十四.終戦


 ハンニバル艦隊の戦況がローマ主星を目前にしたクローデットの下に届くのはそれから暫くしてからの事である。『鋼鉄の壁』マクシリア・アイルリッツ艦隊の突破に成功したカルタゴ軍は一路敵国首都星を目指し進軍する。無論、マクシリアも呆然と戦況を見守るのみではなく、陣形を再編すると反転してクローデットの後方を追い始めた。

「後ろの敵には構うな。ひたすら前進、目標は敵主星ローマだ」

 旗艦ゲーリュオンの艦橋で、いつものようにクローデットの指揮は穏やかなものであったが、部下にとってはそれが指揮官への信頼を植え付ける。常に動じず、その絶大なる戦果をもってのみ主張する指揮官が今度は敵首都陥落という最大級の戦果を得ようとしているのだ。だが勝利を目前にして意気上がる艦内に急報がもたらされ、警報が将兵の鼓膜を叩くと通信仕官が声を上げる。

「一時の方向から敵艦隊接近!旗艦コルネリア、ファビウス・マキシムス本隊です!」
「司令官がここまで下がっていたのか…全艦突撃、最後の勝負だ」

 軽い驚きの表情を見せただけで、クローデットは迷う様子もなく全軍に突入を指令する。先に発言していたように彼等の目的は主星ローマの陥落にしかなく、その前に立ち塞がる障害はこれを排除する以外に方策が無かった。クローデット艦隊を迎え撃つ為に戦場を迂回していた、ファビウスの軍の先手を取って速攻を掛ける事によって優位を得る事が出来る。

「撃て」

 命令一下、良く統制された複数の熱線が収束して帝国艦隊の鼻面を捉える。初弾の一撃、そこに生じた穴に躍り込んで突破を図るその戦法の効果は先のマクシリア戦で実証済みであった。一方のファビウスにしてみれば敵の意図を了解した上での迎撃策であり、敵軍の後方からマクシリア艦隊が迫っている事も承知している。敵の突破を許す事なくその攻勢を耐え切れば戦況は一気に逆転し、敵を前後から挟撃する事が出来る。
 縦に陣形を伸ばし、突進するカルタゴ軍を軟らかく迎え撃つファビウス。一度に交戦する味方の数を減らす事で戦力的には不利を生じるが、味方の損害も少なく済みそれを繰り返す事で戦線を長く維持する事が出来る。更にカルタゴ艦隊から激しい砲撃と突進、ローマ艦隊は薄い防御陣でこれを後退させながら迎撃し、確実に撃ち減らされるが損害そのものも小さくクローデットにしてみれば決定的な損害を与えるには到らない。

「まずいなあ」

 という些か呑気にも聞こえる深刻な言葉を吐くと、三度目の突進をいなされたカルタゴ艦隊は四度目、更に五度目の突入を行うが何れも敵に軽微の損害を与えただけで突破を果たす事は出来なかった。恐ろしい程徹底した防御陣で敵の攻勢の勢いを削ぐ、『堂々たる無為の作戦』をまさか一戦場のレベルで実現されるとはクローデットも予測しておらず、舌打ちを禁じ得ない。元々マクシリア艦隊と一戦交えた後であり、戦力と何より物資弾薬を減じていた状況でこれ以上交戦が長引けば補給が途絶した状態で後ろからくる敵と合わせて挟撃を受ける事になるのである。

「敵、反撃来ます!」

 ゲーリュオンの艦橋オペレータが悲痛な声で指揮官に報告する。攻勢が途絶え、敵に反撃の余裕が現れ始めた、それは戦況が刻一刻と不利になっている事を証明している。艦隊が揺動し、報告される味方の被害も決して小さなものではない。互いの残存兵力と物資、戦況を見てもこのままの状態で突破が不可能である事はもはや確実となりつつあった。

「と言っても最早策は無いな…全軍突進せよ、但し陣形を尖紡錘陣形に変更する事」

 起死回生を狙い、最大速度での突進を指令するクローデット。カルタゴ艦隊は損耗しつつある密集陣形から全速前進、敵の応射を無視して接近すると光信号の合図にタイミングを合わせて全軍を左右に分かれさせた。縦に伸びている敵陣を左右から分離して突破する、単純だがそれだけに効果も期待でき、敵としては二方向のどちらの艦隊を討つかで選択を迫られる事になるし部隊を分けるのであればその数を二分出来る為に隙を突く機会も増えるだろう。
 最後の選択。その結果を予測して更に対応策を立てようとした瞬間、カルタゴ艦隊の後方で激しい熱と光が炸裂した。

