魔法都市日記(13)

1997年11月頃


某月某日

ホームページをオープンして約4ヶ月になる。 当初メールをいただく数は、「魔法都市案内」「煩悩即涅槃」の比率は1:9くらいであった。それが宣伝をしたわけでもないのに、3ヶ月を過ぎた頃からマジック関係のメールが増えてきた。

これからマジックを始めたい方、現役のプロマジシャンの方、昔マジックをやっていたけれどしばらくブランクのある方、偶然このサイトを読んで興味を持ってくださった方など、10月から11月にかけてずいぶんメールをいただいた。現在の比率はほぼ半々になっている。

メールに刺激されたわけでもないが、11月の中頃から、フレッド・カップスのマジックを紹介している。以前から、カップスのマジックを整理しておきたいと思ってはいたのだが、なかなかできなかった。今回思い立ったのを機会にやることにした。このようなものは気分次第なので、やりたくなったときにやってしまわうに限る。 カップスのマジックについてある程度まとまったものができたら、別のマジシャンについてもできるかもしれない。1日1枚HTMLのファイルを作っても、一年で365枚になるのだから、毎日作り続けたら、そのうち結構な分量のデータが出来るかもしれない。別に目標があるわけでもなく、振り返ったらデーターが貯まっていたということになればよいと思っている。へたに目標を作るとストレスになってしまう。

某月某日

lecture note 「虚無宇宙からの伝言」の世話役であるcloma氏からメールが届く。「無明庵 EO氏」(むみょうあん エオ)は、生前、相当マジックに興味を持っておられたようである。自分で考案したマジックを数点記録に残しておられた。その資料が現在、無明庵をやっておられる方斬氏のところに残っているので、もし関心があるのなら、私に譲ってくださるということであった。私も大変興味があるので、お願いしたら数日後、方斬氏から、EO氏直筆のオリジナル集が送られてきた。

読ませていただくと、EO氏は想像していた以上のマニアであった。カードとコインが主で、マニア好みのアイディアと演出が多く、実際にマジックを人に見せるというより、マジックのタネを推測したり、考案したりするほうに興味のウエイトがあったようだ。

このようなものと出会えるのも、ホームページを開設していたからであり、年中無休で24時間オープンしていると、思いがけない人と出会えたりする。これも何かのご縁なのだろうが、人と人の出会いはほんとに不思議だ。すでに亡くなっている方とでも、「意識」はつながる。 EO氏のマジックについては、機会があればまたどこかで、もう少し具体的に紹介したいと思っている。

某月某日

"something interesting"でやっているオンラインマジック、「大予言」が予想外に好評であった。あのタイプのギャグは、20年前には日本でやっても全然ウケなかった。当時、日本人にあれを見せて、ごくたまにおもしろいと言う人がいたが、そのような人は洋書を読んでいたり、英語が達者な人であった。ギャグにもある程度馴れが必要である。今まで経験したことないパターンのギャグだと笑えないこともある。この20年で、日本人も、ギャグの範囲が広まったのだろうか。

ところで、現在使用している絵は、オンライン絵師、「山下画伯」に描いてもらった。画伯といっても「清」ではない。「女と男のいる舗道」の中で、独特のタッチの絵を描いておられる山下晴代さんである。お願いしたら、快く引き受けてくださった。ノートパソコンに付いているタッチパッドを駆使し,Windows95に添付の「ペイント」だけで描いておられるそうだ。

先日、私が普段メインで使っているコンピュータが故障したとき、緊急用にノートパソコンを購入した。マウスはついておらず、代わりにタッチバッドで操作するようになっている。近頃ではノートパソコンでは、マウスの代わりにタッチパッドが主流になっているのだろうか。しかし、私の場合、2,3時間使っただけで指先の皮は剥けそうになるし、指は痙攣しそうになり、とても使えたものではなかった。しかし、山下さんはタッチパッドを自由自在に操ってあのような絵を描いておられる。

あの2枚を描いてもらったときも、夜なべをして、指には低温やけどを作りながらの作業であったと伺い(涙)、何とも恐縮してしまった。(汗) おふくろにだって夜なべをして何かを作ってもらったなんて覚えはないのに、ノーギャラであんなお願いをしてしまって、今考えると冷や汗ものだったのだ。 只只感謝。

