魔法都市日記(40)
2000年3月頃
昨年一年間はだいぶ休養できたので、今年度は少し気合いを入れていくつもりである。幸い今年も生徒は全員高校、大学に受かってくれた。これで中学から来ている生徒の国公立大学への現役合格率は過去21年間、100%を維持できた。
それとは別に、インターネットがこれほど普及してきたので、そろそろSOHOでも始めようかと思っている。現在でも日本で一番のsmallな私塾であることは間違いないのに、今さらSmall Office Home Officeでもないが、小さいことは自分のポリシーが貫けるので、私の性分に合っている。
某月某日
腹話術師のいっこく堂と、マジシャンの上口龍生(かみぐちりゅうせい)氏が出演するライブが大阪のリーガロイヤルホテルで開催された。いっこく堂のことはすでに「ショー&レクチャー」に紹介したので、上口龍生氏のマジックと、ライブ全般についての感想を書いておこう。
ここ1、2年、腹話術師のいっこく堂の人気がすごいことになっている。チケットは発売と同時に売り切れという話もよくきく。これではチケットを手に入れるのも難しいだろうと思っていたら、この手の情報に詳しい知人が、最前列の真ん中という席を確保してくれていた。
今回はホテルで食事付きであったが、12,000円で立食というのは少々不満が残る。立食というのは要するに「立ち食い」のことだろう。これはどうにも落ち着かない。費用を安くあげて、客を大勢入れるためには便利なのだろうが、食事は座ってしたい。しかしそうなるともっと高くしないことには採算が取れなくなり、チケットが売りにくくなるのかも知れない。まあ、今回は食事のことはどうでもよく、とにかく一度いっこく堂を生で見るのが目的であった。
昔はホテルのディナーショーというと、たいてい歌手か、少しは歌える役者が出演するものと決まっていた。ところがどうも近年、客が集まらないらしい。飽きられて来たのだろう。そのせいかどうか知らないが、最近、ホテルのディナーショーに、マジシャンや腹話術師、ニューハーフなどが出場するエンターテイメントショーが珍しくなくなってきた。歌手に限らず、本当に実力があり、それなりに観客を楽しませてくれる人なら、どのような分野の芸人であっても客は集まってくる。
今回のライブは食事とライブの会場が分かれていた。食事は7時から始まり、大半の人は30分程度で済ませていた。ライブの会場はすぐ隣の部屋で、こちらの座席は指定なので、開演の8時直前に入った。
最初の30分が上口龍生氏のマジックで、その後の30分がいっこく堂の腹話術であった。いっこく堂は自分一人だけが出演するライブでも、1時間程度は腹話術をやるそうだが、私はこのくらいで十分であった。
上口龍生(上の写真)というマジシャンに関しては、私は今までまったく知らなかった。名前も聞いたことのないマジシャンであったので、念のためインターネットで検索してみると、ファンの人が作っているホームページがあった。
ホームページをざっと見せてもらったら、上半身裸の写真が掲載されていたり、言っていることなどからして、もっとカリスマ性のあるマジシャンかと思っていたが、意外なくらい普通のマジックをやっていたので少々拍子抜けした。新聞紙に水を入れてもこぼれない例のものや、えーと、あれから10日ほど経った今、何をやったのか思い出そうとしたら、「リンキングリング」くらいしか思い出せない。無理矢理思い出そうとすれば、2、3の小ネタは思い出せたが、それくらい普通のマジックであった。決して下手ではないし、ダイナミックに見せようと努力しているのはわかるのだが、無駄な動きが多すぎるのが一番気になる。ステージを右から左に動きまわればよいというものでもない。無駄な動きが多いと、観客はマジシャンの動作を追いかけるだけで疲れてしまう。しかし、「リンキングリング」は空間を大きく使い、ダイナミックな動きで印象に残っている。また、客席の女性をステージにあげる場面が2、3回あったが、これも出てきてもらった人に接する態度は丁寧で好感が持てた。
上口龍生氏といっこく堂はどこでどうつながっているのか知らないが、腹話術の前に30分程度マジックがあるのはよい組み合わせだと思う。隣に座っていた若い女性の二人連れは龍生氏のマジックによく反応していた。
話はそれるが、あの新聞紙に水を入れるネタは私がマジックを始めたばかりの小学生の頃から知っているため、たいしておもしろいとは思えないのだが、意外なくらい一般うけするようだ。
某月某日
