十四.ローマ大戦 2
アントニウス軍は広げた両翼のうち左翼ヘクトール隊を突出させた斜線陣を形成する。必然的に中央にあるユリアヌスと左翼ヘクトールの両隊がまず敵と砲火を交えることとなり、これを迎え撃つのはオクタヴィアヌス軍右翼テオドラと前衛のグロムイコである。
「砲撃せよ!」
戦艦オリョールからグロムイコが指示、砲火を集中した一撃はユリアヌス艦隊の中央にくさびを撃ち込むと爆発する。傷口を切り開くべく更に砲撃するグロムイコに、ユリアヌスは装甲の厚い重戦艦でこれを受けきると反撃の砲火を浴びせかけた。左右に広げたユリアヌスの艦隊は一度に戦場に投入できる砲火の絶対量に勝り、前進を止められたグロムイコは陣形を大きく乱すこととなる。
「半包囲されるぞ、敵右翼側に砲撃を集中!」
「させるか!」
ユリアヌスは左右に広げた艦隊を柔軟に動かしてグロムイコに出血を強いる。一方左翼でも既に戦闘が開始されており、こちらではヘクトールが炎のふたつ名に相応しい剛腕によって戦況を優位に進めていた。
「敵は横に広がっている、味方を半月陣に編成、敵の右側を叩け!」
「敵の動きには構うな。横列砲火、平行射撃を続けろ。チャンスが来たら一気に行くぞ」
軽快な指揮をとるテオドラは横列展開したヘクトール艦隊を片側から叩こうとするが、ヘクトールは意に介さず距離を保ち重い砲火を放ち続ける。促成の弱さが出たテオドラの艦隊は敵の威圧の目の前で指揮官の高度な司令に対応しきれず、動きを鈍らせたところにヘクトール軍の主砲が三連斉射で突き刺さった。戦艦キルルグスは奔騰するエネルギーの波に大きく揺さぶられ、テオドラは指揮シートの背につかまり転倒を免れる。
「いけない…全軍後退しつつ主砲を短距離に切り替え!敵艦載機が来るぞ!」
「よーし好機だ、ケントゥリアを出せ。近接格闘戦に移行、制宙権を確保せよ!」
ヘクトール艦隊に配備されている空母から高速機動性能を持つ艦載機が次々と発艦する。テオドラは短距離砲火によってヘクトール艦隊の近接格闘戦を遮ろうとするが、広範囲に広がった空母群から射出されるケントゥリアを捕捉しきれない。密集した敵軍を自然に囲うように、ヘクトールとユリアヌスの艦隊は軍を展開しつつあった。これが完成すればアントニウス軍は戦場の一部ではなく、全体で半包囲に成功することになりそのまま勝敗を決することができるであろう。
ヘクトールとユリアヌスの艦隊は激戦のただ中にあり、斜線陣の後方からはラルフ・アルトゥア中将の艦隊が時差突撃により前進、更にその右方向からダイナミックに躍り出る形でアルト=サーディス大将の艦隊が襲い掛かろうとする。オクタヴィアヌス軍がこれを抑えられず半包囲体制を完成させられてしまうことになれば、敗北は必定であったろう。総指揮艦インペラトールの艦橋より、自ら前線にあるガイウス・ユリウス・カエサル・オクタヴィアヌスは懸命な司令を飛ばしている。
「10時方向より敵、迂回部隊が来る。敵の目的は味方を斜線陣に振り向けて側背からの急襲をかけるにあり、ラリベル隊は前進しこれを阻止せよ」
「了解」
サタジット・ラリベル中将はもとはアントニウス派の将校であったが、マケドニア、シリア方面の内乱で叛将ブルートゥスとカッシウスを討伐する戦からこれまでオクタヴィアヌス陣営に所属している。もともとカルタゴ星系の商人の出自であり、後方支援を行うために当時オクタヴィアヌスとアントニウス、それにレピドゥスを加えた三巨頭が協調していた頃に移籍をしていたが今ではかつての戦友たちと砲火を交える身であった。
職業軍人として司令官の命令と、何より部下の身命に責任を取るために戦い続ける彼女は今でもいずれアントニウスとの協調が叶うのではないかと淡い希望を抱いている。だが、先のティレニア会戦でアントニウス本隊を撃破し、完勝の自負をつきくずしてオクタヴィアヌス軍の名誉を救ったのもまた彼女なのであった。葛藤するサタジットの耳に通信士官からの報告が届けられる。
「前方、相対距離80より敵右翼部隊来ます。旗艦確認…アレンタム、アルト=サーディス艦隊です」
「全艦密集、出力の高い艦を前面に配置。正面から突破を図ります」
