四.ジェノバ攻略


「アッピア航路の一端であるジェノバを敵の手に委ねる訳には行かぬ。我が軍はここで連邦の攻勢を食い止め、もって執政閣下の知遇に応えねばならぬのだ」

 スキピオの演説が艦内に響きわたる。前衛左翼にマクシリア・アイルリッツ、中央にアエミリアヌス・コルネリウス。右翼にクルツ・メラニウスを配備して全体としては斜線陣を形成し、時差を付けての迎撃を試みる構えとなっている。

「敵を充分に引きつけ、その攻勢が限界点に達した時を狙って総反撃を図れば撃退は充分に可能でしょう。ジェノバさえ保持できれば敵の補給が限界を迎えるのも近い筈、遠征に疲労する敵を追撃する事で撃滅できるでしょう」

 前回はマルタ星攻防戦で雷将ハミルカルの突破戦術に遅れを取ったマクシリアも、再び迎撃戦の指揮を取る。対する帝国軍は天才ハンニバルを中央に、左翼は先の会戦で活躍したクローデット・コルベール、右翼に軍政畑から転出してきた新任の武将、ヘクトールを任命した。

「先の会戦に続く貴官の勇戦に期待する。祖国の無念を晴らす為に粉骨砕身せよ」
「はっ…」

 ハンニバルの言葉に、外見こそ冴えない中年男にしか見えないクローデットが敬礼する。総司令官に比べれば必ずしも愛国心溢れる、とは言えない彼だがもともと商人の出自であり、かつて第一次ポエニ戦争でローマ帝国からの賠償金によって苦労した記憶はそう消えるものではない。同じく左翼を希望していたヘクトールは右翼側に配備される。

 銀河ローマ帝国の外交拠点ともなっている惑星ジェノバ、その星域外縁で敵を撃滅すべく迎撃体勢を敷く帝国軍に対し、ハンニバル艦隊は堂々と正面から接近する。重厚な布陣で前進する連邦軍の艦列が層を為して連なり、左翼側で待ちかまえるマクシリアの背筋に悪寒にも似た戦慄が走った。それが怯懦の故ではなく、高揚の故であると自分に言い聞かせる。レーダーに移る光点が迫り来るに従い、オペレータの声だけが艦内に響きわたる。

「相対距離、65万キロ…64万キロ…」
「砲戦用意、敵の攻勢に合わせて応射しつつ後退します」

 マクシリアの右手が振り上げられる。中央のアエミリアヌス、右翼のクルツも同じ体勢を取っている筈だった。次の瞬間、オペレータの声が一変する。

「63万…敵軍の後方に変動!後衛が左右に展開して、両翼を形成しています!」
「左右から迂回して包囲するだと…莫迦な!」

 中央のハンニバル隊が一定時間、正面で三対一での砲撃に持ちこたえる間に両翼が敵の側背に回り込んで三方から攻撃する。危険だがダイナミックな用兵で、成功すれば帝国軍は完全な包囲下に置かれる事になる。
 その危険をいち早く察したのはハンニバル隊の正面にいるアエミリアヌスであった。早期に正面の敵を粉砕すれば逆に分断した相手を各個撃破する好機となる。老練の武人らしい迅速な対応であったが、それこそがハンニバルの狙いであった。

「全軍前進…撃て!」
「迎撃せよ!」

 戦場におけるハンニバルの真価は迎撃からの両翼展開、包囲せん滅である。その意図を敢えて見せびらかせる事で本来迎撃戦を行う筈だった帝国軍を引きずり出し、逆にこちらが迎撃戦を行う、そうせざるを得ない状況を作り上げる事がハンニバルの策だった。


† † †


 両軍が正面から激突、帝国軍の艦列から中性子ビーム砲が熱線の束を吐き出し、連邦艦隊に突き刺さる。連邦軍からの応射もほぼ同時に発射、双方の陣営を死と破壊の光が満たした。瞬間的にエネルギー密度が高くなった宙域ではエネルギー・サイクロンが生じて艦隊が揺動し、むしろ突進の勢いを得ていたアエミリアヌス艦隊は持ちこたえたがハンニバル艦隊は陣形を歪める。一気に敵中央を撃つべく続けて主砲斉射、更に前進しつつ砲撃するがエネルギーの乱流は熱線が直進するのを妨げ、拡散して被害を最小に抑えられてしまう。その間に体勢を立て直した連邦軍が砲撃を集中、凹形陣の特性を活かして反撃。今度はアエミリアヌスが部隊を混乱させる。
 中央部の開戦を目の当たりにし、左翼マクシリアの心に一瞬迷いが生じた。前進して敵中央を撃つべきか、右翼迂回部隊に対応するべきか。

「敵、来ます!凸形陣で10時方向より突撃!」
「早いっ…やむを得ない、迎撃!」

 ヘクトールの右翼部隊が突進、マクシリアの機先を制して左方向より突撃をかける。第一射が部隊前衛に火の花を咲かせるが、混乱する陣形を直ぐに回復させると左翼側に突進をかけてきた敵の左側面に回り込むようにして部隊を展開した。

「全艦一斉射撃、後、艦載機を発進」
「…しまった!」

 突撃攻勢を逆手に取られたヘクトールはいなされると側面に近距離での砲撃を受ける。被害は決して大きくはなかったが、混乱している最中に小型の艦載機を発進されたのが誤算だった。

