ROUND TABLE

 

「ビル・チューブ」について

Bill Tube

1999/2/5

「ビル・チューブ」(Bill Tube)と呼ばれるマジックがあります。観客から借りたお札が目の前で消えて、金属の筒から出てくるというものです。筒は、上の写真のように鍵がかかるようになっているものや、ふたの部分がネジになっていて、開けるためには数十回、ふたを回さなければならない構造になったものがあります。

これは大変古くからあるマジックなのですが、これをレパートリーに入れているプロマジシャンやマニアはほとんどいません。実際、私自身、20数年前にこれを購入したときに何度かやった切りで、最近は手に触れたこともありません。そのため、このようなマジックがあることすら、すっかり忘れていました。(笑)それがつい最近、友人と電話で話しているとき、このビル・チューブのことが話題になりました。

「フレッド・カップスがビルチューブをやっていた」という話を、今から20年ほど前に、私から聞いたことがあると言われたのです。しかし、私はそんなこと、全然覚えていません。(汗)

その電話のときに話題になった「手順」は、確かに私も知っていましたから、そのようなものがあることはあるのですが、それが本当にフレッド・カップスのものだと言ったのかどうか、全然、記憶にありません。なんせ20年も前のことなので、二人とも相当あやしい記憶をもとに喋っていましたから、お互い、確信が持てなかったのです。

調べてみると、フレッド・カップスではなく、ケン・ブルックのものであることがわかりました。さらに電話のとき、ジョン・F.メンドーザが昔発表したトリックも話題になりました。よい機会ですので、少し思い出した今の間に、「ビル・チューブ」やメンドーザのトリックについて整理しておくことにします。

 


最初に言ったように、「ビル・チューブ」はマジシャンにはあまり人気のないトリックなのですが、その最大の理由は、同じような現象で、もっと強烈なものがあるからです。何だと思います?マニアであれば、すぐにピンとくるでしょう。そうです、「ビル・イン・レモン」です。

「ビル・イン・レモン」というのは、観客から借りたお札が消えて、どこにも切れ目のない完全なレモン、勿論本物のレモンなのですが、これを二つに割ると、中から観客のお札が現れるという、大変ショッキングなマジックです。

レモンの中から出てきたお札が観客から借りたものであることを証明するために、前もってお札にサインをしてもらっておく方法、お札の番号をメモしておく方法、お札の隅を小さく破っておき、出てきたお札と合わせる方法などが一般によく用いられています。

どこにも切れ目のないレモンからお札が出てくるという現象は、「意外性」という面からから見ても、これ以上のものはないくらい強烈です。日常、絶対起こり得ない現象が、普段から見慣れている、ごく普通のお札やレモンで起きるので、観客の驚きもひとしおです。

「ビル・イン・レモン」のような現象は、一般には「移動現象」というカテゴリーに入ります。いったん何かが消えて、それが別の場所、それも不可能と思えるような場所から出てきます。

このようなタイプのものとしては、「ビル・チューブ」や「ビル・イン・レモン」に限らず、いくらでもあります。比較的手軽にできて人気があるものでは、ボールペンから出てくるものもあります。お札にサインをしてもらうのに使ったボールペンの軸から、消えたお札が細長く丸められて出てくるのです。売りネタではジョン・コーネリアスのものや、コレクターズ・ワーク・ショップなども販売しています。特殊なネタを使わずに演じる方法としては、ジョン・カーニーなどがやっています。

また、タバコを1本もみほぐしていると、タバコの中からお札が出てくるのもあります。

ボールペンやタバコからお札が出てくるのも悪くはありません。お札、ボールペン、タバコといったものは、日常、いつも見ている品物ですから、観客も違和感がありません。しかし、レモンから出てくる場合と比べると、インパクトは落ちます。レモンと比べると、何を持ってきても見劣りがしてしまうのです。

ちょっとかわったものでは、電球から出てくるものもあります。今まで電気スタンドに灯っていた電球をはずして、割ると中からお札が出てきます。ただ、これはあまりにも準備が大変なのと、電球が割れるとき、破片に注意する必要があり、あまり一般的ではありません。

それ以外でも、財布、封筒、何重にもなった箱等、いくらでもあります。

レモンから出てくるのを知っていると、ついそれと比べてしまうのですが、一般の観客は普通、レモンからお札が出てくるマジックなど、見たこともないでしょう。そのため、実際にはボールペンから出てきたり、封のしてある封筒から出てきただけでも十分驚いてくれます。これらはすべて、1級のマジックとして十分通用します。

