魔法都市日記
(71

2002年10月頃


シャガール

デジタルカメラをリコーのCaplio RR30に買い換えた。これまで使っていたコニカQ-M100は、ホームページを開設して間もなく使い始めたから、丸5年も使っていたことになる。サイトの画像はすべてこのカメラで撮ってきた。5年前、買った翌日にコンクリートの上に落とし、いきなり角を欠いてしまったが、故障もなく、よく活躍してくれた。しかし単三が4本入ってるため、持ち歩くには重い。一枚撮ってから次の撮影まで4、5秒待たなければならないなど、気に入らない点も出てきた。

新しく買った機種は動画も撮れ、専用充電池を使えば1500枚も連続して撮影できる。接写にも強く、10数センチの距離からフラッシュ撮影をしても画像が白く抜けることはない。重さも前機種の半分くらいしかない。それでいて値段はQ-M100の半額である。

以前の機種と比べると何もかも格段に高性能なのだが、まだうまく使いこなせていない。前の機種は古いなりに使い込んでいたので、機械の癖も把握できていた。新しい機種ではまだ微調整がうまくできない。1、2ヶ月使い込んでいるうちに慣れてくるだろう。


某月某日

毎週水曜日の夜11時15分から、NHK総合テレビで「私はあきらめない」という番組をやっている。10月9日はMr.マリックが出演していた。

タイトルから想像すると、番組のコンセプトは、現在第一線で活躍している人の苦労話や、それを克服してきた体験談を聞くといったものなのだろう。同じNHKでやっている人気番組「プロジェクトX〜挑戦者たち」が企業を舞台にしたものであるのに対して、こちらはもう少し個人に的を絞り、日常的なことや、誰にでもありそうな苦労話に焦点をあてて作っているようだ。

Mr.マリックが「超魔術」という造語を使い、テレビに登場したのは1985年頃である。それから現在まで、ずっと順調に来たのかと思っていたが、身内からネタを暴露されたり、原因不明の顔面マヒになったりと、相当大変なときがあったそうである。そういえば1、2年間、テレビであまり見かけない時期があった。その頃なのだろう。

その後、「謎の郵便局員」や、チアガールの衣装を着せられ、バラエティに出ていたこともあった。何でMr.マリックがこのような格好をするのか理解できなかったが、このときがテレビに復帰するために、もがいていた時期なのかも知れない。

話が逸れるが、評論家の竹村健一氏にしても、今から40年くらい前、テレビに出始めた頃は占い師をやっていた。アラビア風の怪しげな衣装を着て、インチキ占いをやっていたのだから、みんな自分を売り込むためには恥も外聞もなく、必死の思いでくらいつくしかない時期があったのだろう。Mr.マリックにしても、竹村氏にしても、ここまでビッグになれば当時のことも笑い話として語れるが、絶対秘密にしておきたい時期もあったはずである。

魔音
音楽CD 「魔音」 Mr.マリック

閑話休題、冒頭の番組の中でMr.マリックは種明かし問題について言及していた。最近は少し減ったが、2、3年前から、テレビでマジックの番組があれば9割方、種明かしが含まれていた。きっかけとなったのはアメリカの覆面マジシャンことヴァレンチノである。これの影響なのか、日本ではMr.マリックが種明かしをやってしまった。日本のテレビ界は二匹目のドジョウだけでなく、百匹以上のドジョウでも生きてゆけるようで、同じような番組が他のテレビ局でも堰(せき)を切ったように始まった。

Mr.マリックは私の好きなマジシャンである。種明かしなどしなくても十分食ってゆけるはずなのに、なぜそのようなことをするのか、謎であった。Mr.マリックのところにも、種明かしをしないで欲しいというメールが数多く届いていたようである。この件に関して、Mr.マリックは番組の中で言った。

「テレビで種明かしをしたことは多くのマジシャンにお詫びしたい」

「何の言い訳もない」とも付け加えていた。

これを聞いて、私はMr.マリックを見直した。しかしその直後に言った、種明かしをした理由はいただけなかった。

手短に言えば、あるマジックを見せたとき、Mr.マリックのやっている方法と、昔からある方法が違っていても、一般の人はその差がわからない。同業のマジシャンでさえ驚くような斬新なアイディアで演じているのに、その違いがわかってもらえないことがくやしいというのが、正直なところなのだろう。

