六.フィレンツェ星系会戦


 重傷により更迭された司令官スキピオに代わって新たに任命されたガイウス・フラミニウスだが、老練の前任者に比べれば遥かに前線の経験が少なく、部下の将兵に不安無しとはできなかった。だが新任の大将自らは自信に溢れており、忠勇な部下達に訓令を述べる口調も力感に満ちていた。

「粉骨砕身し、国家への忠誠を果たす事を期待する。敵の蛮将の首を討ち、以て宰相閣下への土産としてみせようぞ」

 大言壮語に更に不安を増す者も多かったが、全ての評価は結果によってもたらされるものである。フラミニウスはこれまでの戦いに参加していた部隊指揮官、マクシリア・アイルリッツ、アエミリアヌス・コルネリウス、クルツ・メラニウスの三名をそれぞれ前衛に配し、自らは本隊を指揮してカルタゴ連邦艦隊に対すべく出陣した。フィレンツェ恒星系から堂々と出立するその様子は敵軍にも伝えられ、旗艦バール=ハーマンの艦橋にいる天才ハンニバルの元に届いていた。

「コルベール少将」
「はっ…」

 通信スクリーンより流れる司令官の声に敬礼するクローデット・コルベールはこれまでの戦績が高く評価され、昇進とそれに伴い、予備兵力から麾下に通常の1万隻を越える1万2000隻の艦艇を新たに配分されていた。もとはカルタゴ商人の出自であり、本人の望みは適当な時期で引退した後、確保した航路を使って商人として名を上げる事にあるのではないかと言われていたが、その真偽は定かではない。同じく前回のジェノバ攻略戦で功績を上げていたヘクトールと共に提出していた作戦案に従い、兵力が配備される。惑星ジェノバで充分な補給を果たし、ローマを臨むフィレンツェ恒星系周辺で4万隻を数える大艦隊同士の激突となった。

「敵、横列にて正面に展開」

 連勝に士気が上がっている連邦軍艦隊に対峙する帝国軍では、前衛中央に女性指揮官のマクシリア、左翼に老将軍アエミリアヌス、右翼にクルツの三名がそれぞれ布陣する。前回斜線陣からの迎撃戦を看破され、破られた帝国軍は中央のマクシリアが待機、両翼が前進する鶴翼の陣形で敵包囲を図る作戦となっていた。

「迎撃戦の戦果をいつも敵に独占させる事はありません。今回は我が軍がその恩恵に与らせて頂きましょう」

 旗艦の艦橋で指揮を取るマクシリア。凹形陣を利用して中央部が敵の攻勢を受けとめ、鉄鋏のように敵を挟撃する必勝の戦法はハンニバルの最も得意とする所であり、これまで彼女はその効果を自らの身をもって存分に学んでいた。彼女の部隊を中心に、右翼のクルツと左翼のアエミリアヌスが前進する。だがハンニバル軍の作戦はまたも彼女の想像の範囲を越えていたのだ。

「敵、予定の宙域に留まりません!中央右翼が正面左方向に更に展開、こちらの左翼に廻るつもりのようです!」
「くっ、またか…このまま両翼前進、我が中央も迂回を図る敵に対応するぞ!」

 連邦軍の戦術を読み切れない苛立ちを隠しきれず、マクシリアは声を荒げるが速攻に持ち込めば敵の機先を制する可能性も充分にあった。まずは右翼クルツ艦隊が前進、全軍を凸形陣に編成し勢いに任せて突進する。スクリーンにある敵艦隊の映像情報を確認したオペレータが艦橋の指揮官に向けて悲鳴を発する。

「正面敵旗艦確認…バール=ハーマン!ハンニバル本隊です!」

 その名前だけで敵を動揺させるという事実がハンニバルの天才を示していたであろう。得意の迎撃体勢を充分に整え、引き付けてから一斉砲撃が開始、クルツ艦隊の先頭部に熱と光の槍が集中して炸裂する。無音の宇宙空間で視界を漂白するかのような爆発光が広がり、クルツ艦隊が自ら砲火に飛び込むようかのように見えた。

「先頭部隊消失!被害甚大」
「構うな!旋回すれば相手に半包囲の機会を与えるだけだ!このまま突進せよ」

 僅か二回の主砲斉射で自陣の前衛部隊を消失させられたクルツだが、勢いを緩める事なく突進を続ける。その判断自体は有り得る事であったが、対するハンニバル軍からの迎撃砲火も容赦のないものだった。凹形陣を利用したクロスファイアーポイントに完全に誘い込まれたクルツ艦隊の被害は幾何級数的に増加し、戦線維持が不可能となる。

「やむを…得ない。後退しろ」

 このまま戦闘続行すれば全軍崩壊、壊滅は必至であったろう。或いはそのまま戦死する事で責任を回避する手段もあったかもしれないが、指揮官は敗戦の中で僅かでも生きている味方がいればそれを生還させる義務があった。困難な敵前旋回、後退の中で被害は更に増大し、辛うじて二割程度の味方を後方に退避させる。


