魔法都市日記
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2002年4月頃


兵庫県立美術館で購入した和紙のノート

紙の上に文字を書く機会は激減している。しかし昔作ったマジック関係のノートは今でも重宝している。長期の保存を考慮すると、フロッピーやCDより、紙のノートは適しているかも知れない。

今月になって、やっと遅い春休みが取れた。仕事が一段落してほっとしたのと、気候が不順のせいで風邪をひいてしまった。半月ほど鼻水ダラダラの生活をおくっていた。私だけでなく、周りの者をみても、今年の風邪は喉と鼻にくるようだ。



某月某日

阪神タイガースが星野監督にかわってから、奇跡的に勝ちまくっている。甲子園球場の1塁側の前売りチケットはすべて売り切れ、3塁側でも対戦相手によっては手に入らない。

昨年まで阪神のチケットはいくらでも手に入った。それが今ではアイドルのコンサートチケットを入手するのと変わらないくらい難しくなっている。昨年までの惨状を知っていると、監督が替わっただけで”チケットぴあ”の「スーパーリザーブシート」でも利用しないと購入できないような事態になるとは夢にも思わなかった。球場周辺にはチケットを高額な値段で売りつけるダフ屋も出ているかもしれない。サッカーのワールドカップのチケットはプラチナチケットと呼ばれているそうだが、このまま阪神が5月、6月も勝ち進めば、こちらもそうなるかもしれない。

経済効果も大きく、タイガースの関連グッズを扱っているタイガースショップでは、売り上げが昨年の3倍以上になっている。尼崎信用金庫は今シーズンが始まる前、「タイガース預金」(正式名称『がんばれ阪神タイガース定期預金 勝星77』)をはじめた。今年阪神が優勝したら、星野監督の背番号にちなんで利息が7.7倍になり、2位か3位でも、利息が2倍になる預金である。4月は予想外に勝ち続けているので、すでに一千億円以上も集まっているそうである。これは関西人がお金に細かいというより、阪神がずっと負け続けていたことに対する反動かもしれない。遊べることなら、みんなで盛り上がったほうがおもしろい。なおこのタイガース預金は、5月末まで受け付けているそうなので、お金があまっている方や、ペイオフ対策を考えている方は預けてみてはいかがだろう。(5月以降、阪神がボロボロになっても私は知らないからね)

吉田義男

小学生の頃、「阪神友の会」という、小中学生を対象にした阪神タイガースのファンクラブに入っていた。当時年会費100円程度で、年間10試合ほど無料で試合が見られた。甲子園球場はうちから自転車でも行ける距離なので、この特典はよく利用させてもらった。

また、当時のサイン帳が今でも手元に残っている。印刷したものではなく、選手一人一人に書いてもらった直筆のものである。村山実、吉田義男、マイケル・ソロムコなど、当時のスター選手や、よく覚えていない選手まで含めて、30名ほどの名前が並んでいる。小学生の頃は間違いなく熱心な阪神フリークであったが、さらにこのあと20年間くらい、ということは80年代のはじめまでということなのだが、この熱は続いていた。

ラジオの実況中継を聞きながら、阪神が攻撃のときは子供用の柔らかい素材でできたバットを持ち、相手投手の投げるタイミングに合わせてバットを振っていたのだ。バッターがヒットを打てば、それは私がバットを振るタイミングが良かったからであり、もし凡打や三振にでもなれば、それは私のスイングが悪いからだと自虐的になっていた。

守りのときは投手が投げるタイミングに合わせて、ピンポン球をダーツの的に向かって投げていた。私がダーツボードのコーナーギリギリに玉を投げたら、そのときは相手チームの打者は三振か凡打になり、もしホームランを打たれたときは、私自身の投球ミスのせいだと思い、落ち込んでいた。

一投一打に念力をかけて、ラジオを聞いているため、ゲームが終わったときには選手以上に疲れ果てていたかもしれない。念力でスプーンが曲がるなんてまったく信じてはいなかったのに、私の念力で、タイガースのバッターがヒットを打ったり、ピッチャーが三振を取ると、信じていたのである(汗)。