では「ビル・チューブ」でも同じではないかと思うでしょうが、これには大きな弱点があります。レモンやタバコ、ボールペン、封筒などとは異なり、「ビル・チューブ」は、観客にとって、今までに「見たこともない品物」である点が困りものなのです。確かにこれは、日常的には存在しない品物です。上の写真に写っているものでも、ネジ式になっているタイプのものでも、マジックのためだけにしかこの世に存在しない道具です。観客にすれば、簡単にはお札は筒の中に入らないことはわかりますが、何か仕掛けがあるのだろうと思います。タネはわからなくても、見たこともない道具なので、そう簡単には納得できません。これは重要なことなのです。エブリデイ・オブジェクト(日用品)で演じられるマジックが、数万円もするようなあやしげな道具を使うものより、どれだけ観客にうけるか、マニアであれば知っているでしょう。

ここまで来て、やっとケン・ブルックの「ビル・チューブ」の話に入ります。(笑)

ケン・ブルックというのはイギリスのマジシャンで、もうすでに亡くなっていますが、マジシャンとしても、解説書を書くことに関しても、非凡な才能があった人です。このトリックはおそらく彼の店から売り出されたものでしょうが、私は記憶にありません。20数年前、私も彼の店からは相当な数のネタを購入していましたから、知っていてもよさそうなのに、これは覚えていません。覚えていないということは、ビル・チューブそのものに関心がなかったからか、それとも私がよく購入していた時期とずれて販売されていたのかも知れません。

ざっと現象を説明すると、次のようなものです。

観客からお札を借りて、お札に印刷されている番号をメモ帳に記録してもらいます。お札は小さく丸めて、輪ゴムで止めます。これを透明なグラスの中に入れ、完全に入っていることを確認してもらったら、上からハンカチをかけ、さらにグラスの口の当たりにも輪ゴムでハンカチを止めてしまいます。これでグラスからお札を取り出すことは簡単にはできません。輪ゴムで止めたら、ハンカチを少しめくって、グラスの中にお札があることをもう一度確認してもらってから、しばらくこのグラスを観客が終始見えるところに置いておきます。

ここでマジシャンは、何かひとつマジックを見せます。何でもよいのですが、カードマジックでも一つ見せたとしましょう。

Bill Tube(Ken Brooke)次に、テーブルの上にはもう一つ別のグラスがあります。左の写真に写っているようなグラスです。ここに、紙吹雪のようなものを詰めて行きます。観客に詰めてもらってもかまいません。写真では細長く切った紙を使っていますが、実際は紙吹雪のように、細かく切ったものを使います。グラスに紙吹雪が8割ほど詰まったら、いったん、これもテーブルの上に置いておきます。

またここで何かマジックを見せます。(笑)

それが終わったら、紙吹雪の詰まったグラスに注目してもらい、中の紙吹雪をお盆の上にこぼして行きます。すると、突然、グラスの中に金属の塊りが現れます。これもお盆の上に取り出します。観客は、突然何だかわけの分からない金属の筒が現れ、驚きます。

ここで、最初にお札を入れて、ハンカチで封をしたグラスを取り上げ、ハンカチを取り除くと中のお札が消えていることを見せます。お盆の上の金属の筒を取り上げてもらい、ふたを開けてもらうと、筒の中から、観客から借りたお札が現れます。番号をチェックしてもらうと、間違いなく、観客のお札です。

ざっと、以上がケン・ブルックの手順です。どうです?おもしろいと思いませんか。

もうひとつ、紹介したいマジックがあります。

ジョン・メンドーザのマジックで、1978年に出した彼の本、"THE BOOK OF JOHN"に載っていた、"The Coin Casket"です。これも先日の電話のとき話題になったものです。

ざっと現象を説明します。これはお札ではなく、コインを使います。

アメリカであれば、観客から25セント硬貨を借ります。硬貨の表面に、小さなステッカーを貼り、サインペンで観客のイニシャルを書いてもらいます。

「このマジックは片手だけで行います」と言って、25セント硬貨を手のひらに置き、はっきりと見せます。手を握ってから、もう一度ゆっくりと開くと、穴の開いた中国の硬貨に変化しています。大きさは25セント硬貨とほぼ同じです。(この部分は「チャイナ・チェンジ」というマジックです。)

Coin Casketハンカチを取り出し、中国の硬貨の上にハンカチをかけると、硬貨が突然、大きくなります。直径で言えば、倍くらいになっています。デザインは、先の穴あき硬貨のままで、大きさだけが変化しました。これを両手の間に挟んでいると、コインが円筒のようなものに変化します。右の写真はそのふたを開いたところです。