これが本当のところだと思うのだが、古くからある原理を知った上で、Mr.マリックのマジックを見ると、それでも解決できないことがわかり、一層不思議さが増すと言っていた。さらに、古いマジックに固執していると、マジック自体の進歩がないとも言っていた。

さきほどの謝罪だけでやめておき、実際に今後種明かしをしなければ、多くのマジシャンはMr.マリックを見直したはずである。しかし今のようなくだらない言い訳をすると、さきほどの謝罪がすべて水泡に帰してしまう。

マジックでは、表から見る現象は同じであっても、裏でやっている方法はまったく違うというものがいくらでもある。どのような手段を使おうが、タネを知らなければ観客は驚くものである。もし今自分の行っている方法が最新のものであり、マジシャンの間でもまだ知られていないものであったとしても、現象をそのまま見せればよいことではないのか。

昔からある方法を暴露してからでないと、自分の行っている方法の良さがわかってもらえないと思っているのであれば、それは表の芸そのものが未熟であるか、自分自身の価値を過小評価しているとしか思えない。何年か前の、テレビに復帰するためにもがいていた時期ならわからないでもないが、すっかりメジャーになった今のMr.マリックにはそのような必要はないはずである。

また古くからあるネタを暴露することで新しいネタが考案されるという説は、覆面マジシャン、ヴァレンチノも同じことを言っている。しかしマジックのネタは日々、新しく生まれ、改良されている。テレビで暴露など行わなくても改良は続けられている。特に同業のマジシャンや、マジックをやっている人間には細かい改良点であっても、すぐにわかるものである。一般の人に対して、昔からあるネタを暴露しないとマジックが進歩しないというものではない。

さらに、古くからあるマジックであったとしても、自分で考案したものでもないネタをテレビのようなメディアで暴露する権利など誰にもない。種明かしが新しいマジックを生むきっかけになるというのであれば、自分が最新の方法で演じたマジックも、すぐにその場で、そのやり方を自ら公開すればよいのではないのか。自分が実際に演じている方法は公開せず、ただ古くから行われているという理由で他人が考案したものを暴露するというのでは理屈に合わない。

Mr.マリックの芸は、種明かしなどしなくても十分観客を楽しませることができると私は思っている。純粋に不思議な現象を見せてもらいたいと願っているのは、私だけではないはずである。

先日の番組では、今の説を理解してもらうために、「透視マジック」を2種類やって見せた。最初のものは司会者の一人、長嶋一茂氏にはタネがわかるように演じ、もう一人の司会者、武内陶子さんには2種類とも種明かしはしなかった。

最初に演じたものは昔からある方法ではあったが、タネを知らない人が現象だけを見れば、今でもとびきり不思議なマジックである。二つ目は最初のタネを知った長嶋氏も知らない新しい方法で演じて見せた。

武内さんは両方とも驚いていたが、そこには何の差もなかった。古くからある方法であっても、最新の方法であっても、何が違うのかさえわからないといった様子であった。

Mr.マリックの論法によれば、最初のタネを知った長嶋氏は、後の方法を見ると一層驚くということになるのだが、現実はそうではない。あのときの長嶋氏の反応を見ても、二段目のタネはわからないが、最初のタネを知ったことで後のマジックが一層不思議で、驚きが増したとは到底思えなかった。むしろ一段目のタネを知ったことで、二段目にしてもどうせ簡単な原理でしかないのだろうという、落胆した表情しかうかがえなかった。

芸人は、裏でどれだけ難しいことをしていようが、また何かを習得するのにいかに苦労していようが、それを表に出す必要などない。裏での苦労など、観客の知ったことではない。お金を払って見に来ている観客が求めているのは、常に表の部分だけである。評価の対象は表の部分でしかあり得ない。

