十二.ティレニア会戦(後)
故ユリウス・カエサルも認めた戦場の勇者マルクス・アントニウスの作戦は完全に成功した。包囲戦を狙うオクタヴィアヌス軍の要所を抑えて牽制し、平行突撃によって連携を断つ。後は陣形を薄くした相手を正面から撃砕するだけだ。
「完勝だ!本隊も動くぞ、敵の後背から退路を遮断、完全撃破してやる」
既に総指揮艦ベロナは戦場を大きく迂回しつつある。これほどダイナミックな用兵は過去にも、或いは未来にも例がないかと思わせるほどのものでオクタヴィアヌスの軍は随所で指揮系統を分断され、友軍の支援もも望めないまま孤立して苦境に立たされることとなった。
「撃て撃て撃て撃て撃て撃てーっ!どうせ前は敵ばかりだ、構わないから撃ちまくれ!」
傍若無人ともとれるラルフの突進にグロムイコは対応ができず、効果の薄い散発的な反撃しかなしえぬままに次々と艦影を撃ち減らされていく。戦艦オリョールも数箇所に被弾、機関部の損傷こそ免れたが砲座の殆どを吹き飛ばされて戦線離脱を余儀なくされた。
ラルフの突撃とユリアヌスの波状攻撃に晒されることとなったオクタヴィアヌスは防備に専念、敵の鋭鋒を逸らせながら確実に砲火を集中させて出血を強いていく。ユリアヌスは不利を悟りながら後退せず、結果としてはこれによりオクタヴィアヌスは他部隊を救いに行く余地を失うこととなった。
総指揮艦インペラトールの艦上で、オクタヴィアヌスは苦渋の表情で全艦に防御と後退の指令を出し続けている。
「戦線を縮小せよ、密集しつつ砲撃、砲撃しつつ後退!犠牲は出るがやむを得ない」
オクタヴィアヌス自身は最前線で頑強に抵抗を続け、密集陣形のまま高速で機動しつつ突出してくる敵の先端に痛撃を加え、戦力に不均衡をつくりあげて後退するための布石とする。だが総司令官自らの奮戦にも関わらず、各所の攻防は絶望的なまでにオクタヴィアヌス軍の不利に展開していった。
「全軍後退!反撃は牽制だけでいい、とにかく後退して!」
「損傷した艦艇から戦場を離脱!旗艦は最後まで残るぞ、防御に専念しつつ一艦でも逃がせ!」
テオドラもカリスも頑迷に抵抗しながら、少しでも味方を逃がすべく苦闘を続ける。だが時間が経つごとに熱線とミサイルとが味方の艦艇を貫き、熱と炎が艦内を一瞬にして席巻し、兵士たちの肉体と生命を無慈悲に奪い去っていく。そして惨劇が爆発光によって漂白されると虚無の深遠には取り残された有機物と無機物の残骸だけが漂うことになるのだ。
アントニウスはこの段階における戦闘の勝利をすでに確信していた。あとは如何にして勝つかではなく、どれだけ完全に勝つかだけの問題であった。総指揮艦ベロナ率いるアントニウス本隊はいよいよ後退するオクタヴィアヌス軍の後背に達し、血なまぐさい狂想曲のフィナーレを自らの手で飾ろうとしている。これに反応したのはかつてのアントニウスの部下、オクタヴィアヌス軍の後衛に配備されていたサタジットの部隊であった。
「味方が…逃げるまで持ちこたえて。全艦突進、後方宙域の航路を確保せよ!」
「小賢しい、小娘が正面から来るか」
旗艦の艦橋で自信の笑みを見せるアントニウスだが、消極防衛に出るかと思われた相手の速攻を予期できなかった彼の艦隊は反応が遅れ、サタジットに先制を許すこととなる。凸形陣で突進、艦隊から熱線が放たれると数瞬後にアントニウス軍の前面で数々の爆発光が咲き乱れた。双方が正面から解き放ったエネルギーの乱流が戦場を満たし、艦隊を揺さぶる。その困難な戦況でサタジットは思い切って陣形の密集を指示した。賭けとも思える術策に副官からは懸念の声が上がる。
「敵に捕捉されるかもしれません、もし直撃を受けたら…」
