魔法都市日記(35)
1999年10月頃
10月は東京(キャビトル東急:赤坂) で小野坂東さん主催の「フレンドシップ・コンベンション」 (8日−10日 )があり、静岡の清水市には、マジック専用劇場「エスパルス・マジック・ホール」がオープンした。予定では両方とも行くつもりにしていたのだが、事情があり、行けなくなってしまった。
イタリア展で見つけたピノキオ
某月某日
隣の伊丹市にある「伊丹市昆虫館」に行く。伊丹には昆陽池(こやいけ)という大きな池があり、その付近一帯が公園になっている。その公園の中に昆虫館はある。
ここには世界中の様々な昆虫が展示してあり、生きている昆虫も観察できる。また大きな温室では一年中、千匹前後の蝶が舞っている。蝶が飛び交っている中をくぐりながら花の中を歩いていると、「極楽」とはこんな場面かと想像してしまう。
蝶のいる部屋に入ると、すぐに一匹の蝶が近づいて来た。その蝶は同伴者の頭や肩に止まりながら、ずっと私たちから離れなかった。千匹近くいるのに、その蝶だけが案内係のように、私たちの先になり後になり、髪に止まったりしながら出口のところまでついてきていた。あの蝶はいったい何だったのだろうと不思議がっていたので、「天使がいっとき、蝶に姿を変えて現れたのだろう」と言ったら喜んでいた(汗)。
それにしても、全然マジックと関係のない話になってしまった。和妻、「胡蝶の舞い」のイメージトレーニングに行って来た、ということにしておこう。
某月某日
昔、「スリのジョンソン」が来日した。ジョンソンはスリ(Pick Pocket)で食っているプロである。と言っても犯罪者ではなく、ナイト・クラブなどでショーとしてスリの芸を見せている。1970年頃、これを日本のテレビでも放送した。
ショーとして見せるので、100%本物のスリのテクニックを見せているのではなく、盛り上げるための演出もある。しかし、実際に観客の1人に出てきてもらい、その人に話しかけながら背広の内ポケットから財布を抜き出したり、時計、ネクタイ、ベルトまで、次々に取って行く。これを本人に気づかれないようにやってしまうのだから、ひとつの芸になっている。途中で財布などを返してもらったのに、またいつの間にかすられている。 客席で見ている観客にはポケットからすり取る瞬間はよく見えている。舞台に上げられた人が何度も何度も財布や時計をすられるので腹を抱えて笑っている。うけるという意味では、確かにこれはマジックより数倍うける。
彼はアメリカの大統領主催のパーティにも招かれ、そこではC.I.A.長官か、F.B.I.長官だったか忘れたが、長官の背広から財布をすって見せたら、同席していた大統領はひどく喜んだそうだ。手伝ってもらう客として、これ以上の設定はないだろう。このような場でもスリの芸が演じられるということは、アメリカでは広く認知されているのだろうか。
しかし日本ではそうは行かない。20年くらい前、マジシャンがいる席で司会者がよくいうセリフがあった。
「皆さま、本日はマジシャンの○○様がお越しでございます。マジックを見せていただきますが、懐中物にも十分お気をつけください」
司会者はシャレのつもりで言っているのだろうが、これはシャレにならない。マジシャンからスリを連想するのは、先のジョンソンの芸がテレビで放送された直後が一番ひどかった。あれからだいぶ経ったので、ここ10年くらいはそのようなこともだいぶなくなっていた。ところが最近アメリカで、時計をすり取るテクニックを解説したビデオが販売された。勿論ショーとして演じるためのものだが、マジシャンの間にこのような芸が流行ると、またマジシャンからスリを連想されるようになってしまう。これは喜ばしいこととは思えない。
このビデオの影響か、つい先日実際に時計をすられた知人がいる。
九州の福岡にマジックを見せてくれることで有名な酒場がある。知人の女性がそこへ行き、一時間ほどマジックを見せてもらったら、途中で時計をすられたそうだ。勿論時計はすぐに返してくれたのだが、すられた瞬間はまったく気がつかなかったと言っていた。隣に座っていた別の女性は座席の後ろに掛けていた上着まですられたのに、まったくわからなかったそうである。やられた本人は余りにも鮮やかだったので大変感心していたが、これが流行るのはやはりまずい。すりの芸など一歩間違うと洒落ですまない。「釣り銭詐欺のトリック」や「スリの芸」は、マジシャンには禁止令を出してもよいとさえ思っている。
繰り返しておくが、うければ何をやってもよいというものではない。もしどうしてもスリの芸をやりたいのなら、それだけをやって、同じ席ではマジックは絶対やらないで欲しい。
某月某日
これまでにも何度か「ブック・テスト」については紹介している。10月にも偶然やる機会があった。この日は出かける直前になり、その日持って行く予定になっていた書類をプリンターで打ち出していたらプリンターがおかしくなり、パニックになってしまった。急遽、古いプリンターをつないで書類は印刷したが、本当は持って行くつもりにしていたカードやコイン、サムチップ、シルク、スポンジのウサギなど、マジックの道具類を全部鞄に入れ忘れてしまった。
向こうに着いてから鞄を開けて、はじめて道具類を一切合切忘れてきたことに気が付いた。「E.S.P.カード」だけはあったので、それを使ったものと、その場にあった本を三冊使って「ブック・テスト」をやってきた。
「ブック・テスト」はこれまでにも何度か紹介しているが、紹介するたびに数通のメールをもらう。