絵画の世界であれば、描かれた絵がすべてであり、キャンバスや筆、絵の具にどれほど高価な物を使っていようが、それはどうでもよいことである。

「俺の絵のすばらしさを知るためには、絵の具をはがしてキャンバスの生地まで見なければわからんのだ」

もしこのような主張をする画家がいるのなら、それは自分の作品がつまらないものであると自ら宣言しているようなものだろう。

NHKのサイトには先の番組専用のページもある。そこでは出演者の感想が掲載されている。Mr.マリックの言葉もあった。

「僕はタネ明かし終止宣言をします。これからは、より本物の魔法使いを目指します」

この言葉を信じたい。

余談になるが、このサイトを知ったのは放送後、ひと月ほど過ぎてからである。そのとき、上の発言は、「種明かし終止宣言」でなく、「種明かし終始宣言」となっていた。

私はこれを読んだとき、これからもずっと種明かしを続けていくという、挑戦的なセリフなのかと戸惑った。しかしよほど悪意に取らない限り、「終止」の誤変換であると思い、NHKにメールを出しておいた。さすがにNHKの対応は早く、数時間後には訂正されていた。

某月某日

11年前、大きな手術をした。その後5年間は毎年定期検診を受けていたが、ここ数年すっかりご無沙汰になっている。検査をさぼっているのは、おかげさまで普段元気に暮らしているからなのだが、調べればどこかおかしなところは見つかるものだろう。50歳をすぎれば何があっても不思議ではない。また、生死を含めて人が自分で自分をコントロールできるのはほんの一部にすぎず、大半は天の配剤しだいであると覚悟しているからということもある。毎日元気に暮らしているのなら、人間ドックに入って、わざわざ病気を見つけ出すようなことはしたくなかった。

しかし今年の夏の暑さと、仕事が増えたことが重なり、9月はかつて経験したことのないほど最悪の体調であった。おまけにこれまで一度も経験したことのない偏頭痛にまで悩まされた。これは肩が凝っていたせいかもしれない。元気なときに検査を受けて、あれこれ病気を指摘されるのは気分は悪いが、これだけ体調が悪ければ指摘されても納得がいく。覚悟もできたので、この際一度検査を受けておくことも悪くはないと思い、人間ドックが受けられる病院を探してみた。

インターネットで検索してみると、休養を兼ねて温泉旅行気分で検査が受けられるところもあったが、何泊もしている余裕はない。また、病院に泊まり込み、1、2泊で調べてもらえるところもあるが、病気でもないのに病院で寝泊まりするのは気が重い。もう少し適当なものはないかと探してみると、寝泊まりだけは一流ホテルが利用できるようになっているものもあった。食事も検査が終わった後は好きなものをオーダーしてよいらしい。値段も普通にホテルに泊まって食事をしたときと比べても、それほど高くはない。空いている日をたずねたら、ちょうど都合がよいので、ほぼこれにするつもりで決めていた。

念のためもう少し調べてみると、市がやっている健康管理センターでも人間ドック並みの検査があることがわかった。こちらはなんと3800円。一桁間違っているのかと思ったが、本当にこれでよいらしい。検査内容をチェックすると、私が調べてみたいと思っていたものはすべて含まれていて、3時間くらいで終わる。

先のホテルに泊まるにしても、うちから車で5分くらいの距離でしかない。私のことだから夜ホテルを抜け出し、本やDVD等を取りに家まで戻りそうな予感がしていた。結局、そのまま朝まで家にいて、ホテルは利用せず、ということになってしまうのだろう。それなら、3時間で終わる市の検査で十分ではないかと思い、こちらに申し込むことにした。

検査を受けたのは10月の上旬であり、このときはまだ9月からの体調の悪さを引きずっていた。検査結果は最悪の状態になると予想していたのだが、2週間後に返ってきた検査結果は、意外なくらい正常なものであった。人間の体というのは、ずいぶん丈夫にできているものだ。

ただ、ひとつだけ「要治療」となっているものがあった。血小板の数が下限の半分くらいしかない。血小板は怪我をしたときなど、血を止める働きをするのだが、こんな状態ではあぶないらしい。しかし、もし本当にそのようなレベルなら、もっといろいろと症状として出ているはずなのに、何も自覚症状はなかった。歯茎からの出血も、体に青あざもない。実際、血液の他の数値や、肝臓その他もすべて正常値なので、何かの拍子で数値が下がった、一過性のものかも知れない。いずれにしても気になるので、これだけを普段かかりつけの近所の病院で再検査をしてもらうことにした。

