エピローグ


 こうして開戦より、三日間に渡って繰り広げられたアドリア宙域での東西ローマの決戦は、最終局面に到っての劇的な戦局の変化によって幕を閉じたのである。勝利した東ローマ艦隊でさえ当初四万隻ほど参与した艦艇のうちで損傷を免れたものは一万五千隻、損傷率は60パーセントを超えていた。一方、ほぼ同数で会戦に参加した西ローマ艦隊は残艦艇数が八千隻を切り、損傷率は80パーセント以上となる。この戦略目的のない決戦によって東ローマは勝利して西ローマは敗北した。

「これで戦乱も終わる。であれば失われたものも無駄ではなかろう」
「であれば、いいのだけれどね」

 その後、東ローマ帝国皇帝テオドシウスは戦勝の四将軍を労い、西ローマ後継帝ヴァレンティアヌス二世の妹である皇妹ガラを正式に后に迎えるとともに、少年皇帝とその母后までを伴い、西ローマ帝国主星ミラノへと入る。この行為によって西の帝国に対する東の帝国の保護権は明確なものとなった。
 これによって司教アンブロシウスもやむなくといった体で、教会ごと東ローマの保護下に入らざるを得なくなる。皇帝テオドシウスは全軍の最高司令官として四将軍を帯同しミラノで凱旋式を挙行するが、その直後に悪性の水腫にかかり、五十歳に満たぬ若さで没する。この熟慮慎重なローマ皇帝は生前、遂にローマの地を踏むことがなく、東西の対決においても帝国発祥の地であるローマは既に帝国の中心ではありえなくなっていた。

 東ローマはテオドシウスの二人の息子の一人である十八歳のアルカディウスに、西ローマはもう一人の子である十一歳のホノリウスに与えられる。その後、司教アンブロシウスは新しい幼帝ホノリウスを助け、西ローマ時代の高官や将校を率いて教会による統治を復活させようとしたが、東ローマとは異なり急速に衰えていた西ローマでは戦乱以前から周辺諸惑星移民団の影響力が急速に増しており、兵士にも将軍にも新しい神々を信じる者は殆どいなかった。
 やがて教会の実権も東ローマに移り、西ローマは移民と軍人との間で争いが続く中でその版図は解体していく。ガリア、ブリタニア、ヒスパニア、そしてアフリカの各星系はこぞって独立してローマはただイタリアのみ所有する小さな星間国家へと堕した。その主星ミラノもやがて国境に近く防衛が困難であることを慮られ、星間航路の難所にあり、故に未開拓でもあった惑星ラヴェンナが新首都とされるがそれでも西ローマは余命を永らえることはできず、内憂の後にロムルス・アウグストゥスの時代に遂に東ローマの従属下に入り以後は二度と立ち直れない。

 そして西ローマ解体に伴って東西交易により栄えていたマケドニアも離散、東ローマでもその版図は小さくなり後の首都星コンスタンティノポリス・ビザンティウムを中心とした惑星国家へと規模を縮小してゆくのである。かつてローマだけはその永遠を信じる者が存在していたほどに、版図は広大であり国家は強力であった。千年以上を経た現在ではギリシアも、シリアも、エジプトも独立した存在となって、ローマは名前こそ残されるが昔日の面影はもはや失われて久しい。
 だが、神が死んでなお人はローマを残したのである。それが如何に小さな存在となっても、その名は多くの歴史と、多くの伝説を伴って古代より残るローマとして、時代を経て尚かつての英雄達の存在を人に知らしめる。

 その時代、彼らは確かに伝説を生きていたのだ。


episode end


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