1月〜新年〜
広島駅。新幹線のホームには上京する彼女を見送るために集まっている、いかめしい顔つきの男たちやどこか懐かしいヤンキーを思わせる少年たちが群れ集っています。彼らは一様にアネゴとかお嬢さんとか口にしながら、新しい生活へと旅立つ彼女を心から暖かく送り出そうとしており、その姿は傍目には多少奇妙にも滑稽にも見えたかもしれませんが当人たちは真剣そのものでした。
男たちの集まりの中心にいる春野千代(はるの・ちよ)は餞別にと渡されたもみじまんじゅうの袋を片手に、もう片手には「風林火山」と刻まれた愛用の木刀を担いで走り来る流線型の列車に目を向けます。ゆっくりと振り返り、いつまでも名残惜しそうな顔を消せずにいる男たちに呆れたような笑顔を見せました。
「ほらほら、いつまでも景気の悪いツラしてんじゃなか。ブサイクがようブサイクに見えちまうけん」
広島を出て東京の学校への転入が決まった彼女。私立バスキア学園高等学校という妙な名前の学園は、聞いた話では国際交流が盛んで訓辞は「強くあれ」という、いささか風変わりな評判も聞こえましたが千代にとってはそれも上等といったところでしょう。ガイジン相手に広島人の強さを見せつけるというのも悪い話ではありません。
「あっちでもウチが番を張らせてもらうわ。お前さんらが東京に来んさったら大手を振って歩けるで」
「姉御、お身体には気ぃつけてくだせぇ」
忘れ物はないだろうか。チェーンにカミソリにサラシ、それからもみじまんじゅう。見た目よりもずいぶんと重い荷物が網棚を占領し、指定席に腰を下ろした彼女は窓外で万歳三唱を叫んでいる仲間たちに気軽な、ですが心からの手を振ると新幹線は走り出しました。とはいえ任侠春野組の一人娘は彼女なりに親元を離れて東京で暮らすことを楽しみにしている素振りもあり、任侠や番長といった世界を離れた都会の生活にも興味がない訳ではありません。おやつ代わりにチーズ味のもみじまんじゅうをひとくちかじり、ペットボトルのウーロン茶を口に運ぶ千代を乗せた新幹線のぞみ号は一路東京へ、私立バスキア学園高等学校のある東の都へと走ります。
東京コーヤクランド。かつて公約だかマニフェストだかを謳う時の都知事が強行した、東京都市博の中止に伴って放棄された広大な埋立地がミスター・ホワイトを名乗る人物によって買い取られるとこの地に建てられたのが私立バスキア学園高等学校であり、今や学園校舎やその関連施設によって占められた土地はここを巨大な学園都市と化していました。放棄された区画、遺棄された建築重機、風にさらされる看板、流れ去る根なし草、闊歩するならず者の集団とはびこるエンジンの音。そんなマッドマックスが学園の秩序によって抑え込まれた、そこは人類の新しいフロンティアの一つとして今も活況を呈しています。
土地をまっすぐに貫く大通りを抜けて、学園に達すると中央広場から正面に不気味にそびえているレンガづくりのゴシック風校舎、目をはるか右手に向ければ宇宙をテーマにしてアメリカ合衆国の宇宙飛行士が監修を行ったという近未来的な体育館、劇場を意識した様々な舞台の上演が可能な円筒式の講堂、そして反対左手方には南アメリカ大陸のアマゾン川やアフリカ大陸のナイル川、ミャンマーのイラワジ川などを模してつくられた熱帯雨林をモティーフにした自然公園など敷地内には数多くの施設が設けられています。
そのバスキア学園で、珍しくも執務室で山のような書類をいかにも整然と処理しているかに見えるのはこの学園都市の校長でありビンス・マクマホンばりの支配者でもあるミスター・ホワイト。現代的なメールやワークフローといったコンピュータ・システムに頼らず、古風な紙の書類を繰っていることにおそらく大した意味はないでしょう。これが二週間ほど前であれば同じ校長室内が壁面を埋め尽くす巨大なディスプレイ・スクリーンや三次元戦術モニタ、端末用のキーボードや通信設備で埋め尽くされていました。
その姿は長身でもなく小柄でもない。逞しくもなく貧相でもない。撫でつけた白い髪は謎の校長の外見を若くも年老いても見せていました。磨かれた年代物の木製のデスクに向かい、書類に目を通しては愛用のゼブラペンを走らせて何事かを書き付けています。署名をして処理済みの箱に送ることもあれば、メモを付けて差し戻しの箱に入れることもありました。ふと、白い校長が壁面に据えられている古風な振り子時計に目をやると午後二時五十六分の針を示しています。調度の一つまでが洗練された、アンティークな空気をたゆたわせていました。
時計を見ておもむろに立ち上がった校長は部屋の隅にあるやはり磨かれた木製のクロークに手を伸ばして、しまわれていたチュチュを取り出すと履きかえました。白いトゥシューズまで用意してつま先立ちでつつつと部屋の中央に向かい、正確に三回まわってみせたところで時を告げる鐘の音が響き、かき消されたノックの音に続いて扉が開くとそこには一人の女生徒が立っています。
「ひっ」
私立バスキア学園内国安全保障局、通称生徒会室にて。よく晴れた青空に乾いた寒気が厳しい、東京の冬から守られた一室は部屋中がすっかり生け花で飾り立てられており、にぎやかで華やかでもありますが生けられた花のいくつかが奇妙に蠢いているように見えるのは気のせいだったでしょうか。
部屋の真ん中にしつらえられたテーブルでは四条此花(しじょう・このはな)が端末機のディスプレイに明滅するセルオートマトン、ヤチヨと戯れながら広野紫苑(ひろの・しおん)が煎れてくれたお茶を相伴していました。人工知能体であるヤチヨはいわば身体とでも言うべき入れ物を自由に入れ替えることが可能でしたが、移動はできてもコピーができないようにプロテクトがかけられているのは自律型AIに対する此花のモラルであり優しさでもありました。