こんなことをしているのは私だけかと思っていたら、作家の北杜夫氏も、阪神の一投一打に合わせて、逆立ちをしたり、念力を掛けたりしていたそうである。もし逆立ちをしているときにホームランが出たら、げんをかついで、その試合が終わるまで逆立ちをし続けていたのかも知れない。

今年は久しぶりに疲れそう……。

阪神タイガースの公式サイトへジャンプ。

某月某日

テンヨーの鈴木徹さんがプライベートな旅行で関西にお見えになっていた。以前からぜひお会いしたいと思いながらお互いのスケジュールがうまくあわず、これまで実現しなかった。それが今回やっとお会いすることができた。

日曜の午後、新神戸オリエンタルホテル35階のスカイラウンジ・エステレーラで、IBM大阪リングの三田皓司さんや福岡康年さんなどを交えて、4時間近くお話をうかがってきた。

鈴木さんはテンヨーの大会をはじめ、プロ、アマのマジックショーの構成・演出や指導を手がけておられる。マジシャンを指導するときの方法論や、マジシャンが心がけるべきことなどをマニュアルとして整理されているファイルの一部を見せていただいた。大変コンパクトにまとめられているので、そのうちどこかで公開していただけたらと思っている。

鈴木さんはクロースアップマジックを演じるとき、言葉と現象の結びつきを重視されている。これに関しても大変興味深い理論をお持ちである。見せていただいたいくつかのマジックも、ストーリー仕立てになっているものが多い。これは好みのあるところなので、すべての人に向くとは限らないが、その人のキャラクターにあったセリフを考え、うまく利用すると強力な武器になることは間違いない。

しかしマジシャンの中には観客の知性を無視した、愚にもつかないストーリーを展開しながら見せる人も少なくない。こうなるとマジックを見る以前に興ざめである。このあたりはその人の知性や感性と密接に結びついているため、やっている当人は気がつかない。つまらない話を聞かされるくらいなら、黙って現象だけを見せてくれたほうがよいマジックもあるから、そのあたりの兼ね合いはむずかしい。

今回うかがった話の中で、誰にとってもすぐに役に立つと思えるものがあった。マジックを見せるとき、自分はなぜ今からマジックを見せるのか、その目的が自覚できているかどうか、という指摘である。

たとえば結婚式でマジックを演じるとき、これは大抵「祝福したい」という気持ちがベースになっているはずである。この例のように、マジックを演じる目的が演者にも観客にもはっきりしている場合、観客も安心して拍手をおくることができる。

その他の例として、「女の子にもてたいから」「人から注目されたいから」「宴会などのとき何もできないとつらいから」というものや、もう少し長くマジックを続けていると、「マニアを驚かせたいから」等、動機の純、不純は別にして、さまざまな目的がある。プロであれば「お金のため」ということであっても問題はないが、それだけでは必ず行き詰まる。食べるための方便としてマジックをやっているだけでなく、マジックという芸に自分の人生を掛けることになった必然性を自覚できていないと、つらいものがあるだろう。

アマチュアの場合、マジックを演じることが自分の人生にとってどのような意味があるのか、といったレベルまでの自問自答は不要としても、観客のためにも、自分がマジックを見せる目的くらいは自覚しておいたほうがよい。「女の子にもてたいから」というのが目的であれば、少しはマジックだけでなく、周辺のこと、たとえば見せる場所、雰囲気、時間、それに加えてどのようなマジックを選択するかといった具体的なことまで考えないと効果はない。まあ、ここまで準備してマジックを見せたとして、それで「目的」が果たせるかどうかは別問題であると気づくのに、それほど時間は掛からないと思う。しかし目的をはっきりさせておけば、何も考えずに見せるより、多少はマシになっているはずである。

このような話をうかがったり、オリジナルマジックを見せていただいたりしていると、気がついたら4時間近くも経っていた。いい年をした男が、お茶だけで長時間マジック談義をやっているのだから、部外者が見たら、なんとも奇妙な光景にうつるかもしれない。

