魔法都市日記(11)

1997年9月頃


今月は東京、京都、大阪を行ったり来たりの生活をしていた。

某月某日

京都の嵐山にある「京都嵐山オルゴール館」に行く。

JR「嵯峨嵐山駅」で下り、線路に沿って西のほうへ5,6分歩くとオルゴールの音が聞こえてきた。辺りを見渡すと、道ばたでピエロが手回しのオルゴールを鳴らしていたのですぐに見つかる。

オルゴール館の入口:ピエロの案内 これまでオルゴールというと、宝石入れなどに組み込まれている玩具のようなものしか知らなかった。音楽らしいものは流れてくるが、あらためて聞いてみたいと思えるようなものではない。ところが、ここで聞いたオルゴールの音は、私の今まで持っていたオルゴールに対するイメージを完全に塗り替えてしまった。まったく別の機械としか思えないような音が出る。

スピーカーでも使っているのかと思うほど大きく明瞭なのだ。部屋での演奏装置として十分実用になるものであった。

このようなオルゴールは、今から100年から200年ほど前、電気仕掛けのスピーカーなどなかった時代に、商店等の客寄せ用や、部屋のBGMとして使用されていたそうである。コインを入れるとオルゴールが動く仕組みになっているものもあったので、ジュークボックスの元祖のようなものなのかもしれない。

ここの博物館はスイス人のオルゴール職人であるギド・リュージュ(1904-1995年)の作品を中心に、妻であるマダム・リュージュのコレクションも展示してある。日本では今まで見る機会もなかったものや、歴史的にも貴重なものが多くあり、どなたでも楽しめると思う。

ここには「オートマタ」(西洋からくり人形)もある。元来、時計職人がオートマタやオルゴールを作っていたので、ここに展示してあるオートマタにはほとんどすべてオルゴールが組み込まれている。

私が行ったとき、実演してもらったのは「ピエロ・エクリィヴァン」という手紙を書くオートマタであった。日本の「茶運び人形」と同じくらい、西洋では最もよく知られたものだ。

アルコールランプに灯をともすと、羽ペンで手紙を書き始める。しばらくすると眠くなってきたのか、寝てしまう。それに合わせてランプの灯も消える。目を覚ますと、ランプの灯が消えているのに気づき、自分でランプのつまみをまわし、灯をつけ、またペンを走らせる。

ペンを走らせているとき、顔はペン先を追っているし、眠るときはまぶたが閉じる。日本のからくり人形もそうだが、職人気質というのは世界中共通で、限りなくディテイルにこだわってしまうものらしい。見る側もそのような部分に感動してしまうのだろう。

ギド・リュージュが創設した会社は、現在も昔ながらの製法で手作りのオルゴールを作っている。
オルゴールには日本でもお馴染みの、シリンダーに小さな突起を付け、それをピンをはじくことで音を出すものと、ディスクに穴があいているものがある。シリンダータイプのものも、リュージュ社の製品はピンを一本一本シリンダーに植えてあるので100年でも持つそうだ。安いものは裏からプレスして、突起を付けてあったりする。

1階の売店ではお土産用の手頃な値段のオルゴールや写真集が販売されている。2階ではかななり高価なものまで販売されていた。 2階の売場で説明を受けていたら、2センチほどの小鳥がさえずるものがあり、興味を引いた。大変小さな鳥であるが、本物の鳥が動いているような微妙な仕草をする。買おうかと思ったが、26万円という値段がついていたのでこれは諦めた。

一般的なオルゴールは、木製のケースのついたもので7,8万から20万円程度だが、ハードの部分だけだと1万5千円と手頃だったので、スメタナの「モルダウ」が入っているのを一台買ってきた。機械部分と、それを包んでいるアクリルの容器だけのものである。

家に帰ってから、置き場所を色々と試して見ると、相性があるようで、ガラスの上に置くのはよくない。木製の箱やタンスなどがよいのだが、なるべく共鳴しやすいところと思いながら位置を変えていると、昔、テンヨーで売っていた「千里眼」という木製の箱があったのを思い出した。これのネタの部分を解放して、中にすっぽり入れてしまうか、ふたの上に乗せると具合がよい。小学生の頃、阪急のマジックコーナー(テンヨー)で、池田氏からこれを購入したのがもう30年ほど前になるのかと思うと、「モルダウ」にもいっそう哀愁を感じてしまう。

「千里眼」というのは、木製の蓋付きの箱で、術者の見えないところで観客に、ライターや財布など、何でもよいから入れてもらう。それを術者が、蓋を取らずに透視するマジックである。(30年位前、1,500円か3,000円くらいで買ったはず。今なら2万円くらいか。)

