるといいわねという美和にまったくでござるなという相槌も、やはり二人ともに嘘をついてはいませんでした。
一方で此花はといえば二人の会話があまり耳に入っていないのか、あるいは気になることでもあるのか不安げな顔を見せています。せっかく会ったことだし、目の前のお化け屋敷にでも入りましょうかという美和の言葉に、小さく肩を振るわせました。
「え、ええ。そうね」
「大丈夫?顔色が悪いみたいだけど」
怪訝そうな美和の言葉に、何でもないわと言う此花を連れてリアルお化け屋敷に入る三人。さて何がリアルなのだろうかと、光の差し込まない、薄暗い室内は思いのほか広く作られていて、木々や岩肌、倒れた墓石に古びた井戸や建物といったいかにも不気味な様相を見せています。
リアルさを出すためには足元が床やタイルでは駄目だとばかり、グラウンドを利用して建てられている施設ではどこか遠くから犬のうなり声やカラスの鳴き声が響き、立ちこめる霞が視界を遮っていました。入り口を入ってすぐのところに看板、そこには灯りにそって進むことと、力強い毛筆調で「生きて脱出できたら粗品を贈呈します」という注意書きが書かれています。
このような場合、やはり男子たるものが先頭に立つべきであろうと半蔵を前に三人は前進。その背にすがりつくように此花が、更に後ろを美和が続きます。此花の様子におやこれはもしやと思いつつ、いたずら心を起こした美和がわざとらしく首筋に顔を近付けると声をかけます。
「ねえ!?ちょっとあれ何!」
「きゃああ!?え、な、なにって・・・」
何のことはない、薄ぼんやりとした灯りに驚いている此花に向けてもしかしてこういうのって苦手なの?と聞く声に、フランスに留学していた帰国子女はお化け屋敷ははじめてなんです、と頼りなさげに答えます。
あまり怖がらせるのも良いことではありませんが、だからといってあまり冷めた態度を取るのも夢がないと思った美和は、私たちがついてるから大丈夫よというありきたりの言葉をかけました。ようやく進み出した三人の様子を、暗がりから小柄な姿が眺めていました。
「ふっふっふ。今回ばかりは兄様もうらめしやーでござる」
白い幽霊装束に身を包んでいた若葉は悟られぬように、得意の分身を披露すると四人の白若葉と一人の青若葉に分かれて持ち場に散りました。
「オッケー、こっちは任せてよね」
「ミーコ、ジョン、レオン、リリー?マヤさんと若葉さんについていい子にするのよ」
愛がよこしている猫のミーコにカラスのジョン、よだれを垂らしたレオンと姿が見えない毒蛇リリーが暗がりに潜むマヤと四人の若葉たちに従い、本体若葉は更に後ろに控えるフォーメーションをとります。
装備も万全、侵入者たちを撃退する構えを見せている若葉の眼前を、半蔵を先頭にする三人が通りがかるとタイミングを合わせた若葉が小さく手を振ります。
「うぬ!何奴!?」
瞬間、殺気を感じると飛来する物体を手刀ではたき落とす半蔵。何奴と聞くまでもなく、弾かれて床に転がるテニスボールとその軌跡がマヤの弾道であることを理解しています。なるほど生きて脱出するとはそのような意味もあるのかと、頼もしく身構える伊賀忍者の姿を見て、そういうことなら自分も得物を持ってくれば良かったかしらと美和は周囲を見渡しますが、目に付いたのは大道具の担当が忘れていったらしい、チェーンソーのようなものが転がっているだけでした。
ちょっと持ちにくそうだがないよりはいいかと、握り心地を確かめるとぶんと一振りして構えます。先頭に伊賀忍者が立ち、後尾にはチェーンソーのようなものが控えている布陣ですが、間にいる此花は忍者装束の裾がびろんと伸びてしまうほど半蔵に掴まっているので機動力が削がれてしまうことは疑いありません。狙うならば最も弱い箇所を突くべきだろうと、楽しげな若葉たちの声が暗がりの中で響きます。
「こんにゃーく!」
「ひっ!?」
「けちゃーっぷ!」
「きゃあ!」
いちいち驚いてくれる、此花の純朴さに若葉は上機嫌になるとミッションは順調に進行中でござると後方で作戦指揮を取る牧男に連絡し、偉そうに構えているカウボーイはここは俺様策士の出番とばかりに、各所に的確な指示を与えていました。思わぬ才能が開花しているのか、カウボーイの指揮ぶりの壮大にして華麗なることランズベルク伯アルフレッドであれば感嘆の極みであったことでしょう。
姑息に攻めたてる若葉に此花が無力化されている状況に、危機感を募らせる半蔵の守りをかいくぐって遂にマヤのボールがすり抜けると三人に襲いかかります。しまった、と振り向いた瞬間に横合いから何者かの姿が割り込んできました。
「ラオウ公認バスキアいちの策士を差し置いて策士はありえないのデース!」