チョコレートフォンデュ

みんなコーヒーか紅茶であったのだが、Tさんだけはチョコレートフォンデュという変わったものを食べていた。最近、飲むチョコレートも流行っている。チョコレートといえば、青山の某ショップでは数万円するチョコレートのセットもある。数万円といっても象に食べさせるほどの量があるわけではなく、ごく普通のパッケージに入っているだけである。バリエーションが多いことは、私のようにチョコに目がないものにはうれしいのだが、食べ過ぎに気を使う。

35階から下に降りると、2階に「ダブル・フェイス」というバーがあった。ここは昼間は喫茶店で、夕方からバーになるらしい。マジックをやっている人であれば「ダブル・フェイス」という名前だけでもピンとくるものがあると思う。窓に飾ってある小物を見ると、トランプ、ハーフダラー、シガースルーコイン等があるため、マジックを見せてもらえそうな雰囲気が漂っている。

某月某日

おそい春休みを兼ねて東京に行ってきた。しかし完全休暇というわけにもいかず、半分は仕事も兼ねている。

今回、宿泊先のホテルで生徒にも会う予定になっていたので、前もってチーズケーキを頼んでおいた。このホテルの売店、ガルガンチュアで販売されているチーズケーキも好きなのだが、お願いしておいたのは鎌倉山にお住まいの料理研究家、ホルトハウス房子さんの手作りチーズケーキである。当日の朝、クール宅急便でホテルに着くよう、手配をしていただいた。

私がホルトハウス房子さんの名前を知ったのは、『カレーの秘伝』(ホルトハウス房子 光文社 1981年)を購入して以来だから、もう20年になる。

当時からホルトハウス房子さんの料理は素材を吟味し、持ち味を十分生かすことにウエイトが置かれていた。ぜひ一度、ご本人に作っていただいた料理を食べたいものだと思いながらも、願いは叶わなかった。

それが今回、インターネット経由で、ホルトハウス房子さんのお店「ハウス・オブ・フレーバーズ」のチーズケーキが購入できることがわかった。このチーズケーキは、某料理評論家が「日本一高いが、日本一おいしい」と驚嘆したケーキである。「小」が4000円、「大」が12000円である。直径はたいして変わらないのに、「大」は厚さが2倍ある。当初、「大」を注文するつもりであったが、はじめてでもあり、食べきれなくても困ると思い、今回は「小」をお願いしておいた。

チーズケーキ(小)

部屋に着くとすぐに箱を開けてみた。宅急便で送ってもらったため、ケーキがくずれていないか不安であった。ケーキの周囲に使われているグラハムクラッカーが多少くずれて表面にかかってはいるが、この程度であればまったく問題はない。

チーズケーキ

切ってみるとチーズ、サワークリーム、グラハムクラッカーの三つからできているのがわかる。まずひとさじ、表面の部分を食べてみると、予想していたより意外なくらいしっかりした味で、塩味も効いている。底と縁の部分、これはグラハムクラッカーなのだが、この部分は甘い。ところがチーズ、サワークリーム、グラハムクラッカーの部分を同時に食べると、これが絶妙の味になる。

房子さんはチーズケーキをずっと昔から作り続けておられるが、少しでもよい素材を探し求め、やっと最近になって、現在のような組み合わせになったそうである。チーズはデンマーク産のDOFO、クラッカーはグラハムクラッカー、サワーミルクは北海道の契約農家から入手したミルクで作っている「タカナシ」。この組み合わせが現在のところ、ベストということになっている。

膨大な時間と試行錯誤の末できたチーズケーキだけあり、まさに組み合わせの妙、とにかく三つの層を一緒に食べると、全体が調和したときに生まれるまったく未体験の味が口の中に広がってくれる。

