魔法都市日記(23)

1998年10月頃


今年一年間は、日曜日も午前中の2時間だけ仕事が入っている。そのため、2,3泊の小旅行がしにくい。今月はめずらしく4,5日間連続の休暇が2回取れたので遊んできた。

一つはアルペンルートを通って、立山から富山の宇奈月温泉に抜けるコース。ここは数年前にも一度行って、すっかり気に入っている。 泊まったのは山の中のこじんまりしたペンションと宇奈月温泉で、それぞれ2泊ずつした。

観光客の端境期なのか、ペンションでは私たちしか宿泊客はおらず、貸し切り状態で堪能できた。宇奈月温泉では、名物のトロッコ電車からの景観は何度見ても迫力がある。前回来たとき、山の途中に露天風呂が見えたので、今回は途中下車して、最寄り駅で降りてみた。湯に入ろうかと思ったが、ここは上からも覗かれるし、周りを散歩している見物人もいるので、裸にはなりにくい。入っている人は大抵水着をつけている。宇奈月温泉では宿泊先のホテルにあるプールが自由に使えることがわかっていたので、二人とも水着は持ってきていたが、露天風呂に入るのに、着替えるのも面倒なので近辺をぶらつくだけにした。少し離れたところには、あまり知られていない露天風呂もあると教えてもらったが、露天風呂巡りが目的でもないので、そっちもパスした。

標高2,000メートルを超える立山や、高台の草木に囲まれたところで数日過ごすと、肺の細胞、ひとつひとつまでに酸素が行き渡り、心身とも生き返る。夜、星をながめても都会とはまったく違った夜空が見える。

某月某日

アルファビア夜景2,3年前、淡路島にアルファビア(Alfabia)という煉瓦づくりの美術館がオープンしたとき、すぐ隣に、イタリア料理のレストランもできた。オープン記念にプロマジシャンのM氏が東京から招かれ、ゴールデン・ウィークの約1週間、このレストランでクロース・アップ・マジックを見せる仕事をなさっていた。レストランでマジックを見せるというと、テーブル・ホッピング、つまり、店と契約している専属マジシャンが各テーブルまで来てくれて、無料でマジックを二つ、三つやってくれるようなものが多いのだが、M氏が出演されていたときは、いくらかのチャージを払って、別室でクロース・アップ・マジックを見せてもらうというシステムであったように思う。

テーブル・ホッピングの仕事は、アメリカでもそれほど需要があるわけではないので、これを専門の職業にするとなると、よほどの才能と条件に恵まれないと難しい。M氏の場合、約5年間、横浜にある東洋最大のレストランで活躍されていたが、このようなことは、テーブルホッピングの世界では奇跡に近いことだろう。バーマジシャンは日本でも結構いるが、レストランでクロースアップマジックを見せるという形態をとって、1年以上続いたところなど、M氏の例を除いて私は知らない。

美術館は、常設展示としてアメリカ人のイラストレーター、ノーマン・ロックウェルとスペインの印象派画家、J.トレンツ・リャドの二つがメインで、それ以外にも1,2ヶ月程度で変わるイベントも行われている。また、1940年代から60年代のアメリカで使われていた家庭用品なども数多く展示してある。このようなものの中にマジック、とりわけメンタルマジックによく出てくる道具があった。「スレート」と呼ばれる道具で、縦が25センチ、横が30センチ程度の小さな黒板のようなものである。材質は、木製のものが多いが、昔は石の板も使っていた。現在、私たちがこれを目にするのは、スピリット・ミディアム(霊媒)の現象くらいである。このスレートを使うやり方は何種類もあるが、よく知られた方法としては2枚のスレートを使い、裏表とも何も書いてないことを確認したあと、2枚のスレートを重ねる。霊媒師は依頼者から頼まれた人の霊、例えばすでに亡くなっている身内、おじいさんや夫、妻、もしくは恋人など、誰でもよいのだが、亡くなった人の霊を呼び寄せる。霊が来ている間に、依頼者がその霊に向かって、尋ねたいことがを質問すると、霊が直接答えてくれるというものである。

