十五.ローマ大戦 3


 銀河ローマ帝国主星ローマを至近に望む戦場、執政ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタヴィアヌスの軍とギリシア、シリア、エジプト方面総督マルクス・アントニウス軍との激突は全面的な激戦へとなだれ込もうとしていた。一方はローマの伝統を守りながら旧弊の改革を志す者であり、他方は軍備に因りながらもローマに盲従しない開放的な世界を生み出そうとする者である。両者の激突に正義の所在を問うことは無意味であり、それはその志を評価するか頑なな偏執さを非難するかだけの違いでしかなかった。
 星々の大海に囲まれたその場所では戦艦と戦艦とが熱線と砲弾を撃ち合い、エネルギーと砕け散った艦艇の破片とが宙域を漂いながら不運な仲間を増やそうと狂奔している。

「攻勢に出るぞ!全艦を再編成、グロムイコ隊は右翼テオドラ隊の指揮下に入れ」
「敵は攻勢に来る、両翼に展開して包囲せよ!」

 この段階で全軍は三つに分かれている。アントニウス軍左翼はルフス・ヘクトール・アウレリウス大将が展開し、これをテオドラ・ガリアヌス中将と「ミスター・ノー」グロムイコ・アンドレイ・アンドレイビッチ准将が迎撃に当たろうとしていた。
 中央部はガイウス・ユリウス・カエサル・オクタヴィアヌス帝国執政にして元帥の直属部隊、対するは叛将ユリアヌス・シルウェステル中将である。そしてアントニウス軍右翼では「氷」と評されるアルト=サーディスとラルフ・アルトゥアが連携を取ってサタジット・ラリベルを迎え撃とうとしていた。全体として見れば兵力において同数からわずかに優位にあるアントニウス軍が半包囲戦を画策、オクタヴィアヌス軍は正面突破によってこれを撃砕しようとしていた。ただし、アントニウス陣営では本隊となるマルクス・アントニウス自身がいずれ予備戦力として戦場に到達することは目に見えている。アントニウス軍有利の状況は未だ覆し難いであろう。

「兵数では不利。だけど敵は横に展開している、行けるわね?」
「無様を見せるつもりは無い、北方星系の誇りと名誉を見せてやろう!」

 テオドラとグロムイコの戦力は敵の六割強、正攻法では不利は目に見えている。両者は左右に分かれると前進し、横列展開するヘクトール隊の左右に回り込もうと図った。成功すれば敵を二分すると同時に隊列が細長くなった相手と互角以上の勝負が挑める筈である。テオドラとグロムイコの連携は決して完璧なものではなかったが、撃ち減らされていた兵数が部隊を高速で移動させることを成功させたのかもしれない。ヘクトールとしては完全に先手をとられた恰好である。


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「敵、左右に分かれました!高速で我が隊の両翼に回り込もうとしています」
「慌てるな!艦列を崩さず5時方向に後退、敵アンドレイビッチ隊側に回り込め!砲撃を緩めるなよ」

 ヘクトールの指示は的確であり、戦場の全体を見据えてのものであったがこの時はオクタヴィアヌス軍の動きが早かった。テオドラとグロムイコの隊は少しずつ、だが確実にヘクトール隊を左右交互に削り取って抵抗力を削いでいく。陣営を中央側に動かすことでグロムイコ隊の行動範囲を制限し、有効射程を掴んだところでようやく反撃に転じることができた。

「主砲、斉射!撃てぇ!」

 陣容の薄いテオドラとグロムイコ隊は一撃で艦隊前面部を吹き飛ばされる。だがヘクトールは味方の予想以上の損害を無視することができずに後退、勢いに乗じて追撃に移ることができずにいた。
 味方の積極奮闘を遠望し、総司令官オクタヴィアヌスも自身戦場の最前線で采配を振るっている。その正面に立つことを余儀なくされたユリアヌスとしてはかつての上官との因縁の対決というべきであろうか、だが同時にかつての部下は一見、線の細い青年士官にしか見えない銀河ローマ帝国元帥が均整のとれた驚くべき知謀と武勇の持ち主であることを知っているのである。

「撃て!」
「迎撃!」

 オクタヴィアヌス本隊は中央突破を、ユリアヌスは迎撃して半包囲を図る。同時に放たれた砲火は既に破壊と混沌に満たされた宙域を一瞬で横断すると、更なる破壊と混沌をもたらすべく敵軍に突き刺さった。乱舞するエネルギーの中で時折ビーム砲やミサイル群自体が煽られて軌道を変えると、気まぐれな偶然の神の剣となって頭上に振り下ろされる。

「もとより神々の寵愛を受けられる立場だとは思っていないさ。俺のは差し出せば落とされるしかない首だからな」

 ラウレントゥムの艦橋でユリアヌスは独語する。双方が損害を出しつつも全体としてはオクタヴィアヌスが有利、だが自己の厳しい立場を知るユリアヌスは決して退くことがなく、オクタヴィアヌス隊にもかなりの損害を与え続けている。

「とはいえ、流石に厳しいな。寝坊した総司令官はまだ来ないのか?」

 包囲陣を完成させるに、後続の遊軍投入のタイミングが合えばそれは確実な決戦兵力となる。戦場を迂回しつつ後方から迫っているアントニウス本隊の到着は近い筈であり、総司令官不在の状況でこれだけの戦闘を行えるという事実はアントニウス軍の熟練を示していると言えたであろう。

 右翼側、アルト艦隊は依然として密集陣形による突撃を図るサタジット艦隊の攻勢を受け流しつつラルフ隊と連携してその反対側面を撃たせようとしている。勇敵を相手に不利な戦況で確実に兵を動かし、最も効果的な反撃の策を試みる。アルト=サーディスでなければよく成し得ない芸当である。
 左右から挟撃されたサタジット隊は両側面からの激烈な猛攻にさらされた。厚い装甲とエネルギー中和磁場に遮られた砲火は虹色に乱反射して将兵の視界を奪い、それが突き破られると爆発が生じて戦艦を火と光のかたまりに変えてしまう。サタジットは胃のあたりに軽く右手を当てただけで、反撃の司令を下した。

「敵は新規部隊の方が連携が緩い、攻勢を右に振り分けて下さい」

 次の瞬間、ラルフ・アルトゥアの艦隊は敗北に直面していた。積極攻勢においてすさまじい威力を発揮する彼の艦隊は守勢に回ると脆く、サタジット隊の鋭鋒に対応できない。ラルフも旗艦セオデリックから懸命に指示を飛ばし、アルト=サーディスも迎撃の司令を出すが追いつかず、サタジット隊が遂に突破を成功させるかに見えたがその時、戦艦オルトロスの通信オペレータが叫び声を上げた。

「4時方向より敵襲!旗艦、ベロナ!マルクス・アントニウス本隊です!」
「遂に…来たわね…」

 サタジットは損害を覚悟で全軍に後退と再集結を司令する。彼らの目的はアントニウス軍の撃退、それには司令官マルクス・アントニウス艦隊を無視する訳にはいかなかった。

Phase2.
†オクタヴィアヌス隊   05276/07300
†サタジット隊      06117/09100
†テオドラ&グロムイコ隊 04350/05140
‡オクタヴィアヌス軍   15743/21540 損傷率 26.91%

†アルト&ラルフ隊    04420/08060
†ヘクトール隊      04805/07900
†ユリアヌス隊      03909/08800
‡アントニウス軍     13134/24760 損傷率 46.95%

†アントニウス本隊増援  10000/10000


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