魔法都市日記(31

1999年6月頃


昨年一年間、日曜も仕事をしていたこともあり、その反動というわけでもないが、今年の3月から3、4ヶ月間、近年にないくらいのんびりした生活をさせてもらった。仕事の量を半分程度に減らしていた。だいぶ休養もできたので、7月からまた徐々にペースを戻して行こうと思っている。

最近、私自身の天職は「翻訳」だとわかった。ある意味、これが私の「使命」なのかも知れないとさえ思っている。「翻訳」と言っても、ある国の言葉を別の国の言葉に移し換えるだけのものではない。言葉だけでなく、数学、化学、物理、英語、仏教、マジック、その他諸々、私自身の興味の対象をいったん私の中に取り込んで、それをもう一度自分流に「翻訳」して、第三者に伝えるという作業が私の使命なのだと思えてきた。水道管のジョイントのひとつとしての役割ができればよいと思っている。流れてきた水を、私の中を通してどこかへ流す役割、これができたら充分である。私が理解することに多少時間が掛かったようなことでも、私自身がいったん納得できれば、それをもう少しわかりやすい形で人に伝えることができると思っている。このことは漠然と20年以上前から気がついていたが、どうやらこれが私の使命なのだと、やっと思えるようになった。


某月某日

今年の2月から4月にかけて、「魔法都市日記」や"something interesting"で確率の問題を紹介したら予想外に反響があった。確率論の起源はギャンブルと密接な関係があるのだが、今でもギャンブルの必勝法と称するものに確率論を使ったものが数多く出版されている。もし本当に必勝法が見つかったら、そのようなギャンブルは即座に消えてしまうか、すぐにルールが改正される。それなのに確率を使った「必勝法」は後を絶たない。しかし、大抵は勘違いかミスを犯している。

関西ローカルのテレビ番組で、日曜の正午にやっている「島田紳助の人間マンダラ」という番組がある。先日、紳助と元阪神タイガースの掛布が、海外でルーレットをやってきそうだ。紳助が言うには、ルーレットの必勝法を見つけたそうで、それを次週教えると言っていた。紳助はマジックも好きで、以前もカードマジックをテレビで2,3披露していた。多分、同じ吉本にいるジョニー広瀬氏あたりに教えてもらっているのだろう。それはともかく、ルーレットの必勝法と言うから、また「倍賭け必勝法」と呼ばれているものか、それに類したものだろうと想像していたら、案の定そうであった。

ルーレットでは、「赤か黒」に賭けることもできる。どちらかに賭けて、当たれば賭けた金額の2倍が戻ってくる。紳助の必勝法というのは、この「赤黒」だけで勝負するのだが、毎回賭けることはせず、しばらく人が賭けているのを眺めておく。すると赤ばかり4回、もしくは黒ばかり4回続けて出ることがある。同じ色に連続4回、玉が止まることがある。時間にして2,30分に1回くらいだろうか。このようなことが起きるまで、ひたすら待つのだそうだ。そして、これが起きたとき、はじめて勝負する。それも持っているチップの全部、もしくはかなりの額を反対の色に賭ける。この「心」は、同じ色が5回も連続して出ることは確率的に極めて低いので、一発勝負に出てもほとんど負けることはないということだろう。赤ばかり5回連続出るのは2の5乗、つまり32回に一回しかないから、32回中、31回は勝つと思っているのだろう。これを繰り返せば、一晩でかなりかせげると言っていた。

しかし、本当にこれで儲かるだろうか。このような賭け方をすれば、確率的に何か有利になるのだろうか。

結論から言ってしまえば、全然、儲からない。儲かるか損をするかはまったく五分五分である。今の話も巷間出回っている「必勝法」の一つである。しかし、これは確率論以前のレベルである。もし、それでもわからなければ、このやり方で10回も勝負してみれば、これが全然必勝法でないことは誰でもすぐにわかるはずである。

4回連続同じ色が出たから、次は反対の色が出やすいと思うようだが、ルーレットの玉には「意志」はない。連続4回同じ色に止まろうが、連続100回同じ色に止まろうが、そろそろ反対の色のところで止まらないと悪い、とは思わない。それまで何回同じ色に止まろうが、次に赤が出るか黒が出るかはいつも1/2である。4回同じ色が出た後、5回目に反対の色に賭けて、それが当たるかはずれるかは、1/2にすぎない。