某月某日

知人の結婚式のため名古屋に行く。

20数年前、名古屋には時々行くことがあり、その都度、デパートにあるマジックコーナに寄っていた。当時は、栄のオリエンタル中村にはパピヨン大西氏、松坂屋には大嶽氏(現、スピリッツ百瀬氏)、名古屋駅前の名鉄には谷川氏と、そうそうたるディーラーの方々がいた。それが現在、デパートでディーラーの立っているところはなくなってしまったそうだ。比較的最近まで、大西氏が名鉄におられたそうだが、それもなくなったようだ。

名古屋にはマジックショップUGMがあるので、寄ってみることにした。地下鉄の「車道」(くるまみち)という駅で降りて、2分ほどのところにある。ここは「コレクターズワークショップ」の日本総代理店になっており、コレクターズの商品はよくそろっている。年に一回、外国からマジシャンを招いて、一泊二日のコンベンションを催したり、オリジナルの商品を出したりと、マジックショップとしては現在、日本で一番充実しているかもしれない。他の店ではあまり見かけないものもあったので、コレクターズの商品を2つと、他の商品を数点購入したら、10万円を越えてしまった。めったに来ない店なのでつい散財してしまった。

某月某日

名古屋で知人の結婚式に出席する。名古屋の結婚式というのはとにかく派手だと聞いていたので、もし参加者が数百名なんてところでマジックをやれと言われたら絶対断るつもりでいた。私の専門はクロースアップなので、普段は数名にしか見せない。数点、パーラー向きのものがあり、それでもせいぜい100名以内でないと無理なものが大半なのだ。ごく一部、相当な数の観客でもできるものがあるので、それだけは準備したおいた。

実際にやったものは、長さ40センチほどのフランスパンを袋から取り出し、観客にしばらく持っていてもらう。白いシルクのハンカチにサインをしてもらう。それを小さな封筒に入れ、火をつけると封筒もハンカチも一瞬に燃え上がり、空中に消えてしまう。フランスパンを受け取り、ナイフで切ると、サインをしたハンカチが出てくるというマニアにはお馴染みのものだ。これは観客が数名のところでも演じられるし、ステージのような大きなところでもよく見える。2,3このようなものを持っていると重宝する。アマチュアマジシャンの場合、多くの観客の前で演じる機会はあまり多くないため、たまにこのような場で演じることになると、出し物に困ることが多い。マジック関係の専門誌などでも、パーティ用のマジックや、実際にマジシャンが結婚式に出席して、マジックを演じたときの体験記などもあるから、そのようなものを集めて、結婚式やパーティに適したマジックの特集でもしようかと思っている。

某月某日

からくりのコーヒカップ箱根には「寄せ木細工」の店がいくつかある。「寄せ木細工」でできた箱には、箱の側面や、底の一部などを何度か動かすと、秘密の蓋が開く、「からくり箱」と呼ばれるものがある。細工の精巧さと、からくりのおもしろさで楽しませてくれる。

昔からあるものは、四角い箱が一般的であったが、最近は「箱」だけでなく、様々なデザインのものが出てきた。左の写真はコーヒカップに、スプーンと角砂糖が乗っているように見えるが、これも「からくり箱」の一種になっている。

コーヒーカップと受け皿は、底の部分でしっかりロックされている。このままでは二つを離すことはできない。どうやって分離するのか、見ただけではわからないような仕掛けになっている。実際は大変巧妙なしかけになっている。木でできた角砂糖をスプーンですくって、カップの中に入れ、かき混ぜると内部のロックがはずれ、カップと皿を離すことができる。カップの底には穴が開いているので小物を入れられるようになっている。

作者は亀井明夫氏で、この分野ではよく知られた人らしい。箱根にお住まいで、作品は数多く作らないので、一般にはあまり出回っていないそうだ。大阪のキディランドはこの種の製品が割とそろっている。トランプを買いに行ったとき偶然見つけた。実際に手にとって触らせてさわらせてもらったら、いっぺんに欲しくなり、買ってしまった。(26,000円)