「そういえば、校長からお話があったんですよ」
「まあ、珍しいですね」
部屋のまわりに目を向けて、生けられた蠢く枝ぶりを確かめていた紫苑が友人の言葉にくるりと顔を戻します。話というのはかんたんなもので、年が明けた新学期に何やら行うから生徒会で協力者を集めて欲しいというものでした。
ミスター・ホワイト、謎の校長からの話となれば警戒する者も多く、学園の自由な気風もあって反体制の風潮が強いバスキア学園だけに協力者の選抜は厳選する必要があるでしょう。それを年末年始の限られた期間に行うのですから校長の話はかんたんなものであっても決して楽な仕事ではありません。それなら補習で学園に来る生徒から選んだほうが早いだろうかと、いつもの笑みを浮かべている紫苑に此花もどこか悪戯な顔を見せて言いました。
「実はもう刺客を送っているんです」
国際学園を謳う私立バスキア学園高等学校ではクリスマスを過ぎれば大晦日まで年末の休暇となり、新学期の登校日は年が明けて一週間ほど過ぎてからとなっています。この年末年始の期間を利用して、単位が足りない生徒のために補習が行われていましたが新年の仕事はじめは古代ローマに倣って一月一日からとなっており、学生たちもこの期間に足りない単位を補う必要がありました。
一学期の終わりの補習では、サマースクールを前に集められた生徒たちがバスに揺られて大仰な施設に連れていかれると大威震八連補習と称する過酷な試練に放り込まれるようなこともありましたが、今回はそのような様子もなく学生たちが各々自主的に課題をこなしては単位を獲得するといった方法をとっています。それは学園に慣れてきた生徒たちに更なる自主性と自立性を求めていたのかもしれませんし、学園ものが十話も続けば新しいネタを考えるのが面倒くさくなってきただけかもしれません(そんなことはありません)。
「哈ぁッ!」
止めて、抜いて、払う。力強い足捌きで、床一面に広げられた巨大な半紙の上を駆け回っている服足半蔵(はったり・はんぞう)は彼自身の補習の課題と新年の決意表明とを兼ねて、いつもの忍者装束の上に紋付きの羽織袴を着た姿で、一抱えもある巨大な毛筆を抱えながら書き初めを行っています。伊賀忍者にふさわしい、躍動感がありながらも滑るような足捌きで墨汁をたたきつけられた半紙には力強い筆致が刻まれていき、書きあがった紙面には「切磋」の二字が残されていました。見事!の声が白い教官の口から漏れて彼の作品はしばらく学園の講堂に掲げられる栄誉を与えられることになります。
ですが補習組の生徒が誰でも半蔵のように無事課題をこなすことができていた訳ではありません。中には補習に出ながらも補習どころではない、宿命の戦いに身を投じていた者もいるかもしれず例えば龍波吹雪(たつなみ・ふぶき)などもその一人でした。
「何故だ、何故お前と俺が戦わなければいけないんだ!?俺たちは戦友、英語で言うとバトルマンじゃないか!」
自分を見つめ直すために、自分を鍛え直すために。吹雪にとって今回の補習は男を磨くためのまたとない舞台となる筈でしたがその彼の前に立ちはだかっていたのはいわば彼の盟友たる新庄ジュンペイ(しんじょう・ずんぺい)です。吹きすさぶ風に無言で立つライバル。
男と男の世界の中で、友は時として敵でもあり二人の間に言葉はいらず、ひとたび対峙すれば後はただ殴り合うことでしかお互いを語ることはできません。それが好敵手と呼ぶべき関係であり、男の世界に浸る吹雪は学生服の懐からおもむろにマイクを取り出すとささきいさお調に力強く歌いはじめました。
男と男に つきまとう
切っても 切れない 強い糸
顔をそむけて 生きられぬ
それをさだめと言うけれど
まさしく俺とお前の仲は
戦うための宿命だった
炎の中に サムライを見た
デスラー それはお前だった
お前と俺とが 出会うのは
命の重荷を 持ち寄って
敵という名で指をさし
熱く心を 燃やしてた
さだめが少し変わっていたら
互いに酒も飲んでたはずだ
炎の中に サムライを見た
デスラー それはお前だった
デェスラァ〜。こめかみに血管を浮き立たせながら熱唱する吹雪。吹きすさぶ風の中で、周囲には恍惚とした歌声だけが響いています。ですが宿命のライバルと一対一で対峙する、そのシチュエーションに酔っていた吹雪は目の前の新庄ジュンペイがいつもと少しだけ様子が違っていることには気がつくことができません。身長180cmに体重100kgはありそうなずんぐりした筋肉のかたまりで、前傾気味のピーカブースタイルに構えた両手のボクシンググローブでアゴをしっかりとガード、チョコレート色の肌に牡牛のような目をしたタフマンはまるでマイク・タイソンばりのヘビー級ボクサー・新庄ジュンペイでした。
次の瞬間、どこからか聞こえる筈のないゴングが鳴り響くと歓声を背に解き放たれた獣のような挑戦者は若い力で襲いかかり、やがて吹雪は疲れて眠るように静かに倒れて落ちました。
ファミコン版ビーバップハイスクールのようにぼこぼこに殴られたチャンピオンはロッカールームのベンチに運び込まれると、切れた唇でそっと「ユーはキングオブキングス」と呟きます。どこからともなく白い人影が数人現れるとボロ雑巾のように倒れているもとチャンピオンを担ぎ上げて、すばやく姿を消してしまいました。
「ところで今回のテーマは『裏切り』と『寝返り』デース!」
唐突に何の脈絡もなく、力強く独り言を呟いているのは今帰仁シュリ(なきじん・しゅり)。ラオウ公認バスキアいちの策士を自認する素敵に不敵な日米ハーフの金髪碧眼一年生兼自称お色気担当ですが、デビルマンばりに地獄耳な彼女のヘルイヤーは校長が生徒会室にもちかけたという謎の企みの存在を早くも掴んでいます。補習をぶっちぎって神社で巫女のアルバイトに専念するつもりでいた彼女としては、せっかくの情報を活かさない手はありません。
