四.モデナ宙域会戦(後)


 既に戦端が開かれてから5時間近くが経過、完全に戦闘状態に入っている前衛部隊を横目にユリアヌス・シルウェステルの率いる遊軍は戦場を大きく迂回して叛乱軍の後背に廻り込もうとしていた。高速戦艦を中心とした一万隻近い艦艇が暗黒の虚空を疾駆する。

「敵も迎撃部隊を置いているだろう。そいつを蹴散らして敵を挟撃するぞ、急げ」

 ユリアヌスは将官としてはまだ若く、従って充分な野心にも溢れていた。若くして今の地位にありしかも戦乱が始まるのであれば、彼のような人間にとってそれは出世へのまたとない機会である。そしてアントニウス軍の後衛でこれを迎撃に出たのはサタジット・ラリベルであった。

「来るわよ…艦載機ケントゥリア発進、迎撃用意」
「遅いな!全艦砲撃、突入せよ」

 制宙権確保の為に空母を中心に艦載機の発進を図っていたサタジットだが、ユリアヌスは高速艦の利と突進の勢いを活かして遠距離砲撃で先制する。発艦準備が間に合わず無防備の状態に急襲を受けたサタジットは艦列を崩し、そこに容赦の無い砲撃が加えられた。だが叛乱軍も黙って殴られる牧場の家畜では有り得ず、混乱の外で小型艦載機ケントゥリアが発艦に成功すると、零距離射撃による近接格闘戦で突進してくるユリアヌス艦隊に反撃の砲火を浴びせる。突入の勢いを逆手に取られたユリアヌス艦隊が今度は隊列を乱し、正確無比な狙撃によって次々と火球と化していった。
 こうなると通常戦艦よりも装甲に劣る高速戦艦がかえって仇となる。無論彼等も小型艦載機を搭載はしているが制宙権を確保された状態で無理な出撃を図った所で、発艦の瞬間を狙って狙撃され撃墜されるだけである。となれば方法は二つ、不利を承知で後退して距離を取るか、混戦を覚悟で前進して敵を蹴散らすか。

「撃ちまくって前進しろ!目眩撃ちでもケントゥリアなら当たれば吹っ飛ぶ!」

 強引な命令がこの時は吉と出た。狙点を定めない砲火がサタジット艦隊の内部に不均衡を生み出し、そこに突入したユリアヌスの艦隊そのものが双方の陣列を乱す結果となる。サタジットは味方のケントゥリアに当たる事を恐れ砲火を減じざるを得ず、かなりの損害を出しつつもユリアヌスは強引に敵陣突破に成功した。そのまま戦場を通過して敵軍の後背へと艦隊を進める。味方の収容が遅れたサタジットはまだ追撃の準備を整える事ができずにいた。

 こうして前後からの挟撃体勢を作り上げたオクタヴィアヌス軍だが、必ずしも圧倒的優位の中にあった訳ではない。アルト=サーディスに先手を取られていたカリス・レオルグの右翼艦隊は艦列を立て直す事ができないままに翻弄され続け、艦を撃ち減らされていく有り様だった。近距離で浴びせられる熱線の束が艦列に埋めようのない穴を穿ち、カリスも両翼を広げて敵の攻勢を左右から減じようとするが目立った効果は得られない。寧ろ薄くなった陣営が敵の攻勢に耐えきれず、各所で寸断されつつある。
 更に開戦当初優勢であった左翼のテオドラも苦闘の最中にあった。混乱する艦列を立て直したルフス・ヘクトールが相手の攻勢を受け止めつつその限界点が来るのを待ち続け、相手の砲火が弱った一瞬に逆襲の砲撃を合わせたのである。それは開戦時の応酬を攻守入れ替えて再現してみせた訳だが、ヘクトールは更に空母から小型艦載機ケントゥリアを出撃させ、近接格闘戦に持ち込んだ。

