12月〜期末試験〜
pic  惨汰(さんた)・・・それは返り血に染まった紅衣のエターナルチャンピオンが、戦いの無常と哀しみを紛らすべく世界にプレゼントを配ったという悲劇の物語(太公望書林『知られざる庫裏澄ます』より)。そんな伝説に思いを馳せつつ、カミソリ斬七朗(かみそり・ざんしちろう)は彼が死合った仲間達と親睦を深めるべくささやかなパーティを催していました。風流な笹の葉ずれが聞こえてくる夜の竹林には十二月の夜風が吹き抜け、男たちの輪に囲われた中央で肉をくべられている焚き火の炎と、中天を見下ろす月の明かりが世界に光の存在することを彼らに教えています。

「・・・寒いな」

 その呟きは斬七朗のものではなく、彼とともに焚き火を囲っていた龍波吹雪(たつなみ・ふぶき)が漏らした魂の欠片でした。世はクリスマスの聖夜であり、男たちがかじる肉片にはほどよい塩味が効いています。彼の目算によれば今ごろは似合わないタキシードを着て、池袋サンシャイン60の展望レストランで気になる先輩とワイングラスを傾けながら昼間見た水族館のアシカショーの感想を語り合っている筈でしたが、それにしてもこの肉は塩味が効いていやがるぜこんちくしょう。

「男には家の灯火よりも荒野を照らす火が似合うものさ」

 吹雪と同じように、塩味のたっぷり効いた肉に舌鼓を打っているのは藤野牧男(ふじの・まきお)でした。栄えあるミスター・バスキアに選ばれた自称テキサスのカウボーイは、彼が生まれ育った北海道札幌市にある大通り公園の早朝の奇妙な静けさと、有名なススキノにあるソレソレバーの力強い喧噪を思い起こしながら冷えた身体を火と肉で暖めています。もちろん彼らは東京コーヤクランドに設けられた国際学園、私立バスキア学園高等学校の生徒でしたが今は寒空に親睦を深め合う戦友たち、ラテン語でいえばコンミリーテスの集まりでした。

 かつて東京都市博の中止に伴い放棄された、東京湾の広大な埋立地は数年以上もなんら手を加えられることもなく荒れるままに任されていましたが、大陸横断鉄道ゆりかもめに乗って勇躍フロンティアに降り立った人々は無法地帯で生きる術を学びながらも、この敷地いっぱいに未来を担う国際学園を打ち立てると方々から優れた人材を集めます。
 学園は半ば都市として一個の社会が形成され、学園校舎はもちろん講堂や図書館、自然公園から学生寮まで必要な設備のすべてが設けられました。その学生寮の裏手に面した竹林で、冷え切った両手に息を吐きかけながらこすりあわせていた牧男は耳に流れ込む小さな喧噪に気がつきます。おや、誰だろうこんな深夜に物音が?

「クリスマスの夜に御苦労なことだな」
「夢ってやつは宵闇の世界に運ばれるものですぜ、旦那」

 聖なる夜であれば常の戦いを忘れてロマンチストになるのもいい。呟いた斬七朗たちが見上げる月明かりに照らされて、屋根の上を駆けているのは黒ずくめの姿で背に大きな黒い袋を背負っている二つの人影です。焚き火と肉を囲っている三人の男たちはその神秘的な情景を見上げながら、長い夜に盃を掲げていました。

 東京コーヤクランド。年の瀬も差し迫った十二月の初旬、御台場の地にある広大な国際学園、私立バスキア学園高等学校でも二学期の終わりを迎えるにあたり過酷な期末試験の公示が校内に貼り出されていました。年末といえば伝統あるオリンピアの調べに乗って世界最強タッグリーグ戦が開催されることもあって、学期末の試験もまた生徒が二人一組になって挑むことが決められています。それは同時に、クリスマスを前にしたこの時期に彼らがパートナーを探さなければならないという、謎の校長ミスター・ホワイトが与えた試練であると同時に愛と友情のツープラトンでそれを乗り切るようにという師父の計らいでもありました。

「兄様ぁー!捕まえたでござるー!」
「おお、若葉ではないか。珍しいな」

 どどどと走ってくる足音に続く元気のいい声に気軽に手を上げる、服足半蔵(はったり・はんぞう)が珍しいなといったのは同郷の忍者娘である葵若葉(あおい・わかば)に会うことが珍しいということではなく、彼女が珍しくも忍者らしい覆面をかぶっていたことにあります。世はクリスマスが近づいている折り、動きやすい短めのスカートに厚手のタイツを履き赤いコートを羽織った格好での覆面忍者姿は、この季節でも暖かそうには見えたかもしれません。
一方の半蔵もまた珍しいことに、その日はいつもの覆面姿ではなくサンタクロース風に帽子や大きな袋を担いだ格好をしています。なぜか、服の色が赤ではなく黒いことだけが伊賀の忍者らしさを主張していました。

 あまり世人に知られてはいませんが、この季節は伊賀の里に生まれた者にとって、諜報のための潜入工作の修行の成果を試す目的も兼ねて内密に希望の相手にクリスマスプレゼントを届けるという任務が課せられる時期となっています。半蔵もそうした日本のサンタの一人(国際認定)であって、その日もミッションのためのサンタクロース姿に身を包んでいました。もちろんクリスマスにはまだ幾ばくか早いとはいえ、その姿は生真面目な半蔵の心構えの現れなのでしょう。そうした事情は力強く拳を突き出している、若葉の計算のうちに入っていました。

「ところで今度の試験、兄様は誰と組むつもりでござるか?」
「そうだな、拙者としては吹雪殿に頼もうかと思っている。やはり自分を破った相手から学ぶものは多かろう」

pic pic  その答えも若葉の計算には入っていましたが、心の中でこれはまずいでござるよと思います。尊敬できる格好いい兄様がクリスマスを前にしたパートナー選びに自分を選ばないことがまずいけませんし、何より兄様が自分を破った吹雪からランダン流鼓膜破りの奥義でも学んだりしようものなら、こっそり学内に設けられている『半蔵兄様ファン倶楽部』の代表兼会員ナンバー001番である彼女としては兄様ブロマイドの売上げにも関わる大問題になってしまうでしょう。ここはなんとしても半蔵を説得しなければなりません。

「ところで兄様、トナカイを存じてますか?」
「うぬ?サンタが連れている鼻が赤い鹿のことであろう」

 微妙に間違えた答えに、若葉はゆっくりと指を振ります。

「ちっちっち、惜しいでござるよ兄様。トナカイとはメリケン語でパートナー・カインズの略で、昔ながらの信頼できる仲間のことを指しているでござる。サンタクロースのパートナーに選ばれた赤鼻の鹿をトナカイと呼ぶようになったのは戦後の話で、どんな惨憺たる苦労をしても仲間と力を合わせる姿を見せることで子供たちに友情のなんたるかを教える、それで『惨憺苦労す』と言うんでござる。だから兄様もサンタとして昔ながらの仲間をパートナーに選ぶべきでござるよ」
「なるほどそういうものか、若葉は博識だな」