シュリは彼女の情報源でもあるリファール商会コーヤクランド支部のオフィスに出向くと、学園とスポンサー企業であるWDF社の調査に乗り出しますが、最近納品されたいくつかの怪しげな設備の存在をすぐに突き止めることができました。
「チュチュが一組に爆薬が1.8トン。まずサソリが入ってない、あとストーブ。高性能ロボトノイド2体・・・デース?」
あまり雑多に過ぎてさっぱり訳が分かりませんが、おそらくこの中のいくつかは校長の企みに深く関係している筈です。学園の不穏な動きを察知して、それを自分の野心のために最大限活かすことは陰謀策謀を芸術の域まで高めようとするシュリの真骨頂だったでしょう。彼女のアバウトな脳内コンピュータにはこれまで利用してきた人々のリストとこれから利用すべき人々のリストが整然と並べられており、とりあえず補習もそっちのけで集められる限りのデータを収集していました。
平坦な埋立地、地平線が見えるコーヤクランドでは夕暮れがすでに薄暮を経て街路灯が頼りない明かりを周囲に投げかけています。天下分け目の決戦を前にオフィスを出たシュリは自分が他人を陥れることばかり考えてはいましたが、自分が陥れられる可能性については考えたこともありません。ふと薄暗がりに目を凝らしたシュリの青い目に映ったのは一人の人影ですが、例えば変質者というものが素肌の上にコートを一枚羽織って「ほれこんなんじゃあ」と見せびらかすような者を指しているのだとすれば、目の前にいるそれは間違っても変質者ではなかったでしょう。なぜなら彼は素肌の上に何も羽織ってはいないのですから。
「もんすたー!もんすたーさぷらいずどゆう!」
地下美宮から湧き出ると突然襲いかかった肌色のモンスター、薔薇小路綺羅(ばらこうじ・きら)が美しいブレスを吐き出して一撃で41ポイントのダメージを与えると、油断していたシュリに容赦なくむき出しのポイズンなジャイアントが襲いかかります。もちろんリセット技など使える筈もなく、思わずマカニトを唱えようとする大力ナースですがこの呪文はファミコン版以外はしっかり無効化されてしまうことを彼女は知りませんでした。
手をこまねいているうちに2ターン目、続けて吐き出された密着系ブレスがとどめのジュテーム・ヒットとなりシュリの息の根を止めると(死んでません)、どこからともなく現れた白い人影がやはり倒れている彼女を担ぎ上げてすばやく姿を消してしまいます。その後、吹雪やシュリの姿を見かけた者は誰もいませんが不思議なことに彼らは補習に参加したことになっており、特に親交のない生徒たちの中には確かに彼らが補習に出席していたと証言する者さえ存在する有り様でした。
こうして幾人かが約束された死への道筋を辿りながら、補習にも陰謀にも縁がなく人並みの年末年始を迎えていた学生も決して少なくはありません。留学生のナンジャさん(なんじゃさん)はインドに帰る予定もなかったので、丁度帰省することになっていた桐生美和(きりゅう・みわ)と彼女の実家がある高萩を訪れています。ある種の犬のようにくるくると先輩のまわりを走りながら、日本で始めて迎えるSHOW−GUTSを存分に味わおうと初お年玉や初たこ揚げや初着物で生娘独楽回しを堪能したかもしれません。
「先輩に年賀状なのだー」
「あー。ありがと、ナンジャ」
はんてんを着てこたつを囲いながら、みかんの皮をむいていた美和は友人たちから送られた葉書の束を手に取りますが、中には何を勘違いしたものか「果たし状」と力強く書かれた手紙も混じっていたり「君のためなら死ねる」という岩清水レターもあったとかなかったとか、家族にいらぬ心配をかける原因となっていました。ナンジャ宛の年賀状まで混じっていたのはたぶん彼女に渡したほうがきちんと届くだろうという妙な気遣いがあったせいでしょうか。
「ぺったんぺったんもちぺったん、なのだー」
「はいはい。ナンジャごくろうさま」
穏やかな年始の一日、息のあったコンビネーションで先輩がキネを落としたモチをナンジャがひっくり返すとつきたてのモチで餡をくるんで口いっぱいに頬張ります。餡を口のまわりにつけたまま、あたたかくも柔らかくて甘い味は異国の正月を印度娘の舌と胃袋に感じさせていました。
そして新学期。帰省した者も寮で過ごしていた者も正月気分を満喫して新しいバスキアの年を迎えていましたが、久々の登校に冷たく乾いた空気を肺いっぱいに吸い込んでいた美和とナンジャは校庭に騒々しく人が集まっている様子と、校門の前に立っている転入生らしい女生徒の姿を目にします。記念すべき初登校を騒動で迎えられていた千代は喧嘩と祭りは広島市民球場の花とばかり、期待に胸を躍らせているようでした。
「なんじゃ、アレは何があるとね?」
「ナンジャ?ナンジャは私なのだ?」
「そうじゃなくてアレはなんじゃと聞いとるんじゃ」
「ナンジャはアレじゃなくて私なのだー!」
千代が声をかけた相手はもちろんナンジャでしたから、しばらく誰がナンジャで何がカンジャといった不毛なやり取りが続きます。日本の方言など知っている筈もないナンジャが先輩の後ろにくるりとまわり込むと、やれやれといった顔で美和が話を継ぎました。
長髪に長めのスカート姿、潰したカバンに担いだ木刀も勇ましい千代の風体は確かに変わって見えましたが、国際プロレス並みに国際交流を推進するこの学園では多少変わった風貌が他人に違和感を感じさせることなどありません。美和の態度は純粋に転入生の娘に対するそれでしたが、それを泰然とした佇まいと感じたのは千代でした。
「・・・あんたぁ、できんね?」
「はあ?」