使われている素材などを考えると、高いどころか、こんな値段で販売しては、儲けなど出ないのではないかと心配になってしまう。

チーズケーキ(大) 12000円 直径19cm 高さ6cm(12人分) 
チーズケーキ(小)  4000円  直径18cm 高さ3cm(6人分)
         賞味期限はどちらも冷蔵庫に入れて5日間

チーズケーキ以外にもハウス・オブ・フレイバーズから購入できるケーキは、賞味期限までの間熟成が進むため、毎日少しずつ味に変化が起きる。それも楽しみなので、一度に食べてしまわないで、少しずつ食べるのも楽しい。

ホルトハウス房子さんの店 House of Flavours



The Car Man渋谷のBunkamura、オーチャードホールで、ダンス・ミュージカル「ザ・カーマン」(The Car Man)を見るため、タクシーで会場に向かう。

日曜日でもあり、渋谷駅周辺は人であふれかえっていた。とにかく渋谷駅周辺は車が動かない。信号が変わるたびに2,3メートル動いたかと思うと、また止まる。私も友人も別の場所からタクシーに乗ったのだが、約束の時間に無事着くかどうか不安になってきた。

チケットを持っている友人は私以上にひどい停滞に巻き込まれているようで、不安そうな声で何度か携帯に現況報告が届く。平日なら20分程度で着く距離なのに、1時間近くもタクシーに閉じこめられているそうだ。こんなに混むとわかっていたら、最初から電車にしておくのだった。

だいぶやきもきしたが、なんとか開演10分前には二人とも会場に到着した。

座席に座ると、すぐ開演時間になった。客席はまだ明るいのに、役者はすでに舞台に現れ、何かをはじめている。入場者がいるから客席を明るくしたまま芝居が始まったのかと思ったら、このような演出であったようだ。日本の芝居でも、最近この種の演出があるらしい。しばらくすると客席は暗くなった。

舞台設定は1950年代、アメリカの自動車修理工場とその側にある「バー&グリル」である。自動車工場で働く男の話だから「Car Man」なのかと思ったら、「カルメン」(Carmen)と掛けてあるらしい。ベースになっているコンセプトは「もし、あのカルメンが男だったら」ということなので、両方の意味があるのだろう。ビゼー作曲のカルメンの音楽が場面ごとに効果的に使われている。

歌やセリフはなく、ダンスだけでストーリーを展開していく。男性の衣装は工場で働いている労働者が着ているようなジーンズとシャツ、女性も当時のごく普通のワンピースである。

どこからかこの工場にふらりとやってきた男が、工場主の妻と、気の弱い若者を同時に誘惑する。不倫に同性愛、そして不倫相手の旦那がじゃまになったら殺して、同性愛のパートナーであった男に罪をかぶせる。ざっとこのような筋なのだが、この主演のキャラクターに、今ひとつ魅力を感じない。

あの「カルメン」の話に、「郵便配達は二度ベルを鳴らす」「ミッドナイト・エキスプレス」など、いくつかの映画の場面を継ぎ足したようで、芝居としてもそれほどおもしろいとは思えない。

ミュージカルというよりは、音楽とダンスだけのモダンバレエのようなものかもしれないが、どうも中途半端である。アドベンチャーズ・イン・モーション・ピクチャーズというこのグループはダンスには定評があるそうだが、このような見せ方をされると、ダンス自体の迫力も今ひとつで、盛り上がりに欠ける。今年の夏以降にもダンスだけのミュージカルである「フォッシー」や「Swing!」、劇団四季の「コンタクト」などの公演が予定されている。ブロードウェイでは数年前から、このようなダンスミュージカルが流行っているそうだ。しかしよほどうまく演出をしないことには、芝居としてもミュージカルとしても、ダンスとしてもぜんぶ不満足なものになりかねない。

日時:2002年4月9日(火)〜4月21日(日)
場所:Bunkamura オーチャードホール
料金:S 13,000円 A 10,000円 B 7,000円 C 4,000円


「国立劇場」のすぐ裏にある国立劇場演芸場・演芸資料展示室で、「マジック今昔」と題したイベントが開催されている。(2002年3月23日(土)〜7月21日(日))

