一.マルタ星攻防戦


 宇宙の深淵の中、散りばめられた星々に混じって人工的な光点の群が規則的な隊列を作って流れている。一つ一つの光点を現しているその無機物の塊は、卑小な人間が取り付けた破壊と殺戮の為の道具という最も愚かな意味を有していた。銀河ローマ帝国クラウディウス王朝とカルタゴ宇宙連邦の戦いは宇宙歴前218年、連邦軍ハミルカル艦隊と帝国軍ルタティウス・カトゥルスの戦闘による第二次ポエニ戦争として幕を開けた。長い伝統と国民の団結力とを持つ帝国、高い経済力と優秀な軍司令官とを持つ連邦はそれぞれが仇敵をせん滅するという最も愚かな目的の為に兵を起こしていた。


† † †


 帝国軍はカトゥルスを司令官に、カルタゴ侵攻の橋頭堡を確保するとして、マルタ星を獲得する為に約30000隻の艦艇を動員して進発させた。対する連邦軍は名将ハミルカルを迎撃に出し、同数の兵力でその正面から向かい合う。艦艇の群が宙域を埋め、双方の距離が縮まっていくにつれて将兵の緊張も増大していく事になり、帝国軍の各艦艇の間では戦闘を目前に緊密な通信が交わされていた。パターン化された艦隊配置図が立体映像として通信画面上に浮き上がり、両軍の状況を説明する。

「…敵は我が軍の正面に位置し、横に長く展開しております。これは恐らく我が軍の前進に対応しつつ一翼を側背に廻し、半包囲体勢を図るものと思われます」
「成る程。で、貴官の意見は?」
「このまま前進するのは敵の思惑に乗る事にもなり危険を伴いますが、敵が横に展開したという事は層が薄くなったという事でもあります。そこで一隊を敵包囲の抑えに向け、敢えて正面突破を図るが良いと小官は考えます」

 マクシリア・アイルリッツが部隊指揮官として選ばれたのは、彼女が女性の故ではなく攻勢に強い司令官ルタティウス・カトゥルスに対してそのねばり強さと守勢に優れた能力とが買われての事であったろう。自ら後衛の任務につき、迂回を図る相手に対応する事を志願すると通信を切り急ぎ隊列変更の準備にかかる。憎き敵は既に至近の位置にあり、先程まで通信スクリーンの向こうにいた司令官カトゥルスの旗鑑の艦橋では、オペレータが緊張した声を響かせていた。

「司令官閣下。敵艦隊捕捉、まもなく有効射程距離に入ります」
「由、全軍前進…砲撃はぎりぎりまで待てよ」

 司令官の声に兵士が砲塔のスイッチに指を乗せ、息を殺してオペレータの報告と司令官の命令とを待つ。

「相対距離62…61…60を切りました!」
「撃て!」

 命令一下、複数の戦艦から複数の熱線が同時に放たれると、数秒の時をかけて宇宙の深淵を横切り連邦軍艦隊前面に吸い込まれる。そして一瞬の差も無く、連邦軍から放たれた熱線も帝国軍艦隊に到達し双方の陣営を殺戮と破壊の象徴である光と熱とで満たしていた。無音の宇宙空間が様々な色彩の光で彩られるが、その中では死ぬ事と殺す事とを義務とする兵士達が血と絶叫とをまき散らしているのだ。
 カトゥルスは凸形陣のまま軍の右翼にあって正面の敵に突撃、ハミルカルの左翼部隊は充分に体勢を整えてからこれを迎撃、そして横列に広げた連邦艦隊は一度に使える火力の量に勝る点を活かして強力な先制の一撃を与える。だがカトゥルスも初撃の混乱を直ぐに回復させると反撃の刃を振りかざした。帝国軍から中性子ビーム砲が熱線の槍となって襲い掛かり、主砲の連続斉射でハミルカルの薄い陣容に埋めがたい穴を空ける。抵抗力の弱まった敵の懐に飛び込んで零距離射撃で掃滅、この宙域に於ける勝負を僅か数時間で決定した。

(脆いな…)

 名将ハミルカルの軍がこれほど脆いものだろうか。圧倒的勝利に沸き立つ艦橋でカトゥルスは不安の影が心を過ぎるのを感じていた。敵の本隊は或いは正面に無いのではないか、との危惧に思い至った時通信兵から連絡が入り、味方の左翼、後衛が大苦戦中である旨が伝えられた。


*カトゥルス本隊艦艇数    8000/10000
*ハミルカル左翼部隊艦艇数  0950/10000


 カトゥルスの本隊に並び、帝国軍左翼部隊を指揮していたマルテリウスは改革派に所属する青年将校であり、その用兵は慎重さと大胆さとを合わせ持っていると言われていた。司令官の策に乗り、快速の艦艇を駆使して敵に突撃をかけたが、薄いと思われた敵の横隊が老練な艦隊運動で自らの被害を拡散し、こちらを誘い込んでいる事に気づいた。無論、その目的は自軍の被害を抑えつつ、総反撃の為の力を蓄える事にある。

(…不味いな、こちらが敵の本隊か!)

 一瞬の動揺、そこに連邦軍からの主砲斉射が襲い掛かる。混乱する味方を立て直すが機先を制された不利は大きく、完全な守勢に回ったマルテリウスは老将ハミルカルに翻弄され、辛うじて被害を最小限に食い止める事で精一杯となった。攻撃主体の快速艦を全面に出していた事も仇となり、防御の弱い部分を各所で寸断されては各個に狙い打ちされる有り様となり、この状態で味方の援軍を待ち続け、艦隊の崩壊を防いだ事実が寧ろ非凡なものとさえ言えただろう。


†マルテリウス艦隊艦艇数   2750/10000
†ハミルカル本隊艦艇数    8500/10000


 ハミルカルが部隊を横列に展開し、別働隊を以て帝国軍の側背を半包囲しようと図った事はマクシリアの予測した通りであった。だがハミルカルがカトゥルスの正面に対する左翼部隊を囮とし、本隊主力を中央と右翼別働隊に振り分けた事はマクシリアの予想の外であった。

「敵、来ます!」
「迎撃せよ。主砲、斉射三連!」

 マクシリアの命令で、迎撃の為の中性子ビーム砲が放たれる。数時間で相手に大きな損害を与えるが、それでも強引な突破を図ってきた連邦軍の応射の激烈さもまた彼女の想像を越える大きなものであった。如何に優秀な指揮官でも距離が詰まり、混戦になればその指揮が充分に行き届くとは限らない。反対に経験に勝る歴戦のハミルカル軍は混乱の中でも圧倒的な攻撃力を振るい、戦況を逆転してしまった。側面、後方を破られた事で帝国軍の艦列は崩壊し、カトゥルスは歯噛みしつつ味方を引き連れて後退する。一方の連邦軍もその損害は決して小さな物ではなく、敢えてマルタ星の確保には拘らずに周辺宙域に偵察用衛星だけを残すと軍を撤退させた。


†マクシリア艦隊艦艇数    2000/10000
†ハミルカル右翼別働隊艦艇数 7900/10000

‡帝国軍艦艇数 12750/30000 損害率57.5%
‡連邦軍艦艇数 17350/30000 損害率42.1%


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