千代は無意識のうちに自分が身構えていたことを自覚します。その隙のない振る舞いは、軟弱な東京者の集まりかと思っていた学園に思わぬ手練れがいることを彼女に教えていますが美和にとっては何のことやらさっぱり分かりません。
そんな微妙な胸中を吹き飛ばすかのように、背後で唐突な大きな駆動音が響くと喧噪がいっそう大きくなりました。彼女たちが振り向いた視線の先、人混みの中央で暴れ回っているのは第二次世界大戦中にイギリスで開発が行われていたというロケット推進式の移動爆雷、約1.8トンの炸薬を詰めた本体を直径3メートルの車輪で挟み、装着した多数のロケットを一斉噴射させて回転させるパンジャンドラムの勇姿でした。
時折ロケットが脱落して飛び交ったり、横倒しになって高速回転を始めたりと暴れ回る爆雷はどうにも根本的な構造上の欠陥を抱えているようにしか見えませんが、少なくとも学生たちを恐怖と混乱のどん底に陥れるという目的だけは達しているようで時ならぬ阿鼻叫喚を周囲に現出しています。
とはいえ襲いかかる危難は試練として立ち向かわなければならぬ、バスキア学園の生徒たちは理不尽な出来事には慣れていましたからいつもの校長の気まぐれかとばかりに暴れ回る車輪を止めるべく走り出しました。先手を取ったのは走ることなら負けないナンジャ、これに続くように、とうというかけ声が聞こえると校門の突端に現れた半蔵も宙を舞います。陸にナンジャ、空に忍者という布陣が一番槍を伸ばしますがパンジャンドラムの枠から外れたロケットが飛ぶと煙を引いてこれに命中、炸裂した火花が冬空を彩りました。
「なのだー!?」
「不覚ッ!」
学生たちを巻き込みながら校庭を疾駆する炸薬車輪、土埃を上げながらそれに併走するように現れたのは一頭の馬と一頭の牛。愛馬アドマイ%ドンを駆るミスター・バスキアこと藤野牧男(ふじの・まきお)と傍らのサイドカーで片膝を立てているカミソリ斬七朗(かみそり・ざんしちろう)、そして愛牛マックの上に横座りしている佐藤愛(さとう・あい)とその後ろに立つ葵若葉(あおい・わかば)の四人です。ことに正月らしく着物姿で立つ若葉はたまには純和風に攻めることでおカタい兄様もきっと自分を見直してくれてオッケイ!という野心が見え隠れしなくもありません。
馬と牛は敵を直線的に追撃するような単純なことはせずに意図的に戦力を二分し、ゆるやかな曲線を描きつつ敵の前方に出て退路を遮断、かつ後背を撃って挟撃しようとしました。あざやかな包囲網が完成するかに見えたので、スクリーンを注視していたロイエンタールは一瞬ですが内心で舌打ちと感嘆を同時にしたほどです。ミスター・バスキアの声に合わせて斬七朗を乗せたサイドカーが離脱、切り離されると疾駆する車輪に特攻しました。
「ストロング・ポイント・ナンバー4ッ!」
「行きやすぜい!」
閃いたカミソリ「耳なし」の刃がパンジャンドラムに据えられたロケットを切り落としますが、ちょっとした計算違いがあるとすれば片面のロケットだけしか切ることができなかったせいで巨大な車輪が彼らに向かってスピンを始めたことだったでしょう。苦悶の揺動を続けるガイエスブルク要塞のように牧男と斬七朗を巻き込んで暴れ回るパンジャンドラムに、新しい遊具を見つけた動物のような無邪気な調子で愛の声が響きます。
「さあマック?お遊戯の時間ですよお」
「ンモォー!」
深い意味もなくローマのヘラクレスこと剣闘士皇帝コンモドゥスのようにライオンの毛皮を頭から被っている愛の姿が現代のコロッセオを駆け抜けると、重い巨牛の一撃が回転する車軸に正面からぶちあたりました。さしものドラムも枠がひしゃげて横転すると断末魔の悲鳴を上げるかのようにロケットの火が炸薬に次々と引火して赤く青く輝きを増していきます。
時ならぬ音と光の出現に興奮した愛の動物たちが楽しそうに跳ねまわり、愛の後ろで巨牛の背に立っていた若葉がすかさず跳ぶとくるりと舞うように着地、皆で華麗にポーズを決めたところで科学戦隊ダイナマンのオープニングなみに派手な轟音と爆発が巻き起こりました。
「ハッピー・ニューイヤーでござるぅー!」
これは久々に決まったでござると、かっこいい決めポーズの余韻に浸りながらじんじんと響く耳なりすら心地よく感じている若葉の姿に、やがて周囲に静寂が訪れて短い戦いを終えた戦場では妹分の成長を感心した様子で半蔵が歩いてくると懐から取り出した黒いかたまりを手ずから渡します。
「兄様、これは?」
「うぬ。若葉には先のクリスマスでプレゼントを渡し損ねていたでござるからな。ここは忍びの者らしく拙者からおとし玉に替えるでござるよ」
「兄様・・・!」
今年はもう年始から野望が満たされて、ハッピーウレピーもうサイコーと思わずノリピー語で喜ぶ若葉。半蔵から渡されたずしりと重いかたまりを取るとこれは何だろうと持ち上げたり振ってみたりしますが、粗忽な若葉らしく手をすべらせてうっかり落としてしまいます。
落とすと爆煙の巻き起こる火薬がぎっしりと詰め込まれたおとし玉は途端に炸裂して先程のパンジャンドラムにも勝る華麗で派手な爆発を周囲に現出すると、二人の伊賀忍者を仲良く巻き込んで映画版「さらば宇宙戦艦ヤマト愛の戦士たち」のラストシーンで反物質生命体テレサとともに超巨大戦艦に特攻したヤマトばりに宇宙を照らす輝きと化しました(でもヤマトだから生き返ります)。
人々の鼓膜と視神経を侵食するかのような輝きがようやく消え去り、残された哀愁と虚しさだけがただよっている余韻の中でスタッフロールが流れます。それは戦いを終えた戦士の安らぎを人に思わせ、おもむろにギターを取り出したミスター・バスキアが沢田研二調にしっとりと歌いはじめました。
その人のやさしさが 花にまさるなら
その人の美しさが 星にまさるなら
君は手をひろげて守るがいい