関西に住んでいると、東京の国立劇場そのものにあまり馴染みがない。おまけに落語や漫才、奇術などが出し物になっている演芸場が「国立」と聞くと、なんとも奇妙な感じがする。国立の寄席があってもかまわないとは思うが、漫才や落語と、「国立」という言葉が、どうにもしっくりこない。文楽や能、狂言などは文化の保護という意味でわからないこともないのだが、漫才のような「旬の芸」を保護するということが私には違和感がある。

それはともかく、今回この演芸資料展示室では、普段は資料室に保管されているマジック関係の古書やポスター、道具などが数十点、特別公開されている。

ポスター
上の画像をクリックすると大きくなります。

上の絵は展示物のひとつ、明治21年(1888年)、米国の奇術師一座が来日したときの宣伝用ポスターである。古いものなのに色鮮やかで、構図もおもしろく、現代のポップアートを見ているような気さえする。これは錦絵と呼ばれるもので、多色刷りの浮世絵版画の手法で作られている。当時と今との印刷技術の違いといえばそれまでだが、ポスターを浮世絵と同じように作っていたのだから、今から思えば大変贅沢な話である。

この絵の右上に、「BLACK ART 世界無比不可思議奇術 米国ノアトン社中」という文字があり、骸骨の絵も描かれているところを見ると、「ブラックアート」の原理を使ったマジックが行われていたのかも知れない。

賽箱とサイコロ
「賽箱とサイコロ」

これ以外にも初代天勝や天一のビラ、二代目天勝が使用していた「賽箱(さいばこ)とサイコロ」などもあった。これは今でも「サッカーブロック」や「サッカーダイス」といった名前でよく演じられている。展示物自体は数十点であり、数はあまり多くはないが古い奇術に関心のある方には興味はつきないだろう。

この特別展以外に、常設の資料室がある。ここには江戸時代から明治、大正、昭和にかけての日本の奇術関係の古書やパンフレットなどが数千点保管されている。これらの基礎となっているのは、「緒方奇術文庫」「山本奇術文庫」である。

「緒方奇術文庫」は緒方洪庵の孫にあたる緒方知三郎氏(1883-1973)が収集した江戸中期から昭和初期の奇術文献、番付、ポスターからなっている。「山本奇術文庫」は、奇術だけでなく、からくりや曲芸などにも造形の深かった山本慶一氏(1928-1993)のコレクションである。文献、番付、道具は約2500冊、1790点がそろっている。

これほど充実した資料が、一箇所に集まり、誰でも無料で閲覧できるシステムになっているのだからありがたい。と言っても古書のため、本棚から抜き出し、自由に閲覧できるわけではない。備え付けの目録から読みたい本を選び、規定の用紙に記入して提出すると係員が書庫から持ってきてくれる。

コピーも取らせてもらえるが、ページ数全体の半分を超えないという条件や、コピーする箇所をひとつひとつ用紙に記入し、提出しなければならないため、多少面倒ではある。

今回、私がコピーを取りたかったのは、1枚の紙の両面に印刷された、パンフレットのような文書であったのだが、1枚とはいえ、両面では「全部」になってしまうので規定に反すると断られてしまった。片面だけならOKというので、同伴者にも書いてもらい、やっと両面をコピーすることができた。このあたりはさすがに「国立」の施設であり、いかにもお役所仕事という面はいなめない。融通がきかないのは多少不満であり、面倒と言えば面倒なのだが、なにぶん貴重なものばかりなので、管理を厳重にしないと破損したり、紛失したりするおそれがあるのでしょうがないのだろう。

緒方奇術文庫の目録は、紀伊国屋書店から『緒方奇術文庫書目解題』(7039円 1992年 ISBN4-314-10068-0)として発行されており、現在も購入可能である。現存する日本最古の奇術書といわれている『神仙戯術(しんせんげじゅつ)』(1715年)をはじめ、緒方文庫の全容を写真つきの解説で読むことができる。もしこの資料室で閲覧を希望するのであれば、事前にこれで調べておくことをおすすめする。