「敵艦載機、ケントゥリア多数来ます!」
「こちらも艦載機を出せ、ドッグファイトだ」

 長距離航行能力や高い火力は持っていないが、機動性に富む艦載機は近接格闘戦において絶大な効果を発揮する。帝国軍のそれはケントゥリア、連邦軍ではタニットと呼ばれていた。
 X字翼のケントゥリアが周辺を飛び回ると、的確な射撃で連邦軍戦艦を撃沈する。ヘクトール部隊は艦載機を出撃させるが機先を制され、発艦する所を狙撃されると火球と化して四散していた。それでも直ぐに体勢を立て直し、格闘戦に突入するがやはり不利は免れない。

「味方の艦載機は苦戦中。敵に制宙権を確保されつつあります」
「艦載機を後退させろ…近接射撃に切り替えて防御に専念する」

 味方の援護を信じ、戦法を防御主体に切り替えるヘクトール。この上被害を最小限に抑える義務が指揮官には存在する。執拗なマクシリアの攻勢に耐え、部隊を後退させる手腕は平凡なものではなかった。


†マクシリア艦隊艦艇数   7200/10000
†ヘクトール艦隊艦艇数   5550/10000


 連邦軍の攻勢を辛うじて抑えた左翼部隊に比べ、右翼クルツ部隊は大苦戦の最中にあった。速攻で帝国軍の側面を取ったクローデットは、反応の遅れた敵に集中砲火を撃ち込む。

「よーし、撃て」

 計算された熱線の軌跡が一点に集中して帝国軍の側面を穿つ。クルツは混乱する部隊に懸命に指示を送るが敵の猛攻は尋常なものではない。それでも頑強に指揮系統を保ち、反撃して相手の艦列に負荷を与える。突進の勢いが強い程、一度それを止められれば脆くなる筈だった。

「砲撃!」

 一斉射撃による反撃、だが直撃する寸前で陣形を再編した連邦軍は装甲の厚い艦で被害を最小限に食い止める。この当たり、計算しながらの艦隊運用はもと商人の面目躍如といった所かもしれない。
 先制を受けながら陣形を回復させた帝国軍に対しクローデットも慎重策に出たのか、双方が遠距離砲で撃ち合うが艦艇の絶対数と火力の差を活かしてこれを制したクローデットが再び攻勢に転じる。

「今だ。全艦再度突進する」

 遠距離砲撃で空いた空隙に艦列をおどり込ませるクローデット。一気に崩れかける陣営を支え、味方を叱咤するクルツだが辛うじて反撃しつつ、部隊を後退させるのが精一杯だった。


†クルツ艦隊艦艇数      3550/10000
†クローデット艦隊艦艇数   8700/10000


 左翼マクシリアは抑えられ、右翼クルツは敗退。ハンニバルの策は完全に成功した。三方からの包囲こそ逃れたものの、クローデットの部隊がそのまま突進し、前進して敵と対峙していたアエミリアヌス艦隊の後背から襲い掛かる。

「4時方向より敵襲!挟撃されます!」
「ぬぅ…中央、左翼は8時方向に後退させつつ敵右翼に砲撃。右翼は6時方向に後退!」

「そ、それでは右翼にかかる負担が大きくなりすぎます!」
「承知の上だ。後退後敵右翼に一斉砲撃を行い…その隙に撤退する」

 全軍の崩壊を防ぎ、味方の被害を最小に留める為には苦渋に満ちた選択を迫られる事も多い。アエミリアヌスの指令は残酷なものではあったが、全軍壊走するか右翼のみ壊滅するかを選ぶのであれば指揮官に一切の迷いは無かった。

「撃てぇー!」

 全軍の砲火を集中して敵陣の一角に叩き込む。連邦軍は小揺るぎもしないが反撃の応射を食い止める事自体には成功し、アエミリアヌスは後退に成功する。一瞬後、その反動は彼の右翼部隊であった艦列に集中し複数の熱線の前後から貫かれた味方たちは業火の中に消滅していった。

「全軍撤退!敵の追撃に構うな、とにかく逃げろ!」

 困難な退却戦の中で司令官のスキピオが重傷を負うがその息子に辛うじて救出され、どうにか帝国軍は艦列を維持して撤退に成功した。連邦軍も深追いをする事は無く、惑星ジェノバ攻略戦に移ると高い防衛機能を持たない交易都市を速やかに占領する。補給の橋頭堡を必要とする連邦軍の進駐は可能な限り穏健に行われたが、不満と反抗の火種自体は決して消え去る事はないであろう。クローデットが前職の経歴を活かしてジェノバの統制に当たり、ハンニバルはヘクトールに命じてローマ出兵への準備を進める。

 一方で事の重大さを知らされた帝国首脳部はスキピオを更迭し、大将ガイウス・フラミニウスを選出、またシチリア周辺を確保してカルタゴ主星に攻勢をかけるべく、カトゥルスも陣容を再編しつつあった。


†アエミリアヌス艦隊艦艇数   2450/10000
†ハンニバル艦隊艦艇数     7800/10000

‡帝国軍艦艇数 13200/30000 損害率56.0%
‡連邦軍艦艇数 22050/30000 損害率26.5%


五.第三次シチリア会戦を見る
地中海英雄伝説の最初に戻る