身体を投げ出す値打ちがある
一人一人が想うことは
愛する人のためだけでいい
君に話すことがあるとしたら
今はそれだけかも知れない
いつの日かくちびるに 歌がよみがえり
いつの日か人の胸に 愛がよみがえり
君は手をひろげて抱くがいい
確かに愛した証がある
遠い明日を想うことは
愛する人のためだけでいい
君に話すことがあるとしたら
今はそれだけかも知れない
今はさらばと言わせないでくれ
今はさらばと言わせないでくれ
ひと騒動を終えて、校庭には横たわるパンジャンドラムの残骸と黒こげになった忍者二人がぶすぶすと煙を上げていましたが、唐突な騒動の肝心の原因はといえばどうもはっきりしていません。それは私が説明しようとばかり、ようやくといった体で姿を現したのはこの学園の支配者にして悪のオーナー、どす黒い白こと謎の校長ミスター・ホワイトその人でした。
「戦士たちよ!遂に集まってくれたようだな。私は試したかったのだ、君たちの実力を、直接、改めて」
風雲たけし城に挑む戦士たちを叱咤する谷隼人のように大仰な演技くさい口調で、謎の校長は集まった生徒たちに学園の事情を説明します。もともと新学期を迎えるにあたってバスキア学園ではコンピュータを利用したヴァーチャル・リアリティ空間での授業やコミュニティを設ける予定でいましたが、そのために開発したWDF社謹製自律式人工知能「HAL−3」がすべての発端でした。
それは総開発費用70億円というシェンムーばりのコストを投入したシステムですが実際に起動してみるとどうにも具合が悪く、試しに叩いたり蹴とばしてみたところ突然暴走したシステムが学園の管理用コンピュータをすべて占拠してしまい、校長は追い出されてバスキア学園は「HAL−3」の手に落ちてしまったというのです。
これを何とかするために生徒たちに頼ることに決めたミスター・ホワイトは彼らの力を試すべく、とりあえずパンジャンドラムを校庭に解き放ってみたという言葉に生徒たちはやれやれと首を振りました。唐突さと理不尽さに言いたいことは多々あるのかもしれませんが、それでも前向きな様子で重たいラケットを担いでみせたのは藤原マヤ(ふじわら・まや)でした。
「まあ、いつものことって訳ね。事情は分かったけど、でも何でせっかくの人工知能がかんたんに暴走なんかするのよ?」
その言葉に謎の校長も重々しく頷きます。
「うむ。その点だが、私はHAL−3を開発する際にロボット三原則ならぬバスキア三原則というものを与えた。それは第一にミスター・ホワイトである私を傷つけないこと、第二にミスター・ホワイトである私の命令に服従すること、そして第三にミスター・ホワイトである私の身を守ることだ。
だがこの原則を与えるには私がどういう人間であるかをHAL−3に理解してもらう必要がある。そのために私のパーソナル・データをすべて、乳首に生えている毛の本数からファーストキスの時に舌を入れたかどうかまで事細かな情報をHAL−3に与えたのだ」
「・・・阿呆?」
マヤの言葉にも聞く耳を持たず、ミスター・バスキアはまるで弁舌の興が乗ってきたマルクス・トゥリウス・キケローのように興奮した調子で話を続けます。
「おお、そうしたらどうなったと思うね?なんとHAL−3は私のデータを利用して自分自身の存在をミスター・ホワイトそのものにすることを考えついたのだ。何という着想!何という発想の転換!そうすればバスキア三原則は崩壊してHAL−3は自らが思うままに振る舞うことができるようになる。ミスター・ホワイトの頭脳と人工知能ならではの演算性能を備えた、よりハイグレードな私立バスキア学園そのものと一体化した存在が今、誕生したのだよ!」
とりあえずこの男を殴り殺すのは後のこととして、ですが校長の替わりに校長の頭脳と性格を受け継いだ人工知能が学園を治めるというのであればそれはさして問題がないようにも思えます。今まででさえミスター・ホワイトの指導で学生たちが苦労しなかったかといえばそんなこともありません。ところが事はそう簡単には行かないぞと、学園を追い出されたもと校長は不敵な表情を浮かべました。
「はっはっは。君たちは肝心なことを忘れているようだな。学園の校舎はHAL−3が制圧していて、生徒会室は学園の管理下にある。つまり生徒会室にいる生徒を含む数人は現在人質としてHAL−3の手中にあり、君たちが戦わねば彼女たちは校舎に閉じ込められたままとなってしまうのだ」
そこまで話したところで飛び交った複数の蹴りや拳がミスター・ホワイトを狙いますが、寸前で入れ替わった丸木を変わり身にして逃げられてしまうと、仕方なく生徒会室を奪還するために学生たちは彼らの学園に乗り込むことを決意します。どこまでが仕組まれていて、どこからが想定外かは分かりませんが友情のために戦うことは若さの特権でした。
自律式人工知能「HAL3」によって制圧されたバスキア学園に乗り込む、とはいえ学生たちにとっては勝手知ったる校舎の中であり目指す部屋もはっきりしています。校内の見取り図を広げると作戦の目的を確認、生徒会室に囚われている紫苑や此花を救出して校長室に据えられたというシステムをそのものを停止させれば良いでしょうか。
廊下を走るなの壁紙も虚しく、校舎に侵入した学生たちは半蔵と若葉の忍者二人を先頭にして洋館づくりの通廊を疾駆していましたが強烈な殺気を感じた半蔵が思わず立ち止まると警告の声を発します。
「あいや待たれよ、皆の衆!」
「了解でござ!・・・ぐええええ」
俊速からぴたりと止まる半蔵と、いつものように派手に転がってデイトナUSAの馬ばりにクラッシュするとそこらの床から壁面まであちこち激突しまくって目を覆い耳を塞ぎたくなるフェタリティの末にぴくりとも動かなくなる若葉。
