魔法都市日記(12)

1997年10月頃


某月某日

T子(外大の学生)の家に、アメリカ人の女の子がホームステイで来ている。うちの近所なので、土曜の夜遅く、アメリカ人の子や、日本人の友人を連れて遊びに来た。 テキサス出身で、実家は大きな牧場を経営しているらしい。牧場と聞いて、何かそれに関係のありそうなマジックはないかと頭の中のデーターベースをひっくり返していると、2,3、思いついた。

ひとつは、沢浩氏のトリックで、昔、マイク・スキナーが日本に来たときレクチャーで見せてくれたもの。

「これは沢さんのトリックです」とクレジットを入れながら、マイク・スキナーがやっていた。といっても、何のことかわからないと思うので簡単に説明すると、30枚ほど動物の絵が描いてあるカードを使う。小さい子供用のもので、一枚一枚に、キリン、馬、牛、ライオンなどが描いてある。これと小さな箱を出してきて、この中には予言が入っていると告げ、テーブルの上に置いておく。

動物のカードから、裏向きのままで観客に一枚選んでもらうと、それが「牛」のカードである。予言の箱を開けようとすると、突然、「モー」という牛の鳴き声がする。半分ジョークなのだが、予想外のオチなので、これが結構うける。

他のものでは、100円玉と10円玉を使って、狼と羊のストーリーがついたものがあったが、よく思い出せないのでこれはカットした。

この夜、実際にやったのは、ミルクとランプを使うもの。 これは助手が必要なので、あわててT子と打ち合わせをして、手伝ってもらうことにした。

知らない方も多いと思うので、ざっと現象を説明しておこう。

ランプ左の写真がこのマジックに使う使うランプである。最初、ランプシェードをはずし、電球も取り出し、ごく普通のランプであることを示す。電球を再びソケットに差し込み、スイッチを入れ、ライトをつけてテーブルの上に置く。

次に、ビールを飲むときのような大きなガラスのジョッキを持ってくる。そこにはミルクがいっぱい入っている。そのミルクを、新聞紙で作ったコーン(円錐状)に注ぎ、ミルクがジョッキの2/3ほど入ったら、マッチで新聞紙に火をつけると、一瞬に燃え上がり、新聞紙もミルクも空中に消えてしまう。それと同時にランプの明かりが消える。ランプから電球を取り外し、電球の金具の部分をねじると、金具がはずれ、電球の中から消えたミルクが出てくる。最後は電球をランプにセットすると、また普通に灯る。

このマジックは準備がいるので普段はあまりやらないのだが、ある程度人がいるところでも現象がはっきりしているのと、あまり見かけないものなので、やればウケる。今まで光っていた電球から本物のミルクが出てくるというオチは、相当に意外性があるようで、数年後に会っても、この話を持ち出されることがある。

ミルクでやるのが面倒なときは、白いシルクを消して、それが電球から出てくるという演出でもよい。または、塩を使ってもできる。観客から借りた指輪が消え、テーブルの上にあった食卓塩の瓶のふたを取り、塩を皿の上に全部出すと、そこから消えた観客の指輪が出てくるというマジックがある。この後で、お皿の上の塩を消し、それがランプの中から出てくるという演出もできる。色々な演出が考えられるが、やはり電球から本物のミルクが現れるのが一番面白い。

このマジックの日本での名前は、「電球に飛行するミルク」となっていた。トリックスが輸入販売したもので、数年前、23,000円で購入した。

このときは、これだけを見せてやめるつもりだったのに、T子からリクエストされて、クロースアップマジックを二つほど見せる。普段、マジックは一つでやめておけとうるさく言っている本人がこんなことではだめなのだが、リミットは3つまでと決めているので、最近よくやっている「パーフェクトウォッチ」「ラビットエクスプロージョン」を見せる。

「パーフェクトウォッチ」は少し前、something interestingで紹介したら、多くの方から反響があり驚いている。あれを読んで、SwatchのMusiCallを実際に買ったという方数名からメールをいただいた。このマジックは今、私も一番気に入っている。実際にやってみると、超魔術のような雰囲気になるらしく、演者のほうが驚くくらいうけるので、病みつきになっている。

MusiCallを購入して、この時計の原理がわかればタネは推測できると思うが、もしわからない方がおられたら、メールでもいただければヒントくらいは差し上げるので、ご遠慮なくどうぞ。

「ラビット・イクスプロージョン」(テンヨー)

例の有名な「スポンジのウサギ」をやったあと、クライマックスにこれを使う。子供のウサギが手の中でいっぺんに50匹ほど生まれてくるので、観客はその数に呆れながらも圧倒されるようだ。ただ、普段はここまではやらないのだが、T子には、以前、普通のウサギの手順は見せているので、もう一度驚かせてやろうと思い、これをやった。愛用しているのは、根本氏(マジックショップ、ミスター・マジシャンのオーナー)の手順で、長い間掛けて積み重ねられたギャグはどれも秀逸で、よく錬られている。

某月某日

京都の百万遍にある関西日仏学館の1階、レストラン、ル・フジタでT女史と会う。彼女はイタリア、スペインを中心に活躍している方で、一年中、日本とヨーロッパを行き来している。

ちょうど昨年の今頃、ここル・フジタでプライベートオフミーティングをしたら、現れたのが女性だったので驚いた。マジックに興味をもっていて、自分でもやってみたいと思う人は100%男だと思い込んでいたので、まさか女性が現れるなんて予想もしていなかった。そのため、男数名でランチをしているところへ来てもらって恐縮した。もっともここは彼女も学生時代からよく利用している店で、マダムとも顔なじみなのでよかったかもしれない。他の席には顔なじみの人も何人かいるし、昼間からいきなり宴会になってしまった。