このトリックのやり方は、松田さんの本に載っている。ところがあの本を読んでも、あんなことで観客が不思議がるなんて信じられないらしい。それに、「ミスコール」の部分も、こんな厚かましいことが通用するなんて信じられないらしい(笑)。 私自身、このマジックは過去20数年間で、数百回はやっているが、「ミスコール」の部分で突っ込まれたことなどただの1度もない。また、「効果」としても、私が持っている数万円以上する海外のどのような精巧で巧妙なネタを使うより、少なくとも私のレパートリーの中では観客は一番不思議がってくれる。
とにかくマジックとは思えない、「本物の超能力」か「本物の魔法」としか思えないというのが共通の反応である。私が大げさに言っていると思うかも知れないが(汗)、掛け値なしで今のような感想が返ってくる。何なら、当日お見せした方から届いた感想のメールでも公開しようか?(笑)
某月某日
JR京都「駅ビル」にある美術館「えき」で、銅版画家の山本容子さんの作品展が開催されていた。山本さんの作品は、本の表紙、CD、新聞小説の挿し絵、その他、色々な分野で見かけることも多く、最近はコーヒーのテレビCMにも出演されているので、ここに来て知名度もいっぺんに上がっているのだろう。
ご自身で仰っていることだが、山本さんは何かの大きな感動をテーマにして、それを作品にするというタイプの画家ではない。日常、ふと見かけたことや体験したことを、彼女の感性で切り出したものが作品になっている。一言でいえばお洒落。決して大上段から振りかざすようなものではないが、ジャズの名演奏を聴いているときのような、理屈抜きで、心はずむものがある。
今回の今回のテーマは「展覧会の展覧会」。
作品や、見てもらう対象、たとえば小さな子どもに見てもらいたいのであれば、展示位置を普段よりぐっと下げる。何もかも同じように展示するのではなく、作品のイメージや、誰に見てもらいたいのかを設定した上で展示の方法に工夫を凝らすと、展示すること自体に楽しみが増す。「展覧会の展覧会」というのは、そのようなことを意識し、工夫された展示の方法論まで一緒に観賞できるようになっている。
「誰に何を見せたいかによって、展示のしかたを工夫する楽しみが、展覧会にはある」
山本さんのこの言葉を聞いたとき、これは芸でも同じことだと思った。マジックにもそのまま当てはまる。「一期一会」の精神に通じるものがある。
あるマジックを見せるとき、だれかれかまわず手当たり次第に見せるのではなく、このマジックならどこで、誰に、いつ見せるのがベストか、思いを巡らせてみることは心はずむことである。いつでも、どこでも、だれにでも見せられるトリックも重宝するが、それの対極にあるようなもの、場所や相手、状況、そのようなものを限定したマジックがあってもよいと思っている。
「展覧会の展覧会」
1999年10月20日〜11月7日(日曜)
美術館「駅」KYOTO某月某日
3、4ヶ月ぶりに、I.B.M.大阪リングの例会に出席する。松田、田中、三田、森下、赤松、宮中、福岡、他、計11名が集まっていた。森下さんが、根本さん(ミスター・マジシャン)のところで購入したネタを、2,3披露してくださった。小さなロボットが、裏向きに広げたトランプの上を歩いて行き、客のトランプのところに来ると、そのトランプの上でぐるぐる回り、教えてくれる。実際に見ると想像していた以上に面白い。「魔法都市案内」の読者からも、このロボットは面白いというメールをいただいたが、これは昔からあるネタなので、私は購入しなかった。
ただ、昔のものとはほんの少しだが、変わっていることに今回気が付いた。昔はロボットが客のトランプの上まで来ると、そこで停止するようになっていた。今回のは一枚のトランプの上で止まるのではなく、その場でグルグルと回るので、一層不思議であった。実際には同じネタなのに、ほんのちょっとしたことで、ずいぶん不思議さが増す。
森下氏がこれを演じるとき、観客から借りたトランプでやったため、タネを知らない人は驚いていた。何で人のトランプでこのようなことができるのか、わからないだろう(笑)。実際には一枚だけネタカードをアディションするのだが、パームしておいて、誰かのトランプを借り、こっそりアディションするだけで、子どもの玩具のようなトリックが、突然、マニアでもひっかかるトリックに変わってしまう。
話は変わるが、先日、小野坂東さん(トンさん)が主催された「フレンドシップ・コンベンション」が東京で開かれた。これはトンさんの長い奇術活動の集大成とも言えるもので、これをもって、第一線から引退するおつもりのようである。とは言え、日本だけでなく、海外のプロマジシャンで、トンさんの世話になっていない人を捜すのが難しいくらい知己も多く、まったく無私の精神で長年奇術界に貢献してくださった方であるから、そう簡単には「引退」などさせてもらえないだろう。
I.B.M.大阪リングのメンバーでは宮中君が今回のコンベンションに参加したので、宮中君の話や、埼玉の医師、田代氏が送ってきてくださった詳細なレポートを読むと、フレンドシップという名前のとおり、大変楽しく、うち解けたコンベンションであったようだ。
昔は3泊や4泊は当たり前。それも朝から夜中まで、ひどいときは徹夜でも平気でやっていたが、最近は2泊3日くらいでも、朝から晩までマジック漬けというのはきつい。体力的なこともさることながら、それよりも好奇心がついて行かない。この20年くらいでビデオがすっかり普及したせいかもしれない。昔は海外のマジシャンの演技を見ようと思えば、このようなコンベンションに参加するしかなかったため、徹夜でも何でも、見る機会があれば喜んで参加していた。今はビデオでいつでも見られるという気があるため、このような泊まりがけのコンベンションに参会するのがおっくうになってしまった。それと同時に、新しいトリックを追いかける暇があるのなら、古くても、自分のお気に入りのトリックに磨きをかけたいと思うようになったことも大きい。
マジェイア