九.シチリア陥落


 マルテリウスによるシチリア星系への侵攻に合わせた若き天才プブリウス・コルネリウス・スキピオによるバルセロナ侵攻。それは連戦連勝し銀河ローマ帝国首都星を脅かしつつある名将ハンニバルの後背を絶つ作戦である。長駆遠征、正面にも未だ多くの敵艦隊を抱えているハンニバルの取り得る策としては三つしかない。

 一時後退してバルセロナを確保する事。
 部隊を二分して一隊を前面に、一隊を後方に当てる事。
 全軍で前進して正面の敵を撃破し、一挙に主星ローマを狙う事。

 ハンニバルは三つ目の策を取った。対する銀河ローマ帝国軍は妙手クイントゥス・ファビウス・マキシムスを更迭、新任に二人の司令官アエミリウス・パウルスとテレンティス・ヴァロを選出し、大軍をもってこれに当てる。

 オファント星雲カンネ宙域。宇宙歴前史時代に起こった最大級の戦乱である第二次ポエニ戦争はいよいよ佳境に入ろうとしていた。


† † †


 銀河ローマ帝国シチリア方面軍司令官代行となっているマルテリウスの旗艦クリペウスの元に、旗艦ワルトロウテに率いられた一軍がやってきたのはカンネ攻防戦の少し前の事である。

「貴官は…アルトマイヤー准将、だったか?」
「はい、司令官代行」

 先日の戦で奮戦しながら、政治的な理由により更迭されたファビウス・マキシムスに従っていたイエンス・アルトマイヤーは、そのファビウスの指示によってシチリア方面軍への参加を志願する事になった。帝国側でも前線シチリアに長くあるマルテリウスに指示と伝達事項とを送る必要があり、士官学校の生徒然とした銀髪の青年将校は敬礼を終えると光ディスクを手渡す。その中にはマルテリウスを今回シチリア方面軍の正式な司令官に任命するという辞令と、そして星系確保の為の侵攻命令とが記録されていた。

「…これは有り難い。では貴官には左翼に入ってもらおう、直ぐに出発するぞ」
「はい。敵を撃滅してご覧にいれます」
「フィレンツェでは活躍したらしいが、敵将ハミルカルは堅将だ。侮るなよ」

 第一次ポエニ戦争から参加しているカルタゴ宇宙連邦軍の宿将ハミルカル・バルカス。これまで前任のルタティウス・カトゥルス、そしてマルテリウスが戦って未だ倒せないでいる相手である。その粘り強い用兵は熟練の境地に達していると言われていた。
 一方でイエンスの考えていたのは、首都星出立前にファビウスに聞いていた話である。カンネ方面の新任司令官アエミリウス・パウルスとテレンティス・ヴァロは立派な愛国者であり優秀な政治家であるが優秀な将軍ではない、と。ただ前線にある将達は有能であるから、彼等が持ちこたえる事ができればその間に戦況を変える事で敵軍を追いつめる事が可能であろう。その為にはバルセロナとシチリアの二方面で確実な勝利を収める必要がある。
 イエンスにとってはファビウス・マキシムスの復権が望みであり、戦況が変わればその可能性も充分にあるだろうと思っていた。あとはカンネ方面の友軍が頼りにならぬ司令官の元、どれだけ実力を発揮できるかである。

 シチリア星系にある恒星パレルモ。この周辺を確保すればシチリア星系はほぼ完全にローマ帝国の手に落ちる事になる。ローマとカルタゴの間に長く起こっている戦乱によって内地には混乱が激しく、居住惑星の自治も崩壊しているから艦隊の駐留を妨げる要素は殆ど存在しない。つまり艦隊戦に勝ち相手を追い払えば良い、その考え方は軍人としては単純で楽であったろう。

「前方、敵艦隊発見。ハミルカルの旗艦ディドーを識別しました」

 正式な司令官としての任命。その初陣を勝利で飾る事が出来れば彼の声望もいや増す事になるであろう。マルテリウスはイエンスを左翼に二隊を凸形陣に形成し、積極攻勢に撃って出る事を麾下の艦隊に指示。制圧前進は前任者カトゥルスも好んだローマ帝国軍伝統の戦法である。

