十六.ローマ大戦 4
銀河ローマ帝国執政ガイウス・ユリウス・カエサル・オクタヴィアヌスとギリシア、シリア、エジプト方面総督マルクス・アントニウスとの激突はここで局面の転換を余儀なくされることになった。戦力の再編と決戦兵力としての導入、この二点のために戦場を迂回しつつ別働隊として活動していたアントニウスの本隊が戦場に到達したのである。
「おおーっ。来たか大将、こちらも攻めるぞ!」
ラルフ・アルトゥアが歓声を上げる。オクタヴィアヌス軍の猛攻に押され気味であった彼らとしては、これを機に戦況を一気にひっくり返したいところである。一方で、オクタヴィアヌス陣営としては戦況が優位に展開していることもあり、アントニウスの介入を退けることさえできれば勝利の可能性も見えてくるだろう。サタジット・ラリベルの声が通信回線を流れる。
「アントニウス隊は我が艦隊で迎撃します。司令官は残余の敵を」
「ガリアヌス隊、アンドレイビッチ隊は本隊と合流、紡錘陣形を取り中央突破を図る。サタジット隊は…最後まで戦線を維持し職責を全うせよ」
「了解!」
もとよりアントニウスの旧部下として、かつての上官に思い入れのない訳がない。そしてアントニウスの性格からして小癪な小娘を、彼女の部隊を直接撃滅せずにはいられないこともサタジットには分かっているつもりだった。自分にしかできない立場から逃れることができるのであれば、人生はどれほど楽であろうかと彼女は思う。
「軍船乗りなんて…なるもんじゃないわね」
彼女の呟きはもちろん誰にも聞こえない。味方にも、部下にも、敵にも。そして、目の前に迫るアントニウス艦隊の司令官本人にも。
サタジットが予想した通りマルクス・アントニウス自身は自らを決戦兵力として投入して戦局を決定づけようとするとともに、先のティレニア会戦で苦杯を飲み干させた小癪な小娘への報復も忘れてはいなかった。その子供じみた誇りこそ、戦場におけるアントニウスの輝きとなるのである。彼の部下も、敵も、旧部下もそのことをよく心得ていた。
前進攻勢に有利な凸形陣で突進するアントニウスをサタジットは密集陣形で迎え撃つ。これまで可能な限り味方の損害を抑えてきた彼女の部隊の残余はそれでも前面に迫るアントニウス軍の六割といったところであり、急襲に対して奇策を弄する隙もない。だがサタジットの目的は後方でオクタヴィアヌスが戦況を優位に展開する間に、戦線を維持しつづけることにある。勝てずとも負けなければ良い筈であったが消極策に出ることをサタジットは潔しとはしなかった。
「全艦砲撃…撃て!」
「小賢しい、反撃!」
迎撃から守勢にまわるかと思われたサタジット艦隊が積極攻勢に出たことで、アントニウスとしてはかえって先手を取られる形となった。迂闊に守勢になればアントニウス艦隊の悪魔的な破壊力に正面から撃砕される恐れがある、サタジットとしては積極攻勢に出ることで敵の勢いを止めたいところであったろう。
意外な速攻に艦列を乱しかけるアントニウス艦隊だが、それも一瞬のことですぐにエネルギーの剣を抜くと反撃攻勢に転じる。疲労のない増援兵力による集中砲火は一撃目でサタジット艦隊の装甲を打ち破り、二撃目で内部の機器や動力部を破壊して爆発、三撃目が全てを漂白して僅かな残骸を残す虚無の深淵を作り出してしまう。激烈な砲火の前にどれだけ持ちこたえることができるのか、守勢における粘りには自信のあったサタジットでも明言はできそうになかった。
一方、サタジットが戦果を待つオクタヴィアヌスの本隊は、味方を集結させ中央突破を図るべく艦隊の再々編成を行いつつあった。総指揮艦インペラトール直属の本隊を先頭にしてテオドラ・ガリアヌス隊とグロムイコ・アンドレイ・アンドレイビッチ隊がこれに続く。
