魔法都市日記(34)
1999年9月頃
昔は9月も10日を過ぎると涼しくなり、いっぺんに秋めいていたはずである。それがここ10年ほど、9月いっぱいは8月と変わらないような暑さが続いている。それでもさすがに9月も下旬になると朝晩は秋の気配が漂ってきた。
某月某日
最近は手紙のやり取りも私個人に限れば電子メールが全体の9割以上になっている。残りの1割もワープロで書いたものをFAXで送ることが多く、便せんに手書きで手紙を書くことなど、年に1,2回しかない。自分では書かないのに、人から手書きの手紙をもらうと嬉しい。このところ立て続けに数通、手書きの手紙をもらった。電子メールなら瞬時に着いてしまうのに、これだと大勢の郵便局員の手を経て2、3日かかって届いている。
電子メールはすぐに届くところが便利なのだが、瞬時にやり取りができるため余韻がないとも言える。昔は受け取ってから、2,3日して返事を書いていた。相手にこちらからの手紙が届くのも2,3日かかるから、1回のやりとりは、自ずと週に1度くらいのペースになる。しかし今ではメールを読むとすぐに、オンラインで返事を書いてしまうこともあるので、余韻にひたっている暇もない。
電子メールでも郵便配達のように、2、3日かけて配達されるシステムが出来てもよいのではないかと思っている。技術的には簡単なことだから、やろうと思えばすぐにでも出来るだろう。「ポストペット」というメールソフトでは、動物がメールを配信してくれるそうだから、数日掛けて配達してくれるソフトがあっても面白いと思う。早ければよいとは限らない。
ドングリや麦の穂を眺めていたら誰かに手紙を書きたくなってきた。
某月某日
今年のデビッド・カッパーフィールド日本公演で、マニアの間で一番話題になったのは、ステージの上で13名の観客が一斉に消える「13」でも、二人がソファーに座ったまま浮かぶ「ソファー」でもなかった。どちらかといえば小品とも言ってよいような"TEARABLE"(テアラブル)が最も話題になっていた。この現象を知らない方は「ショー&レクチャー」に紹介してあるので、そちらを参照していただきたい。
とにかく今年の公演直後から、マニアの間では"TEARABLE"に関して情報が飛び交っていた。ちょうどその頃、海外のBBSからTEARABLEに関する情報が入ってきた。どうやらこれはフィル・ゴールドスタイン(マックス・メイビン)が、昔売り出したディーラーズ・アイテムであるということがわかった。ところが、私自身マック・メイビンのトリックは好きなので、本や市販されているトリックは勿論、やパンフレットの類も比較的よく読んでいるのに、まったく記憶にない。これだけ鮮やかな現象だから、一度見たり読んだりしていたら、絶対覚えているはずなのに、記憶の片隅にもないことが不思議であった。私以外でも知っていてよさそうなものなのに、日本のマニア連中の間でも知っているという人はいなかった。今の時代、これほど多くの人の間をすり抜けて存在しているトリックがあること自体、考えられなかった。
しばらくして、メイビンのものとカッパーフィールドが演じたものはまったく違うトリックであることがわかった。
カッパーフィールドが演じたトリックの原理はイギリスのパズル作家、ヘンリー・ドゥドニー(Henry Dudeney)の原案になるものであり、セルフワーキング・トリックと言ってもよい種類のものである。技術的には、指先のテクニックはまったく不要である。それをステージで行い、観客には大きなモニターを通して見せるという特殊な状況をうまく利用して、マニアが見ても引っかかるマジックに仕上げていた。
なお、マックス・メイビンが1977年に売り出した同名のTEARABLEは、A4の紙一枚に、解説が印刷されただけのものであった。私も持っているが、たった1枚の解説書の割には結構な値段がしていた。現象は、2枚のトランプをそれぞれ中央から破り、マジシャンの手と観客の手の間で、破ったカードの交換が起きる、「トランスポジション現象」のひとつである。
これは確かに一般受けするトリックなので、バー・マジシャンとしてよく知られている、ドック・イーソンも演じている。(参照ビデオ:"Doc Eason's Bar Magic" vol.2)私も昔これにヒントを得て、若干変えたものをやっていた。私の場合、交換現象ではなく、破ったカードの復活現象として演じていた。
カードマジックやコインマジックなど、本を読んでいるとき、気に入ったものがあると、昔はそれを自分のノートにまとめていた。今回、何気なく昔のノートを見直していたら、偶然,TEARABLEというタイトルのものがあり、自分でも驚いた。当時あれほどやっていたのに、タイトルさえすっかり忘れてしまっているのだから、私の記憶も全然信用できなくなっている。メイビンの初期のトリックは、ICE DICEなど、私好みのものが多かった。
