一.ガリア征討


 マルクス・アントニウスはカエサルの副官であり第一の忠臣であった。その能力もカエサル自身から高く評価されており、戦場においても統治においても彼の代理を務めることが多い人物である。その年、カエサル自身が一度は平定した辺境のガリア星系で海賊団が横行、その討伐の任がアントニウスに下った事実も彼に対する信任の度合いを証明するものであったろう。旗艦ベロナが自ら全軍の先頭に立って暗黒の宇宙空間を進み、その後方には彼の指揮する艦隊が光の帯となって続く。


† † †


「閣下、海賊の船団を捕捉しました…確認できた艦影で約三万隻、他にも小惑星帯に潜伏している部隊がいるやに思われます。捕捉部隊との接触は約四時間後の予定」

 戦艦アレンタムの艦橋から通信波に乗って、アルト=サーディスの報告が指揮官の元に届く。黒髪の女性士官は生来のものらしい無愛想な表情で彼女の上官に対していたが、アントニウスも別段それを気にする風はなかった。

「由。全軍第一種戦闘配備で前進、更に後衛のラリベル隊は迂回して敵後背を突くように伝達しろ」
「それは…些か強引に過ぎませんか?」
「弱敵相手に何を恐れるか。策を弄する隙を与えぬ事もまた策である」

 ユリウス・カエサルに信任されているアントニウスは自らの能力に絶対の自信を持っていたし、それは充分に根拠のある自信だった。圧倒的な破壊力を押し出して烏合の衆である敵軍を一気にせん滅する、所詮海賊が武力において軍隊に敵する筈がないのである。
 自ら中央部隊を率いて前進するアントニウス軍。その後衛を率いていたサタジット・ラリベルが戦艦オルトロスを中心に部隊を分離、戦場の迂回を図る。後衛を遊軍部隊として用いる策は一般的だが極めてダイナミックな用兵である。だが元々戦力に劣る海賊船団の特技は航宙上の難所を利用したゲリラ戦術であり、高速船団を駆って小惑星帯通過を図ったサタジットの部隊を潜伏していた海賊船団が急襲、混乱の中で戦闘が開始されることになった。

「敵、5時の方向に出現!後背に着かれました!」
「しまった…混乱を立て直しつつ前進、前進しつつ方向転換、後ろの敵に向かえ!」

 アルト=サーディスと同じ女性指揮官であるサタジットはだがローマの出身ではなく、エジプト商人の家系に生を受けていた。そのような人物が一部隊の指揮をとることも当時は既に珍しくない。相応の実力か相応の家系、或いは相応の財力があれば様々なものが手に入る時代であった。
 無論、当面の敵である海賊船団にとってそのようなものは何の関係もない。決して火力に優れるとは言えない短距離砲を装甲の薄い艦隊後方から斉射、相応の被害を負わせた後に接近して混戦となる。

「閣下、ラリベル隊が敵伏兵と遭遇、後背より襲撃を受け苦戦の模様です」
「構わん、敵のおびき出しには成功した訳だ…全軍正面の敵に突撃!攻勢に出るぞ」

 アントニウスの言は無慈悲にも聞こえるが戦略戦術の根幹に慈悲は何の意味も持たない。別働隊が敵の襲撃に耐えきれば味方は圧倒的に優位な状態で敵をせん滅できるのである。アントニウス軍は左翼から中央、右翼の順で斜線陣を形成して突撃、一番槍を受け持ったのは滅亡したカルタゴ人の末裔であるルフス・ヘクトール・アウレリウス。カエサルのガリア戦役でも活躍した熟練の指揮官だった。

「全砲門開け!艦載機も全機発進準備、全速前進して敵中に突入し火力勝負だ」

 乱暴にも思えるその命令は、だがこの場合完全に正しかった。戦艦イリリクムを先頭になだれ込んでくる熱線とミサイルの束に対して、戦争慣れしていない海賊船団は対応が出来ず混乱するままに接近格闘戦に突入、直ぐにローマ軍の小型艦載機ケントゥリアが制宙権を確保すると圧倒的な攻勢で敵軍をなぎ倒していく。
 続いてアントニウス本軍が時差突入、海賊船団からの反撃と飽和した熱エネルギーの奔流によって一度は陣形を乱したものの、攻勢に転じれば後は草を刈るように敵軍を光と炎の塊に変えてしまった。軍を掌握するアントニウスは乱した陣形を立て直すことができるが、海賊はそうではなかったのである。

 その中でアルト・サーディスの右翼は比較的苦戦したと言える。追いつめられた海賊の抵抗は頑強であり、降伏した所で許されぬことを知っている彼等は必死の反撃でアルト部隊に傷を負わせた。思わぬ反撃に守勢に回ったアルトもだが非暴力主義者ではなかったし指揮官としての力量も確かであったから、自軍の被害を考慮しつつ混戦にならないように砲撃によって応戦する。混戦を避けて正面から対峙すれば持続力に欠ける海賊船団は自壊し、形勢が直ぐに逆転することは明らかであった。
 三時間もすると数に任せていた敵の砲撃が衰え始め、更に三時間後には双方の被害状況も逆転、最後の三時間で戦力半壊した海賊船団は四散を開始する。戦場は完全に制圧され、別働隊相手に苦戦していたサタジット隊に援軍が送られると残余の敵を掃討、ガリア宙域を完全に制圧する事に成功した。

「諸君の勇戦に感謝する。残敵を掃討、損害を受けた味方を収容してローマに帰還するぞ」

 マルクス・アントニウスの放送が全軍に伝達され、栄光有るローマ宇宙艦隊は勝利の凱歌を上げて凱旋の途についたのである。彼等を待ち受ける運命を知らぬままに。


†右翼 アルト・サーディス隊     旗艦アレンタム   07500/10000
†中央 マルクス・アントニウス本隊  旗艦ベロナ     08800/10000
†左翼 ルフス・ヘクトール隊     旗艦イリリクム   10000/10000
†後衛 サタジット・ラリベル隊    旗艦オルトロス   05840/10000

‡ローマ軍                        32140/40000 損害率19.65%
‡ガリア海賊軍                      15880/40000 損害率60.30%


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