30年ほど前から、何かあるとお世話になっている近所の病院に行くと、院長は不在で、代わりの若い医師が検査結果を見てくれた。何で血小板の数値だけが低いのか、原因がよくわからないというので、とにかくもう一度検査をしてもらい、それでも変わらなければ専門の病院で詳しく調べてもらうつもりであった。私としては血小板の数さえわかればよかったのに、この医師は他の検査も入れたようで結果は十日後に出る。血小板の検査なら二日もあればすむのに、十日も待たされることには不満であったが、若い医師の指示にまかせておいた。

指定された日に行ってみると、院長が担当であった。院長は返ってきた検査結果の紙を何度もめくったり、裏返したりしながら、首をかしげていた。話を聞くと、先日の若い医師は何を考えているのか、血小板の検査を省いている。抗体をはじめ、それ以外の検査は盛り込んでいるが、肝心の血小板の数値はない。院長も、前回の担当医がどういうつもりで省いたのか真意をはかりかねて頭をひねっていた。それを聞いて私も一瞬ムッとしたが、院長も婦長もずいぶん恐縮しているので、再度採血をしてもらうことにした。

翌日に結果を確認しに行くと、幸いなことに血小板の数はまったく正常値であった。やはり一過性のものであったようだ。念のため、ひと月ほどして、もう一度検査をしておこうと思っている。

今回、久しぶりに2週間後に結果がわかるような検査を受けたが、まるで入学試験の合格発表を待っているような、落ち着かない日々であった。人間というのは、最も不安を感じるのは、どうなるのかわからないときである。良くも悪くも、結果が出てしまえばそれなりの対処ができるため意外なくらい落ち着いていられるが、わからない間は不安感がつのる。

仕事は相変わらず忙しいが、検査結果が予想外によかったことと、10月末になってやっと過ごしやすい気候になり、体調もすっかり戻ってくれた。

某月某日

数年前から、金属製の「知恵の輪」キャストパズルを玩具売り場や東急ハンズなどではよく見かけるようになっていた。最近これが大型書店のレジにまで積み上げてある。ちょっとしたブームになっているのだろうか。売り場によってはパズル作家として高名であり、このシリーズを監修している芦ヶ原伸之氏出演のビデオも流れている。

20数年前、高木先生のお宅にお邪魔しているとき、芦ヶ原氏にお目に掛かったことがある。ご近所にお住まいのようで、よくお見えになっていたようだ。芦ヶ原氏のIQは180を越えていると何かの本で読んだ覚えがあるが、前頭葉がよく発達し、いかにも頭がよさそうな風貌をなさっている。

市販されているキャストパズルは現在10種類以上ある。そのうち、私が持っているのは半分ほどでしかない。昔からこの種のものは苦手で、たいてい家人のほうが先にはずしてしまう。私が2週間やってもはずれなかったものを77歳の母に、わずか5分で解かれたときはさすがに気分が悪かった。

キャストパズルのひとつに「キャスト・リング」がある。これは下の画像のように、4つのリングからできている。組み立てると、完全な指輪になる。

キャスト・リング

これを知人に貸すと、1週間後にギブアップの電話があった。復元できないどころか、まだひとつもはずせないと、わけのわからないことを言っている。しかし貸したときにはすでにバラバラになっていたのに、何を言っているのか、意味がわからなかった。詳しく聞いてみると、四つのリングがまだこのあと、バラバラになり、完全に抜けると思っていたそうである。

どう考えても閉じたリングが抜けるはずがないのに、なぜそんなところで引っ掛かっていたのか、不思議で仕方がなかった。マジックでは、鉄の輪がつながったり、はずれたりする「チャイナリング」があるため、これも何とかすればはずれると思っていたそうである。