「この状況で相手にその余裕はありません。密集して前進、零距離射撃を仕掛けます!」
総司令官による後背からの奇襲、アントニウスらしくダイナミズム溢れる用兵だが、反面これを撃退できれば敵全軍の指揮系統を阻害することができる。サタジットの狙いはその時に生まれる混乱を利用して味方を戦場から離脱させることであった。
サタジットは戦艦オルトロスを中央に装甲の厚い艦を前面に配備、ありったけの砲弾を撃ち尽くすかの勢いで突進を指令する。後方宙域では壊滅的な打撃を受けていた味方の残存艦隊が、未だ最前線で戦闘を続けているオクタヴィアヌス本隊に守られて少しずつ戦場からの離脱に成功しつつあった。戦艦オリョールの被弾によって早期に後退していたグロムイコは戦線離脱に成功、左翼テオドラ艦隊も戦艦キルルグスに被弾、司令官自身負傷をおして最後尾で追撃する敵と砲火を交えながら味方の撤退を支援し続けている。艦橋にいるテオドラは運び出されていく負傷者に視線を向けつつ、残った乗員を叱咤してそれでも後退から撤退のタイミングを図っていた。
「戦艦ブラートヴルストとの連絡は取れないのか!」
「ブラートヴルスト通信途絶、所在、不明!」
「カリス…!?」
唇を噛みきらんばかりのテオドラのもとに、戦艦ブラートヴルスト撃沈の報告が届いたのはそれから丁度3分後のことであった。
†先鋒 ユリアヌス・シルウェステル 旗艦ラウレントゥム 04840/10000
†中央 ラルフ・アルトゥア 旗艦セオデリック 09400/10000
†左翼 ルフス・ヘクトール 旗艦イリリクム 10000/10000
†右翼 アルト・サーディス 旗艦アレンタム 09700/10000
†本隊 マルクス・アントニウス 旗艦ベロナ 04280/10000
‡アントニウス軍 38220/50000 損傷率23.56%
†前衛 ガイウス・オクタヴィアヌス 旗艦インペラトール 06960/10000
†遊軍 グロムイコ・アンドレイビッチ旗艦オリョール 02000/10000
†左翼 テオドラ・ガリアヌス 旗艦キルルグス 02100/10000
†右翼 カリス・レオルグ 旗艦ブラートヴルスト00000/10000
†後衛 サタジット・ラリベル 旗艦オルトロス 08200/10000
‡オクタヴィアヌス軍 19260/50000 損傷率61.48%
限界まで味方の撤退支援を続けていたオクタヴィアヌスはグロムイコ艦隊とテオドラ艦隊の離脱を確認した時点で撤退を開始する。それまで敵前面に作り上げていた戦力の不均衡を利用し、一点に疑似突出による逆攻勢をかけて突破の意図を見せつける。敵が合わせて半包囲を狙ったところで急速後退、戦場離脱を完成させてしまった。
一方でサタジットはアントニウス本隊への攻勢を続ける。局面の不利を認めざるを得ないアントニウスは抜本的な治療を必要として部隊を後退、サタジットはその間隙を縫って左方面に弧を描くように前進、やはり戦場離脱に成功した。アントニウスは会戦にはほぼ完勝したものの、目指すオクタヴィアヌスを逃したばかりか自らは敵の一部隊に翻弄されたとあっては愉快になれよう筈もないだろう。
「小娘が…次は容赦せんぞ…」
勝者であるアントニウスは苦虫をまとめて噛み潰した表情でシチリア駐留と破損した艦艇と人員の後送、そしてローマへの進攻の準備を宣言する。オクタヴィアヌス軍は全軍の6割を失う惨状となり、主星ローマを最終防衛戦として決戦に臨むであろう。
いよいよ共和ローマ最後の戦いである。
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