某月某日

私の家から大阪駅まで12分、神戸30分、京都45分、奈良が1時間と、関西の主要スポットまで出るのは便利なのだが、奈良だけはここ10年ほど、一度も行っていないことに気がついた。私が教えている中学、高校生は遠方から来ている子が多く、今も奈良から2人通ってきている。ちょうど今、奈良県立美術館「西遊記のシルクロード・三蔵法師の道」と題したイベントをやっているので見に行ってきた。(展示期間:1999年6月12日〜8月8日)

実際に約1時間かけて行ってみると、うちに来ている子たちは、週に数回、このようなところから学校が終わった後来ているのかと思うと、有り難いことだと感謝せずにはおられない。一人は医歯薬志望で、もう一人はめずらしく美大系であるが、2人とも、もう数年通ってきている。大学入試合格が「大願成就」というのは大げさかも知れないが、当面の目標をクリアーして行く習慣は、将来、何かにつけて役に立つものである。そのような手助けをさせてもらえることに、私自身あらためて感謝せずにはおられない。

奈良公園の鹿

会場となっている美術館はJR奈良駅からバスで二駅、歩いて20分程度、タクシーで行ってもワンメーター程度の距離である。鹿で知られている奈良公園のそばにある。

「鹿せんべい」を売っていたので買おうかと思ったが、誰かが売店のおばさんからせんべいを買うと、鹿もそれはもらえることを知っているので、たちまち数頭が寄ってくる。角(つの)が長く伸びた鹿もいるので、あんなのが何頭かいっぺんに集まってきたときのことを想像すると恐くなり、買うのはやめた。

昔、ハトが数百羽いる公園で、ハトにあげるマメを買ったら、瞬時に数十匹が私をめがけて飛んできた。頭や肩、腕にとまるのだが、あれは恐ろしかった。ヒッチコックの『鳥』が現実になったような怖さがあった。のんびりとマメを投げている暇などなく、ハトは私が手に持っているマメをめがけて飛んでくる。こうなると、持っているマメを全部投げ捨てて逃げるよりなかった。ハトでさえこれなのだから、もし鹿が突進してきたらと思うと、せんべいを買う勇気はなかった。実際には集まっては来るが、角で突っついたりはしないそうだが、でも恐い。

『孫悟空』の話でよく知られている三蔵法師・玄奘(げんじょう)(西暦602-664)は、唐の都・長安から天竺(インド)まで、お釈迦様の教えを求めて17年間旅をした。日本では数多くの映画やアニメ、人形劇が作られている。中でも1978年に夏目雅子が三蔵法師になり、堺正章が孫悟空役をやっていたものを覚えている人は多いだろう。あれからもう20年になるのか。

三蔵法師・玄奘孫悟空の話は後から作られたフィクションであるが、三蔵法師の旅は実話である。今から千三百年以上前に、灼熱の砂漠、氷の山、延々と続く草木一本生えない不毛の乾燥地、うだるような湿地帯、このようなところを延べ三万キロに渡って徒歩と馬で旅をした。今、写真で三蔵法師が通ったとされるルートを見ても、無事に往復できたことが奇蹟としか思えない。ただひたすらお釈迦様の教えを国に持って返りたいというその一念だけが行動の原動力となったのだろう。時代を超え、三蔵法師のこの旅が多くの人に勇気を与えてくれるのは、「想いの強さ」、これが自分がこの世に生まれてきた使命であると言えるものを見つけた人の強さを教えてくれるからだろう。また、何にせよ、それがどれほど困難な道に思えても、多くの人の救いにつながることなら、必ず何かが助けてくれるようになっている。資金に困っているのなら誰かがお金を出してくれたり、砂漠の中で水がなくなり、数日、死を覚悟して歩き続けているとき、水のある場所に出たり、いつも<存在>がバックアップしてくれている。

多数の教典を持って帰り、それを漢字に翻訳したが、その分量は、今でも外国の言葉を翻訳した量としてはトップかも知れない。お釈迦様の仰ったことを記録したものを「お経」と言うが、それは全部で約七千巻ある。これを「一切経」というのだが、現在、日本で知られている『大般若経』や、それを圧縮した『般若心経』は、この三蔵法師・玄奘が漢字に訳したものである。お経というと、それだけでありがたがっているが、あれはお釈迦様の認識された宇宙観であり、人間観である。完全な哲学書であって、中身がわかってはじめて有り難いものになる。中身を知らずに、ただ音だけ詠んでもそれは何にもならない。

お釈迦様の後、約千二百年後にこのような人が現れ、その人の訳したものを今の日本で使っているのだから何ともスケールの大きな話である。数百年に一度くらいの割でこのような人が現れてくださるから、人類は今まで生き残れたのかも知れない。

