n-ro111 田中氏は西日本にあるゴルフ場を売却したいと思っているようです。

解説
「ようです」は s^ajnas(,) ke または s^ajnas al mi(,) ke や,s^ajne や oni diras(,) ke を使ってもよいでしょう。 s^ajnas al mi が「わたしには〜のように思われる」という自分の判断をいうのに対して,oni diras(,) ke は「といううわさだ」という世間の風説を紹介する形になります。al mi のない s^ajnas(,) ke も話し手の主観と取るのが普通です。s^ajneはここでは vers^ajne と同じように「おそらく〜だろう」という意味を表しますが,vers^ajne が「おそらく〜だろう」という意味しかないのに対して,s^ajne には s^ajne sana(見かけは健康な)というように, 「(本当はそうでないのだが)見かけは」という意味もあるので,誤解されそうな文脈では vers^ajne を使うほうがよいでしょう。s^ajni は自動詞ですから esti s^ajnata のようにはいいません。(「これから行く道程」を irota vojo といいますが,自動詞が受け身形で使われるのは,iri くらいでしょう。)
なお,古い辞書では「おそらく」に eble を当てている辞書もありますが,eble は「もしかすると」というくらいの意味ですから,「おそらく」の意味には vers^ajne か probable を使っていいましょう。
「田中氏は〜を売却したいと思っている」は s-ro Tanaka deziras vendi 〜。forvendi を使うと「売り払う」という感じが出ます。deziri は「〜したいという気持ち」に力点を置いた表現ですが,「〜したいという意志」に力点を置いた voli を使っていうこともできます。

「西日本にある」は en la okcidenta Japanio, en la okcidento de Japanio や 関係詞を使って kiu estas(trovig^as) en la okcidenta Japanio などのようにいうことができます。「西日本」は上に挙げたようにいうのがいちばんよいのでしょう。la okcidenta Japanio は無冠詞でも誤解を生じることはないので,冠詞を付けない人もいますが,前回の解説で述べたように国名は無冠詞ですが,形容詞を付けると冠詞をつけるのが普通です。en la okcidento de Japanio の okcidento は, ここでは「国の西部」という意味です。Okcidenta Japanio のように大文字にすれば無冠詞でよいという人もいますが,大文字の場合も冠詞を付けることをお勧めします。
「ゴルフ場を」は sian golfejon。la golfejon はよくありません。la を使うと聞き手(読み手)にそれと分かるゴルフ場を指すことになります。体の部分や身に着けている衣服などを指すときは,mia, via, sia などの代わりに冠詞を使うことができますが,そうでないときに la を付けていうと聞き手(読み手)を戸惑わせます。(n−ro108の解説をお読みください)。

訳例
S^ajnas al mi ke s-ro Tanaka deziras forvendi sian golfejon en la okcidento de Japanio.


n-ro112 Braunさんは別荘を5年間 Kimさんに貸すことを決めました。

解説
「Braunさんは〜することを決めました」は s-ro Braun decidis 〜-i でよいでしょう。「Braunさん」は Braun だけでなく,s-ro または s-inoを付けていいましょう。decidis 〜-i は faris la decidon 〜-i としても同じです。decidis ke li 〜-os ということもできますが,〜-os とすることに注意してください。〜-as とするのは誤りです。ここでは「〜しよう」という自分の行為について述べているのですが,他人(例えば Petro)にしてもらうときは ke Petro 〜-u の形を取ります。

比較:
Karlo decidis ke li iros tien.(= Karlo decidis iri tien.)
Karloはそこへ行くことを決めました。
Karlo decidis ke Petro iru tien.
KarloはそこへPetroに行ってもらうことに決めました。

「別荘を」は sian vilaon(villon)。この sian を la とするのはよくありません。(前回の解説をお読みください。)
「〜をKimさんに貸す」はここでは「有料で貸す」と取るのが自然ですから,luigi 〜-n al s-ro Kim。luigi al s-ro Kim 〜-n とすることもできます。luigi が pruntedoni の意味で使われることはありますが,pruntedoni が luigi の意味で使われることはありせん。Kim にも s-ro(s-ino)を付けましょう。
「5年間」は por kvin jaroj。luigi は点動詞なので dum kvin jaroj とするのはよくありません。por kvin jaroj も dum kvin jaroj も前置詞を使わずに kvin jarojn ということができるので,por か dum かに迷ったときは対格(-n)を使えばよいでしょう。