「敵ケントゥリア来ます!」
「狼狽えるな!砲火で弾幕を張りつつ後退、距離を取れ!」

 テオドラの命令はユリアヌスとは別の方法であり、正統派の用兵家としては寧ろ正しい選択であったが結果としては失敗した。激烈な砲火を浴びせられ、またケントゥリアを振り切る事の出来なかった艦は次々と破壊され火球に変えられていく。ヘクトールの反撃から僅か数時間の内にテオドラの艦隊は半減し、戦局を一気に逆転されてしまったのである。
 そして味方の勢いに乗ってアントニウスの本隊も攻勢に出ていた。例え敵が後方に廻り込んだとして、その前に前方の敵を壊滅してしまえば兵力分散を狙った理想的な各個撃破となる。しかも目の前のオクタヴィアヌスを打ち倒せば、カエサルの後継者は彼となる事は疑いない。アントニウスの旗艦ベロナが砲門から炎の帯を吐き出し、各艦がそれに続くように前進した。オクタヴィアヌスの艦隊中央に穴が空き、中央突破を図るべく叛乱軍が突入を開始する。その瞬間、アントニウスの耳にオペレータの絶叫が届いた。

「これは…敵の縦深陣です!クロスファイアーポイントに誘いこまれました!」
「しまった!?謀られたか!」

 敵の突入を利用して部隊中央を後退させ左右を前進させる。前左右の三方から反撃の応射を受けたアントニウス艦隊はしたたかに痛めつけられる羽目となった。敵の砲火に晒された、その中で陣形を維持させつつ被害を最小限度に抑え、且つ反撃して相応の損害を与えている所はアントニウスが優秀な指揮官である事を示してはいたが、流石に突入を断念して部隊を後退させざるを得なかったのである。またオクタヴィアヌスも敵の突進に耐えつつ挟撃体勢を取る事には成功したが、自軍の損害を無視できず交戦を断念し軍を退く事になる。こうしてモデナ宙域開戦は双方が用兵の妙を示しつつも、必ずしも双方に取って本意とは言えない状況での痛み分けとなるのであった。


† † †


 モデナ宙域会戦によりアントニウスはそれまで侮っていた「坊や」の実力を認めざるを得ず、またオクタヴィアヌスもアントニウスの兵士への信望を惜しみ両者は手を打つ事となった。元老院としてはまず満足すべき結果である筈だったが、オクタヴィアヌスはローマに帰還すると伯父を継ぐ執政官職に立候補し、カエサル暗殺犯の処刑を元老院に要求する。手足のように使おうと思っていた相手からの要求に対して元老院はこれを拒否、その心情はオクタヴィアヌスと会見を持ったアントニウスのそれと近かったろうが、新執政官はかつて伯父のもう一人の腹心であったレピドゥスという男を仲介に立ててアントニウスと正式に講話する。カエサルの名望を継ぐ三名が手を結んだ事で元老院も屈服せざるを得ず、銀河ローマ帝国に新しい指導体制が確立される事となった。
 だがこの体制が一時的なものである事は当事者達こそが最も承知していたであろう。アントニウスとオクタヴィアヌス双方が何れお互いを倒すべきだと思い定めているであろう事を、誰も疑ってはいなかったのである。


†右翼 カリス・レオルグ      旗艦ニブルヘイム  04620/10000
†中央 ガイウス・オクタヴィアヌス 旗艦インペラトール 07800/10000
†左翼 テオドラ・ガリアヌス    旗艦キルルグス   04820/10000
†遊撃 ユリアヌス・シルウェステル 旗艦ラウレントゥム 07740/10000
‡オクタヴィアヌス軍                  24980/40000 損傷率37.55%

†右翼 ルフス・ヘクトール     旗艦イリリクム   06980/10000
†中央 マルクス・アントニウス   旗艦ベロナ     06020/10000
†左翼 アルト・サーディス     旗艦アレンタム   09300/10000
†後衛 サタジット・ラリベル    旗艦オルトロス   06200/10000
‡アントニウス軍                    28500/40000 損傷率28.75%


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