突如、マーブルvsストリートファイターの必殺技を用いる場面のように横からスライドして現れた今帰仁シュリ(なきじん・しゅり)が大力を振りかざして飛来する弾道をはたき落とします。どこからやってきたのか、頼もしい助っ人は死せる孔明が生ける仲達を走らせるがごとく、お化け屋敷の裏で采配を振るうカウボーイを打倒するために半蔵や美和に手を貸すことを宣言しました。
意味もなく海のリハク風のつけヒゲをして、まずは相手の機動力を奪うためにも影で暗躍する忍者娘を抑えなければならない、というシュリはふふふと素敵に不敵な笑みを浮かべています。
「大塚明夫も真っ青のトラップをしかけておいたデース」
援軍の出現に体勢を立て直すべく、いったん分身を引かせる指示を受けた本体若葉は通信機に使っている糸電話の紙コップをあれやこれやと拾い上げています。五人分身の欠点は、ほかの四人と連絡を取るために四本の糸電話をとっかえひっかえ入れ替えなければならないことでした。つまりホストを倒せばネットワークはダウンせざるを得ないということであり、その本体若葉の後ろに息づかいも荒く立っている「トラップ」は高揚と緊張感が限界に達したところで絶頂の声をあげ、危機を察した若葉が思わず振り返ります。
「ボクを見て!お化けよりも怖いボクを見てええええ!」
「だからなんで暗がりで裸でござるかー!」
お約束のように登場した薔薇小路綺羅(ばらこうじ・きら)が意味もなく、ごふぅと多量のケチャップを口から吐き出すと怯みを見せた若葉に得意の精神攻撃が始まりました。
ねえ 愛らしいテレーゼさん
目かくし取れば なぜすぐに
こわい目つきをするんだろ
たちまちぼくを追いかけて
ぼくをしっかりつかまえたのに
ぼくを上手につかまえて!
しっかり抱いて離さない
あなたにぼくはすがりつく・・・
こんどはぼくの鬼の番
よろこびなんぞどこへやら
あなたはぼくを突きはなす
あっちこっちと手さぐりし!
ぼくのからだはくったくた!
そしてみんなに笑われる
あなたがぼくを嫌うなら 目かくしされたこのぼくは
ただただ闇をゆく鬼だ・・・
目を閉じて、んーと近づいてくる綺羅の卑猥なアップに耐えきれなくなった若葉たちが一斉に逃げ出すと戦線が崩壊して、空いたスペースにシュリたちも前進を開始します。若葉が突破されたことを受けた牧男はすかさず第二陣を張るべく、マヤに首輪のついた鎖を預けました。鎖を手に、テニス少女は不服そうな顔を見せています。
「えー。本当にこれ使うの?牧男クン」
「勝利のためだ。戦いに美学は不要だぜバンビーナ」
灯りを頼りに暗がりの道を前進、半蔵とシュリを前にして此花を囲うように後ろを美和が守る布陣。冷静に考えるとチェーンソーのようなものが背後からついてくるというのはちょっと怖い図柄かもしれませんが、幸いにして2008年の6月13日は金曜日でした。
がじ、がじ、がじ・・・
がじ、がじ、がじ・・・
何か固いものをかじっているような音が、どこからか聞こえてきます。周囲は苔むした墓石や卒塔婆が立ち並ぶ一角で此花などはほとんど目を閉じて半蔵の背にしがみつく意外は何もできない有り様となっていましたが、恐怖と好奇心の視線を向けた先に姿を現したのは生前、自分に食べ物を与えてくれなかった者の墓をあばいて首をむさぼり食うといわれている、妖怪新庄ジュンペイ(しんじょう・ずんぺい)でした。
掘り出した首をかじりながら、がじがじと迫ってくるジュンペイに緊張感が限界に達したのか、ふぅと此花が倒れるとこれはいかんと半蔵がとっておきの秘術、忍風流封印呪符を突き出します。
「シノビたる者!退魔の技も欠かせぬ」
素早い動きで、襲いかかるジュンペイの額に符を貼り付けると高速詠唱を唱える半蔵。テープの早回しのような甲高い音はまわりにいる美和やシュリの耳には理解できないものですが、
「シュシュッと参上シュシュッと忍者じゃん吹き荒れろ勇気のハリケーン・ドロドロドロロンシュリシュリシュリケンDANCE!DANCE!ドロドロドロロンビシビシマキビシDANCE!DANCE!アレハナンナンジャナンジャナンジャニンニンジャニンジャニンジャ、夕暮れにやっといい感じになった二人の間をシュワッと風を切って擦り抜けてぶっとばし、ブラックホールに消えた奴がいる。ちゃんと二人にフォローはしたのか?インスタントばっか食ってないで飯食え」
という呪文をわずか3秒の間に唱えているとは誰も思わなかったことでしょう。半蔵の呪文と同時におそろしい魑魅魍魎はしゅうしゅうと音を立てると煙のようになって、勢いよく符に吸い込まれていきます。
「うぬ。この術で封じられたものはこの話が終わるまで忘れ去られてしまうでござるよ」