訳例
S-ro Braun decidis luigi sian vilaon al s-ro Kim por kvin jaroj.


n-ro113 「あの部屋を誰に貸しているの。」「Helenaよ。」

解説
「あの部屋を」は tiun c^ambron または la c^ambron。
「誰に貸しているの」は al kiu vi luigis または al kiu vi ludonis。日本語では「あなたは」を入れなくても分かるので入れないほうが普通ですが,エスペラントでは vi を入れて言わなければなりません。al kiu vi luigas とするのはよくありません。前回の解説の中で書いたように luigi は点動詞なので,-as ではなく -is の形を取ります。(点動詞についてはここをクリックしてください。)
luigi は「貸す」という行為を表す点動詞で,「貸している」という状態を表す線動詞ではありません。エスペラントには,ある行為を表す点動詞と,その行為の結果である状態を表す線動詞とが両方ある場合もありますが,点動詞だけあってそれに対応する線動詞がない場合もあります。「貸す」という行為を表す点動詞はあっても「貸している」という状態を表す線動詞はないのです。

参考:
かぶる:surmeti/ かぶっている:porti
借りる:pruntepreni/ 借りている:estas pruntepreninta

しかし,estas -inta の形は重い感じがするので普通は -is で代用します。
estas luiganta はよくありません。点動詞が一回きりの動作を表すときは -is, -os, -inta, -ita の形を取って,-as, -anta, -ata の形を取ることはないと覚えておいてよいでしょう。このことについて詳しくは「中級者コーナー」の「動詞の相(アスペクト)」の「アスペクトと -as」と「現在の状態を表す -is」をお読みください。

「Helenaよ」は al Helena。これは Mi luigis(ludonis) al Helena.の前半を省略した言い方で,丁寧に答えるときは省略せずに言います。
al を付けない Helena だけはよくありません。"Helena"は「Helenaが」という意味になるので,聞き手は変な感じを受けるでしょう。

参考:
Kiu sciigis vin pri tio?
だれがあなたにそのことを知らせたの。
Hanako.
ハナコ(が知らせてくれたの)よ。

al Helena は 「Helenaに(へ)」という意味を表す Helena という語の与格(dativo)で,言語によっては語尾を変化させて1語で表しますが,エスペラントでは al を付けて2語で表します。これは,例えば「どこに住んでるんだ」(Kie vi log^as?)の返事「横浜だ」は Yokohama.ではなく En Yokohama. と答えるのと同じです。

訳例
"Al kiu vi luigis la c^ambron?"
"Al Helena."


n-ro114 この本だれから借りているの? もしかしたらKarlo?

解説
「だれから」は de kiu で文頭に置きます。el kiu はよくありません。

「借りている」は estas pruntinta ですが,普通は pruntis で代用します。prunteprenis や deprunti を使うこともできますが,pruntis だけで十分です。prunti は「貸す」,「借りる」という両方の意味に使われますが,al とともに使われるときは「貸す」,de とともに使われるときは「借りる」という意味に限定されるので,意味上の混乱が生じることはありません。「〜に貸す」は "prunti al 〜",「〜から借りる」は "prunti de 〜"と覚えておけばよいでしょう。al や de とともに使わないとき,例えば Kie mi povas deprunti librojn?(本を借りられるところはどこですか)のような場合には deprunti または pruntepreni を使っています。

「もしかしたらKarlo?」は eble de Karlo? とするのが,いちばんピッタリした表現です。s^ajne はここでは vers^ajne と同じ意味に理解されますから,certe(きっと)に次ぐ大きな蓋然性を表し,日本語の「おそらく,多分」に当たる表現なので,この課題文には不適当といえるでしょう。C^u de Karlo? は「もしかすると」が抜けています。

訳例
De kiu vi pruntis c^i tiun libron? Eble de Karlo?


n-ro115 誰にお金を貸したの。きっとPetroでしょ?