この目録は山本慶一氏のご尽力で整理されたようである。しかし山本奇術文庫に関しては、ご本人の山本氏がお亡くなりになってから寄贈されたため、先の目録ほど、整理、分類はされていない。収集家の方は、自分の持っている文献や解説書は、自分が生きているうちに整理しておけば、あとの者が助かると思う。そうでないと、家族に邪魔なゴミとして捨てられるのが関の山だろう。

さや絵考
上の画像をクリックするとさや絵の部分が大きくなります。

山本慶一氏は岡山の倉敷で、古くから奇術関係の古書や「だまし絵」などの収集で高名な方であった。私の手元にも、山本慶一氏の著書になる『さや絵考』と題した、和綴じの本が一冊ある。昭和50年に100部限定で発行されたものである。「さや絵」というのは、一見すると何の絵かわからないが、刀のさやに映して見ると、描かれているものが現れる絵である。一種の遊びなのだが、西洋でも円柱の金属に映すと、宗教的、政治的なメッセージが隠されたものが浮かび上がる仕掛けのものがある。先の本では、江戸時代から伝わるものに山本氏が一枚ずつ彩色した「さや絵」が十数点含まれている。

「マジック今昔」
日時:2002年3月23日(土)〜7月21日(日) 午前10時〜午後5時
休室日:7月1日(月)及び各月休館日・3月25日(月)・4月22日(月)・5月27日(月)・6月24日(月)
場所:国立劇場演芸場・演芸資料展示室(東京都千代田区隼町4番1号)
料金:入場無料
TEL:03-3265-7411

国立劇場のサイトへジャンプ。



この後、「ノーベル賞100周年記念展」を見るため、上野にある国立科学博物館へ行く。

1901年に物理学、化学、生理学・医学、文学、平和の分野で、人類に大きく貢献した人々や団体に賞が授与されるようになった。今回のサブタイトルが「創造性の文化:個人と環境」となっているように、どのようにして創造性は育まれるのかにスポットがあてられている。

わずか100年であるが、受賞した約700名の人々の業績と、そのあとの応用分野を考えると、この間に科学は途方もないほど進んでしまったことにあらためて驚いてしまう。またこのような莫大な量の変化がわずか100年の間に起きていることが信じられない。勿論、前から続く一連の研究や、それ以前の天才の出現によって発達してきた経緯があるからこそ生まれたものではあるが、「もしこの中の誰々がいなければ」と思うと、私たちの日常レベルまで、今とはがらりと変わっている可能性もある。

今回の記念展では、「創造性が開花するためにはどうすればよいのか」というのもテーマになっている。ルイ・パスツールの言葉として、「好機は、準備された環境を好む」が紹介されていた。

ある人を取り巻く環境、それは建物や人間も含めて、さまざまな刺激をうける場としての物理的な環境が必要であることは言うまでもない。しかしパスツールが言っている「準備された環境」というのは、人間の精神のことかもしれない。

国立科学博物館には、常設の展示場として、生物としての人類の進化をたどる標本も数多く展示されている。高々数千年前まで、人類は目の前にいる獣を追いかけて暮らしていた。それが、今では目には見えないミクロの世界や、巨大な宇宙の果てまでを、想像力を駆使することで追いかけ、到達してしまう。そのことを思うと、想像力のもつ潜在的なパワーのすごさに驚嘆する。それに加えて、人間というのはなんとも興味の尽きない生き物であると、こちらのほうでも感慨深いものがあった。

ノーベル愛用の鞄
ノーベル愛用の旅行鞄。
これに自分専用のナイフやフォーク、皿などを入れ、旅していた。


「ノーベル賞100周年記念展」
日時:2002年3月19日(火)〜6月9日(日)
場所:国立科学博物館(東京上野公園)
料金:一般・大学生・個人420円 団体210円 小中高生は会期中無料

