二.マルセーユ会戦
ハミルカルの長子として生まれたハンニバルはこの年、若干26歳の若武者ながら軍歴は18年にも及ぶ。もっとも幼い頃はただ父に連れられて戦場を往来していた故であるが、単独作戦を行うようになってからもその才が優れたものである事は直ぐに幾つかの実績によって証明される事となった。そのハンニバルは一軍を指揮し、バルセロナ星系から恒星マルセーユを抜けて一路恒星ジェノバへと向かう。そこは既に銀河ローマ帝国領の辺境であり、ハンニバルはその後方から敵国の首都を突くつもりであった。無論、帝国はこれを絶対に阻止しなければならず将軍スキピオが迎撃の任を受けて艦隊を繰り出した。長駆してきた遠征軍をその疲労のピークで撃退するのであり、積極的な用兵で無謀且つ大胆な敵軍を打ち倒すつもりであった。
「全軍前進、主砲発射…撃て!」
スキピオの命令により戦端が開かれた時、既にマルタ星の攻防戦は終結に近づいていたがその戦況は無論この場にはまだ届いてはいない。友軍の勝利を信じ、目の前の戦闘に専念するのが武人の勤めであった。
重厚な横列前進で敵を圧倒するのは伝統ある銀河ローマ帝国の戦法である。一方、若いハンニバルは柔軟な防御体勢からの包囲せん滅戦術を得意としており、自軍が有利な地形と体勢とに敵軍を誘い込むそのやりくちが悪魔的と称される事さえあった。だが、敵の小細工を力で圧倒して突き破る事もまた帝国軍の伝統的な戦法であり、スキピオもまたそれだけの武勇を有していたのである。
突進する帝国軍にハンニバル艦隊からの主砲が撃ち放たれ、重厚な布陣の各所に穴が空く。一瞬の混乱を抑えるとスキピオ艦隊からも報復の炎が吐き出され、ハンニバル軍に突き刺さり連邦軍からの応射、帝国軍からの応射と攻防が続いた。敵の戦意の高さに圧倒されたハンニバル軍にやや動揺が走り、スキピオは軍を前進させるが連邦軍も充分な秩序を保ち、戦況はやや膠着したかに見える。
帝国軍の後衛を守っていたアエミリアヌス・コルネリウスは下級貴族出身ながら戦場で長い活躍を続けてきた老練の武人であり、スキピオの信頼も厚い。膠着した戦線に軍の再編を図っていた所で、機先を制して戦場を大きく迂回していた連邦軍の別働隊、クローデット・コルベールの艦隊が襲い掛かってきた。
「ぬぅ、早い!」
帝国軍の後背に回り込み、密集陣形での突撃をかけてきたクローデットは元はカルタゴ連邦の商人の家の出自であり、会計士として優れたその頭脳は緻密な計算と効率的な戦力の分析とを得意としていた。必ずしも高速移動に適していない密集陣形で、これだけ早期に戦場に到達し得た所以はハンニバルの判断の早さとクローデット自身の運用の早さ、その双方によるものだろう。
「撃て」
号令一下、先制の一撃がアエミリアヌス艦隊の側面に火と熱の巨大な塊を生み出す。本来迎撃に適した凹形陣とはいえ側面を突かれればその効果は薄く、更に続けて二度の砲撃によってアエミリアヌスの左翼部隊は深刻な被害を受ける。それでも体勢を立て直した帝国軍はようやく応射、連邦艦隊の出足を止めると双方が距離を取っての砲戦に終始、互いに移動に適さない陣形故の膠着となり、相手の老練さに根負けしたクローデットが陣形を乱しかけるが直ぐに回復、戦況は次第に出血戦の様相を呈してきた。だが左翼部隊への最初の一撃が堪え、戦闘続行の不利を悟ったアエミリアヌスは後退を指示、不本意な撤退を余儀なくされる。
†アエミリアヌス艦隊艦艇数 5400/10000
†クローデット艦隊艦艇数 6600/10000
そして前線では一時期混乱したハンニバル本隊も直ぐに指揮系統を回復、互いに戦力を削り合う形で砲戦が続く。スキピオにしてみれば遠征軍のハンニバルを相手に負けさえしなければ敵は撤退するしかなく、戦略目的は達成される事になるのだが、戦闘の最中にある将兵の戦意を抑えるのは容易な事では無かった。
「後方、アエミリアヌス艦隊に向けて敵襲!」
「何…!」
後方の戦況の変化、その報告によって虚を突かれた帝国軍は急激に隊列を崩す。混乱した敵に向けて、絶妙のタイミングでハンニバル艦隊の集中砲火が突き刺さり、それまで膠着していた戦況がこの一撃で確定した。困難な退却戦でも秩序を保ち続けたスキピオとアエミリアヌスの功によって帝国軍の犠牲は最小限で済んだものの、連邦軍が戦力の補充を図り再度侵攻を試みるであろう事は疑いようもなかったのである。
†スキピオ艦隊艦艇数 4500/10000
†ハンニバル艦隊艦艇数 6600/10000
‡帝国軍艦艇数 09900/20000 損害率50.5%
‡連邦軍艦艇数 13200/20000 損害率34.0%
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