解説
「誰に」は al kiu。文頭に置きます。疑問詞に前置詞が付く場合(pri kio, de kie, apud kiu, ...),常に離れることのない1組になります。英語の Who were you speaking to?(誰と話していたの)はエスペラントでは Kun kiu vi parolis? となり,Kiu vi parolis kun? という形はありません。

「お金を貸した」は vi pruntis monon。la monon と冠詞を付けるのはよくありません。mono は物質名詞なので複数形で使われることはありませんし,普通は無冠詞で使われます。「お金というものは」という意味では冠詞を付けて,例えば La mono iufoje faras la posedanton malfelic^a.(お金というものは時にはその持ち主を不幸にするものだ)のように使われることもありますが,この場合でも la mono と言わずに mono を使うことができるので,mono は無冠詞で使うと覚えておきましょう。特定のお金を指す場合は,De kiu vi pruntis tiun monon?(そのお金は誰から借りたの)などのように言います。

「きっと」は certe。sendube も使えますが,s^ajne, vers^ajne は certe, sendube がほぼ100%そうである感じであるのに対して,s^ajne, vers^ajne は80〜90%くらいの感じです。eble はもっと低くて50%くらい。(どの程度に感じるかは人によって異なるので,パーセントの数字はおおよその目安です。)

「Petroでしょ?」は al Petro, c^u ne のように言えばよいでしょう。英語では,例えば He is your friend, isn't he? / He isn't your friend, is he? のように肯定文と否定文の後では違う形で付けますが,エスペラントでは Li estas via amiko, c^u ne? / Li ne estas via amiko, c^u ne? のように,どちらにも c^u ne? を付けることができます。(Li ne estas via amiko, c^u jes? のように否定文の後には c^u jes? を付ける人もいます。)

訳例
Al kiu vi pruntis monon? Certe al Petro, c^u ne?


n-ro116 「Bertaは来るかしら」「ひょっとしたらね。でも,多分来ないわ」

解説
「Bertaは来るかしら」は C^u Berta venos? または C^u venos Berta?。Berta を文末に置くと,「ほかの人については分かっているけど,Bertaはどうかしら」というように Bertaに重点が置かれた表現になります。会話では c^uを付けないで,単に語尾を上げ調子で発音することで疑問文であることを表すこともできます。

「ひょっとしたらね」は Eble だけでもいいし,Eble jes とか Eble s^i venos といってもよいでしょう。会話では主語を省略されることもあるので,Eble venos のようにいうこともあります。このような主語の省略は普通の文では起こりませんし,会話でも,くだけた会話に限るので,場合によってはぞんざいな受け答えの感じを与えますから注意しましょう。Jes, eble といってもよいでしょう。

「でも,多分来ないわ」は完全な文では sed vers^ajne s^i ne venos のようにいうでしょうが,くだけた会話では sed vers^ajne ne のようにいうこともできます。「多分」は vers^ajne または probable を使っていえばよいでしょう。
Sed mi pensas, ke s^i vers^ajne ne venos は正しい文ですが,この課題文ののやりとりとしては重い感じになります。vers^ajne や probable の代わりに certe を使うと,「きっと(来ないわ)」という断定的な言い方になります。s^ajnas al mi は「多分」というよりも「のような気がする」という意味です。

訳例
"C^u Berta venos?" "Eble. Sed vers^ajne ne."


n-ro117「マサオは来ないの」「いや,きっと来るよ。約束したんだ」

解説
「マサオは来ないの」は C^u Masao ne venos? または C^u ne venos Masao? のようにいえばよいでしょう。Masao が文末に置かれた形は,Masao に力点が置かれています。ただし,会話ではイントネーションで強調する個所を表すことができるので,書き言葉ほど語順が重要ではないということはいえます。(同じように声を出して聞き手に伝える文でも,演説の場合はやはり語順が大切です。)
書き言葉では語順によって,日本語の「は」と「が」に相当する区別をすることができる場合があります。
参考:
Masao c^iutage venas.(マサオ毎日やって来る。)
C^iutage venas Masao.(毎日マサオやって来る。)

C^u ne Masao venos? はよくありません。ne は nur などと同じように直後の語を修飾するので,この語順では「(マサオではなく)ほかの誰かが来るの」というような感じの内容を伝えることになります。

