魔法都市日記(36)
1999年11月頃
8月頃から10月の中頃まで体調は最悪であったが、どうやらそれもおさまった。今年一年は休暇の年と決めていたので、何かにつけてさぼっていた。これも体が「休め」の信号を出していたのかも知れない。幸い、10月末から、それまでの不調がウソのように消えてきた。気分も2000年に向けて徐々に高めて行こうと思っていたので、体調が戻ってくれたのはありがたい。
2ヶ月ほど前、ノートパソコンの新型を買ったが、つづいて牛のマークでお馴染みのGatewayで最新スペックのデスクトップも購入した。ルーターも導入して、ネットワークを組み、遊ぶことには事欠かない。シカゴの「知人」とも連絡を取り合う必要があり、インターネット経由でのテレビ電話を試してみたら、遊び程度なら十分使えることがわかった。
それにしてもGatewayはお薦めである。当初はDOS/V機を自作するつもりでいたのに、最新のパーツを自分で揃えるのとほとんど変わらない値段で、GatewayでカスタムPCができてしまうことがわかった。おまけに24時間、年中無休でサポートもしてくれるので何かあったときも助かる。
某月某日
「木下サーカス」が大阪駅のすぐ裏(北側)にある空き地で、9月11日から11月29日まで興行していた。駅から1分という便利さもあり、私も行って来た。生でサーカスを見るのは40年ぶりくらいかもしれない。同じところで約3ヶ月もやっているのに、日曜など入場制限がでるほどの盛況であった。
サーカスと言えば最大級の娯楽であった時期がある。特に戦後すぐには、日本にも数十のサーカスがあった。しかし現在残っているのは木下、キグレ、柿沼、ポップサーカスの4団体しかない。この中でも「木下サーカス」が最大であることは間違いない。明治35年の旗揚げだそうだからまもなく100年になる。
久しぶりにサーカスの巨大なテントをくぐると、獣やその他の匂いが混ざった独特の匂いが鼻を刺激した。その瞬間、子供時代に見たサーカスの記憶がよみがえってきた。嗅覚と結びついている脳の一部が反応して、古い記憶が再生されたのだろう。
昔もサーカスにはそれなりの華やかさはあったが、それ以上に暗さも印象に残っている。きらびやかな衣装を着た団員が華麗な芸を見せてくれても、あの人達は子どもの頃、どこかからさらわれてきたのだと思っていた。さらわれてきた子どもが「酢」を飲まされ、体を柔らかくしてあのような曲芸をさせられていると思っていた。実際、私の子どもの頃、近所のおばさん連中がよく言っていたせりふがある。小さい子どもが夕方暗くなるまで外で遊んでいると、怖いおじさんが来て、サーカスに売り飛ばされると言うのだ。
この話を聞かされていたから、サーカスで働いている人たちはみんな人さらいに連れて来られた人たちばかりだと思っていた。芸のできない子は、ライオンの餌にされるとも聞いていたので、そのことを思えば、少々危険な芸をしているこの人たちはまだましだと子供心にもほっとしていた。
このような話が実話のように語られる暗さが当時のサーカスにはあった。40年ぶりに見たサーカスは、当時の暗さはなく、格段にショーアップされている。出演している芸人も半数が外国人であり、レベルの高い芸人をそろえている。フランスには国立のサーカス学校もあり、クラウン(ピエロ)を養成する学校もヨーロッパ各地にあり、日本とはずいぶん雰囲気が違っている。日本のサーカスも、今はこのような海外の芸人を多数入れているので、当時と比べれば格段にあか抜けしている。しかし、ところどころ、かつての「見せ物小屋」の雰囲気も残っている。
司会の若い女性はラメの入ったピンクの燕尾服で明るく振る舞っているが、時折、ドスの効いた低い声で、「見せ物小屋」の前で呼び込みをやっていたおばさんの口調が入る。
「ヘビ女」や「タコ女」、さらには体はひとつの牛なのに、頭がふたつあり、しかもそれが人間の顔になっている恐ろしい絵が描いてある看板があった。その前で、「親の因果が子に報い......」とやっていた呼び込みのおばさん、あのおばさんの口調が、ピンクの燕尾服を着た若い女性からも時折発せられていた。やはり昔から伝わっている「血」は消えないようだ。「見せ物小屋」、これが日本のサーカスの原点なのだろう。
個々の芸や全体の構成はよく研究されており、約2時間、観客を飽きさせないように工夫されている。テントで作られた空間をうまく使い、天井付近で何かを見せている間に、気が付いたら下での準備が終わっている。あれなら象を舞台に連れてきても気が付かない。これこそミスディレクションの極み!
