4.ゴート戦役


 同時期、東ローマ皇帝テオドシウスは西側のブリタニア遠征に合わせて、襲来するゴート民族の制圧行に軍を展開していた。ゴート民族は定住意識が薄い移民船団の末裔であり、居住星系の混迷にともなって離脱した一団がたびたびローマを含む周辺宙域に襲来し海賊的な行為を繰り返していたのである。放置すれば東ローマにとって災厄の源となること疑いなく、この機に東西ローマは互いの背を空けてでも病根を切除するつもりだった。

「経済力では東ローマが勝る、だが東には流入する放浪船団も多い。困ったものだな」
「国境を侵すことは権益を侵害するということ。それを撃退するのがローマ軍の役割だろう」

 ガイウス・ヘクトール・アウレリウスの述懐にコルネリウス・アエミリウスが反論する。彼らは東ローマ帝国の防衛線となる辺境に出没したゴート船団に対処するためにこの宙域に艦隊を進めてきたのであった。本来400年前のアウグストゥスの時代より、常設となったローマ艦隊の任務は辺境防衛線の確保であり、宇宙海賊や星間異民船団のもたらす混乱からローマを守ることにあった。だが、今は400年前とは事情が異なっている。

「国境には放浪船団がいる、だが奴等はその向こうにいる大勢力に押し出されてくる。西にも敵がいる状態で東の緩衝材を外すのも危ない話さ」
「それは同感だな…味方を温存しなければならん、だが敵も温存しなければならんという訳か」

 ヘクトールはかつて帝国ローマに反旗を翻した一族の末裔である。一方コルネリウスは武によって再興を目指す没落貴族の出自であった。敗者ですら同化するローマの文化では能力によって野心を満たす名誉あるキャリアへの道は決して閉ざされてはいなかったが、同時に現実的な能力や状勢によってそれを失うことも大いにありえる。結果、彼らはより鋭く確かな嗅覚を身に付ける必要性に常に迫られることとなるのである。
 ゴート民族はもともと銀河開拓史において発生した、稀少資源を求めて広大な宙域を移動する星間移民船団であり、移動する本営を持つ一方で定住意識が薄い。豊かな資源や鉱脈、時には経済圏を求めて出没し、必要とあらば戦闘も辞さない行動はもはや彼らの性質にすらなっていた。結果、在来の居住民との間に確執や軋轢が発生せざるを得ない。統治者としては寛大に受け入れることのできる相手ではなかったのだ。

pic  ゴートの船団はローマ艦隊の動きに呼応して艦艇と兵士を徴集し、一団となって国境線に接近しつつある。だがその動きに策があるとは思えず、やや中央が前進しているのも単にそれが自然な動きであったからだろう。対するローマ艦隊は軍を広げてこれを受けとめるかのように立ちはだかっている。両者の暗黙の行為が戦闘を招来する、前線では決して珍しいことではない。

「距離70…69…68…敵、そのまま突入を図る模様」
「やはり最初は受けることになるか。砲撃用意、各艦隊との通信確保を忘れるな」

 戦艦ロンデニウムの艦橋で、ヘクトールが発光信号による指示を伝える。同格の准将級指揮官が居並ぶローマ艦隊ではヘクトールとコルネリウスが左右両翼を指揮して前進、後続が敵に接するタイミングと合わせて三方向から包囲戦を図るつもりであった。敵に先制させつつ味方の損害を最小限に抑えてこれを受け、一気呵成に反撃に転じるには味方の連携と通信は不可欠である。

「敵、砲撃きます!」
「前進せよ!10時方向に進みつつ敵の攻勢を逸らすぞ!」

 両翼が左右に広がりながら前進、敵を引き付けることで正面の攻勢を弱めるとともに包囲を図る。時差をつけて前進していた中央部隊が敵と接触するタイミングに合わせて、一斉に砲撃を開始する目算であった。

