十二.決戦 1


 暗黒の虚空に無数の光点が浮かんでいる。神々の宝石箱を思わせる、その世界を手にせんと人々はその光に破壊と殺戮の炎を付け加えてきた。人が人を殺す為に作り上げた戦艦の群が星々の光点に混じってその姿を現わし、無機的なレーダーの盤面にその位置が映し出されると艦内の人々は緊張の水位を上昇させ始める。その光の一つ一つは星々の光の強さ大きさに比ぶべくもないが、卑小な人間はその時星の光など目に入らぬかのようにレーダーに映る小さな光に目を奪われているのだ。

「敵艦隊発見、横列に広く展開。先頭集団の旗艦は識別不能、新造艦と思われます」
「ローマ軍も残存兵力を掻き集めたのだろう…指揮官はコルネリウスあたりか?」

 戦艦バール=ハーマンの艦橋、司令官ハンニバルの推測は二つが二つとも当たっていた。敵が横に広く展開している、それはカルタゴ軍が戦場を迂回して首都星ローマ強襲を狙っているその意図を看破してのものであり、それを阻む目的にある事は疑い無い。かといって広がった陣形の中央突破を図るにはローマ軍の陣容は尚厚く、策としては本隊が敵を引き付けて別働隊で迂回を図る、敵の思惑に乗るそれ以外には有り得ないであろう。状況を確認したハンニバルは戦艦ゲーリュオンに回線を繋ぐとスクリーンに姿を現わしたクローデット・コルベールに呼び掛ける。

「…では別働隊指揮は貴官に任せる。頼んだぞ」
「了解」

 決して気合の入ったとは言えない敬礼を返すクローデット。だがカルタゴ商人出身のこの青年仕官がこれまで築き上げてきた、その恐るべき戦果を知らぬ者はこの戦場には存在しない。単独で戦場を迂回して敵国首都を突く、恐らくそれを予期しているであろう敵の防衛戦を突破してローマを陥落させる作戦の指揮官がハンニバル自身でないのであれば彼こそが最も相応しかった。
 通信が切られ、クローデットの率いる分艦隊が後退すると至近の戦場を離れて行く。この分艦隊がローマを陥すか、或いはハンニバル本隊が目の前の敵を壊滅させるかすればカルタゴの勝利である。そして名将ハンニバルであればその双方の目的を叶え、最高の結末をカルタゴにもたらす事を望んだとしても罰は当たらないであろう。

「まもなく射程距離に入ります…敵も砲火を控えているように見えますが」
「小賢しい…充分に引き付けろよ、最初の一撃で決めるぞ」

 射程距離に入り、双方がまだ砲門を開こうとはしない。互いに更に前進して複数の砲火が最も強力な一撃として収束される、そのタイミングを待って一撃を加えるつもりであり、その一撃の瞬間を見極めて砲撃命令を下しその砲撃を受けきって尚味方の戦列を維持する。極めて指揮官の技倆が問われる戦法で優劣を決せんとバール=ハーマン艦橋のハンニバルとタレンティウム艦橋のアエミリアヌス、双方が右腕を振り上げて味方の砲撃命令をぎりぎりまで待たせていた。

「相対距離52…51…50!至近です」
「撃て!」

 一瞬、先に指令を下したのは帝国軍中将、前衛中央部隊指揮官アエミリアヌス・コルネリウスであった。凹形陣から放たれる複数の熱線が収束して暗黒の虚空を数瞬で横断する。だが同じく凹形陣の中央を僅かに後退させ、V字陣を形成していたハンニバルはこの後退させた中央部のエネルギー中和磁場で敵の初撃を受け切ると一瞬遅れて反撃の砲火を発射する。

「撃て!」

 受けながら攻める、絶妙な艦隊配置と砲撃のタイミングによってハンニバルはアエミリアヌス艦隊に強力無比な一撃を加える。熱と光の塊が艦列を叩き、ローマ帝国艦隊の最前列に無音の爆発光が咲き乱れた。同条件と思われる砲撃でまさかの機先を制されたアエミリアヌス艦隊は陣列を乱し、そこに容赦無くハンニバルが砲撃前進、敵陣への突入を開始すると更に三度目の主砲斉射を行う。新造の旗艦タレンティウムの艦橋に通信仕官の叫び声が響き渡った。

「味方の損害甚大!敵、突入して来ます!」
「艦列を横に開きつつ後退、敵に半包囲を許すな!甚大とはどの程度か正確に報告せよ!」

 味方を叱咤しつつ最も適切と思われる命令を下す。アエミリアヌスは更に両翼の艦隊に連絡、中央にある自軍を後退させつつ広い戦場での逆包囲を図ると共に損害を抑えて敵の突進を食い止めるべく体勢を立て直そうとする。だがハンニバルの尋常で無い攻勢の前に大苦戦を強いられる味方の崩壊を防ぐ事はそれこそ尋常な労力ではなかった。

