魔法都市日記(39)
2000年2月頃
「激動」の2月であった(汗)。この寒いのに、大汗をかいてしまうくらいプライベートでは様々なことがあった。そのせいもあり、毎日のように出かけていた。本当なら全部紹介したいくらいなのだが、マジックとは直接関係のない話なので、それは大幅にカットすることにした。
某月某日
大阪の天保山にあるサントリー・アイマックスシアターで、ディズニーの「ファンタジア2000」を観る。
アイマックスシアターはスクリーンの高さが20メートル、幅28メートルという巨大なものである。画面が湾曲しており、立体画像を楽しめる。上映するものによっては特殊な眼鏡をかけることもあるが、今回のものは眼鏡は不要であった。
「ファンタジア2000」には元になったアニメがある。1940年(なんと60年前!)にウォルト・ディズニーが作った「ファンタジア」である。「目で見る音楽。耳で聴く映像」が、このアニメのテーマになっている。
音楽を聴いたとき、色や映像が鮮明に浮かんでくることがある。逆に、ある絵画や映像を見たとき、頭のなかで音楽が鳴り響いたり、匂いさえも感じることがある。五感のひとつを刺激すると、他の感覚まで反応することはめずらしいことではないのだろう。ときにはどこまでが現実で、どこからが幻想なのか、自分でも区別がつかなくなることがある。
(「ファンタジア」のビデオ:発売元 DHV Japan, Ltd.)60年前に制作された「ファンタジア」は上映時間、約2時間で、バッハの「トッカータとフーガ・ニ短調」他、クラシックの名曲が8曲含まれている。このような音楽を聴いたときの印象を、ウォルト・ディズニーは映像として表現している。8曲のなかでも、ディズニー自身は当初、ポール・デュカの作曲による「魔法使いの弟子」"THE SORCERER'S APPRENTICE"だけをアニメにしたかったようだ。ディズニーの頭の中では、魔法使いの弟子として動き回っているミッキー・マウスの映像が、現実感をもった映像としてはっきりと見えたのだろう。
余談になるが、この中に出てくる魔法使いの名前は「イエンシッド(YENSID)」という。この奇妙な名前はディズニー(DISNEY)を逆さに読んだものになっている。
今回新しく作られた「ファンタジア2000」でも、クラシック音楽は計8曲使われている。その中で、「魔法使いの弟子」だけは昔のものをそのまま使っている。これ以外はジェームズ・レバインの指揮の下、シカゴ交響楽団が新しく7つの曲を演奏している。「魔法使いの弟子」だけが昔のものであるため、今見ると、映像や音響は他のものと比べて単調に見えてしまうかもしれない。しかし、これだけは昔のものをそのまま使ったのは、ディズニーがこれをどれだけ愛していたか、スタッフも知っているからだろう。
各曲の演奏の前には、日本ではテレビドラマ「ジェシカおばさんの事件簿」で有名なアンジェラ・ラズベリーや、アメリカでは大変人気のある二人組のマジシャン、ペン&テラーなども出てきて曲の紹介をしている。
今回「ファンタジア2000」を劇場で観て、それと同時に60年前の「ファンタジア」をビデオにしたものも知人から借りて観ることができた。この二つを比べると、私には60年前の「ファンタジア」のほうがおもしろかった。映像としては大画面、大音響で見ることのできる「2000」のほうが圧倒的に迫力はあるが、想像力を働かせて、頭の中で作り上げたイメージは、ウォルト・ディズニー自身が作った「ファンタジア」のほうが自由奔放で、おもしろい。創造という行為は、優秀なスタッフが集まって作りあげても、一人の天才の「霊感」にはかなわないのだろう。
それはともかく、今回「ファンタジア2000」や「ファンタジア」を見て、映像と音楽が見事に調和すると相乗効果を生み、1+1が2だけではなく、3にも4にもなることを再認識した。これはマジックを演じるときでも同様なことが言える。特にステージで演じるマジックでは、「現象」と「音楽」は切り離せない。いずれ、機会があれば、マジックと音楽について、いつか書いてみたい。