「よくわからないけど・・・ありがとう服足くん」
半蔵の技でたちまち封じられたかに見える、牧男の策ですが自信ありげににやりと笑っているカウボーイはそれでも後方で腕を組んだまま不敵な表情を崩していません。この瞬間だけ義眼の総参謀長パウル・フォン・オーベルシュタインのように冷徹になっていた牧男にとって、妖怪首かじりなど所詮は囮にすぎないのです。
妖怪首かじりが封じられたタイミングを見計らうと、すでにカウボーイの指示を受けていたマヤが、暗がりの影でボールを跳ね上げました。
「行くよ!サイドワインダー・乱舞ッ!」
暗がりから宗方流庭球・影派に相応しいマヤの連弾が飛来すると同時に俊速で前進、弾道に混じって襲いかかる刃をすんでのところでかわした美和が、同時にチェーンソーのようなものを抜くとぎぃんという音とともに火花が飛び、向かい合った達人同士が対峙します。
間合いを測る両者、ですが敢えて一歩を踏み出してこようとしないマヤの様子に半蔵は不審を覚えました。剣に生きる彼女が敢えて討って出ぬ、そこには何か途方もない詐術が隠されているやもしれません。互いが達人を前にして迂闊に動くことができない状況、であれば自分たちは恰好の標的になるのではないか。
そうだ、ここで牛が来るに違いない!先程から愛のペットである黒犬のレオンや猫のミーコたちの気配を感じていた半蔵は、彼女の主戦力である巨牛マックがこれまで姿を見せていないことに気が付いていました。殺気を感じると御免!と叫んでから両脇に美和と此花を抱えて高く跳躍、あらぶる牛が土煙をあげながら自分の足元を通過していく姿に、半蔵は自分の読みが当たったことを知ります。
反撃と逆転勝利の到来を確信すると、着地と同時に両手に呪符を構えて必殺の高速詠唱をはじめようとした半蔵の耳に呑気にも聞こえる愛の声が響きました。
「あら、熊さんどこに行ったのかしらあ?」
「バホオオーッ!」
突然、お化け屋敷のなにもかもを破壊して現れたのは背から頭までを赤毛に覆われている巨大なツキノワグマでした。不幸な犠牲者を巻き込んだ一陣の嵐は現れたときと同様に一瞬で駆け抜けると、その後にはなぎ倒された卒塔婆や墓石をはじめとするセットに、周囲にこびりついている赤黒い痕跡をのぞけば何も残されてはいません(死んでません)。
あらあら待ちなさーいと駆け足になって後を追いかけていく愛の姿を目で追ってから、マヤは背後から現れた自称策士のカウボーイに顔を向けてぽつりと言いました。
「やっぱさあ・・・やりすぎたんでないの?」
「そうだな。俺様ちょっと反省ぎみ」
ぶるるという、鼻を鳴らしているマチカネタンホ%ザの声だけがかつてお化け屋敷であった場所に積まれている残骸に響き渡りました。
混沌が世に解き放たれる以前をB.C.つまりビフォアー・ケイオスと称し、今はA.C.つまりアフター・ケイオスと呼ばれる時代となっています。初日を終えて二日目、文化祭の最終日でもある秋空の下で、昨日の記憶がいささか曖昧な美和とナンジャの二人は連れだって賑やかな校内を歩いていました。
軽く首をひねりながら歩いている、二人ともナンジャ考案の印度喫茶で働いた後、休憩時間になってクラスメイトに引き継いでからの自由時間にあった筈の記憶が今ひとつ判然としていません。
「でもカレーはうまかったのだー」
「え?ナンジャってカレー苦手じゃなかったの?」
不思議に思った美和が聞いてみると、ナンジャが知っているカレーというものは火のように赤く指先に触れるだけでひりひりと痛くなるものだということでした。どうも彼女の家で出されていたカレーは大陸有数の激辛メガトンカレーだったらしく、そーかそーかと頭をなでながら、今度甘口のミルクカレーでも作ってあげようねと言う彼女たちが向かっているのは芸術祭の会場となる講堂でした。美和としては一番まともそうな芸術祭こそたぶん一番危険なのではないかと思いながらも「飛び入り参加OK」という看板に興味を惹かれたナンジャの誘いをわざわざ断るわけにもいきません。
会場ではめいめいの参加者が設けられたエリアに出展物を展示したり、あるはパフォーマンスを披露していたりして芸術祭というよりも大道芸大会のような様相を呈しています。これはこれで祭りらしいといえるかもしれず、少女たちはにぎやかな雰囲気を楽しんでいました。
「芸術は爆発ッ!英語で言うとファイヤーデース!」
日米ハーフという出自が疑わしい英語力で、力いっぱい叫んでいるシュリ。こっそりと学内でも二番目の芸術単位を取得している彼女は自分自身を芸術の理解者であると自認していましたから、その一方で英語の単位がいまひとつであることなど論評にも値しません。いつもの死神看護婦姿(朝日新聞・評)に趣向を変えて絵筆とパレットを握るシュリは道行く人をつかまえては大力で無理矢理おさえつけると不幸な犠牲者をキャンバスにしてボディペインティングを描いています。