大雑把な作戦だが味方の連携を思えばひたすら攻勢に出ることでまず勢いを与えるべきであろう。促成艦隊の最大の弱点は士気の上下が激しいことであり、攻勢において暴走する可能性が、守勢において萎縮する可能性があることである。
「相手はアルト=サーディス、氷を溶かすより砕いてみた方がいいかもしれないわね」
半分独り言のように呟くと、サタジットは全軍を密集陣形のまま前進させる。一方アントニウス軍右翼のアルトは半包囲陣形を完成させるためにもここで積極攻勢に出る必要があった。両者が前進、正面から接近し違いの相対距離がみるみるうちに縮まると射程距離内に入り込んだ。
「撃て!」
「前進、砲撃!」
ほぼ同時に戦場の中央部、オクタヴィアヌス本隊とアントニウス軍のラルフ・アルトゥア艦隊との砲戦も開始され、全面的な戦闘へと突入した。両軍による一斉砲撃は戦場にぼう大なエネルギー・サイクロンを生みだし両軍の艦艇を激しく揺さぶる。
手早く混乱を回復しえたのは密集陣形にあり指揮がとりやすかったオクタヴィアヌスとサタジットである。サタジットは戦艦オルトロスの艦橋から続けて砲撃、前進を指示。隊列を乱しているアルトの軍に砲撃しつつ突入を図る。更にオクタヴィアヌスも無人の戦場を疾駆するかのように突進、ラルフ艦隊の前面に大穴を開けた。ラルフ・アルトゥアはいわゆる猛将タイプの人物であり、攻勢において激烈な強さを発揮するが一旦守勢に回れば脆さが出るとも言われていた。
「耐えろ!ローマは目の前、欲しいオンナは自分の手でかっさらうモンだ!」
粗野な表現がラルフの猛将然としたところを証明していたが、その彼にして統制の取れたオクタヴィアヌスの艦隊に対峙することは容易ではないことを思い知らされている。オクタヴィアヌスは凶猛とまで言えるラルフの砲火から巧みに正面を外し、凹形陣の両翼と中央とを繋ぐ結節点に攻撃を集中させて指揮系統を圧迫する。部隊を右に振り向ければ左を、左に向ければ右を。しかも両翼の部隊そのものではなくその連携を遮断されて確実に艦艇を撃ち減らされていくのだ。
「おのれェ・・・」
旗艦セオデリックの艦橋、ラルフは口角に泡をためて拳を握りしめるが戦況の不利は否めない。ここは不本意ながら後退してオクタヴィアヌスの攻勢を逸らしつつ、右翼のアルト艦隊と合流して体勢を立て直すべきであったろう。ラルフは部隊を5時から6時方向に後退、オクタヴィアヌスは突進しつつ自然なカーブを描いて苦闘するテオドラ、グロムイコ艦隊の援護に移動する。
その頃、右翼方面アルト=サーディス艦隊はサタジット隊の前進を止めることができず、苦戦の最中にあった。双方がしんちょうな砲撃に終始、装甲の厚い艦を前面に立てていることで損害は決して大きなものではなかったが、サタジット隊は決して指揮を乱すことがなくアルト艦隊の小さな不均衡を見逃さずに的確な攻勢をかけてくる。
「まさか、あの娘がここまでやるとはね…」
統率と統制に絶対的な自身があるなら、寧ろ強引な混戦に持ち込むことで多少の戦術的な不利を覆すことができる。相手は回避のし難い消耗戦を仕掛けており、しかもその消耗戦ではこちらが不利になるのだ。苦境にあってアルトはなお自らのふたつ名に相応しく冷静に状況を分析していたがやがて砲火を交えつつも一時後退を開始する。戦闘は激しさを増し、戦場は混沌の渦を生み出して将兵と艦艇とを無慈悲にその中に放り込もうとしていた。
Phase1.
†オクタヴィアヌス隊 07300/10000
†サタジット隊 09100/10000
†テオドラ隊 02640/10000
†グロムイコ隊 02500/10000
‡オクタヴィアヌス軍 21540/40000 損傷率 46.15%
†アルト隊 04500/10000
†ヘクトール隊 07900/10000
†ユリアヌス隊 08800/10000
†ラルフ隊 03560/10000
‡アントニウス軍 24760/40000 損傷率 38.10%
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