「いや,きっと来るよ」の「いや」をどう表すかは,言語によって違うので,エスペラントにもその影響が持ち込まれて混乱をもたらすことがあります。Jes と答えるべきか Ne と答えるべきか,という問題ですが,結論からいうとどちらが正しいとはいえないのです。ただし,Jes とか Ne だけでは聞き手に誤解されるおそれがあるので,必ず certe li venos などを付けて言わなければなりません。この課題文では「きっと来るよ」が入っていますが,テンポの速いの会話では Jes や Ne だけで答える場合があります。質問が肯定形のときは問題ありませんが,この課題文のように否定疑問文のときは注意することが必要で, 誤解を避けるために必ず li venos とか li ne venos を付けて答えるようにしましょう。
certe と nepre の区別が分からないという質問が寄せられましたので,その違いを説明しておきましょう。certe は確実性が極めて高い(話し手の意識では100%)ことを表します。sendube と言い換えることもできます。nepre には確実性という意識よりも, 不可避,義務という感じをを伴います。malgrau~ c^io で言い換えることもできます。certe も nepre も「必ず,きっと」という訳語を当てることができますが,例えば Nepre c^esu fumi(きっと禁煙しなさいよ) や Vi devas nepre veni(あなたは必ず来なければなりません) という文では nepre のほうが自然に感じられますし,逆に Li venis certe por vidi vin(彼はきっとあなたに会いに来たのですよ)や Certe neniu tion scias(きっと誰も知らないよ)では certe のほうが自然な感じになります。
「約束したんだ」は,きちんといえば li promesis tion al mi または li faris promeson al mi のようになるでしょうが,一部を省略して li promesis al mi あるいは,もっと簡単に li promesis だけでも十分通じるでしょう。日本語では主語が明示されていませんが,ここでは話し手が彼に約束したのではなく,彼が話し手に約束したと取るのが自然ですから,mi faris promeson al li とするのはよくありません。

訳例
"C^u Masao ne venos?" "Jes, li certe venos. Li promesis tion al mi."


n-ro118 Elizaは部屋の掃除を始める前に,窓を全部開けました。

解説
「Elizaは部屋の掃除を始める前に」は,文頭に置く形を取れば Antau~ ol Eliza komencis purigi sian c^ambron のようにいうのが普通です。「Elizaは窓を全部開けました,部屋の掃除を始める前に」という構文にすれば,Eliza を s^i に変えて antau~ ol s^i komencis purigi sian c^ambron となりますが,主節と従属節の主語が同じなので,従属節の主語(s^i)を省略し動詞(komencis)を不定形(-i)にして antau~ ol komenci purigi sian c^ambron とすることができます。c^ambron には sian を付けましょう。複数の部屋であれば siajn c^ambrojn となります。何も付けない c^ambron は「誰かの部屋を,どこかの部屋を」という意味で,実際には使われない不自然な表現になります。la c^ambron も不自然な冠詞の用法で,聞き手にどの部屋を指しているのか分かる状況であればよいのですが,この文だけを読めば(聞けば)この冠詞は読み手(聞き手)をいらいらさせるでしょう。前にも書いたことがありますが,sia と la の用法を混同しないように注意しましょう。
antau~ s^i komencis purigi ... は antau~ ol s^i komencis purigi としなければなりません。antau~ は前置詞なので,主語+動詞(s^i komencis ...)の前に置くことができません。(英語の before は前置詞の働きのほかに,接続詞としての働きもあるので,「主語+動詞」の前に置くこともできます。) antau~ は不定形(-i)の動詞の前に置くことができないので,antau~ komenci ... とするのは誤りです。「掃除する」を「掃く」という狭い意味に取れば, balai を使っていうこともできます。
「窓を全部開けました」は「すべての窓を開けました」という意味に取れば, malfermis c^iujn fenestrojn となります。部屋に窓がひとつしかなく,「その窓を全開した」と取れば,plene malfermis la fenestron となります。部屋の話をしているときに la fenestron といえば,その部屋にひとつある窓を指します。「全部」に tuta を使うのはここではよくありません。tuta は la tuta Japanio(日本全国), la tuta mondo(全世界)などのように,「la tuta +単数名詞」の形でその全体を示したり,resti dum tri tutaj tagoj(まる3日滞在する)のように使われます。どちらも tuta のあとの名詞はひとつの固まりを表すので,tutajn fenestrojn のように使われることはありません。

