〜14 長編 千本城の変〜

 五月女坂での那須方の勝利は、那須高資の名を関東全域に轟かせることになった。自信を持った野心家の高資は、那須諸将を独裁的に支配して、結束を高めよ うとしていた。しかし、このことは逆に那須諸将に不満をもたらしていた。特に大田原資清は、そう感じていた。大田原資清の娘は那須政資の後妻となり、資胤 と九郎を生んでいた。資胤は森田家を継ぎ、九郎は福原資衝の跡を継ぐことが決まっていた。高資は岩城常隆の娘を母とするので、資清は孫である資胤を那須の 跡取りにさせたかった。このことは那須資房と生前の政資も賛成していたのである。
 敵対していた宇都宮家は、君主尚綱を討たれたうえに、宇都宮城も壬生家に獲られてしまい、かなり弱体化してしまった。飛山城では尚綱の遺子の加賀寿丸が 芳賀高定に守られながら育っており、6歳という若さで宇都宮家の家督を継ぐことになり、名を広綱と改めた。今の高定には那須に仇討ちするような力は無い。
 芳賀高定はもともと益子家の人間であった。芳賀高経が宇都宮尚綱に謀殺され、子の高照は白河へ逃れたので、尚綱は益子勝宗の三男に芳賀家を継がせた。こ れが芳賀高定であった。

 翌年の天文19年(1550年)、芳賀高定は謀略をもって、那須家に仇討ちをしたいものだと考えていた。宇都宮城を奪還するためにも、芳賀高照を支援す る那須高資には死んでもらわねばならぬとも考え、そこで家臣を集め意見を求めた。
「殿。実は興味深い情報があります。大田原資清が高資を退け、資胤に那須家の家督を継がせたがっているとのことです。」
「まことか!?しかし、なぜ?」
「高資の独裁が気に入らないのと、高資の母が岩城家出身であるのに対して、資胤の母は資清の娘だからです。」
「なるほど、ありそうな話だ。これは利用出来る・・・。」
 芳賀高定は密かに大田原資清のもとへ使者を送り、高資を討つことをそそのかした。しかも、宇都宮尚綱の仇である高資を討ってくれるであれば、那須への遺 恨は忘れ、宇都宮家再建に全力を投じたいので、那須家を攻めることもしないと言うのである。
 資清は面白いとは思ったが、芳賀高定を信用出来ないので、その場は適当に流した。

 しかし、資清は確実に策を講じていた。まず、資胤の意志を確認しなければならなかったので、8歳の資胤と森田家の家臣を食事に招待し、大田原城へ呼ん だ。資清は、4年前に水口城を廃止し、大田原城を築き移り住んでいた。総面積は8haで、黒羽城より小さく伊王野城より大きかった。
 雑談をしながら食事は進み、話を故意に高資のことへ持っていった。
「ところで、高資様の評判はどうじゃ?」
 この問いかけには資胤の家臣が答えた。
「あまり良くありません。あの五月女坂での勝利をよく自慢してるだけでなく、おごり高ぶり、高資様の家臣からも不評の様子です。また、あのように戦好きで は那須の将来が心配です。次はどこを攻めようかと盛んに申しておるようです。」
「うむ。確かに高資様では将来が不安じゃ。そこでじゃ。資胤様は高資様より人望がおありじゃ。誰もが高資様より資胤様を慕っておる。どうじゃ?那須家の将 来のためにも、兄上を討ってくださらぬか?」
「じい!何を申す?弟が兄上を討つなど出来ません!」
「うむ、そうか・・・。資胤様は高資様が好きか?」
「もちろんです。いつか兄上を助け、那須家を安泰にさせます。」
「資胤様は兄上想いじゃ。良い心がけでござる。いやいや、忘れてくれ。資胤様を試しただけじゃ。」
 資清は、8歳の資胤では野心も無く、賛同してはくれないと感じ、時期が早かったと判断し、しばらくは高資を放っておくことにした。

