SCENARIO#2
 多少の危険などものともしない多くの冒険者であっても、これまでは賢明にもどくろ沼に踏み込むのを避けてきた。王国アーガイルからグランドピアンのエディンバラにつながる要路を遮っているこの恐ろしい沼地とそこに生息する妖怪どもについては、多くの者が何度となく危険な噂を耳にしている。だが人々の話によると、真に危険なのは沼地に住みついた生き物ではなく、小径をうろつく魔法使いや邪な人間でもない。
 どくろ沼から生きて帰るのがむずかしい理由はごく簡単だ。この沼地では、無数の曲がりくねった小径が縦横に交差している。ここの地図を作り、無事に持ち帰った者はいまだかつて一人もいない。不気味な霧が空を隠しているので、星による位置の測定は不可能だ。ひとたび森の奥へ入り込んだならば、コンパスさえもあてにはできない。コンパスの指す方位は、北、西、南東微南とめまぐるしく変わり、堂々めぐりをするばかりで、しまいには疲労のあまり倒れることだろう。

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 どくろ沼の近くに建てられている<豚と盃>亭は、この暗黒の沼地を踏破するためにアーガイルの最も賢き魔女アルガラドが設けた小さな酒場である。王国の西にあるこの沼地を抜けることができれば、北方にあるエディンバラにつながる近道となり、それは貧窮する王国アーガイルを助ける道となるであろう。アルガラドはこの沼地に道を通す者を募り、幾人かの投機的な商人がそのための拠点としてこの酒場を建てている。酒場を切り盛りしているのはスダンという格幅の良い、丸い顔をしたドワーフ(Dwarf)の女であった。

「まあよく来てくれたもんだよ、最近はあんたらのような荒くれ者でさえ、沼地の化け物にびびっている奴も多くてね」
「これも同族のよしみだ。あるだけの酒と知っている限りの話を出さんと容赦はしないぞ!」

 威勢のよい女亭主の言葉に豪快に笑いながら、手にした木製のジョッキになみなみと満たされているエール酒を喉に運んでいるのはフールフール・パドギスタンという、やはりドワーフの女である。ドワーフとは山を住処として黄金と酒と煙草を愛する大地の小人族であり、小柄な身体の全身を覆う巨大な鎧に身を固めている。
 今日は話を聞く、だが夜は飲み明かすというドワーフ女は早くも数杯の盃を飲み干しており、周囲の人間はあらためてドワーフの鯨飲ぶりを知らされていた。その豪放さを煙たがる者もいたかもしれないが、邪などくろ沼に近い酒場であれば力強さに心を打たれる者がいたとしても不思議ではない。

「化け物がなんだ!そんなものはボクがぶっ殺してやる!」
「おおそうだ!よく言ったぞ坊主!」

 強い酒に顔を赤くして、一見して少年にしか見えない小柄な銀髪の剣士、エア・トゥーレが勢い込んで拳を握ると、フールフールも同調して盃を高く挙げる。ドワーフの酒に付き合う暴挙はエアの幼さ故であったろうが、水の貴重なミッドランドで生まれて初めて飲む酒という訳でもない。酒の数杯がどれほどのものかと思っていたが、エアが知らなかったのはドワーフの愛飲する酒が大陸でも特別な強さで知られていることであり、<豚と盃>亭秘蔵のエール酒「脳喰らい」がそのドワーフを満足させる逸品であったことであろう。

「ボクはボウズじゃあ・・・!」

 片足を椅子にかけて立ち上がると、そう叫んだエアは糸が切れた人形のように突然仰向けに床に倒れてそのまま意識を失った。ドワーフが通う酒場では珍しくもない光景であり、白目をむいて転がる剣士に目を留めている者は数人しかいない。
 酒場の隅で腰かけていたベレト・エカリムは倒れた剣士の様に、あれなら介抱する必要もなかろうと思いつつ、焼いた腸詰め肉を控えめに口に運びながら彼らが話していたどくろ沼の化け物の話を思い返している。この暗黒の沼地の探索を遮るもの、それは道を失わせる危険な地勢と周辺にはびこる邪な妖怪どもの存在であり、道を拓くのであれば危険なものは片づけておかねばなるまい。

「ああいう子には癒し手も必要になるかね」

 白魔女術と呼ばれている、本草学を嗜むベレトの腕はこの恐ろしい沼地では大いに有用なことであろう。呟いた呪い師の言葉を聞いて、眠そうな細い目をした、大木を思わせる丈高い男が述懐する。