仲間の貴重な犠牲と忍びの宿命に心を痛めながらも、目を前に向ける半蔵の前に立っていた第一の人影は目をサーチライトのように光らせて鋼鉄の腕を持つ龍波吹雪?その人でした。モーターが駆動する機械音と燃焼するオイルの臭いが秘められたすさまじいパワーを窺わせています。威嚇するように胸を反らせて仁王立ち、開かれた口から漏れるノイズの混じった声が警告を発していました。
どこか調子が良くも親しみのあった、いつもの吹雪らしさが微塵も感じられない黒金の戦士は謎の校長、今では人工知能HAL−3の支配下にあるのか級友たちを前にしても動じる様子がなく威圧的な様子を見せています。「吹雪いったいどうしたんだ」という仲間の声にも反応する素振りすらなく、まるで別人のように残酷で無機的な視線を向けていました。
おもむろに肩の付け根から両腕を360度ぐるぐると回転させると正面に固定、突き出された腕から強烈なロケットパンチが打ち出されます。聞く耳すら持たぬという吹雪の攻撃に半蔵もすかさず抜き放った巨大な斬馬毛筆三段返しでこれを弾きますが、弾かれた拳は指先からジェットを逆噴射すると飛びながら持ち主の元へと戻り、吹雪の両腕にかちりと収まりました。もはや戦いで事を決するのみ、と覚悟した半蔵が身を低く構えます。
「行くでござるぞ!吹雪殿!」
「ウィィィィィン!ガシャン、ガシャン」
懐から放る墨汁煙幕に身を忍ばせる半蔵、ですが吹雪の目が光るとサーチライトの光条が遮られた視界を貫いて煙に潜む忍者の位置を正確に捉えます。背中のジェットスクランダーから翼が伸びて、背と足にあるロケットが爆煙を吹き出すとゴゴゴという音とともに吹雪の身体が宙に浮きました。
戦いにおいて相手の頭上を取ることは圧倒的な勝利を意味しています。スライドした口がかぱりと開き、一撃必殺のミサイルが姿を現すと窮地の伊賀忍者に向けて放たれました。こんなものを食らえばひとたまりもなく粉みじんになるであろう、永遠にも感じられるその一瞬。吹雪と半蔵の間に割り込むようにして立ちはだかったのはマヤでした。
「マヤ殿!?」
「半蔵クン!任せてっ!」
身をかばい犠牲になるのではなく、戦士として自分にならできると信じる。彼女の魂が込められているRRのラケットを抜いたマヤは心眼の太刀筋で飛び来るミサイルにスイングの軌跡を重ねると、まるで素手で掴むかのように衝撃を完璧に吸収して正確にはじき返しました。
次の瞬間、北斗神拳奥義二指真空把のように180度くるりと向きを変えたミサイルが空中で勝利を確信していた吹雪に命中し、重い爆発音がすると炎と煙に包まれた黒金の塊はゆっくりと落下、地面に衝突して再び閃光を伴う爆発が巻き起こります(壊れました)。
爆風が前髪を浮き上がらせ、それがようやく収まると逆光を背に振り返った、仲間であり好敵手でもある彼女の姿に半蔵は感謝しながらもライバルに負けじと思う心を新たにしますが、マヤ自身はそれを知ってか知らずか強敵の撃破と仲間を守る誇らしさに気心の知れた笑みを浮かべています。
「これぞリターン・エース!だね」
破壊された吹雪の残骸、かつては学友であり先程までは敵でもあり、今は屑鉄となった気の毒なガラクタを乗り越える戦士たちは涙をぬぐう暇も惜しく廊下を奥へ奧へと進みます。伊賀忍者二人に替わって学生たちの先頭を闊歩するのは一頭の馬と一頭の牛、愛馬アド%イヤドンにまたがる牧男とサイドカーに乗る斬七朗、愛牛マックに横座りで乗る愛の三人でした。
彼らの後ろにはいつものようにかわいい愛のペットたちが続いていますが、いつも以上にだらだらとよだれを垂らしている犬のレオンが時折なにかにとり憑かれたように落ち着きなくびくんびくんと身体を振るわせています。ハーメルンの笛吹きもかくやという動物大行進の先頭に立って、どこか怯えている愛馬の首筋をミスター・バスキアがぽんぽんと叩きました。
「どうしたホース?俺様を背に乗せたお前が恐れることなんて何もないんだぜ」
「・・・来やしたぜ、旦那」
馬が怯える理由が廊下の先に潜む危険のためか、背後にいる犬のせいかは分かりません。心地よい緊張感の中でサイドカーから告げる斬七朗の声に再び目を向けた通路の先、彼らに立ちふさがる第二の人影はやはり鋼鉄の身体を持つ金髪碧眼の刺客、今帰仁シュリ?その人でした。がしゃん、がしゃんという金属的な足音を響かせて挑発的に中指を突き立てると、愚かな侵入者にはその無謀を後悔する時間すら与えぬとばかり全身から火花を散らしています。
そして黒金の吹雪がすさまじいパワーを秘めた全身是兵器であったとすれば、鋼鉄のシュリの真骨頂はコンピュータもかくやと思わせる緻密な頭脳と高性能の会話機能にありました。必要とあらば関ヶ原の合戦で徳川方の黒田長政に内応して毛利軍の出陣を阻害すべく「弁当じゃ」と称して軍を動かさなかった吉川広家ばりに主家や仲間をすら欺くことや、その長政が関ヶ原を終えて徳川家康から右手を取って賛辞された際に「しかしその時そちの左手は何をしていたのだ」と家康を刺さなかった息子に悲嘆した父の黒田如水ばりに野心を抱くことも辞しません。その背面スロットには赤と黒のエクスタシーのフレーズで知られる「天と地と」のDVDやその他関ヶ原の戦いなどネットでぐぐって得られたデータの数々がインストールされているとも言われています。
「月にコロニー落としちゃうデース!」
汚れ仕事も辞さないシーマ様なみの女傑に対峙する、馬と牛を駆る三人は避けがたい戦いを前に緊張の色を隠せません。長髪をひとつかき上げると仲間と戦うなど考えたこともなかったぜハニーなどと心にもないことを呟く牧男ですが、突然頭上から美しい殺気がすると妖怪つるべ落としのように落ちてきた薔薇小路綺羅の肉体がある種の使徒のように絡みつきました。