突然話が20数年前に戻るが、1976年のPCAM東京大会のとき、フレッド・カップスは夜のステージに備えて、オーケストラと詳細な打ち合わせをしていた。ふつう部外者は、このようなリハーサルの現場には入れないはずなのに、どういう経緯からか、偶然目撃した。例の「塩」のマジックである。この演技では、もう塩は出つくしたと思い、マジシャンが終わろうとするとまた空の手から塩が出てくる。そのため終わることができず、オーケストラに、「もっと音楽を続けろ」と慌てふためいて催促する。マジシャンが予想していなかったことが起こり、マジシャン自身が驚いている様子を見て、観客は笑ってしまう。このような演出を、本番で自然に見せるには、指揮者がマジシャンの意図をしっかり理解してくれないと難しい。リハーサルのときも言葉の問題もあり、日本人の指揮者がカップスのしたいことを理解出来ずに途中で怒り出し、指揮棒を投げて舞台から降りようとしていた。
どうも見てはいけないものを見てしまったようで、私は急いでその場を離れた。夜に予定されているショーがどうなるのか心配であったが、本番ではうまくいったので、あの後、指揮者もわかったのだろう。
今のような演出、つまり、マジシャン自身が予想外のできごとに驚き、慌てふためくといった見せ方はフレッド・カップスの得意とするところであるが、バックのオーケストラまで慌てている様子を見ると、観客は笑い転げてしまう。マジックは知らず知らずのうちに観客に緊張を強いるので、このようなものが入るだけで観客の緊張は大幅に緩和される。
フレッド・カップスは自分のステージを少しでも楽しく、盛り上げるためにできることは貪欲なまでに利用していた。これはすべて観客へのサービス精神から出ているものであるが、とにかく、音楽とマジックの相乗効果をよく研究していた。
もっと古いものでは、今から70年以上前のものと思われる古い映像で、カーディーニがカードやボール、タバコを扱っているものがある。当時、ボードビルの劇場では、たいてい生バンドが入っていた。このようなバンドと事前に打ち合わせをして、演技のポイントや、観客が拍手をしやすい「間」を作るため、マジシャンが自分の演技と音楽を同調させることにも神経を使っているのがわかる。これはおそらく、バンドの人からのアドバイスもあったのだろうが、現代のマジシャンよりも、ずっと音楽との関係を理解していたのだろう。
カーディーニのタバコの演技で、途中、タバコが数多く出現し、煙にむせるような場面になると、突然、それまでの曲が変わり、「煙が目にしみる」が流れてくる。このようなちょっとした演出を加えるだけでも、ステージがずっと楽しく、奥行きのあるものになってくる。
音楽をただバックで流すだけでなく、現象と関連させて自分用の音楽を編集することも、これからは不可欠なことになるのだろう。
「ファンタジア2000」を紹介するだけのつもりであったのに、話が随分横に逸れてしまったが、ついでにもう一つ、今月行った場所を紹介しておこう。
神戸の六甲アイランドにある「神戸ファッション美術館」も、それなりのテーマを持って見に行くと参考になる。ここは日本で初めてのファッション美術館で、ファッションの歴史を中心に、その他の小物まで含め、デザイン関係の勉強をするにも役に立つ。また日に何度か館内で映像を使ったデモもやってくれる。これが四方の壁や床を使ったもので、これだけでも楽しめる。 服装の移り変わりや簡単な歴史を知っておくことは、マジシャンにとっても無駄ではないだろう。特に一流をめざすプロの人であれば、服装はマジシャンにとって、重要な要素であることを自覚しておいてほしい。
プロマジシャンの前田知洋氏が、「マジシャンにとって重要なものは何ですか?」という質問に対して、「衣装だと思います」と答えておられた。これは決してジョークでも、質問者を煙に巻くためのものでもない。プロマジシャンとして成功するには、常にこのような部分にも神経が行き届いていないと大成しない。
また現実問題として、仕事を依頼する側はそのマジシャンの服装やステージ衣装を見て、マジシャンをランク付けしてしまう部分もある。各国の大使館や、それなりにきちんとしたところからの仕事を受けているマジシャンは、このような面へもよく気を配っている。手先の練習だけに明け暮れていても仕事は来ない。
某月某日
12月に続いて、I.B.M.大阪リングの例会に埼玉の田代さんがお見えになった。遠方からわざわざ大阪まで来てくださる熱意にはメンバー一同呆気にとられている。「新幹線で、ご苦労様です」と申し上げたら、「いえ、今回は飛行機です」という返事が返ってきた。新幹線でも飛行機でも、ご苦労なことには変わりはない。(笑)おまけに、また有望な学生マジシャンをお連れくださった。今回は千葉大の山本晃弘さんで、「リンキング・リング」の演技が注目されている。昨年の「第41回テンヨーマジックフェスティバル」にもゲスト出演されている。