 あからさまに適当な答えですが、さしもの伊賀忍者もメリケン語について語られては疑いようもありません。期末試験を前にして久々の忍者コンビまたはサンタクロース&トナカイコンビが結成させることになりました。

 学園内にあるいつもの掲示板に、ぞんざいな藁半紙に書き殴られている期末試験の内容には次のように記されています。すなわち『参加する各チームが二試合ずつを行い、勝利数の多いチームが優勝となる』というものでした。勝ち数の多いチームが複数残った場合には優勝決定戦が行われるとのことですが、1チームわずか二試合ではただ一戦の勝敗が重く、つまり確実な勝利を得る実力が要求されることになります。

「ですが、このルールにはもう一つ隠された意味があります」

 軽く首を傾けて、四条此花(しじょう・このはな)はいつものように生徒会の広報誌や学内新聞に使う資料や素材を集めるために、内国安全保障局のスタッフにてきぱきと指示を与えています。その忙しそうな部屋の一角で、持参したハーブティーをポットに沸かしながら、此花のセルオートマトンであるヤチヨと遊んでいるのは広野紫苑(ひろの・しおん)でした。彼女たちもまた、師走の煩雑さに追われながらも試験の準備には余念がありません。とはいえ、一見して呑気に見える紫苑の様子からはさしたる緊張感を感じることはできませんでした。

「意味、ですか?」
「ええ。ここに」

 紫苑の言葉に此花が指さす先、藁半紙の隅に小さく書かれている文字には『ただし乱入・反則は5カウントまで可』と記されています。それだけを見れば単なる冗談にも受け取れなくはありませんが、実はこの学園はいつも本気なので冗談が存在しないことを紫苑も此花も知っていました。冬空に東京湾の潮風が抜ける、こんな季節であっても謎の校長ミスター・ホワイトが指導する私立バスキア学園高等学校はいつでも全力なのです。
 言われるまでもなく、各チームわずか二戦しかないリーグ戦では全チームが一勝一敗となる可能性を除けば、一戦の勝敗が優勝に大きな意味を持つことになります。逆にいえば一敗したチームはその時点で優勝への望みをほぼ失うことになりますが、全チームが一勝一敗となれば仕切り直してスタートラインに戻すことができる。つまり一敗したチームはあらゆる手を尽くして他のチームを妨害することによって、二勝するチームを出さなければもう一度チャンスが巡ってくるのです。

「そうだったんですか。たいへんですね」

 あまり大変には聞こえない口調で、小さく微笑んでいる紫苑につられて此花も口元をわずかにほころばせます。彼女が考えていたのは情報を扱う者として、この情報をどう活かせば少しでも自分たちの優位に役立てることができるだろうかということでした。ですがあいかわらずヤチヨの端末をたどたどしい指先でいじりながら、小さな笑みを崩さずにいる紫苑は此花が思いもしない言葉を口にします。

「じゃあみんなに教えてあげればいいんじゃないですか?」

 知っていれば有利な情報をわざわざみんなに教える。それは此花には思いがけない発想であり、単に紫苑は好意でそう言っただけなのかもしれません。ですがそれは意外によい考えではないだろうかと思えます。自分たちが勝っているにしても負けているにしても、立ち回りようによっては思わぬ援護を得ることができるかもしれませんし、何よりそのほうが考えることが増えておもしろい。
 此花は腹心の友人にだけ見せる笑顔を浮かべると、メモを書き出して局員に手早く伝えます。クリスマスと神戸ルミ&成江を前にしたにぎやかな祭典、その厳しさよりもその楽しさを気にしながら彼女は友人のお茶をご相伴することにしました。

pic pic  流れるオリンピアの調べ。冬空にいよいよ開幕する期末試験、短期タッグリーグ戦のルールは参加する各7チームがそれぞれ二戦ずつを行って最も勝ち星の多かったチームが優勝となります。開催機関は二日間で、各対戦では四種類設けられているルールから一つを選んで行われるとのことでした。それぞれノーマルルール、ややアブノーマルルール、バスキアウルトラクイズ、ポカポカドボンとありますがどれがどんなルールなのかはあまり細かい説明がされていません。

「だが!男の戦いはノーマルであるべきだ!」

 いつものように男らしく叫んだ吹雪はマガジンZ連載の『仮面ライダーSpirits』が雑誌廃刊に伴い、未完のまま終わらないように祈願して今回は仮面%イダー(伏せ字)姿による参戦となります。とはいえ他のライダーのように完全な改造人間ではない吹雪はヘルメットとスーツを装着することによってライダーへの変身を果たしますが、そのプロセスはヘルメットを被ると同時に、全身に自動的にスーツが装着されるというものでした。ちなみに此花から新たに譲られていたらしいそのヘルメットは、普段は専用バイクのシート下に収納されています。

 どっどっどっど・・・

 砂ぼこりを立てて、近づいてきたのは愛馬アドマ%ヤドンにまたがる牧男と、その脇に曳かれるサイドカーの上で口に葉っぱをくわえながら片膝を立てている斬七朗の二人。ミスター・バスキアとニッポンで二番目の床屋が手を組んだ二人の渡り鳥たちでした。
 ライダーがまたがるバイクの前に馬とサイドカーとが動きを止めて、自由を謳歌する翼を広げた男たちがいつものようにグラウンドに対峙すると、吹きすさぶ風に乗った根無し草が戦場をかさかさと転がります。しかしタッグマッチであるからには吹雪にはもう一人のパートナーが、そう、ダブルライダーとして新庄ジュンペイ(しんじょう・ずんぺい)という名のバッタ型の改造人間が用意されていました。

 昆虫系はやめろと言いたくなる、ライダーというよりも怪人にしか見えないクリーチャーを従えた吹雪はさっそうと二人並んでのライダーポーズを構えます。対峙する男と男と男、そして一体のクリーチャー。冬空のグラウンドでいつものように男たちの激突が始まろうとしていました。
 試験開始のチャイムと同時に、一斉にかけよる男たち。渡り鳥タッグの牧男が遠距離から馬連マークシートを投げつけるとこれをかいくぐったライダーズが固く握った拳で殴りかかりますが、脇からすべりこんだ斬七朗も刃を返した峰打ちで弾いて両者一歩も引きません。迫真の攻防は続けて的中率の高い牧男のワイド馬券が飛び、するどい切っ先を身に突き立てながらも伸び上がった吹雪が重たいチョップを落とします。ミスター・バスキアが怯んだところにチョップの嵐、ですがニッポンで二番目の床屋も一瞬の隙をついた反撃に転じます。

pic 「二連眉落とし、ですぜえ!」

 キラリと閃く「耳なし」の刃に、決まればクリスマスどころではなくなる斬撃は吹雪のライダーヘルメットがこれを阻みました。縦横無尽の床屋技を使いこなす斬七朗に対してヘルメットが思わぬ鉄壁の防御となることに気がつくと、勝機の存在を確信した吹雪は傍らのクリーチャーにちょっと野太い声で力強く呼びかけます。