「敵横列陣に展開、今射程距離に入りました!」
「撃て!」

 司令官マルテリウスの号令と共に、視界を覆い尽くす程の熱線が一斉に艦隊から放たれる。積極的な攻勢は初弾で敵陣の先頭部を破壊、これを混乱させる事に成功した。ハミルカル艦隊旗艦ディドーの艦橋でも激しい指示が飛び交う。

「陣形を立て直せ!各艦反撃!」

 不十分な体勢ながら反撃の砲火がハミルカル軍の各艦艇から斉射される。決して正確ではない砲撃が突進するマルテリウス艦隊の先頭部に集中し、一瞬だがその勢いを減殺した。すぐに立て直すマルテリウスだが、戦闘の中で発生する一瞬の隙を狙って攻撃を集中する、その手腕が宿将の宿将たる所以である。艦隊先頭部に集中砲火を受けたマルテリウスは陣形を混乱、その状態のまま横列陣の前面に艦隊を晒す事となってしまった。

「主砲、連続斉射!撃てぇ!」

 連続して発射される熱と光の帯が艦隊に突き刺さり、破壊と殺戮の炎が艦隊を包み込んでその破壊力を幾何級数的に増大していく。突撃攻勢が裏目に出たマルテリウスが陣形を立て直すまでの僅かの間で、被害状況は一気に五割近くまで達している。

「反撃しろ!各艦砲撃用意」
「駄目です!混乱と通信妨害が酷く、命令が行き届きません!」
「ではもう少し持ちこたえろ!左翼の戦況はどうか」

 圧倒される状況の中でそれでも司令官には全軍の状況を把握する必要があったが、求めていた回答を得て驚愕する事になる。左翼イエンス艦隊は大規模な攻勢により、圧倒的に優位な戦況の中にあるとの事であった。
 幼げにすら見える容貌のイエンスが外見に似合わぬ猛将であり、突撃攻勢を最も得意としているという事をマルテリウスは充分に聞いているつもりだった。だがそれが堅将ハミルカルを圧倒する程であるとまでは予想していなかったのである。旗艦ワルトロウテの艦橋で、青年将校の司令も過激と言うしかない。

「ひたすら前進、突撃。遅れた艦は続いて前進、突撃せよ」

 だが常軌を逸したようにも見えるその突進が生み出す破壊力はすさまじく、迎撃戦の得意なハミルカルの陣に初弾の一撃で大きな損害を与える。そのまま突進、穿たれた穴に突入して傷口を押し広げるように砲火を拡散させる。その攻勢をまともに受けとめる形になったハミルカル右翼の別働隊は、砲戦が近接格闘戦に移行したそれに対応する時間をすら与えられなかった。

「艦載機を発進せよ!敵の突進を止めろ!」
「間に合いません!敵零距離射撃来ます!」
「救援を乞う!至急!救援を乞う!」

 初撃からの突入で分艦隊指揮艦を消滅したイエンスは、指揮系統の崩壊した敵陣におどり込んで一瞬で勝負を決めてしまった。完全崩壊したハミルカル軍右翼は既に戦場離脱を開始しており、散発的な反撃も全く効果を上げていない事は明白である。一翼を破壊されたこの状況でハミルカルが即時撤退するであろう事も疑いなく、マルテリウスは逆境の中で反撃の砲火を司令した。

「全軍反撃!持ちこたえろよ」

 マルテリウスの砲撃にハミルカル軍からも反撃、既に砲火の絶対数に差があり帝国軍の陣列が大きく削られるが、ハミルカルも自軍を撤退させざるを得ず旗艦ディドーの艦橋で、苦渋に満ちた声で命令を下した。

「全軍後退。パレルモを放棄する」

 こうしてシチリア星系は銀河ローマ帝国の手中に落ちた。それはカルタゴ主星が敵の前面に晒されたという事をも意味しているのである。


†イエンス艦隊    10000/10000
†マルテリウス艦隊  02300/10000
†ハミルカル艦隊右翼 00000/10000
†ハミルカル本隊   08500/10000

‡帝国軍艦艇数    12300/20000 損害率38.5%
‡連邦軍艦艇数    08500/20000 損害率57.5%


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