「ちょっと赤が足りないのデース」
がす、がすという音を立てながら、とても口には出せない方法で赤い色を継ぎ足しているシュリの芸術に周辺では必要以上ににぎやかな喧噪が巻き起こっていましたが、美和とナンジャがそれを避けるようにして歩いていると横合いから声をかけられます。
「おや嬢ちゃんがた、調子はどうですかい」
実にシンプルに「床屋」と書かれた看板が立てられている傍らで、愛用のカミソリ「耳なし」をくるくると宙にまわしながら、斬七朗がアクロバッティブな技を披露しています。ニッポンで二番目の床屋の腕前と評判は上々で、来場した女性が襟足や眉を切りそろえてもらっている様子は商売としては繁盛しているかもしれませんが、芸術としてはあとひとつインパクトのある作品を残したいところでしょう。
客人がつぎつぎと来店している一方で、彼にふさわしいキャンバスが来てくれないことは床屋道を極めようとする斬七朗にとっては誤算になっていました。
「印度嬢ちゃんはニッポンでも有数の優れた髪質ですぜ。よければあっしの芸術のモティーフになりやせんかい?」
「だめです」
即答したのはナンジャではなく美和でした。ものおしげに好奇の目を向けているナンジャを引きずっていく美和の目に、斬七朗の背後で列をなしている作品の数々が映っていることがおそらくその原因だったのかもしれません。その脇には白板にマジックペンで書かれたメニューがあり、
・ニッポンで二番目 ¥8,000
・カット&パーマ ¥6,000
・シャンプーのみ ¥2,000
・シェフのお任せ ¥10
ちょっと不安がなくもない床屋を後にして、足を早めて歩く美和とナンジャの耳に、人だかりの多い一角から届く歓声や嬌声に混じって喚声や叫声が響いています。その理由は自明だったので賢明な少女は更にくるりと向きを変えると、ナンジャの手をぐいぐいと引いて危険宙域を脱していました。もちろんうずまくブラックホールのシュワルツシルト半径中心部では、文化祭の文化とは何であるかを追求している宇宙と思索の人、薔薇小路綺羅が彼の作品を準備している最中だったのです。
「・・・ああっ!」
意味もなく身をよじりながら、藁半紙にぞんざいに刷られている私立バスキア学園秋の文化祭のパンフレットを手に知恵熱で身体が火照りを覚えるまで考え続けていた綺羅は、そうだ文化とは「食文化」のことに違いないという結論に達すると日本の伝統的な食文化を再現するべく裸エプロンにスイーツの裸体盛りという、彼自身の言葉を借りれば地上に舞い降りた美天使に盛られる天上の美味を表現しようとしています。
「さあ食べて!ボクという美しい器から!奪って!!」
「さあみんな。ご飯の時間よぉ」
恍惚の美器の叫びに続いて、のほほんとした愛の声が聞こえると彼女のかわいいペットたちが一斉に飛びかかって、がつがつと食事にありつきました。黒毛の犬や赤毛の熊の下から、スイーツとなにか赤黒い液体がびしゃびしゃと飛び散りながらお子様にはとても見せられない惨状を現出していましたが、作品としてはフランシスコ・デ・ゴヤの「黒い絵」のような素晴らしい芸術に近づいていたと言えなくもないかもしれません。少しだけ問題があるとすれば、周囲を囲っているのが観客ではなく此花の治安部隊が派遣していた屈強な警備兵であったために、彼の生涯を賭しての作品が世に出ることがなかったということでしょう(たぶん死んでませんけどね)。
その此花も自身の芸術を探求しようと、芸術祭への参加を申し出ています。彼女が思う芸術とは読んで字のごとく、己が持つ芸のことであって技を駆使して美を表現するというものでした。単純な芸術至上主義にとらわれない、技術の表現であれば此花にも彼女が求めているものは存在します。指先で眼鏡を軽くなおして、小さな端末機の電源を入れるとモニターの表面に映る光点が幾何学模様を描いて明滅しました。
「どう?ヤチヨ、お目覚めの気分は」
「悪クアリマセン。賑ヤカナ場所ハ大好キデスカラ」
此花の夢でもある人工知能の探求、既存の脳科学だけではいまだ到達できてはいない、人の意識の数理モデルの結実が彼女の手のひらで明滅するセルオートマトン「ヤチヨ(プロトタイプ)」です。結実、とはいえ流用部分も多く、環境因子を反映させる自走プログラムや某所から無断でダウンロードした疑似対話能力との連携など、一見して自律型の人工知能に見える一方で彼女にすればまだまだヤチヨには自意識というものが足りていません。冷徹に知識と情報を扱う一方で、感情や感性をおもんぱかる思いでも此花は人に劣ってはいないのです。手のひらにある小さなコギト・エルゴ・スムの実現、それこそが彼女の命題でした。此花は多少、いたずらな顔をすると隣で生け花を出展するために場所を設けていた紫苑に声をかけます。