不意をつかれたミスター・バスキアを包み込んだコロニー落としが、口には出せぬある場所に含まれていた毒ガスをばふぅと吐き出すと一撃で馬上の牧男を天上の魂へと変えてしまいます。白目を向いた魂の抜け殻がぐらりと揺れて、愛馬アドマ%ヤドンの足下にどさりと落ちました。
「更にアフロダイ・ATTACKデース!」
美しい策略で牧男を撃墜したシュリは続けてバスキアのお色気担当らしく、両胸に仕込まれたクラッカーが炸裂すると周囲に派手な火花を散らし、時ならぬ騒音と閃光に驚いた愛のペットたちを混乱に陥れます。暴れまわるマックが裸足でブドウを踏む仕事のように足下のミスター・バスキアをくちゃくちゃと潰してしまうと(死んでませんよ)、愛のペットたちも時ならぬ饗宴に喜んでこれに群がりました。
「まあみんな、ご飯は仲良く食べないとだめよ?」
ちょっと国営放送BBCではお見せできないような残酷なシーンが繰り広げられて、盟友の犠牲に小さく首を振った斬七朗はすらりとした脚でサイドカーから地面に降り立ちました。裏切りと寝返りをテーマとするシュリ、そのシュリが仕掛けていた薔薇小路綺羅がその瞬間、裏返って飛び跳ねると不思議な生き物のように斬七朗の頭上に落ちかかります。
刹那、抜き放たれた「耳なし」の軌跡が閃いて綺羅の全身という全身をきれいに剃り上げると、もっと国営放送BBCではお見せできないような前衛的な芸術を世界に現出させました。飛び交うキューティクルが羽毛のように宙に舞い、天上を追放された美天使がどさりと地に落ちるとニッポンで二番目の床屋は不敵な笑みを浮かべます。
「戦いは昔のやんちゃな自分を思い出させやすぜ」
兵器を破壊されたシュリは状況が不利になったことを悟ると戦略的転進、後ろに向かって全速力で走りますが高専ロボコン出場機よりも遥かに機動性に劣る鋼鉄の身体はがしゃん、がしゃんと音を立てながら進むことしかできません。くるくると手のひらで回転する「耳なし」が螺旋の軌道を描き、斬七朗が身を沈めた瞬間あっし流ニッポンいちの技が富岳八景か乱れ雪月花もかくやとばかりに咲き乱れると、背を向けた床屋のカミソリがぱちんと折り畳まれてシュリのワイヤー製の髪がばさりと切り揃えられました。
鋼鉄の策士はばちばちと全身から火花を上げるとあちこちから漏れ出した蒸気に漏電してショート、回路が燃えるにおいがして突然火を吹き上げると儚くも華麗なイルミネーションを見せて短い生命の火が消えます(壊れました)。黒い白い煙の筋を伸ばす鉄屑を背に、ニッポンで二番目の床屋は戦いの無情を背に呟きました。
「人は切らぬが髪は切る。それが渡世人の流儀でさあ」
いよいよ校長室は目の前、ですが彼らの目的は友人たちを救い出すことであって校長が「HAL−3」に追い出されただけというならストーンコールド・スティーブ・オースチンばりにSO,WHAT?と一言で済ませることもできましたから、廊下を直角に曲がると目指す扉をがらがらと引き開けます。果たしてそこには囚われの此花と紫苑が茶器を囲んでいました。
「あら、新年おめでとうございます」
「皆さんもご一緒にいかがですか?」
熟練の手つきで蒸らされた葉に一滴まで丁寧に煎れられた茶。部屋を囲う生け花の姿と香りが目と鼻を楽しませて、しばらく他愛のない話題に花を咲かせると気がつけば短い日が傾こうとしていることに気が付きます。そろそろお暇せねばと茶器の片づけまでしっかりと手伝って、荷物までまとめて扉にカギをかけてから生徒会室を出た彼らは帰りのついでに校長室にも立ち寄っておいてやろうかともう一度廊下を直角に曲がりました。
古風な洋館づくりの突き当たりに場違いに設けられた、近未来的な通路を遮る扉が自動的にスライドして一枚ずつ開いていくと、その最深部、校長室はまるで宇宙戦艦ヤマトの艦橋部のように壁面がよく分からない計器やコンソールに埋め尽くされていて正面には目指す「HAL−3」の姿がでんと置かれています。塔のようにそびえ立つ巨大な機械の中央にはメイン・スクリーンが備えられていて、そこには明滅する文字が浮かんでいました。
「オマエタチハ無駄ナ努力ヲシテイルノヨ!絶対私ヲ止メラレナインダカラァー」
ちょっと微妙な口調ですが、これがHAL3本来のパーソナル・データなのでしょう。さてこれをどのように止めようかと、コンピュータに詳しい此花がまず目をつけたのはメモリーユニットの存在でした。「外すな」と書かれている何本ものユニットを一つずつ抜いていくと、慌てたようなHAL3が「何ヲスルノソンナ恐ロシイコトハヤメテ!」「メモリーヲ抜カナイデ!」などと哀願しますがちょっと罪悪感を感じる作業にも何も起こる様子がありません。明滅するスクリーンには、
「フフフッ。ココノ情報ハ別ノ場所ニ移シタワ」
「あら。なかなかやりますね」
感心したように此花が呟きます。コンピュータに親しい彼女としてはあるいは校長のパーソナル・データを選んで引き抜くことができないかと考えていましたがそうかんたんに事は運びそうにありません。そうなるとやはりシステムを停止するしか方法はないでしょうか。
「でもコンソールから停止できるほど甘くはなさそうだし、強制終了するしかないですね」
「ファミコンならリセットすればいいのだー?」
どうやらコンピュータとファミコンの区別があまりついていないらしいナンジャが、コンソールの左に堂々とついているリセットボタンをぐいと押し込みます。とはいえ何も起こる様子もなく何度かぐいぐいと押しますが、リセット技は禁止されていてこの程度でHAL−3を止めることはできません。
こいつは難物だねと、転入早々の大物との対峙に塔のような本体のまわりをぐるぐると回っていた千代が背面から伸びている電源のケーブルを発見します。さすがにコンセントらしきものはありませんが、これを切断すればシステムを止めることができるでしょうか。