「ああいう類は早死にするが、でなければ誰よりも長く生きていられる」

 若く無鉄砲な同業の剣士に対して、ハインツ・シュタインの言葉は辛辣だがそれにはどこか好意も混じっていた。あるいは彼自身にもあったのであろう、若く無鉄砲な時代のことを思い返しているのかもしれない。
 太陽はとうに落ちて周囲は暗く、先を抜けることもできぬどくろ沼の近くであれば、この時間になって訪れる者もいないであろう。暗い夜は更けていき、各々が暗闇を挟んだ向こうにある邪な沼地のことを考えていた。

† † †

 どくろ沼が恐るべき場所であることは今更だ。アーガイルの『白い魔女』アルガラドが立てた布告に集まっていた向こう見ずな冒険者たちも、何らの準備もなくこの危険な沼地に足を踏み入れる訳にはいかない。
 海峡を越えた大陸の、更に東の果てからこのミッドランドを訪れていたウンスイは、綺麗に剃った頭に編み笠を被った黒衣の修験者である。ただ一人で各地を行脚し、化け物や賊を退治することを生業としているが、騒乱のミッドランドは彼が腕を試すには相応しい地であったのだろう。

「沼を越える道は重要であろうが、妖怪を討たねばいつ人を襲わぬとも知れぬ。きっちりと引導を渡すべきであろう」

 だがそれには肝心の沼地の危険を知り、沼に住んでいる化け物のことを知る必要がある。ことに昼でも空を見ることができぬどくろ沼では、化け物を見つける前に道を見失って二度と帰れなくなることすらありうるのだ。
 ウンスイは幾人かの者を連れて沼地に立ち入ると、深く足を踏み入れる前に周囲の地勢を窺う。曲がりくねった細い小径はどこへ続いているとも知れずに分かれたり繋がったりしており、低い場所から霧が立ちこめて数歩を過ぎれば先が見えなくなる。下生えは深く、ガスが瘴気となって立ちこめて水は澱んでおり、一歩を外せばそこに深い穴があったとして誰も気づかないであろう。逡巡する黒衣の僧の傍らに、厚い毛皮の頭巾を被った男が立つとゆっくりと首を振る。

「これほど悪辣な地は他に知らぬ。小径を踏み外せばたちまち恐るべき死が襲うであろう」

 白の狩人ガルド・ミラはウンスイとは同年の初老の男であり、野を走る者として数十年間を屋根のない暮らしに親しんでいた。その彼にして沼は立ち入り難く、方角を見定めることすら容易ではない。彼らは幾度か沼地を出たり入ったりしながら、数日をかけてようやく表情を変える沼地の色から歩ける地面を見分ける程度のことはできるようになっていた。だが彼らほどに慎重ではない者は無謀にも沼地を調べるべく足を踏み入れて、今や危難のただ中に身を晒していたのである。

「もう食い物が尽きるか・・・見通しが甘かったな」
「なに、いざとなったら力とパワーで突破すればいい!」

 力とパワーは同じもののように思えなくもないが、マキという小柄な女剣士の力強い言葉にパリィ・ウォーグは苦笑を返す力も惜しみたい気分であった。彼らは一足早く沼地を抜ける道を探すべく、どくろ沼に足を踏み入れたはいいが最初の日に外へ出る道を見失ってしまい今日で四日が経っている。ヴィトルと呼ばれる干し肉を詰めたパンの残りも少なく、行くにしろ戻るにせよまずは沼地から出る方法を見つけ出さねば長くは持ちそうにない。
 周囲を深い霧とガスに覆われた沼地では位置を見定めることも困難であり、時折珍しく空が見えたときであっても、あまりにも入り組んだ小径がすぐに方角を見失わせてしまう。なにしろ一歩道を外れればどこに底のない泥が口を開けているか知れず、彼らも二人でここを訪れていなければすでに二人ともが泥の底に沈んでいたろう。風来坊のパリィも背に大剣を担いだマキも、一度化け物が現れればこれをなぎ倒す腕を持っていたが、今の彼らを困窮させているのは別の問題である。乾いた泥が腰までを覆っている剣士たちに向けて、どこからか音律を思わせる声が風に乗って響いてきた。