「俺たちダブルライダーの必殺技を見せてやろうぜ!」

 叫ぶと同時に二人が高くジャンプ、互いに空中でクロスして一回転、二回転、三回転する物理法則を無視した跳躍に続いて二本の足蹴りが頭上から襲いかかります。必殺のダブルライダーキックに絶体絶命の窮地を覚えた斬七朗は、あの時の戦いを脳裏に浮かび上がらせると彼が信じる「耳なし」の濡れた輝きがそのとき、あっし流ニッポン一の技を映し出す姿を確かに目にしました。
 斬七朗の目線のアップがカットイン映像で入ると必殺技のエフェクトが乱れ飛び、それ自体が生命ある生き物のように、竹林を流れる葉ずれの音の流れのように、水面に広がるさざなみの輪のように、弾けとぶ薔薇小路綺羅の衣服のように軌跡を描くカミソリの刃がセピア色の閃きをひるがえします。

 次の瞬間、吹雪とジュンペイのあの毛がぜんぶ綺麗に切り揃えられると、観衆の戦慄に包まれた中で二人の改造人間たちがどさり、どさりと倒れました。世界を静寂と無常が支配する中で渡り鳥たちはどこか疲れたような顔を上げるとゆっくりと手を上げて生み出された勝者の栄光に応えます。勝利はいつも彼らを疲れさせました。

 二学期末も近い師走の時期、町はクリスマスイルミネーションに彩られつつあって、例えばMITHUKOSHIデパートの吹き抜けフロアなんかには勇ましく四頭立てのトナカイに馬車を引かせたインペラトールが兵士たちの歓呼を浴びながら群衆に手を振っている、まるで凱旋式のように豪華なディスプレイが置かれていることもあったでしょうか。とはいえ飾り付けといえばおなじみ美化委員である薔薇小路綺羅(ばらこうじ・きら)は美しい彼自身を美しく飾り立てる用意はもちろんいつだってありました。

「ああ!はあ・・・うっ」

 早々とイッてしまっている、呼吸する御禁制の姿を横目に見て藤原マヤ(ふじわら・まや)はほんのちょっとだけ心のすき間に後悔の残滓が滑り込む感覚を覚えないでもありません。今回の期末試験でパートナーを探すに当たって、来る者は拒まずというヤン・ウェンリー亜流主義を奉じてみた彼女としては誰とチームを組むとしても彼女なりの技量を発揮してみせる自信はありましたが、冬空に半裸で一人悶えているこの生き物に精神を浸食されないためには追い詰められた根性ではない覚悟が必要でした。

「それはいいけど、ややアブノーマルって何よ?」
「そこでこのようなルールを考案してみたのデース!」

 試験のために四つのルールが設けられている中で、彼女たちのためにどのような試練と運命が用意されているかは想像もできませんが、用意するといえばラオウ公認バスキアいちの策士である今帰仁シュリ(なきじん・しゅり)の存在を忘れる訳にはいかないでしょう。自称お色気担当らしいいつものミニスカナース姿で、世が世なら万の軍勢を縦横に操ると言われる彼女はうちよせる波を背景にポーズをとると、グラウンドの中央に指し示したのはガスコンロの上でぐつぐつ煮えている鍋を囲うチープなかきわり舞台でした。
 傍らに立てられている看板には『フードバトル−闇鍋大食いコンテスト−』の文字が書き殴られており、鍋を囲う四つの座布団の一枚には今回、シュリのパートナーとなっている佐藤愛(さとう・あい)が正座姿でちょこんと座しています。

「煮えてますよー」

 ぐつぐつと煮えている、異臭ただよう鍋の中身は緑がかったピンク色をしていて、中にはなにか大きなかたまりが浮かんでびくびくと蠢いていました。時折はじける大きな泡が煙を吐き出す様子に、まるで残酷なサカムビット公が主催する迷宮探検競技の闇に潜むおそるべきブラッド・ビーストの沼地を想起せずにはいられません。
 このおそるべきルールを自ら提案した智将シュリの目算はもちろん、これで皆を一網打尽にしてしまおうというテロリスティズム全開の作戦ですが、グアーシュにしか見えないそれが発する臭気はすでに周囲に被害を及ぼしており、礼儀正しく座っている愛の周囲では彼女のペットたちが筋肉が弛緩して瞳孔が散大しているかのようにぐったりとしておとなしくなっていました。

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 ルールはかんたん。闇鍋大食いコンテストの表題どおり、少しでも多くコレを食した者がいるチームが勝者デスというシュリの説明にマヤは一瞬ひるんでたじろぐと気が遠くなりかけますが、来る者は拒まずという彼女のアイデンティティを守るためにも挑まれた勝負を受けない訳にはいきません。
 いろんな意味で個性を尊重した実力主義をうたっているこのバスキア学園で自分のキャラクターを維持できない者は、少年漫画のぽっと出のサブキャラのように、数週間便利に使われたあげくやがて忘れられてその他大勢の一員となってしまうでしょう。マヤピンチ、マヤどうする!

「分かったよ!食べればいいんでしょ食べれば!」

 ああなんと健気な娘なんでしょう。書きながら誰か彼女を止めてくれと叫びたい思いに駆られますが残念なことにマヤの周囲には愛とそのペットたち、そして三流芸人のようなキラキラ光るジャケットを着てマイクを手に無責任な実況をはじめているシュリの姿しかありません。いちおうマヤのパートナーである綺羅はといえば純真な動物たちの中で自分も動物になるのに忙しく、一人酒池肉林を現出していました。
 意を決すると勇ましく座布団に座るマヤですが、私立バスキア学園はR15指定であるにもかかわらず目の前の鍋にはモザイクがかけられていて浮き上がった泡が方々ではじけて臭気を漂わせています。

 彼女は勇敢でした。その様子をガリア帝国が崩壊した直後の陣営地の様子に例えるならば執政官ケリアリスが指し示す方角に目を向けた兵士たちは、蛮族に降伏した身を恥じる同僚たちがまるで陽光からも逃れたいと願うように閉じこもったままでいる様子に涙をためた目を彼らの司令官に向けると、ケリアリスもまた彼らを侮蔑したり冷たく扱ってはならないと宣言して傷ついた者たちを迎え入れたのです。

 数分後、血とそれ以外のものを母なる大地に返しながら、ぱたりと地に伏しているマヤに惜しみない称賛の声が送られますが、ムナカタ流庭球秘派を継承する彼女もまた筋肉が弛緩して瞳孔が散大しているかのようにぐったりとおとなしくなっており、遠くからはけたたましいピーポーズサイレンの近づいてくる音が聞こえます。
 身を賭して危難に挑み、儚くも息絶えた(死んでません)マヤの行動に美を感じたのは無論、自らも美の信奉者である綺羅でしたから、負けじと鍋に浮かんでいるモザイクを彼の美のためにおもむろにレンゲですくうとひとくち運びます。