「敵前衛部、凹形陣の中央に突入していきます。既に射程内」
「まだだ、包囲の完成を優先しろ」
「巡航艦ルクレティア被弾、後退します。戦艦ネアポリス破損、艦を放棄して乗員は脱出した模様」

 数箇所に被弾、損害を受けつつもこれを受け流しローマ艦隊の両翼はゴート軍を包み込むように左右に広がりつつある。それまで戦場投入を遅らせていたピナル・アルトゥアとダリア・ハルトロセスの艦隊も敵前面に展開、前左右からの艦隊の距離が全て等間隔となる、芸術的なタイミングで全艦に一斉砲撃の指令が下された。

「撃て!」「砲撃!」「突入!」「撃てーっ!」

 瞬間、暗黒の宇宙空間が白く輝く光条に満たされる。戦場の全ての場所で解放されたエネルギーが、組織だった戦闘に不慣れな敵を包み込むと幾何級数的に増大した破壊力を生み出した。だが荒れ狂う熱と光に翻弄されながら、ゴート艦隊も必死の反撃を試みる、その標的となったのは正面に位置するダリアの艦隊である。

「ついてないわね、無粋な男と踊る羽目になるなんて」

 戦艦ハイラントは東ローマ艦隊でも最も美しいと言われる戦艦のひとつである。輝く爆発光を周囲に臨むその姿はきらびやかな宝石の数々にも興味を示さずにいる貴婦人の如き風格があった。ダリアは指揮官として内心で最前線の戦況に汗を流していたとしても、それを表に出すことはせず「無粋な男」をあしらうべく迎撃を指令する。守勢に回り味方の損害を抑えつつ反撃、だが不利を承知で防御を主体にすればすぐに味方の包囲下にある敵は攻勢の限界点に達するだろう。スクリーン越しとはいえ視認できる距離に敵の砲火を臨みながら、ダリアは指揮席で足を組みつつグラスを傾けている。謹直な同僚には白い目で見られる「景気づけの水」であった。
 ダリアの苦労が思いのほか早く報われることになったのは、彼女の艦隊の隣りにあるピナル・アルトゥア艦隊の奮闘によるところが大きかったろう。初老の年齢に似合わぬ超攻撃的な指揮官は、だが衝動に耐えて攻勢を抑制する術も知っている。もちろんその後の大攻勢を期待するが故の抑制であるが今、その攻勢に出るだけの充分な条件が整っていた。

「撃てば撃つだけ派手になるぞ!全艦一斉砲撃、撃て!壊せ!破壊せよ!弾薬なぞ撃ち尽くしても構わん!」

 戦艦ヴァスパシアンで乱暴に怒鳴りつづけているピナルの言葉は、しかし全くの事実と現実を捉えていた。包囲が確立している間にそれを最高に活かすためには彼ならずとも積極攻勢に転じるべきであり、隣接するダリア艦隊にかかる負荷を下げるためには積極的に攻勢に転じるべきであり、何よりピナルは積極的な攻勢に転じるのが好きな人物である。
 ダリア艦隊とピナル艦隊が敵の攻勢を受け止め、左右からはヘクトールとコルネリウスが前進して砲火を集中する。既にゴート艦隊に中央突破の見込みは失われており、不幸な犠牲者を増やすだけの前進を続けている彼らの指揮系統が崩壊するのも時間の問題であった。敵の動向を観察していた戦艦ロンデニウムのオペレータから報告が入る。