また、どんな「知恵の輪」でも1分以内にはずしてみせるという人もいた。本人は大まじめなのだが、ボディビルをやっているこの人は、握力80キロを超える力で強引にこじ開けていただけであった。これでは「知恵の輪」ではなく、ただの「馬鹿力」にすぎない。パズルひとつでも、持つ人によってこれだけ極端な差が出るのだから、予想外の楽しみ方があるのかも知れない。

私は馬蹄形のキャストパズルを、庭の扉に使おうかと思っている。これなら鍵を持ち歩く必要もなく、知っていればすぐに開け閉めができる。昨今、世の中が不用心なので、うちにもセンサーやカメラが数ヶ所に設置してあるが、あまりにも厳重な鍵をつけすぎると面倒になる。敷地の中にある物置や、内側からかけるちょっとした場所の鍵に、知恵の輪を使うのはよい考えではないだろうか。これを家人に話すと、即座に否決された。

誰かに簡単に開けられてしまうからというのがその理由かと思ったら、そうではなかった。逆に、開け方をすぐに忘れてしまう私を見ていると、1週間もしたら私一人では開けられなくなり、結局だれかが行って開けることになるので、やめてくれということであった。 そう言われたら確かにそうかもしれない。実際、以前解けていたキャストパズルも、しばらくぶりにやったら、解けなくなっているものがある。

某月某日

10月12日の土曜日、午前1時前にメールをチェックすると十数通届いていた。12時頃にも確認したから、わずか1時間たらずの間に届いたことになる。しかもすべて「コインの基本技法」と「オンラインマジック教室」への申し込みであった。

短時間に、これだけまとまった数のメールが届くからには何か理由があるにちがいない。思い当たるものとしては、さっきまで日本テレビ系列でやっていた番組、「99サイズ」くらいしかない。この番組の中で、ナイナイの岡村隆史さんが4枚のコインが一カ所に集まる「コインアセンブリ」を演じていた。

さらに30分ほどしてから再びメールをチェックすると、また10通ほど新規申し込みが届いている。「オンラインマジック教室」への申し込みは一日あたり平均4、5通、Mr.マリックが出演したテレビ番組があっても翌日は20通程度である。今回は一日で合計60通ほどの申し込みがあった。一日あたりの申し込み数としては、ここ1、2年では最も多い。これは岡村さんの人気なのか、それとも岡村さんにできるのなら、自分にもできると思ってのことなのであろうか。番組終了と同時に、インターネットで検索した人がかなりの数いたようである。

ナイナイの二人は漫才師としてスタートしたと思うが、漫才をやっているのを見た覚えはほとんどない。6、7年前、井筒監督が撮った映画、『岸和田少年愚連隊』に出演していた。このときの印象は今でも強烈に記憶に残っている。おそらく映画はこのときが初出演であったと思うが、何をやっても自然体でこなせるキャラクターが気に入り、それ以来、この二人には一目置いていた。

タレントが出演する番組でマジックがある場合、大なり小なり種明かしがついている。しかし今回は種明かしはなく、岡村さんがあるマジシャンから習ったマジックをスタジオで披露するだけに留まっていた。それもたったひとつだけである。種明かしなどしなくても、これだけ反響があるのだから、テレビでのマジック番組には種明かしなど不要である証左ではないのだろうか。

この番組は視聴率も高いのだろうとは思うが、それにしても人気タレントの影響力は大きい。岡村さんのマジックは、マニアやプロマジシャンと比べれば技術的には比較にもならないほど拙いものでしかない。しかしそれでもMr.マリックと比べても、3倍くらいの反響があるのだから、演技者の人気やキャラクターの占める要素は大きい。自分の好きなタレント、または好感の持てる人の演技であれば観客は素直に楽しめるということなのだろう。

これまでにも何度も紹介しているが、ライプチッヒがダイ・ヴァーノンに語った言葉がある。

「ダイ、もし彼らが君をひとりの人間として気に入ってくれたら、君の演じるマジックも気に入ってくれるよ」

芸は技術的な面だけでは評価はできない。演技者の人間性まで含めたトータルな魅力がどれほどあるかにかかっている。見せてもらうマジックが楽しいかそうでないかは、マジシャン自身の魅力に掛かっていることを今回の件はあらためて感じさせてくれた。