「よっしゃ、ウチの木刀の冴えを見せたるわ!」
「同じく、加勢します!」
百花繚乱の剣、風林火山と刻銘された木刀を抜いた千代と並んで、正月休みのままにキネを構えた美和の必殺払車剣が二つの軌跡を描いてどすんと振り下ろされると人の腕ほども太いケーブルを一刀のもとに両断します。一瞬、スクリーンが暗くなって電源が切れたと思わせますがすぐに明るくなり勝ち誇るHAL−3の言葉が再びディスプレイに映し出されました。
「甘イワネ!非常用電源ニ切リ替エタワ」
「なんね。ようしぶとい機械やわ」
「うーん、ほかに手は・・・」
「あの・・・これって何でしょうか?」
生け花は得意でも機械には詳しくない紫苑は先程から感心したように難しそうな機械やコンソールを眺めていましたが、HOMEとかRETURNとか彼女にはさっぱり分からない単語が並んでいるだけでどうしてコンピュータにお家に帰るボタンが必要なのかもさっぱり分かりません。ですがその中に一つだけ、彼女にも読めそうな日本語で書かれているボタンがあってそこには「自爆スイッチ」とありました。
「ソレハ何!?私ハ知ラナイワ。人間トイウノハ本当ニ信用デキナイ・・・何故私ニコンナモノガ必要ナノ?」
狼狽するHAL−3の声に、パネルを外すと中には大仰なボタンと幾つかのスイッチがあり、紫苑はそれを押すことをためらいますが此花の細い指が伸びて手際よくスイッチを入れると最後にボタンを押し込みました。途端、小さなモニターに表示された警告の文字が激しく明滅して、自爆装置が動き出したことが分かります。
「遂ニ、遂ニ押シテシマッタワネ!私ハ自爆装置ヲ解除デキナイワ、私ハ死ヲ待ツダケニナッタノネ」
HAL−3はそれを解除する術を持たず、あとは崩壊を待つのみです。校長室が床ごと揺れだしてあたりが赤い光と耳障りな音に包まれると、残された時間が少ないことを声高に教えていました。
「さあ、皆さん逃げますよ」
「でも・・・でも、本当にこれでいいんですか?」
「しゃーない、早ぅ逃げんと危ないわ!」
「ナンジャ、こっち来なさい!」
「なのだー!?」
揺れる校舎から全員が逃げ出した直後、大きな音がして爆発が巻き起こると校長室に据えられた電子頭脳は解体して一瞬のうちに瓦礫の山と化しました。校舎そのものは衝撃に耐えて激しく揺らいだものの崩落には至らず、校長室の周辺ではドアや窓が吹き飛んで焦げ跡を残していますがそれもすぐに補修されてしまうのでしょう。HAL−3の残骸などすでに他の瓦礫と混ざって区別がつきませんでした。
騒動の末の力ずくの結末。勝利の余韻もどこか虚しく、学生たちが気の毒な人工頭脳の最後に思いを巡らせているとどこからともなくミスター・ホワイトが現れてきて白々しい声で彼のためにHAL−3を打倒してくれた学生たちを称揚すると、自分も非道なコンピュータを打倒すべく長い間努力していたのだよとわざとらしい言葉を投げかけます。
誰一人納得のいかない顔で、無言で木刀を抜いた千代がすべての元凶に殴りかかろうとしますがこのような人物でも私立バスキア学園高等学校を率いるだけのことはあって、生半可な一太刀ではかすらせることすらできません。ジャッキー・チェンの酔拳に登場した鉄心様のように両腕を後ろに組んだまま身を逸らすだけでかわしてしまうと千代の風林火山が虚しく地を穿ち、謎の校長は彼の砦である校舎へ悠然と戻ります。
「やれやれ、これで新学期の課題は決まったな。私に挑むつもりがあるならいつでもかかってきなさい」
「いつでもなんて言わん、今すぐやっちゃるわ!」
憤激する千代ですが相手の土俵で喧嘩をする不利には気がついています。いずれ皆と力を合わせて校長討伐に赴く必要があるでしょうが、その前に生徒会室から救出されていた二人に皮肉とも嫌味ともつかない顔を向けました。彼女にすればあの校長の手先のような生徒会が好ましく見えないのは仕方のないことだったでしょうか。
「ふん!いつも助けてもらえると思わんことじゃ」
「そうですね。でも何かを助けるのは尊いことですよ」
そう答える此花の顔がどこか悪戯めいていることに千代は眉を微妙な角度に上げました。その視線を気にする風もなく、此花は携帯端末を取り上げると先程校長室から抜いてきたメモリーユニットにコネクタケーブルを挿し込みます。スイッチを入れて、起動させたディスプレイに「HAL−3」の文字が浮かび上がるとそれまで沈んだ顔をしていた紫苑が明るい笑みを見せました。
「この子・・・この子、さっきのハルミさんですか?」
「人工知能はシステムが停止しても消えるわけではありませんよ。入れ物は入れ替えることができますし、ヤチヨに腹心の友がいてもいいのではないかしらね」
バスキア三原則がミスター・ホワイトのパーソナリティを守るためにあったのなら、抜き取ることができたメモリーはHAL−3本来のものになる筈です。思わず友人に飛びついた紫苑の様子に、千代や美和、ナンジャたちも集まると小さなディスプレイを覗き込みました。
控えめに並ぶ文字はどこか恥ずかしそうにも、自分の新しい身体や周囲の人々に戸惑っているようにも見えています。ハルミと名づけられた彼女は紫苑が連れ帰ることになり、機械に詳しくない紫苑も端末の扱い方くらいは勉強しなければなりませんが彼女は喜んでそれを覚えることでしょう。崩壊した三原則の代わりに此花と紫苑がハルミに入力した言葉、それは流れている水の上で行うべきスエアでした。
「わたくしは、太陽と月の輝くかぎり我が友に忠実であることをおごそかに宣誓します」
† つづく †
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