十三.決戦 2


 一方、戦場を大きく迂回して銀河ローマ帝国首都であるローマ本星の強襲を企図していたクローデット・コルベールの別働隊はこれあるを予期していたマクシリア・アイルリッツの後衛艦隊に捕捉されていた。敵がローマに進軍する為のルートを想定し、そこに急襲をかける。

「2時方向より敵襲!旗艦確認、バーディッシュ!」
「やれやれ『鋼鉄の壁』の登場か。難儀な事だ」

 ゲーリュオンの艦橋にあってクローデットの感想はあまり真摯なものとは言い難い。守勢に強いマクシリアの艦隊を短時間で撃破せねば敵の増援が来る事は目に見えており、無論敵の数は味方とほぼ同数なのである。優位な条件は何も無かったが、それでもクローデットの指揮は常と変わる事が無かった。常と同じ、飄々として容赦の無い苛烈な艦隊指揮能力である。
 マクシリア艦隊から先制の砲火がクローデット艦隊の前面に降り注ぐ。挨拶代わりの初弾は軽微の損害を与えたものの、続けての砲火には正確な応射を返される。更に砲火の交錯、両者とも守勢に強いその粘り強さが評価される堅将であるが、この時は更に正確な砲火を集中させる攻撃力に於いてクローデットが上回って居た。密集陣形で構わず突撃、混戦覚悟で距離を詰めようとするカルタゴ艦隊に対して反応の遅れたマクシリアは近接砲戦でクローデットに先制を許す形となる。

「よし、砲撃」

 一瞬の隙を逃さず前上下左右の五方向に飛んだ砲火が帝国軍の艦列に穴を穿った。『鋼鉄の壁』は続けての砲火に耐えて混戦に応じると敵の一艦も漏らすまいと奮闘する。だが混乱の増す局面で全ての敵と味方の状況を捉えて指示を下す等所詮不可能であった。増して、敵が全ての状況を捉えて把握し、指示を下そうとしているとあっては。

「突破される…駄目だ!誰か、ローマを守れえっ!」

 マクシリアの悲痛な声が戦艦バーミッシュの艦橋の壁面を叩いた。一艦、また一艦と鋼鉄の壁をすり抜けるカルタゴ軍はしかし全体としての統制を失う事はなく、クローデットの指揮によって一路首都星ローマを目指す。

「或いはこれで勝てるか…本隊はどうなった?」

 ゲーリュオンの艦橋で味方を突進させながら集結する、離れ業を演じながらクローデットは戦場のハンニバルの様子を求めた。自分の出来る限りの事を行う、後は結果を待つのみであり彼の艦隊のスクリーンには敵国の首都星ローマの姿が刻一刻と大きくなりつつあった。


† † †


 戦局の変化は次々と各所で生じ、戦闘に参加している人々はその全てを適確に把握する事が出来ずにいる。ハンニバル艦隊の砲火は混乱するアエミリアヌスの艦列を崩し、半壊した所に更に追い討ちを叩き付ける。

「駄目です!タレンティウム被弾3箇所、前部砲塔破損、出力も60%に低下しています!」
「70%まで上げろ!指揮に砲塔なぞ必要ない、旗艦は防衛にのみ専念!」

 戦線が維持されている限り最後まで戦場に残り続ける事、それがアエミリアヌスの武人としての誇りであった。ハンニバルの攻撃は悪魔的でさえあり、距離を詰めた近接戦闘での強力極まる砲火を最も効果的に収束させ、しかもそれを適確に分散して味方の被害が最大に及ぶポイントを狙撃させる。最前線にあり分単位で戦闘が切り替わって行くその中で、名将ハンニバルの砲火の剣は老練なアエミリアヌスの防御を易々と突き破って幾度も肺腑を突き刺す。

「(これまでか…)」

 既に戦場離脱さえ不可能な激戦下にあってアエミリアヌスは先の会戦で引き延ばされた自分の死を覚悟していた。気が重いと言えば尚この状況にあって戦闘そのものを持続させる為に味方を離脱させず、戦死するまで戦い続けさせねばならない事である。
 これだけの罪科を犯し続ける者が自らの死を覚悟して戦い続ける事それ自体は決して困難な事ではなかった。冷徹というより冷酷な指揮を取り続ける、アエミリアヌスの艦橋に戦況変化の報がもたらされたのは既に指揮崩壊した味方が混乱を回復させる望みを断たれた頃の事である。その報は同じくバール=ハーマン艦橋に在るハンニバルの下にももたらされた。