「花麒麟の花言葉をご存知ですか?」
「自立と独立。でもその子にはもっと相応しい花もあります」
此花の問いにすまして答える紫苑の足元からするすると茎が伸びて、ブーゲンビレアの紫がかったピンク色の花が小さく開きました。
「ブーゲンビレア。あなたは魅力に満ちていますね?」
「ソウデアレバ、ドンナニ良イコトデショウ」
紫苑の声にどこか申し訳なさげに応えるヤチヨの様子を見て、おやという顔をする此花。環境因子に反応する人口知能において、相手の言葉を肯定しないということがどれほどの難題であるかを彼女は知っていました。単なる偶然、かもしれません。ヤチヨに載せていた疑似対話能力が環境と連動してたまたま不思議な反応をしたという可能性もありましたが、此花はこのようなときに選択すべき言葉を知っています。
「ヤチヨ。こういう時は、ありがとうって言うんですよ」
「エエ。アリガトウ、ゴザイマス」
「え?兄様はコンテストに出ないのでござるか?」
「うぬ。忍たる者、人前で見栄えを競うものではござらん」
バスキア学園ミス&ミスターコンテストを前にして、若葉は半蔵がコンテストに出るつもりがないことを聞いてこれはいけないと思います。コンテストといえば少なくともミスターコンテストには水着審査があるべきだと希望している若葉としては、なんとしても半蔵兄様の魅力的な姿をデジカメに収めてひとやま当てなければなりません。彼女は半蔵を説得する必要がありました。
「兄様、そうではないでござるよ。こんてすとというからには強い者を選ぶのがこんてすとでござる。里の誇りを見せるためにも、兄様が出ないでどうするでござるか!」
若葉のてきとうな言葉に半蔵はなるほどそういうものかと頷きます。兄様は伊賀の里に長くいたものだから、世情に疎いところがあるでござるなどと好き勝手なことを言う同郷の忍者娘の言葉を疑うそぶりもありません。若葉としてはこれで兄様とミスター&ミスバスキアの優勝を決めて楽しい学園生活をうはうはしながらこれをきっかけにメジャーデビューしてジャパニーズニンジャアイドルへの道をまっしぐらという、魅力的な未来図にたどりつきたいところでした。
こうして半蔵をたきつけた若葉ですが、もちろん彼女自身も出場するからには優勝を狙わなければなりません。通信教育で合格したという国家忍者検定一級、自称かわいくてきゅーとな忍者ガールはミス&ミスターコンテストのはずなのに会場はいつものグラウンド、観客席に囲われている闘技場であるということにそこはかとない不安を覚えながらも、得意のすり傷ダッシュで会場へと向かいます。広々とした舞台の中央には高札が立てられていて、謎の校長ミスター・ホワイト直筆による力強い文字が踊っていました。
『強い者を選ぶのがコンテストである』
全身から力の抜けた若葉が、がっくりと地面に手をついたことは言うまでもありません。突如、周囲がにわかに暗くなると背後にスポットライトが当たり、その中央にはセパレートへそ出しミニスカピンクナース姿のシュリがマイクを手に登場しました。
「フェタァーリティー・アンド・フレンドシィーップ!ミス・バスキアコンテストの開幕デース!」
気を抜いた瞬間、思わぬ見せ場を奪われたことに戦術の失敗を悟る若葉。せっかく本章の導入部を手に入れておきながら、おいしい場面をシュリに取られてしまったのです。ですがとにかく目の前の敵を撃破することだと、すかさず二人分身した若葉はいつもの五人ではなく数を減らすことによる少数精鋭による難敵の撃破を狙います。五人に分ける労力が二人で済むのであれば、当然実力もアップしているにちがいありません。
「つまり当社比2.5倍の実力でござるよー!」
「それって一人のときの半分の実力ではござらんか?」
色違いのマフラーをつけた裏若葉が冷静につっこむと同時に、強烈なボディブローを本体若葉に打ち込みます。うぅという声を上げてダウンする若葉。これで自分一人になりましたから更に能力がアップしたと、完璧な計算に満足している無防備な裏若葉に向かって無数のテニスボールが一斉に飛来します。先制して襲いかかる、マヤの弾道は裏若葉にとって文字どおりの痛撃となりました。
「一点集中砲火ぁー!」
砲撃と同時にチャイコフスキー交響曲六番『悲愴』第三楽章が鳴り響く、それは過密なまでの火力の集中でした。一人の若葉、それも頭部の一点に半ダースのテニスボールが命中したとき、どのような防御手段があるというのでしょうか?