「敵、アイルリッツ艦隊の急襲です!後背に着かれました!」

 分かれた左部隊の後方に戦力を集中し、水が高きから低きに流れる勢いで突進攻勢を掛けるマクシリア。更にファビウス・マキシムスの艦隊がこれに呼応してカルタゴの右部隊に攻撃を集中する。二分して数を減らした味方を各個に撃破される、一瞬のタイミングの差が最悪の事態を招来する事となってしまった。

「これまで…か…」

 自嘲気味に呟くと、方針を変更するクローデット。それは徹底防御と各艦戦場離脱の命令であった。


†ファビウス本隊     06450/10000
†コルネリウス前衛艦隊  00000/10000
†メラニウス左翼艦隊   05950/10000
†アルトマイヤー右翼艦隊 04466/10000
†マルテリウス遊軍艦隊  06490/10000
†アイルリッツ後衛艦隊  05400/10000

†ヘクトール右翼艦隊   05500/10000
†ハンニバル主力艦隊   02800/10000
†クローデット別働隊   05700/10000


‡帝国軍艦艇数      28756/60000 損害率52.07%
‡連邦軍艦艇数      14000/30000 損害率53.33%


 二倍の大軍を相手に良く善戦をしながらも、遂にカルタゴ連邦艦隊ハンニバル遠征軍はローマ首都星を陥落させる事は叶わなかった。ハンニバルが直接指揮する部隊がここまで撃ち減らされた例は無く、ヘクトールもクローデットも刀折れ矢尽きるまで自軍の部隊を撃ち減らされていた。後方からはバルセロナ方面を陥落させたプブリウス・コルネリウス・スキピオの大艦隊も到着し、包囲されると彼等は動力を停止して戦闘を終了する他に道は無かったのである。

 宇宙歴前218年に行われた第二次ポエニ戦争はこうして集結した。銀河ローマ帝国は寛大さを発揮し一部指揮艦を除くカルタゴ全艦隊の引き渡し、カルタゴ領半数の割譲とその権益の放棄、ヌミディア星系の独立と賠償金を要求したが、ハンニバルを始めとする前線指揮官の引き渡しや処罰は要求しなかった。ファビウス・マキシムスと若きスキピオがハンニバルと会見、和睦の手を結ぶ。
 だが敵が騎士道精神を示したのに対し、同胞であるカルタゴは全く逆であった。帰国したハンニバルが平民党を設立、政界進出図るとこれを恐れたカルタゴは彼が復讐戦を企みその準備に当たっているとローマに密告したのである。既得権の確保に拘る商人階級がこれに荷担してローマを動かし、ハンニバルは逃亡するとローマ星域から遠く外れたアンティオキア独立王国へと亡命する。スキピオは偉大な好敵手の身柄を守ろうとしたが成功せず、数年に及ぶ亡命生活を強いられたハンニバルはローマ軍の追跡隊の手によって遂に捕縛、自決の道を選んだ。

「老人が死ぬまで待ちきれないなら、その望みを叶えてやろうじゃないか」

 それがハンニバルの最期の言葉であった。出征時、20代半ばの青年司令官であったハンニバルは未だ強壮であり、彼が老人になるまで生きる事を恐れた者たちの手によって名将は命を絶たれたのである。

 銀河ローマ帝国はその後の運命を決定づける輝かしい戦果を得た。だが戦争により荒廃した領土と肥大化した軍備は残り、彼等は農民として領地を耕す道ではなく強大な軍備を利用して星系外に進出、敗戦国から富を収奪して国庫を充実させる道を選んだ。ローマの繁栄は以後百年以上に及び、その間に貿易と国家事業に結びついた新しいブルジョア階級が形成、風俗は惰弱となり引き替えに文化が活性化する。

 自らの国を守った軍人達がその推移を見守る事はない。
 彼等はただその時代を懸命に生きるだけであった。

 だが、彼等の出番は何れ巡ってくる事になる。
 人の国家に於いて戦乱が失われる事はないのだから。


episode end


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