某月某日

何年か前、インターネットのために電話回線をISDNに換えた。ところがいつの間にか世間はすっかりアナログ回線に戻り、ADSLになっている。しかしこの後2、3年もすれば、今度は光ケーブルが主流になるのはわかっている。何度も換えるのは面倒なのでADSLは見送り、ISDNのまま使い続けるつもりであった。実際インターネットだけであれば何も不自由を感じていなかったのだが、Yahoo! JapanがやっているブロードバンドYahoo!BBに入ると電話が格安に利用できることを知り、そちらに興味が引かれた。

Yahoo!BBのADSLにすると、通常の電話が距離に関係なく3分7.5円で利用できる。国際電話も同額である。相手もYahoo!BBに入っていると加入者同士の通話は無料になる。

仕事柄、遠方の生徒とも毎日FAXやインターネットでもやりとりをしている。それがすべて無料、もしくは3分7.5円でできるのならありがたい。国際電話も昔と比べたら格段に安くはなっているが、3分7.5円は市内通話よりも安い。普段、直接会えない遠方の生徒には、1時間くらい電話で応対することも少なくないため、月の電話代もかなりの額になっている。ヒュージョンは3分20円で、国内であればどこにでもかけられるためずいぶん利用したが、さらにこの三分の一になるのだから利用しない手はない。しかしこれまで使っているISDNは、ダイヤルインをはじめ、いろいろな機能を付けているため、今さらこれを解約して、切り換えるのは面倒である。新規にアナログ回線を引いた方が早そうなので、もう一本引くことにした。

遠方の生徒で、ADSLに変更できそうなところには紹介しておいた。向こうもFAXの料金がタダになればありがたいにちがいない。

Yahoo!BBの加入者同士であれば電話が無料になるというと驚く人が多いが、通信の世界ではモニターの画面に現れる文字も、音声も同じことなのだろう。画面上でのチャットは無料でできるが、それと同じことを音声で行っているため、インターネットの回線を利用すればタダになるらしい。ご存じない方のために、ざっと説明をしておくと、アナログ回線であれば、月額3143円(通信速度が8Mの場合)で、インターネットは使い放題、電話も3分7.5円でどこにでも掛けられる。ただし携帯電話に掛けるときはこの料金は適応されない。NTTの基本料金は別途必要であるが、それでもうちの場合であれば電話料金は確実に数分の一になる。

現在キャンペーンをやっているので、今なら約2ヶ月間、無料で試すこともできるので、気に入らなければ解約もできる。私は約一ヶ月間使っているが問題はないようだ。声が変わるかと思ったが、それもまったく気にならない。FAXの送受信も問題なくできている。

余談になるが、今回新しい電話回線を引くためにNTTから工事に来てもらった。

以前と比べると、私の部屋は片づいているとはいえ、二つ並んでいる机のひとつは完全に物置場と化している。これをどうにかしないことには、工事のための穴を壁に空けることができない。今から山積みになっている本、ビデオ、CD、その他の諸々の小物を分類して、収納している時間はない。緊急手段として、洗濯機が入るくらいの大きい段ボール箱を持ってきて全部放り込んでいったら、机の上にあった物だけで、この大きな箱がいっぱいになってしまった。

工事が終わった後、これを元に戻すのはジグソーパズルを組み立てるより難しい。今さら机の上には積み上げられないので、新たに収納ケースを5本買ってきてそこに詰めた。しかし今度はこの収納ケースを入れる場所がないことに気がついた。すでに二部屋、マジック関係の収納ケースだけでいっぱいになっている。新たに別の部屋に持ち込めば、家庭争議になりかねない。おまけにビデオや書籍も増える一方であり、このあたりで収納について本気で考えないと笑い事では済まない時期になっている。

毎年暮れには大量のゴミと一緒に本なども捨てていた。今回、マジック関係ではないが、40巻そろって箱に入っているビデオが出てきた。これは粗大ゴミとして捨てようと思ったのだが、Yahoo!オークションなど、いくつかの売買サイトをよく利用している知人から、「出品してみれば?」と言われた。このビデオは十年ほど前に、13万円で購入したものである。すでに十分元は取れているので、捨てても惜しくはないのだが、試しに売りに出してみることにした。