「曲芸」「動物の芸」「手品」が、今も昔もサーカスでは基本になる3本柱のようである。
私が子どもの頃見た「人体切断」が、はじめての「イリュージョン」であったかも知れない。今回、マジックを担当していたのはヨーロッパのマジシャンで「マティオロ&ルナ」という男女のペアであった。動物を使ったものが多く、シルクから大きなオウムを出現させたり、女性が虎になるといった動物に変化するものが得意のようだ。
JRの各駅に貼ってあるポスターには、「ユーロ・スーパー・イリュージョン」という、ちょっと恥ずかしくなるようなコピーが大きく掲載されていた。デビッド・カッパーフィールドの向こうを張っているのかと思うが、出し物はさすがにカッパーフィールドのようなわけにはゆかない。
動物の芸では、昔は、犬や猿が多かったが、今回はライオン、馬、象、キリン、カバなど、大きなものばかり出演していた。これを操っているのはすべて外国から来ている猛獣使いである。ヨーロッパやアメリカでは「移動動物園」がカーニバルなどには付き物なので、このような大きな動物を興行に使うのも珍しくないのだろう。
私が子どもの頃見たもので、最も強烈な印象として残っているのはオートバイの芸である。直径が7,8メートル、高さが10メートル程度の円柱状の木枠が組んである。観客は階段を上がり、上から円柱の中をのぞき込むようになっている。筒の中ではオートバイに乗った人が、この狭い筒の中を走り回る。それも壁に沿って上がってきて、筒の内側を張り付いたようにオートバイが回転する。時折、筒の上から飛び出しそうな位置まで上昇してくる。こっちに向かって上がってきたときなど、思わず後ろに体を引いてしまうほど迫力があった。今なら遠心力で壁に張り付いているという原理はわかるが、当時は魔法のように思えた。
今回のサーカスでもこのオートバイの芸はあった。昔と違い、筒ではなく、金網で作った球の中を2台のオートバイが走り回っていた。会場の照明を落として、オートバイの赤と青のランプが交差しながら猛烈なスピードで回転しているのを見ると、物理で出てくる「単振動」のことを思い起こしてしまった。昔はもっと純粋に驚いていたのに、知識の量に反比例して、そのような感性は減ってしまうのだろうか。それはともかく、今回もこれは見ていて興奮した。2台があれほど狭いところをクロスしながら走り回っているのだから、コンマ何秒のミスでも大惨事になることは間違いない。そうなったら大変だと思う反面、どこかでそれを期待していなくもない。
昔はこのようなオートバイのショーには、大抵、アメリカのハーレー・ダビドソンというメーカーのオートバイが使われていた。アメリカの「白バイ」はみんなこれで、1,200ccといった巨大なエンジンを積んでいた。あの狭い筒や球の中を壁に沿って走るのだから、一挙にパワーが出るものでないと無理なことはわかる。そのような目的では、当時はハーレーがベストだったのだろう。戦後は日本のオートバイが世界を席巻したくらい高性能になっているので、今回はスズキのオートバイが使われていた。
このショーが終わったら排気ガスの匂いで、それまでテントの中に立ちこめていた動物の匂いが消えてしまっていた。
サーカスでは今も昔も、最後の出し物は「空中ブランコ」と決まっているようだ。確かにこれに勝る芸はない。下には事故防止のネットが張ってあるとはいえ、地上十数メートルのところで繰り広げられるこの芸は、人間のなし得る芸とはしては最高のものだろう。カフカの小説で、地上に降りることなど馬鹿馬鹿しくなり、寝るのも食事をするのも空中ブランコの上でするというブランコ芸人の話があった。天井近くを、ブランコに飛び移りながら端から端まで移動することができたら、地上を歩くことなど、馬鹿馬鹿しくてできなくなるかも知れない。
某月某日
トランプの大きさは大きく分けて2種類ある。日本で一般に使われているものはたいてい「ブリッジ・サイズ」と言われるものである。それより横幅が5ミリほど長いものがあり、それは「ポーカー・サイズ」と呼ばれている。アメリカではどちらも同じくらい普及してる。
マジックをやっている人は、カードマジックのとき、ほとんどの人がアメリカの"U.S.PLAYING CARD CO."が製造している"BICYCLE"というブランドのトランプを使っている。「ポーカー・サイズ」も「ブリッジ・サイズ」もよく使われている。下の写真では左が「ポーカー・サイズ」である。
このふたつは横幅のサイズが違うだけで、縦の長さは同じだと思っていた。これまで日本で出版された数多くのマジックやゲーム関係の本でも、横幅が違うだけで、縦の長さは同じだと明記されていた。私も今までずっとそう思っていた。ところが先日、「魔法都市案内」の読者の方からメールをいただき、「ブリッジ・サイズ」のほうが、ほんの少しだが、「ポーカー・サイズ」よりも長いというご指摘を受けた。実際に比べてみると、驚いたことに「ブリッジ・サイズ」のほうが長い。もしあなたが両方持っているのなら、ポーカーサイズのデックの中に、1枚だけブリッジサイズのカード差し込んでみると、その差に驚くだろう。即席の「ロングカード」ができてしまうくらい歴然としている。
これほど違うのに、なぜ私も含めてみんな気づかなかったのか不思議である。このU.S.プレイング社のカードが日本に入ってきてからでも、50年くらい経っている。そしてその間、多くのマジシャンが使っていながら、誰も気がつかなかったことに驚いてしまう。これがポーカー・サイズのほうが長ければ、すぐに気が付いたと思うのだが、ブリッジ・サイズがポーカー・サイズより大きいことなどあり得ないという先入観のため、今まで気がつかなかったのだろう。