某月某日

10月までに、どうしても仕上げなければならない仕事があり、京都のBホテルで数日カンヅメになる。ここは部屋の作りがゆったりしているのでくつろげる。

気分転換を兼ね、散歩がてら京都大学の生協「ルネ」へ買い物に行く。続いて北門そばにある喫茶店、「進々堂」で一服する。ここは大きな机がいくつかあり、いつも学生が数名静かに本を読んでいたり雑談をしている。

しばらく会っていなかった院生のS君の携帯へ電話をしてみると、まだ研究室にいた。30分ほどで行けると言うので、待つことにした。彼が来るまで、ダローの「アンビシャスカード」の本、"Ambitiou Card Omnibus"を読みながら時間をつぶす。

アンビシャスカードといえば、いつのころからか、トランプを1枚曲げて、中程に入れると、それが突然トップに出現するという現象を付け加えるのが一般的になっている。この本にそれが解説されていた。発行年を見ると10年ほど前になっている。そう言えばそのころからの流行りなのかも知れない。何にせよ、これはビジュアルでとてもよい。プロマジシャンの藤井明氏がやっているのを何度か見せてもらったが、この部分ではいつも観客から「オーッ!」という喚声が上がっている。

同じテーブルの端のほうから中国語の会話が聞こえてきた。中国からの女子留学生らしい子と、先生(?)が喋っていた。先生らしい人がいなくなった後、しばらくして彼女と視線が合った。 会釈すると、「アナタはトランプがスキなのですか?マジックもスキですか?」と尋ねられてしまった。カードをさわりながら本を読んでいたので気づいたのだろう。

とっさのことで、「ええ、まあ」とか曖昧に答えていると、「何か見せてくれませんか?」と言われたので、さっき覚えたばかりのアンビシャスカードを見せる。まあ、これはだれがやってもウケるカードマジックの代表みたいなものだから、そこそこウケた。

彼女は、髪の毛が長くて、黙って座っていたら楚々とした美人なのに、喋るとおかしいくらい明るい。香港返還の話やら、両親はニューヨークに住んでいるそうで、セントラルパークで見たというストリートマジシャンの話でひとしきり盛り上がった。

日本語の読み書きもできるので、絵を描きながら、「山があり、地面に大きな穴があいています。そこには何かの玉子があり、それを上から二人が見ています。これは何の玉子でしょう」という問題を出題したら、わからないという。答を教えたら、ひっくり返りそうになりながら喜んでいた。これは松田道弘氏の本、『遊びとジョークの本』(筑摩書房:1996年10月:\1.600)に解説されている。私は三田皓司氏に見せられ、完全にひっかかった。このパズルには第2段もあり、続けてやると、それも大抵ひっかかる。

このパズルの発祥は京都なのかもしれない。松田さんも京都出身のF教授に見せてもらったそうだ。京都で小学生、中学生あたりをやった人は大抵知っているようだ。

某月某日

京都の「マジカルアートクリエーション」と、大阪の「トリックス」、阪急百貨店のマジックコーナ等をハシゴする。京都の高島屋からシオミさんのコーナーがなくなったのは寂しい。

それにしても、最近どこのショップもイマイチ元気がない。マジックショップというのは扱う品が意外なくらい多い。そのため、どこも雑然としているのだが、倉庫か売場なのかわからないような店も多い。まあそれは昔からのことだから慣れっこになっているが、活気がないとうらぶれて見えてしまう。もう少し小ぎれいにしたほうがよいのではと、老婆心ながら思ってしまう。

マジカルアートでは、どこかのおじさんが、フレッド・カップスの「サイドウォークシャッフル」を店内で練習していた。これは3段からなっているので、なかなか覚えられないようで悪戦苦闘していた。これは私も好きで、今でもよくやる。

フレッド・カップスのルーティンをやるのなら、絶対、観客の目の前で、3枚の白いトランプの隅にバツ印をつけたほうがよい。クレヨンで書くことになっているが、女性の口紅のほうがよい。このほうが、力もいらず、太い線でバツ印が書けるので具合がよい。 ポケットから女性用の口紅を取り出すのは少々抵抗があるかも知れないが、気にする必要はない。観客からすれば口紅なのか、クレヨンなのかわからない。 私も今まで何度もやっているが、後で、変な趣味があるのかと言われたことはない。

某月某日

テンヨーの新製品が4種類出ていた。大変安いので、毎年のことながら全部購入する。

1.「ひもからくり」\1,200
2.「マジカルバードウォチング」\1,300
3.「小さくなるコイン」\1,500
4.「THE インポシブル」\2,000

それと、限定品の「すだれ花」(3,800円)、「ゴーストシルク」(2,000円)も一緒に買う。
「万国旗プロダクション」\2,500、「フラワーサプライズ」\4,200、「ゾンビボール」\20,000はまだ入荷していなかったので、予約だけしておいた。