 ごふっ。

 どうやらこれは闇鍋ではなく、暗黒寺の和尚が小坊主たちを欺くために硯の脇にしかけておいた毒でした。ルナティックに踊り狂う天上の罪人は背徳の身体をくねらせ、そらし、歪めながら彼の美を理解する純真な動物たちのもとに倒れ伏しますが残念なことに愛の動物たちもすでにワルハラの門をくぐる用意ができており、戦場に散った魂の車を曳いて神殿に至る階段を上るのでしょう。

pic 「あれ?みんな食べないんですか?」

 その中でもくもくと箸をのばしている愛は動物をいたわる優しい心のままに横たわるペットたちの口に箸先を運び入れながら、楽しい食事会にころころと笑みを浮かべていました。箸先につままれた物体が口中に運び入れられるごとに動物たちの肉体は彼らの意思に反して激しく躍動し、ときおり黒犬レオンが泡を吐きながらびくびくと痙攣していたり猫のミーコの関節がある種の病のように面白い方向によじれています。
 和やかな風景の中心でシーシェパードばりの慈愛の姿を見せている黒髪の少女は、彼女のペットたちに阿鼻叫喚の愛情あふれるご馳走をふるまっていました。そんな愛が一人平然としている様子におや、と首を傾げたシュリはもしかしてこの鍋はいけるのだろうかと興味のままに近づくと大木凡人の突撃!隣の晩御飯のようにご相伴に預かります。

 その日、シュリが突然姿を消した理由を知っている者は多くいましたが、次の日に出会った彼女はそのことに触れられてもどこか怯えたような素振りで証言を拒むだけでした。

 期末試験という名目の試練は7チームによる全七試合が二日間の日程に分けて開催されることになっていますが、初日の最終試合の組み合わせは此花と紫苑の腹心の友コンビに半蔵と若葉の忍者コンビとなっています。舞台はいつものバスキア学園グラウンド、ルールはパートナーと組んで相手を倒せば勝利というノーマルルールとなっていました。

「確かに男の戦いはノーマルであるべきでござるな」
「でも兄様以外はみんな女性でござるよ?」

 チームとしての総合力や連携が試される対決ですが、中でも半蔵や若葉が警戒しているのはのほほんと和んでいる紫苑の足下で揺れている彼女の植物たちの存在でしょう。小さなモウセンゴケやウツボカズラに大きなモウセンゴケやウツボカズラ、とてもとても大きなモウセンゴケやウツボカズラやマントラップやラフレシアの花々がうねうねと揺れている様子は確かに壮観です。
 これまでどれほどの強者たちがばくばくアニマルならぬばくばくプラントたちに栄養を供与してきたか知れたものではありませんが、いつのまにかバスキアで二番目の策士を自認している若葉としてはここで兄様のお役に立つことで「ギャップ萌え」なるものを見せつけてポイントを稼ごうというシュターデン提督ばりの壮大にして華麗な戦略を打ち立てており、そのためには紫苑の番犬、もとい番草たちをなんとかする必要がありました。蠢く地面を一望して、若葉は今週の連携プレイを披露すべく颯爽とポーズを決めます。

「それでは兄様!黒色爆炎龍クリスマスver.1.0でござるよ!」
「承知!」

 かけ声と同時にサンタクロース姿の半蔵が担いでいた袋からおもむろに黒色火薬仕込みクラッカーをひとにぎり放り投げると、クリスマスバージョンでトナカイ姿をした若葉がくるりと回転、足下から地を這う五匹の炎の龍が打ち出されてそれぞれがクラッカーをくわえて滑り出します。すかさず懐から取り出したラジコンのリモートコントローラーを抱えて、ぐりぐりと操作すると若葉の指示に従った爆炎龍たちは火花を散らしながらプラントウォールに突進、同時にクラッカーが炸裂して香港の旧正月のように色とりどりの爆発と轟音が響きました。
 それは壮麗な光景であり、壮麗さが内蔵する恐怖のたけだけしい具現化でした。火竜が死滅した後には五本のトンネル状の通路がうがたれます。火竜をつかみ殺した巨神の指あとを示すように。

 愛らしい植物たちの草原がオージー国のように荒れ狂う野火に焼かれてしまった情景を見て心をいためている友人の姿に、此花はここは自分がなんとかしないといけないと思います。内国安全保障局を主導する身としての彼女はあまり表に立つ性格をしてはいませんが、広野紫苑の友人としての四条此花としては話が別でした。

pic 「でもどうしたらいいかしらね、ヤチヨ」
「ソウデスネ・・・」

 年末はパーティ出席要請がたびたび重なっているということで、ドレス姿のまま期末試験に参加している此花はパーソナル端末ヤチヨとのブレイン・マシン・インタフェースを実現するゴーグルのような機械をかけています。若葉のトナカイ姿とはずいぶん異なる、オトナっぽい雰囲気はたぶん忍者娘が激しくライバル意識を燃やす原因となっていたかもしれません。
 それはそれとして此花とのインタフェースで感覚を共有しているヤチヨもまた、友人のためにこの状況を打開する必要があると思っていました。ヤチヨのディスプレイがちかちかと明滅すると、先のポリマースーツに引き続いてとある筋の校長から提供されたらしい、Xiフォースフレームに応用されているというナノデバイスが作動して此花の手首に装着された装置が小さな筒のような姿に変形します。ゴーグルに映像とターゲットセンサーが映し出されると、木の葉に身を隠しながら身代わり用の丸太を用意しようとしている若葉の姿を捕捉しました。

「シュート」

 伸ばされた腕からなんかもう学園ものとは思えないような荷電粒子の光が伸びると、質量を伴うかに見える光の帯が数瞬前まで伊賀の忍者娘がいた場所を通り過ぎて次の瞬間には消し炭すら残されてはいませんでした(でも死んでません)。思わぬ衝撃に危機を悟った半蔵ですが、若葉の尊い犠牲(死んでませんよ)を無駄にしないためにも第二射のエネルギーが充填される前にことを決するべく黒いサンタクロース姿のまま一足跳びにジャンプ、どこからともなく現れた煙突に突入して稲妻落としの要領で落下するとそのまま暖炉に落ちてぼう大な煤煙があふれます。
 もうもうと煙る黒い霞に視界を奪われた此花が、遮られたセンサースコープを復活させるべくヤチヨを操作している間に素早く黒衣のサンタクロースが目の前に現れると、隙ありとばかり手のひらに乗せた小さな塊を差し出しました。