私が出したところはオークションではなく、希望価格を書いておき、購入したい人が現れるまで、いつまでも出品しておけるサイトである。経費は掛からないが、売れたらそこの管理者に10%払うことになっている。値段はいくらでもよかったのだが、とりあえず半額の6万5千円にして出品してみた。後でわかったが、これは強気過ぎた。どうせ捨てるつもりにしていたのだから、1万円でもよかったのだが、この種のビデオは値段をいくら下げたところで売れるような物でもない。もし本当に欲しい人なら、半額でも飛びつくだろうと思い、この値段にしておいた。出品して半月ほどすると購入希望者からメールが届いた。学者のたまごの人のようで、希望価格で買っていただけた。

粗大ゴミが消えてくれるだけでもありがたいのに、それが6万5千円になり「棚からぼた餅」の気分であった。欲しい人がいるのなら、捨てるよりも、誰かに安くゆずってあげたほうが今の時代には合っている。

緊急に部屋を整理する必要に迫られているので、私もこれからビデオ、書籍、その他諸々の小物類やマジック関係のグッズを売りに出すかもしれない。とは言え、マジック関係は、将来的には松田さんや三田さんなど、神戸のメンバーを中心にライブラリーでも作りたいと思っているため、不要なものも含めてできるだけ残しておきたいとは思っている。なかにはだぶっている物もあるため、そのようなものから処分したい。個人で管理するには限界があるため、将来的には法人化して、管理のできる体勢にまでもっていけたらと思っている。

資料はある程度の量がまとまり、整理ができてはじめて力を発揮する。高木先生の場合、蔵書の数だけでも平積みすれば東京タワーの3倍という量であり、松田さんの蔵書量もそれに続くものだけに、記憶だけで管理できる限界はとっくに超えている。おまけに年々記憶力も衰えているため、そのうち、どうしようもなくなることは確実である。私など、同じ本を何冊も買ってしまうことは珍しいことではない。この前など、知人からある記事を見せられたとき、「へー、おもしろいことを考えている人がいるね。これは誰が書いたの?」とたずねたら、呆れたような顔をされた。「あなたです」と言われたときは、さすがに自分でも絶句してしまった。自分の書いたものでさえ忘れているのだから、もう記憶などあてにできない。痴呆一直線か?

某月某日

昨年、教え子の高校生がハリー・ポッターのシリーズを原書で読破していた。今回、私もせめて第4巻だけでも原書で読んでおこうと思い購入した。ところが9月、10月と偏頭痛でぐずぐずしている間に、日本語版が出てしまった。

Harry Potter and the Goblet of Fireこの種の本は原書であっても、文章自体は極めて平易であり、単語だけで読めてしまう。ある程度まで読み進めば、途中からは日本語と変わらないくらいの速さで読めるようになることはわかっている。マジック関係の洋書も、昔は日本語よりも早く読めていた。十数年間、マジックの洋書を読むのをさぼっていたらスピードはがた落ちになっていたが、やっとこのごろ昔と同じくらいまでの速さに戻ってきたから慣れの問題なのだろう。

偏頭痛は予期せぬトラブルであったが、それは別にして、私がファンタジー物を読むのに抵抗があるのには理由がある。1975年頃、日本では「ロールプレイングゲーム(RPG)」の概念すら知られていなかったとき、ボードゲーム、つまり紙でできたゲーム板を使って行うものが海外で売り出されていた。パソコンなどなかった時代である。

当時、松田道弘さんが購入されたボードゲームのRPGが私のところにまわってきた。「ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ "Dungeons and Dragons"」 (TSR社)という、この種のゲームのハシリになったものである。これに添付されている英文の解説書を読んだだけで、くたびれてしまった。コンピューターゲームでのRPGは今ではすっかりお馴染みになっている。しかし当時は本当にわけがわからなかった。ゲーム全体のコンセプトを理解するだけで数日かかってしまった。