今回発売された中では、タネがわからないという点では、「THE インポシブル」であろう。しかし、あまりに大げさなネタなので実演する気にはならない。むしろ小品ながら、「ひもからくり」は気に入った。赤い紐と白い紐が小さなフレームの中を通っており、それが切れたりつながったり、赤い紐の一部が白い紐の一部に飛び移ったりする。ヴィジュアルでやさしくできる。

紐の両端には房(ふさ)がついており、「チャイニーズステッキ」の紐と似ている。「チャイニーズステッキ」というのは、マジックを始めた人が、大抵、最初の頃購入し、それっきり触ることもないネタのひとつだろう。しかし、これは決して悪くない。実際、チャーリー・ミラーやフレッド・カップスのような人達も、レパートリーに入れていた。演出しだいでとても楽しいものになる。フレッド・カップスはマジックというよりパズルとして見せていた。

8月、9月と、日本や西洋の「からくり人形」を見る機会が続いた。知人と会っているときに、「からくり人形」の話を少ししてみて、それに興味を示すような人に、この「ひもからくり」を見せると、とても興味を示してくれる。道具自体、何となく怪しげなところもあるのだが、「魔法」というより、「からくり」のひとつとして見せると、そのような不自然さもさほど気にならない。

白い紐の一部が赤く染まる部分は、ダローの"Jumping Knot of Pakistan"を演じるときと同じようなオチ、つまり、「彼女のハートは、しっかり彼とひとつになりました」という演出でやれば悪くない。染め分けられた赤い部分が彼女のハートというわけだ。

「マジカルバードウォチング」は、解説書を読んだとき、数理マジックの一種で、面白いとは思えなかったが、ディーラーの人が実演しているのを見ると悪くない。最後のケースに入れて鳥の数を当てるところなど、大変不思議に見える。テンヨーの製品は大量生産するため、プラスチック製のものが多く、安いが、チャッチイというものが多い。しかし、これはそのような点も気にならない。今回の新製品の中では、クラッシックとして残るかもしれない。

限定品として発売された「ゴーストシルク」は、ネタ自体は昔からある「おばけハンカチ」と同じだが、タネの部分がとても細いのと、ハンカチがシルクなので自然に扱える。両手の間に広げても、ふわりとしており、ネタの存在をまったく感じさせない。添付の解説書は、テンヨーのディーラーである小宮賢一氏のオリジナルで、すばらしい。この手のものは実際に見たほうが、そのよさがよくわかるはずだ。私はまだ小宮さんに見せていただいたことはないが、今度東京へ行ったとき、ぜひ寄るつもりにしている。現在、小宮氏は東武池袋にある、テンヨーのマジックコーナーにいらっしゃるそうだ。マニアであれば、これがマスターできたら1万円だって安いものだ。絶対にお薦めする。即席マジックの傑作になることは間違いない。

「すだれ花」も昔からあるネタで、普通は初心者用の「プロダクションもの」として売られている。巻き寿司をつくるときのような道具、正確には何というのか知らないが、窓につるす「すだれ」の小さいようなものを裏表改めた後、毛花を2本出現させることができる。

今までの製品は、市販の巻き寿司用のものに加工して作ってあったが、今回のはこれ専用に作ったそうで、大きさがこれまでのものより一回り小さく、扱いやすい。

私が今回これを買う気になったのは、あるハンドリングを思い出したからだ。昔、加藤英夫氏(ターベルコースの翻訳者、現テンヨー勤務)が出しておられた『ふしぎなあーと』(1971年11月号  Vol.1.7)の表紙に、松尾昭氏が載っている。松尾さんというのは、今をときめく、Mr.マリックである。サングラスも髭もなく、とてもかわいいお兄さんという感じの青年で、この写真を知人数名に見せたが、誰ひとり、これがMr.マリックだとわかった人はいなかった。

それはさておき、この号で、松尾氏が「すだれ花変奏曲」と題して、氏のオリジナルのハンドリングを解説している。ネタは同じだが、出現のさせ方とスティールの方法がちがう。 普通の方法は、すだれを巻いた後、下から引き抜くという感じで花を出現させるが、巻く動作はなく、すだれの裏表を改める動作でスティールし、出現も二つに折りたたんだすだれをパッと広げると、花が空中高く飛び上がり、出現するという方法をやっている。 。

先の「ゴーストシルク」もこの「すだれ花」も、どちらかというと初心者用のマジックだが、少し工夫するだけで見違えるようなマジックになる。

マジェイア

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