「うふふっ。もう泥を浴びるのは飽きたのかしらぁ?」

 咄嗟に身構える二人の前に、姿を現したのは森の妖精のエルフ(Elf)である。快風(かぜ)のフィアリアと名乗る妖精が彼女の住処である森を離れて、この不吉な沼地に訪れた理由は野蛮で騒々しい人間に興味を覚えたからであったろうか。好き好んでこんな場所を訪れた挙げ句に、何の準備もなく泥を被っている人間の愚かさはフィアリアには滑稽で、しかも新鮮であった。

「道なんて風の声を聞けば分かるのにね?泥だって穴に落ちなければいいのよ?」

 陽気に言う、フィアリアはパリィやマキが踏み込むことのできない沼地に立つと平然として飛び跳ねている。明らかにからかわれていることに剣士たちは腹を立てたが、今はこの妖精の助けが必要かもしれない。
 しばし悩んだあげく、マキはエルフに道案内ができないかと尋ねる。だがエルフはおかしそうに笑うばかりで、いつまでも彼女の問いに答えようとはしなかった。元来気の短い剣士は、背に担いだ剣に手を伸ばすと強い口調になる。

「このエルフ、あたしの力とパワーの餌食になりたいか!?」
「あら、案内ならもう来ているじゃあないの」

 その言葉に振り返ると、小径の向こうからは幾人かの人間が近付いてくるところであった。中に不機嫌そうなドワーフの姿を認めると、フィアリアはわずかに鼻にしわを寄せてから沼地を飛んでいくように姿を消してしまう。ガルドやウンスイは剣に手をかけた物々しい形相の剣士の様子に急ぎかけつけるが、パリィもマキもこの場に欲しかったのは剣の助けよりも沼地を出る方法と腹を満たす方法だったのである。

† † †

 王国アーガイルがどくろ沼の踏破を望んでいる、その理由は北方のエディンバラに繋がる要路を拓くためであった。であれば沼地を抜ける道を見つけることと、そこに立ちはだかる障害を排除することはともに重要な目的となるであろう。

「だが沼地を抜ける道が見付かったとして、化け物が出る道を無事に街道として使えるものか正直疑問だね」
「拓いた道はやがて広がる。そうなれば道が霧を妨げ化け物を追い散らす・・・時はかかるだろう」

 ベレトが口にした疑問に答えたのは蛮人めいた姿をしているウェイ・ラスローである。大剣を背負った半裸の戦士だが、故郷を出奔して長く傭兵暮らしを続けていた間に多くの文明を知っており、外見ほどに粗野な男ではなかった。ベレトとはしばらくの付き合いになるが、剣を持たぬ呪い師の女を守る、護衛のような役目を長く続けている。先の<豚と盃>亭で高名なドワーフ酒「脳喰らい」に挑み撃沈した、その幾人かの一人であり今も時折頭を振っていた。
 彼らは沼地を抜ける道を探す者と化け物を退治する者とに分かれており、ウェイたちは沼地を徘徊する化け物の姿を求めて小径を歩いていた。幸いというべきであろうか、化け物が目撃された範囲は限られており、沼を抜けるべく拓かれている道から東に外れた空き地に集中している。ウェイは蛮人の頑健な肩に担いでいた干し肉のかたまりを下ろすと、水辺にある木に吊してから下に種火を置いて燻し、火が消えるのを待って少し離れた場所に野営を張った。
 霧と瘴気の立ちこめる沼地で彼らはさほど忍耐を試されることもなく、半日ほどが過ぎた折り、沼地から巨体を引きずるようにおぞましい沼の妖怪(Marsh Beast)が姿を現した。

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 化け物は茶色のゴムに似た皮膚を持ち、表面はぬめりで光っていて沼地の水と泥をしたたらせている。不気味な触手と鉤爪を持つ腕を振り回しており、動きはけっして素早くはないが力は強そうだ。何より、足場の悪い沼地で彼らがどこまで剣を振るうことができるかは些か心もとない。一瞬、化け物の威容に怯みを見せたエアであったが、傍らで叫ぶドワーフの力強い言葉が恐怖を忘れさせる。

「貴様なぞ酒の肴に食ってやるぞお!」

 そう言って真っ先に動いたのはフールフールであった。小柄なドワーフは自分の背よりも高い剛弓を引き絞ると、盛り上がる力こぶから放たれた短い弓がまっすぐに飛んで化け物の胸に突き刺さる。痛みに怒り狂う化け物は大きく吼えると水辺に近寄ってきた。ここまでは予定通りである。
 すかさず長い錫杖を構えたウンスイと、素早く剣を抜いたエアが猪突すると化け物に駆け寄った。畏れに負ける訳にはいかぬと勇む様が、ともすれば空回りしているようにも見えるエアだが、ウンスイは寧ろ恐怖に臆せぬその姿勢を認めている。一歩下がったベレトを守るようにウェイが立つと、化け物は獲物を定めるべくゆっくりと這いあがってきた。