某月某日
この3ヶ月ほど、毎日とぎれることなく「オン・ライン・マジック教室」への新規申し込みが続いている。少ないときで2、3通、多いときには1日で10通近く申し込みがある。それが3ヶ月近くも続いている。
インターネットを始める人の数が、この春頃からまた一段と増えたことによるのかも知れないが、それにしても毎日これほど多く新規の方が来てくださり、メールまでいただけることになるとは予想外であった。
趣味としてはずいぶんマイナーなものなのに、色々な雑誌でも取り上げてもらっている。今発売中のものでは、『特選街(11月号)』にも紹介されている。これはコンピューター関係の雑誌ではないが、今月はインターネットが特集になっているので掲載してもらったようだ。また、大手の某サーチエンジンでも、数ヶ月前からベストサイトに選ばれているのも、訪問者の数が増えている理由かも知れない。
この前は映画の「日活」や、別の会社のVシネマで、マジシャン役の役者がカードを扱う部分で、手の吹き替えを依頼されたりもした。私と実際に会ったこともないのに、よくこんなことが頼めるものだと思うが、みんな私のことを「達人」だと錯覚しているのだろうか。
某月某日
筑摩書房から出ている松田さんの『遊びの冒険シリーズ』(全5巻)を今年の1月に紹介したら、書店への注文が相当数あったらしい。「いつ絶版にならないともわからないので、まだ持っていない人はすぐにでも揃えておいたほうがよい」とアドバイスしておいたのだが、不幸なことにそれが現実になってしまった。
紹介した直後から、すぐに数名の方からメールをもらった。筑摩に注文したが、すでに5巻のうち第1巻目は在庫がないということであった。4冊までは揃うが、第1巻目だけがどうしても手に入らないというメールが、今までに十数通届いている。実際には、この数倍、注文した人はいるのだろう。あれからすでに9ヶ月もすぎているので、今からではもう絶対無理だと思っていた。ところがつい最近、埼玉在住の医師Tさんから、全巻揃えたというメールをいただいた。何でも、大型書店のひとつであるJ書店の支店すべて、日本中にある支店全部に自分で片っ端から電話して、一店ごとに在庫を調べてもらったそうだ。すると、兵庫県の明石にある支店に、1冊だけ在庫があったそうである。執念というか熱意というか、必死で求めれば何とかなるものである。
私も今から二十数年前、「バーノン・ブック」(The Dai Vernon Book of Magic)がすでに絶版になっていると聞いたとき、悔しくて仕方がなかった。諦めかけたが、しかしひょっとしてと思い、東京の洋書取次店、「チャールズ E.タトル商会」に電話してみた。すると絶版になる前に仕入れたものが一冊だけ残っていることがわかった。このときほど嬉しかったことはない。この本だけを買うために、次の日、早速新幹線に飛び乗り、日帰りで買ってきた。
埼玉のT氏とはこの夏頃、メールをいただいてから知り合ったのだが、マジック以外にも私と様々な共通点があり、縁浅からぬものを感じている。
某月某日
今月はインターネットで知り合った大阪、豊中市のIさんのご自宅にお招きいただいた。大阪大学でフランス語の先生をなさっている。
Iさんとはマジックの話同様、ご専門の語学のことでも話が弾んだ。奥様の心づくしのおもてなしをうけながら、時の経つのも忘れて楽しく過ごさせていただいた。とにかく。Iさんとも奥様とも共通の話題が多く、2時にお邪魔して、気がついたらあっと言う間に9時を過ぎていた。これもホームページを開いていたからできた御縁であり、ありがたいことだと思っている。
某月某日
現在メインで使っているコンピューターは、購入してから4年ほどになる。もうだいぶ古くなったので、マザーボードとCPUの交換をしたい。
マザーボードの交換となると、ハードをいったん全部をばらす必要があり、1日仕事になるのは間違いない。どうせならこの機会にハードディスクの容量も増やしたいし、DVDも扱えるようにしたい。LANも構築したい。あれこれ考えていると、これを全部一度にやって、もしうまく動いてくれなかったら、さらに数日、この作業に振り回されるのはわかっている。全部が一度でうまく行くとは思えない。きっとどこかで、何かがトラブルだろう。 パーツだけを揃えておいて、時間のあるときに、2日くらい掛ける覚悟で、全部やってしまおうと思っている。