人は見ているようでも何も見ていない。思いこみで動いている。
某月某日
フランスのテレビ局からメールが来た。てっきりマジック関係のことかと思ったら、「煩悩即涅槃」に書いたことで取材を受けてしまった。なんで日本語でしか書いていない私のサイトに、フランスからメールが届くのか、インターネットの世界は不可解である。謝礼をもらうようなことでもないのに、振り込まれていた。折角だからフランスのワインでも買って、還元しておこうか。
某月某日
コンピューターの世界では「2000年問題」が話題になっている。「1999年」と「2000年」では、数字の上ではひとつしか違わないのにずいぶんイメージが違う。次回、これほど切りのよい年は西暦3000年だから、そのときはいくら何でもコンピューターの「3000年問題」はないだろう。しかし人類が残っているかどうかが問題である。 なんとも切りの良い年のため、「ミレニアム版」が様々な分野で発売されている。トランプの「バイシクル」でも、缶にデックが2セット入ったものを発売してる。
ミレニアムにちなんで、ここでひとつ、「期間限定」のマジックを紹介しよう。ただ、これは今では成功率は極めて低くなっている。今なら3割くらいかも知れない。ひと月ほど前で、客層を限定すれば5割くらいは成功していた。年を越せば成功率は1割を切るのは間違いない。早い者勝ちなので、興味のある人は観客を選んで試してみて欲しい。私は半月ほど前、長野県在住の医師、K.K.さんにやられて引っかかってしまった。(汗)
それほど大層なものではないが、演出とタイミング、客層がうまく合えばこれでも驚いてくれる。私の場合、社会人には4人にやって2人は成功した。学生にはまったく通じなかった。(笑)
電話でも可能なので、適当な人がいれば試してみて欲しい。
「期間限定:ミレニアム版超魔術」
このところ、色々な商品に「2000」と印刷されたものが出回っていますね。"Windows"も来年、"Windows2000"が出るようです。チョコレート、お酒、靴、何でもかんでも「ミレニアム版」を出しています。ところで、あなたはもう来年の手帳か、スケジュール帳を買いました?もし手帳がまだなら、来年のカレンダーで、壁に掛けるようなものでもかまいません。とにかく、表紙に「2000」と印刷された手帳かカレンダーがあれば持ってきてください。
(以下は、新しい手帳を持ってきたとしてやっています)
1974年に、ユリ・ゲラーというイスラエル出身のハンサムな若者が「超能力」で、世界中にセンセーションを巻き起こしました。日本のテレビ局も彼を出演させ、スプーンを曲げたり、金属の缶の中身を透視させたりする「芸」を放送しました。このとき、テレビを見ている視聴者に向かって、家にある壊れた時計を持ってくるように言っていました。その時計を握ってもらい、彼がテレビで「念」を送ると、壊れた時計の針が動くのだそうです。日本中のことですから、かなりの数の人が実際にやったようです。
そのときやったものを簡単に説明しますと、まず最初、針が動いていないことを確認してもらってから、その壊れた時計が何時何分を指し示しているか、覚えてもらいます。覚えたら、両手の間に時計をしっかり挟んでもらい、ユリ・ゲラーが1分ほど念を送ってから手の中の時計を見ると、それまで止まっていたはずの針が、動いているのです。全部ではありませんが、日本中では数百名から数千名くらい、針が動いた人がいたのかもしれません。率から言えば1割にも満たないかもしれませんが、数百万人が見ていれば、数だけでもかなりのものになります。
しかし、これは別に不思議でもなんでもありません。何らかの原因で針が止まっている時計を10個ほど持ってきたら、1個くらいは、手の中に入れて握っていたら動きます。動く時間はせいぜい数秒から十数秒程度のことです。驚きますか?でも、針が多少動いても不思議ではありません。機械仕掛けの時計のことですから、振動を与えれば動くこともあります。
今回私がやるのは、このようなものではありません。もっと難しいものです。
今日は1999年12月2日です。あと一月足らずで新年を迎えます。ところで、日本には1年間で祝祭日が全部で何日あるか知っていますか?実際は15日分あります。このすべてを覚えている人は少ないと思います。1月にはふたつの祭日があるのは知っていますね?
そう、「元旦」と「成人の日」ですね。
では「成人の日」何日でした。手帳は開かないでください。
はい、1月15日です。ではその手帳をしっかり両手で挟んでください。今から、私が祭日を変更して見せます。どれほど動くかはわかりませんが、とにかくやってみましょう。
はい、念を送りました。では手帳を開いて、「成人の日」を確認してください。
まあ、このようなものではあるが、これでも適切な客を相手にやると、意外なくらい驚いてくれた。1回でも成功すれば大満足である。 来年から祭日が変わることを知らない人を見つけるのがコツだが、学生は休みなどに関してはよく知っているので、まず通用しない。ねらいは主婦か、世俗の空気から隔絶した世界で暮らしているような人、早い話、私のような者なら、簡単にひっかかる。(汗)
2000年から、「ラッキーマンデー」とかで、祭日が連休になるよう調整するため、「成人の日」と「体育の日」が月曜になるそうだ。
マジェイア