スレート

具体的には、よくあらためたスレートを2枚重ね、その隙間に、チョークのかけらを入れ、しっかりと質問者に持っていてもらう。数分後、スレートを開いてみると、先ほどの質問に対する答えが、チョークで書かれている。言っておくが、これは勿論マジックである。このスレートを使って、霊に文字を書かせるという見せ方はそれほど古いものではない。今から100年ほど前、ヨーロッパやアメリカで始まった。これ専門の職業霊媒師も数多く出現し、ちょっとしたブームにもなっていた。原案者はドクター・ヘンリーと名乗る男で、これで大儲けをしたが、同時にあちこちで問題も引き起こしていた。裁判が開かれたとき、当時有名な奇術師であったJ.N.マスキリンが検察側の証人になり、裁判が開かれ、霊媒師のトリックが暴露された。これでドクター・ヘンリーは有罪になり、3ヶ月の禁固刑を食らっている。いつの時代でも、この種の現象は人の心をとらえるようで、ひっかかる人が後を絶たない。メンタル・マジックは、それなりの意図をもった人間が悪用しようとすると、色々とできてしまう。そして、このようなものを暴くとき、マジックの知識がゼロの科学者を連れてきてもダメで、マジシャンが立ち会えば大抵、すぐにわかってしまう。

とまあ、このような歴史のある「スレート」なのだが、これは日本ではまったく馴染みのない道具なのでどうにも使いづらい。今でもメンタルマジックの道具として販売されているが、これを取り出してきただけで、怪しげな道具だと思われてしまう。アメリカでも同じだろうと思っていたら、今回、アルファビアに展示してある道具の中にこれがあったので驚いた。昔のアメリカの学校では、紙の代わりに、ごく普通に使われていたようだ。紙や鉛筆が高価であったころ、この板に文字を書いて練習したり、計算に使ったのだろう。そのため、この道具自体は何ら不自然なものではなく、これに文字が現れたら、それは驚くはずである。こんなところで、スレートの現物を見ることができるなんて思ってもいなかった。

ノーマン・ロックウェルについては「煩悩即涅槃」に書いておいたので、興味のある方はお読みいただきたい。

某月某日

近所に住んでいる知人から、アメリカ人のゲストが来ているので、マジックを見せてあげて欲しいと頼まれる。この日、私は夜の8時からも仕事があったので、夕食の合間に、30分ほど見せて、10時過ぎに仕事か終わってからまた顔を出すという、バタバタしたものであった。食事の合間に、ちょっと見せるだけなので、とにかく手軽にできて、アメリカ人にうけそうなものをと思って探したら、ひとつは「ロングカード」に決まった。

Long Card

 

上の写真のようなもので、長さは25センチほどの細長いトランプである。インデックスの部分がダイヤの3と、反対側が10になっている。これを1枚、上着の内ポケットに入れておき、普通のトランプでダイヤの10をフォースしたあと、内ポケットから予言のトランプを取り出すと言って、ダイヤの3が見える程度に、5,6センチだけ上着の内側から出す。観客はダイヤの3が見えるので、「違う」と言ったら、そのままズルズルと引っぱり出すと、びっくりするような長いトランプが現れ、それがダイヤの10なので、その意外性につられてつい笑ってくれる。

このネタは、日本で演じている人を見たことがないが、アメリカでは大昔からポピュラーなネタで、私も子供の頃、ごく普通の書店で売っている種明かしの本で見た記憶がある。いったい、こんなものの何が面白いのか全然わからなかった。ところが、実際にやってみるとこれが予想外にウケる。

今から20数年前、某酒場でバイトをしていたとき、映画監督の大島渚氏が関係者数名とやってきた。カウンターの中から私が数点マジックを見せたとき、このロングカードをやったら、監督が、「うーん、これはすばらしい」とえらく感心してくれた。他のどんなマジックより、これが一番気に入ってくれたので、私の方が驚いてしまった。これはただのギャグネタのひとつだと思っていたのに、監督の予想外の反応は本当に意外であった。おそらく、最後の結末が、監督の予想していたものと大きくちがったので、気に入ってくれたのだろう。

今回見せたのは、これと、もう一つは食事中なので、テーブルに出ているナプキンを使うものをすることにした。この知人の家は豪邸というほどのことはないが(汗)、食堂だけは大きく、一度に十数名が座れるテーブルがある。大抵、ナプキンが備え付けてあるので、それを使うものに決めた。数年前、ダロー(Daryl)が売り出した"Knife through Napkin"である。これは、ラスベガスで開かれたコンベンションで演じたら賞を取って、2,000ドル稼げたとダロー自身が自慢していたトリックである。レストランなどに行くと、膝の上に乗せる布ナプキンがあるが、それとナイフを使う。