魔術師ヤン先生直伝の一点集中砲撃で若葉を沈めたマヤは次の獲物を見定めるべく、首をめぐらせるとあらためてミス・バスキアコンテストに挑んでいる女生徒たちに目を向けます。フィールドに姿を現しているのは若葉にシュリ、マヤの他にはカバカバと言いながら1upキノコ無限増殖ばりに分身の数を増やしているナンジャと何やら屈み込んで足元に伸びる蔦に話しかけている紫苑、そしてにこやかな顔で彼女のペットたちに囲まれている愛がいるようでした。
「さあ、みんなで楽しもうね!」
「ンモオォー!」
飛来する弾道が次々と地面に炸裂する、弾幕をかわすように愛の動物たちが一斉に解き放たれます。幸いというべきか、昨日お化け屋敷を破壊していた赤カブト(仮称)は五兵衛のじっさまの銃を受けたのか今は姿を消していて、愛と一緒にたわむれているペットたちは黒犬レオンに猫のミーコ、カラスのジョンや巨牛マックといったとてもひかえめな動物たちでした。すでに猛牛の間合いは掴んでいるとばかり、腰だめにラケット構えるとマヤは必殺の太刀筋を狙います。
「行くよ!心眼の太刀筋ぃ・・・」
かぷ、という音が聞こえたような気がして、足元を見たマヤは自分の足におちゃめな毒蛇リリーがぷらぷらとぶらさがっている姿を認めると、次の瞬間にはふらりと気が遠くなって若々しい女性らしく可憐にふうと倒れました。面白い色になって横たわっているマヤですが、不幸中の不幸というべきかミニスカナース姿のシュリはたぶん治療の役には立ちませんからそれでもどうやら治安部隊に救出されたようで良かったね。
「ポリンの魅力で悩殺デース!」
大力の拳が突き出されると同時にどごぉ、という音がして巨牛と死神ナースの間に火花が飛び散ります。クノッソスの王宮にあるラビリンスに挑む勇者テーセウスのように荒ぶる雄牛を組み伏せようとしているシュリに負けじと、増殖を繰り返しているナンジャもすでに地面を埋め尽くすほどの数になっていました。
カバディ師範代らしく無尽蔵の体力を誇る印度娘は、芸術祭で見せるつもりでいた一人分身によるマスゲームをこのミス・バスキアコンテストで成功させるべく一斉に飛び上がるとシュリたちの頭上から次々と落下します。1塁に行くまでに殺れとばかりに、まるで人間ナイアガラのように落ちてくるナンジャが愛のペットたちや死神看護婦をたちまち足元に埋めてしまいました。
これで残るはナンジャと紫苑の一騎打ち、一騎というにはナンジャはたくさんいましたからハンディキャップマッチになるかもしれませんが、もちろん紫苑も一人ではなく足元にはたのもしい彼女の草花たちが群れつどっています。王蟲の群れのように迫り来るナンジャの集団に向けて、大地を埋め尽くす腐海の大海嘯のように紫苑の草花たちがザワザワと根や茎を伸ばそうとしていました。
「インド喫茶修行の成果を見せるのだー!」
「お花も愛情をもって接すれば気持ちは通じるんですよ」
もはやどのへんが学園ものだかさっぱり分からない攻防は、無数のナンジャを呑み込もうとする巨大なウツボカズラやラフレシアの花弁が視界を埋めていく、新しい世界の創造を思わせる姿を見せています。少年漫画にありがちな、どうしようもないパワーインフレーションが止まらずにいる状況にいったいどうやって結末という名のオチをつけるつもりでいるのか、観客が真剣に悩みはじめたところで紫苑が此花から借りていた、ヤチヨの携帯端末がちかちかと明滅しました。
「あら、ヤチヨさんどうしましたか?」
「此花カラ伝言デス。モウスグ・・・」
みなまで言い終わる前に、顔色が青から紫になって白くなったナンジャたちが一斉にぱたりと倒れました。カバディでは攻めている最中に息を吸ってはいけませんから、律儀にカバカバ言い続けるにも限度というものがあります。さしものナンジャも体力は無尽蔵でも無尽蔵に息を止めることはできませんでしたから、息継ぎができずに倒れたところで他の分身たちも消えていくとめでたく紫苑がミス・バスキアコンテストの優勝を手中にしました。祝福の言葉をディスプレイに明滅させている、ヤチヨにとまどいながらも紫苑が微笑みます。
「さて。こういう場面で、似合うお花は何でしょうか?」
「月桂樹ヨリモ、私ナラ猫柳ヲ捧ゲマス」
「栄光ある勝利よりも報われる努力・・・ありがとう、ヤチヨさん。此花にも伝えてくださいね」
ミス・バスキアコンテストの優勝者が決まり、フィールドの中央に残されている立て札には「強い者を選ぶのがコンテストである」という文字が、私立バスキア学園高等学校のなんたるかを物語るかのように力強くおどっています。
激闘の興奮さめやまぬ衆目の中で、くねくねと身体をよじらせながらどこからともなく現れた綺羅が高札に歩み寄ると、ふところから一本の筆を取り出して達筆を書き入れます。半裸の詩人がいったいどこから筆を出すものか、おそらく気にしてはいけないのでしょう。
『×強い美しい者を選ぶのがコンテストである』