「これは二人の友情に贈り物でござる」

 サンタクロースが差し出した二つの黒い包みを受け取り、少女たちが開いてみると包装紙にくるまれたそれはアイビーの蔦が彫り込まれた小ぶりな二つの髪飾りです。その花言葉に友情の意味があることを此花も、もちろん紫苑も知っていましたが、どうして一介の忍者でしかない半蔵がそんなことを知っているかは微妙にミステリアスでした。
 二人の少女に感謝の言葉を返されて、黒衣のサンタはとうと一声叫んで姿を消すと消し炭すら残らなかったトナカイも慌ててその後を追いかけます。試験には勝利した彼らですが、そんなことより兄様からプレゼントをもらう機会を逃した気の毒な若葉はしばらく機嫌が治りませんでした。

 一日目の試験を終えて、一勝をあげているのはカウボーイ&カミソリの渡り鳥コンビに半蔵と若葉の伊賀サンタ、そして愛とシュリによる自称ラブ&セクシーガールズです。二日目の試験ではそのセクシーガールが早速登場しますが、ここで早々に二勝すれば先んじて一敗のチームを蹴落とすことができるでしょう。

pic 「賢者は勝利に手段を選ぶべきではないのデース!」
「その通りだぜ、メェーン!」

 言われずともシュリが勝つために手段を選んだところなどこれまで誰も見た覚えがありませんが、無駄にポジティプな天動説唯我独尊バトルアーチストを自認する彼女が今回、対戦相手となる此花対策に用意してきたのが某所から黙って借りてきた毒舌AIつきオペレータロボであるザ・「クール」レプラコーンでした。

「これでヤチヨにビッチでファ!キンなスラングを教え込んでやるのデース」
「フッキング!フゥーッキィィィィィング!」

 一部で有名なFucking村の名前を連呼するオペレータの姿も勇ましく、此花&紫苑が相手となる次なる対戦はバスキアウルトラクイズ。はたしてどんなクイズが待ちかまえているものか皆目検討もつきませんが、いくらシュリが知性派であってもなんとなく頭の良さそうな此花の存在を無視する訳にはいきません。そこでヤチヨを懐柔して相手の戦力を削ぐとともについでに面白いという一石二鳥を狙うのが今回の彼女の作戦です。

「名づけてワンストーン&ツーチキン作戦デース」

 重ねて日米ハーフが疑わしい英語力で宣言するシュリですが、二日目は講堂で行われるという試験会場には一見して奇妙なところはなく、○×にとびこんで泥んこになるようなパネルもなければ紙切れをばらまくような荒野もありません。観客席に囲われた中央にはふつうに教室で使われている席が四つ並べられていて、その上には厚い紙束が乗せられて脇には立て札が立てられていました。

『400問ペーパークイズ』

 なんでこんなときに限ってまっとうな試験なんぞやりやがるのか、謎の校長ミスター・ホワイトの悪意を感じまくったシュリは全身から力が抜けるとがっくりと両手を床につきます。突然、周囲がにわかに暗くなると背後にスポットライトが当たり、その中央には昨日に引き続いてドレス姿の此花がやや上気したような顔でマイクを手に登場しました。

「え、えーと・・・レディース・アンド・ジェントルメン。これから二日目の試験を開催します」

 気を抜いた瞬間、思わぬ見せ場を奪われたことに戦術の失敗を悟るシュリ。せっかく本章の導入部を手に入れておきながら、おいしい場面を此花に取られてしまったのです。先の文化祭、ミス・バスキアコンテストで手に入れた見せ場をこのような形で失うことになろうとは海のリハクですら読めませんでしたが、しかもちょっと素人くさい此花のマイクは奇妙な人気を博しています。

 それにしてもこの動きのない四つの席に座っての400問ペーパークイズとやらで、いったいどのようなピクチャーエンターテインメントとバトルパフォーマンスを見せるつもりなのか。シュリに愛、此花に紫苑が並んで席に座ると見目麗しい四人の少女が並ぶ姿は確かに悪いものではなかったでしょうが、据え置かれた時計の針はすでに動きだしていて制限時間は100分、何の合図も予告もなく試験が開始されました。一問あたり10秒で解かなければならないという焦慮とプレッシャーがシュリのアバウトなコンピュータを狂わせます。

「おいおい、テメー計算が変じゃねーか?」
「やかましいデース!」

 背後の演壇に設けられているスクリーンには、クイズの問題が流れていて観客も一緒にこれを解くことができる親切設計になっています。例えば第一問(1点)ある数を半分にして七倍した数はもとの数字の何倍か、とか第二問(1点)797年平安京で征夷大将軍に任命されたのは誰かとか、なかなかそれっぽい問題が残り時間のカウントと一緒に画面を流れていきました。解答用紙に四菱ハイユニを走らせるシュリですが、頼みの毒舌AIは悪口雑言を口走るばかりで誰をサポートしてくれる訳でもありませんから、これはかなりピンチといえるでしょう。何しろ答えを尋ねてみたところでこのガラクタは「ビッチ」と「ファ!ク」しか言わないのです。
 とはいえ他の三人がどうであったかといえば、愛はこんなときに限ってどこからか連れてきていた立派な黒ヤギさんがもくもくと解答用紙をお食べになっていましたし、紫苑も指先をあごに当てて何やら首をかしげながらも、ぱらぱらと問題用紙をめくるばかりで一向に鉛筆が進みません。そしてやはりというべきか、此花がすらすらと解答を重ねている様子にシュリはますますプレッシャーを感じるともういっそあてずっぽうでもいいやとばかりにスピードアップを図ります。残り五分、四分、三分・・・と時間が失われていく中、それまでひたすら首を傾げていた紫苑がすべての問題を見終わったところでぽつりとつぶやきました。

「・・・いいのかな?」
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 彼女がずっと考え込んでいた理由は『第400問(1億点)さてこの問題は何問め?』という文章でした。残り時間数秒になってさらりと答えを書き込んだところで終了のチャイムが鳴ると、すばやく集計されて結果が発表されます。

 シュリ・・121点
 愛・・・・115点
 此花・・・326点
 紫苑・・・100000000点

 なんとダブルスコアどころかシュリと比べても82万倍ほどの大差をつけて紫苑が圧勝、両チームとも成績を一勝一敗に戻します。ほっとしたように喜びながら、紫苑がまっさきに言ったのは此花への言葉でした。

「お役に立ててよかったです」


 ところでクリスマスといえば雄鶏のタマゴからヘビが生まれた日を祝うという名目でしたが、そのクリスマスを前にしてライダースーツもさっそうと現れた吹雪は今日こそ彼の野望を達成すべく男の行動に出るときだと確信しています。誰も信じてはいませんが、こう見えても東京ナンパストリート(c)ENIXの主人公ばりにガールハンターを自認している吹雪としては、高校一年生というかけがえのない時間は甘くせつないロマンシブで満たされるべきだと考えていました。
 その傍らにリアルバッタ跳びで従う縦長のクリーチャーを連れて、対戦相手となる桐生美和(きりゅう・みわ)を見つけた吹雪はひとつ咳をついてから話しかけます。