 鉤のある爪を伸ばして、掴みかかる化け物の腕をエアがかわしてウンスイが喉元に錫杖で突きを入れる。のけぞった化け物は無様な巨体を陸に上げると、幾本もある触手を伸ばして太い鞭のようにたたきつけた。視界の端から襲いかかる触手に横なぎにされたウェイは、大柄な身体を宙に舞わせて激しく地面に打ちつけられる。
 更に化け物は近くにいたドワーフの女に狙いを定めると腕を振りまわし、フールフールは手にしていた弓で思いきり殴りつけるが分厚い皮膚は衝撃に強いらしく手応えがない。よろけながら起きあがったウェイが大剣の一振りで触手を切り落とすが、暴れまわる化け物は蛮人を捕まえると鉤爪をふかぶかと突き立てた。ウェイの叫びが沼地に響き、急ぎ弓を振り上げたフールフールの小柄な身体も太い触手の一撃で弾き飛ばされてしまう。すかさずベレトは化け物の顔に硫黄玉を投げつけると、ウンスイが錫杖を打って動きを止めた。

「今だ!娘よ!」
「おぉーうっ!」

 身軽な動きで跳ね飛んだエアが、薄い剣の切っ先を化け物の眉間に深く突き立てると沼地の妖怪は激しくのたうちまわり、剣は折れて刃を刺したまましばらく暴れまわっていたがやがて力なく倒れると動かなくなった。
 倒れた化け物が動かなくなったことを確認してから、ベレトは急ぎ荷袋から薬を取り出すと倒れた仲間たちを介抱する。暴れる化け物に弾き飛ばされていたフールフールやエアは気を落ちつかせる程度で済んだが、ウェイには熱した刃で傷口を切ってから絞った葉を幾枚も当てて帯で巻く必要があった。手際よくベレトが治療を行っている間に、ウンスイは妖怪の顎に引っかかっていた光るスミレ石を見つけると、まだ放心しているエアの側に寄って石を手渡す。

「これは・・・」
「犠牲者の遺物であろうな。妖怪を討ったのはお主だ、それを売れば折れた剣の足しにはなろうぞ」

 紫色に光っている珍しい石よりも、自分の剣が畏れを打ち倒したことが剣士にとっては何よりの勲章であったろう。まだ右手に握られていた、折れた剣の柄がエアには誇らしいものに見えたのである。

† † †

 一方でどくろ沼を抜ける道を探していた者たちは、白の狩人ガルドとエルフのフィアリアの案内で狭い小径を踏み分けていた。鋭敏なガルドの感覚は霧に覆われた沼地にあって方角を失わず、フィアリアの軽快な足は固まった地面を容易に見つけ出すことができた。

「愚かなドワーフや蛮人は嫌いなんですもの」

 不気味な沼地に似合わぬ陽気さで、フィアリアは言い放つ。エルフらしい傍若無人さを、森に長く暮らしていたガルドは理解していたが、他の者はむしろ彼ら森の妖精族が人々に嫌われている理由を理解したことであろう。

 沼地は入り組んだ小径が方々に広がっており、一歩を踏み外せばどこに底のない泥が口を開けているか分からない。だが一度北に抜ける道が見つかればそれを固めて、広げることでアーガイルはエディンバラへの重要な道を得ることが叶うのだ。
 霧とガスが立ちこめる周囲には丈の低い潅木と水や泥から伸びる草原があちこちに集まっており、どこが陸地であるのか容易には判別し難い。それでも道を拓きつつ、ガルドとフィアリアに先導された一行は遅々とした歩みを六日ほども進めていたが、やがて地面が固くなり周囲には枯れた背の高い木が林立するようになる。遂に沼地を抜けたらしい、安堵感と達成感が彼らを訪れようとした矢先に、絹を裂くような絶叫が彼らの耳に響き渡る。視界の先、駆け出した彼らの目に届いたのは腕と化した枝に武器を握った剣の木(Tree Man)が、子供のような妖精の娘を襲っている姿であった。