ナプキンの中央をナイフで突き刺し、穴を開け、ナイフを完全に貫通させるマジックである。ナイフで布を突き刺す部分ははっきりと見せられ、布を突き破る音もあり、本当に破ったとことがはっきりと見せられる。勿論、最後はその穴がふさがるのだが、これがなかなかよくできたマジックで、いつかレストランでやろうと、半年ほど前から準備していた。ちょうどよい機会なので、練習をかねてやった。

ほんとは、あと2,3、念のために用意していたトリックもあるのだが、このナプキンを破るのが大変うけたものだから、結局、これと「ロングカード」だけやって終わった。

「観客が、もっと見たいと思っているときにやめること」というチャーリー・ミラーの言葉を思い出したから。

 

某月某日

神戸の三田さんのところへ遊びに行く。松田さんもお見えになっており、私がここ2,3月ほどの間に購入したネタを10点ほどご覧にいれる。ろくなものはなかったが、コーネリアスの「ソート・トランスミッター」は感心しておられた。テンヨーの新製品、「宙に浮く石」のネタは、ご覧に入れたら私が欠点として指摘したこととまったく同じことを言われたのには笑ってしまった。やはり師匠にも同じように見えるらしい。(笑)

三田さんのところには、おじゃまするたびに何か貸していただいている。いつもいつも恐縮するのだが、まあ、三田さんの部屋はもうとっくにパンク状態で、この前、屋上にある物置に、何かをせっせと移動させておられたから、私が借りたほうが部屋が楽になってよいのだろうと思って、遠慮なくお借りすることにしている。(汗) 以前から、共同のデーターベースを作ろうと言っていたが、今回、雑談をしているとき、楽に作る方法を思いついた。それができたら、ビデオの整理だけでもだいぶ楽になる。データーベースを構築する際、一番大変なのはデーター入力の部分だが、その一番やっかいな入力の部分をほとんどゼロにする方法を思いついた。その方法は、諸般の事情で公開できないが、これを思いついたので、何とかなりそうだ。最終的にはエクセルにでも落として、管理できるようにしようと思っている。

あなたは奇術師・トランプの不思議今回、洋書3冊と日本の本を3冊お借りしたが、その中の2冊はどちらも昭和31年に発行された。『あなたは奇術師』『トランプの不思議』(高木重朗著、力書房発行、定価200円)である。この2冊は、高木重朗氏がお書きになった単行本としては最初の本だと思う。まさに日本の奇術界にとって、エポック・メイキングになった本である。それまでの解説書といえば、タネの原理だけが説明されており、「ここですり替える」と書いてあっても、いったいどうやってすり替えるのか、肝心の所が全然わからないようなものばかりであった。それが、高木氏の解説は、ポイントとなる点がきちんと説明されており、だれでもこのとおりに練習すればできるようになっている。これもはもう天性のセンスとしか言いようがない。

解説されているものは、当時アメリカで話題になっていた最新のものばかりである。(Stars of Magicの作品が多い)今なら著作権の問題で絶対無理だが、これも時代なのだろう。それはさておいても、このような本が40年前に出ていたから、昔からマジックをやっている人達は、『スターズ・オブ・マジック』の作品をよく知っていたのかと、その秘密がわかった。古本屋でもこの2冊に出会うこともなく、私も持っていない。

アマチュアがマジックを楽しみでやっているだけなら、この2冊に解説されているマジックのうち、数点でもきちんとマスターしておけば何も困ることはない。どれを取っても傑作ぞろいであるので、そのうち、内容だけでもどこかに紹介しようかと思っている。

某月某日

H.A With Chappi

大学1年生のHが、中国旅行のおみやげを持ってきてくれる。北京に行ってきたそうで、また来年早々に行くらしい。私の周りには、最近、中国語を勉強している若い子が多く、先日も、中国で使われているマクドナルドのメニューを持って来た子がいた。発音してもらうと、「ファンタ」など、英語と似ているものも多いのでわかるが、漢字だけを見ていると、何なのかよくわからない。今回もらったおみやげは、石に私の名前を彫ってもらったもので、蔵書印のように使える「はんこ」であった。頼めば、その場で、きれいな石に手彫りで掘ってくれるらしい。中国にはマジックのネタを専門に売っているマジックショップはないのだろうか。あれば、今度、何か買ってきてもらう。 (抱いてもらっているのはチャッピー)

はんこ:晴

 

 

マジェイア

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