「ごほん。あああの、ちょっとよいですかな先輩?」
「ん?どうしたの龍波くん?」

 そこは先輩と龍波くんでなくてマイハニーエンジェルとデューティーダーリンと呼び合うべきだろうかと、伸びてもいないヒゲをしごきながらやや宇宙的に考えてみた吹雪は彼の野心をおくびにも見せることはなく敬愛する先輩をクリスマスに誘わなければなりません。あろうことか彼はこのバスキア学園でラブロマンス(LABU ROMANS)を実現しようというのです。

「今度のクリスマス、俺ってラブ・ウォリャーかい?」
「・・・は?」

 きょとんとしている先輩の様子に、銃弾がわずかにそれたスナイパーのような顔になる吹雪。彼が三日三晩寝る前に考えていた、とっておきの台詞でしたがどうやらちょっと気取りすぎたようです。そもそも今の彼は相棒を連れたライダーなのですから、その彼が愛の戦士を称することにはやはり違和感があるでしょう。とはいえ俺のパワフルなサイドカーにタンデムしないかと言ってしまうと一歩まちがえれば未来戦士ドラエボンになりかねません。
 とりあえず吹雪が何かを主張したいということだけは理解できた美和ですが、ラボウォーリーとかいうのが何を指しているのか彼女にはさっぱり分かりません。今日の格好と何か関係のある、巨大ロボットか何かの呼び名でしょうか。

「ごめんなさい。そのラボ・・・ってよく知らないのよ」

 その答えに衝撃を受けた顔になる吹雪。なんということでしょうか、彼の敬愛する先輩はラブを知らないというのです。思わぬ言葉にいったい彼女はどんな半生を描いてきたのだろうかという衝撃と妄想が吹雪の頭の中をかけめぐっていましたが、そんなことは露と知らない美和はいつも以上に様子のおかしい吹雪の様子にちょっと困りながらあたりに視線を向けていると、どこか元気のない様子でとぼとぼと歩いているナンジャさん(なんじゃさん)の姿が目に入りました。

「ナンジャ?そろそろ試験がはじまるよ」
「・・・インドの冬はもっと暖かかったのだぁ」
「ナンジャ、日本の冬だってあったかいよ」

 ちょっとホームシックっぽい印度娘の様子に、先輩は笑みを浮かべると小さな肩に手を置きます。そういえばもうすぐクリスマスだし、ナンジャにささやかなパーティーを開いてあげてもいいだろうか。クリスマスのパーティーといえばローストしたチキンとケーキ、それに暖かい部屋があればいい筈でした。

「ケーキならここにあるのデース!」

 突然、画面横からスライドしてくるかのように、ミニスカケーキショップ店員姿のシュリが姿を現します。そんな彼女が手にしているのは惑星ラグオル地下にあるケーキショップ「ナウラ」で買ってきたという歴史の狭間で闇に消えたミッシングオブジェクトことケーキでした。
 もちろんバスキアのリハクの思惑は単なる親切心からではなく、試験の成績を一勝一敗としてしまった彼女としては他チームの足を引っ張ることで星を揃えようという算段です。それはなにも難しいことはなく、そのへんで売れ残っていたケーキを格安で買い取ってから先ほどのグアーシュをちょっとだけ練りこんであげればいいだけのことでした。

 押しつけるようにケーキの入った包みを美和に手渡したシュリですが、さしもの先輩もわずかに漏れだしている臭気が包みを変色させていることに気がつくことはできません。気がつかないうちに生命の危機に見舞われている先輩とナンジャさんですが、シュリの買ってきたケーキがあまりに賞味期限ぎりぎりだったので持って帰って食べるのも何かなと思った彼女はふと吹雪がクリスマスがどうこうと言っていたことを思いだしました。

「龍波くん、よかったら食べる?」

 思わぬラッキーと先輩の好意に2ページ見開きでビッグサクセスな顔になった吹雪は頬から滝のように伝う涙を流しながらありがたく包みを手にします。そして体育会系の学生というものは概して腹を減らしているものですし、もちろん吹雪も例外ではありません。ケーキの包みを手に小躍りしながら、試験を前に腹を満たして気合いを入れようかと去っていくライダーとリアルバッタ跳びで従うクリーチャーの姿を見送った後で、自分たちも試験とやらの対策をしたほうがいいだろうかと美和は傍らのナンジャを振り返ります。

「ナンジャって得意な教科・・・体育だものねえ」
「うーん?走るのは得意なのだー」
「そうね。少し試験の予習でもしましょうか」

 先ほどの400問ペーパークイズのこともあって、少しくらいは勉強も兼ねようかと教室に戻る美和とナンジャ。遠くからは断末魔にも似た叫びと何かがどさり、どさりと倒れる音に続いて、あわただしい喧噪と出動するピーポーズサイレンが鳴り響いていましたが幸運な彼女たちが気がつくことはありませんでした。
 こうして美和たちの不戦勝と一敗しているチームの脱落が確定し、策士シュリは策に溺れたことを彼女らしく前向きに後悔してみせますが、この時の小さなお勉強会が印度娘と彼女の生国の将来に思わぬ展望を開くきっかけになったことは誰にも分かりませんでした。

 ダブルライダーが涅槃にたどり着いた(死んでません)ことによって、試験は二試合を残して優勝の可能性があるチームが三チームに絞られたことになります。

「し、絞るの?ボクを絞るの!?」

 いつものように裸体というか半裸体になって、そびえたつ棒に身体をこすりつけている綺羅。激しくこすりつけているうちにどんどん彼の中の宇宙が沸き出してきたらしく、展開される美時空に到達した自我がほとばしりまくっています。

pic  隣のあのひとの 窓の帳が動いているよ
 きっとこっちを覗いてるんだな?
 ぼくがどんな様子かと

 昼間ぼくが妬いた 恨みの思いがいまでも
 ぼくの心にふかく うずいているかどうかと

 ああ だがあの美しいひとは
 そんなことはてんで気にしていなかった!