†クルツ艦隊艦艇数     01950/10000
†ハンニバル艦隊艦艇数   08600/10000


 右翼が大苦戦する中、中央マクシリアの艦隊も敵の攻勢に晒されていた。連邦軍クローデットは自艦隊を帝国軍中央と左翼の間に滑り込ませるようにして楔を打ち込み、部隊を旋回させて半包囲を形成する。本来であれば無謀な旋回策を図った相手を左翼と挟撃できる筈であったが、左翼アエミリアヌスにも無論その余裕は無い。

「砲撃、来ます!」
「密集隊形を取れ!撃ち減らされるな!」

 防御を固め、敵の攻勢の限界を待つ。迎撃策を取っていた以上マクシリアに他の選択肢は無かったが、反撃の攻撃力をある程度犠牲にする事は覚悟しなければならない。初撃を受けたものの、混乱を回復させると壁となる大型艦の隙間から反撃の砲火を撃ち出す。完全な消耗戦状態となるが戦力でも体勢でもクローデットが勝っていた。

「このまま戦線を維持。それで勝ちだ」

 クローデットの艦橋で流れた指令はそれだけであった。半包囲状態からの砲撃は帝国軍の防御力を削ぎ取り、双方の撃ち合いでありながら効果の違いは数倍にもなって現れていた。

「全軍、後退!」

 戦闘続行を断念したマクシリアも撤退を指令する。この時点で戦況は完全にカルタゴ連邦軍に傾きつつあった。一方、帝国軍で唯一敵の機先を制す事に成功したのがアエミリアヌスであり、熟練した指揮官らしくヘクトールの迂回策に先んじて突進し、展開する艦隊に先制の砲火を打ち込む。

「撃て!」
「迎撃!」

 迂回策の失敗を悟ったヘクトールも応戦、両軍は正面からの砲火の撃ち合いを開始する。だが消耗戦状態で不利となったのはやはり味方との連携を遮断された帝国軍の側で、自軍の状況を見たアエミリアヌスは早々に後退を指示、損害を受けながらも撤退に成功した。


†マクシリア艦隊艦艇数   03160/10000
†クローデット艦隊艦艇数  10300/12000

†アエミリアヌス艦隊艦艇数 05000/10000
†ヘクトール艦隊艦艇数   06900/10000


 そして前線の戦況を完全に制したカルタゴ同盟艦隊は追撃戦を決意、ハンニバル指揮の下、勝利の余勢を駆ってフィレンツェ星系を確保する為に全軍に大攻勢を司令する。

「完勝だ!全艦隊突撃!」

 今、正に勝っているという現在進行形の確信が将兵を高揚させていた。一方で崩壊する自軍の立て直しを完成させる事ができずにいるフラミニウスは、秩序と勢いとを絶妙に保ちつつ突進してくるハンニバル艦隊に全く対応する事ができず、敵艦隊ではなく集中交叉する敵砲火によって完全に包囲されてしまった。

「退路なし!敵に完全に包囲されました!」
「戦艦ヴェルビウス撃沈!戦艦ベロナ通信途絶!」
「戦線維持不能!降伏を許可されたし!」
「救援を乞う!救援を乞う!」

 後衛に控えていた予備兵力を併せ、未だ2万隻を数えていた筈の帝国軍艦隊は僅か3時間で半減、絶望的な反撃も効果が無く残り数時間で指揮系統崩壊、僅かに各部隊指揮官を含め数隻が生き残り、残余数百隻の艦艇を統御して敗残の途についた。

 大敗報は首都星ローマを震撼させる。だが宰相アッピウス・クラウディウスは沈着に事態に対処、国内に向けて演説を行い率直に真相を述べた後、奮起を促した。

『我々は大敗を喫した。戦局は重大な危機にある』

 そしてこの戦いで戦死したガイウス・フラミニウスを元帥に特進させ新たな司令官にクイントゥス・ファビウス・マキシムスを任命、ハンニバルに当たらせる事を決定。更にシチリア方面軍司令官であるルタティウス・カトゥルスを一時呼び戻し、後任に若いマルテリウスを抜擢してシチリア星系の確保を命じた。また先の戦闘で負傷更迭されていた大将スキピオの実子プブリウス・コルネリウス・スキピオが正式に帝国宇宙艦隊に転籍するが、それが歴史にもたらす影響が世に知られるのは後になってからの事である。


†フラミニウス艦隊艦艇数  00000/20000
†ハンニバル艦隊艦艇数   31600/33000

‡帝国軍艦艇数 00000/40000 損害率100.0%
‡連邦軍艦艇数 31600/40000 損害率021.0%


七.堂々たる無為の作戦を見る
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