魔法都市日記(9)
1997年7月頃
某月某日
岡山にある、A子のお母さんの実家に泊まりに行く。(A子というのは医学部の学生)今年も、心理学をやっているN子、外大でスチュワーデス志望のH子と一緒に泊めてもらった。
場所は岡山の山の中で、美星町という、星が日本で2番目にきれいに見えると言われている町の近くにあり、築300年を越える大きなお屋敷である。 代々庄屋をやっていたが、ここ数十年は、みんな関西に出てきて医者をやっている。普段は管理人と、昔からのお手伝いさんがいるだけだ。 うちの家も築80年を越える古い家だが、ここと比べたらピカピカの新築みたいなもんだ。
私たちは離れに泊まっていたが、ここから居間まで30メートルほどもある廊下を渡って行かねばならず、夜は家の中を歩くだけでも恐ろしい。 特に便所が怖い。便所のすぐ隣に、「開かずの間」があり、実際、A子自身、ここには入ったことがないという。便所に行くときはいやでもその扉の前を通らねばならず、昼間の明るいときでも、一人でこの前を通るのは勇気がいる。(汗)
それを別にすれば良いことばかり。 夜は空一面に星が瞬き、人工衛星さえ肉眼で見える。目を閉じれば風の音、虫の声、草木の音が聞こえるだけで、人工の音は一切しない。
夜、ひとしきり花火などをやって遊んだ後、マジックを見せることになった。マジックの道具は離れにおいてあるので、そこまで取りに行くときがまた恐ろしかった。誰かに一緒に来てくれとも言えず、30メートルほどもある廊下を往復しなければと思うだけで足がすくんでしまった。こんなことなら昼間のうちに、居間のほうへ道具を持ってきておくのだったがもうおそい。幽霊が出たという話は聞いていないが、ときどき庭を武将が歩く音がするなんてことをA子から聞かされていたので、出てきたら出てきたときのことだと思い、猛烈な勢いでダッシュして部屋まで取りに行ってきた。何とか無事に居間まで戻れたが、普段、この屋敷に一人で寝泊まりしているお手伝いの女性は恐くはないのかしら。
マジックはいつも見せている人ばかりなので、これまでに見せたことないものをと思い、2つほどやった。
1.I.T.R.を使った「フローティングコルク」(フレッド・カップス)。
電気をつけてもそれほど明るくないので、このリールでも大丈夫と思い、持ってきていた。最初はお札を浮かそうかと思っていたが、ワインを出してくれたので、そのワインのコルクを浮かすことにした。
2.ヒンズーヤーン(ユージン・バーガー)
ローソクの火で糸を短く切り、それが復活する。
The Web(例の蜘蛛)も持ってきていたのでやろうかと思ったが、あまりにも環境が整いすぎているので、悲鳴くらいではすまないかも知れないと思い、これはやめた。
某月某日
「E.S.P.カード」というものがある。J.B.ライン博士が超能力の実験用に作ったもので、「丸」、「十字」、「波」、「四角」、「星」の5種類からできている。それが各5枚ずつあり、通常25枚を一組として使う。
「透視」等の実験で使われ、被験者が強く念じると、確率的な数値以上の結果が出ることから、何らかのテレパシーの存在があると言われている。この超能力の実験に関しては私はまったく興味はない。しかし、「E.S.P.カード」はマジック、とりわけメンタルマジックでよく使われる小道具のひとつなので、私も自分のレパートリーに入れている。
先日、ある本(『私の声はあなたとともに ミルトン・エリクソンのいやしのストーリー』 シドニー・ローゼン著 二瓶社 3,000円 1996年)を読んでいたら、催眠を用いた心理療法で有名なミルトン・エリクソンが、J.B.ライン本人がやっている実験会に参加したときのことを書いていた。
エリクソンはラインのこの実験には以前から懐疑的であったので、友人二人と試しに参加したそうである。カードの裏から表の模様を透視して、「丸」、「星」などと順に答えて行き、最後に実際のどのくらい当たっているか調べて、その人の「超能力」の強さを計ろうという実験である。
テーブルに着き、実際にラインがカードを配り始めると、配り方が雑なため、表がちらちらと見えたり、さらにひどいことに、光線の加減で、裏から表の模様が全部わかってしまったそうだ。これは印刷の際、表面にプレスをするが、それが原因で裏にも微妙な凹凸ができており、そのため光線の具合ではっきりとわかってしまうそうだ。
カードを配るとき、無意識にトランプを持っていると、トランプの面がテーブルに対して平行にならず、自分の手前が下がり、トランプの先が上がり気味になる。前が少し上がっていても、自分のほうからは見えないため、配っている本人は気づかないのだが、正面に座っている相手からは、トランプの表が見えることがよくある。実際に、鏡の前で配ってみると、表がちらちらと見えることに驚くだろう。手に持っているトランプは、いつもテーブルと並行になるように意識することは、カードマジックをする際の基本的ではあるが、忘れてはならない重要な注意事項である。とにかく、ラインはそのようなことも知らなかったのであろう。
実験の結果、この3人は25枚とも全部当ててしまった。ラインは、完璧な透視能力を持った人間が3名も同時に現れたことに感激しただろうが、超能力の実験と称して行われているようなものの大半はこの程度のルーズさなのだろう。
マジェイア