次の瞬間、ああっ、と喘ぎ声をあげると全身をはげしくくねらせる綺羅。ある意味で確かに彼は強く美しい者に違いありません。衆目に一身を晒されている、その行為自体が強くて美しいポエマーを淫らで美しい背徳の人・薔薇小路ポエマーへと転身させようとしているのです。はあ、はあと息づかいが粗くなっていく綺羅は自分が堕落という悪徳に身を侵されていく様に、いいようのない恍惚を一人で勝手に感じていました。
「・・・ああ!ボクが悪くなっちゃう、悪くなっちゃう!」
「この世に悪のある限り!正義の怒りが俺を呼ぶぅ!」
待ってましたとばかりの声に続いて、校庭にそびえ立つ大木の上から地に降り立ったのはバケツに似たヘルメットをかぶり、全身を高分子ポリマースーツに包んだ吹雪。紳士らしく蝶ネクタイを結んでいる胸元には吹雪の頭文字であるHの文字が刻まれていました。
先の体育祭で、半蔵に円柱の上でポーズを決められるという不覚を喫した吹雪としてはこのミスター・コンテストで雪辱を果たすべく転身、此花から受け取った謎の高分子ポリマースーツを着て熾烈な戦いの場に望みます。
「なるほど!こういうものがこんてすとでござるか!」
続けて吹けよ嵐、嵐!嵐!とばかりにニワトリそっくりの変身忍者を彷彿とさせる仮面をかぶった半蔵が、とうっというかけ声をあげて宙からさっそうと滑空すると吹雪の正面に立ちます。奥義の域に達した忍びの技にふさわしく、破魔の光の赤い仮面から放たれるやんごとなき光条がほとばしり、卑猥なポエマーを照らすとその姿は検閲の対象となってたちまちどこかへとかき消えてしまいました。
ミスターコンテストの名にふさわしく男を競うために対峙する吹雪と半蔵の両雄、赤い仮面の変身忍者と高分子ホラマーに身を包んだ拳士が彼らにしか理解できぬ勝負の幕を上げようとしているところに、ぼろろんと白いギターの音が鳴り響きます。
「ちっちっち。お宅ら、その腕じゃあアジアで三番目ですぜ」
人呼んでさすらいのヒーロー、カミソリ斬七朗も登場すると三つどもえのにらみあい。更にかっぽ、かっぽと蹄の音が響き愛馬マチカネ%ンホイザに乗ったカウボーイが馬上から見下ろすように現れるとひらりと地面に降りて、四人の男が正確な四辺形を描くと互いを無言でにらみます。
一陣の風が吹き、吹雪の拳や斬七朗のカミソリ、牧男の勝ち馬投票券のカードが構えられ、仮面の半蔵も手刀でポーズを取りました。男がいるああ男がいるぅ、泥にまみれた男たちがいるとばかりに自A隊ばりの軍歌が聞こえてきそうな、男たちの男を賭けた激突がはじまろうとしています。
先制すべく同時に飛んだのはライバルにふさわしい、吹雪と半蔵の両者。ポリマーホーク!の叫びとともに、吹雪がまとう高分子ポリマースーツがぐにゃりと姿を変えると鷹形の飛行形態へと変形します。同時にぐああ!と声がして不自然な形に変形した吹雪の絶叫がひびくとそのままぐしゃりと地面に落ちました。
なんということでしょうか、自在な姿に瞬時に変形する高分子ポリマー製のスーツは白い現代科学の粋を結集した発明品である一方で、着用者に軟体動物なみの柔軟さをもとめられるという些細な欠陥を持っていたのです。それはスーツを手渡した此花でさえも計算できなかった難題でした。
「あのー吹雪殿・・・大丈夫でござるか?」
地面で残骸となっている吹雪の姿に、基本的に人のいい半蔵が直立するニワトリのような姿のまま心配げな様子を見せています。ですが戦いに赴く戦士にとって情けが禁物であることを、好青年の半蔵はこのとき失念していました。ボリス・コーネフ船長曰く、こんなご時世でいい人間は長生きできないのです。思わぬダメージでピンチに立った吹雪ですが、気力を振り絞ると半蔵の隙をついて高くジャンプ、男は窮地にこそ試されるとばかりに空中で一回転、二回転をして頭上からの強烈な蹴りを繰り出しました。
「とうっ!」
「うぬっ!」
とっさに反応した半蔵に一撃を腕で受けられるとその反動でもう一度ジャンプ、二撃目も逆の腕で受けられてしまいますが更にジャンプ。無防備になった相手に必殺の三撃目を狙う反動三段蹴り、これこそ高分子ポリマースーツに秘められているもう一つの力である、古来から伝わる格闘技の真髄でした。その瞬間、神が降りたか魔が沸いたか、吹雪の中に最後の閃きが生まれるとカラテボーイの両足が半蔵に襲いかかります。
ばふっ
すばらしい跳躍力でとびあがってから両ヒザを相手の頭の左右に突き出し、両の内ももで側頭部を強く叩き鼓膜を破壊する。強烈な一撃に半蔵の身体がスローモーションのようにゆっくりと傾いで地に伏すと同時に、先の変形で全身を複雑に砕かれていた吹雪もまた大技の反動で最後の力を使いきって前のめりにどうと倒れます(死んでません)。この瞬間、龍波荒神流・鼓膜破りの奥義が生まれると同時に彼はたいせつな何かを失っていました。
強敵が互いに倒れ伏して、荒野に残る男は二人。すかさず勝ち馬投票券を構えたカウボーイの手が閃くと、襲いかかるカードが風を切りますが次の瞬間、斬七朗の「耳なし」の一閃がきん、きんと音を立てて切っ先を弾き返します。周囲の鉄柵や地面に突き刺さるカード、返された一枚が頬に赤い筋を作ると、カウボーイは流れる赤い一滴をぺろりと舌先でぬぐいました。
