魔法都市日記(38

2000年1月頃


1月は3回も風邪をひいてしまった。高校入試、大学入試も大詰めで、私にとっても一年で一番忙しい時期であり、そのため今月はマジック関係の場所にはほとんど行っていない。しかしその分、ビデオを見たり、本を読む時間は十分取れた。

 


某月某日

隣の部屋、「煩悩即涅槃」にある「100年カレンダー」を読んでくださった読者の方からメールをいただいた。中村克彦氏とおっしゃるプロのデザイナーの方で、ANAの今年のカレンダーで受賞もされている。

今年のカレンダーを制作するとき、遊び心で2000年から2100年までの100年分が1枚に印刷されたものも一緒にお作りになったそうだ。私が10年ほど前に見た「100年カレンダー」がどのようなものであったのか興味をお持ちになり、その返事を出したら、今年のものと「100年カレンダー」が送られてきた。今年のものは工業技術院賞を、「100年カレンダー」は日本貿易振興会賞を獲得されている。

デザインは、今年のものが飛行機の各パーツをモノクロで撮影したもの、100年カレンダーは大きなポスター程度の紙に、地球を北極の真上から見たような構図の世界地図になっている。そばに寄ると1年分のカレンダーが縦に並んでいて、それが100行あることがわかる。たいていの人の一生は、この1枚のカレンダーに収まってしまう。 しばらく眺めていたら、「それが虚無ならば虚無自身がこのとほり」という、宮沢賢治の言葉が唐突に浮かんできた。

某月某日

Candles年末年始は、世間一般では宴会も多く、多少でもマジックをやっている人なら、このような席でマジックをリクエストされることもよくあるだろう。メールでも、12月頃から宴会用のマジックについての問い合わせが何通かあった。 私自身はこのような場所でマジックをやることはほとんどないが、ごく親しい人の集まりであれば気軽に引き受けている。普段、クロース・アップ・マジックしかやらない人にとっては、このような場所での出し物にはいつも悩まされるはずである。私も同様なのだが、1,2年前から、宴会や結婚式用のマジックとして、オープニングにときどきやっているのが「キャンドル」である。「キャンドル」という素材自体が幻想的であり、クリスマスや結婚式の場所にもよくあう。簡単な手順だけでもマスターしておくと何かと重宝する。

本格的なルーティンを組むのであればファンタジオのキャンドルが何セットか必要だが、オープニングに使う程度の簡単なものなら、アピアリング用とヴァニッシング用が各1本ずつあれば間に合う。これと以前紹介した「キャンドル・フラッシュ・ケーン」も簡単な割には派手なので、一番最初に見せるものとして重宝している。

この種のマジックを練習したいのであれば、昨年(1999年)出たビデオ"Candles!"(Michael P. Lair,Murphy's Magic Supplies)が手頃だろう。ファンタジオのキャンドルを使った様々なアイディアを紹介している。少々無理なこともやっているが、基本的な消失と出現をマスターしているだけで、思いの外、観客にうける。

Blade Runner

もうひとつ、暮れから何度かレストランで見せたマジックがある。「ブレイド・ランナー」"Blade Runner"($18.50)という、だいぶ前からあるネタなのだが、これが予想外に驚いてもらえることがわかった。自分でやってみると全然不思議とは思えないので、買ってから10年以上放ったらかしにしてあった。暮れに「即席マジック」を整理していたら出てきた。試しに一度やってみたら、随分驚いてくれたので、こっちが驚いてしまった。

現象はトランプやお札、テレフォンカードなどを食卓で使うナイフで突き刺し、端までナイフが刺さったまま切って行く。その後、すり替えなしで、カードやお札、ナイフを調べてもらうがどこにも切れ目はない。

お札を折って鉛筆を突き刺したり、カッターナイフのようなものを突き刺すネタはいくつかあるが、これはテーブルで使うごく普通のナイフなので、テーブルにナイフが出ているようなときに見せると、「即席」という印象が強く、そのためネタのにおいがしないのだろう。

某月某日

前月の「日記」でも、本を手に入れるために奮戦された方の話を紹介した。熱心なマニアであれば、いっとき、ある本やビデオ、トリックが欲しくて、それが手に入らないと夢の中でもうなされる時期がある。それさえ手に入れば、あとは何もいらないと本気で思う時期がある。

私も今から30年近く前、日本奇術連盟から発行されている『奇術界報』のバックナンバーが読みたくて、東京にある国立国会図書館まで何度か訪れた。国会図書館にはすべての出版社が新たに本を出したとき、2冊寄贈しなければならないという規則があるという話も聞いたが、実際のところはよくわからない。

同人誌のようなマジック関係のマイナーな雑誌など、いくら国会図書館でもあるとも思えなかったが、電話で確認してみると、古い『奇術界報』が残っていることがわかった。しかし閲覧はできても、館外持ち出しは原則としてできない。また一日に閲覧できる本の数も限られている。おまけにコピーしてもらえる枚数も、一人一日何枚までと制限があった。何枚までできるのか正確な数字は忘れたが、当時は40枚程度であったと思う。『奇術界報』の過去20年分くらいはそのときでも保存されていたので、全体では千ページは軽く越えていたはずである。これだけあるのに、一日一人40ページ程度では、いくら絞り込んでコピーするとしても少なすぎる。せっかく大阪から泊まりがけで行くのに、これでは効率が悪い。少しでもまとまった数をコピーするため、その当時つき合っていた彼女と東京方面へ旅行に行く際、説得して二日間つき合ってもらった。朝から昼過ぎまで私が本をチェックしている間、コピーの列に並んでもらったり、コピーするページをメモしてもらったりした。おかげでだいぶはかどったが、昼間から彼女に薄暗い図書館でこんなことをさせているのだから、愛想をつかされるのも無理はない(汗)。

