うけるトリックの見つけ方
ネタの値段や技法の難易度と、「効果」の相関
普段は道具類をあまり買わない人でも、結婚式やパーティ、何かの会があり、そこでマジックをしなければならなくなったとき、ネタを購入するため、あわててショップに行くことがあるはずです。 そのようなとき、財布に余裕があるのなら、3,000円のネタより、30,000円のネタを買ったほうが観客にうけると思いがちです。10倍もするのだから、当然、高価なネタはそれだけ観客も驚くと思うでしょうが、実際は、値段の高低と、そのマジックが観客にどれほどうけるか、どれだけ観客が驚くかといったことの間には、何の相関もありません。値段の高さと、うける、うけないは、必ずしも比例しないのです。これは道具類をいくつか買ってみたらすぐに気がつきます。 テクニックでも同じことが言えます。初級者の人が中級レベルに移って行くとき、様々な技法を練習します。技法の中には修得するのに時間のかかるものもあります。 技法に関しても、タネの値段と同じことが言えます。 マジックの現象は、タネを知らない人から見れば同じように見えることでも、裏でやっていることは、まったく異なっている場合がいくらでもあります。同じ現象を引き起こすのに、何通りも手段があるのが普通です。スプーン1本を曲げるだけでも、数十の方法があります。コインを1枚消す方法だけでも、優に数十はあります。易しくできるものから、大変難しい技法を使うものまで様々です。 以前、「技法は秘密の動作」というコラムで、ダイ・ヴァーノンの話を紹介しました。そこでも少し触れたことですが、難しい技法を使えば使うほど観客は驚くと思っている人がいます。しかし、これは先のネタの値段と同じで、技法の難易度と、観客にどれだけうけるか、どれほど驚くかといったことの間には何の関係もありません。 難しい技法を見せたとき、感心してくれるのはマニアだけです。マニアからの賞賛が欲しいのであればそれも悪くありませんが、一般の人に見せるのであれば、ネタの値段や技法の難易度は、観客にとってはどうでもよいことだと気づく必要があります。 ネタや技法は「裏」でやることです。観客が見ているのは、「表の現象」だけです。裏でどれほど難しいことをやっていようが、どれだけ金がかかっていようが、見ている側にとってはどうでもよいことです。 難しい技法は、それを使うことでしか解決できない場合、そしてそれが完璧にできれば、観客に与えるインパクトが最も強い場合に限り、チャレンジしてみるのも悪くありません。しかし、自己満足のために、ことさら難しい技法を使うのは本末転倒です。 これはネタの話でもまったく同じです。安いネタでもうけるものもあれば、うけないものもあります。高価なネタでもうけるものもあれば、うけないものもあります。値段と、うけるうけないは関係ありません。 半月ほど前、私はある場所でマジックを見せることになっていました。その日の朝、取込ごとがあり、そのことでバタバタしていたら、鞄にマジックの道具を入れて行くのを忘れてしまったのです。現地に着いてから、トランプの1組も、ハーフダラーの1枚も、サムチップ、スポンジのウサギ、シルク、ロープ、とにかく一切合切忘れてきたことに気がつきました(大汗)。 マジックを見せることが中心の集まりではありませんので、一つか二つ、何か見せればよいので、その場で考えました。このようなとき、苦しいときの「ブック・テスト」頼み、その場にあった本を3冊もってきてもらい、「ブック・テスト」をやりました。これは今までに数百回はやっています(笑)。また、どんな道具を使うよりも、うけることもわかっています。しかも今のような状況、本を3冊持ってきてもらい、それを使って、その場で演じた「ブック・テスト」は本物の魔法のように見えるようです。 「ブック・テスト」など、原価ゼロです。5、6万円もする「パーフェクト・タイム」もよいマジックですが、うけるという意味では、原価ゼロのマジックである「ブック・テスト」が、5、6万もする海外の精巧なネタより、100倍もうけるのです。これは現象自体が大変不思議に見えることと、道具類がすべてそこにあったもので演じたので、あやしいものが何一つないからです。今、ひとつの例として「ブック・テスト」をあげましたが、他にもいくつかこのような「即席マジック」があります。ただ、私が演じてうけるからといっても、あなたが演じてうけるかどうかは、また別問題です。 ごく少数のトリックでかまいませんので、自分が気に入っているマジックをしっかり練習して、いつでもできるようにしておけば、それがあなたにとって一番うけるトリックになります。マニアの目などはどうでもよいのです。マニア同士で遊ぶときは、それはそれで楽しいのですが、まったく別の次元の楽しみです。うけるトリックを捜すことにエネルギーを費やすより、少数のトリックに磨きを掛けることに精力を傾けたほうが賢明です。 観客にすれば、どれだけ不思議な現象が起きても、道具類があやしいと思えば、実際にはそれほど不思議だとは思いません。どんなささやかな現象でも、使っている道具類が自然であれば大変不思議に見えるものです。舞台で人間が浮かぶよりも、目の前30センチの距離で、お札やタバコが浮かんだほうが驚きます。 今回のタイトルは「うけるトリックの見つけ方」となっていますが、本当は、そのようなものはなく、自分で工夫しながら、磨きをかけて行くしかないのだと言いたかったのです。値段などにごまかされないで、自分が好きなマジックをひとつでもふたつでも作ることが一番の近道だと知ってもらいたかったのです。
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