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 一足飛びに駆け寄ったフィアリアは、鼻にしわを寄せながらエルフ語で侮蔑の言葉を呟くと、不愉快な樹人の出来損ないに切りかかる。森の妖精族であるエルフにとって、植物の妖怪は唾棄すべき存在であった。フィアリアの軽やかな剣が幾本もの枝を弾いたところで、続けてたどり着いたハインツとマキも長い平剣を抜いて木の幹にたたきつける。血路を開いたところでガルドが倒れている妖精を助け起こすと、バリィが担いで後ろへと下がった。

「珍しいな、キャットテイル(Cat Tail)とは・・・」

 人間の子供めいた外見をして、猫に似た獣の耳と尻尾を持つ娘はあちこちから血を流して気を失ってはいたが、見た目ほどに怪我は深くなく命にも別状はなさそうである。バリィは自分のマントを外すと妖精の身体を包んでから横たえ、剣を抜いて仲間の助けに駆け出した。その後ろから、火口を開けて石を叩いていたガルドが声をかける。

「あれは火に弱い!間に合えば松明を持って追う!」
「承知した!」

 枯れ枝の化け物に火が効くであろうことは疑いない。だが沼地を抜けたとはいえ周囲の霧は深く、手慣れているガルドであっても素早く大きな火が起こせるかどうかは際どいところであろう。外側から切り込んだバリィは乱戦には加わらずに剣の木を誘うと、その動きに助けられて、武器を振る隙間のできたマキは巨大な斬馬刀を振り上げた。

「力と技の風車は回るぜ!」

 意味は不明だが、勢いよく振り回した刃は巨大な化け物の幹ではなく、足のように蠢いている太い根の上に振り下ろされた。咄嗟にその意図を理解したのはやはり長い平剣を手にしていたハインツで、駆け寄るとマキが切り落とした隣の根に切りつけると支えを失った木は無様に傾いて地面に倒れる。
 別の木は枝の上まで軽やかに跳んだエルフを追って、枝を振り回すが仲間の木に当たったところで互いに絡まると、やはりバリィが根を切ってこれを倒してしまった。数体の剣の木が倒れたところでようやく手に松明をかざしたガルドが到着すると、それを数人に渡してから手近の化け物に炎を移す。霧深い場所で火の勢いは決して強くはなかったが、樹人の中でも低級な剣の木は幹が乾燥してこれに耐えることができなかった。くすぶりながらも炎が化け物の身を焼いていくと、のたうち回っていた巨体はやがて動きが鈍くなって静かになったのである。

† † †

 どくろ沼を抜ける道を遮っていた樹木の化け物を焼き、沼の妖怪を倒した仲間たちとも合流した彼らは、今は傷ついた妖精を介抱していた。ベレトが煎じた薬を塗った葉を全身に巻き付けたキャットテイルは目を覚ますと、周囲を囲む目に驚き跳ね起きる。

「別に取って食おうという訳じゃない、安心しな」

 これで自分のマントを取り戻すことができると、話し掛けたバリィの言葉にキャットテイルの娘は不審げな目を向ける。長く風来坊をしているバリィの見たところでは、どうもあまりまっとうな生業の娘ではないらしく、彼らが巡視や兵隊の類でないと気付いてようやく安心したようだ。猫の耳と尾を持つ娘はアン・ラッキーと名乗ったが、それも状況から思いついた偽名のような気がしてならない。

「北のウィロウベンドから旅をしてたんだけどね、まさかあんな化け物がいるなんて思わないじゃないの。本当、あんたたちは命の恩人だよ」

 危険で知られ、沼を抜ける道も未だ見つかってはいなかったこの沼地に娘が一人で旅をするとは考えづらい。恐らくは追われてでもいたのだろうが、誰もそれを追求しようとはしなかった。娘の言葉を信じるのであれば、これこそどくろ沼を抜ける道が発見された証明でもあるのだ。しばらく逡巡していた娘はふと、何かを心づいたように表情を輝かせる。

「そうだ、あんたらは荒事は得意だよね。有名なジリブランのハンマーが盗まれた話は知っているかい?」

 キャットテイルの娘が言うには山岳のトロールから東のストーンブリッジを守っているドワーフの王、ジリブランが持つ魔法のハンマーが闇カラスに盗まれた挙げ句、近くにある暗い森に落ちてその行方が失われたというのである。
 闇カラスは暗い森に住む闇エルフが飼い慣らしている生き物であり、森は邪なゴブリンや妖怪がはびこる地として知られている。暗く染まった森の噂を聞いたフィアリアと、高名な王の武器が失われたことを知ったフールフールの二人は互いに異なる面持ちで不愉快さをにじませていた。

...TO BE CONTIUNUED
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