 よく見ると窓の帳に
 夜風がたわむれていただけだ・・・


 とてもよく絞られてしまった綺羅は恍惚の表情になってふぅと身をよろめかせると、そのまま丸木橋をふらりと落ちて小麦粉が満たされた白いプールの奈落へと背徳の身を転落させていきました。
 次なるルールはポカポカドボン。武器を手に一本橋の上で相手を落とせば勝利となる勝ち抜き戦ですが、今見たとおり一人で勝手に自滅した綺羅は対戦相手の斬七朗が何もしないでいるうちに失格となっています。残るマヤを撃破すれば渡り鳥たちの勝利ですが、カミソリの刃を陽光に閃かせつつ、ことがそうかんたんに運ぶ筈もないことは斬七朗も知っていました。

「さて、いよいよお嬢さんの出番ですぜ」
「ああもう、分かってるよ!」

 多少やけにも聞こえる声で、事実上の二対一となる不利を承知で奈落へと続く一本橋に立ったマヤは「RR」と書かれた彼女のラケットをすらりと抜くと正眼に構えます。対する斬七朗もまた一本橋の上に立ち、曲撃ちをするガンマンのようにくるくると愛用の「耳なし」を回転させながら半身に構えると背筋に高揚が通り抜ける感覚を楽しんでいました。達人は達人を前にして高揚を隠すことが難しいのです。
 じりじりと間合いを詰める両者。次の瞬間、同時に放たれたサイドワインダーと峰打ちの軌跡が交叉するとぎぃん、ぎぃんと立て続けに音がなって身体ごと後ろに弾かれ、双方が足場の悪い丸木橋の上でバランスを立て直したところでどちらともなくにやりと笑います。

pic

 信頼する得物を構えて向かい合う、空気すらも緊張をはらみ帯電する沈黙の中でいったん離れていた間合いを再びじりじりと近づける両者。射程距離に入った瞬間、居合いの心得で放たれるマヤのラケットと二連眉落としを狙う斬七朗のカミソリがまたも正面から火花を散らします。重さに勝る「RR」のラケットが閃く刃を弾いた瞬間、深く沈み込んだマヤの踏み込みが俊速で飛び込みました。スピードスターを自称する一撃に斬七朗は身をひねりながら一回転、二回転と旋回して斜め下方から螺旋切りの一閃を打ち上げますが、文字どおりの紙一重でマヤもこれをかわします。
 相手の重心がわずかに高くなった刹那、再びあっし流ニッポン一の技を狙う斬七朗の「耳なし」が濡れた輝きを閃かせますが、その技の初動が始まる前の一瞬を狙うマヤは目を閉じると自然なバランスのまま漂う空気の流れに身を任せました。

「心眼・・・!」

 細い丸木橋の上、身体が流れるままに下から振り上げられた「RR」が俊速の軌跡を描いて斬七朗を両断します。濡れたカミソリの軌跡が打ち出されるよりも一瞬だけ早く、顎下に打ち込まれた衝撃に斬七朗の身体が浮き上がりました。

「やるじゃねぇですかい」

 にやりと笑うと唇の端から赤いひとすじの雫をしたたらせて、自分を倒した者の姿に満足しながらゆっくりと身体を傾げてニッポンで二番目の床屋は地の底の奈落へと落ちていきました。
 小麦粉の海に落ちたパートナーが真っ白な灰になる姿を見届けて、無言で首を振った牧男はここはいよいよ俺様の出番とばかり、丸木橋の決闘へとにっかつロマンポルノばりに一歩を踏み出します。戦いに生きるうるわしき渡り鳥の友情を示すべく、この窮地で自分がホラティウス家の三兄弟のように大逆転でマヤを撃破すればミスター・バスキアとして獲物のおいしい肉を食べ放題できる筈でした。余裕のある表情で右手をあげると、くいくいと手招きする仕草を見せます。

「さあどこからでもかかってきたまえ、バンビーナ」
「サァイド・ワインダー!」

pic  ばこっ。重い音を立てて998球めのテニスボールがカウボーイの顔面に突き刺さりますが、かろうじてというべきか残念というべきか牧男もあやういところで奈落への足を踏みとどまります。やれやれたいしたじゃじゃ馬ちゃんだねと確率研究会員らしく馬に例えている間に再びサイドワインダーの一撃がこめかみに突き立つと一瞬、ぐるりと白い眼を向けてバランスを崩しますがタフネス大地ばりのタフネスを見せて意識を取り戻しました。それでも相手が飛び道具の撃ち合いを望むなら、ひとたび体勢さえ取り戻せば切っ先するどい馬券マークシートを操る牧男も負けてはいないでしょう。

 ごっ。

 次の瞬間、「RR」と書かれたラケットがやけに直線的に飛んでくるとジャイアンのパンチを受けたのび太のように顔面にめりこみました。顔面を陥没させたミスター・バスキアの身体がゆっくり傾ぐと男の最期にふさわしい小麦粉の奈落へと落ちていきます。ムナカタ流必殺の奥の手を披露したマヤが見事に二人を勝ち抜いて勝利、テニスプレイヤーとしての意地を見せつけました。

「ま、こんなもんだね」


 期末試験も残るは一試合、勝ったチームが優勝となる対戦はナンジャさんと先輩の超人師弟タッグに、半蔵と若葉によるクリスマスコンビの激突。どちらも定番の組み合わせだけあってチームワークにも不安はありません。
 それにしても白い奈落にかけられた橋、コミカルに見えるそれが私立バスキア学園謎の校長、ミスター・ホワイトを象徴するどす黒い白であることに気がついていた者はいるでしょうか。優勝決定戦にふさわしく校長が現れるとてきとうな激励の言葉をかけながら、そういえばこの試験で単位の足りない生徒にはまた補習をやるからねという今更のような説明が行われています。誰も気にしてはいませんが、この大会は期末試験なので二学期最後の単位取得のチャンスの筈でした。その最後の対決となるルールはポカポカドボンの勝ち抜き戦、足取りも軽く丸木橋に踏み出したのはナンジャと若葉の二人です。

「今宵の拙者はひと味ちがうでござるよ!」

 先ほどまでのトナカイ衣装を脱いで、本気モードの忍者娘らしく制服に覆面姿のくのいちスタイルを見せる若葉。対するナンジャはさっそくカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディとカバディ×100の技にふさわしい百体のナンジャさんがところ狭しと現れては早くも視界を埋めています。最近チベットの山奥で老師トンペティからハモーン法なる呼吸術を覚えて息継ぎがとても長くなったらしく、そう簡単には息が止まることもありません。

「なのだー!」
「爆炎龍ひとりでできるもんver.2.0でござるー!」

 丸木の上を今週のびっくりどっきりメカのように一列縦隊で迫ってくるナンジャさんたちに向けて、地を這う炎の龍が襲いかかると次々と白い奈落へと突き落とします。狭い丸木橋でテルモピュライの隘路に入り込んだペルシア軍のように打ち破られていくナンジャですが無尽蔵の人数を頼りに前進すると、若葉もまたレオニダス率いるスパルタ軍よろしくこれを次々と撃破しました。
 ものすごい勢いでマッチをすりながら爆炎龍に点火して、それが走り出すと次の爆炎龍を取り出して地面に設置する。どちらが先に力尽きるかという消耗戦は時折マッチが折れては慌ててすりなおす若葉に不利と言わざるを得ません。ナンジャたちもすでに数十体が打ち倒されていましたが、いくらなんでも若葉はマッチを百本も持ってきてはいないでしょう。

「くぅ・・・この技だけは使いたくなかったでござるよ」

 そう呟くと懐から針金でできた電極と電気の延長コードを取り出す若葉。ちょいちょいとナンジャたちに手招きすると、なんだろうと首を傾げる印度娘に電極の一本を手渡します。それから他のナンジャたちとなかよく直列で手をつながせて、ぐるりと一周まわったもう一方の端っこにいるナンジャにもう一本の電極を手渡しました。これをしっかり握らせたところで近くに出ている放送設備用のコンセントに向かうと、おもむろに延長コードを差し込みました。