当時から国会図書館には高木重朗氏がおられたのは知っていたが、一面識もなく、会っていただくことなどおそれ多くてできなかった。

その2,3年後には、国会図書館で何度かお目にかかる機会を得て、いつもお昼をご一緒させていただいた。高木先生は大変な食通でもあったので、そのたびに素敵なお店にお連れいただき、そこで2時間ほど、マンツーマンでマジックを見せていただくという、これ以上ない贅沢な時を過ごさせていただいた。今思ってもまさに至福の時間であった。

先日、偶然にも高木先生が昔よく利用されていたレストランの方からメールをいただいた。

poireau

この店は15年ほど前にオープンした「ポワロー」という小さなフランス料理の店であった。高木先生が大変気に入られて、「この店は必ず繁盛するよ」と「予言」されたそうだ。実際、日をおかず繁盛したので、場所を変えて店も大きくなった。シェフも代替わりをしたため、今では当時の落ち着いた面影はないそうだが、当時、高木先生がよく通っておられたころの写真を送っていただいた。手前の丸いテーブルがお気に入りの場所であったそうである。

食通であると同時に、従業員の態度などにも厳しい方であったので、きっと細やかな心配りのある店だったのだろう。現在は、HANAKOなどにも紹介されるような店になり、当時の面影を知っている人にはもの足りないだろうと、メールをくださった方はおっしゃっていた。上京した折りには、一度お邪魔したいと思っている。

某月某日

今月は知人に珍しいビデオをたくさん見せてもらった。衛星放送のBSやCSでこの10年ほどの間に放映されたもので、私のまったく知らないものが数多くあった。中でも、The Mysteries of Magicという3時間の番組など、動く映像が見られるとは思わなかった過去のマジシャンも数多く紹介されていた。こんなものがあるなら、うちにもCSをつけたくなってしまった。


『魔術師の物語』
(ディヴィッド・ハント 高野裕美子訳 新潮文庫 ISBN4-10-217911-9)

これ以外にもドラマの中にマジシャンが出てくるもの、マジック関係の小説やコミックなども貸していただいた。今、全部は紹介しきれないので、また改めて取り上げたいと思っている。

某月某日

見えるという常識の上に、見えてしまうという必然の罠を仕掛けると、新しいもう一つの現実が生まれてくる。 (福田繁雄)

デザイナーの福田繁雄氏は、視覚の特性を利用した「からくり」がうまい。人は自分の目で見たものは間違いないと思っている。しかし、福田氏の作品を見ていると、人間の目がいかに頼りないものかよくわかる。見る角度で、同一のものがまったく別のものに見えることも珍しくない。どれが正しいというわけではなく、どれも真実のある一面を表しており、見る人の興味や先入観で一部が誇張されたり、何かが見えなかったりする。あれも真実、これも真実なのだが、真実の断片をいくらつなぎ合わせても、それで全体が見えたとは言えないのだろう。

福田氏の作品は雑誌などでもよく取り上げられているので、たいていの人は見ているはずである。ビデオにもなっているので『福田繁雄のからくりビデオ』(新潮社、4,800円)、それを見ていたら、松田さんに昔教えていただいたトリックを思い出した。人間の思いこみを利用したギャグのようなトリックである。現象を説明すると、テーブルの上には1組のトランプがある。ただし51枚しかない。1枚だけ前もって抜いてある。

観客に頭の中で好きなトランプを一枚思ってもらう。まったく自由に思ってもらい、決まったらテーブルの上にあるトランプからその思ったトランプを抜き出してもらう。一枚ずつ数えながら、心で思ったトランプが出てくるまで配ってもらう。ところが最後まで行っても、51枚の中に観客自身が思ったトランプだけがない。

今の現象は少しマジックをやっている人であれば「プレモニション」と同じだと気が付くだろう。実際そうなのだが、今の場合、最初から一組のトランプがテーブルの上に出ていたのが、「プレモニション」と違っている。

タネをあかせば、実はこのトランプは「グーフィー・デック」(Goofy Deck)、または「リバース・デック」(Reverse Deck)と呼ばれるものであり、特殊なトランプになっている。マジック用のタネというより一種のジョーク・トイなのだろう。

何が特殊かというと、普通のトランプはハートとダイヤが赤で、スペードとクラブは黒く印刷されている。ところがこれは印刷の色が普通のものとは逆になっている。つまりハートとダイヤが黒で、スペードとクラブが赤くなっている。これで52枚が印刷されている。この中から、例えばスペードのエースを一枚だけ抜いて、51枚をケースに入れておく。

観客に何か1枚のトランプを思ってもらう。仮に「ハートの3」とする。ケースからトランプを取り出してもらい、1枚ずつ枚数を数えながら、ハートの3が出てくるまで表向きに配ってもらう。奇妙なことに、途中「黒いハートの3」が出てきても気づかないで通り過ぎてしまう。「赤いスペードの3」を見たとき、それだと思い、そのカードを抜き出す人がいるが、「それはスペードでしょう」と言うと、「あっ、そうだ」と言いながら、また数え始める。結局、ハートの3は実際には見ているのに、「ハートは赤」という思いこみがあるため、意外なくらい気が付かない。これは100%成功するとは限らないのだが、もし気が付いたとしても、ジョークとして笑い飛ばせばすむ。

人は自分の思いこみで、勝手に不思議を作り出している。

追加(2000年2月26日):プレモニションの関連情報として"Vanished or Gone"を紹介しました。

マジェイア


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