訳例
Antau~ ol Eliza komencis purigi sian c^ambron, s^i malfermis c^iujn fenestrojn.


n-ro119 その集会にはその学校の全部の生徒が参加しました。

解説
「その集会には」en la kunveno とするのがよいでしょう。kunsido を使った訳もいくつか寄せられましたが,kunsido は「会議」の意味に使うのがよく「集会,会合」の意味には kunveno を使いましょう。
比較:
kunsido:あることについて討議するための正式の会合。会則や規約などで決められている会議
kunsido de la Konstanta Kongresa Komitato(大会常設委員会の会議)

kunveno:何かの目的のための集まり。会則や規約などによらない会合,集会
kunveno de pacifistoj(平和集会)

「その学校の全部の生徒」は c^iuj lernantoj de la lernejo または la tuta lernantaro de la lernejo。tuta lernanto は誤りです。この la lernejo は tiu lernejo と言いかえることはできますが,sia lernejo のようにいうことはできません。
「(〜に)参加しました」は partoprenis (en 〜) というのが普通です。「その集会に」を強調するために,en la kunveno は文頭に置くことはできますが,En la kunveno,c^iuj lernantoj ... のように En la kunveno の後にコンマを入れるのは一般的ではありません。このような副詞句の場合コンマは付けないのが普通です。ORIGINALA VERKARO から Zamenhofの用例を挙げておきましょう。
En la pasinta jaro en la artikolo "S^ang^otaj^oj" mi analizis la c^efajn s^ang^ojn ...
文頭から "S^ang^otaj^oj" までが副詞句ですが,コンマなしで続いていますね。
partopreni en の後は -n の付かない形を置きます。
alig^i は anig^i(加入する)と同じ意味で alig^i al Esperantista grupo(エスペランチストのグループに入る)というように使われる語ですから,ここでは不適当です。

時や所を表す副詞句が文頭に置かれると,それに続く文は「動詞+主語」の語順が好まれます。

訳例
En la kunveno partoprenis c^iuj lernantoj de la lernejo.
En la kunveno partoprenis la tuta lernantaro de la lernejo.


n-ro120 パリで開かれたその集会には,多くの平和主義者が参加しました。

解説
「パリで開かれたその集会には」は en la kunveno okazigita en Parizo, en la kunveno okazinta en Parizo, en la kunveno kiu okazis en Parizo, en la kunveno kiu estis okazigita en Parizo などのようにいえばよいでしょう。en la kunveno havis lokon en Parizo は誤りで,en la kunveno kiu havis lokon en Parizo としなければなりません。en la kunveno, ke okazis en Parizo も誤りです。ke は接続詞で la penso ke li povas perfidi min(彼がわたしを裏切るかもしれないという考え)のように ke の後には必ず「主語+動詞」の形が続きます。母語の影響などで ke 前にコンマを付ける人と付けない人がいます。どちらでも構いません。
「多くの平和主義者が」は multaj pacifistoj または multe da pacifistoj。pacifistoj は pacistoj としても同じです。pacifisto(pacisto) は adepto de pacifismo(politika doktrino kaj movado celanta forigi c^iajn militojn)という意味です。「多くの,多数の」という場合,multaj がどんな場合にも使えるのに対して,multe da は「同じとき,同じ場所で」という意味を含むのが普通です。この使い分けに迷ったときは multaj を使ったほうがよいでしょう。

比較:
Multaj valoraj libroj estis perditaj en brulegoj dum la milito.(その戦争中に多くの貴重な本が焼失しました。)
Multe da valoraj libroj estis perditaj en la brulego de la biblioteko.(その図書館の火事で多くの貴重な本が焼失しました。)

訳例
En la kunveno, kiu okazis en Parizo, partoprenis multaj pacifistoj.
En la kunveno okazigita en Parizo partoprenis multaj pacifistoj.