〜6 那須諸将の話し合い〜

 翌日からしばらくは山田城へ集まり、今後のことを話し合った。お互いに資久を失った責任については口にはしていなかったが、大関宗増は大田原胤清・貴清 を憎むようになっていた。
 いずれにしても、那須諸将には君主が必要であった。それぞれが独立した領主ではあったが、単独では近隣諸国に滅ぼされる可能性が大きいからである。ま ず、注意すべきは白河結城家である。力が衰えたと言っても、数年のうち力を蓄えるだろう。それに資永の死は、白河結城にしてみれば、那須を攻める格好の大 義名分である。白河結城家は岩城家とも通じているので、多勢で攻め寄せる可能性もある。さらに芦名家も加われば、那須家にとって死活問題である。

 意見は二つに分かれた。那須資親の兄である明資の娘一人は下那須の那須資実に嫁ぎ、資親の娘一人は宇都宮成綱に嫁いでいるので、どちらかの子を新しい君 主に迎えようとの意見だ。宇都宮家からも成綱の子を君主にすべきだとの書状が届いた。下那須家は同族である。那須資親の父である資之は那須本家を継ぎ、資 之の弟の資重が烏山城で下那須家として独立した。下那須家に対して、那須本家は上那須家と称することになった。上那須の資之は上杉禅秀の娘を娶り、下那須 の資重は佐竹義盛の娘を娶った。お互いの舅の思惑も重なり、両者は戦ったり和睦したりの関係であった。その因縁もあり、下那須家から君主を迎えることなど 実現出来ないとの予測もあった。
 下那須家の嫡男である那須政資の祖母は明資の娘であるから、那須政資を君主として迎えたいとの意見が強かった。しかも、この度の戦では、那須資房は上那 須に味方してくれた。可能性はあるのだ。

 考えあぐねていたところへ、雲厳寺(うんがんじ)の住職が伊王野城へやって来た。雲厳寺は上那須と下那須の境付近にある臨済宗の有名な寺院である。伊王 野城には丁度、資勝の娘むこの稲沢政泰も来ていた。今後の那須家について談義していたのであった。
「おお、住職殿。久し振りだ。珍しいではないか?訪ねて来られるとは・・・。」
「資勝様。今日は下那須家の使者を頼まれて参りました。下那須の那須資房様は、この度の資久様のご不幸の件、大変憂慮しております。そこで、提案したいこ とがあるので、よろしければ今から雲厳寺にて、家臣興野景隆と会って頂きたいとのことです。興野様は既に雲厳寺にてお待ちです。」
「そうか・・・。資房様にも心配をかけてしまったようだな。では、すぐ参るとしよう。」
「承りました。よろしければ稲沢様も一緒にお越し下さい。」
 伊王野資勝と稲沢政泰は従者だけを連れて、馬に乗り雲厳寺へ向かった。子の資直も連れて行きたいところだが、あいにく大田原貴清のところを訪ねて不在で あった。