「10時方向から敵右翼艦隊突入開始、旗艦識別、ワルトロウテ!アルトマイヤー艦隊です」
「シチリアで父を撃破した儒子か…時差攻撃とは生意気な」

 連戦になるとはいえ先制から優位に立っていたハンニバル艦隊の損害は未だ少なく、無思慮無分別にすら見える突進をかけてくるイエンスの艦隊を得意の迎撃陣で迎え撃つ、それだけの充分な兵力と鋭気とを残していた。殊に強力な突進攻勢は反面一度その勢いが途絶えれば守勢に弱いという弱点を曝け出して大敗するしかない。仕官学校の学生然とした幼なげな容貌に似合わず、積極攻勢型の猛将であるイエンスは決戦兵力として右翼側後方に待機しており、敵に止めを刺すその一瞬の為に控えている筈であった。その様子を見たアエミリアヌスから通信が飛ぶ。

「早いぞ!アルトマイヤー少将、貴官の出番はもっと後の筈ではないか」
「戦況が変わりました。中将こそもう持ちませんよ、交替してください」

 冗談めかしたイエンスの意図をアエミリアヌスは正確に読み取ったが、それを素直に受け入れる訳にもいかなかった。若造の艦隊が突入する為の隙間を維持し、自らそれを援護し続ける事。戦闘が終わるか戦死するまで戦い続け、戦闘そのものを持続させる事が彼等の目的なのであるから。
 アエミリアヌスの部隊から熱線とミサイルの群が飛んでハンニバル艦隊の一角に突き刺さる。その一点に向けてイエンス艦隊は突進を行うが凹形陣を敷いたカルタゴ艦隊からの砲火は増援軍の両側面から襲い掛かり、一撃で激烈な火花を飛び散らせる。鉄挟の如くと称されるハンニバル得意の挟撃包囲戦術から続けて交叉する砲火の焦点がイエンス艦隊の先頭集団に合わせられ、三千隻近い艦艇が一瞬にして灰燼に帰す。それはカルタゴ軍の数ある戦果の中でも最大級の一撃であった。

「生意気な儒子に戦争の何たるかを教えてやれ。砲撃!」

 旗艦バール=ハーマンから飛ぶハンニバルの指揮によってイエンス艦隊の右と左から次々と砲火が襲い掛かった。激烈な攻勢の余波でアエミリアヌスの残存艦隊はそのほぼ全てが消滅し、視界もレーダーの機能も失わせる程の熱と光の奔流の直中にあって、だがイエンスの艦隊は未だ突進を続けており、遂にその距離が至近にまで達した。

「相対距離50!これ以上は艦隊が持ちません!」
「まだです…45まで…」

 名将ハンニバルに反撃を許せば自分に勝ち目が無いという事をイエンスは充分に心得ていた。であれば方法は一つ、反撃を許さないその状況まで持ち込める程の強力な一撃を相手に叩き込む事である。最強のハンニバル艦隊に撃ち減らされ、味方の損害は半数を越え、艦橋が軋みの音を上げる中で満を辞した指揮官の号令が下された。

「撃てっ!」

 瞬間、放たれたその一撃自体の砲火は決して強力なものではなかった。だが砲火と爆発のエネルギーが乱流となって渦巻く中、至近距離の更に内側まで接近しての砲撃は激しい流れとなってハンニバル艦隊を揺さぶり、その指揮系統を失わせる事に成功したのである。

「突入ーっ!」

 接敵状態で混乱した相手に一気に突進して攻勢。必勝の戦法で敵陣に躍り込んだ帝国軍は一方的な破壊と殺戮を欲しいままにし、その強力極まる攻撃自体が敵の混乱を増幅させる。体勢を立て直すべく両翼を広げようとするカルタゴ艦隊に対しイエンスの攻撃は容赦が無く、近接格闘戦に持ち込むとX字翼の艦載機ケントゥリアを射出する。エネルギーの乱流の中でケントゥリアのパイロット達は己の技倆を競うかの如く愛機を操ると衝突寸前にまで接近した敵艦に熱線を打ち込んだ。
 ハンニバル艦隊は迎撃の艦載機タニットを出す間も無く砲撃と近接格闘の無謀なまでの連携攻撃に翻弄され、僅か数時間で数千隻に及ぶ艦艇を失ったのである。名将ハンニバルがこれほどまでに兵力を失うのは始めての事であり、その瞬間、この戦場に於ける勝敗は決定した。無敵のハンニバル艦隊は敗北を喫し、カルタゴ連邦艦隊は各所で追い詰められていく。


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