「リンキング・リング」は、ステージのマジックとしてはすっかりお馴染みのものであり、現象自体は貫通現象の繰り返しになるため、どれほど鮮やかにつないだり抜いたりしたところで、それほど意外性のある現象は作り出せないと思っていた。ところが山本さんの演技では、マニアが見ていても驚く部分がある。
特に演技の途中でリングが分裂して数が増えるのは初めて見た。リンキング・リングで、数が増えること自体は山本さんのオリジナルでもないようだが、1本のリングを指先で回転させていると、分裂して2本になったのには驚いた。
リングの演技がすばらしかったのは言うまでもないのだが、それ以上にメンバー一同が感心したのは山本さんの存在感である。アマチュアの人で、ステージに立つだけで、観客に「この人は何かやりそうだ」と思わせるマジシャンはめったにいない。そのような意味でもステージをやるにはピッタリのキャラクターである。好青年であることは笑顔を見ればわかるが、それに加えて、人目を引く存在感があることは得がたい。また研究熱心でもあるし、内側にある負けん気の強さは人一倍のものをお持ちであるが、それが決して表に出ないところも好感をもたれる秘密なのだろう。
例会の会場は会議室を借りているためステージと比べて狭く、そのため演技もしづらかったはずなのに、ダイナミックな演技を見せていただけたことにメンバー一同になりかわり、あらためて、あつくお礼申し上げます。
それにしても毎回、関東の優秀な若手をお連れいただく田代さんにも、大阪のメンバー一同、お礼の申し上げようもない。
例会の後は田代さん、田中さん他、帰りの電車が気にならないメンバーが数名、ヒルトンの最上階にあるラウンジ"WINDOWS ON THE WORLD"に寄って12時前まで遊んでいた。そこに、これまで何度かメールをいただいている奈良在住の医師N氏も立ち寄ってくださった。実際に会うのはこれがはじめてであったが、すぐにうち解けられたのもマジックのおかげだろう。
某月某日
神戸で小川心平さんのショーとレクチャーがあった。予想していた以上に楽しいものであったので、「ショー&レクチャー」の部屋に紹介しておいた。興味のあるかたはお読みいただきたい。
今回のショーには、私は当日直前まで参加できるかどうかわからなかったので、事前には誰にも出席することを連絡しなかった。しかし会場では「魔法都市案内」を読んでくださっている方数名から挨拶され、恐縮してしまった。さらに驚いたのは、私の顔をご存じない方が同じテーブルにおられ、私が隣の知人と話している雰囲気から「マジェイア」ではないかと思われ、翌日メールをいただいた。具体的にホームページのことなど何も話していなかったはずなのに、「魔法都市案内」を読んでくださっていると、喋っている雰囲気でわかってしまうのだろうか。(汗)
会場のホテルグランドビスタにジャンプ。
なお、このグランドビスタは新幹線の「新神戸駅」すぐ側であり、近くには異人館が点在している一帯でもある。今月は来客が多く、何度も神戸を案内した。数日前にも「風見鶏の館」としてよく知られている旧トーマス邸にも行ってきた。この中にはダイニングルームとは別に「朝食の間」まである。誰もいなかったので、そのテーブルを借りてカードを広げて記念写真を撮ってきた。(右の写真)
神戸はおしゃれなレストランやナイトスポットも数多くあるので遊ぶには事欠かない。大人がゆっくりできるジャズクラブもあれば、昼間は中華街で点心をつまみながら歩くのも楽しい。
下の鍋は、中華街のある店の店頭に常時おいてある「噴水洗(ふんすいせん)」と呼ばれるものである。。水がいっぱい入っており、ハンドル部分を両手で擦ると、「ウォーンウォーン」という低い音と共に、中の水が沸騰しているように小さな泡が出てくる。やがて泡が飛び跳ね始める。上手な人がすると、4つの水柱が立ち、高さも60センチくらいまであがるので本当の噴水のように見える。知らない人が見るとマジックのように見えるらしい。ちょっとしたコツはあるが、実際にやってみると見かけほどは難しくない。手に少し水をつけてから擦ると、意外なくらい簡単にできる。。
マジェイア