とりあえず、サブのノートパソコンだけ新しいものに買い換えた。B5タイプの小型であるが、こんなに小さくても、メインのコンピューターでやっていることはほぼすべてカバーできる。もしメインコンピューターを改造して、うまく動かなくても、これであわてなくても済む。
このノートパソコンは、パナソニックのLet's noteシリーズで、"CF-A1"という機種である。まだ発売されたばかりで、実売価格で27万円くらいしていた。ソニーのVAIOシリーズで、カメラがついたものとどちらにしようか迷ったが、カメラは後からでもつけられるので、Let's Noteにした。格別これに決めた理由はないのだが、無線のモデムがついており、家の中ではモデムと接続しなくても、アナログモデムでも、ISDNからでも電波が飛ばせることにちょっと引かれた。充電池も自動で初期化を繰り返してくれるので、コンセントから抜いても、いつも2時間近くは動く。家の中でモバイルをする必要もないのだが、気分転換に庭でキーボードを打ったり、布団の中でメールをチェックできたりするのも、実際にやってみると便利である。
ついでにモバイル用のPHSも機種を交換してもらった。ドコモの「パルディオ621S」で、これは64kでコンピューターにつながる。またこのPHSだけでも電子メールの送受信ができる。「きゃらメール」や「きゃらトーク」も普及しているようで、知り合いに機種を変えたことを言ったら、これも毎日のようにメッセージが届いている。電話機で文字メッセージの交換ができるのも実際にやってみると新鮮な驚きがあった。
某月某日
「収納」の問題が、笑っていられないほど深刻になってきた。マジック関係だけでも、本やビデオ、ネタで、部屋を二つ、三つ、占領しそうになっている。物置などに押し込んでしまうと簡単に取り出せない。そうなると、実際にはないのと同じことになってしまう。数から言えばマジック関係以外の本のほうがずっと多いので、マジックの本が届くたびに、他の分野の本を「ところてん式」に、順次、どこかに移動させるしかない。移動させると言っても、場所は限られている。場所を変えると、探している本が見つからなくなる。欲しい本が見つからないときは、自分の本棚を捜すより、書店に行って買ってきた方が早い。そのため、同じ本が2,3冊並んでいることもある。新刊でもインターネットで注文していながら店頭で見かけ、買って帰り、数日後、同じ本がまた届いたりする。こんなことばかりやっているから、場所がなくなるのも無理はない。
すぐに取り出せる形で整理したいのだが、マジックのネタ関係はほとんど絶望的になっている。ネタは大きさが一定でないため整理しにくい。ネタを注文すると、最近はどこのショップもダンボール箱に入れて送ってくるので、中身を一度確認したら、また箱のまま積み上げてある。そのうち、整理しようと思っていると、箱が30くらいになってしまった。地震が来たら、マジックの道具の下敷きになって死ぬかもしれない。それなら本望かも知れないが、箱の中身は大半が発泡スチロールの詰め物なので、死ぬほど重くもない。一度ひっくり返ったら、部屋中、発泡スチロールの紐のようなものや、粒になったものであふれるだろう。
絶望的なのだが、それでも手を付けないことには始まらないので、先日から、毎日、1時間を整理の時間と決めて、何とかしようとしている。一ヶ月が目標であるが、本の整理と同じで、つい中身が気になり、止まってしまう。拾い読みをしていると面白くなってきて、片づけのことなど忘れ、読みふけってしまうこともある。古いネタの場合、一目見ても、これは一体何なのか、全然わからないものが相当数ある。パケットトリックなど、99%覚えていない。
そのようなものの中に、「ガンプレイ」という名前のものがあった。カードの黄ばみ具合などから判断すると、30年くらい前のものに違いない。40年くらい経っているかも知れない。とにかく、まったく記憶にない。幸い解説書は一緒に入っていたので、読んでみると、「ドック・ホリディの創始」となっていた。(ウソつけ!(笑))
解説の前に、次のような紹介文があった。 (カードの上にあるピストルは、マジックとは無関係)
「この奇術はアメリカ開拓時代の有名な拳銃使いドク・ホリディがガンプレイ扇形回転からヒントを得たと云われます。映画OK牧場の決闘その他で御存知の通り特にガンプレイの真剣な表情の演出をお願いします。」(東山税務署承認済)
「東山税務署」となっているので、京都に本社のあるメーカーなのだろう。現象は5枚のカードで行う変化現象なのだが、何とも大層な前書きに笑ってしまう。気になるので、実際にカードを操作して練習してしまった。
片付けると言いながら、こんなところでいちいち止まっているのだから、100年かかっても片づかないだろう。
マジェイア