某月某日

結婚式でマジックをやりたいと仰る方や、実際に結婚式でマジックをなさった方から報告を頂いた。結婚式や何かのパーティでマジックをしたいので、みんながあっと言うようなものを教えて欲しいという問い合わせが少なからずある。このようなとき、いつも返事に困る。理想を言えば、お金もかからず、すぐにできて、ウケるものということになるのだろうが、そんなに都合のよいマジックがあるのなら私が教えて欲しいと言いたくなる。マジックというのは「芸」なのだから、大なり小なり練習はいる。予算や、その人の技量の程度もわからないので、推薦するマジックと言われても困るのだが、私がお薦めしているのが数点あるので、この機会に紹介しておくとにする。

1.テンヨーの「フォー・ナイトメアーズ」

テンヨーの売場で、ディーラーのいるところで発売されている。「マジシャンズ・ナイトメアー」という名前で昔からよく知られているロープマジックがある。長さの異なった3本のロープが同じ長さになったり、最後は1本のロープになったりするものであるが、それのバリエーションという意味で、先のようなタイトルになっているのだろうが、実際にはまったく別のマジックになっている。原案も決して悪くないが、この「フォー・ナイトメアーズ」も意外性という面ではよくできている。途中、突然、ロープが丸い輪になったりする。一度マスターしておくと、重宝すると思う。

2.「ツルツル」

「商品紹介」でも紹介したものだが、これは結婚式の定番に入れてもよいくらいよくできている。これをやる前に最適なセリフをメールで教えていただいた。

「みなさんはテレビでマジシャンがハンカチからハトを出すマジックをごらんになったことがあると思います。私も今日、ハトを出そうかと思いましたが、結婚式でもありますので、もっとおめでたいものと思い、鶴を出すことにいたしました。ハトを出すより、鳩のほうが何倍も難しいのですが、ご覧ください」

とでも言ってから、折り紙の紅白の鶴を出せば、それだけでもウケるだろう。実は、このセリフは時々メールを頂くO氏から教えていただいたものである。このギャグは結婚式以外でも使えるので、ぜひ一度お試しいただきたい。私もこれを言いたいために、これをやるチャンスをうかがっている。

3.「ファイアー・フラワー」

火を使うものはインパクトが強く、それだけで注目してもらえるが、これはテーブルの上に火のついたキャンドルをたて、フラッシュペーパでバラを作り、そのバラをキャンドルに近づけると、一瞬に燃え上がり、「本物のバラ」になる。「本物」と書いたが、実際は本物に見えるが、作り物である。少し難しくなるが、ケビン・ジェームスの「フローティング・ローズ」なら本物のバラを出現させることができる。これはデビッド・カッパーフィールドが今でも彼のショーの中でよく演じている。

火を使うものは、最近、ミスター・サコーという九州出身のマジシャンが数点売り出しているが、どれも長年、彼のショーの中で演じているものだから、使えるものが多い。「フィックル・ファイアー」という、空中から何度も手のひらで炎をつかみ取ってくるマジックがある。これは世界中で多くのマジシャンがやるくらい有名になってしまったが、ミスター・サコーの影響だろう。ただ、これは決して簡単ではないので、そう誰にでも薦めるわけには行かない。易しいものでは、火のついた20センチほどのスティックが突然赤いシルクになるものはそれほど難しくもないので、最初にやる芸としてはよいかも知れない。 彼の一連の「ファイアーもの」は、名古屋のUGMから、ビデオ付きで販売されている。

海外のものでは、「ファンタジオ」のキャンドルもよい。火のついた長さ30センチほどのキャンドルが突然消えたり、現れたりするのだが、これは実際に見ると、想像している以上に観客にうける。「消失用」と「出現用」があるが、ちょっとしたルーティンを組むのなら、それぞれ2,3本あったほうが便利だが、消失用だけでも役に立つ。ファンタジオがマジックキャッスルでレクチャーをしたときのビデオが、テンヨーから発売されているので、それを見ると、基本的な使い方はわかると思う。ただ、テンヨーではこのキャンドルは扱っていないので、ハンクリーなどの海外のショップへ注文しなくてはならない。値段は「消失用」で30ドル程度だと思う。

考えてみたら、今月はマジック関係のビデオは何本か見たが、ほとんどマジックをやっていない。ビデオで推薦したいものが何本かあったので、近々、紹介するつもりでいる。

マジェイア


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