 なかなか資清が動かないので、芳賀高定は「動かぬなら動かしてしまえ」と策を実行する。わざと、高資に情報を流したのである。大田原資清は森田資胤に那 須家を継がせるために高資を討つつもりだという情報である。
 ありえる話だと、情報を信じた高資は激怒し、家臣を集めた。
「至急、兵を集め、資胤と大田原を討つのだ!」
「お屋形様!落ち着いて考えなされ!」
 興野隆致が言った。
「高資様と資胤様が争えば、大田原だけでなく、一族の大関をはじめ、伊王野、稲沢、佐久山など上那須の将も大田原方につきます。」
「なに!?伊王野資宗までもがか?」
「資宗殿の母は亡き政資様の姫君であることは知っておられるでしょう。」
「そうだ。知っておる。資宗はわしの甥だ。興野。わしを馬鹿にしておるのか?」
「頭を冷やして下され。では、その母である政資様の姫君の母は誰でござる?」
「・・・・。忘れておった。資清の娘だ。資宗はわしの甥であるが、資清の孫でもある。」
「混乱のもとは資胤様です。謀叛を起こされる前に、資胤様を密かに殺してしまうしか方法はありません。さすれば、大田原達も静かになりましょう。」
「他に方法はないか・・・・・。よし!わしの名代として熊野参詣を資胤に命じよう。その途中で殺してしまえ!適任は誰か?」
「上那須の将はだめです。大田原に通じているかもしれません。しかるべき下那須の将に命じましょう。」
 結局、その命令は下那須の川井に下された。しかし、皆、口には出していなかったが、下那須にも高資へ不満を持つ者は多かったのだ。川井は大田原資清へ一 部始終を話すと、資胤を熊野へ向かったと見せかけて、川井と仲の良い千本資俊の千本城へ身を隠した。川井が高資から資胤殺害を命じられたことを資胤に告げ ると、兄に裏切られた想いで泣き出してしまった。その涙は、怒りに変わり、高資殺害を認めるようになったのである。
 千本資俊は迷っていた。もともと大田原資清の野心から生まれた顛末なのに、高資を討つなど、完全な謀叛である。しかし、翌年、迷っていた千本資俊のもと へ芳賀高定から使者が来たのだ。貢ぎ物を持参しただけでなく、もし、宇都宮家の仇である高資を討ってもらえるなら、芳賀領の一部もくれると言うのだ。領地 も増え、さらに那須家での発言力も増すことになる。さすがの資俊も、これには飛びつき、自ら高資殺害を大田原資清に志願したのであった。

 資胤はすでに死んだと川井から聞かされていた高資は、大田原資清を恐れる必要も無くなった。
 天文20年(1551年)元旦、烏山城では年始の祝賀が行なわれ、那須諸将が集まった。酒や宴で盛り上がり、高資は大満足であった。そんな高資のところ へ千本資俊が酒をつぎに来た。
「お屋形様。資胤様が亡くなってからというもの、お屋形様が気を落としていないかと心配です。」
「うむ。資胤は気の毒であった。聞けば、芳賀領を通る時、何者かに殺されたらしい。おそらく芳賀高定の手の者であろう。おおかた、尚綱の仇をとったつもり なのであろう。事実関係がはっきりしたら、必ず弔い合戦をするつもりだ。」
「もう、吹っ切れましたか?」
「心配かけたのう。おまえは良い臣だ。わしはもう大丈夫だ。いつまでも喪に服するわけにはいかぬ。那須家の将来はわしの肩にかかっておるからのう。」
「それを聞いて安心しました。あの五月女坂での采配は見事でありました。その高資様なら、那須家は安泰でござりまする。」
 千本資俊が誉めたたえるので、高資はすっかり気を良くしている。
「どこぞの敵が攻めてこようとも、五月女坂の宇都宮勢のように追い返し、逆に領地を奪い取ってやるわ!ワーハハハハハハ。」
「ところでお屋形様は、確か馬を好んでおられましたな?」
「うむ。」
「千本には良い牧場があります。」
「知っておる。教ケ丘の牧場であろう。」
「実は最近、良馬を数頭購入しまして、是非、殿に選んで頂き、お贈りしたいと思っています。出来れば、都合の良い日に当家まで足を運んでもらい、馬を選ん で頂きたいのです。」
「資俊は忠義の臣であるな。喜んで、後日、伺おうではないか!」
「は!有難うございます。お待ち申しております。」

