【SS】 再会   2004/12/18






 紳士物のタートルセーターと男物ジーンズの組み合わせは、アスカ感覚からするとかなり大きめの部類に入っており、腰や袖まわりに至っては、まるっきりのオーバーサイズとなり行く代物だった。



 鏡の前で、そんな着慣れないダボダボ感を楽しんでいたアスカは、これを用意した人間はたぶん『解って』用意したのではない唐変木のまんまであろう事実を思い起こして、なんとなくにおかしかった・・・




 カシミアの材質も、シックな色合いも、嫌いではない。





 陽光の差し込む廊下を突き進み、電話台を左に曲がったその先にあるシンジのテリトリーへと足を運ぶ時、食卓で待っているオタンコナスは、お味噌汁を配しながらアスカの事を出迎えている。




 釣られて微笑が顔に出かける一歩手前の段階で無理やりに中止させ、そっぽを向いてやったアスカであるのだが、よく解っていない馬鹿の方はと言うと、炊飯器の蓋を開きながらに、アスカのご飯をよそおっている・・・




 もうこれはアレだ・・・




 「こんな飯が食えるかぁあああ」とばかりにちゃぶ台(?)をひっくり返してやるしか残された手段と言うものが・・・





「嫌(ヤ)ダ・・・ 美味しい・・・」





 久しぶりと言う感覚がまずかったのかもしれない。





 「お粗末様・・・」と微笑んでいるシンジに対して、ついつい、「魚沼産?」などと普通に聞き返してしまった。





 「違うよ? 自作しているんだ。稲穂を刈り取って、逆さに吊るして置くと旨味が米粒に凝縮するから、それを丁寧に脱穀して・・・」




 そんなに特別なものではない事を強調した挙句、最後には




 お米の国だからね・・・




 などと訳の分からない事を言う。





「何よぉ? それ〜」





 何でもない会話を何でもなく楽しんでしまったアスカは、ふと、新生ネルフ(Neue Nerv)に居残った6年間こそが『偽物』で、本当の私は、ずっとずっとシンジ達と一緒に仲良くこの日本で暮らしていたんじゃなかろうか? などと昼夢(ちゅうむ)してしまうのだった。




 シンジが居て、ミサトが居て、加持さんが居て、ファーストが居るネルフ(Nerv)・・・




 カモフラージュの役割を担(にな)っていた第壱中学校も、ヒカリが居て、鈴原が居て、相田が居て、同年代の学生と共に過ごす事の少なかった大卒アスカにとって、知らぬ間に大切な何かを織り込んでくれていた・・・




 迫り来る使徒の攻撃に抗(あらが)いて、颯爽と弐号機を繰り出す天才美少女パイロットは、人類の存亡をその腕に賭け、今日も今日とて絶好調っ!!




 強いぞ、私!  負けないわ、私!




 選ばれし、特別な人間(チルドレン)の恍惚と不安、我にあり!?





 使命も知らずして、エヴァに乗り込んでいる三番目(サード)とユニゾン(暮らす)だなんて、あ〜あ、もう、オッドロキ〜





 退(ど)いてなさいよ、バカシンジ!




 この私のドイツ仕込み、今こそ見せ付けておいてあげるわっ!!




 ・・・






 けれども、今の時代は、2020年、冬・・・





 尊敬する加持さんの死を境にして、世界の変わったあの時に・・・




 ミサトが死亡した事は真実・・・




 第三衝撃(Third Impact)を回避させた最終戦闘に対して、アスカは何にも寄与しないまま病室に横たわっていたと言う歴史もまた真実・・・




 全てが終わった後に、シンジ(3rd)は、綾波レイ(1st)と共に消え去ったと言う事もまた、まぎれもなく・・・






 願望で見える事にフィルターをかけてしまう程『子ども』でもなく、さりとて、知らないフリをして、何時までもお茶を濁し続ける程『大人』でもない彼女は、やがて箸を擱(お)き、真正面から相対(あいたい)する決意と勇気を作り上げていた。







   ザッと見回しただけでも、女っ気の欠片(かけら)も見えて来ない青年シンジの生活を目の前にして、聞きたい事は、3つある・・・





 ここは何処なのか?




 今、何をしているのか?