最近、ドコモの携帯で利用できるi-modeが無茶苦茶普及してきた。現在300万人くらいで、今年中には1000万人以上がi-mode対応の携帯を持つことになるらしい。ドコモ以外の機種でも、携帯電話でメールの交換ができるため、メールの普及具合はさらに進んでいる。なお一層重宝なのは、今までコンピューターでやり取りしていたe-mailのアドレス宛に届いたメールまで、携帯電話ひとつで、出先から読めるサービスが始まったことだ。これは大変ありがたい。モバイル用のコンピューターも不要になってしまった。
"something interesting"に携帯電話を使った予言のマジック"Almost Real Prediction"を紹介したら、実際に一度やってみて欲しいと、携帯の番号を書いたメールが数通届いた。しかし、これは面倒なので全部お断りしている。近々i-modeでアクセスできるホームページも開設するつもりなので、その節はよろしく。
某月某日
バレンタインデーも終わったのに、今月も各地からいろいろなものをいただいた(男女を問わず)。 全部は紹介できないので、比較的マジックと関係のありそうなものだけ、数点紹介させていただく。
1.カード・ケース
東京にある革細工の専門店ORTHODOXEEに、わざわざ私のためにオーダーして作ってくださった。ワンデックが入るタイプのカードケースである。
マジックをやることがわかっている場合は、もう少し大きな小物入れにデックも入れて出かけるが、普段鞄の中に入れているのはデック1組くらいである。そのとき、デックをそのまま鞄に入れておくと紙の外箱が破れてくる。このような革のケースに入れておけばケースも傷まないので大変重宝する。 (エースの上にある茶色のケース)
厚手のなめし革製なので、しばらく使い込んでいるうちに、手の油などがついて、一層落ち着いた色になり愛着も出てきそうだ。このORTHODOXEEという店は、一点一点、オーダーを受けてからデザインなども考え、手作りしてくれるので、私も何点かお願いしたいと思っている。
2.マクドナルドで販売されているマジックグッズ
映画『トイ・ストーリー2』と、ハンバーガーのマクドナルドがタイアップして、子供向きのハッピーセットというのを売り出している。といっても、もうすでに全部売り切れて日本中の店頭からなくなってしまったようだ。
このハッピーセットのひとつに、左の写真のような豚と、道に置いてあるコーン状の道路標識がセットになったものがあった。写真では3セット写っているが、実際は豚が一匹とコーンがひとつついたものがセットになっている。大きさも写真ではわかりにくいが、豚の高さが10センチ程度あるので、結構大きい。映画の中ではこの豚が赤いコーン(道路標識)の中に隠れる場面があるので、このようなセットを作ったのだろう。これを使ってマジックができる。
豚にコーンをかぶせて、コーンを持ち上げると豚が消えてしまっている。ただそれだけのことなのだが、このようなものでも驚くのだろうか。昔、一般の書店で売っているマジックの本に、セルロイドでできた小さなキューピー人形に、湯飲み茶碗をかぶせて、持ち上げると中にあったキューピーが消えるマジックが紹介されていた。それを知っていたので、うまくやればマジックになるのだろうとは思ったが、実際にこれを使って、マジックを実演するのはミスディレクションも必要なので、マジックの経験のない人には無理だろう。
手に入らないと聞いていたのに、「魔法都市案内」の読者の方が、そこら中のマクドナルドの店に電話して、2セット手に入れてくれたり、別の人からもうひとつもらったりで、結局上の写真のように3セットも集まってしまった(笑)。せっかくだからこれで「カップアンドボール」をやって、最後に豚を3匹出すルーティンでも組み立ててみようかと思っている。
3.熊のぬいぐるみ
頭の先から足の先まで、トランプ柄の総入れ墨が入ったベアをいただいた。
熊のぬいぐるみや、シャツなどに熊がプリントされたものを数多く出しているメーカーがアメリカにある。その会社の製品で、Liquid Blueというシリーズの熊がいる。下の熊にはDealという名前が付いていた。 かわいいというより、ちょっと不気味なところもある不思議な熊(汗)。
それにしても私にぬいぐるみを贈ろうと思ってくださる神経は、いったいどのようなものなのか、私にはそっちのほうが不思議である(汗)。うちにはわけのわからない小物があることを知っているので、珍しいものを見つけたら送ってきてくださるのだろうが、何にせよ、私のような中年のオヤジのために、このようなものを送ってきてくださる人がいると思うだけで、涙が出るほどありがたい。(マジで)
4.トランプマン?!