 1月22日になって、那須高資は千本城へ向かった。供の者は数人の従者と家臣木須康実だけであった。木須家は那須資房の弟の頼実が興した家であり、康実 は頼実の子であった。那須政資の従兄弟にあたるわけだ。木須康実は、最近の高資が自信を持ちすぎていることに不安を感じていた。そこに隙が生じ、思わぬと ころで失敗する危険があるからだ。千本城訪問についても、勧めなかったが、高資はただ、
「ハハハハハハ。心配しすぎだ。康実!この高資を謀って殺そうなどと考えるものが、この関八州にいるものか!」
 と、笑い飛ばすだけであった。
 千本城へ着くと、千本資俊が満面の笑みで出迎えた。
「ようこそ、おいで下さいました。ささ、こちらへ!」
 しばらく千本城でくつろいだ後、資俊に案内され教ケ丘牧場へ行った。
「おー!あれは良い馬だ!すぐわかるぞ。」
「さすがはお目が高い!乗ってみますか?」
「うむ。」
 高資は、その美しくも気高い馬をすっかり気に入ってしまい、そこら中をかけずり回った。この馬は高資を油断させる餌であった。確かに馬そのもは素晴しい 馬であり、資俊が大金をつぎこみ購入したのだ。その資金も芳賀からの貢ぎ物であった。なにも知らない高資は馬を気に入っただけでなく、資俊も気に入ってし まった。
「資俊!これは良い!美しいだけでなく、屈強な馬だ。次の戦には、この馬にて戦場を駆け巡ろう!」
「気に入って頂き、この資俊もお誘いした甲斐があるというものです。さあ、酒宴の用意が出来ましたので、城に戻りましょう。」
 高資は、その馬で千本城に戻った。確かに良い馬で足も速く、誰より先に千本城へ着いたのである。
「お屋形様ー!待って下されー!」
「遅いわ!早く来い!」
 酒宴は盛り上がっていたが、木須康実だけは料理にも酒にも手をつけなかった。
「どうした!?康実?何故、食べぬ?」
「は!お腹の具合が悪いゆえ、失礼を承知で食べていないのです。」
「それはいけませんなー。康実殿。気がつきませんでした。良ければ部屋を用意しますので、休んでおられては如何ですか?」
 資俊はそう言ったが、
「いえ、有難いお言葉ですが、そのようなお気づかいは無用でござる。」
 と、康実は答えた。殿を守るのが自分の仕事と考えているから、酒も飲まずにいたのだ。腹が痛いというのも嘘である。
 酒宴は続き、その場では、康実以外は酔っ払っていた。千本資俊も酔っているのを見て、康実は思い過ごしかと安心してきた。ところが、急に隣室から物凄い 殺気を感じた。資俊を見ると、物凄い形相であった。そう、資俊は少しも酔っていなかった。酒を飲むふりだったのだ。
「まさか!?謀られ・・・。」
 康実が立ち上がった時には、隣室から十数名の資俊の家臣がなだれ込んだ。驚いた高資であったが、時すでに遅し。酔っ払っていては、思うように刀を扱えな い。高資の従者は一人、また一人と殺されていく。康実は酔っ払っていないとはいえ、老齢であった。始めこそは千本の家臣を次々と討ち殺していったが、多勢 が相手では体力が続かない。
「お屋形様ー!はよう、お逃げ下されー!ここはわしの命に替えても・・・。ぐっ!」
 千本の家臣らに囲まれ、同時に刀を何本も突き刺され、康実は息絶えた。
「高資はどうしたー!?他の従者はどうでもよい!高資の命だけは必ず奪うのじゃ!」
 千本資俊は焦っていた。高資を討たなければ意味がない。失敗すれば、口封じのため、大田原資清に殺されるかもしれないからだ。
 庭に逃げた高資は必死に戦っていたが、酔っ払いの剣は防戦一方であった。そこへ資俊も駆けつけ、弓を引いた。
「おのれ、資俊!信じておったのに・・・。信じておったのだー!」
「高資様。私怨はないのだ。わかってほしい。高資様では那須は一つにならぬ。那須家を救うために、わしは立ち上がったのだ。これは那須諸将の総意だと思っ てほしい。」
 そう言うと、資俊は矢を放ち、高資の胸を貫いた。
「うぐっ!・・・・那須諸将の総意だとー。む・・・、そこにいるのは・・・資胤!資胤ではないか!?生きておったのか!?」
 隠れていた資胤が現われた。
「資胤様!いけません。ここに来ては!」
 資俊は資胤を止めたが、その手をふりほどかれてしまった。
「兄上・・・。」
 資胤は目に涙を浮かべながら言った。
「兄上が悪いんだ。川井に命じて、私を殺そうとした。兄上と一緒に那須家を大きくするのが夢だったのに・・・。兄上のせいだー!」
「おおー・・・。資胤・・・。おまえは何もわかっていない。おまえは操られているのだ。この兄を信じず、千本や大田原を信じるのか?わしはおまえを殺そう など考えたこともない。昔はよく一緒に遊んだではないか?助けてくれ・・・。我が弟よ。」
 資胤は兄の言葉に混乱し、泣きながら走り去っていった。
「この期におよんで策を講ずるとは恐ろしきお方だ。」
 そう言うと資俊は弓を引き、とどめを差そうとした。
「くっ!この那須高資、貴様ら逆臣の手には落ちぬ!資俊!末代まで呪ってやる!」
 高資は首をかっ切って、自ら命を断っていった。27歳の若さであった。