 『綾波レイ(ファースト)』は、何処に居ると言うのか・・・






 見詰め合う時間が、幾ばかりかの猶予を二人に与え、シンジはアスカの湯飲みにほうじ茶を・・・





 アスカは、そのシンジの行動を素早く『実力』にて阻害する。





 ややあって、「逃げたの?」と軽口を叩き掛けようとするアスカの視線に先(せん)したその制せられた男性は、首を振り、ようやくに『事実』だけを述べ始めていた。




 そう、間違えようも無く、聞きたくも無い事実だけを淡々に・・・







「死んだよ・・・」






 思わず椅子から立ち上がって、キッと睨(にら)みつけるアスカは、怒りに打ち震える身体と共に叫びあげてしまった。






「何で、そんな大事な事を、この私に一言もっ!!」






 興奮が全ての感情を上回り、何ゆえ、このようにまで『魂』が揺らぎ出し、そしてまた、揺さぶられてしまう告白なのかも解らない。




 そもそも、司令のお気に入り(綾波レイ)など、(あの当時)眼中にも無かった筈だ・・・





 頼もしい加持さんが私にとっての憧れの全てだった独逸ネルフから、母方のルーツだと教え伝えられた日本ネルフへと、期待を胸にやって来て・・・




 ミサトに呆れられつつ、解ってないシンジをからかい、学校は学校で、随分と仲良くなったヒカリの恋相談に乗ってあげたりもして、私は、独りではない『私』に変わりつつある自分自身の変化に驚き、かつ、『楽しみ』出していた・・・






 適格者としての自分(アスカ)の立場が大切で・・・




 必要とされる私自身が、世界の中心である究極目標は譲れないにしても・・・





 あのミサトマンションでの奇妙な同棲生活の始まりと共に、目に見える範囲の他人を意識し始めた現実に変わりは無く、私は、私から、私の中に入ってくる人間への責務を放棄した事など、只の一度たりとて無かったのだと胸を張って自慢しておいても良い。




 同居でない同格の適格者(チルドレン)・綾波レイ(1st)の存在でさえ、決してその埒外(らちがい)に置くものではなかった・・・





 特別につくられた特別の子としての私、惣流・アスカ・ラングレーは、誰よりも優秀で・・・





 独りである事の寂しさを知り、空回りでも極端に強がって大人ぶってみせていた幼女時代などは、人々から認められる幸せな未来図で上書きして、むりやりに忘却の彼方へと追いやっていたものである。





 認められた大人な私は、大勢の人々に大切にされて、満たされた幸せな毎日を送っている筈だから・・・ もうこれ以上、悲しまなくても良い・・・ 未来の私は、私(アスカ)として『愛され』るのであり、きっとママだって自慢の娘だと優しく微笑み返してくれるから・・・ と。





 それなのに、気が付けば、いつの間にか、また独り・・・






 みんなが私の事を放って行く。






 ママも・・・ ミサトも・・・ 加持さんも・・・





 シンジは、綾波レイ(1st)を選び、





 世界は、二人の活躍を褒め称えた・・・





 今の私は、適格者(パイロット)でさえない・・・





 戦績(貢献度)という意味において、二人に遙かに『劣っている』と公式記録(正史)にも記載されていた・・・






 気が付けば、アスカは泣いていた。




 我慢していたものが息せき切って溢(あふ)れ出し、ただどうする事も出来ない・・・



 時計の針が元に戻らないのは、当たり前の事だろう・・・




 けれど、進んだその先にある大人な未来が、絶望と言う名の虚無にしか辿り着けないだなんて酷(ひど)すぎる・・・





 頬を伝う涙が、得られなかった栄光への屈折した悔恨なのか、それでもなお、故人・綾波レイに対する隠された追悼なのか、その正体さえも判らないまま、アスカは泣いた。





 死人(しびと)には、文句を言う事も叶わない・・・





 それは今のアスカの到達した、一つの絶対的『真理』でもあったのだ・・・


                                       
                 



「外に行こうか・・・」





 泣き崩れそうになるアスカの傍(かたわら)に駆け寄りて、その身体をそっと支え続けていた青年シンジは、ハンカチを取り出して、子どものようなアスカの涙と頬に触れ、そしてまた、静かに語りかけていた。






 長い時間をかけてコクリと頷くアスカは、自分の左手甲に添え置かれたシンジの右手を掴み退け、そして再度に求め直すよう、自分の方から握り返してしまっている。・・・無意識の内に。






 重ねられた掌(てのひら)が、新しい『温もり』を醸し出してより一層の安心感を提供し始めた頃、護られるアスカは、手を繋いだ人物の胸に向かって額(ひたい)を押し付けて身を委(ゆだ)ね、その鼓動をゆっくりと感じている・・・







「・・・シンジは生きている」





「生きているよ」






「・・・シンジは、生きている」





「生きているよ、アスカ・・・ 君と逢ってる」







 何もかもが不自由だった世界の中で、シンジもまた、昔のシンジではなくなってしまっていたのだろう。






 少なくとも、背は伸びてる・・・





 見上げるアスカは、漠然とそんな些少事を気に留めながら、かつて『特別』であった頃の少女(2nd)時代の力関係へと立ち返ってしまう自分自身の感情の振幅に、心の底から泣き笑ってしまうのだった。





「生意気よっ!・・・  シンジのくせに・・・」






 その声は、あまりにも小さすぎて、シンジの元には届かない。





 けれども、シンジは、笑ってその全てを受け入れているかのような態度を見せていた。





 まさか、背が高いと非難されているだなんて、全く露ほどにも想わずに・・・









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