「敵、中央から左右に分かれそうです。意図は不明」
「不明?意図なぞなかろう、逃げようとしているだけだ」

 この期に及んでゴート艦隊がローマ軍を罠にかける可能性はありえない。もしあるとすれば逃走と見せかけて反撃を狙うくらいだが、旗艦の直接攻撃でも狙うのでなければ既に反撃をする戦力などありはしないだろう。ヘクトールは自らの左翼艦隊を更に迂回させ、ダリアの中央部隊と連携して挟撃ができる位置に移動する。右翼コルネリウス艦隊はピナル艦隊と共同して、既に後退を始めている敵部隊の追討戦にかかっていた。

pic  ローマ軍の包囲に耐えきれなくなったゴート艦隊は戦況に流されるままに左右に分断される。それまでダリア部隊を相手に優勢にあった右翼側は引きずられるように前進をしていたが、突出したところを後背からヘクトールに遮断されていた。退路を断たれた驚愕が恐慌を呼び、混乱するところを前後から挟撃される。左翼側ももとよりローマ軍の厚い陣容に対して突破を果たせず、後退によって敵の攻勢に弾みをつける形になってしまった。砂時計の砂粒が落ちるに従ってゴート艦隊は各所で光と炎に包まれ、その数を撃ち減らされていく。

「完勝です!このまま一気に…」
「慌てることはない、既に結末はひとつしかないのだ。ピナル隊に併走して並列前進、一艦ずつ確実に沈めていけばいい」

 戦艦カンパーニアで、コルネリウスの表情にも声にも余裕が見てとれる。すでに勝敗が決しているのであれば優先すべきは味方の損害を抑えることである、単なる人道主義の故ではなく犠牲の多少は指揮官の評価の多少にもつながるからだ。

 東ローマ艦隊が残るゴート船団を壊滅させるのに5時間をしか必要とはしなかった。完全破壊か捕獲、あるいは投降による捕虜。逃亡を果たした艦は無しという文字どおりの完全勝利を治め凱旋の途についたのである。


† † †


 東ローマは辺境に出没したゴート民族を粉砕、皇帝テオドシウスは凱旋の軍を讃えるが、西ローマでは親征を試みたグラティアヌス帝がリヨンの地で暗殺される事態となっていた。事の発端となったブリタニア総督マグヌス・マクシムスは哀悼の意を表すとともに東西ローマに対して帝国三分を提案する。それは距離の防壁を頼りにしての独立の表明であったが東ローマにとってブリタニアはあまりに遠く、ゴート民族こそ撃破したとはいえその向こうにある大国ペルシアの動向が気になっていた。一方の西ローマはもちろん、ブリタニア征討どころの状況ではない。
 かくしてブリタニアの独立は公式にこそ認められなかったものの黙認される状態となる。西ローマでは司教アンブロシウスが後見となり後継帝ヴァレンティアヌス二世が皇妹ガラを連れて即位、マクシムスは敗戦の傷を癒すために軍をブリタニア星系の奥深くまで撤退させるがローマへの干渉を断念した訳ではない。

 銀河ローマ帝国は混迷の極みにあった。分割せねば国を支えきれなかったローマは分裂したままでは国を守りきれなくなる。それでもなお東西ローマの争いは続けられていた、その帰結がいずれにたどりつくか、この時点では誰もが未だ最悪の未来しか予想できていなかったのである。


†カルレット・ザリエル少将        中央遊軍 戦艦エウリュティオン
†ヨハンナ・ガリアヌス准将        中央   戦艦アキピテル
†ゼフェル・クレンダス准将        左翼   戦艦ケーニギン・ティガー
†レオーナ・シロマーサ大佐        右翼   戦艦ダイダロス
‡西ローマ軍  総艦艇数36700/40000
‡ブリタニア軍 総艦艇数15852/40000

†コルネリウス・アエミリウス准将     右翼   戦艦カンパーニア
†ダリア=ハルトロセス准将        中央遊軍 戦艦ハイラント
†ガイウス・ヘクトール・アウレリウス准将 左翼   戦艦ロンデニウム
†ピナル・アルトゥア准将         前衛   戦艦ヴァスパシアン
‡東ローマ軍  総艦艇数37784/40000
‡ゴート艦隊  総艦艇数00000/40000

5.アドリア宙域「遭遇戦」1を見る
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