 雲厳寺では話の通り、那須資房の家臣である興野景隆が待っていた。興野家は那須資房の伯父である持隆が興した家である。その持隆の子が景隆であり、資房 の従兄弟にもあたるので、信頼が厚かった。興野景隆は笑顔で出迎えてくれ、寺の一室に案内してくれた。
「伊王野殿、稲沢殿、お越し頂きかたじけない。上那須の悲劇、那須資房様も私も心を痛めておりまする。しかし、いつまでも悲しんでいるより、今後のことを 考えなければならぬ。」
「興野殿。我ら上那須も毎日のように集まり、そのことを話し合っているところだ。今日も朝一番で山田城にて話し合い、また、先程までは、稲沢殿と話し合っ ていた。奥州勢が攻め込んでくるのは、まだまだ先の話というのが大方の意見だ。結城家は内紛以来、まだ、そこまで力を蓄えてはいまい。されど、誰を新しき 君主に迎えたところで、すぐには統制がとれまい。だからこそ、早めに動かなければならぬのだ。」
「それはごもっともな意見。資房様も同じ事を言われておいでじゃ。そこで、お察しのこととは思うが、資房様の嫡男である政資様を新しき君主にされてはいか がか?知っての通り、資房様の母上は亡き明資様の娘じゃ。上那須と下那須の血を受け継ぐ資房様と政資様なら、昔のように那須家を一つにすること出来るじゃ ろう。」
 ここで稲沢政泰が腰を低くして言った。
「有難い話です。実は宇都宮成綱殿からも同じような話が来ています。成綱殿の室も資親様の娘でありますれば、我らとしては、どちらかで決めようと話をして いたところです。しかし、成綱殿には男子は忠綱殿しかおらず、さすがに嫡男をくれとは言えません。成綱殿はご自分の弟を推薦しているのです。下那須家と は、これまでも争ったり和睦したりで、果たして相談に乗ってくれるかどうかも不安でしたが、本日、安堵いたしました。」
「伊王野殿、稲沢殿。那須家が統一されれば、奥州勢を恐れることはない。さらに、資房様が言うには、これまでの両家のいきさつもあるので、政資様と上那須 の将の間で完全な主従関係を結ばなくても良いとのことじゃ。なかには両家の争いで家族を失った者もおり、反対する者もいるかも知れぬ。じゃが、上那須の将 の独立性を認めた上での主従関係なら、いくらか反対意見も減るであろう。言わば、政資様を盟主としてお迎え頂くということなのじゃ。」
 伊王野資勝は驚いた。ここまで譲歩するとは思ってもみなかった。確かに、このまま那須家が分裂したままでは、上那須は奥州勢に滅ぼされ、下那須は奥州勢 か宇都宮勢に滅ぼされる可能性が大きいのである。東には佐竹家もいる。それ故、下那須としても那須家の統一は必ず果たさなければならないと考えているので あろう。さらに、もし上那須家が宇都宮家から君主を迎えれば、下那須は上那須・宇都宮連合軍に挟まれ、滅ぼされる可能性もある。
「そこまでのご配慮、かたじけない。しかし、一存で決めるわけにはいかないので、城に戻り、早速、大田原、大関らを集め、話し合いたいと思う。」
「それは当然のことじゃ。よく皆で話し合って頂きたい。必要ならば、話し合いの場に資房様が出向いても良いとのことじゃ。くれぐれもよろしゅう頼む。」
「近いうちに資房様へ上那須の意思を伝えに使者を送るゆえ、資房様にもよろしくお伝え下され。」

 翌日、朝一番に上那須の諸将は伊王野城へ集まった。伊王野資勝が雲厳寺での一部始終を伝えると、まず大関宗増が発言した。
「誠に良い話ではないか!まさに天の助けじゃ!」
 金丸義政や芦野資豊も喜んでいた。しかし、大田原胤清だけは違っていた。
「全てを信じて良いのか?話がうますぎるとは誰も思わないのか?」
「何を言うか!胤清殿!下那須としても利益が大きいのは明白!だからこそ、良い条件を提示したのであろう!それに聞くところによると、下那須の資房様は裏 表の無いお方だそうじゃ。誠に那須家の統一を望んでおられるのであろう。」
 大関宗増は大田原胤清に食ってかかった。それに対し胤清は、
「だが、備えあれば憂いなしとも言うじゃろう。最初が肝心じゃ。統一されても下那須の将だけが重く用いられるのでは困る。だからこそ、こちらにもっと有利 な条件を出すべきであろう。」
「この上、さらに譲歩させると言うのかー!」
 大関と大田原が険悪になってきたので、伊王野資勝が制した。
「まあ、宗増殿。落ち着いて下され。胤清殿の話も聞こうではありませぬか。胤清殿。何か考えがおありか?」
「この胤清、考えも無く、発言などはせぬ。まず、政資様を那須統一後の盟主とするのは良い。しかし、政資様が下那須の烏山城にいるようでは、困る。奥州勢 が攻めてきた時、本当に下那須勢が駆けつけてくれるかどうか。だからこそ政資様は山田城へ入って頂くのじゃ。」
「まるで、人質ではないか!資房様の気を悪くさせるだけじゃ!」
 宗増は声を荒げた。
「資房様が純粋に那須統一を考えているなら問題はないはず。本心を見極めるためにも荒療治が必要じゃ。それに、こちらの誠意も示さなければならないゆえ、 わしの嫡男、貴清を烏山へ人質に出す。それならどうじゃ?」
 金丸義政が驚いて言った。
「貴清殿を烏山へ!?胤清殿、そこまでお主が身を削らんでも・・・。」
「わしとて那須統一は夢じゃ。100年も分かれておったのだ・・・。」
 話し合いの結論はすでに出た。伊王野資勝が話をまとめた。
「上那須の意思は決まったようだ。貴清殿を人質に出すとまで言ってくれる胤清殿に一任したいと思う。明日にでも烏山へ行き資房様と話し合ってもらおう。ど うであろうか?皆の衆。」
 宗増以外は、皆、うなづいていた。しかし、宗増とて那須統一は悲願である。
「胤清殿。お主の言ってることは良くわかったつもりじゃ。しかし、資房様が受け入れるかどうか不安であるゆえ、わしも烏山へ行くぞ!」
「では、大田原家、大関家の両家で使者を果たしましょう!」

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