今回は、T女史にスペインで見つけてきてもらった古いコインを受け取るのと、お礼に何かマジックを教えるということで久しぶりに会った。 教えたのは、「ジャンピングダイヤ」という、よく知られているマジックだが、今でも好きなマジックのひとつだ。

2本の黒い棒(長さ5センチほど)に、ダイヤが一個ついており、それが棒の他の端に移動したり、もう一本の棒に飛び移ったりする。途中、ダイヤが赤いルビーに変化したりと、小品ながら、それなりの人が、それなりの雰囲気で演じればとてもきれいでお洒落なマジックになる。

うまくできるようになるまで、昔はこのダイヤを数度は飛ばしてしまうことになったが、最近、トリックスで販売されているものは取り付けがしっかりしており、よほどひどいことでもしない限り、はずれることはない。

マジックとは全然関係のない話だが、このル・フジタのマダムはいい人なんだけど、だいぶおっちょこちょいで、昔、私の知人がここでアイスコーヒーを頼んだら、グラスの中に入っているのはデミグラソースだったという、とんでもない「事件」があった。おそらく、バイトの子がアイスコーヒーを容器から入れるとき間違えたのだろうが、よりによってデミグラソースと間違えるか?一口飲んで、味がおかしいので取り替えてもらったのだが、そのときのマダムのセリフ、「でも、デミグラソースもおいしいでしょう?」には、一同、二の句がつげなかったと言っていた。まあ、これはご愛敬と言うことで、笑い話になっているが、さすがにデミグラソースを飲まされた子はムッとしていた。(笑)

某月某日

今月はもうひとつ講習を頼まれた。講習と言っても、マジシャン相手のレクチャーではなく、まったくマジックをやったことのない人から急に頼まれ、教えることになった。教えることは好きだし、昔、松田道弘氏が神戸のサンケイがやっているカルチャーセンターでマジックを教えておられたとき、時々手伝いにも行っていたので、初心者の人がどのようなところで引っかかるかもわかっているつもりだ。 初心者の人がすぐにできそうなネタとして、10種類ほどリストアップしたが、実際に教えたのは、次の二つである。

1.「カクテルカード」(ダイ・ヴァーノン)
2.「ブック・テスト」(デビッド・ホイ)

どれも傑作で、特にこの「ブックテスト」は即席で演じることのできるマジックとしてはこれ以上のものはないくらいうける。 詳しいことは、筑摩書房から出ている、松田さんの「メンタルマジック」の本に載っているのでお読みいただきたい。なんせ、昔、高校生の女の子にこれを教えて、教室でやったら、あまりの歓声で、隣の教室からも何があったのだろうと見に来たというくらいウケたそうだ。私は、その場にある適当な本を三冊使ってやっている。

初心者用のマジックを10点ほど、そのうち、紹介しようかと思っている。

某月某日

ラリー・ジェニングスが亡くなったという知らせを友人から受けた。

私自身はジェニングスとは直接会ったことはない。しかし、1972年に加藤英夫氏がテンヨーから出版された、『ラリー・ジェニングスのカードマジック入門』には少なからず影響を受けている。この本でジェニングスの不朽の名作、「オープン・トラベラーズ」「ビジター」などを学んだ。

ジェニングス自身は演技者というより、クリエイターとしての才能が勝っていた。そのため、晩年はほとんど一般の人の前でマジックを見せることはなかったようだ。しかし、彼の残した膨大な作品群は、これからも世界中のマジシャンに多くの影響を与え続けることは間違いない。
ご冥福を祈る。

某月某日

アメリカから、マジック関係の本が50冊ほど届いた。10年ほどあったブランクの間に出た本をまとめて注文したのが届いたのだが、輸送途中にトラブルがあり、再送付してもらい、ずいぶん日数がかかった。

本やネタも、いつもは航空便で送ってもらってる。しかし、今回注文したものは、ほとんどがすでに松田道弘氏や三田皓司氏にお借りして、内容はわかっていた。そのため急ぐ必要もなく、また重量が30キロを越えそうで、そうなると、エアーメイルで送ってもらうと輸送費も馬鹿にならないので船便にしていた。

最近はめったにトラブルもないのだが、めずらしく荷物がどこかで消えてしまった。追跡調査をしても、途中から追えなくなり、予定より日数は3倍以上かかってしまったが、保険を掛けていたので、全部無料で再送付してもらえたから実質的な被害はない。

それにしても、最近出版されるマジックの本は、どれもあきれるほど大きく、しかも重い。厚さが7,8センチくらいの本が半分近くあり、スティールの本棚の半分くらいが必要だろう。置き場所の確保はもうとっくに限界を超えており、10年以上前から2階はこれ以上本棚を置けないし、1階も、もう無理。同じ敷地の中に離れがあるのでそこの一部屋を書庫代わりにしているが、そこだっていつまで持つかわからない。本気で書庫にするのなら、床の補強でもしないと抜けてしまう。

松田さんは書庫専用のマンションをお持ちだが、三田さんにしても私同様、置き場所には年中困っておられる。ビデオなど、同じものを各人で持っていても仕方がないので、共同のライブラリーでも作りたいと思っている。今、うちには三田さんのビデオや本が驚くほど来ているので、これをいっぺんに送り返したら、三田さんもきっと困るんじゃないかと思う。(と言い訳をしながら、まだ借りている(汗))
と、ここまで書いたら、今、三田さんからまた宅急便が届いた。開けてみると、タマリッツ、マックス・メイビン、エルムズレイの新しいビデオが10本ほど入っている。どれも見たいものばかりだったので、うれしい。

まだ書くネタはいっぱいあるが、長くなりすぎたので、来月に回すか、どこか他のページにでも書こう。

マジェイア

backnextindexindex 魔法都市入口魔法都市入口

k-miwa@nisiq.net:Send Mail