「忍法・降雷の術!(良い子は真似しないでください)」

 直列つなぎAC100ボルト電源をかけめぐらせたナンジャたちは素直なところが災いして一斉にしびれると目を回してぱたりと倒れます。大技を決めた若葉も帯電して髪の毛が立っているところに続いて美和が登場、ナンジャの仇を討つべく丸木橋に向かうと手にした竹刀袋の紐をほどきます。すらりと抜いたそれはクリスマスにふさわしくシンプルな斧でした。

pic  確かに竹刀を入れたのにどうして斧が入っているんだろうかと、真剣に悩む美和ですが私立バスキア学園には古来よりバスキア七不思議というものがついさっきから伝わっていて、その中の一つにいつの間にか荷物を入れ替えてしまう白オバケというものが知られています。
 ともあれ丸木橋の上で向かい合う両者。とはいえ美和が構える物々しい斧は、まともに命中しようものならバスキア学園がR指定どころかX指定になってしまうでしょう。対する若葉はここで連勝して兄様に思わぬ自分の実力を見せつけてオッケイ!というのが今週の野望(全国版)になるようです。

「さあ!どっからでもかかってくるでござるよ!」

 こっそり研究したそれっぽい忍術ポーズを披露して、自分がさぞ決まっているだろうことに心の底で満足している若葉。その様子に少し考えるような素振りをした美和は、おもむろに斧を構えて大きく振り被るとそれを振り下ろしました。

「両断!」

 剣道部らしいきれいなフォームで、問答無用で振り下ろされた一撃は若葉ではなく、足下の丸木橋を両断するとジブラルタル海峡の底まで沈むかのように落下して粉の海に突き立ちます。不意をつかれてバランスを崩した若葉も一緒に落ちると白い海の藻屑となってあっさり退場、これで双方とも一人、美和と半蔵を残すのみになりました。
 とう、と一声あげてジャンプすると空中で一回転、二回転してから粉の海に突き立つ丸木の一本に乗る半蔵。黒装束のサンタクロース姿にマフラーを風になびかせて、彼の強敵を待ち構えます。美和はちょっとどうしようかと思いながらももう一本立つ丸木の上に、おっかなびっくり足を伸ばしてそろりと立ちました。斧を手に危うくバランスを取りながら、一つ深呼吸をする姿に半蔵は一礼を返します。

「やるからには全力でお相手致す」
「そうね。今度は正々堂々いきます」

 とはいえ両者とも足場がないに等しい状態で使える技は限られるでしょう。先手を打ったのは身の軽い半蔵で、黒色火薬仕込みのクラッカーを次々と放ると美和も斧を振ってこれを弾き、白い海に落ちた火薬が炸裂して粉塵をまきちらしつつ、ときおり若葉のぐええという声が聞こえてきます。
 達人同士の技量は伯仲して巧みに隙を窺う半蔵の黒色火薬を美和はことごとく弾き落とし、そのたびに気の毒な若葉の声が地の底から響きました。周囲に立ちのぼる白い煙がますます濃く広がると視界を遮りますが、これこそが半蔵の狙いです。

「この勝負、もらったでござる!」

 先手を打って休む間もない連続攻撃を仕掛け、動きを封じながら白い煙で視界を塞ぐ。巻き上がった煙は飛び交う粉塵で引火すれば大爆発を起こす。名づけて黒色火薬仕込みクラッカーで粉塵爆破の術という、わりとストレートな名前の必殺技を狙うべく得意の超電磁神風をクリスマスバージョンで見せる半蔵の全身が赤と緑と白のイルミネーションに光ります。
 半蔵と美和が身構える、戦場の下は舞い上がる白い粉塵と若葉の悲哀が渦巻いている中で目をまわしていたナンジャも頭を振って起きあがりました。周囲は真っ白で前も後ろも見えたものではありませんが、あちこち探ってみるとようやく柱のようなものに手を触れます。それが半蔵の立っている丸木だとはさすがに気がつかないまま、どこかぐらぐらしている柱を好奇心のままにゆすってみました。

「なのだー?」
「ぬうっ!?」

 思わぬ足下の揺れにバランスを崩す半蔵。ぐらりと身を傾けるとそのまま白い奈落へと落下します。もちろん懐には多量の火薬を忍ばせたままで、下にはまだいくつか爆炎龍を持っている若葉が粉塵まみれになったままで、いつの間にか紛れ込んでいたクリスマスイルミネーション姿の綺羅を巻き込んで、超電磁神風の着火体勢も万全に赤と緑と白の火花をばちばちと散らせた半蔵が。

「さあ、飾りつけて!ボクをスターライトに変えて!!」

 次の瞬間、聖なる夜にひときわ輝くスターライトが白い奈落で存分に炸裂すると、周囲に轟音と爆音と炸裂音を轟かせて色とりどりの煙と火花が鮮やかに巻き起こります。それは年の瀬に相応しい賑やかな祭典のフィナーレとなって、人々の目と耳と人生を彩っていました。

 東京コーヤクランド。御台場の地にある広大な国際学園、私立バスキア学園高等学校もクリスマスを迎えて周囲には赤や白や緑の明かりが投げかけられています。敷地の一角、風流な竹林から少しく離れた女子学生寮からはあたたかな光りと笑い声が漏れ伝っており、屋根の上を駆ける黒ずくめの二つの人影からもその様子は見えていました。

「兄様、町はもうクリスマスでござるよ」
「うぬ。次の配達先は分かるでござるな?」

pic  とう、と駆けていく黒ずくめのサンタクロースとトナカイを背景にして、寮の庭では黒髪の娘が彼女のペットたちにがつがつと汁気たっぷりの何かを与えている最中でしたし、ナイチンゲールなメリケン娘はやはり値切りまくって手に入れてきた多量のケーキを同僚たちに格安でふるまっていました。窮屈なドレス姿からようやく解放された少女はホットチョコレートを満たしたカップを彼女の友人とすすりつつ、生まれて初めてのクリスマスを楽しんでいる印度娘は彼女の先輩と気のいいテニス少女に挟まれて鼻の頭をクリームで飾っています。
 そんなあたたかい喧噪から離れて、男たちは風流な笹の葉ずれが聞こえる夜の竹林で中央にくべられている焚き火に手をかざしながら冷えた身を肉と炎であたためていました。

「・・・寒いな」

 魂の呟きは誰のものだったでしょうか。透き通る夜空には舞い散る羽毛のような白い雪が振りはじめていましたが、男たちにとって白は凍てつく荒野を思わせる氷雪の色でした。今夜だけは頬を伝うしずくであっても、それはすぐに凍りついて誰に見とがめられることもないのでしょう。

 クリスマスは好きかい?

† つづく †



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