五.第三次シチリア会戦


 天才ハンニバル。その圧倒的な力の前に銀河ローマ帝国艦隊はマルセーユ、ジェノバを続けて明け渡し、今またフィレンツェ星系も陥落の危機にあった。宰相アッピウス・クラウディウスの構築したアッピウス星間航路はその一端を帝国の主星ローマから一端はマルセーユまで続き、そしてフィレンツェは星系はローマを臨む最も近い星系である。ここが陥落すればローマは敵軍の脅威に直接さらされる事となり、帝国の威信に賭けてそれは阻止されねばならない。
 先の敗戦で負傷、更迭された将軍スキピオに代わって帝国宇宙艦隊は新たな司令官に大将ガイウス・フラミニウスを選出、また一方のローマとカルタゴを結ぶシチリア星系側でも宿将ルタティウス・カトゥルスが再々侵攻を開始、圧倒的に不利な状況を挽回すべく図っている。

 カルタゴ宇宙連邦の艦隊はいよいよローマに迫りつつあった。


† † †


 旗艦テーヴェレの艦橋で会議が行われる。歴戦の闘艦であるこの艦が建造され、戦場に赴くようになってより数百度も行われてきたであろう会議は銀河ローマ帝国軍司令官ルタティウス・カトゥルスの意思を全艦隊全兵士に浸透させる為のものであり、そのカトゥルスに幕僚達が提案を行う為のものである。

「左翼小官の隊が二番手に控えます。敵が撃って出た所を時差を付けて迎撃、引き付けている間に第一陣がその側方に廻る。このような策は如何でしょうか、閣下」
「斜線陣を敷いて敵の攻勢に対抗するか…宜しい、貴官の策を採用しよう」

 マルテリウスの策により横隊に並んだカトゥルスの艦隊は戦場を目指して前進する。既に敵軍、カルタゴ宇宙連邦艦隊の雷将ハミルカル・バルカスの所在は確認されており、偵察艦より解析された情報によってその推定位置も確認されている。両軍の距離が縮まり第一級戦闘態勢が発令、スペース・スーツの中で肉体と精神とを緊張させている兵士達の姿が艦内に増えていった。

(今回こそ…)

 マルテリウスがそう考えた時、艦橋のレーダーに光点が映り始めた。正面に対峙するカルタゴ連邦軍は相変わらず重厚な布陣を見せており、敵将ハミルカル・バルカスの歳月と経験とを窺わせるものであった。歴戦の敵将を相手に必要なものは単純な勇気や知謀ではなく、ミスを犯さない為の胆力だったろう。既にカトゥルスの本隊は突出前進を始めており、自ら指揮する左翼部隊は速度を抑えて斜線陣を形成しようとしている。こちらの意図は敵に了解されているだろうと思われ、正統的だが有効と思われる戦法に敵がどう出てくるかマルテリウスにも考えはつかなかった。

「突出する本隊に全軍で対応すればこちらに側方を晒す事になる。或いは正面から一気に撃砕を図るか…」

 その呟きがオペレータの声にかき消される。先行するカトゥルス本隊と敵軍との戦闘が開始され、砲火が交えられていく様子が確認された。カトゥルスの旗艦テーヴェレの艦橋では、司令官が威勢良く号令を発している。或いはその勢いこそが指揮官にとって最も重要な要素であるのかもしれない。

「よーし、砲撃だ!主砲斉射三連、そのまま前進せよ」

 カトゥルスの艦隊前衛部から複数の太い熱線が放たれ、敵軍を死と破壊の光が彩る。斜線陣の時差攻撃を活かし相手に対応の暇を与えない為にも攻撃は迅速に、苛烈に行われる必要があった。

 この砲撃でかなりの損害を受けたハミルカルだったがようやく体勢を立て直して反撃、双方撃ち合いの後で近接戦闘に突入する。ハミルカル艦隊の旗艦ディドーの艦橋でも指令が飛んでいた。

「砲戦は不利だ。艦載機を発進、近接格闘戦に持ち込め。その間に敵左翼別働隊を叩くぞ」

 連邦軍艦載機タニットが次々と発進、カトゥルスは混戦を避け砲撃によって対応しようとするがハミルカルはそれを許さない。後手に回った帝国軍に小型で機動性に優れるタニットが精密な射撃によって敵艦を撃ち落としていく。だがカトゥルスが期待していたのはこの場の戦闘に勝利する事ではなく、この場の戦況が変わる事であった。損害を受けながらも混戦を回避し、砲撃によって敵を半包囲体勢に置くべく艦隊を動かしていく。


†カトゥルス艦隊艦艇数   05950/10000
†ハミルカル艦隊艦艇数   05150/10000


 そして連邦軍からタニットが発進されていた、丁度その頃左翼マルテリウスの部隊も敵との接触を果たしていた。

「敵、正面十二時の方角から来ます!」
「慌てるな。全軍円形陣を敷いて敵の攻勢に対応。これを逸らしつつ左へ廻るぞ」

 接近する連邦艦隊に向けて主砲斉射、出鼻を挫いてから砲戦に移る。目的は味方を本隊と左翼の双方に分けて敵を左右から挟撃するにあり、その為には混戦を避けて砲戦によって敵の攻勢を逸らす必要がある。
 数度の小競り合いのような砲撃が続くが、ハミルカルも無論相手の意図は了解していた。砲火を交えつつ接近し、敵の小細工を粉砕するべく図る。遂に帝国艦隊の一部に亀裂が入り、その僅かな隙間をメスで広げるかのように砲火が集中する。

「まだだ!陣形を崩すな、もう少しで敵の攻勢も限界に達する」

 叱咤するが、既に敵の攻勢の勢いを逸らせ得ない事をマルテリウスは理解していた。だが全体の戦況が変わればこの状態からの逆転も可能である。カトゥルスの本隊が連邦艦隊の側背を取れれば、自軍の位置は優位な状況へと一変する。的確で苛烈な砲撃に艦隊を撃ち減らされながら、指揮系統の崩壊を防ぎ続ける様が寧ろ非凡なものであったろう。


†マルテリウス艦隊艦艇数  05150/10000
†ハミルカル艦隊艦艇数   07700/10000


 そして帝国軍艦隊にとってはようやく、連邦軍艦隊にとってはとうとう戦況変化の時が訪れた。苦心して陣形を再編したカトゥルスがハミルカル艦隊の側面に廻る事に成功、動揺する敵軍にマルテリウスも部隊を移動させ、不完全ながら半包囲体勢を完成させたのである。

「よし、全艦一斉砲撃!」
「撃てーッ!」

 カトゥルスやマルテリウスの指令に乗って、帝国艦隊の複数の通信回路を単一の命令が満たし複数の熱線が連邦軍艦隊を左右から貫いた。僅か数時間で残存艦隊のほぼ50%を壊滅させられたハミルカルだが、困難の中で指揮系統を回復させると反撃の砲火を吐き出す。突破口を開く事が叶わなければ彼等も熱と炎の中で消失していくしかなく、全艦の攻撃を一点に集中すると砲門を開いた。

「敵、反撃来ます!」
「応戦しろ!突破されるな!」

 指令を出すマルテリウスだったが、艦隊を近接距離におどり込ませると零距離射撃によって打撃を与え、ハミルカルも突破に成功する。双方甚大な被害を被り連邦軍は撤退、帝国軍も追撃を断念せざるを得なかった。


†カトゥルス艦隊艦艇数   06336/11200
†ハミルカル艦隊艦艇数   05296/12800

‡帝国軍艦艇数 06336/20000 損害率69.3%
‡連邦軍艦艇数 05296/20000 損害率73.5%


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