めずらしいものでは、マジックをやっている方の写真も届いた。トランプマン風のメイクをしていても、勿論本物ではない。福岡・博多在住のアマチュアマジシャン、ナカシマ ヒデキ氏である。何度かメールもいただいているが、知人の知人という関係なので、実際にマジックを見せていただいたことはない。博多方面では、プライベートなパーティや、何かのイベントでマジックを頼まれることも多く、そのようなとき、このようなメイクで演じていて好評らしい。
写真はフレッド・カップスのフローティング・コルクの要領でお札を浮かせているところだろう。
某月某日
大阪駅のすぐそばにある「ヘップファイブ」に、『プラン・ビー・コメディナイト(通称、プラコメ)』を見に行った。「プラコメ」というのは、1998年3月から東京の中野にある"Plan B"という場所で毎月開催されているコメディの実験のようなものらしい。そこにいつも出ているメンバーが、今回、大阪で初公演をやった。
大道芸、マジック、腹話術、ジャグリング、パントマイム、コントなど様々なジャンルで、プロとアマチュアが出場している。普段、自分のやっている場所ではできない芸やギャグを見てもらい、自分自身の勉強も兼ねてやっている会のようだ。そのため、出場者は全員、ギャラなしである。今回もヘップ・ホールという梅田の一等地で、駅から2、3分という便利な会場でありながら、入場料が1,200円(前売り1,000円)という値段でできたのはノーギャラだからなのだろう。
出し物は全部で19あった。出演者はまだみんな若く、金が取れる芸になっていないものも多いが、次々と妙なものを見せられると、つい笑ってしまう。これがもっと洗練され、一人一人のレベルがあがってきたら、昔、ヨーロッパでボードビルが人気のあった頃の雰囲気が出てくるかも知れない。
プラコメで座長格の三雲いおり氏のサイトにジャンプできます。
某月某日
3月は高校生や大学生に、入学祝として図書券を贈ることが多い。いつもは行きつけの大型書店でまとめて買っているが、先日急に必要になり、近所にある小さな書店で図書券を頼んだ。どこの書店でもそうだが、封筒に入れる前、確認のため、目の前で枚数を数えてくれる。
店員に1万円札を渡して、1万円分の図書券を頼んだ。女性の店員が引き出しから500円の図書券の束を取り出し、テーブルの上に一枚ずつ数えて置いていった。
「1、2、3、......、10。よろしいでしょうか」
「えっ、1万円分頼んだのだけど」
「はい、1万円分ですが」
「でもその券は1枚500円でしょう。10枚なら5,000円でしょう?」
「いえ、20枚数えました。2枚ずつ置いていきましたので」
扇形に10枚ならんでいる券に思わず手を伸ばした。ずらせてみると、確かに2枚ずつ重なっている......。本当に2枚ずつ同時に置いていったらしい。
カードマジックの技法で、「ダブル・プット・ダウン」と呼ばれるものがある。トランプをテーブルの上に置くとき、1枚のように見せて、実際には2枚を重ねたまま同時に置く技法である。30年ほど前、チャーリー・ミラーが日本に来たときレクチャーでやっていたのをビデオで見たことがある。チャーリー・ミラーは完璧にやっていたが、あまり役に立つ技法でもないので、実際にこれを使うマジックなどないのだろう。一回だけならともかく、連続してプットダウンするマジックなど見たこともないし、本で読んだこともない。チャーリー・ミラーも技法のデモンストレーションとして紹介しただけで、これを使ったマジックはやっていなかったのではないかと思う。
もう一度女子店員の顔を見た。この人があのレクチャーに参加したとは思えない。それにしても、なんでわざわざこんな奇妙な数え方をするのだろう。誤解をまねいても仕方がない。銀行員がお札を数えるとき、札をファンに広げて数えるが、あのとき、人によっては3枚ずつとか、5枚ずつ指でわけながら数えていく。これと同じようなことをやったのだろうか。
お札を数えるのは自分だけがわかればよいことなのでどんな数え方をしてもよい。しかし、今回のように客に枚数を確認させるとき、ダブル・プット・ダウンはないだろう。ひょっとしたら私のことを知っていて、技法を見破るかどうか、チェックされたのかと思ってしまった。
私があまりに怪訝そうな顔をしていたので、もう一度、一枚ずつ数えなおしてくれた。それで了解したので袋に入れてもらったが、後で袋の中をもう一度確認したら、今度は多く数えるフォールカウントをやられて、実際の枚数より少なかったらどうしようと心配になってきた。
あの店員は、実は名のある女性マジシャンだったりして......。
マジェイア