「俺様の顔に色をつけたのは三人目だな・・・前の二人は墓の下でおねんねしているぜ」
「アンダスタン?ミーは金バッジ退治のエースなんでさぁ」
にやりと笑う斬七朗とカウボーイ。手数であれば牧男のカードが、接近すれば斬七朗のカミソリが勝るであろう戦いは離れている限りはカウボーイが有利に思えます。じりじりと間合いを測りながら、互いの位置を変えていく両者の緊張が水位を増していき、二人の男たちのちょうど間に高札が現れた次の瞬間。にやりと笑った牧男が手首を返すと一枚の勝ち馬投票券が空を裂き、かつんと乾いた音を立てて高札に突き立ちます。切っ先鋭いカードが高札にとまっていたアスワンツェツェバエの背を正確に貫くと、周囲におおという歓声があがりカウボーイは唇の片方を持ち上げました。
そのまま高札を間にはさんで、その周囲をゆっくりと回るように動く男と男。この技が越えられるかと、無言の挑発を受けた斬七朗は愛用の「耳なし」の刃先にひとつキスをすると、自らの脇の下をくぐらせて背中ごしにカミソリを放ります。
「あっしにも!ニッポンいちの技が使える筈ですぜ!」
回転する刃が斬七朗の背後にいた数人の観客に襲いかかると、ハイパー・トンネルズ・アンド・トロールズ特殊魔法「実はそこにいた」の使い手でもある薔薇小路綺羅を含む数人の髪をばさりと切り落としたカミソリが旋回しながら宙を飛び、牧男が突き立てていたカードを弾くと同時に高札に突き刺さります。更なる歓声が上がり、完璧な技に会心の表情を見せる斬七朗ですが次の瞬間、唯一のカミソリを手放して無防備になった床屋に無数の勝ち馬投票券が一斉に襲いかかり、容赦のないマークシートの切っ先が全身に突き立ちました。
「ぐふぅ!」
全身を刃に覆われた斬七朗は、それでもしばらくは立っていましたが赤い流れが床にしたたると口の端を一筋のしずくが伝い落ち、カウボーイに目を向けてにやりと笑うと同時に彼自身が散髪した観客や綺羅と一緒にどうと倒れました。荒野を舞うハゲタカの声が風に流れ、指先で一度髪をかきあげると牧男は彼だけの勝利と栄光を噛みしめます。
「戦いは勝った者の勝ちだぜ、ボーイ」
こうして文化祭という名の激闘が終わり、光栄あるミス・バスキアに選ばれていた紫苑は彼女に与えられた勝者の権利を此花のセルオートマトンであるヤチヨに進呈することを表明します。彼女にとっては一学期期末試験以来となる、望むものを与えられる権利を迷いもなく放棄する理由はすでに一度それを受けていたせいであったかもしれませんが、紫苑自身に聞くのであれば彼女は次のように応えることでしょう。
「日日草の花言葉は、生涯の友情ですから」
一方で初の栄誉となるミスター・バスキアの座を手に入れたカウボーイは彼にとって当然すぎる結果にご満悦になりながらも、望みを問われるとやはり迷うことなく、バスキア学園の校門前に彼自身の巨大な騎馬像を立てることだと言いました。
謎の校長ミスター・ホワイトは牧男の願いに鷹揚に頷くと実はすでに用意してあると言って校庭の地面が開き、身の丈3メートルはある馬を駆るカウボーイの像が校門前に台座ごとせり上がります。学園を代表するにふさわしい、ミスター・バスキアの騎馬像が立つその様はかのユリウス・カエサルによって建てられたバシリカをすら彷彿とさせるものでしょう。学園でも最高の栄誉に得意の絶頂に達しているカウボーイがもしも忘れていることがあったとすれば、忍風流封印呪符に封じられていた新庄ジュンペイの存在だったでしょうか。
「おっといかん、そろそろ今回の話が終わるでござるよ」
半蔵の言葉に続いて呪符に封じられていた魑魅魍魎が解き放たれると、妖怪首かじりがちょうど手近にあった彫像の首をがじがじとかじりとってしまいます。これはいけないでござると半蔵がカクレ流退魔呪符、より強力な爆裂符をぺたりと貼り付けるとたちまち妖怪は爆発して、カウボーイの騎馬像ごと粉みじんにくだけちってしまいました。
目の前でメガンテを受けたように粉々にくだけちった勝利と栄光の姿に、牧男はしばらく呆然とするとその背中に赤い夕日の光が差し込んでカウボーイの影を長く濃く大地に伸ばしています。哀愁のあるその背中はミスター・バスキアにふさわしい男の背中でした。
「うぬ。見るがよい若葉よ、あれが男というものでござる」
「はい、兄様。よくわかんないけどわかったでござるよ」
男がいる ああ男がいる
泥にまみれた 男たちがいる
平和を願う 男の群れさ
誰もが生まれた故郷の
幸せを支える 男の群れだ
男がいる ああ男がいる
潮に焼けてる 男たちがいる
平和を守る 男の群れさ
愛する妻子よ 父母の
明日を見つめる 男の群れだ
男がいる ああ男がいる
空を駈けてく 男たちがいる
平和を守る 男の群れさ
遥かな友だち 恋人の
自由を支える 男の群れだ
† つづく †
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