「敵の陣容は連戦で薄くなっている。突破して背面に展開、ひたすら前進し、攻撃せよ」
「前進、前進だ!」
オクタヴィアヌス軍の猛攻を受けとめる形になったアントニウス軍は陣形を両翼に広げ、ヘクトール隊とアルト隊とで挟撃を試みるが、連戦により不均衡の生じた戦力を統括して指揮することができず反応が遅れることになる。敵の鋭鋒をまず受けとめる形となったのはユリアヌス・シルウェステルの艦隊であった。
「ここを支えきれば我等の勝ちだ!全艦後退しつつ横列斉射、敵先頭部隊に照準を合わせて迎撃!」
「後退は敵に弾みをつける恐れがあります。ここは敢えて前進、攻勢に出た方が良くはありませんか?」
「全軍で見れば今の状況は包囲戦だ。包囲を行うには中央が後退して両翼は前進に決まっている!」
戦闘の混乱と通信妨害の中でユリアヌスの声が聞こえた訳ではなかったろうが、アントニウス軍両翼ヘクトールとアルトの艦隊は陣形を広げつつ前進し、ユリアヌスと無言の連携を保ちながらオクタヴィアヌス艦隊を迎撃する。激しい砲火と突進にユリアヌスの中央部隊は壊滅的な損害を受けるが意に会さず、報復の炎を吐き続ける。
オクタヴィアヌスの旗艦インペラトールから放たれた熱線の渦が艦隊を揺さぶり、一瞬、戦艦ラウレントゥム艦内重力が異常をきたすと瞬間的な浮遊感と上下の失調感がユリアヌスを襲う。友軍の危機にヘクトールは歴戦の戦艦イリリクムから、アルト=サーディスは愛艦アレンタムから司令を下す。砲撃ではなく、前進展開の司令である。
「両翼は何故援護しない!?ええい、我が隊だけでも出るぞ。味方の危機を救え!」
そう叫んだラルフ・アルトゥアはオクタヴィアヌス軍に向かって突進、熱と光の壁に向かって自ら突入する形となった。尋常でない爆発光が咲き乱れ、両軍のセンサーをかき乱す。
「莫迦ね…だけど救出にはいけない。このまま前進、敵側面に回ってから砲撃する」
だからそれまで持ちこたえてね、とはアルトは言わなかった。猛将であることを自らに課しているラルフとしては眼前の戦況を傍観できなかったのであろうが、包囲陣を展開しているアントニウス軍がすべき事はその包囲陣の完成である。
そして味方の損害に構わず前進したヘクトールとアルトは遂にオクタヴィアヌス軍の両側面を捕らえることに成功し、左右から激烈な砲火を浴びせかけた。それまで優勢にあったオクタヴィアヌス軍が今度は苦境に立たされる番となり、至近距離で爆発が巻き起こる。
「撃ち負けるな!前進せよ!」
開戦当初から既に30時間が経過、オクタヴィアヌス本隊もアントニウス本隊も正面突破を断念し、部隊を編成しつつ味方との合流を図らざるを得なかった。
アントニウスの猛攻を受け続けたサタジットの艦隊はかろうじて艦隊と呼べる規模を保持してオクタヴィアヌス軍に合流。また、オクタヴィアヌスの中央突破の矢面に立ったユリアヌスとラルフの両艦隊も味方に救われている。既に両艦隊とも投入した艦艇の七割から八割を損傷していたが、戦闘が終結する気配は感じられなかった。
Phase3.
†オクタヴィアヌス軍本隊 06626/09626
†サタジット隊 02377/06117
‡オクタヴィアヌス軍 09003/15743 損傷率 42.81%
†アントニウス本隊 05880/10000
†アルト&ラルフ隊 07814/13134
‡アントニウス軍 13694/23134 損傷率 40.80%
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