 千本城から高資の従者が一人逃げ、興野隆致へ知らせた。すぐに隆致が他の那須諸将を集め、千本城を囲んだ。上那須の将も遅れたが全員到着した。城門が開 き、中からは、千本資俊が出て来た。右には家臣が那須高資の遺体を抱きかかえ、資俊の左には森田資胤を連れていた。
 それを見た那須諸将は驚いた。
「見ろ!資胤様じゃ!資胤様が生きておられたのか!?」
「皆のもの!よく聞くがよい。この千本資俊は私利私欲のために高資様を註殺したのではござらぬ。全ては那須家御為のことである。」
 さらに高資による資胤謀殺計画や資胤を助けた経緯も説明した。もちろん大田原資清が一枚かんでいることは言わなかった。
「それでも、わしを討つのであれば、討つがよい!ただ、高資様をねんごろに葬ってほしい。そして、資胤様の行く末を頼みたい。」
 那須諸将は、そこに資俊の正義を感じ取っていた。那須家の将来を考えると、資胤を跡継ぎにしたほうが良いとも誰もが思っていた。口に出せず、行動にも移 せなかったことを、資俊が替わりにやってくれたのだ。そう考えると那須諸将の中には資俊を討つことが出来なかったのである。
 興野隆致は複雑な気持であった。高資を守って死んでいった木須康実と同じように、高資には忠誠を誓っていた。数少ない真の高資派閥であった。気がつく と、千本城を囲んでいた那須諸将が一人、また一人と抜けていった。伊王野、大関、福原、佐久山、芦野、稲沢も帰ってしまった。下那須の将も少しづつ減って いった。
「皆、どうしたというのじゃ!千本殿を、このままにして良いのか!?百歩譲ったとしても、今は千本資俊殿の身柄を拘束し、後日、皆で集まり、その処遇を話 し合うべきではないのか!?」
 しかし、興野の言葉は皆に届かなかった。というより、聞こえないふりをしているようだ。
「興野殿。わしの身柄を拘束したければ、拘束するが良い。この千本資俊、逃げも隠れもせぬ。」
「せ、千本殿・・・・。」
 興野はどうしてよいのか困ってしまった。すると、まだ残っていた大田原資清が興野の近くまで来て言った。これは始めからの作戦でもあった。
「興野殿。千本殿の心中も察してはどうか?高資様が亡くなり、悔しい気持はわかる。この資清とて同じ気持じゃ。しかし、一番悔しいのは資俊殿ではないだろ うか?資俊殿とて殺したくて殺したわけではないだろう。那須家のためと思い、心を鬼にして高資様を註殺したに決まっておる。のう、資俊殿。」
「大田原殿・・・。わしの心中お察し頂き、かたじけない。しかし、わしの身柄を興野殿へ任せてもよい。」
 そこで、黙っていた幼い資胤が興野に言った。
「興野。資俊を罰するのなら、この資胤も同罪です。私も罰して欲しい。」
 これを聞いた興野は腹を決めた。
「資胤様にそこまで言われては、この興野隆致、何も言うことはありません。」
 興野は兵を引き上げ帰っていった。もともと資胤暗殺計画に荷担していた興野であったので、あまり強くは言えなかった。

 翌日、烏山城で那須諸将の話し合いが行なわれた。そこで、決まったことは、高資は病死したことにすること、跡目は資胤が継ぐこと、千本資俊は咎めなしと いうことであった。
 高資を病死と見せかけたのは、那須家中の不祥事を近隣諸国に知られたくないからであり、また、千本資俊の罪の原因も無くなるわけである。これらは全てが 大田原資清の意見に諸将が賛同したものであった。
 ここに8歳の那須資胤が新しい君主となったのである。また、千本資俊は那須家の重臣としての地位を確立したのである。

 那須高資の死が本当に那須家にとって良いことであったのかは疑問である。高資は戦国武将を絵に描いた様な男だ。野心、激しい気性、好戦的性格、カリスマ 性。それは織田信長や「鬼義重」と呼ばれた佐竹義重にも似ていた。もし、生きていたら下野統一くらいは成し遂げていたかもしれない。ただ、おのれを過信し たことと、配下の武将に野心大きい非凡な男がいたことが高資の命を奪ってしまった。口惜しいことである。

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