某月某日

フリップのレクチャーが8時半ごろ終わったので、その後、フリップ、フロタ、瀬島、赤松、三田、森下、私の7名で31階にあるイタリア料理店に行く。


大阪の夜景

料理が出てくるまでしばらく時間があったので、フリップ氏に、前から気になっていたことをたずねてみた。現在のヨーロッパにおける「ナイト・クラブ事情」である。

40年ほど前、『ヨーロッパの夜』というイタリア映画があった。この映画では、当時のヨーロッパのナイト・クラブと、その頃活躍していた芸人が紹介されていた。あのような場所が今も残っているのか気になっていた。

フリップはオランダ出身であり、オランダからはフレッド・カップス、リチャード・ロス、マーコニックなど、数多くの名人マジシャンが出ている。彼らのような演技スタイルは、『ヨーロッパの夜』で一躍マジックの世界でスターになったチャニング・ポロックも含めて、昔の上品なナイトクラブの雰囲気があったからこそ成立したのだと思っている。質の悪い環境では、とてもあのようなスタイルのマジックはできない。

おとなの男女がお酒と、一流の芸人のショーを楽しみながら、ゆっくりひとときを過ごすというのはとても贅沢な時間である。人も世間も、余裕がなければできない。日本でもヨーロッパのナイト・クラブを真似たものが20年ほど前はあったが、今ではほとんど姿を消した。 フリップの話では、ヨーロッパでも日本と事情は同じだそうだ。フランスの「クレイジー・ホース」もなくなった。

このような場で、繊細な芸を見せることを売り物にしていた芸人達は、徐々に仕事がなくなり、新しい仕事場を見つけないと食って行けなくなっている。フリップ自身、今ではほとんどがプライベート・パーティや、レストランでのテーブル・ホッピングが仕事の中心になっていると寂しそうに語っていた。場末の酒場で演じるには、彼らの芸は繊細すぎる。プライベートなパーティなどが中心になるのは仕方がないのかも知れない。

ここ2,30年でナイト・クラブの芸が衰退したのは、テレビで何でも見られるようになったのが一番の原因かもしれない。また、ゆっくりと酒を楽しむという空間は、店だけでなく、観客全体の意識が、ゆったりと、リッチな気分を作り上げる余裕がなくないとできない。ここ2,30年間、世間全体が、せわしくなりすぎて余裕がない。

食事の後、三田氏が20年以上も前の、フリップのレクチャーノートを取り出し、フリップに見せた。彼も懐かしいようで、昔話で盛り上がった。私も昔見たフリップのトリックで、ロープと直径5センチほどの小さなリングを使う手順が好きだったという話をしたら、鞄からそのセットを取り出してやってくれた。またカードマジックも、「テンカイパーム」を駆使したものを数点見せてくれた。気がついたら、あっという間に10時半をすぎていた。


ところで、今回、フリップと一緒に食事をしたメンバーの中に森下さんがおられた。相当なマニアでも、森下さんって一体誰なのか、今では知らない方がほとんどだろう。

森下宗彦氏:大阪奇術愛好会の創設当初(1960年代)からのメンバーで、数多くの伝説を残して、マジック界からしばらく離れておられた。あの碩学、高木重朗氏が、古今東西、文字通り星の数ほどあるカードマジックの中から、「世界のカードマジックベスト12」を選ばれたとき、森下氏の「フォー・エース・トリック」を入れておられたと言えば、マニアであればそのすごさが容易に想像できるだろう。 『松田道弘のカードマジック』(松田道弘著 東京堂出版)に、「森下宗彦氏のフォア・エース・ルーティン」と題して紹介されている。

その森下氏なのであるが、私が愛好会に入れていただいた20年ほど前には、もうすでに休止状態に入っておられた。当時は社交ダンスに熱中しておられて、全日本でも上位入賞レベルまで行かれたそうだ。10年ほど前から、またマジック界に戻ってこられて、レクチャーなどにも時々顔を出してくださっていたようなのだが、私のブランクの時期と重なって、直接、マジックを見せていただく機会はなかった。

実のところ、今回も同席していながら、最後まで森下さんだとは気づかず、帰り際、料金のチェックをしようとしたら、赤松氏から、森下さんが全部面倒見てくださったとうかがい、驚いた。

「えっ? 森下さんて、ひょっとしてあの森下さんですか?」

赤松氏に間抜けな確認をしたら、「そうだ」と言われ、われながら呆れてしまった。十数年前、一度お目にかかってはいるのだが、気づかなかった。

マジェイア

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