「ここで食い止めれば我等の勝ちだ!怯むな!」

 激しく撃ち減らされつつ頑強な抵抗を続ける、艦隊の絶対数で勝る味方の反撃攻勢が始まれば小さな戦場での不利などは取るに足りぬ問題である筈だった。


† † †


「突撃!」

 帝国軍左翼クルツ・メラニウス艦隊は敵味方の交戦に合わせて突進、消耗戦に持ち込む事で回復力に劣るカルタゴ艦隊に損耗を強いようとしていた。ひたすら前進、攻勢の命令はその策の現れであり、旗艦ロスロリアン自ら先頭に立ち敵陣に突進する。勢いづく状況で目の前の戦況を戦術モニターで確認していた副官がクルツに注意を促した。

「閣下、敵は防御陣を敷いて待機しています。このまま突進するのは危険と思われますが」
「読まれているか…構わん!戦況を動かさねば勝機も無い、大軍の利は我等にあるのだ」

 完全に守勢に回って待ち構えていた、連邦軍右翼指揮官ヘクトールの策が帝国側の積極攻勢を読んでいた為なのか、或いは単に数で劣る故の防御心理の為なのかは判然としない。確かな事は彼が戦艦ギルガメシュの艦上で敵の突進してくる様を捉えながら、動揺せず味方に砲撃命令を下したという事である。

「砲撃しつつ後退、敵の攻勢を受け流せ!」

 敵の初弾を受け流し、反撃の砲火。その効果は決して大きなものではないが相対距離を保ちながらの砲撃は確実に味方艦隊の被害を最小限に抑える事に成功する。続けて二撃、そして三撃目の砲火は突進によって相対距離を縮めようとしたクルツ艦隊の前面に炎の壁を作り上げその先頭集団の勢いを削ぎ取った。僅かな空白にヘクトール艦隊の砲火が集中し、与える損害こそ小さいものの敵の行動を封じ込める。

「よし!全艦砲撃しつつ前進」
「…来るか!?」

 一転、攻勢に転じるヘクトールとそれを受けるクルツ。こうなると帝国軍は先ず味方の陣形を立て直し再反撃する為の体勢を整えなければならない。反対に連邦軍は相手の陣形を立て直させない、その為に確実な砲撃で敵の指揮系統に圧力を加えようと前進する。クルツにしてみれば突撃攻勢の陣形が仇となって味方の混乱を立て直す事が出来ないでいた。じりじりと撃ち減らされ、反撃の砲火もさしたる効果を上げる事が出来ずに地味だが適確な攻撃で出血を強いられていく。

「もう少しだけ粘れ!すぐに味方が駆け付ける」

 ロスロリアンの艦橋でクルツが懸命に指示を飛ばす。元々味方の来援を考慮した上での積極攻勢策であり、それが訪れるのに彼が忍耐の限界を試される事は無かった。ヘクトールが一気に攻勢に出ようとした、その矢先に帝国艦隊遊軍のマルテリウス中将が旗艦クリペウスを駆って来援に訪れると密集陣形から砲撃を加えたのである。マルテリウスはシチリア方面軍司令官として星系奪取後、カルタゴ首都星側の牽制を続けていたが決戦兵力として首都星ローマ前面に投入されていたのである。

「敵首都を陥すつもりだったが…命令とあらば仕方ない。このまま味方左翼の更に左に廻り敵の側背から半包囲、クルツ少将の隊と連携して挟撃するぞ!」

 このマルテリウスの参戦により自軍の当初兵力とほぼ同数の新規兵力を迎え、しかも前面の敵を交戦を続けた状態でヘクトールは二つの敵を迎え撃つ事になった。後衛部隊に指示を飛ばし迎撃を行うが統制された反撃の応射が敵陣から放たれる。更に両軍の砲火が交錯、だが安定した指揮で更に砲撃を続けるマルテリウスの攻勢にヘクトール艦隊後衛部隊は陣形を混乱、立て直しを図る間に遂に側面に廻り込まれてしまう。

「無理な攻勢に出る必要は無い。クルツ少将の隊と交互に砲撃、味方の戦力を温存して確実に敵を仕留めていけ」

 カルタゴ連邦の宿将ハミルカル・バルカスとの長き攻防戦を続けてきたマルテリウスの指揮は堅実で、しかも隙が無いものであった。連邦軍ヘクトール艦隊は小さな傷口をメスで切り開かれていくかのように徐々に損害を増していく。懸命な砲火で一度はマルテリウスを押し返すが、クルツ艦隊からの援護砲火を受けると追撃に移る訳にもいかず、その間に体勢を立て直されてしまう。

「味方は…味方の戦況はどうなった!?」

 絶望的とも思える状況の中で、指揮官としての役割を放棄する事なくヘクトールは保証のない戦局の変化を待ち続ける。ハンニバルが敵軍を殲滅するか、コルベールがローマ首都を陥せば彼等の勝利は決定するのだ。


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