これには「ゲームマスター」という直接参加しない審判員のような人が必要になる。これも最初はよくわからなかったが、しばらくして、ゲーム全体の目的は大体理解できた。次に引っ掛かったのは英単語である。海外には妖精、悪魔、怪物等がどのくらいたくさんいるのか、途方にくれてしまうほど知らない単語が次々と現れた。このようなものは適当に訳すか、そのままにしておいてもよいのだが、何かの特徴を持っているのかも知れないと思うと、気になって放っておけなかった。

怪物の名前のようなものは特殊な固有名詞であるため、辞書にもないだろうと思ったが、机の上にある研究社の「英和大辞典」を引いてみた。これが予想に反して、ほとんどすべての名前が載っていた。こんなものを全部載せている「英和大辞典」の律儀さには感銘すら受けてしまった。

ゲームデザイナーが適当に作ったものだと思っていた妖精や怪物の名前が、西洋人には昔から馴染みがあるものと、このとき初めて知った。日本の妖怪であればたいてい名前からだけでもおおよその姿は想像できる。しかし海外のものはまったくわからなかった。怪物のイメージだけでも知っていれば、戦うとき、相手がどの程度の強さなのか、おおよその予想はつく。しかし知らなければそれすら想像できない。ゲームを楽しむ以前に、このような入り口の段階で疲れてしまったのだ。

「英和大辞典」は中学1年のとき、普段使う「コンサイス」と一緒に購入してもらったものなのだが、この大きな辞書はほとんど使ったことはなかった。親はこの辞書を使って、さぞかし勉強していると思っていたかも知れないが、実際は怪物の名前しか引いていない。親が知れば嘆くことだろうが、それでも一度は役に立ったのだから、辞書としての使命は果たしてくれたと思っている。

ハリー・ポッターのシリーズも、どうせまたややこしい名前が次々に出てくるから読みにくいのだろうと思い、敬遠していた。しかし今ではこの本に特化した辞書や様々な関連本が出ているためラクである。生徒が原書で読んでいる手前、おまけに母までが日本語版を3日で読んでしまっているため、途中で挫折するわけにもゆかず、何とか最後まで読んでしまいたい。600ページを越える本を鞄に入れて持ち歩くのはうっとうしいので、数章ごとにばらしてしまえば、少しは持ち歩きがらくになるかもしれない。

某月某日

10月21日、JR神戸駅のすぐ南、デュオこうべで将棋の催し物があった。神戸出身の棋士、谷川浩司九段の王位奪還と千勝達成を記念したイベントである。

この日は午前中からアマチュアのトーナメント戦や、指導対局など様々な催し物があった。私は午後遅くから行ったため、神吉宏充六段によるクイズ大会、谷川王位と天野啓吾アマ六段の「角落ち」対局だけを見ることができた。

将棋フェスティバル
谷川王位(右)と神吉六段

天野さんはまだ医学部の5回生であるが、高校生のころから兵庫県代表として数々の大会に出場されている。今年の「全日本アマ将棋名人戦」では準優勝であり、文字どおりプロとアマのトップによる対局であった。昔はプロとアマの差が最も大きい競技は将棋と相撲であると言われていたが、近年、その差が縮まっている。現に朝日新聞が行っている大会では、アマチュアのトップ10名がプロの中に混ざって対局し、10勝10敗と、五分の成績を残している。

20年くらい前、「角落ち」の将棋はアマトップでも、プロの名人クラスとの対局ではほとんど勝てなかった。しかし最近ではトッププロでも、「角」を落としてはアマトップには勝てなくなっている。

今回の将棋も、野球で言えば7回が終わったあたりで10対ゼロくらいの大差で谷川さんがひどいことになっていた。いつ投了してもおかしくない状態であったのに、最後の最後、綱渡りするように天野さんの攻めを残し、ついに9回裏で追いつき逆転してしまった。

ある程度将棋をわかる方なら、この将棋を見られたことは幸運であると思っているにちがいない。トッププロが本気を出して勝負にこだわってきたときの恐ろしさを目の当たりにでき、感動すら覚えてしまった。


backnextindexindex 魔法都市入口魔法都市入口

k-miwa@nisiq.net:Send Mail