この円筒のようなものを観客に渡し、ふたを開けてもらうと、中は指輪を入れるケースのように、ベルベットの台があり、そこにコインが1枚はさまれています。観客にコインを確認してもらうと、確かに観客のサインがしてあるコインです。

以上がメンドーザの「コイン・カスケット」ですが、一般的な「コイン・カスケット」の演じ方はもっと単純なものです。ちょうどビル・チューブを、お札ではなく、コインでやっているような感じです。

なお、「コイン・カスケット」(Coin Casket)は、ジョンソン・プロダクツという、アメリカにあったトリック・コインを専門に制作・販売していたメーカーが売り出したネタですが、数年前、ジョンソン・プロダクツ自体がなくなり、この道具も現在は制作されていません。しかし、マジック・ショップによっては在庫が残っている店もあるかも知れません。

なぜ、ここでこれを紹介したのかと言いますと、メンドーザも言っていることですが、「ビル・チューブ」にしても、この「コイン・カスケット」にしても、普通に演じたのでは、コインが消えた後、金属の筒を取り出せば、ほとんどの観客が、この中から出てくるのだろうと予想し、そのため、あまり驚かないそうです。確かにそうです。

今のメンドーザの手順では、最初、コインの変化現象かと思って見ていると、突然、金属の塊りになり、ふたを開けると、サインのあるコインが出てくるという意外性があります。容器をゴソゴソとポケットから取り出してくるのではないので、現象を予測する時間が観客にはありません。

先のケン・ブルックの「ビル・チューブ」の場合も、金属の塊りが紙吹雪の中から突然現れます。その時点では、観客はまだお札が消えたことすら気づいていません。そして、その金属の筒からお札が出てくるとは想像もできないはずです。とにかく、この筒を見た時点では、そこから先ほど自分がサインをして、別のグラスに入れてあるお札が現れることは想像できないと思います。最後まで、意外性をなくさないように構成されています。

ケン・ブルックの「ビル・チューブ」とメンドーザの「コイン・カスケット」を見てきましたが、このような非日常的なモノを使うのであれば、お札やコインが消えたことを観客が知らない間に、ビル・チューブのようなものを出現させ、それの出現自体でまず驚かせておいてから、お札が消えたことを確認してらうという手順を踏めば観客も驚くのではないでしょうか。ポイントは、できるだけ、観客に現象を予測する時間を与えないことでしょう。

これがレモンのようなものであれば、初めからテーブルの上にあっても全然不自然ではありませんので、まさかここからお札が出てくるとは思いません。

これと似たような移動現象で、お札ではなく、観客から指輪を借りて、それが別の場所から出てくるマジックもよく演じられています。例えば、消えた指輪が、マジシャンのキーホルダーや、テーブルの上にある食卓塩から出現するものがあります。食卓塩のふたを取り、中の塩をナプキンの上にでも全部取り出すと、塩の山の中から、観客の指輪が出現します。

パーラー用のマジックとしては、カナリアのような小鳥を消して、テーブルの上に最初からあったオレンジを取り上げ、それの皮をむくと、そこから鳥が出てくるのかと思ったら、意外なことにレモンが出てきます。さらにレモンの皮をむくと、今度は中からニワトリの玉子が現れ、最後に、玉子を割ると生きたカナリアが出現するというものもあります。これなども、観客の予測を常にはずしながら、最後に一番大きな驚きが来るようになっています。

また、プロマジシャン、前田知洋氏がよく演じておられるもので、大変よく構成されたマジックがあります。詳しく現象を説明すると、まだこのマジックをご覧になっていない方の楽しみを減らすことになるので書きませんが、食卓にある布のナプキンを折り畳んで鳥を作り、その鳥が玉子を産み.....、という大変観客のイマジネーションを刺激するルーティンになっているものもあります。

いずれにしても、マジックの本質である「意外性」が維持できるような構成で演じれば、「ビル・チューブ」のような「移動現象」も、まんざら捨てたものではないと思います。研究してみると、もっとおもしろいルーティンも組めそうです。

補足:上で紹介しましたケン・ブルックの手順は、解説書だけ根本氏(大阪のマジックショップ、「ミスターマジシャン」)のところで、以前販売されていました。これには2個、特殊なグラスが必要なのですが、1個は高さが15センチから20センチくらい必要です。上の写真にあった、うすいグリーンのカップがそれです。後の一つは簡単に自作できます。お札を消すときに使うだけですから、コンビニで売っているような、使い捨てのビニールカップで、透明なものを購入して、ナイフで加工すればすぐに作れます。大きい方のカップは、ひょっとしたら根本氏のところにまだあるかもしれません。

魔法都市の住人 マジェイア

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