某月某日

この4月にオープンしたばかりの兵庫県立美術館に行く。

兵庫県立美術館王子動物園の前にあった兵庫県立近代美術館が古くなり取り壊される。それにともない、このたびJR灘駅を南に徒歩で10分ほど下った海岸沿いHAT神戸に、建築家安藤忠雄氏の設計による新しい美術館が建設された。

神戸は1995年の阪神大震災で大きな被害を受けた。その教訓を生かし、新しい美術館は地震に強い設計になっている。阪神大震災と同レベルの地震があっても、コップに入れた水がこぼれないくらい、振動が建物に伝わらないような設計になっているそうである。

建物は地下1階、地上3階で、外から眺めただけではシンプルなのに、一歩中に入ると、迷路かと思うほど入り組んでいる。職員でさえ最初はよく迷ったそうだから、はじめて行った人は、まっすぐ目的の部屋まで行けない。案内の図を増やしたら、安藤忠雄氏は不満なのだそうだ。自分が作った必要最小限度の案内板だけでよいと言っているらしい。せいぜい迷ってもらって、いろいろなところを見てもらいたいというつもりなのかもしれない。

これまで美術館というと敷居が高かったのだが、ここは無料で入れる場所も多く、散歩がてらに気軽に入れるのがよい。たいていの美術館は常設展示か特別展のチケットを購入して、はじめて館内の施設を利用できるが、ここはレストラン、カフェ、ミュージアムショップ、美術情報センターなどは入館料を払わなくてもよい。美術情報センターは県立近代美術館が31年間にわたり蓄積してきた美術関係の資料、展覧会カタログ(図録)などの他に、数多くの図書、雑誌、AVソフトなどがある。インターネットを通じて、国内外の美術に関する情報にもアクセスできる。また映画会や無料の講習会、舞踊や音楽などのイベントも計画され、これまでの美術館の概念をうち破る、多目的な活動の場を目指しているようだ。

美術館の設備としては、美術品を修復し、良い状態で保存するための手入れをする広い修復室もある。X線写真撮影や、虫からの被害を防止する薫蒸室なども整っている。

今回、オープンを記念して「松方・大原・山村コレクションなどでたどる 美術館の夢」と題した特別展が開催されている。約120年前、初めて日本に美術館を作ろうとした人たちがいた。倉敷の大原美術館のように成功した例もあれば、失敗に終わった例もある。それぞれの時代に美術館が担った夢と希望、果たした役割などが紹介されている。 (2002年4月6日(土)〜6月23日(日)

また、一連のテーマに沿った講演会も予定されている。第1回目として、木下直之氏(東京大学助教授)による記念講演があった。

木下氏の講演の中で、「作品は美術館という建物に拘束される」という話にはとりわけ興味をそそられた。

たとえば「絵馬」という祈願用の板がある。今では20センチ程度のものを思い浮かべるが、昔は畳1枚分くらいある巨大なものまであったそうだ。このような絵馬を飾る絵馬堂は昔から社寺にはあったが、これはあくまで信仰や祈願のためであり、美術品として扱われていたわけではない。このような、宗教の儀式と結びついているものを、他の場所に移し展示してもそぐわない。これは確かにそうだと思う。ある場所と結びついてこそ、それが意味を持ち、光り輝くことがあっても、背景となる場所を変えてしまえば、そのものも浮き上がってしまう。抜け殻だけを展示しているようなものだろう。

作品は建物に拘束されるが、建物も作品によって拘束を受ける。

博物館の資料として展示するのであれば価値はあっても、美術館に展示するとなると評価は変わってしまう。同じ物でありながら、どのように見せるかで、作品の意味まで変わってしまうということは、美術館に限らず、様々な分野で起こりうることにちがいない。

兵庫県立美術館のサイト

場所:神戸市中央区脇浜海岸通り1丁目1番1号
電話:078−262−0901
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝祭日のときは翌日)
アクセス方法:JR灘駅 南へ徒歩約10分、阪神岩屋駅 南へ徒歩8分、 阪急王子公園駅 徒歩約15分)
         


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